人間は負けたら終わりなのではない。辞めたら終わりなのだ。
この言葉はリチャード・M・ニクソンという人物の言葉だ。アメリカ合衆国の第37代大統領だった彼のセリフだが、
試合に勝ったとしても勝負には負ける。
マイナスだろうが、プラスだろうが勝ちたいという願望はそうそう変わるものではないし、負け続けているからこそ勝利を渇望する部分がマイナスにはある。
その勝利も、貰い物の勝利ではなく全身全霊で勝負をしてプラスにいる人間を打ち負かしたいという願望が強い。
諦めきれないからこそ、どんなに負けることがわかっていても、勝てないと知っても、自分の望むような結果にならないことを知っていてもプラスの人間に勝負を挑むことを辞めないのだ。
負け続けているのだから、負けたら終わりなんかじゃないことはわかりきっているのだ。
それじゃあ、勝利を知っている
生前、普通の勝利を手にしてきた
マイナスを知りたかったからという理由だけでマイナスになった彼が本当に勝利を求めるのだろうか?
どう思うかは人それぞれだ。
強いて言うのなら、真実というものは理屈だけで決められることではない。
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放課後になった。
私は坂柳さんの荷物持ちとして彼女を寮の自室に送っていくことになった。その時にクラスメイトに絡まれたりしたが、坂柳さんの鶴の一声で一斉に散っていった。
絡まれた時も邪険にするのではなくクラスメイトと会話をすることを忘れず、少しでも交流を深めようとするポーズをとる。
中身のない会話でも交流を深める程度には役立つし、クラス全体で結束してます感を出すためにはクラスの雰囲気を少しでも良いものにしておく必要がある。
孤立気味の人たちが、このクラスに対して嫌悪感を持たないように誘導しなくてはいけないからだ。
休み時間などの開いている時間にもさりげなく声をかけるのを忘れないようにするのがコツだ。
この時期にボッチの人で、心の底から人が嫌いな人はそう多くはないだろう。ただ、話しかけるタイミングとか友達を作るタイミングを逃しただけだ。
だから、私みたいな人でもある程度受け入れて話をしてくれる。
それでいて、プライベートな付き合いにはあまりしない。深く関わるとそれからトラブルに巻き込まれることになるし、それによってクラスの団結に罅が入っていくことは好ましくない。
坂柳さんとはある程度仕方ないと割り切っているが、後で間に挟まって胡麻をすることになる以上あまり偏りすぎてもいけないかもしれない。
彼女が私を見逃してくれれば、という但し書きが付くが。
まあ、まだ三年間は一緒に学校生活を送る仲だ。
嫌でも話さなくてはいけなくなるだろう。
問題としてはそのうち私がハブかれるんじゃないかっていうことだが、中学校時代にはクラスのみんな全員と一定の仲は保っていたから大丈夫だと信じたい。友達と呼べるような人間はいなかったが友人と呼べる人間は多かった。
それは逆にいうと踏み込んだような仲にはならなかったということにもなるが、クラスで結束するぐらいのことにそこまで踏み込んだ仲になる必要もないだろう。
「着きましたよ」
彼女の言葉で思考の海から現実に引き戻される。
どうやら彼女の後ろを付いて歩いていたら、考えているうちに彼女の部屋に着いたらしい。彼女が既に部屋のロックを開けて中に入るように促している。私はそれに従って部屋に入った。
「荷物はそこに置いておいてください」
私は言われたとおりに荷物を下して、彼女の部屋を軽く見渡した。彼女の部屋は入学したばかりだからなのかは知らないが、物はあまり多くない。床にはカーペットが敷かれており、その上に机と椅子がある。
恐らく自室で食事をとる時に使う場所なのだろう。また、近くには教科書や参考書、小説などが入った本棚があり、その近くにベッドがある。そして、備え付けのクローゼットがあり、ぱっと見てわかる物はそれぐらいだ。
「とりあえず、そこに座ってください」
そう言われて私は机に誘導された。反対側には坂柳さんが座る。そうしているころには、彼女から出る威圧感がなかなかすごいことになっていた。
ジョジョみたいにゴゴゴゴゴみたいな擬音が聞こえてくると錯覚するぐらいの威圧感を放っている彼女からは、とても教室にいる時の儚げな少女と同一人物とは思えない。気の弱い人が見たら裸足で逃げ出していしまいそうな、威圧感を放つ裏ボスの姿がそこにはあった。さっきの食堂でも雰囲気が変わっていたが、それとは比較にならないほどの威圧感をさらけ出している。
こんなに威圧感を出して何がしたいんだろうか?
概ね交渉を優位に進めるとか、相手の心を折りやすくするとかそういうものなのだろうけど、みんながみんなそうだとは思わないほうがいいのに。
特に
「それじゃあ早速だけどいいかい?」
「ええ、あまり時間をかけて他の人に気付かれでもしたら、後が大変ですからね」
彼女の言う通り、あまり遅くまでこの部屋にいると出た後が大変だろう。
出たところを他の生徒に見られたら何を言われたものかわかったもんじゃない。変な噂で私の動きが制限されたり、注目を集めるようなことは御免だ。
そう思った私はいきなり本題を切り出した。
「今日私がクラスのグループチャットを立ち上げた件とも関係あるんだが、君は葛城グループを潰した後にどうするつもりだい?」
「…どうする、と言いますと?」
「力のなくなった葛城グループをどうするかって話。全員退学させるならまだしも、嫌がらせにAクラスの情報を横流しされたら面倒だろ?
その辺はどう考えてる?」
私が一番気になっているところはここだ。
クラス全体を掌握すると言っても個人の感情まで完全に制御することのできる人間はいないと私は思っている。制度や権利で縛れば、その人の行動を制限することはできるし思考を読むこともできるだろう。
しかし、感情を制御することはできない。
本人でさえ感情の爆発を抑えられないことがあるのに他の人がどうしてそれを制御できるのだろうか?
「例え私にクラスを掌握されたことに反発したとしても、自分がAクラスに居たい以上Aクラスそのものに仇をなすようなことはあまりしてこないと思いますが」
「確かに理屈でいえばそうだろう。だが、君は負けた人間が何をしたいと思うかをまるで分っていない。
屈辱を味わった人間は、自分がどうなろうと復讐したいと思うこともある。みんながみんなとは言わないがね」
そう言うと彼女の雰囲気が変わった。
ただ、圧迫感を出すような威圧感から怒気を孕んだそれへと変化したのだ。私は直感的に彼女が昔誰かに負けたことがあるのだろうということを察した。
それも、適当に流せるようなものじゃない決定的な敗北なのだろう。そうでなければ、こんなに怒気を孕ませた空気にはならなかったはずだ。
「なんだ、君も敗北を味わったことがあるのか。それも決定的な敗北を」
「ッ!!」
「ああ、答えなくていいよ。君のその雰囲気だけで大体察せるから」
そう言うと彼女は苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨んだ。本人も知られたくなかった過去なのだろう。
その表情が哀れで、滑稽で、愉快でとてもかわいいもので、つい
「…あなたは…一体何なんですか?」
「私はただの
「反対側…?」
「言ってもわからないと思うし言う気はないよ」
マイナスだのプラスだのの話をするつもりはない。
私自身自分のマイナスな感覚に勝手に名前を付けてスキルっぽく呼んでいるだけで、スキルとして発現しているわけじゃないと思っている。
なにせ、それを判断してくれる人がいない。あくまで、前世の記憶にあった漫画の知識に当てはめて自分の性質の理解をしているつもりになっているだけだ。これが、本当にそうなのか。私の中にある感覚が本当に
私の思いに勝手に反応を示す段階で、『めだかボックス』のそれとは違う可能性だってある。
だから私は、恐らくこうなんじゃないかという推測とこうだったらいいなっていう願望によるものに過ぎないのだ。妄想とか、中二病とか言われればそれまでだが、教えてくれる人がいない以上、私はこうするしかない。
まあ、
「まあ、だからさ、人って何をするかわからないんだよ。
復讐のために自分を殺すことができるやつもいれば、ただ面白そうだから他人を壊したくなるやつもいるし、新しいものを見つけるためなら他人なんてどうなってもいいと思うような奴もいる。そんな人間の感情ってのはどうしようもなく厄介で、本人にも制御しきれないものなんだよ。
理性ではやってはいけないと思っても復讐心が勝って人をあっけなく殺すことだってあるし、殺しちゃいけないと思っても殺した時の充実感を思い出して殺したりするんだ。そんな感情を他人が簡単に推し量れるわけないじゃないか」
「…確かに一理ありますが、そうしたらあなたはどうしたいのですか?
葛城君にクラスを掌握してもらうほうがいいって思ってるのですか?」
「そういうわけじゃない。彼はこの学校について疑問を持ってはいるけどまだシステム的なことには気づいていない様子だし、指導者としては君の方が優秀なのはわかりきっている」
「でしたら、一体どうしようというのですか?」
「単純な話、二人が仲良くすればいい。すぐにはできなくても、クラス全体でまとまったほうが方針を決めやすいのも事実だしね」
私がそう言うと彼女は少し考えるような姿勢をとった。私の話を聞いて思うところがあったのかもしれない。これを機に、一気に畳みかけてみることにする。
「別に全面的に仲良くなんてする必要はないし、意見の対立があっても仕方ないとは思う。ただ、ぶつけ合うだけでクラスの雰囲気を悪くし続けるのは孤立気味な人にとってはストレスだし、そうじゃない派閥の間でも緊張感が生まれる。
そうやって競い合っていくことも大切だけど、蹴落としあうようなことばっかりじゃあ内部分裂は免れないだろう」
「…」
「Aクラスが負ける要因なんて、例外がなければ内部分裂をすることが一番大きいことはわかってるだろ?
既に内部分裂が始まっているようなものなんだから、どこかで手を打つ必要がある。君が指導者をやっていくことに不満はないけど、あまり独裁的にやっていくと不平不満が溜まって最後には
私がそういうと彼女は考え込んでしまった。恐らく、入学当初に自分のプランとは異なった考えなのでいろいろ考えているのだろう。
こうした場合はメリットやデメリットを考えるところからまず始まるだろう。
メリットはわかりやすくクラス全体の団結力が上がってみんなのやる気の上昇が狙えたり、情報操作が楽になるということ。また、孤立気味な人を掬い上げ、そう言う人たちの行動にも目を光らせることができること。明確な内部分裂を起こす前にクラス全体でまとまれるというところだろう。
ではデメリットは何か。
まず、指導者が二人いることで内部分裂の危険性を孕むこと。すでに二分しているグループを今から一つにしたところで、本人たちは良くても周りにいる人達まで納得するとは限らない。そして、全体でまとまった場合に起こる一番の問題として情報の横流しをするものが出た場合に誰がしたのかわかりづらくなるというものがある。
グループ全体で話し合うと言えば聞こえはいいが、そこで出た情報は皆が共有することになる。そのうちだれか一人が漏らすようなことになれば、誰が流したのかわからなくなるような魔女裁判的雰囲気になってクラスの団結は崩壊するだろう。
…あれ?
これってデメリットが結構無視できないのではないか?
いや、まさかそんな馬鹿なことあるはずが……
…冷静に考えなおしてみたら、デメリットのほうが大きい気がしてきた。
坂柳さんが纏めきれるならこのままでもいいんじゃないか。そのためには孤立気味な人を全部掬い上げる必要があるけど、それさえできれば康平たちを打ち負かして因縁を残さないようにすれば問題はないのか。
だが、康平を打ち負かすとなると、どうしても後を引く様な形は避けられないだろう。
…だからその因縁を残さないようにするためにはどうするのかという話だ。
………因縁そのものの『縁』を切るとか?
いや、そんな便利なことができるものじゃないし無理やりやろうものなら間違いなく、また誰からも忘れ去られることになる。
流石にあれは結構きついので勘弁願いたい。
そもそも私の
それに、ファンタジーやメルヘンの世界じゃないんだ。
学園物の世界でそんな
ゲームをやるのに、ゲーム機壊して「このゲームに勝った」とか言って楽しいわけがない。
一時的な破壊衝動が満たされたところで、『ゲーム』そのものからは逃げたも同然だ。
そんな無価値な勝利に何の意味があるんだ?
「…考えがまとまりました」
考えているうちに結構時間がたっていたような気がするが、私は彼女の言葉で意識を現実に戻した。とりあえず、自分でもどっちがいいのかわからなくなってきたので彼女の答えを聞くことにした。
「私は、このままクラスの掌握を進めます」
彼女は私を見据えてそう宣言した。
そこには、さっきの迷いきって考え込んでいた少女の姿はなく、自分に自信をもってそう言いきった少女の姿があった。
「確かに、このまま行ったら葛城君との衝突は免れないでしょう。ですが、私なら彼を退けることはできます。それに、私にもこの学校に来た目的があります。
そう言った少女の瞳は覚悟と決意に満ちたとても輝かしいものだった。
前世の私でも出来なかった顔。
今の私では絶対にできないようなその顔に思わず私は魅入ってしまった。
「クラスにとってのメリットデメリットもどちらが良いのか微妙なところです。しかし、これには私自身のメリットデメリットを考えていない。
私の目的を果たすためには、私がクラスの掌握する必要があります。ですから、私は葛城君と衝突することも構いません。あなたと衝突しようとも必ず退けて私が勝ちます」
そう私に宣言した彼女の姿に私は心を打たれた。
私に向かって宣言する様が実にプラス向きで、前に彼女はマイナス側の人間だなんて評価した私は自分が見当違いのものしか見ていないことに気付かされた。
…ああ、なんてきれいなんだ。
顔がじゃない、容姿がじゃない、その覚悟に満ち溢れた目、これこそが人間の真に美しい姿なのだろう。
…私が転生してまで手に入れたかったものはそういうものなんじゃないのか?
プラスだろうが、マイナスだろうが本当に変わらない人間のらしいものを見つけたかったんじゃないのか?
……私は何のために生きているんだ?
この学校に来た理由は卒業するためだ。それは疑いようもない。
だが、私がそうまでして本当に欲しかったものはいったい何なんだ?
平穏な生活なのか?
怠惰な日常なのか?
それで本当にいいのか?
私がこの世界に転生した理由は本当にそんな日常を求めたからなのか?
違うだろ!
ただ、生きているだけでいいなら転生する前でも味わえただろ!
転生して
それで本当に満足するなら転生なんかする必要なかっただろ!
私が本当に見たかったものは
マイナスの人生になったから前の人生とは違うところを見ることができた。
本当にそれだけでいいのか!?
転生してそれだけ知れば満足なのか!?
それなら、中学校を卒業するまでに死んでも変わらかったんじゃないのか!?
…そうだよ。
私はこういうものが本当は欲しかったんだ。
自分の全てを賭けてでも戦うような覚悟とか、自分だけの生き方とか、そういう輝かしいものを元の『小坂零』は欲していたんだ。
転生した今になってようやくわかった。
私は『物語』に参加したかったのだ。
そしてその『物語』で、マイナスだろうがプラスに負けないぐらいカッコつけて生きていくことができるっていうことを証明したい。
マイナスに生まれても、人の持つ真に美しいものというものがあるということを証明したいんだ。マイナスの人間だからで済ませて終わらせて言い訳していた、今までの自分を本当は変えたかったんだ。
「…はあ、また勝てなかった」
私はあの人の決まり文句をつぶやいた。
別に勝負をしていたわけじゃない。だが、私が今感じている圧倒的な敗北感、それと同じぐらいの感謝と敬意を表すのにこれ以上ふさわしい言葉はないだろう。
私が尊敬しているあの先輩のセリフを言うなんて烏滸がましいことかもしれないが、それでも言わずにはいられなかった。
「わかったよ、坂柳さん。君のしたいようにするといい」
「…いいんですか?
小坂君の言うことと反対のことをすることになりますよ?」
「好きにしていいよ。
「好きに…ですか?」
「君の顔を見て、私が本当にしたかったことを思い出したんだ。だからお礼を言わせてほしい。君のおかげで本当に大切なことを見つけることができた。本当にありがとう」
そう言って私は頭を下げた。
彼女からすれば突然変なことを言ってきて困惑しているかもしれないが、私にはとても大切なことを教えてくれた彼女にたいしてこうしないと気が済まなかった。そしてだからこそ、私は彼女に伝えたいことがあった。
「そして、それを見つけたからこそ君に宣言するよ、坂柳有栖さん。
私はそう言って彼女を見据えた。
先ほど彼女が私に向かって宣言したように、私も同じく彼女に向けて宣言した。
私の覚悟を彼女に伝えるために、私の感謝を彼女に伝えるために。
「…わかりました。その勝負受けて立ちます」
彼女はそう言ってこっちを見て笑った。その笑顔がとても美しくて、それと同時に心が熱く燃えているように感じる。
「ありがとう、君ならそう言うと思ったよ」
「こちらこそ、あなたとは何れ雌雄を決する必要があると思ってましたから構いません。それで、どのような勝負にするんですか?」
彼女のこの問いに対して、私の答えは決まっている。
「勝負のルールは一つだけ、
「負けたと思った方の…ですか?」
「そう、たとえどんなにボロボロになったとしても負けたと思わなかった限り勝負は続く。負けたと相手に思わせたほうの勝ちだ」
最悪、お互いに意地を張り合って一生終わらないように見えるこのルール。
だけど、それをこなしてこそ真の勝利だと言えるのだろう。あの『負完全』な先輩が、主人公との勝負でこのルールを用いたように。
だからこそ、私は彼女にこのルールで勝負を挑む。たとえ勝てないとしても、この勝負そのものに意味があると私は確信している。
「…わかりました。それで構いません。それで期限はいつまでにしますか?」
「そんな短期間で決められるようなものでもないし、卒業まででいいんじゃないか?」
「…そんな長い期間でいいんですか?」
「勝負したいとは言ったけど、そんなすぐに決着を求めているわけじゃないからね。高校生活の全部の期間を使っての長丁場だよ」
そう言って私は彼女を見た。
確かに長い期間だろう。だが、短期決戦で勝てるとも思えない。長丁場のグダグダにもっていかないと勝つどころか勝負になりもしないだろう。私は勝てるとは思ってない。
だが、全力で勝ちに行く。生まれて初めての全身全霊を彼女にぶつけるのだ。
そうした先に私の求めている答えが見つかると確信している。
「わかりました。私はそれで構いません」
「うん。じゃあ、これからよろしく、坂柳さん」
「ええ、こちらこそ、小坂君」
そう言って私は握手をするために手を出した。彼女もそれに応えるように手を伸ばす。私はほんのちょっとのマイナスを出しながら、彼女は圧倒的威圧感を放ちながら。彼女の威圧感に呑まれていく感覚で眉を顰めるが、彼女も気持ち悪そうに眉を顰めている。
思わず彼女は握手する手を引っ込めそうになるが、踏みとどまって握手を返してくれた。
「…それがあなたの素ですか」
「気持ち悪いだろう?
これでも抑えているんだ」
全開放するようなことをする気はないが、彼女の前では素の自分を出したくなった。正々堂々なんて言う気はない。
だが勝負を挑んだ以上、彼女には私のことを少し知ってもらいたかった。何も知らないまま私に勝たれても私の望むものは得られないと直感的に思ったから。
「確かに気持ち悪いです」
「そう面と向かって言われるとちょっとショックだな」
「でも少し嬉しいですよ。本当の小坂君を見つけられた気がしたので」
…無自覚なのか計算してやっているのか、どっちにしてもタチが悪い。そう言うことには耐性がないから、そういうことを本当に嬉しそうな笑顔で言われると勘違いしそうだ。
ただでさえ
「まあ、他の人にはこんな姿見せられないからね。クラスではまず見せないようにしてるし」
「…というと、この小坂君を知っているのは私だけということですか」
「この学校ではそうなるね。昔施設にいたときは抑え方わかんなくて垂れ流しにしてたけど」
そう言うと彼女は顔を顰めた。
今の抑えている状態でさえ気持ち悪いと感じるのに、こんなものを常に全開で出していたら他人がどう思うのか想像していたのだろう。
「垂れ流し…それ大丈夫だったんですか?」
「ダメだったから虐待されたんだよ。服の下は結構グロいから人には見せられないね」
そう言うと彼女は少し悲しそうな顔をしてこっちを見た。
同情しているのだろう。だが、そんなことは今の私にはもう関係ない。体に傷が残ろうが、私は私だ。勝負をするに困るような疼くほどの古傷でもない。
「…私と二人でいる時には、このままにしておいてください」
「いいのかい? 正直気持ち悪いだろう?」
「確かに気分はよくありません。ですが勝負を受けた以上、私はあなたから逃げるような真似をする気はありません」
これには正直驚いた。
勝負を吹っ掛けた今だからこの状態になっているが、本来こんな状態を見せる気はさらさらなかった。普通の人間というか、
そんな私を真っ向から受け止めて勝負にこたえようとする姿勢が私には好ましかった。
「そういうことならそうさせてもらおう」
「ええ、そうしてください。私はあなたの全てを受け止めてあなたに敗北を認めさせます」
「それじゃあ、私は私らしく、私なりのやり方であなたに敗北を認めさせることにしよう」
そう言ってお互いに笑いあう。前の威圧するような笑顔じゃなくて、相手の挑戦に対する不敵な笑み。
「ふふ、その時を楽しみにしてますね」
「ああ、私も楽しみにしてる。それじゃあ、また明日とか!」
そう言って私は彼女の部屋を出た。
これから私は彼女と戦うのだ。生まれて初めての全身全霊をかけて私は戦う。
その先に勝利がないことを半ば確信しながらも、私は勝負を挑む。
無意味で、無価値で、無関係で、無責任なマイナスだとしても、その人生に意味と価値をがあることを信じて、私は人生で初めての全力を彼女にぶつけるのだ。