ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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8話目 四月の終わり

 人生には、全てをなくしても、 それに値するような何かがあるんじゃないだろうか

 

 

 これは『風とライオン』という映画に出てくる言葉だ。全てをなくしたとしても、それに値するような何かが人生にはあると信じる。

 

 そういう生き方をできるかできないかでは、人の人生というものはまた変わるのだろう。

 

 

 人生の全てを失ったと嘆く人と、人生の全てを失ったからこそ何かを得ることができたのかもしれないと考える人ではどっちの方が早く立ち直れるかわかりきっているだろう。

 

 もっとも、元から何も持っていないというマイナスの人間もいる。

 そういう人は、果たして人生の全てといった場合どのぐらいのものが該当することになるのか。

 そして、それに値するようなものを果たして見つけられることができるのだろうか。

 それは、マイナスの本人にしかわからないのかもしれないし、本人にすらわからないのかもしれない。

 

 

 

 

 では、マイナスの彼はどうだろうか。

 

 人生を一度全てなくした彼は果たしてそれに値するようなものを見つけたのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …あるいは、見つけられなかったからこそ彼は転生したのかもしれない。

 

 

 

 

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 坂柳さんに宣戦布告してから約3週間経った。

 

 彼女は宣言通り派閥を着実に増やしている。

 その中で私は彼女の派閥どころか、どの派閥にも入ることをしなかった。

 

 

 

 私は私個人の力で彼女(坂柳有栖)に勝ちたい。

 

 

 

 青臭いかもしれないが、彼女に勝負を申し込んだ以上、私自身の手で彼女を下したかった。

 そう思ったからこそ、クラスでの立ち位置はどっちつかずのコウモリと言えるようなものになっている。しかし、逆にいうと誰とでも話はできる程度の人脈は作っており、先生から見たらボッチに見えるかもしれないが今のところ不満はない。

 

 不満があるとしたら、派閥に入ってないのにもかかわらず坂柳さんが昼食の誘いに来ることだ。

 

 最初の一週間でクラスメイトは茶化すのをやめ、二週間目には彼女が根回ししたのか、それが普通になっていた。

 そんな青春ラブコメの一ページになりそうな昼食時だが、その実態はお互いの腹の探り合いだった。

 これからどうやって相手に負けを認めさせようか。

 言葉には出さないが、お互いにそれを頭に入れながら談笑していた。

 クラスメイト曰く、楽しそうに話していると思っていたけど目が笑ってなかったと評価されている。

 

 試しに一度断ろうとしたが、その時の彼女の泣きそうな表情を見た病弱少女見守り隊(坂柳グループ)の橋本君に睨まれてからはもう諦めた。私だけに見えるように笑っていたことから嘘泣きであることはわかりきっていたが、彼女の派閥の人間を動かすにはそれで十分だった。

 橋本君の眼光もやばかったが、泣いているフリをしている坂柳さんを見た神室さんが何とも言えない表情になっていたのが印象的だった。

 気がついたら神室さんと橋本君は坂柳さんの側近みたいな立場になっているし、彼女の下には常に坂柳グループの人がついている。恐らく彼女の体のことも踏まえてのものだろう。

 

 最近では食堂に行くのが面倒になったため、坂柳さんの分までお弁当を作るのが日課になっていた。

 教室で食べるようになったため、移動する手間やトレーを運ぶ手間がなくなった。

 ただ、食費は無料コーナーのおかげで殆どかかっていないので問題ないが、時折クラスメイト以外の人が教室の外から見てくるのが煩わしい。

 

 

 現在、私のクラス内での立ち位置は大分怪しいものになっていた。

 

 

 坂柳グループからすれば何で派閥に入らないのか不思議に思われているし、葛城グループからすれば坂柳さんと繋がってると思われて邪険に扱われる。

 尤も、康平とは普通に会話もするどころか何かとよく話しているので葛城グループの人も困っているのだろう。真面目な彼は基本的に私の相談も聞いてくれるし、彼から相談されることもある。

 私の相談は大したものを言っているわけではないが、恐らく彼も大したものを相談しているわけではないだろう。

 戸塚が軽率な行動が多くて困っているという相談を受けたことがあったが、とりあえず呼び出して話しても説教と思われかねないし、注意を促していって少しづつ改善させていくようにしたらと言っておいた。

 その後どうなっているのかは、私の与り知らぬところだ。

 

 中立組には二つの派閥のどちらかに入っていると思われているせいか、入学初期ほど親しく話すことはなかった。

 

 …予想通りコウモリできていることを喜ぶべきか、胡麻をすることに失敗していることを嘆くべきか。

 まあマイナスの私だから何れはこうなると思ってたけど、まさか私のせいじゃなくて坂柳さんが絡んでくるからこうなるとは思わなかった。

 昼食を一緒に食べるだけで、これほどの影響があるとは思わなかった私の失敗だ。

 

  これも勝負の一環だというなら甘んじて受け入れよう。私が彼女とした勝負はそういう勝負だ。お互いの全部をぶつけ合う様な勝負を私は望んでいた。

 彼女はそれに応えてくれているから、持てる物を上手く使って私を攻撃しているのだろう。

 私もそれに応えれるようにしないといけないが、既に外堀を埋められ始めていて手遅れ感もある。

 今更、一人で食べるから、と言うのはなかなか難しいような気がする。

 

 だから、これに関しては諦めよう。敗北を認めなければ敗北でない以上、マイナスの私はいくつかの分野で敗北することは避けられない。

 であれば、何か一つの分野で坂柳さんに圧倒的敗北感を味あわせるしかない。

 

 嘘をついてはいけないというルールがない以上、敗北を認めたことを相手に自己申告しない限りこの勝負は終わらない。だからいくつか負けたところで私には関係ない。

 

 最後に勝てばいいのだから。

 まだ二年以上あるこの高校生活で私は私のためにこの勝負に勝つ。

 

 

 

 

 

 

 考えているうちに担任の真嶋先生が教室に入ってきた。私は適当に話をしていた茂君(竹本君の下の名前)との話を打ち切って、そっちを見る。他のクラスメイト達も席に座って、話を聞く姿勢を作っている。

 この光景もすっかり慣れてしまった。リーダー格の二人がしっかりしているからだろう。他の人がそれに引っ張られている。そして、先生が教室に入った直後にチャイムが鳴った。授業開始を告げるチャイムだ。

 

「全員揃っているな。今日は小テストを受けてもらう。今後の参考資料にするだけのもので、成績表に影響は出ないから安心するといい」

 

 テストと聞いて少し緊張感が高まった雰囲気だったが、成績に関係ないという言葉を聞いてそれが和らいだ気がした。成績にはということはクラスポイントとかに影響が出るということだろう。隣の席を見ると、坂柳さんが頷いた。

 それを見て、まともにやらないといけないテストの類だと感じ取ると同時に他に気付いている人が、康平ぐらいしかいないことに気付いた。Aクラスというのは本当に優秀な人間が集まっているクラスなのかと不安に感じると同時に、もしかしたら学校側の基準が私の想像しているものと違う可能性があることに思い至った。

 私は大体のあらすじと本当に最初の方ぐらいしか『ようこそ実力至上主義の教室へ』という話を知らない。そのため、主人公含む不良品と称された生徒がDクラスで、優秀な生徒がAクラスに固まっているということは知っている。

 

 

 …よく考えたら、主人公がDクラスにいるっておかしくないか?

 たしか、主人公は結構な切れ者で優秀な人間だったという記憶がある。入試の時にわざとテストの点数を落としたのかもしれない。十年以上は前の記憶になってしまうので、見たところ自体が最初の方だけだったということを差し引いても覚えているものが少なすぎた。

 

 

 そんなことを考えているうちにテストの問題が配られてきた。1科目4問の全部で20問各5点で100点満点の問題だが、ぱっと見たところ最後の問題だけやたら難しそうだ。

 とりあえず、最初の方の問題はとても簡単なので10分足らずで終わらせる。中学校の復習問題みたいな問題だったので、きちんと勉強を積み上げてきた今の私にはそこまで問題になるようなものじゃない。

 

 問題は、ラスト3問だ。

 今までやってきた勉強の範囲とはとても違うものだが、前世で大学にまで進んでいた今の私にはそこまで脅威になるようなものじゃない。これでも前世で大学生だった身としては、これぐらいの()()()()()レベルの問題で躓く様なことはない。

 

 …こう言ってはいるが、中学校時代に高校の範囲も一通り思い出しながら勉強していたので助かった。正直このレベルの応用問題となると、中学校に入る前の私では解くことはできなかっただろう。

 大学生だったとはいえ、専門的な科目ばかりで基礎科目に関しては抜けているところも多かった。中学校に通わないで、いきなり高校生になっていたら間違いなくわからなかったであろう問題だ。

 

 他の人たちもだんだん手が止まっていく様子を感じる。ペンを動かす音がだんだん止まっているのだ。隣の坂柳さんはすらすら解いているし、康平も問題なさそうにしているが、他の生徒の大半はもう手を止めていた。

 私もすでにラスト3問を解き終えたのですでに手を止めている。他の人が手を止めている時とほぼ同時に終わらせたが、恐らく間違ってはいないだろう。

 

 

 

 

 

 私は軽く見直しをすると、チャイムが鳴るまで他のクラスメイトの観察をすることにした。

 

 手を止めて背筋を伸ばしている人、手を止めて眠たそうにあくびをしている人、必死に最後の問題に取り組んでいるのか机にかじりついている人、問題を解くペースが遅いのかそれとも最後の問題をすらすら解けているのか考える様子もなく手を動かしている人と様々だ。

 

 隣の少女(坂柳さん)は手を止めているので、問題の見直しをしているのだろう。紙が軽く動く様なこすれるような音が聞こえてくる。

 

 

 

 段々静かになっていく教室で、時計の音だけが響く様な静寂の中テストの時間に終わりが来た。チャイムが鳴り、テスト用紙を後ろから集め、真嶋先生に渡す。もらった先生はそのまま教室を後にした。

 

「最後の方の問題難しかったな」

 

「私最後全く分かんなかったー」

 

 そんな会話があちらこちらで聞こえてくる。

 私もそれには同意だ。なぜ、入学してまだ1か月も経っていないこの時期に高校三年生の応用問題を混ぜてきたのか、まあ恐らく試しているのだろう。どのぐらいの学力があるのか、もしくはこの問題を解ける人がどのぐらいいるのか。

 

「小坂君はどうでしたか?」

 

「多分全部あってると思うよ。高校3年の応用問題レベルのが混ざってるとは思わなかったけど」

 

「高校3年の応用問題!?」

 

 私の話したことが聞こえたらしく、近くにいた吉田君がそう叫んだ。その声を聴いてクラス全体がざわついていた。無理もないだろう、入学してまだ1か月も経っていない時期にそんな問題をテストに混ぜる方がどうかしてる。

 

「それは本当ですか?」

 

「記憶違いじゃなければっていうのが付くけど、中学の時に高校の範囲を一通りやったから多分あってると思う」

 

「そうですか…」

 

 そう言うと坂柳さんはまた何か考え始めた。

 恐らく、何故そんな問題が混ざっていたのかを考えているんだろう。

 

「にしても、零すごいな!

 あの問題全部できたんだろ?」

 

「中学校の時にもう高校の勉強を終わらせたって本当!?」

 

「終わらせたんじゃなくて、あくまで一通り流してやっただけだけどね。きっちりやったわけじゃないから覚えていないところもあるし、今回は前にやってたところと少し似てた部分があったからできただけだよ」

 

 嘘は言ってない。

 実際に中学の時に高校の応用問題の一部に手を出した時に類似した部分があった問題があったからそこまで手間取らなかったし、中学校の時に一通りやったというのはあくまで高校の範囲の問題を全部解いてみたというだけだ。

 忘れているところの復習をしたりはしたが、ほとんど個人でやったので終わらせたとは言えない。家庭の事情を知っている先生に頼み込んで問題を作ってしてもらったりしたのはいい思い出だ。

 そのせいで、当時のクラスメイト達からいくつか妬みを買っていたのも私は忘れていない。

 良い子ぶってる、がり勉野郎、と言った陰口は少なからずあった。

 過負荷(マイナス)を抑えていたし、それなりに仲のいいように見える友人がいたから表だって出ていなかっただけなのは理解している。

 

 

「それでもすごいよ! あの問題私全く分かんなかったし」

 

「俺も最後の方はほとんどできなかった。あれどうやるんだ?」

 

「じゃあ、次の授業始まっちゃうから放課後にでも解説するけど聞きたい人いるー?」

 

 そう言ってクラスを見渡すとほとんどの人が手を挙げた。坂柳さんや康平まで手を挙げているところを見て、挙げなかったクラスの全員が手を挙げた。

 

 …ここまでになるとは思わなかったから少し驚いた。孤立気味な人たちまでしっかり手を挙げていることもそうだ。それだけ、解けなかったことが悔しかったのだろうか?

 

「そうしたら、放課後にこの教室で解説するけどいいかな?

 黒板とか使ってわかりやすくするつもりだけど、あまりやったことないから勝手がわかんないし」

 

「そこまで気にしなくていいですよ。私も答えに確信を持てなかったので解説してくれるというなら助かりますから」

 

 坂柳さんがそう言うとクラスの全員が頷いた。放課後に特に予定を入れてなかったからそこまで問題はないが、こうなるとは思わなかったので少し驚いた。

 

 もしかして、私の位置取りが功をなしたのだろうか。

 坂柳グループの人も、葛城グループの人もどちらのリーダーとも仲良くしている私の勉強講座でお互いのリーダーが出るなら自分たちもと思ったのかもしれない。孤立気味の人たちも周りに合わせたのか、それとも同じ孤立気味組の私からの解説なら聞いてみたいと思ったのだろうか?

 いや、これは自意識過剰もいいところだろう。

 

 …こんな感じで団結力を高めていければそこまで落ちていくこともないんだろうなと思いながら、坂柳さんがクラス掌握を進めている段階で分裂することは確定かと思うと少し残念な気もしていた。

 

 

 

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 放課後に勉強会…と言うよりは、今回のテストの高難易度問題解説講座なるものを開いた私は黒板を使ってラスト3つの問題を解説していた。

 

 教壇に立って問題と答えを書きながら解説していると、この学校の先生がいかに教えるのが上手か思い知らされていく気がする。私には教職は向いていないようだ。

 全体に向かって黒板を使いながら解説していたが、ほとんどの人には理解できなかったみたいでみんなポカーンとしている。まあ、高校3年の内容がわかっている前提の問題なんて軽く解説したぐらいじゃ今の一年生にはわからないだろう。

 

 そう思った私はすでに理解していそうな坂柳さんと康平を呼び出して二人にも解説をしてもらうことにした。最終的に、坂柳さんと康平が自分のグループの人に解説する役回りになって、残った孤立気味な人には私が個人的に解説するような形になった。

 

 そうやって、ほとんどの生徒が答えを理解したところで解散した。私も解説しているうちにお腹が減ったのでたい焼きでも買いに行こうと思って教室を後にした。

 

「どこに行くんですか?」

 

 背後からそう言われたので振り返ってみると坂柳さんがこっちを見ていた。隣には橋本君と神室さんがいる。お気に入りの二人なのか、よく二人を連れている歩いているのを目にするので珍しい光景ではない。

 

「ちょっと小腹が減ったからたい焼きでも買いに行こうと思ったんだけど一緒に行く?」

 

「よろしいんですか?」

 

「別に1人で食べようが4人で食べようが大した問題じゃないだろ?」

 

「…ちょっと待って、何で私達まで入ってるの?

 二人で行けばいいじゃん」

 

 神室さんが不機嫌そうにそう言った。彼女は何か弱みを握られて坂柳さんに協力しているのだろう。もしくは徹底的に打ち負かされて仕方なく従っているのかもしれない。

 少なくとも、忠誠心の欠片もないことが容易に窺えた。

 

「別に強制するつもりはないよ。来たければくればいいし、来たくなければ帰ればいい」

 

「…ッ」

 

 私の言葉に、彼女は無言で睨んで返す。

 坂柳さんが帰れと言わない以上、帰ることが許されないことを知っているくせにと言ったところだろう。別に私自身の本心から来ても来なくてもいいと言っているのだが、帰れない彼女からすれば嫌味にしか聞こえないのだと思う。

 

「ま、立ち話もなんだし行こうか。橋本君もそれでいい?」

 

「ああ、坂柳さんが良いというならついて行こう」

 

「相変わらずだね、そんな生き方で辛くないの?」

 

「俺はこれでいい」

 

 …なんか拗らせてそうな気もするけどまあいい。

 別に彼女の戦力を削ぐことにそこまで意味があるわけじゃないし、彼に対する興味もない。

 

 

 そして、私達はたい焼きを買ってベンチに座った。左から、私、坂柳さん、橋本君、神室さんの順だ。私と神室さんはクリームたい焼きを、残りの二人は餡子の詰まったたい焼きだ。

 

「それで、何か用でもあったの?」

 

「今日の勉強会の話です。何が目的で開いたのか聞いてもよろしいですか?」

 

「特に理由なんてないよ。話が飛び火しなかったらあんな面倒くさいの開かなかったしね」

 

 そう言ってたい焼きを握る。たい焼きの頭が裂けて中からクリームが出てくる。裂け目から吸うようにして中身を吸い出すと萎んだたい焼きを齧った。

 指についたクリームをなめながら話の続きをしようと思って彼女たちの方を見ると、坂柳さんの顔が引きつっていた。橋本君は気持ち悪いものを見るような目で、神室さんは理解したくないようなものを見る目でこちらを見てくる。

 

 …裸エプロン先輩の食べ方よりはだいぶきれいに食べたはずなのだが、それでも見たくないようなものにしてしまったみたいだ。

 少し反省すると同時に、これぐらいで嫌な顔をするなよと思っている自分がいた。

 

 

「まあ、そんなわけだからこれに関しては本当に理由はないんだ。

 したくてしようと思ったわけでもないし、例の勝負のための布石とかでもないから気にしなくていいよ。それに、君は負けたなんて思ってないだろう?」

 

「ええ、私の答えでも回答に間違いはありませんでしたし、この程度で負けたなんて思ってません」

 

「じゃあ、それでいいんだよ。負けてないって嘘をついてもいい。この勝負は負けたと認めない限り終わらないんだから」

 

 そう、この勝負は負けを認めて相手に宣言するまで終わらない。今回、私が解説をするために坂柳さんに問題を解説したが、その程度で負けを認められてはこっちも困る。

 

 相手に完全に負けたと思わせて認めさせることが私の言う勝利なのだから。

 

 

「だから、君はいくら負けたとしてもいい。()()()()()()()()()()()()()()()勝負は終わらない」

 

「そういうことですか。これは確かに長丁場になりそうですね」

 

「そういうこと、だからそんなに気にしなくていいよ。勝負しているとはいっても同じクラスメイトなんだしそこまでギスギスしても面白くないしね」

 

「わかりました。そういうことなら少し安心しました」

 

「おや、もう負ける算段が付いたのかい?」

 

 そう不敵に笑いかける。坂柳さんの隣にいる橋本君が睨んでくるが気にしない。

 

「いえ、下手に揚げ足をとって勝負を終わらせるようなことにならなくてよかったと思っただけです。私が負けるつもりはありません」

 

 そう言って彼女も笑い返してくる。

 

「そう、それでいい。だからこそ私はあなたに勝つ」

 

「いいえ、私が勝ちます」

 

 彼女の威圧感に呑まれていくような錯覚を味わう。他の二人がいるため、私は何もしない。だが、それでも私は彼女から目を離さない。

 

「望むところだ」

 

 そう言って私はベンチから立った。私達の雰囲気に押されたような感じになっている神室さんと橋本君を後目に、私は彼女に背を向けた。そして最近言うことに慣れてきた彼のセリフを使う。

 

「それじゃあ、また明日とか」

 

 そう言って私は寮の自室に帰った。

 日が落ちてきて、涼しい風が吹き抜ける。

 それは、私の今の心を表しているようにも思えた。






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