ようこそマイナス気質な転生者がいるAクラスへ   作:死埜

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9話目 五月の初めの日

 たとえ今日負けても、人生は続くのさ。

 

 これはミロスラフ・メチージュというプロテニス選手の言葉だ。

 

 一度負けても、二度負けても、死なない限り人生は続く。

 だから、過負荷(マイナス)たちは勝負を挑むのだ。そこに勝利がないとしても人生は続いていくから。

 

 勝利することだけが人生ではないことを知っているから。

 負けることが全ての終わりじゃないから。

 勝負することにも意味があるのだと思うから。

 

 

 

 

 だからこそ、過負荷(マイナス)になった彼は挑んだのだろう。

 絶対的強者である少女との勝負を。

 そこに彼の求めるものが見つかると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

____________

 

 

 

 5月になった。

 

 朝、目が覚めた私は思ったより早く目が覚めてしまったことに気付き、ランニングをすることにした。

 走りやすい服装に着替えて、軽く走った後にシャワーを浴びて時間を調整して私はお弁当二人分と朝食を作ることにした。

 

 そんな時、ふと今日がポイントの支給日であったことを思い出す。

 弁当を包み終え、朝食を食べた私は携帯を確認してポイントを見た。そこまで使っていなかったので6万ポイントぐらい残っているはずだったのに、ポイントが15万ポイントを超えていた。予定通り月頭の今日がポイントの支給日だったのだろう。

 

 それに、10万ポイント増えていないことから坂柳さんの仮説が正しかったこともわかる。勿論、私の仮説も正しかったことになるが私は原作知識なる物があったので答え合わせのようなものだろう。

 何も知らないはずの彼女がこれだけのヒントでよくこんな仮説を思い付いたと思うと彼女がいかに優秀であるかを思い知らされる。増えているポイントは9万4千ポイント。100で割ったら940。恐らくそれが今のクラスポイントなのだろう。

 

 今のところ、消耗品の類は一通り揃えたから残りを使うとしたら交渉ぐらいだろうか。ポイントで何でも買えると称している学校だが、私の求めているものはそういうものではない。

 だが、人を使うためにこのポイントを使うのが楽であることは事実なので貯めておいて損はないだろう。

 

 そういえば、グループチャットの方はどうなっているのだろうか?

 この前作ってからあまり見ていないけど、何か動きがあるのかもしれない。

 

 そう思って見てみたが、Aクラスのグループチャットは全く動いていなかった。こんなことなら前に坂柳さんに入れられたグループに入っておけばよかったと後悔した。前に招待されていたが、その後にAクラス全体のグループチャットを作ったため、招待されたのを断ったのだ。そこで、坂柳派になるなら入っていたが、中立に居ようと思っていた私は招待されたものの入らなかった。

 しかし、彼女がクラスを掌握する以上、彼女のグループでは積極的に動いても全体のグループの方にはその情報が流れてこない。それによる利点もあるが今の私にはそれがデメリットになっている。

 

 

 まあ、教室に行って他の人と直接話せば解決するだろう。データに残って後で見れるようなものよりも、後で誰が言ったかわからないような状況が起こりうる教室のほうがいいのかもしれない。

 

 そう思った私はとりあえず教室に行ってみようと思い、寮の自室を後にした。

 

 

___________

 

 

 

「おはよー」

 

「おはようございます、小坂君」

 

 教室に入ると既にほとんどの生徒が集まっていた。ランニングをしてシャワーを浴びて時間調整をしたつもりが少し遅く来てしまったらしい。とりあえず挨拶をすると、隣の席の坂柳さんが返してくる。それを皮切りに他の人とも挨拶を交わしていく。

 

「ポイントが振り込まれてたけど少し減ってたな」

 

「ええ、そうですね。()()()()()()()()()()()

 

 二人でにっこり笑いあう。

 周りにいた人は寒気がしたのか少し体を震わせた。葛城君はこっちを見て、橋本君は私を睨んでいる。

 

 

 

 

 

 

 

 そうしているうちに、手に筒状のポスターを持った真嶋先生が教室に入ってきた。

 それに合わせてクラスメイト達が席に座る。

 

「全員そろっているな。さて、今日はポイントの支給日だったわけだが10万ポイント入っていなかったことは気づいていると思う」

 

 そう言うと真嶋先生は黒板に向かってABCDと縦に書き、その横に数字を記入していった。

 

A 940

B 650

C 490

D 0

 

 予想通りの点数が記載されていったことにとりあえず安堵した。私というイレギュラーのせいでポイントが大幅に変動していたらどうしようかと思っていたが、どうやら杞憂で済んだみたいだ。

 

「この数字はクラス全体の評価と取ってもらって構わない。つまり、君たちAクラスは940点分の評価をされているというわけだ。それに100を掛け合わせた数値がプライベートポイントとして君たちに支給されることになっている」

 

 まあ、予想通りと言ったところだろう。最初の1日ぐらいだけ、多少の私語や眠たそうにしていた生徒が見られたが、坂柳さんのところはそんな人初日からいなかったし、康平のところの人も康平が一度注意したら直していた。

 孤立気味な人がそんな目立つようなことをするわけもないし、()()()は優秀なAクラスならこんなものだろう。

 

 まあ、こっから落ちていかないことを祈らなければいけないが。

 

「一年の最初のこの時期で、歴代のAクラスの中でもここまで点数を残したクラスはほとんどいない。今年のAクラスは優秀な生徒が多いようだ」

 

 へー…

 まあ、まだ1か月目だ。ここから下り落ちていく可能性は大いにある。

 何せ、3年間これを守り続けなくてはいけなくなるのだ。学校側も、差を縮めさせるような()()をすることが考えられる。

 

「そしてこのクラスポイントがそのままクラスのランクになる。仮に君たちが今回650未満のクラスポイントしか残せていなかった場合は、君たちはBクラスになっていたということだ」

 

 これを聞いて他のクラスメイトもこの学校のクラス分けの意味を知っただろう。そして自分が優秀な人間だと評価されたことも。

 

 

 そんなもの、本当に優秀な人間の前では全く自慢にならないのに。

 

「また、この学校が望む就職先や進学先を保障するのはAクラスの人間だけだ。君たちがAクラスではなくなったとき、その恩恵を受けれなくなるということを忘れるな」

 

 この言葉で、一気にクラスに緊張が走った。好きな就職先や進学先を保証してくれるという謳い文句があり、それに釣られてきたものも多いはずだ。だからこそ、今の真嶋先生の言葉はショックが大きかった。

 

「真嶋先生、一つ質問があるのですがよろしいですか?」

 

 私はそう言って手を挙げた。周りからの視線が突き刺さるが気にしない。これからのことを考えて、どっちの派閥にも入らない以上下手に下げられないためにもこういう場所で発言しておくべきだと思った。

 

 …そのせいでさらに目立っているような気もするが、多少は諦めよう。

 

「いいぞ、小坂。質問を許可しよう」

 

「では早速、この前の小テストの結果は成績表には反映されないと聞きましたが、今回のクラスポイントには関わっていますか?」

 

 小テストをした時に、成績表には反映されないと言っていたのでこっちに反映されるのかと思った。しかし、クラスポイントが全体で減っていたのでどうなっているのかわからなくなってしまっていた。このクラスは真面目にやっている人が多かったが、あまり関係なかったのだろうか?

 

「いい質問だ小坂。あの小テストは成績には反映されていないが、あまりにもやる気が認められない場合や、点数が著しく悪い場合に限りクラスポイントに一部反映される。今回ではこのクラスは下がることがなかったが、Dクラスでは下がったと言ったところだな」

 

 なるほど、小テストを頑張ってもプラスになることはないが、あまりふざけているとマイナスになっていたということか。Dクラスのクラスポイントがやたら低いと思ったらこういうこともあったのか。

 …いや、あのクラスの場合これがなくても0点は免れそうにないが。

 

「ありがとうございます真嶋先生。ついでに一つよろしいですか?」

 

「時間もあまりないから、最後の質問になるがいいだろう」

 

「では、中間考査でクラスの成績が優秀だった場合クラスポイントは増えますか?」

 

「鋭いな。そうだ。小坂の言う通り中間考査での成績が優秀であればあるほどクラスポイントも増加する」

 

 まあ、予想通りと言えば予想通りだ。一般的にはテストで優劣を競うことがわかりやすいし、計算式を組み立てていれば計算もしやすい。それでいて、学生のやる気向上にもつながるんだからやらない手はないだろう。

 

「では最後に先日の小テストの結果を発表する。満点のものが2人もいただけでなく、平均点は86点と非常に優秀なものだった。今回の赤点ラインは44点だ。今回のテストで赤点をとっても関係はないが、考査で赤点をとったものは即退学になるから覚悟しておくように」

 

 言いながら真嶋先生は手に持っていたポスター状の筒を広げて黒板に張り出した。小テストの結果を書いたそれを黒板に貼って、真嶋先生は教室を出ていった。結果を見ると一番上に私と坂柳さんの名前が書いてある。点数は満点だった。

 そして当然クラスは騒然となる。甘い謳い文句で誘われていざ入ってみた学校がふたを開けてみれば実力主義の敗者必滅なんていう地獄とも言える環境だったなんて知ったらこうなっても仕方ないだろう。

 

「坂柳さんの言う通りだったね!」

「葛城君が注意してくれたおかげだな!」

「小テストちゃんとやってて良かった~」

「やっぱり、坂柳さんと小坂くんが満点だね!」

 

 

 両方の派閥ができて、露骨に敵対しているのがわかる。どっちかと言うと坂柳派の方の声が多いかみたいだ。

 人数的には大差なさそうだけど小テストで満点を取っていたのが大きいのだろう。私達の一つ下に康平の名前がある。十分すごいはずだが、満点が二人いることを考えると少し見劣りしてしまっている。

 そんな中で、私は真嶋先生に話をするべく教室を出ようとした。

 

「どこへ行くのですか? 小坂君」

 

 どこかでデジャブを感じながら、私は坂柳さんに呼び止められた。

 『魔王からは逃げられない』という言葉が頭によぎったが、あながち間違いではないかもしれないなどと場違いなことを考えていた。

 

「真嶋先生に質問をしに行こうと思ってね」

 

「さっき聞いただけでは足りないんですか?」

 

「他にも知りたいことはいっぱいあるさ。君もそうだろう?」

 

 そう言って私は彼女の方を見た。彼女の周りには坂柳派の人間が集まっているが、その中で彼女は他の誰にも目をくれず私を見ている。私たちの雰囲気に当てられて、だんだんクラス全体が静かになっていくのを感じる。

 

「そっちよりもクラスで話すことの方が今は大事だと思いますが、そこのところはどう思いますか?」

 

「そう思ってはいたけれど、話し合うような雰囲気じゃなかった。こんなわいわい騒いでるような空気で話し合うような気はしなかったよ」

 

「それには同意しますが、今ならいいのではないですか?

 葛城君もこれからのAクラスの方針を決めたほうがいいと思っているみたいですし」

 

 そう彼女が康平の方を見ると、康平がこっちにやってきた。

 

「話に混ざってもいいか?

 俺もこれからのクラスの方針をどうするのか決めたいと思っていたところだ」

 

「こちらこそお手柔らかにお願いしますね」

 

「坂柳さんがいいって言ってるんならいいんじゃないかな?

 私にはそんな権利ないから」

 

 そう言うと康平は私達の前に立った。クラスメイトは坂柳派、葛城派で分かれ、孤立気味の人が自分の席を動いていない感じだ。私は何でここにいるんだろうと思いながら、他のクラスメイトの誰も私がいることを指摘しない。

 ここにきてようやく、自分がこのクラスでここにいても周りが文句を言わないという事実に気付いた。

 

「とりあえずこれからのクラスの方針だけど、ぶっちゃけめんどくさいし好きなようにやらせるんじゃだめなのか?」

 

「「ダメだ(です)」」

 

 流石にダメだったか。

 正直なところ、私がクラス方針に大きく口を出す気はなかったので丸投げしたかったのだが、坂柳さんも康平も私を逃がそうとしてくれない。

 

「私としてはこれから積極的にポイントを取りに行こうと思います。現状維持のままではBクラスあたりに抜かされることも考えられますから」

 

「俺は現状維持をするべきだと思う。不用意に動いてクラスポイントを減らすような危険を冒すよりは現状のクラスポイントを守っていくことの方が重要だと思う」

 

「うわあ、見事に対極だね。なんてめんどくさい」

 

 そう言った私は思わずため息をついた。彼女たちの意見が違ったとわかった瞬間、坂柳派と葛城派の空気が露骨に悪くなっているのを感じるし、それに合わせて孤立気味の人たちが顔を顰めたのも確認できた。予想はしていたが、まさかここまで二人の意見が割れるとは思わなかった。

 

 

「今のまだ状況がわかっていない状態だからこそ、先手を打っておくべきではないですか?」

 

「それで最初から間違えていたら、その先にある損害を最初から抱えていくことになると思わないか?」

 

「現状維持だけでは事態が好転することはないと思いますが?」

 

「無駄に危険を冒しに行って落ちていくよりはましだと思うが?」

 

 二人の間で火花が散っているような幻覚が見える。漫画だったら確実に火花を散らしているだろう。周りの人がおろおろしているのがわかる。自分たちのリーダーが真正面からぶつかり合っているのを見て不安なんだろう。

 

「そのままいっても平行線のままだし、他の人が困ってるからその辺にしといたほうがいいと思うけど…」

 

「それでは小坂君はどっちのほうがいいと思いますか?

 私と葛城君の意見と」

 

「そうだな。このまま話し合っても決着がつかない可能性が高い。零の意見を聞かせてくれないか?」

 

 そう言うと二人とも私の方を見た。

 

 ちょっとまて、ここで私に振るのか。

 しかも、他のクラスメイトが「もちろん坂柳さんだよなぁ?」という目と、「葛城君に決まってるよなぁ?」と言う目でこっちを見てくる。

 クラスメイト全員の視線が私に集まっているが、私は内心パニックに陥っていた。

 

 そんなことを考えているうちにチャイムが鳴った。

 そろそろ授業が始まる時間だ。

 

「とりあえず、続きは放課後ってことでどうかな? 時間も時間だし、切羽詰まって答えを出すほど早まってもないだろ?

 私も一度よく考えてから結論を出したいし」

 

「わかりました。続きは放課後に」

 

「構わない。こういうことは一度じっくり考えてることも必要だろう」

 

 そう言って二人とも席に戻った。それを見て、他のクラスメイト達も自分席に戻る。

 

 …助かった。正直こんなことになるとは思っていなかった。何で誰も私に回された時に反対しないんだ。

 坂柳さんが悪いのはわかっている。今も隣で邪悪な笑みを浮かべてることから、彼女の私に対する一種の攻撃であることはわかりきっている。

 それに気付いた茂がドン引きしてるのが見えた。

 

 どちらかと言うと坂柳派の彼がドン引きしているなんて相当だろう。初日から話をした茂は、実を言うと坂柳派の人間とは言い難い微妙な立ち位置にいる。元々ボッチ気質だったのか、一応坂柳派と呼ばれる程度の位置にいる彼だが、入学初日以降坂柳派の人間たちと絡んでいるところはあまり見ない。

 逆に、私とは比較的仲が良いが、一線を引いた友人関係を私が取る傾向にあった。そのため自分から呼び捨てでいいと言われない限り、君かさん付けで呼んでいたが、ついに彼からも呼び捨てでいいと言われたので呼び捨てで呼び合う仲になった。

 

 人柄もよく、結構話しやすいしノリもいい彼がどうしてクラスで浮いているのかが私にはあまりわからない。この前の解説会をした時も私が個人的に教えて回った時の一人でもあった。

 

 

 

 …現実逃避はこの辺にしておこう。さっきの話し合いは結局放課後に持ち越されただけで、私が追い詰められ気味なのは変わらない。どっちの選択をしても印象を悪くするし、新しい提案を単純に出すのも厳しいだろう。

 

 リーダー格の二人を正論で言いくるめられても、他の人たちが付いてくるかはまた別問題だ。

 

 適当に言うことなんてもってのほかだろう。さっきは丸投げにしようとしたが、そんなことを繰り返し言ったら袋叩きにされるのは目に見えている。

 

 もしかして本当にこうなることを予想して私にキラーパスをしたのだろうか?

 

 だとしたら、これは『攻撃』だ。別に坂柳さんの意見を否定させるためのものじゃないが、こんな形で吹っ掛けられた以上、下手な真似はできない。

 

 これも勝負の一環だということだろう。

 

 だから私は、授業中の時間を使って放課後のことを考えなくてはいけない。どうやって、坂柳さんと康平の意見を肯定して否定するか、クラスの方針をどうするかのカギとなるだろう。とりあえず、まだ放課後まで時間はあるから、この現状を何とかすることだけ考えよう。

 

 後は野となれ山となれ。

 

 どうせ結果は最低(マイナス)だ。


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