地上に降り立ってから早数日、ネメシスはメイビアが経営するジムの客人としてトレーニングに励んでいた。
恐ろしいことに
と言っても、幼い頃に働く方が稀であり、青年期を迎える頃には不運にも投獄からの脱走。
地球に来てからはロビングランデの元でスパーリングパートナーとして一応は働き、超人墓場では鬼達による過分な奉仕を受け、強くなるのが責務のような生活を送っていたので、全くのただ飯喰らいと云うわけではなかった。
そして今は客寄せパンダ的な広告塔として、ジムの経営に多大な貢献をしているのである。
僅か数日でメイビアが経営するジムの会員権はプラチナチケットとなり、ウハウハのボロ儲け状態になっている。
ネメシスという圧倒的強者の威に圧されたメイビアによる、見事な返し業と言えよう。
閑話休題。
「時にカメハメよ」
「なんじゃ?」
ダンベル運動に励んでいたネメシスが不意に手を止め、近くにいたカメハメに声を掛ける。
「今の世は随分と超人レスリング熱が高いようだが、何かきっかけでもあったのか?」
ネメシスがメイビアのジムで世話になりながら疑問に感じていた事を口にする。
自分に向けられる視線に熱が籠っているだけなら気のせいで済むが、そうではない。
具体例を上げるなら男性の8割、女性でも5割に近い人々が好きな超人を持ち、町のそこかしこで挨拶代わりに超人談義に花を咲かすのが日常の風景だ。
ネメシスにとっては願ってもない世相であるが、変化の理由に興味が沸いたのであった。
「きっかけと言われても……そうよな……」
思いがけない問い掛けを受けたカメハメは、腕を組むと顔をしかめて思案にふける。
ネメシスは気付いていないようだが、この問いは明らかにおかしいのだ。
この様な疑問を持つなど、
と、そこまで考えたカメハメは頭を振ると、ネメシスの問いに答えるべく口を開く。
例えこの男が完璧超人であったとしても、邪悪ではない。
実際に闘ったカメハメにはそれが分かり、又、氏素性や目論見を追及するのは言葉ではなく、リングの上でのみに限られる。
それでいいのか超人世界。
と言いたくなるが、それで上手く世が回っているのだから良いのだろう。
「時の流れで偶々このような人気を獲得しておるだけじゃが、強いて言うなれば人間達の技術が発達し、多くの者が我ら超人の試合を目にする機会を持ち、何か感じ入るものがあるからであろう」
「ふむ……そうか」
当たり障りのないカメハメの答えに気のない返事をしたネメシスは、トレーニングに戻ろうとダンベルを握る腕に力を籠める。
「だが、敢えて一つのきっかけを上げるのであれば、あのキン肉真弓の試合がより多くの人間達に超人レスリングの魅力を伝えたのだ」
「ほう? キン肉真弓だと?」
「うむ。あれは今から四半世紀ほど前、人間達による大戦が終わった頃じゃ。当時のキン肉真弓は前人未到の超人オリンピック3連覇を賭けて大会に挑んでおった……。
当時のあやつは偉業を目指すがあまり、悪鬼に取り付かれた様に強さを求め、幾人ものスパーリングパートナーを壊し、対戦者を完膚なきまでに叩き潰す事で自らの強さを証明しようとしておったのだ」
「……」
「その悪鬼羅刹がごときキン肉真弓の所業に“まった”をかけたのがハラボテ・マッスルじゃな。
ヤツは超人委員であることを利用し、異例の頻度で超人オリンピックを開催し、トーナメントの山にも細工を重ね自らも選手として出場したのだ。
公正を旨とするハラボテ・マッスルにとって苦渋の行動であったが、全てはキン肉真弓の過ちを止めるためであったと後に本人が懺悔しておった」
超人オリンピックの開催は不定期だ。
その理由の一つ、超人の神々の承認が必要とされていることは知られていない。
開催すればチャンピオンは誕生する。
しかし、時代に依ってはチャンピオンを名乗るに値しない超人しかいない時もある。
そんな時は開催の承認が下りない。
又、いくら強くても
簡潔にまとめると、誰が勝つのか分からない強者達による祭典。これが神々が望む超人オリンピックだ。
故に、超人オリンピックの開催は不定期であり、不定期であるが故に連覇が難しいのである。
この当時、連覇を果たしていたキン肉真弓に敵はなく、本来であれば超人オリンピック開催の承認が下りることはない状況にあった。
そこをなんとか、自分がきっと神々が望む結果を出してみせるとハラボテ・マッスルが説得を重ねて開催にこぎ着けたのは、カメハメすら知らない裏事情である。
「そうして開催されたオリンピックは、大方の予想通りにキン肉真弓は順調に勝ち進み、
試合は一方的なものであったと伝わっておる」
「伝わっている、だと?」
カメハメの言い様に違和感を覚えたネメシスが言葉尻を捕まえる。
「試合の後にキン肉真弓が当時の記録媒体を処分したからの」
「ふっ。似た者同士ということか」
後の世に自分の闘いの記録を消去したとされるキン肉マン。
それよりも四半世紀も早く、闘いの記録を消去したのなら似た者親子と笑わずにはいられない。
「似た者じゃと?」
「いや、なんでもない。続けてくれ」
しかし、この笑いは転生超人であるネメシスにしか理解できないものであり、迂闊な発言はカメハメに僅かな疑念を抱かせた。
「まあよい。
故にこの辺りの経緯は伝聞になるが、大方間違ってはおるまい。
一方的な試合であったが、何度倒れてもハラボテ・マッスルは気迫をもって立ち上がり、遂にはキン肉真弓をベアーハッグに捕らえたのじゃ。
そうして『キン肉王族は強く、正しくなくてはならないっ!! 今の真弓ちゃんは正しいのかっ!?』『タツノリ様やあのお方は今の真弓ちゃんを見てどう思う!?』と詰め寄ったと言われておる。
それを聞き一筋の涙を流したキン肉真弓は、膝から崩れ落ちると、そのまま立ち上がることなく試合はハラボテ・マッスルの勝利に終わったのじゃ」
「ふむ……」
まさか自分の預かり知らない所でその様なやり取りが行われていたとは露知らず、幾分こそばゆく感じたネメシスがそっぽを向いて頬をかく。
「タツノリ様が誰を指しているか、これは誰もが知るところであるが、あのお方が誰の事を指しているのか、超人フリークの間でも意見が別れる所じゃな。これについて二人は頑なに口を閉ざした故に尚更よ。
だが、二人の間には熱い友情があり、文字通り身を呈し、自身の信念すら捨てキン肉真弓を止めたハラボテ・マッスルの所業は美談となり、超人レスリングの裏にはドラマがあると人間達は感じ入り、現在の人気に繋がっているのであろう」
「なるほど。惜しいことをしたな」
時代に敵なし。
キン肉真弓がそれほどの強者であったなら是非にも手合わせをしてみたかった。
カメハメの昔語りを聞いてこの様な感想を抱くネメシスも大概だが、最強の二文字に取りつかれているのだから仕方がない。
「どういう意味かな?」
「いや、こっちの話だ。気にするな」
「まあよい。
これは当時のキン肉真弓の姿を写した貴重な写真じゃ。見てみるか?」
そう言って一枚の写真立てをカメハメが取り出したが、何処に隠し持っていたのかなんて、決して絶対に気にしてはいけない。
超人なんだからアイテムboxの一つや二つ持っていたっておかしくはないのである。
「ほう?」
そう呟いたネメシスがカメハメから写真立てを受けとると、
「別人ではないかぁっ!」
勢いよく床へと投げつけた。
割れた写真立ての中には、細マッチョとでも言うべきキン肉真弓と、顔を腫らせた6頭身のハラボテ・マッスルが笑顔で写っていたのであった。
尚、この昔語りには語りきれない裏がある。
初老を迎えた時代の最強超人がその姿を隠し、オリンピックに参加していただとか、組み合わせのもう1つの山の方に新世代を担う少しキザなアメリカ超人が配置されていただとか。
結局、キン肉真弓の試合放棄をもって、初老を迎えた超人がトーナメントから姿を消した。
これにより、別山に残されたアメリカ超人は、準決勝、決勝と戦わずしてオリンピックチャンピオンになるという不名誉と共に、その名を刻んだ。
この出来事が因縁となってネメシスに降りかかるのだが、それは少しばかり先の話となる。