転生超人奮闘記   作:あきすて

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若き天才の苦悩。 の巻き

 

 

 

 

 

 地上に降り立ち早数週間。

 今日も今日とて余念なく鍛練に励むネメシスの耳に聞こえてくるある噂。

 

 曰く、調子に乗ったオリンピックチャンピオンがこのハワイにやってくる。

 

 曰く、調子に乗ったオリンピックチャンピオン等ネメシス様の敵ではない。

 

 曰く、調子に乗ったオリンピックチャンピオンの豚っ鼻をぶっ潰して下さい!

 

 等々……枕詞の様に“調子に乗った”と使われる事に若干の苛立ちを覚えるネメシス。

 何故ならオリンピックチャンピオンとはキン肉マンの事であり、キン肉マンとは敬愛する兄、キン肉タツノリの孫に当たり、ネメシスにとっては身内にあたる。

 そのキン肉マン(身内)が悪し様に言われているのだから気分の良いものではないのだが、噂を口にする人々は熱心な超人フリークでありインタビュー映像や記事を見た上での感想だ。

 

 つまり、噂をする人々が悪いのではなく、“調子に乗った”と言われる態度をとってしまったキン肉マンにこそ、問題があるとネメシスは考える。

 

「ふむ……少しばかり灸を据えてやらねばならんか」

 

 転生超人でありその噂が真実であると知るネメシスは、鍛練を切り上げるとメイビアの執務室へと足を運んだ。

 

 

 

 

「邪魔をするぞ」

 

「ネ、ネメシス!? 一体なんの用だ!?」

 

 ノックの返事を待たずに開けられた扉。

 執務に追われるメイビアが予想外の来訪者に肝を冷やしてペンを落とすと、背後に控えていた秘書が拾い上げ机の上へとそっと戻した。

 メイビアは巧みにネメシスを利用していても、なるべくなら関わりたくはなく、通常は人を介してのやり取りに努めていた。

 はっきり言って、苦手なのだ。

 

「くだらぬ噂を耳にしたものでな。メイビアよ、貴様はどうするつもりだ?」

 

「う、噂!? な、なんの事だ」

 

 まさかネメシスを利用して暴利を貪っている事を追及されるのではあるまいか?

 もしそうなら確実に殺される……焦るメイビアの背中に冷たい汗が流れた。

 

「メイビア様。例のオリンピックチャンピオンの話ではないでしょうか?」

 

 狼狽えるメイビアの耳元で秘書が囁く。

 秘書を勤める女は人間であり、人間であるが故にネメシスの異様な強さを感じず怖れない。

 秘書からすればネメシスは、“かなり強い容姿端麗な広告塔”、といった評価で、ハワイチャンピオンであるメイビアが怖れる理由は分からない。

 

「如何にもそれよ。貴様はどうするつもりだ?」

 

「な、なんことかと思えばその様な事かっ。何故私が無礼な挑戦の相手をしてやらねばならん? 私はジムの経営者として忙しいのだ!」

 

「ほう? 貴様、まさか臆している訳ではあるまいな?」

 

 メイビアのあまりのビビりっぷりにキン肉マンとの対戦を怖れているのではないかと訝しむネメシス。

 ネメシスの見立てでは相性等を考慮に入れても()()()()()()()()()()()()()()

 試合を避けようと考えてもなんらおかしくないのであるが、秘書に言わせるなら「臆しているのは貴方に対してです」といったところだ。

 

「な、何を馬鹿な事をっ。無礼な挑戦など受けてやる謂れがないと言っているのだ! それほど気になるならお前が相手をしてやれば良いではないか」

 

「ふむ……。良かろう。ならばキン肉マンの相手は俺に任せてもらおうか」

 

「なっ!? ま、待てっ」

 

 このネメシスの言葉はメイビアにとって予想外のものであった。

 ネメシスがハワイに現れた後も、大小様々な超人レスリング大会は世界各地で行われていた。

 それらには何の興味を示さず、己が鍛練にのみ注力する男がキン肉マンに興味を示すとは思ってもみなかったのである。

 これではまるで若い新進気鋭の超人(キン肉マン)を潰そうと化け物(ネメシス)を差し向けた様で寝覚めが悪い。

 

「その際にはリングを借りるぞ」

 

 メイビアの制止もむなしく、話は終わりだ、と付け加えたネメシスが執務室を後にした。

 実に勝手な男である。

 

「アイツは一体なんなんだ……」

 

 去ってゆくネメシスを見送ったメイビアは頭を抱えるようにして机の上へと視線を落とす。

 

 悪い男ではない。

 勝手だが傍若無人というわけでもない。

 ただ、苦手なのだ。

 

 それはきっと、超人レスラーとしての力の差を感じた自分が萎縮しているからだろう。

 それがメイビアには何より腹立だしかった。

 自分とて歴としたハワイヘビー級のチャンピオンでありながら、この体たらく。

 ジム経営者として忙しいのだ! と嘯いてみても、やはりメイビアの本質は超人レスラー。

 心の奥底ではなんとかしたいと思いつつも、メイビアは殻を破る事が出来ないでいた。

 

「アヤツの用向きは何でしたかな?」

 

「カメハメっ!?

 貴様っ、ノックもせずに入ってくるとは」

 

 悩むメイビアの前にいつの間にかカメハメが立っている。

 

「ノックはされてましたよ。メイビア様が気付かれなかっただけにございます」

 

「ちっ……。キン肉マンの相手はネメシスがやるってよ。これであのオリンピックチャンピオンもおしまいだ」

 

「なにゆえそう思われるので?」

 

「あんな化け物の相手をして超人レスリングを続けられるヤツがいてたまるかっ! 普通の超人はあんたとは違うんだっ」

 

 机を両手で叩き付けたメイビアが立ち上がる。

 

 ここでメイビアについて少し語ろう。

 ハワイに産まれ育った幼きメイビアにとってのヒーローとは、防衛記録を続けるカメハメであった。

 そして、才気溢れるメイビア少年は単に憧れを抱くだけに留まらず、いつか自分がその栄光のチャンピオンベルトを巻いてみせる! と目標とするようになったのである。

 果たしてその目標は現実のものとなる。

 

 幼き頃に憧れたカメハメを倒し、言わば人生の目標を達成したかの様なメイビアはおごり高ぶった。

 

 だがそれは、間違いであると気付いた。

 突然現れた化け物(ネメシス)

 それに挑むカメハメは、幼き頃に憧れた姿とも、ベルトを奪った時の姿とも違っていた。

 若い肉体に老獪なテクニック。

 それはまるで完全無欠を絵にかいた様な姿であったが、そのカメハメを以てしても化け物(ネメシス)は倒せない。

 

 二人の試合を見たメイビアは、自分は所詮老いて衰えたカメハメを倒しただけの小物であり、ハワイチャンピオンの座を999度に渡って防衛した生ける伝説とは違うと思い知ったのである。

 あんなの(ネメシス)が居ると知れば誰だって萎縮し、試合をしようものなら力の差に絶望し、引退の道を選ぶに決まってる。

 

 そう。

 自分はカメハメとは違うのだ、と。

 

「お主はキン肉マンが敗れ、超人レスラーを辞めるとみておるのか?」

 

「フンッ。せめてもの情けだ。その日は誰も地下のリングを使わせないようにしてやる」

 

 苛立つメイビアは哀しげに目を細めたカメハメの問いに答えることはなかった。

 

 

 

 

 

 

「イェーイ! ピース、ピース!

 ハワイにお住まいの皆さ~ん!

 超人オリンピックチャンピオン、キン肉マンがやって来ましたよ」

 

「もうっ、王子ったら恥ずかしいんだから」

 

 ハワイの陽気な雰囲気がキン肉マン生来のお調子者気質を増大させているようだ。

 ジムの扉を開けるなり、鼻をくす玉の様に割ったキン肉マンがダブルピースを四方に向けて愛想を振り撒いている。

 

 側に控えるお目付け役のミートは、いつもの事ながら恥ずかしそうに顔を赤らめたのだが、少し回りの様子がおかしい事に気が付いた。

 

(やっぱり変だ……)

 

 浮かれるキン肉マンを遠巻きに見る人々。

 キン肉マンの視線が向くとサッと顔を背ける。

 その瞳に浮かぶのは憧れや興味といった正の感情でもなければ、侮蔑や呆れといった負の感情でもない。

 

(又、哀れみの視線だ。どういうことなんだろう? このハワイには一体何があるというんだ?)

 

 人の噂は千里を駆ける。

 人払いの指示とその理由を聞いた人が、信頼出来る人物にそれを話し、それを又信頼出来る人物に話す。

 今ではメイビアのジムに通う人だけでなく、ハワイに暮らす人々がキン肉マンの身に起こることを知っていた。

 

「オリンピックチャンピオンのキン肉マンですな? ワシは案内役を仰せつかったカメハメというもの。どうぞこちらへ」

 

 そこに好好爺を装ったカメハメが現れた。

 これから何が起こるか知りながら何の助言もしてやらない辺り、この男も相当の狸親父である。

 

 

 

 

 

 

 カメハメに連れられやって来た地下リング。

 

 その場には他に誰もなく、ただ一人の男がリングの上に立っていた。

 

「待っていたぞ、キン肉マン」

 

 半世紀以上の時を越えた感慨の籠る言葉。

 しかし、今のキン肉マンはネメシスが待ち望んだ姿には程遠い。

 本来ならばネメシスが嬉々として相手をすることはないのだが、あの様な噂を聞いては捨て置けない。

 

 自信を持つのは良いだろう。

 だが、調子に乗っての過信は死を招く。

 何の因果か、カメハメの役回りが自分に回ってきたのなら、精一杯その役割を果たしてやろうと入念なウォーミングアップを終えたネメシスがリングの上に立っている。

 

(な、なんだ、この超人? 見たこともない超人だけど、若かりし頃の真弓様にも勝る筋肉をしている……)

 

 ただ者ではない。

 お目付け役のミートはその明晰な頭脳を持ってネメシスの危険性に気付いた。

 

「お前がメイビアかっ!?」

 

 一方のキン肉マンはネメシスの危険性に気付かないばかりか、メイビアの顔すら知らぬままにハワイの地にやって来ていた。

 

 ここで少しばかりキン肉マンの擁護をしよう。

 本来の歴史通りに地球に捨てられたキン肉マンは、超人としての英才教育を受けていない。

 超人レスラーとして活動を開始したのはつい最近の話であり、何も知らないままに超人オリンピックチャンピオンに登り詰めてしまったのだ。

 

 根が単純なキン肉マンは、超人オリンピックとは宇宙最強を決める大会であり、必然的にチャンピオンである自分は誰が相手でも負ける訳がないと信じ、高を括ってしまったのである。

 しかしながら、現実には宇宙を見渡すと超人オリンピックに参加していない強豪超人はゴロゴロいるし、とある墓場に行けば両手足の指の数で足りない程に、強者が蠢いていたりする。

 

 それを言葉で説明して諭してやれば良いものを、そこは超人の世界。

 人間の世に“百聞は一見にしかず”といった格言があるように、超人の世には“百の言葉は一の試合に劣る”といった格言がある。

 今回の世界遠征は調子に乗ったキン肉マンに、まだ見ぬ強者が居ることを身を持って知らしめる為に計画されたものである。

 苦戦、或いは敗北するのも又良し。

 そうすることでキン肉マンは一回りも二回りも成長するだろうとの親心。

 

 ただ1つ誤算があるとするならば、ハワイには化け物が居たことである。

 

「俺の名はネメシス。

 メイビアと闘いたいなら、先ずはこの俺と闘ってもらおうか」

 

 リングの上からキン肉マンを指差すネメシス。

 倒せと言わない辺りがこの男の優しさであり、自信の現れでもあるのだが過信ではない。

 それほどに現時点での二人の実力には差がある。

 

「良いだろう。とうっ!」

 

 飛び上がり様にスーツを脱ぎ捨てたキン肉マンがリングの上に着地する。

 

「王子っ、待って下さい! その超人は危険です!」

 

「何を言っとるのかね、ミートくん?

 こんなのこけおどしの筋肉に決まっとるわい。無名の超人が、このオリンピックチャンピオンのボクちゃんに勝てるわけがないではないか。

 ナハハハっ」

 

「御託はいい。超人レスリングとは肩書きで決まるものではないことを教えてやろう」

 

「どこの馬の骨とも知れぬ男に構ってる暇はないんじゃい!

 

 いくぞっ! キン肉バスターっ!!

 

「愚かな……」

 

 調子に乗るとはこの事か。

 まさかの初手・大技に呆れるネメシス。

 

 超人が放つ必殺技とは文字通りの必殺技であり、それさえ決まれば試合が決まる場合は往々にしてある。

 だが、真っ先に必殺技を仕掛けたりはしない――いや、出来ないのである。

 それは相手が万全の状態ならば技の仕掛けが潰されるからであり、必殺技を仕掛けるタイミングを探る為に基本の技の応酬を行うのだ。

 相手の体力を削り、体勢を崩した所で満を持して放つのが必殺技であり、それが超人レスリングの基本であり醍醐味でもある。

 

 その基本すら無視したキン肉マン。

 

 その攻撃をネメシスは()()()()()()

 

 一回り大きいネメシスを逆さに抱えたキン肉マンが飛び上がる。

 

(そんなっ? こんなにあっさり!?)

 

 見た感じキン肉バスターはがっちりと決まっており、今少し上昇すれば後は重力に任せて落下するだけで技は決まる。

 

 心配は杞憂だったのか?

 ミートが胸を撫で下ろしかけたその時だ。

 

 

「ふんっ!!

 

 ペルフェクシオンバスター!!

 

 

 気合いの籠った掛け声一閃。

 僅かにネメシスの身体が光ったかと思うと、二人の体勢が上下反対に入れ替わる。

 完全に攻守が逆転。

 キン肉バスターに加えて、キン肉マンの腕をネメシスの両足ががっちり捕らえる。

 

「王子っーー!?」

 

 まさかの出来事にミートが叫ぶ。

 

 何が起こったのか分からないキン肉マンがなんとかしようと首を振るも、完璧(ペルフェクシオン)の名を冠するバスターは外れない。

 

 そのままリングに激しく激突すると、ネメシスがキン肉マンの身体を離した。

 白眼を向いたキン肉マンがリングの上で大の字に倒れ、ピクリとも動かない。

 

 僅か12秒のK.O劇だ。

 

「王子っ!? 王子っ、立って下さい!」

 

 リングサイドに駆け寄ったミートが、小さな身体を乗り出してリングを両手で叩く。

 

「無駄な事は止めよ。こやつは今しばらくの間は目を覚まさん」

 

「酷いじゃないかっ! 目的はなんだ!」

 

「俺の目的なぞどうでもよい。

 それよりも貴様だ! なにゆえキン肉マンを無策でリングに上げた? 貴様がセコンドとして的確なアドバイスを送ってやればあの様な無謀な仕掛けはなく、今少し俺と闘えたハズだ!」

 

「そ、それはっ……」

 

「よもや、王子が話を聞いてくれない等と泣き言を言うまいな? 貴様がセコンド超人としての矜持を持つなら、助言が聞き入れられる様に精進するべきではないかっ」

 

「うぅっ……」

 

 涙目になったミートが言葉に詰まるも、ネメシスによるダメ出しが続く。

 やれ超人レスリングとはうんたらかんたら、セコンド超人とはどうのこうの、そしてキン肉王族のお目付け役たるものなんやかんやと、根が真面目なだけに説教が止まらない。

 大の男が小さな男の子に詰め寄る姿はちょっとアレだが、()()()()()()()()()()()()()()()ネメシスには捨て置く事が出来なかったのである。

 

「其くらいにしてやらぬか?」

 

 ネメシスの言葉は概ね正しい。

 だが、見かねたカメハメが間に入る。

 

「カメハメか……。

 後のことは任せるが構わぬな?」

 

「良かろう」

 

 カメハメとの短いやり取りを済ませたネメシスは、リングを下りると地下空間から去って行った。

 

 実はこの二人の間では事前に話が付いている。

 キン肉マンの鼻っ柱をへし折る役回りをネメシスが行い、鍛える役回りを本来の歴史通りにカメハメが担う。

 

 ただ、これは少々やり過ぎではないか?

 

「やれやれ……骨が折れそうじゃな」

 

 動かないキン肉マンと泣き崩れるミートを見たカメハメは、深い溜め息を吐くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「容赦ないな」

 

 ネメシスが地上へと続く通路へと差しかかかった所で批難めいた声が響く。

 一部始終を見ていたメイビアだ。

 

 確かにキン肉マンの戦法は下策であった。

 自分(メイビア)が相手でもキン肉バスターの仕掛けを潰し、返し技からのフォールを以て早々に勝利したかもしれない。

 しかし、ネメシスは敢えてキン肉バスターを仕掛けさせた上で技を返すだけでなく、キン肉バスターを上回る同系統の技を以て仕留めてみせた。

 

 これでは心身共にズタボロになるのは明白であり、メイビアにはネメシスがキン肉マンを潰したとしか思えなかった。

 

「ヤツの伸びきった鼻を折るにはアレくらいしてやらねばなるまい」

 

「鼻を折るどころかアイツはもうお仕舞いだ!」

 

「そう思うか? ヤツは立ち上がるぞ。その不屈の精神を持ってな」

 

「っ!? そんなハズがあるかっ」

 

「判らぬか? ならばヤツと闘ってみるがよい。不屈の精神のなんたるかが解るやもしれんぞ」

 

 ネメシスは自信満々にそう告げると、足音を鳴らし地上への階段を登って行った。

 

 残されたメイビアはもう一度「そんなハズがあるかっ」と小さく呟くのだった。

 

 











ネメシスが語る三大◯◯とは!?

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