大勢が集うに適した、すり鉢状の地形。
ハワイ超人史を語る上で欠かせない地である。
古くはハワイ超人界の神とも言われるカメハメの連続防衛記録の地として。
最近ではハワイ超人史に残るダブルタイトルマッチが行われた地として人々の記憶に残っている。
この地に特設会場が設置される時、そこは例外なく熱気と興奮に包まれる。
しかし、今日はいつもと様子が違う。
五台もの大型モニターが置かれた特設会場。
その会場が満員の観客で埋め尽くされているのは何時も通りの光景なのだが、観客達の殆どが言葉を失っていた。
今しがた大型モニターに映し出されたのは、
このまま悪魔を名乗る超人達が勝てば、人間界はどうなるのか?
超人レスリングを楽しむフリーク達でも、言い様のない不安を覚えていた。
そんな中、全く不安を覚えない者達が大型モニターがよく見える最前列に陣取っていた。
「時にネメシスよ、何故ここにいる?」
不安ではなく怒りを覚えるカメハメがすぐ隣に座るネメシスへと声をかける。
「大画面で全ての試合が見られるからに決まっていよう。現地で観戦するのも捨てがたいが、他の試合が見られなくてはな」
「全く……お主という男はっ。
そうではない! 何故助けに行ってやらぬ?」
意図して語気を強めたカメハメ。
「カメハメともあろうものがおかしなことを言う。この闘いに俺の出る幕はなかろう?」
一方のネメシスはどこ吹く風。
これはキン肉マンに課せられた試練であり、余計な手出しや口出しをする方がおかしいとのスタンスだ。
事実、本来の歴史においては当のカメハメが何の手助けもしなかったのだから、このスタンスはそれほど間違っているわけでもない。
ただ、ネメシスとカメハメ。
二人が生きた年月はほぼ同じでも、肉体年齢は大きく異なる。
超人世界において、老いや若いは生きた年月よりも肉体年齢で判断される。
例え何万年、何億年と生きていても肉体が若ければ、その超人は若い超人となる。
従って、ネメシスがどれだけ異様な強さをもっていても、どれだけ長く生きていたとしても、今という時代に生きる若き超人の一人ということに違いはない。
異論を挟む余地はあるが、少なくともカメハメはそう考えているのである。
つまり、老いた自分とは違い、若いネメシスが何もせず、ただ傍観していることにカメハメは怒りを覚えるのだった。
「お主の言い分にも一理ある。
じゃがの、やおら若き命が散りゆくのを黙って見ていてよいと思っておるのか?」
諭すように語るカメハメ。
正義超人と言い難いネメシスだが、正義の心は持つと信じるが故の苦言である。
もしこれでもネメシスが動かないのであれば、悪魔超人とは比較にならないほどの脅威になる―ーと、認識を改めなくてはいけなくなる。
固唾を飲んでネメシスの返答を待つ。
「むぅ……。そう……だな」
正義でも悪でもない転生超人であるネメシスは、この闘いの結末とその意義を知っていた。
自分が下手に首を突っ込めば、キン肉マン達の成長の機会が奪われるだけでなく、バッファローマンが正義超人入りする結末も変わりかねない――と、
どうせ後で生き返るから死んでも大丈夫?
今を必死に生きる者達からすれば、こんな馬鹿な理屈はないだろう。
(ロビンマスクの死は俺の責任でもあるか……)
死ぬと知っていて助けなかったと気付いたネメシスは自責の念を覚える。
とは言え、やはり立ち回りは難しい。
これまでの悪魔超人達の闘いぶりを見る限り、自分一人でその全てを打倒することは可能だろう。
だが、果たしてそれをして良いものか?
昨今の超人界を見るに、先頭を走るキン肉マンに追い付け追い越せと全体のレベルが上がってきている。
それはネメシスが望む状況であると同時に、超人界にとっても好ましい状況と言えた。
しかし、
取るべきは若き超人の命か?
それとも超人界全体の発展か?
腕を組み、静かに悩むネメシス。
「お主が余り人前に出ようとせぬ事は知っている。事情があり出られぬのであろう」
悩むネメシスを見たカメハメが、その背中を押してやろうと言葉を紡ぐ。
尤も、ネメシスに人前に出られない事情なんてものはなく、この言葉は“ネメシスが完璧超人界から出奔し、追われる立場にある”とカメハメが思い違いをしていることに端を発するものだ。
超人史に詳しいカメハメでも転生超人という奇想天外な存在は知らず、未来を知るが故にネメシスが悩んでいるとは気付けなかったのである。
「待て、カメハメ。何の話だ?」
「みなまで言わずとも良い。お主の為にこんなものを用意した」
ネメシスという男は存外押しに弱い。
老獪なカメハメはそこを突く。
もう一押しお膳立てをしてやれば動くに違いない――と、用意しておいた姿を隠せるリングコスチュームをネメシスへと差し出した。
「こ、これはっ!?」
それを見たネメシスは覚悟を決めた。
何の因果かこの役回りが自分に回ってきたのなら、精一杯勤めてやろう、と。
カメハメからコスチュームを受け取ったネメシスが、更衣室に向けて走り出す。
「あぁーあ。悪魔超人に同情するぜ」
近くで二人の話を聞いていたメイビアが、不謹慎だが偽りのない率直な意見を口にする。
近頃はネメシス相手にスパーリングを行うまでに殻を破ったメイビアは、その底知れない強さを身に染みて知っていたのである。
「お主も行って良いのだぞ」
ハワイ超人界を背負って立つメイビア。
ある意味でキン肉マン以上に成長し、頼れる男となったこのメイビアなら悪魔超人とも互角に渡り合えるだろうとカメハメは目を細める。
「………俺は止めておこう。ヤツが行くなら十分だろ。というか間に合うのか?」
ここは常夏の島ハワイである。
日本迄の距離はおよそ6800キロ。
因みに、ネメシスの超人強度は6800万だが、特になんの関係もない。
「…………。
や、ヤツならなんとかするじゃろ。
なんと言ってもネメシスじゃからな」
移動時間まで計算していなかったカメハメは、大粒の汗を浮かべつつ、言葉の意味は分からないがなんだか自信が有りそうな事を言って誤魔化した。
◇
「お、お前はっ!?」
「…………」
カメハメが用意したリングコスチュームに着替え、先を急ぐネメシスの前に立ちはだかる影。
尚、現在のネメシスはコスチュームで姿を隠した上に、更衣室で偶々見つけたフードを被っている。
ミステリアスパートナー的なアレだ。
根は真面目なネメシスだが、いや真面目だからこそ、お約束は守る! と心得ているのである。
「
「…………」
物言わぬ裁きの男。
代わりに歪む空間を指差した。
その歪む空間からは歓声が漏れ聞こえ、小さくリングも確認出来た。
「ふんっ、気が利いているではないか」
2度目ということもあり、そこが自分の目指すべき場所であると察したネメシスは歪む空間へと駆け出した。
(やはり、監視はされているか)
二重に姿を隠した自分の前に姿を表した以上、それ以前から行動を監視されていたと考えるのが自然だろう。
そう気付いたネメシスだが、すれ違い様に物言わぬ裁きの男に一瞥をくれただけで気にしない。
見られて困ることはしていない――と、ネメシスが考えているからだが、果たしてそれはどうだろうか。
「…………」
ただ静かに佇む裁きの男から完璧超人界の意図を読み取ることは、ネメシスでなくとも出来ないのだった。
◇
『ここ、田園コロシアムではウォーズマン対バッファローマンの熱戦が繰り広げられています。
アイドル超人対悪魔超人の全面対決の様相を呈してきた今回の対抗戦。解説の中野さんは、これまでの闘いぶりをどうご覧になりますか?』
『えーはい。一言で申しますと、対戦成績こそ3対2でアイドル超人が優勢ですが、全体的に見ると悪魔超人が優勢ですねぇ。やはり知恵袋であるミート君の不在がキン肉マンだけでなく、他のアイドル超人達にも悪影響を与えているのではないでしょうか』
『と言うことは中野さん、悪魔超人はそこまで考えてミート君をバラバラにした――と、そう考えてよろしいのでしょうか?』
『逃げ癖があるキン肉マンを闘いの場に引きずり出すのも目的の一つではありましょうが、私はミート君という知恵袋を奪う事で、闘いをより有利に運ぼうとした悪魔的な戦略だったと思ってますです、はい。
現にキン肉マンは地力に勝るステカセキングやブラックホールを相手に思わぬ苦戦を強いられました。もしミート君が居たならもっと早く、的確に彼らが使う特殊技への対策が為され、後に尾を引くダメージが少なく済んだのではないでしょうか』
『なるほど、なるほど』
『超人オリンピックの連覇という偉業を成し遂げたキン肉マンではありますが、その偉業の裏にはミート君の助けが有ったことは明らかでして、今回はキン肉マンの真価とアイドル超人達の絆が試されている訳ですねぇ』
『なるほどぉ~。
それにしても、中野さん。今日はいつになく簡潔な解説ではありませんか?』
『私だってやる時はやるんですよ、アナウンサーさん』
『おっと、ここで試合に大きな動きがありそうです!
ロープを足場にコーナーポストの上に立ったウォーズマンが2本のベアークローを頭上高く掲げましたっ!
そして、ウォーズマンが何やら計算しているようです! 解説の中野さん、これは一体どういう意味でしょうか? 私にはさっぱり判りませんっ』
『謎の計算ですねぇ。これが正しいならバッファローマンも2倍速で動けば2000万パワーでハリケーンミキサーを使える計算になってしまいますからねぇ。
はてさて、どうなることでしょう』
『おぉっと、外れたぁっ!!
計算式は正しかったのかっ!?
光の矢となったウォーズマンの凄まじい攻撃は、惜しくもバッファローマンの急所を外れました!!
そして、かろうじてバッファローマンのロングホーンをへし折るも、反撃のハリケーンミキサーっ!!
一発、二発、三発!
ウォーズマンの身体が風に舞う枯れ葉の様に、リングに着地することすら許されず、ハリケーンミキサーの連続攻撃の餌食になっております!
もうっ、私は見ていられません!』
アナウンサーが目を背けた、その瞬間。
リングの上を黒い影が走った。
『あーっと、リングの上にウォーズマンの姿が見当たりません! 遥か彼方にまで吹き飛ばされたのでありましょうか!?』
『この人は何を言ってるんですかねぇ。
ほらっ、ウォーズマンならあそこですよ。
あ、そ、こ』
頬杖突いた中野が呆れ気味にアナウンサーの肩を指でつつき、その指でリングサイドを指し示す。
そこにはフードで姿を隠した人物が、ぐったりしたウォーズマンを抱き抱えていたのであった。
◇
「あなたっ!! どういうつもりかしら?」
誰よりも早くウォーズマンを抱き抱えたフードを被った人物――言うまでもなくネメシスである――に詰め寄る一人の女。
露出が多い衣装にマントの姿。
頭頂を飾るトサカから、キン肉星系の者であろうと伺い知れた。
「むっ? 貴様はっ……!?」
ネメシスはこの人物を知っていた。
委員長ことハラボテ・マッスルの娘。
だが、活躍する時代はもっと先。
若作りでもしていたのか?
等と失礼なことを考えたあげく「どうでもよいな」と呟きバッファローマンに向き直る。
呟きを聞き逃さなかったハラボテの娘――ジャクリーン・マッスルは固まった。
この私を前にしてどうでも良い?
宇宙超人委員長の娘にして、才色兼備。
その私を前にして銅でも良い?
それとも、胴でも良い?
そうね。胴が良いと言ったのね。
フードの男の言葉が頭の中をぐるぐる巡るジャクリーンが再起動するのは、今少しの時間を要するのだった。
ここでジャクリーンについて少し語ろう。
本来の歴史よりも熱い友情で結ばれたキン肉真弓とハラボテの二人は、互いの子供を結婚させよう! と、割と有りがちな考えに至った。
程なくキン肉王家に男児が産まれ、ハラボテ・マッスルは頑張った。
その結果、本来の歴史よりもかなり早く、ジャクリーン・マッスルは生を受けたのである。
しかし、婚約相手と目されていたキン肉王家の男児がまさかの家出。
中ぶらりんな状況に陥ったジャクリーンは、ストレス発散なのか超人レスリングに血を求める、ちょっと困ったちゃんへと成長したのであった。
閑話休題。
「ウォーズマンよ! 無事でいてくれぇ!」
そこにウォーズマン救出の為に飛んで来たキン肉マンが現れる。
華麗に着地を決めたキン肉マンは素早く周囲を見渡すと、如何にも怪しげなフードの人物がウォーズマンを抱き抱えているのを視界に捉えた。
「何者じゃい!? ウォーズマンを離せ!」
フードの人物の元へと駆け寄り握り拳を作ったキン肉マンは完全に喧嘩腰だが仕方がない。
対峙するのは怪しさ満点、フードの人物。
猜疑心が強いキン肉マンでなくともこうするだろう。
キン肉マンが
だが、フードの人物は魔法の言葉を持っていた。
「そう身構えるな、キン肉マン。会員ナンバー029……こう言えば判るであろう」
「そ、そのナンバーはっ!?」
これを知るのは世界に四人しかいない。
そして、この声。
フードの男が誰なのかを察したキン肉マンが安堵の表情を隠そうともしない。
これでもう
「ま、まさかあんたが助けに来てくれるとはっ! これで鬼に金棒じゃい!
やいっ! バッファローマン!
今すぐ謝ってミートを返すなら許してやるぞっ」
「なんだとっ!」
試合を邪魔され待たされた挙げ句、上から目線での降伏勧告。
バッファローマンからしてみれば、とことんふざけた状況にあると言えた。
「お前達悪魔超人がどれほど強かろうが、この男には絶対に勝てんからなっ」
いつになく強気なキン肉マン。
つい今しがたウォーズマンを圧倒したバッファローマンに向けての言葉とは思えない。
――おい、どういうことだ?
――ビビりなキン肉マンはどこ行った?
――もしかして、あのフード……強いのか?
――絶対そうだって!
にわかに観客達がざわつき、フードの男に向けての期待が高まっていく。
それに伴い、バッファローマンの怒りも高まる。
「キン肉マンよ、超人レスリングに絶対等という言葉はない。とは言え……負けてやる気はない」
キン肉マンの言葉を嗜めつつ、ウォーズマンを預けたフードの男は、ジャンプ一番飛び上がると、ズンっ! とリングイン。
「ほざけっ!
ハリケーンミキサーっ!」
一連の展開に怒り心頭に達していたバッファローマンは、フードの男の着地を狙って必殺の一撃を食らわそうとリングを駆ける。
それを読んでいたのか、フードの男は身体を反らしてハリケーンミキサーを避ける。
が、ロングホーンの先がフードを捉え、謎の男がその正体を晒すこととなる。
そこに現れたのは……。
『く、黒いキン肉マンです!
黒いキン肉マンが現れました!!』
『只、色が黒いだけではありませんよ。あのキン肉マンはっ!』
「あ、あの男ではない!?」
実況、解説、そしてキン肉マン。
三者が三様、驚きの声をあげる。
「心配するな。この
期せずして偉大の名を冠したネメシス。
こうして、キン肉マングレートと成ったネメシスは、超人史に残る激闘を繰り広げていく事になるのであった。
あ、ダメだ。
良い煽りが思い付かない。
とりあえず漸く覆面を被らせる事が出来ました。