大西洋の海上。
奪った探査機に乗ってあっという間に地球にたどり着いた名も無き転生超人。
海底調査に向かう、との音声案内を聞いて外に出て浮かび上がった転生超人は、沈みゆく探査機を見ていた。
感じる重力、吸い込む大気に潮の香り、全てが懐かしく思えた。
キン肉星で過ごしている頃に感じていた纏わり付く様な重苦しい雰囲気がなくなり、実に清々しい気分だ。
地球よ! 私は帰ってきた!!
と叫びたくなるような開放感。
「さて…………行くか」
だが、そこは根が真面目な転生超人。
バカな真似はせず静かに呟くと、東を目指して飛び立つのだった。
◇
元の名をキン肉サダハルといった転生超人。
キン肉族を捨てたこの男、超人レスラーとして溢れんばかりの天賦の才を持つだけでなく、実はそれなりに明晰な頭脳も備えている。
しかし、残念な事にその明晰さを多方面に生かすことはない。超人レスラー方面に全振りだ。
おまけに目的を定めると、そこに向かって意識が集中するあまり、視野が狭くなる傾向さえある。
そんな転生超人が地球に降り立った今、考える事はたった一つ。
ネプチューンキングに会う。
会って不老長寿の秘訣を聞き出す。
これが、転生超人が幽閉中の有り余る時間を使って考え付いた加齢への対抗策であった。
正義超人は年を取る。
それは転生超人がこの世界で二十数年生きて実感した、揺るぎない事実である。
しかし、漫画・キン肉マンにおいては悪魔超人や完璧超人等の敵サイドに、何万年も生きるデタラメな存在が登場し、その中でも一際デタラメかつ居場所の特定が可能な男、それがネプチューンキング。
転生超人はイギリスに着くや否や他の事には目もくれず、テムズ川をはじめとした川という川に潜り、ネプチューンキングを探した。
だが、ネプチューンキング、略してネプキンは見付からない。
それでも転生超人は諦める事無くイギリス全土の川へと飛び込み続けた。
それが一騒動を巻き起こす。
◇
「探したぞっ!」
いつもの様に川から這い出た転生超人を待っていたのは鎧にマスク姿の男。
マスク姿の男は少しばかりの怒気を含んだ声で転生超人を指差しポーズを決めていた。
「む? ロビン一族の男がオレになん用だ?」
見た目とイギリスという土地柄から、ロビンの一族と予想する転生超人。
その読みは当たり、マスクの上から更に帽子を被るこの男の名は、ロビン・グランデ。
転生超人がよく知るロビンマスクの祖父にあたる男であった。
「ほう……私をロビン一族と知って逃げ出さない度胸だけは中々だな。だが、大英帝国を守る者として貴様の様な不埒な輩は捕縛させてもらう…………行くぞっ!」
一方的に告げたロビン・グランデは身を低くすると、転生超人に向かってタックルを仕掛ける。
「待て、何の話をしている?
ロビン一族に追われる謂われなどない」
キン肉族ならともかく、会ったばかりのロビン一族に追われる理由はない。
転生超人は左腕を突き出しロビン・グランデの頭を押さえて制止させようと試みる。
それを見たロビングランデは上体を起こし、転生超人の首根っこを掴み地面に引き倒そうと左腕を伸ばす。
川辺で二人の大男がぶつかり合った。
期せずして互いが互いがの首根っこを掴み、がっちり組み合う事となる。
所謂、審判のロックアップと言われる体勢だ。
(こやつっ、ビクともせん!?)
(中々やる。流石はロビン一族の男、といったところか……だが)
「何故オレを狙う?」
「とぼけているワケではなさそうだな……」
組み合ったまま動かない囚人服姿の男。
この男ならば力任せに振り解き、逃走することも可能だとロビン・グランデは感じていた。
それが逃げもせずに対話を求めてきたなら、この男は自分がやらかした事に気付いていないとみていいだろう。
気付いていないなら、それはそれでどうかと思ったロビン・グランデだが、英国超人として紳士的に教えてやるべく力を抜くと、一歩下がって囚人服姿の男と向き合った。
「気付いていないなら教えてやる!」
囚人服姿の男をビシッと指差したロビン・グランデは、自らの元に寄せられた川辺に暮らす人間達からの苦情を語っていく。
川から得体の知れない囚人服姿の超人が飛び出てくる。
その者筋肉隆々にして髪はボサボサ。
その手には簡素な木製の棒が握られ、そこに突き刺した魚を川岸で炙り、貪るように食すとそのままいずこかへと飛びさっていく。
川に飛び込む姿を見た者はなく、いずこに去るのか知る者はいない。
守るべき人間達に恐怖を与える神出鬼没の超人。
「それがお前だっ!」
「なるほど……確かにテレビから這い出てきそうな容姿をしているし、苦情が出るのも道理だ」
指摘を受けて自身の容姿を客観的に眺めた転生超人は、水が滴るボサボサの髪を掴み、納得したのか頷いていた。
「理解出来た様だな。ならば早速退去して今後はやらぬと誓ってもらおう」
テレビから出る?
と一瞬惚けたロビン・グランデであったが、話が通じるならこれで問題は解決し自分の役目は無事に果たせたと一安心。
「それはできん」
「なにっ!?」
安心したのも束の間。
転生超人の拒絶の声を聞いたロビン・グランデは、やはりこの男は悪行超人の類か! と両腕をあげ戦闘体勢の構えをとる。
「そう急くな、ロビン一族の男よ。こちらにも事情というものがある」
転生超人としては今の行いを止めるわけにはいかなかった。
ネプキン探しは元より、金がない。
如何に超人といえど食事なくして生命活動は維持できないのである。
外聞が悪いネプキン探しを伏せた転生超人は、食事を前面に押し出して抗弁する。
それから互いに主張をぶつけ合った結果、得体の知れない囚人服姿の男は、ロビン・グランデのスパーリング相手を務める事になり、人々の不安の面では一先ず丸く収まるのだった。
◇
「そりゃ、そりゃ、とぉっ!」
囚人服姿の男をスパーリング相手として迎え入れたロビン・グランデは、今日も汗を流していた。
ロビン・グランデは怪しさ極まる囚人服姿の男を雇うに当たり、その素性を徹底的に調べあげている。
しかし、何一つ判らない。
手始めに脱獄囚ではないかと疑い、5年、10年、20年と遡り、あらゆる刑務所や収監場の記録を調べてみたが該当する脱獄囚はいなかった。
次に、その高い実力から超人レスラーではないかと疑い、あらゆる大会記録を調べてみてもそれらしいレスラーは見つからない。
まるで、ある日突然湧いて出たかのように足跡が何処にもなかった。
本人に訪ねてみても名前すら明かさず、「犯罪記録はないはずだ。問題はない」と頑なに己を語ろうとしないのである。
それは事実で、犯罪記録はおろか何の記録もなく、見た目と素性が怪しいだけでは裁く事も出来ない。
囚人服姿の男について言える確かな事はたった一つ、強いというコトだけであった。
そして、ロビン・グランデにとってそれだけで十分だった。
因みに、囚人服姿は超人のコスチュームとして受け入れられたのか、そのままである。
それで良いのか英国紳士。
(まさか、この私をこうも軽くあしらう超人がいるとはな)
どれだけ攻めても囚人服姿の男のガードを崩せないロビン・グランデは、内心で舌を巻く。
周囲の者達から見れば一方的にロビン・グランデが攻撃している様に見えている。
しかしそれは、囚人服姿の男がスパーリングパートナー役を忠実に果たしているからでしかなかった。
両腕で顔面を護りガードに徹する囚人服姿の男が、ロビン・グランデの思い通りに攻撃させているのである。
基本的にはロビン・グランデの攻撃。
しかし、隙が出来れば鋭い攻撃が飛んでくる。
スパーリングのハズが一瞬たりとも気が抜けない。
(この男……底が見えんっ)
対峙するロビン・グランデは、囚人服姿の男が全く本気を出さず手を抜かれていると感じていた。
無論、手を抜いても十分にスパーリング相手を務めているのだから文句をつける筋合いはない。
むしろロビン・グランデは、この男の力の半分も引き出す事が出来ない自分自身に怒りを覚えるのだが……実はこれ、ロビン・グランデは少しばかり考え違いをしている。
転生超人の実力を100とすれば、ロビン・グランデの実力は80~85程度の水準にはある。
にもかかわらずロビン・グランデが攻めあぐね焦りと怒りを感じるのは、転生超人が単なるガードではなく秘伝の技でガードに専念しているからに他ならない。
転生超人はスパーリングパートナーという立場と、ロビン・グランデという実力者の攻撃を好きなだけ受けられるこの機会を利用して、ちゃっかり鉄壁のガードを身に付けようとしていたのである。
金が貰えて技まで極まる。
おまけにロビン一族が身元の保証人。
転生超人にとってこのスパーリング役は、まさに一石三鳥の美味しい仕事だった。
ーーカーン! カンカンカーン!!
ゴングが鳴り響く。
「今日はこれまでだな」
息を切らせたロビン・グランデが少し不満げに終わりを告げた。
「あぁ。次は週明けだな」
「うむ」
短いやり取りを済ませた囚人服姿の男は、そのままシャドーを相手にトレーニングを開始する。
(この体力バカがっ)
疲労困憊のロビン・グランデは内心で悪態をつき、更なる想いを胸に秘めたまま鍛錬場を後にするのだった。
◇
明けて翌日。
「あの者はどうしている?」
「ハッ。休日になればイギリス全土の川という川を巡り歩いては飛び込んでいる様子。私見ではありますが、あの者は何かを探しているのではないでしょうか?」
「うむ……そうであろうな」
囚人服姿の男の後を付けさせていた男から、私見を交えた報告を受けたロビン・グランデ。
当初、囚人服姿の男は喰う為に潜って魚を捕っていると言っていたが、それが嘘なのは明らかだった。
週休三日、衣食住の提供、それと小遣い程度の金銭。
これがスパーリング相手として雇われた囚人服姿の男が求めた条件であり、喰う為に川に飛び込む必要などは既になくなっている。
(一体何を企んでいる?)
何かを企んでいるのは間違いないのに判らない。
それがロビン・グランデにはむず痒い。
囚人服姿の男が自分を対象にして何かを企んでいるということはないだろう。
もし自分を相手に何かを企んでいるなら、今頃自分は死んでいる。
スパーリングの最中に事故を装い殺める程度の事ならば、簡単にやってのけるだけの実力を持っている。
自分は生きて、むしろ実力が上がっているのだから、あの男の企みの対象でないのは明らか。
(川……川か……川に一体何がある?)
思えばあの男との出会いも川だった。
質実剛健、自分以上に鍛錬に励むあの男が、休日とくれば鍛錬を差し置いてでも川底に沈む何かを探している。
(まさかっ……あの男っ!)
ロビン・グランデは一つの古い伝承を思い出し、激しい怒りを覚えた。
その対象は囚人服姿の男に対してなのか、自分自身に対してなのか。
それはロビン・グランデにも判らなかった。
◇
「一つ、聞いても良いか?」
スパーリングを終えたある日の事。
珍しく囚人服姿の男がロビン・グランデに声をかけた。
「なんだ?」
「完璧超人の居所を知らないか?」
探しても探しても川底にいるはずのネプキンが見つからない。
転生超人はキン肉マンとタツノリの関係の時の様に、自分が思い違いをしているのかと不安になっていたのだが……実はコレ、勘違いではなくネプキンが劇中で嘘を付いているだけだったりする。
ネプキンという男は大言壮語を吐く癖があり、劇中のアレは喧嘩マンを追いかけての単なる演出。今頃は何処かで普通に暮らしている。
そうとは知らない転生超人は、ロビン・グランデの知恵を借りようと思ったのである。
一方のロビン・グランデはというと。
やはりか。
この男はやはり完璧超人になろうとしている。
この地上に敵がいないと考える者が行き着く先こそが完璧超人。
つまりこの男は、このロビン・グランデを歯牙にもかけず眼中にないと言っている。
と、怒り心頭だ。
「知っている……だが! それを聞き出したいなら私を倒してみよ! 私は明日、貴様に真剣勝負を挑む! 私に勝てたなら教えてやろう!!」
「なるほど。流石はロビン一族の男、博学だな。それで? オレは負けたら何をすれば良い?」
「この私! ロビン・グランデの名を脳裏に刻んでもらおう!」
「……? よく分からんが、貴様がそれで良いなら受けて立とう」
ロビン・グランデの名は既に覚えている。
ロビン・グランデの名を呼ばないのは、名乗り返すべき名を持たない故の事であった。
妙な拘りを持つ転生超人は、こんな事で賭けが成立するのかと首を傾げた。
それを見たロビン・グランデは小馬鹿にされていると感じ、更なる闘志を燃やすのだった。
◇
その翌日。
人払いをした鍛錬場のリングに二人の大男が立っていた。
いつもの顔触れ。
しかし、いつもとは違う張り詰めた空気。
「行くぞ!」
ゴングの代わりにロビン・グランデが叫び、試合が始まる。
その直後、囚人服姿の男がロビン・グランデの目の前から消えた。
超低空の姿勢でタックルを仕掛けたのである。
「何っ!?」
待ちが主体だった囚人服姿の男の神速の突っ込み。
予想外の攻勢にロビン・グランデは対処が間に合わず、一瞬にして抱え上げられた。
「くらえっ!
掟破りのっ、タワーブリッジっ!!」
「な、何がタワーブリッジだっ。こんなものアルゼンチンバックブリーカーではないか。大層な名をつけおってっ」
囚人服姿の男の肩に乗せられ、弓の様に逸らされたロビン・グランデは悪態を付きながらも脱出法を模索する。
「技名の文句は子孫に言ってくれ」
「訳の判らぬ事をっ! ふんっ!!」
身体を捻る事で決められていたフックを緩め、一気に技を解くと囚人服姿の男の背を蹴り着地。
「む……? 外してくるとはな……さすがにロビン一族か」
「私の名はロビン・グランデだ! ロビン一族等では無い!」
素直な賞賛も今のロビン・グランデには厭みを言われているようにしか聞こえなかった。
頭に血を昇らせたロビン・グランデは、パンチ、キック、タックルと放っていくも、すべてが弾かれ潰される。
そればかりか、囚人服姿の男の攻撃がロビン・グランデを的確に捉えていく。
(な、何故こうもいなされる!? 私ではこの男と打ち合うことすら出来ないのか……?)
囚人服姿の男はあのガード姿ではなく、普通に打ち合い、普通に打ち負ける。
ロビン・グランデは囚人服姿の男との実力差に愕然とするばかりだが、これは実力差ではなく経験値の差が大きい。
スパーリングパートナーとして受け身に徹した囚人服姿の男は、ロビン・グランデの癖を知り尽くしている。
一方のロビン・グランデは囚人服姿の男が攻勢に回った時の姿を知らない。
この差は大きい。
そして、攻勢に回った囚人服姿の男が繰り出す技はロビン・グランデにとって未知の技となる。
転生超人である囚人服姿の男は、その知識を活かして遥か未来の超人が編み出す技を自在にくり出せる。
天賦の才に、未来の必殺技。
これはもうチートである。
「くっ!?」
掴まれた腕を交錯させられたロビン・グランデのマスクから漏れ出た苦痛の声。
「これで終わりだっ!」
捻られた腕の反動を利用させてロビン・グランデを舞い上げる。
「掟破りのっ、ビッグベンエッジ!」
ジャンプ1番飛び上がった囚人服姿の男は、逆さのロビン・グランデを側面から抱えるとしっかりとフックを決めてリングに向かって降下する。
(な、何だ、この技は……?)
即興にしては出来過ぎている。
自分が何を決められているのかさえ判らず、ロビン・グランデはマットに頭から突っ込み、そして、意識を失うのだった。
◇
数分の時を置いてマットの上で大の字になるロビン・グランデは目を覚ました。
「ま、まさか……この私が相手にもならんとは……完璧超人に成ろうとするだけの事はある」
「…………オレは完璧超人に会わねばならん。それ故に奇襲で確実に決めさせてもらった。悪く思うな」
「奇襲か……確かに貴様の技は私の知らぬ意表を突くものばかり…………」
話すロビン・グランデの言葉が詰まる。
この男は今なんと言った?
確実に決めるために奇襲をした。
逆に言えば、奇襲でなければ確実には勝てない相手と見込まれたのか?
「お、俺は強かった、か?」
我ながら変な事を聞いている。
ロビン・グランデは自分を可笑しく思いながらも聞かずにはいられなかった。
「あぁ……オレが闘った中でも1、2を争う強さだ。さすがはロビン一族の男」
「貴様と言う男はっ……ふっ、まあ良い。スカンジナビア半島。そこから北極海を目指した先に“聖なる完璧の山”と呼ばれる城があると聞く。そこに行けば何か判るだろう」
ロビン一族の男呼ばわりにも、ロビン・グランデは不思議と怒りが湧いてこなかった。
何処の誰とも判らないこの囚人服姿の男は、何故だか判らないがロビン一族そのものに敬意を払っている。
全力で闘い終えた今、それだけは理解出来たのである。
「恩に着る。では、さらばだ、ロビン一族の男。いずれお前の一族がオレの前に立ちはだかる事を切に願う」
漫画・キン肉マンになかった“聖なる完璧の山”の情報提供に心底感謝した転生超人は、簡素に別れを済ませるとスカンジナビア半島を目指してその日の内に旅立った。
こうして転生超人は完璧超人への道を歩み始め、ロビン一族には一つの家訓が産まれた。
【完璧超人には何が何でも勝て!】
この語呂の悪い家訓。
これが後に転生超人とロビンマスクの間の因縁になるのだが、それはまだ半世紀以上も先の話となる。
ゲェ~!? へ、変態の超人!?