超人墓場。
太陽が登ることのない閉ざされた世界。
常に薄暗い感じが漂う、死者の世界。
そして、超人閻魔が管理し、完璧超人達が暮らす世界でもある。
そこが完璧超人となりネメシスと名を改めた男の現在の住み処となっていた。
ネメシス……義憤、もしくは誤用であるが復讐を意味する言葉。
キン肉サダハルだった男は、どちらも自分とは縁遠い意味合いに思えたのだが、名無しよりはマシだろう、とネメシスを名乗る事にしているのだった。
あの日。
“聖なる完璧の山”を目指して極寒の北極海を泳いで渡ったネメシスは、まるで何かに引き寄せられる様に目的の城へと辿り着いた。
そこでミラージュマンと名乗る見知らぬ完璧超人と闘い、その予想外の強さに面食らうもロビン・グランデとのスパーリングで身につけた鉄壁のガードを駆使して反撃の機会を伺った。
予想外に強い。
だが、やれる。
ネメシスが反撃に移ろうとしたその時、ガード姿を見たミラージュマンが「シルバーがようやく帰ってきた」と闘いの手を止めた。
ガード技一つで認められた事と“シルバー”なる人物に間違えられた事に不満を覚えたネメシスであったが、不老長寿を得るという不純極まりない目的を優先し、ミラージュマンの誘いを受け入れ完璧超人へと変貌を遂げたのだった。
その際、長く着ていた囚人服が不思議な力で変化して“和”を連想させる着物姿になり、ボサボサであった髪はポニーテールに束ねられ、前髪は良い感じに目元を隠すように整えられた。
こうしてネメシスの当初の目的は“聖なる完璧の山”に着くなりほぼ果たされていたのだが、主義を偽った上に得るモノだけ得て去っていくのはあまりにも不誠実、と完璧超人界に身を置く事にしたのである。
元々ネメシスには地上の超人界にあまり干渉する気がなかったのも“聖なる完璧の山”を抜けた先にある超人墓場に留まらせた理由の一つとなる。
下手に地上の超人界に関わり過ぎて、この先産まれてくるハズの超人が生まれなくなっては元も子もない。
暫くの間は外界と隔絶されたこの超人墓場で研鑽を積み上げ、いずれ来たる“あの時代”に備えて可能な限り強くなる。
それがネメシスと成った男の目論見であり、それは飽くなき強さを探求する完璧超人の理念の一部と妙にマッチしていた。
その強さとひたむきな姿勢が認められたネメシスは、僅か数年で
そんな訳でネメシスは、今日も
◇
超人墓場の一角に作られた屋外リング。
そのリングの四方を取り囲む様に屈強な超人達が集っていた。
機械超人、動物超人、化身超人にギミック超人。バラエティーに富んだ面々は、いずれも
リングの中央では“完遂”の異名を持つ機械超人ターボメンと、“完牙”の異名を持つ動物超人ダルメシマンが熱戦を繰り広げていた。
(むぅ……やはり
超人墓場にやって来るまでのネメシスは正直なところ、完璧超人に対してあまり良いイメージを持っていなかった。
漫画・キン肉マンにおいて、自らを完璧であると自称していた割に、完璧超人の掟に反する凶器攻撃等を行った挙げ句に敗れた、どこか小物臭い
しかし、実際に出会い、話し、戦ってみるとそのイメージは良い意味で覆された。
ネプキンだけでなく他の
この語られなかった男達は果たして、未だ産まれてすらいないキン肉マン達より強いのか?
それとも語るに値しない単なる凡夫なのか?
ネプチューンキングを物差しにすれば、かなりの実力に違いないのだが、マグネットパワーを使ってこないネプキンは手を抜いているとも言える。
(そもそも何故コヤツがここに居る? 川底で待っているのではなかったのか?)
「私の顔に何か付いているか?」
「あぁ、マスクが付いている」
「貴様にならばネプチューンマスクを与えてやってもよい」
「遠慮しておこう」
訝しげな視線に気付いたネプキンが、これ幸いにと自らの軍門に下れ、と勧誘するもネメシスはにべもなくこれを拒否。
ネメシスとしては無駄に光るフェイスが邪魔だからマスクを被るのは有りなのだが、ネプチューンマスクを受け取ってしまえば後のネプチューンマンが誕生しなくなる。
転生超人であるが故にネメシスは、観たままの事実を計りかね、己が行動に制限をかけていたのである。
「やはりここでしたか、ネメシスさん」
悩むネメシスの背後から、
中世の貴婦人を連想させる黒を基調としたドレスとハット姿に、道化を思わせる化粧の男。
「出たな、グリムリパー。何の用だ? いや、そうではない。貴様も
「ニャガニャガ。閻魔さんの信任が厚い私は色々と忙しいのですよ」
「だったら来るな」
直ぐさまネメシスの隣に陣取る“完力”ポーラマンから鋭い突っ込みが飛ぶ。
左にネプキン、右にポーラマン。
巨漢に挟まれたネメシスとて二メートルを超えているのだが、相対的に小さく見える。
「はいそこ、うるさい。私はネメシスさんと話に来ているのです」
「お前もとんでもない奴に目をつけられたもんだな」
「全くだ」
腕を組んだまま振り返る事無く話す二人からは、どこかうんざりした感情が漂っている。
感情を捨てるのが完璧超人の目指すところであっても、嫌なものは嫌だし仕方がない。
「何をおっしゃっているのですか、ネメシスさん。あなたには見込みが有ります。さすがはシルバーさんの血を受け継ぐ男。ですからこの私が、特別に技をお教えしようというのですから喜んでください」
「ほぅ……ならば今ここで1戦交え、皆の前でその技とやらを披露してもらおうか」
「それは出来ません。あなたにだけ特別に教えて差し上げるのですから、感謝してくださって結構ですよ。なんと言っても完璧超人の秘技とも言える技です。これであなたは強くなり、より完璧な超人へと近づくことでしょう!」
立てた一本指を左右に降り、大袈裟に両手を広げ力説するグリムリパーだが、残念、振り返らないネメシスは見ていない。
「なるほど、完璧超人の秘技か」
秘技と聞いたネメシスは、マグネットパワーではないかとあたりをつける。
何故この男が使えるのか?
いささか気になるところであるが、闘わないと言うならペラペラ話してくることはないだろう。
ならばネメシスの取る行動は一つ。
「はい」
「それを身につければ、オレはもっと強くなるのだな」
「その通りです! さぁ、付いてきて下さい、ネメシスさん! 私と共に、より高みへと向かいましょう!」
「だが断る」
「ニャガっ!?」
「断ると言っている。どうせマグネットパワーかなにかだろ? アレが強力な技なのは認めるが、インチキくさくて好かん。悪く思うな」
カマをかけた上で関わらない。
君子危うきに近寄らず、昔の人はよく言ったものである。
「ニャガニャガニャガ。やれやれですね。あの力をご存知なのは流石ですが、その素晴らしさが理解出来ないとは、ネメシスさんもおつむの方は完璧には程遠いようです。良いでしょう。今日のところは引き下がりますが、早く気付いて下さい。それでは皆さん、せいぜいネメシスさんの足を引っ張らないように励んでください」
自分に都合よく考え、ついでに煽るだけ煽ったグリムリパーは蜃気楼の様に掻き消えた。
「なんだとっ!」
耳聡く聞いていたリング上のダルメシマンが、ロープから身を乗り出すようにして、消えたグリムリパーに向かって抗議の声を上げる。
「熱くなるな、ダルメシマン。アレは相手にするだけ損な類の超人だ。スパーに集中しろ」
「ケッ、なんであんなのが俺達と同じ
「グロロロロ…………強いからだ」
ここでリングを挟んでネメシスの正面に陣取る“完武”ことストロング・ザ・武道が口を開く。
「だ、だがっ!」
「キャンキャン吠えるでない。 見苦しいわっ」
武道にギロッと睨まれダルメシマンが萎縮する。
そのやり取りは、とても同格同士のやり取りには見えない。
(この二人……何かがおかしい)
超人墓場のトップである超人閻魔を“閻魔さん”呼ばわりするグリムリパー。
漫画・キン肉マンにおいて、完璧超人の首領としてネプキンが使用していた剣道着姿のストロング・ザ・武道。
精鋭揃いの
そして、首領であるはずのネプキンが単なる
(完璧超人界には漫画・キン肉マンに描かれなかった何かがあるようだな……面白い)
そう感じるネメシスだったが、その優先順位はかなり低い。
1に鍛練2に鍛練。3、4も鍛練、5に謎解き、機会があれば探ってみるか、といった程度。
何故なら、先に名が上がった超人だけでなく
“完裂” マックス・ラジアル
“完刺” マーリンマン
“完掌” クラッシュマン
“完恐” ピークア・ブー
“完昇” マーベラス
“完流” ジャック・チー
これだけの推定強者が揃っているのだから、スパーに励まないなどあり得ない。
強さを求めるネメシスには、
◇
ネメシスが超人墓場にやって来て十数年ばかりの時が流れたある日のこと。
「こんにちは。ネメシスさん」
「なんだ、“完幻”。マグネットパワーなら覚えんぞ」
10年に渡って勧誘を受け続けたネメシスは、グリムリパーと相対する時は挨拶代わりにとりあえず断るようになっていた。
「ニャガニャガ、今日はあなたに是非見ていただきたいものが有りましてね」
「ほぅ……」
いつもとは違うパターンに少し興味を覚えたネメシスは、切りよい所で鍛練を終えるとグリムリパーに従い移動する。
(む? ジャスティスマンにガンマンだと? 何故
連れらた先の部屋で待ち受けていた二人の始祖は、現れたネメシスに一瞥をくれるも特に何かを言うでもなく佇んでいた。
「ニャガニャガ。そのお二人の事は気になさらず。ネメシスさんにお見せしたいのはコレです!」
踊るように両腕を広げ、部屋の中央にある“真実を写す泉”を指し示したグリムリパー。
その水面には見事な肉のカーテンを使う男と、それを取り囲む男達の姿が映されていた。
「……あれはっ」
「そうです! あれに見えるはキン肉タツノリ。下等超人の王を名乗る男です。ネメシスさんならよくご存知のハズですよ」
グリムリパーはマグネットパワーをしつこく勧める以上に、ネメシスをキン肉族と信じて疑わない。
いや、順序で言うなら逆になる。
この男は、“シルバー”の子孫と見込むネメシスに、なんとかしてマグネットパワーを授けたいのだった。
「……それで? 何が言いたい?」
「見て下さい。弱い者が群がって一人を袋叩きにする醜い光景! あれこそ下等超人そのものではありませんか!」
「そうだな…………それで?」
「ニャガっ!? 助けに行きたい、そうは思わないのですか!? あの男はネメシスさん、あなたが敬愛する兄ではないのですか!?」
本来であれば是が非でも助けに行きたい衝動にかられるのだろうが、転生超人であり
泉に映るタツノリは、状況こそ最悪に近いが肉のカーテンの隙間から覗くその目には、強い光が宿っている。
兄ならば確実に切り抜けると確信したネメシスは、自分が下手に横槍を入れて武勇伝を潰す事などないと考える。
「何度も言ったはずだ。オレはキン肉族ではない」
「そ、そんなはずは有りません! ガンマンさん、ジャスティスさん!」
「シャババー。その男、嘘付きではなーい」
「その様だな」
二人の
グリムリパーは彼等の力を利用してネメシスがキン肉族であるとの事実を白日の元に晒し、先ずはシルバーの子孫であると認めさせようとしていた。
その企みはネメシスの頑固さの前で敢えなく崩れ、「くだらん」と吐き捨てたガンマンが部屋から去り、ジャスティスマンは無言でネメシスを見詰めた後、無言のまま部屋から立ち去った。
もしここで、タツノリは兄ではない、とネメシスが言っていたなら嘘つきの烙印を押されていたのだが、キン肉族ではないとの発言ならば当人が頑なに思っているので嘘には該当しないのである。
「仮にだ、オレがキン肉族だとして“完幻”よ、お前は何がしたい? 助けに行かせてやるから自分に感謝しろなどと、人の弱味に付け込む完璧超人にあるまじき事を言うつもりではあるまいな?」
完璧超人には様々な掟がある。
ネメシスはその全てに賛同しているわけではなかったが、全てを否定しているわけでもなかった。
弱点を攻めてはならない、完璧超人の掟の一つを引用してグリムリパーに迫る。
「ニャガっ!? そ、そんなはずは有りません。あなたの精神力を試したのです。さすがはネメシスさんです。何事にも動じない鉄面皮、感情を捨ててこそ完璧超人ですからね」
「ふんっ……まぁそういうことにしておいてやる。良いものが見られたしな」
グリムリバーの目論見がどうあれ、二度と姿を見る事はないと思っていた兄の勇姿を目にしたネメシスは、タツノリの元に助けが来るまでの間、じっと見守り続けるのだった。
◇
それから更に数十年が過ぎたある日のこと。
「こんにちは、ネメシスさん。今日はあなたに良いことを教えに来ました」
「ニャガニャガか……一応聞いてやる」
「ネプチューンキングさんが弟子を取りました」
「何っ!? それは本当か?」
「え、えぇ。つい先日の話です。
ここだけの話ですがあの男も“あの力”を身に付けています。それを新たに弟子となった男、ネプチューンマンとやらに授けているのです。どうですか? あなたもウカウカしていられませんよ。さぁ、今こそ私と共に励み、“あの力”を手中に修めるので…………ニャガ? ネメシスさん?」
いつもと違うネメシスの食い付きに気を良くしたグリムリバーは、悦に入って自説を述べていく。
しかし、ネメシスの姿は既にそこにはなかった。
ネプチューンマンの弟子入りこそが、“あの時代”の到来を告げる出来事だ。
遂にこの時が来たか、とネメシスは直ぐ様行動を開始しストロング・ザ・武道の元へと走り去ったのである。
「武道よ、話がある。直ぐにも地上に下りたい。何か手はないか?」
完璧超人の格言の中に“種にまじわれば種にあらず”というものがある。
言葉の意味はわからんが、とにかく他陣営と関わることは禁じられている。
根が真面目なネメシスは、変な掟であっても無法に破るを由とせず、武道を頼った。
「グロロロロ……何故私に聞く?」
「貴様に話すのが1番早いと思っただけだが、間違っているか?」
およそ半世紀。
躍起になって探らずとも、ネメシスが武道とグリムリパーの正体に見当を付けるには十分な時間だった。
「……」
ネメシスの問いかけには答えず、武道は剣道面の奥の血走る目で睨み付ける。
永く生きる武道の目から見ても、このネメシスを名乗る男は逸材であった。
元より下等超人離れした力を備えてこの超人墓場にやってきたネメシスは、僅か半世紀余りで始祖にも迫る力を身に付けている。
惜しむらくは弟子と呼ぶには関わりが薄かった事くらいだろう。
そんな男が何故地上に降りようというのか?
「地上に降りてなんとする?」
たっぷりの間を置いて武道が口を開く。
「無論、最強の超人となる!!
オレはその昔、最も尊敬する男から、超人レスリングとは力量等しい二人の超人が揃い、初めて成立すると教わった。だが、この超人墓場に来てそれだけでは足りんと気付かされたのだ。いや、オレはその言葉の意味を見落としていたのだ!」
「グロロロロ……続けよ」
「強者が集いしこの超人墓場に無いもの……それはっ! 実況や解説、即ち運営に携わる者。そして、試合を見る観衆だ! 選手、運営、観衆……三位が一体となることで超人レスリングは成立し、その中でこそ最強の超人が誕生するのではないか!?」
他者に認められたい、尊厳欲求。
人間が持つ五大欲求の一つ。
転生超人であるネメシスには、完璧超人界に属している今も尚、その欲求が強くある。
「貴様は神聖なる超人レスリングを見世物にするつもりかっ!」
欲求、言い換えるなら欲望に端を発する言い分に武道は激怒し、ネメシスの喉元目掛けて竹刀を突き付けた。
「そうではない。武道よ、最強の超人とはなんだ? 誰が決める? 自分が最強だと言い張れば最強なのか? それとも……貴様が定めるか?」
平手でゆっくりと竹刀を退かせたネメシスは、拳を握るとそのままファイティングポーズをとる。
「…………それを人間共に決めさせる、と言うか」
問いには答えず、ネメシスの言わんとすることだけを的確に見ぬいた武道は、確認の為にそれを口にする。
「そうだ。人間は我々に比べれば肉体的にも精神的にも脆く弱く、移ろいやすい。だからこそ、強者に敏感な人間達が最強と称える者こそが最強の超人なのではないか?」
「面白い………だが、下等超人を滅したとて、何の自慢にもならんわ」
「それはどうかな? 貴様が知らぬだけで地上の超人も腕を上げているやも知れんぞ」
言葉とは裏腹に、ネメシスは確信めいた表情を浮かべている。
ネメシスという男は弱者をいたぶって喜ぶ様な男でもなければ、思い付きで軽はずみに動く愚か者でもない。
その男が、何の根拠もなしに地上に向かうと言い出すはずもない。
この男は、自分が預かり知らぬ何かを知っているに違いない。
「グロロロロ…………良かろう。暫し沙汰を待て」
ネメシスを泳がせてみるのもまた一興、と武道は了承の意を示すといずこかへと去った。
そして、後日ネメシスに告げられた地上行きを許可するための条件はたった一言。
シンプルにして最難関。
【始祖を倒せ】
明かされる始祖の実力とは!?