超人墓場、謁見の間。
「グロロロロ……武道より話は聞いた。地上に行きたいのであれば力を示し、勝ち取ってみせい」
カーテンの向こう側で話す超人閻魔は、シルエットしか見えないものの、その独特の笑い方と声質からストロング・ザ・武道の中の人なのは明らかだった。
隠す気ないだろ?
と、呆れるネメシスであったが、余計なことは口にしない。
「ハッ!」
と、片膝ついて恭しく頭を下げる。
「好きな
カーテンの向こうの超人閻魔から事前の通告通りの無茶振りの声が上がる。
勝てる訳ねーだろ?
頭おかしいんじゃね?
と、ネメシスの前世に影響された思考が顔を覗かせる。
遥かな昔、おごり高ぶる超人達は神々の怒りに触れた。
怒れる神々は超人達の抹殺を決議し、宇宙全域に裁きの光を降らせる。
世にも有名なカピラリア大災害である。
この時、1人の神が「優れた者は生かすべき」と神の座を捨ててまで地上に降り立ち、生かされた者達こそが10人の
数億年も前の話となる。
超人墓場の鬼達が語り継ぐこの超人神話を耳にしたネメシスは、
ネメシスが持つ人間的感覚で言えば、億年鍛えた相手と張り合うだけ馬鹿らしい。
無論、いずれは
生きた時間、鍛練に費やした時間が違いすぎるのである。
(だが、やるしかあるまい)
顔を上げたネメシスの目に映る
ネメシスから見て、超人閻魔を中心に右に三人、左に四人の
右から順に参式、四式と続き左端が玖式。
ネメシスはその足りない部分、左端の空席に向けて指を指す。
「オレの相手は貴様だっ! “完幻”グリムリパー……いや、
武道の中身が超人閻魔とほぼ確定した今、残るグリムリパーの正体は姿を表さないサイコマンに違いない。
というか、
ネメシスの願いが通じたのか、指差した先の空間が歪み始める。
「ニャガニャガニャガ。何時からご存知だったのでしょうか? そうです。私こそがグリムリパー改め、
蜃気楼の様に現れたグリムリパーがその身を翻すと、黒色を基調にしていたドレスが白色へと変化を遂げる。
原理を考えてはいけない。
何故ならコレが超人だからである。
「貴様の様なサイコが二人も居てたまるかっ!」
腹の底から叫んだネメシスは、ロープを軽々と飛び越えると、ズン! と音を立ててリングイン。
「その通りです。私程の超人は二人と居ません。ニャガニャガニャガ」
ネメシスの叫びを自分に都合良く解釈したサイコマンは、フワフワとした感じで揺らめくようにリングイン。
「それではこの試合、私が裁こう」
対戦相手に指名されなかったジャスティスマンは、これは自分の役目とばかりにニュートラルコーナーのリングポストの上に立つ。
「異論はない」
「こちらも構いませんよ。私の邪魔をすることにかけては天才的なあなたですが、まさか裁きを偽る様な真似はしないでしょうからね」
元より代替え案を持たないネメシスは二つ返事で了承し、サイコマンも独特の言い回しで念を押す。
こうして闘いの舞台は整った。
「
「ニャガニャガニャガ。完幻である私と戦った事があるあなたは、私ならば与し易いと考えたのでしょう。なるほど。中々合理的な考えです。ですが、全ては幻。今の私をグリムリパーと同じと考えれば痛い目をみます」
「御託はいい! 行くぞ!」
先ずは小手調べとばかりに両手を広げて突き出したネメシスの手をサイコマンが掴み、リングの中心で手四つに組み合う。
“完幻”を名乗っていた時のサイコマンは、
果たしてそれが、
「ニャガニャガ」
余裕の笑みを浮かべたサイコマンの手に力が籠る。
(マズイっ)
握り潰されるイメージを抱いたネメシスは、腕を払って組み手を切ると、一歩下がってから跳んだ。
「とりゃぁ!」
ローリングソバットを繰り出すネメシス。
いつぞやの失態とは違い、距離も角度もほぼ完璧。
空間さえも切り裂きそうな鋭い蹴りが、サイコマンの顔面目掛けて放たれる。
ーーガシッ
それを、片手で掴むサイコマン。
「ふんっ!」
想定内とばかりに片足でリングを蹴ったネメシスは、空中で身体を捻りながら顔面目掛けて更に蹴りを繰り出す。
「ニャガニャガ。器用な真似をします。ですが」
追撃の蹴りをも軽々掴んだサイコマン。
両足首を掴まれたネメシスは、まるでシーツかバスタオルかというほどに軽々と振り上げられ、身体の前面をリングへと叩きつけられる。
「くっ……」
リングを転がり距離を取ったネメシスは、両手で顔を覆い隠しガードの姿勢をとる。
「パーフェクトディフェンダーですか。それこそ、あなたがシルバーさんの子孫である証なのです。そして、シルバーさんと最も多く戦ったこの私は、誰よりもその技を知っているのですよ」
そう言いながら、ゆっくりと歩いてネメシスに近寄るサイコマンに隙はない。
(こんな対策があるとはっ)
徐々に近づいてくるサイコマン。
だが、ネメシスには打つ手が思い浮かばない。
さっきの今だ。
パンチやキックを放とうものなら確実に掴まれ、阻まれるイメージしか沸かないのである。
「何っ!?」
至近距離まで詰め寄ったサイコマンは、ネメシスの手首を掴むと強引に左右に抉じ開けた。
「ニャガニャガ。お久しぶりです」
ネメシスのガードが開いたところに、サイコマンが強烈なヘッドバッドを食らわせる。
たたらを踏んだネメシスのガードが崩れる。
「さぁ、行きますよ! 完幻殺法スピアドレス!」
そこを見逃さない、いや、これを狙っていたサイコマンは、ドレスの裾を変化させて両足に巻き付け尖らせると、縦横無尽に跳び跳ねネメシスの身体を切りつける。
尚、コスチュームは凶器には該当しないので、完璧超人の掟には抵触しない。
「己っ! これならばどうだっ!」
後手に回ってもじり貧。
ネメシスはサイコマンの技終わりの極僅かな隙をついて背後に回る。
背中におぶさる様に跳び乗ったネメシスは、サイコマンの前面に回した足を膝の裏に決めると、手首を掴んで上方へと捻り上げた。
いわゆるパロスペシャルである。
「ニャガニャガニャガ。私の手首を掴む事で握力を封じ込めるつもりでしょうが、そうはいきません」
腕を捻り上げられているはずのサイコマンは、それでもお構いなしの力任せにネメシス腕を振りほどく。
「ニャガっー! ワンハンドバスター!」
自由になった腕でネメシスの顔面を掴む。
引っこ抜く様にネメシスの身体を背中からリングへと叩きつけた。
(まさか、これ程までとはなっ)
繰り出す技が握力一つで潰される。
自分は今まさに、窮地にたたされている。
だが、
「ニャガニャガニャガ。どうしました? もう降参ですか?」
「ふざけた事をっ! 本番はここからだ!
常在戦場!
これがオレのっ……クソ力だっ!!」
「ニャガ?」
身体を発光させたネメシスが、驚くサイコマンに向けてラッシュを放つ。
リングの中央で激しく打ち合う二人。
身長はほぼ同じ。
筋肉の付き具合等の体格は“完肉”の異名を持つネメシスが勝る。
しかし、打ち勝ったのはサイコマンだった。
「ば、馬鹿なっ……」
ロープにもたれ掛かる様にして尻餅をついたネメシス。
超人レスラー目指し指導を受けたその日から、雨の日も風の日も、牢の中でさえ繰り返した基本のパンチが通じないことにネメシスは、少なからずショックを覚えた。
「ニャガニャガニャガ。何がクソ力ですか。ガッカリさせないで下さい。だいたいあなた、ご自身の超人強度をご存知ないのですか?」
「む? 知らんな」
100万以下でも1億パワーに勝てる数値、それが超人強度。
転生超人でありその数値の宛にならなさを誰よりも知るネメシスは、自分の超人強度に興味がなかった。
「
「なん……だと?」
自身の超人強度の高さと、クソ力がクソ力でないことに二重の驚きをみせるネメシス。
「引き出したのはお見事! と言いたい所ですが……ニャガニャガ。必死にならねば自身の力を引き出せないのは未熟者としか言い様がありません。そんな事では私は勿論、他のどの
「超人強度を使いこなすだと……?」
「ニャガニャガ。超人強度だけではありません。私達
サイコマンに指摘されるまでもなく、これはネメシス自身が感じていた事であった。
「黙れっ! 超人レスリングとは道理だけで計れるものではない!」
だからこそ反発を抱く。
「ニャガニャガ。では、言い換えて差し上げましょう。今のあなたでは私達
「言ったはずだ。最強の超人となる」
「それです。それが判りません。断言してあげます。地上に降りた瞬間、あなたは最強です。シニアマン、ロビン・ナイト、ドリーマン、そして、キン肉真弓……」
サイコマンの上向けた掌から立体的に写し出される超人達。
「これはあなたが此処に来てから、地上の下等超人の間で最強と言われていた者達です。ですが、間違いなくあなたの方が強い! 地上に降りたとて得るもの等何一つないのですよ! 強くなりたいなら、ネメシスさん! あなたはここで私からマグネットパワーを学ぶべきなのです!」
「ふっ……散々御託を並べて結局それか。しつこい男は嫌われるぞ」
サイコマンの長い講釈が幸いし、人間では有り得ない超回復をみせたネメシスは、ロープを支えに立ち上がる。
「ニャガニャガニャガ。この力の素晴らしさを判って頂けるなら嫌われたとて本望です。さぁ! 特とご覧あれ! マグネットパワーっ!!」
静かに観戦していた他の
真っ直ぐに伸びた光の帯がネメシスにぶつかると、そのまま周囲にまとわりついた。
「ニャガっー!!」
光の帯でネメシスと繋がったサイコマン。
子供が紐で繋いだカエルを振り回す様に、何度もネメシスの身体をリングへと叩きつける。
やっぱインチキだろ。
内心で毒づいたネメシスだが、念動力での連続ボディスラムとも言うべき
「ここだっ!」
単に振り回しているだけの攻撃は精度に欠ける。
受け身から即座に背後を取れる一瞬に掛けるネメシスは、残る力を振り絞って再び身体を発光させると、磁力渦巻くリングを強引に駆ける。
「密着すれば意味をなさまい!」
背中合わせにサイコマンの腰回りを抱えたネメシスが、空中高く飛び上がる。
「ニャガニャガニャガ。あなたがグリムリパーを知っていたように、私もあなたを知っているのですよ」
「ふんっ、強がりをっ! 喰らえ! “完肉・奥義”! バトルシップ・シンク!!」
空中で前方に回転するネメシス。
掛け手の体勢が前後上下が逆さまのパイルドライバーとでも言うべき、ネメシスが編み出したオリジナルホールドにして
これさえ決まれば始祖にも一矢報いる事が出来る必殺の一撃だ。
「あなたがこの技に賭ける事は判っていました。そして! この力を用いれば防御も完璧となるのです! マグネット・パワー!」
サイコマンの手からリングポストに向けて照射された光の帯が、空中の二人の姿勢を傾ける。
反則だろっ……。
ネメシスだけでなく居合わせる始祖達も顔をしかめるが、ルール上は反則に当たらない。
そこから更に、空中でネメシスの脚をマグネットパワーを使って引き寄せたサイコマンは、自らの足に絡ませドレスに包んで力を溜める。
「これで終わりです! “完幻・奥義”、ファントムキャノン!!」
サイコマンの足元から砲弾の様に撃ち出されたネメシスは、ジャスティスマンが立つコーナーポストに頭から打ち付けられる。
「
自らの足元で血を流し倒れるネメシスを見たジャスティスマンが寂しげに呟く。
「さぁ、どうしました? 私の勝ちですよ、ジャスティスさん。勝ち名乗りを上げてください」
確かにサイコマンが言うとおり、
だが、このマグネットパワーに頼った勝利を認めて良いものか?
厳格な裁きの神たるジャスティスマンが初めてみせる戸惑い。
その一瞬の戸惑いがネメシスに意識を取り戻す時間を与えることになる。
(オ、オレは……負ける訳には……)
全身がバラバラに成りそうな痛みの中でネメシスは、兄タツノリと交わした最後の話を思い出すのだった。
その力まさに、