赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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8:月光に照らされた大輪の華が咲いている

 

 

 胸を貫かれた事実に、黒狼鬼の思考は完全に停止していた。

 現実逃避という形ですら動かない。

 だが、それも強い違和感を伴う激痛で無理やり呼び戻された。

 文字通り心臓を掴まれ、絞られたのだ。

 

「ギィ! ガァアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!!」

 

 喉よ張り裂けよといわんばかりの絶叫。

 直後に、鉄の面の向こうから血が溢れ、喉の装甲を滝のように流れていく。

 手にしていた斧砲は、とうに床に転がっていた。

 

「お、おば……ばん、なんべ……」

「あぁー、なに言ってっか分かんねぇけど、なんでってことか?

 簡単だよ。 わざわざ近くに吊り下げてくれたからな、残った力全部集めてぶち抜いただけさ」

 

 なるほど、確かに簡単な理屈だ。

 だが、同時に不可解だ。

 どうして。

 どうして?

 

「どうじ……ずぐ……?」

「あん? ナニ言ってるかわからねぇよ」

「ごべばぁっ!!」

 

 ぐじゅり、と体の内側で肉のポンプが捩じられる。

 途端に赤黒い血が再び喉を伝う。

 見えないが、おそらく装甲の内側は口と胸から溢れた血で染まりきっているだろう。

 その証左に、すでに足元には大きな血溜まりができつつある。

 

 衝撃と激痛と失血で薄れていく意識の中、形にできなかった疑問がよぎる。

 どうして。

 どうしてこいつは、最初からそれをしなかったのか。

 いやそうでなくても、こちらの胸を貫く機会はいくらでもあったということだ。

 なぜなら魔力を著しく消費した現状で、残った魔力を集中して装甲を貫いたのだ。

 もっと余力のある状態ならば、それだけの威力を速度を乗せた一撃で見舞うことだってできたはずだ。

 そうすれば、とうの昔に自分は終わっていた。

 なのになぜ?

 自身を殺すことへの恨みも己の死への恐れも忘れて、黒狼鬼の最期の思考はその疑問に埋め尽くされる。

 そしてその答えは、今際の際にもたらされた。

 

 

「まあいいや。 ―――じゃあな、それなりに楽しかったぜ」

 

 

 そんな言葉の直後、黒狼鬼の心臓は握り潰された。

 そうして脳が完全に沈黙するまでに、彼はようやく理解した。

 

 ―――ああ、こいつは楽しんでいたんだ。

 

 自分もこいつを追い詰めていたと思った時はそれを心から愉しんでいた。

 だが、こいつは己の劣勢すらも楽しんでいたのか。

 まるで子供が遊ぶとき、勝っても負けても無邪気に笑っているかのように。

 

 その答えを得た黒狼鬼は、だからこそそんな相手と遭遇した不運も、戦ってしまった後悔も抱く間もなく息絶えた。

 それが理不尽に暴虐の限りを尽くし、そして理不尽に命を散らす羽目になった彼への報いとなったか、或いは救いとなったか。

 もはや誰も疑問に思うことすらない。

 

 

 

***

 

 

 

 青年が骸と化した黒狼鬼から腕を引き抜くと、黒狼鬼の体は一切の抵抗なく倒れて動かない。

 青年はそれに頓着することなく、赤黒く染まりきった右手を苦い顔で振って少しでも血を落とそうとする。

 派手に血が飛び散るが、それでもべったりとこびりついた鮮血は青年の右手を赤いグローブでも嵌めたかのような有様にしている。

 仕方なし、しゃがみこんで黒狼鬼の腿のあたりの装甲に覆われていない服の部分に擦り付けるように血を拭っていると、急に耳障りな音が聞こえてきた。

 警報だ。

 どこぞのスピーカーから響いているらしいそれは、次いで合成されたらしい音声で告げてくる。

 

『当艦の所有者の生体反応の消失を確認しました。 これより当艦は設定されていた条件に則り、自爆します。

 乗組員の皆さまは、至急脱出してください。 自爆まで、あと十五分です。

 繰り返します……』

「おいおい、マジかよ」

 

 どうやら自分のモノは文字通り死んでも他人に渡したくはなかったらしい。

 強欲もここまでくれば清々しいものがあるかもしれない。

 それはさておき、青年も一刻も早く脱出しなければいけないが、少々問題があった。

 少しばかり消耗が激しすぎたのだ。

 しかも今いるのは船の最奥ともいえるブリッジだ。

 今のコンディションでは窓から飛び降りて出るのもおぼつかず、かといって通路から脱出しようにも内部の構造を知っているはずもない。

 さてどうするか、青年は自答する。

 残った力をどうにか振り絞って窓から飛び降りるか。

 半分以上を運に任せて船の中を駆けていくか。

 どちらの道も一か八かの賭けになるが、どちらに賭けるべきなのか。

 決めあぐねていた、その時だった。

 

「―――へえ。 倒しちゃったのね、ソイツ」

 

 鈴のような声は、爆発の影響で吹き抜けになったブリッジの窓の外から聞こえた。

 それに対し、青年は気づいたように振り返る。

 

「―――っ」

 

 瞬間、息をのんだ。

 ブリッジの外……なにが支えるでもない中空に、月光に照らされた大輪の華が咲いている。

 否、それはスラスターから魔力を光の粒として撒く、大型の人造飛馬とそれに跨る主だ。

 曲線を帯びて全体に配され、纏わされている装甲は深紅に染まり、同じ色を持つ後部の大型スラスターはまさしく翼のようだ。

 ハンドルを握りながらこちらを怜悧に睨むアカネもまた、機体と同じ色の衣装に身を包んでいる。

 風防のゴーグルをずらして、幼さの残る美貌をこちらに向けている。

 頭巾のような赤いコートのフードは下ろされ、輝く金髪がさらさらと風に流れてたなびいていた。

 金と赤は互いの色彩を引き立て、調和を生み出していた。

 総じて至上の芸術のような美しさであり、自身が暴れまわってまき散らさせた鮮血とはあまりにもかけ離れている。

 その華やかさと艶やかさは、炎のような激しさと華のような麗しさを併せ持ったものであり、いっそ幻想的ですらあった。

 

「……」

 

 月夜でなお陰ることのない煌きに、青年は言葉を失い、見惚れていた。

 目覚めてからこちら、徹底して己が楽しむことを優先していた彼は、ここで初めてそうではないなにかに心を揺さぶられていた。

 だが、そんな機微などアカネからすれば知ったことではない。

 彼女は押し黙る青年に、訝し気に首を傾げるだけだ。

 

「なに、どうかしたの?」

「あ、いや……ってか、なんでここに?」

「決まってるでしょう」

 

 アカネは、不機嫌さを隠しもせずに愛機の後部を顎で示す。

 乗れと、そういう意味だ。

 

「アンタを連れて行かなきゃ、報酬が出ないの。

 ―――つまり、アンタは私のモノなのよ」

 

 その言い切りに、青年は呆気に取られたあと「ハッ」と笑みを浮かべる。

 そうして腕を組んで頷きながら、ニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「そっかそっか。 俺はお前のモノなのか」

「……ちょっと、なに考えてるか知らないけど気色悪いわよ」

「ハハハ! ひでぇなオイ」

 

 頬を引きつらせるアカネに、青年は何がおかしいのか盛大に笑い始める。

 と、その時、スピーカーが追加の警報をかき鳴らしつつアナウンスを流し始める。

 

『自爆まで残り五分。 自爆まで残り五分。 乗組員は至急脱出してください。 繰り返します……』

「―――――――――は?」

 

 今度はアカネが呆気に取られた表情を浮かべる番になった。

 その隙にと、青年がアカネの人造飛馬に飛び乗り、足を付けた衝撃で機体が揺さぶられた。

 体ごと頭を揺らされて、アカネの意識が引き戻される。

 直後、すさまじい剣幕で彼女は後ろを振り返る。

 

「ちょっと!! 自爆ってどういうことよ自爆って!?」

「いやぁ、文句はくたばった奴に言ってくれよ。 あれだ、不可抗力ってやつだよ」

 

 至近からの怒気にも飄々としている青年に、アカネは歯噛みする。

 だが、黒狼鬼の船が轟音と共に激しく揺れたことにそれどころではないとハンドルを握りしめる。

 眦を釣り上げた両眼をゴーグルの下に隠しながら、スロットルを開ける。

 

「あぁーもうー!! 後でぶん殴るからねアンタ!!」

「ハハハ、そいつは勘弁!!」

 

 言い合いながら、最大出力全速全開でその場を後にする。

 その最中に、通信を開いてクロック・ゴートにその場から離れるように指示を出す。

 そうして彼女たちがその場から離れてからもしばらく、それこそ獣の唸り声ともつかないような音が黒狼鬼の巨大船から響き続けていたが、唐突にピタリと止んだ。

 その落差の静寂は、それこそ無音と錯覚させるものだ。

 

 直後、それら全てを破壊しつくすような轟音と業火と衝撃が周囲一帯に広がった。

 

 まずは一瞬、夜闇を文字通り塗りつぶす白い光が一瞬で席巻し、次に紅蓮が広がりながら天を衝く。

 刹那においての色彩の変化は、あたかも紙を広げてそこにインクをぶちまけるかのようだ。

 だが、耳どころか全身を叩く轟音と衝撃はそんな感傷を抱く暇さえ与えない。

 

「くぅ!!」

「うおっと!?」

 

 すでに巨大な船の全貌が見えるほどに離れていながら、その崩壊の余波にアカネと青年は人造飛馬ごと揺さぶられる。

 それでも何とか立て直し、ホバリングで静止して振り返る。

 先ほどまで威容を晒していた黒い巨体はどこにもなく、地獄のような火の海が遠めに広がっているのがわかる。

 

「………って、森の近くだけど燃え広がっちゃうかしら?」

「そうは言ってもどうしようもないだろ」

 

 事実その通りだ。

 アカネたちにはクロック・ゴートの装備まで含めてもあの大火を消す術はないし、ついでに言うならそこまでの苦労をする義理もない。

 黒狼鬼を撃退したためなので原因といえなくもないかもしれないが、それこそ不可抗力と正当防衛の結果なので責任まで負えるものではない。

 なのでできることといえば、このまま延焼もなく早々に鎮火してくれることを祈るのみだ。

 

 アカネがその結論で自身に納得を得ていると、ふと眼下で動く影があることに気付いた。

 ゴーグルの側面を操作し、拡大してみれば溢れてこぼれそうなほど荷物を満載にした車両だ。

 乗っている人間も何人か見えたが、いずれも野卑な風貌で、見るからに堅気の人間ではない。

 どうやら黒狼鬼の生き残りが積めるだけの物資を積んで脱出していたらしい。

 その目敏さと生き汚さには感服を禁じ得ない。

 ついでに、それを見つけた己の幸運への感謝も。

 

「……イヤだけど、振り落とされたくなかったら捕まってなさいよ?」

「ん? ―――おおぅ!?」

 

 青年が訝しむ間もなく、アカネの操縦によって赤い人造飛馬が弧を描きながら急降下する。

 そうして必死に走る貨物車両と並走するまでは、一分とかからない。

 

 アカネは運転席の側へ寄せると、そのドアをガンガンと蹴り上げて運転手の意識をこちらに向けさせる。

 顔中を冷や汗でびっしょりにしていた運転手は、こちらに視線を向けた途端、盛大に表情を歪めた。

 

「ギャアアアアアアアアア!!」

 

 運転手は盛大に叫びながらブレーキを踏み、車を横滑りさせて地面をタイヤで削りながら制止する。

 アカネは結果として車両を追い越しながら、尻を振るように方向転換して向かい合わせに停止した。

 彼女は弾である小瓶をすでに装填した銃を運転手の男に向ける。

 すると運転手は抵抗する気など微塵もないかのように両手を上げて顎をがくがくと震わせていた。

 それは同乗していた他の面々も同じだったようで、何人かの男たちが車両から降りてくるが、皆一様に地に足を付ける前から両手を上げている。

 

「て、抵抗する気はねぇ!! 許してくれ!!!」

「か、か、頭をぶっ殺しちまうような奴とやりあうつもりなんざこれっぽっちもねぇよ!!」

 

 恐怖のためか、呂律の回らない口で懇願する男たち。

 どうやら、アカネというより青年のほうを恐れているようだ。

 

 人造飛馬のライトが照らす前で並んで万歳をしている彼らを睥睨して、アカネは強く言い放つ。

 

「………とりあえず、迷惑料としてお金になりそうなものは置いていってもらうわ。

 慈悲として食料と車はそのままにしてあげる」

 

 まんま有り様が逆転したかのような要求に、しかし男たちに拒否権はない。

 そもそも、襲い掛かってきた相手から逆に物資を奪うというのは、この業界では合法以前に当然の権利だ。

 まして生殺与奪を握っている相手に否やを言うほどの胆力があるような輩なら、もっと真っ当に生きているだろう。

 あるいは早々に脱出している辺り、もともと非戦闘員に近い役割だったのかもしれない。

 と、アカネは思いついたかのように「そうだ」と付け加えた。

 そして後ろに乗っている青年を顎で示すと、一言告げる。

 

「こいつに合うサイズの服一式、適当によこしなさい」




 というわけで、黒狼鬼戦、決着です。
 苦戦の原因が舐めプとか最悪ですね。
 次回で第一章が終了です。
 お楽しみに。

 あらすじ、ちょっと修正してみました。
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