赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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9:かくして、赤ずきんはオオカミと出会った

 

 

 

 黒狼鬼の送り火が概ね鎮火したのは未明になってのことだ。

 幸いというべきか、森に燃え広がることはなく何本かの小ぶりな木々が黒く焦げた程度だ。

 やはり樹海災禍の賜物は伊達ではないということか。

 

 燃え残った残骸についてだが、これをアカネたちが漁ることはなかった。

 というのも、元々が大きな船だったために原型は割としっかり残ってはいるのだが、それゆえに内部にはまだ熱が溜まり、未だに黒煙が所々で細く立ち昇っているのだ。

 さらに言えば、青年との戦闘と自爆の逃げ遅れで死んだ者たちが転がっているだろう中から死肉を啄むような真似は流石に憚られた。

 苦労させられた分については、生き残りから徴収した分で補填できたというのも大きい。

 

 さて、身を休める時間も挟み、日も完全に昇りきった頃合い。

 当初の予定通りに青年が眠っていた遺跡へと戻ったアカネたちは、しかし愕然とした表情を浮かべざるを得なかった。

 その理由は。

 

「なんで崩れてるのよ」

 

 そう、アカネが呟いた通り、昨日まで大樹に侵食されながらも確かに存在していた遺跡が、今は無残な瓦礫の山を晒しているのだ。

 元々が廃墟のような外観ではあったが、それでも昨日の今日でこうなってしまうとは予想だにしていなかった。

 

「もしかして、昨日の戦闘で?」

「いや、それは考えにくいな。 本格的に戦い始めたのはここから少し離れた場所だし、一番派手にやりあったのなんざ森の出口辺りだ」

 

 コムギの言葉に、エルがそう答えつつ屈みこんで足元の瓦礫を一つ拾い上げてみる。

 しかしどうやら何かおかしなところがあったわけでもないようで、すぐに放り投げてしまった。

 一方のアカネは固まっていた後で、盛大に肩を落として溜息を吐いた。

 

「たぶん、このバカを連れ出したのがスイッチだったんでしょうね」

 

 顔を上げないまま、隣に立っている青年を指さす。

 その身には、黒鬼火の生き残りから頂戴した装束を纏っている。

 全体的に黒く、ところどころにビスのような装飾が施され、更にはわざとらしい破れや由来不明のシミが散りばめられた素晴らしく趣味の悪い出で立ちである。

 そんな中で、額の傷に張られた白いガーゼが素敵に輝いていた。

 どこに出しても恥ずかしい三下チンピラファッションだ。

 

 それはさておき、この惨状では青年が眠っていた地下室の入り口を掘り起こすのは難しいだろう。

 なにより、原因を考えればその地下室自体も崩れている可能性が高い。

 

 元々、なにか目ぼしいものがあれば儲けもの程度の考えではあった。

 それでもそれ以前の段階でご破算にされてしまうと徒労感が凄まじい。

 黒狼鬼の残党から慰謝料代わりに多少の金品は徴収したが、それはそれとして落胆は禁じ得ない。

 と、その時だ。

 項垂れるアカネの横を一つの影が横切った。

 

「ん?」

 

 力ない所作で顔を上げれば、青年が瓦礫の山に足を掛けるところだった。

 その歩みに迷いのようなものは見受けられない。

 

「ちょっと、アンタなにしてんの?」

「いや、なんかな」

 

 言いつつ、青年は砕けた建材の破片を踏みしめながら進んでいく。

 アカネはしばらくその背を眺めていたが、やがて足跡をなぞるように続いていく。

 

「ア、アカネさん! 危ないですよ!?」

「みんなはそこで待ってて」

 

 コムギの言葉もよそに、アカネもズンズンと足場の悪い中を突き進んでいく。

 足を取られかけながらもどうにか転ばずに済みながら歩けば、青年がある物の前で立ち止まっている背が見えた。

 彼は眼前に聳え立つそれを静かに見上げている。

 

「って、なにこれ?」

 

 横に並んだアカネの前に立つそれは、巨大な黒い板だった。

 高さは青年よりも頭二つ分ほど高く、幅はアカネが両腕を広げた程度。

 表面はつるりと非常に滑らかで、顔を近づければ僅かに己の顔が映るほどだ。

 見た感じの材質は石とも金属ともつかない。

 周囲が瓦礫の山なのに対し、この板とその周囲だけは小奇麗なままで、まるで後からここに設置したかのようだ。

 そのどこか墓標を想起させる外観に、アカネは眉をひそめてそれを眺める。

 

「どうみても怪しいわね。 他になにか……ん?」

 

 視線を上下させて観察していたアカネは、板を支える台座部分にある物を見つけた。

 文字だ。

 板と同質だろう台座の中央部分に、ある一文が刻まれている。

 アカネはそれを目で追って、意図することなく口に出す。

 

「―――『To the Wolf(オオカミへささぐ)』?」

 

 と、その時、青年が板へと一歩前へ踏み出す。

 それに気づいたアカネは、思わず彼へ手を伸ばした。

 

「ちょっと、なにを―――」

 

 青年の肩に手をかけるアカネ。

 しかし青年の手は、すでに板の表面に触れていた。

 

 瞬間、ビシリと音を立てながら板の表面を光が奔る。

 それは青年が手を触れた場所から幾筋も同時に放たれ、複雑な文様のような軌道を描いている。

 

「な……」

 

 アカネが驚く間もなく、今度は板が崩れていく。

 それはひび割れるというものではなく、砂よりも細かい粒となって形を失っていくというものだ。

 さらさらと地に落ちていくそれは灰のようにきめ細かく、僅かな風にも乗って宙へと散っていった。

 

「アンタ、一体何したの!?」

「いや、触っただけだぜ?」

 

 そんな会話をしている間に、板は完全に崩れ去ってしまった。

 そうして後に残ったものに、アカネは眉を寄せる。

 

「これって……剣、よね」

 

 それは一振りの黒い剣だった。

 大きさは当然というべきか、板に丁度納まるほどで、材質も見た目は同じもののように感じる。

 幅も広めで、板を基準として考えれば半分ほどだ。

 柄頭から切っ先までの大きさは青年と同じか、やや大きいほど。

 形状は両刃の西洋剣で、鍔もなく一見すると柄まで一体の成型のようにも見える。

 だがよく見ればいくつかのパーツで構成されているようで、もしかしたら存外に複雑な構造なのかもしれない。

 柄と刀身の比率は約1:2でほどで、そこからも解る通り剣にしては柄が異様に長い。

 青年の手でも、両手持ちどころかその二倍はあるだろう。

 刀身のほうは刃というには武骨に過ぎ、切れ味そのものはさほど良さそうには見えない。

 だが、左右どちらの刃にも六角形を半分に折って張り付けたような文様が三つずつ彫りこまれている。

 刃のほうから見れば、細長い六角形が縦に三つ連なっている様に目に映るだろう。

 さらに柄頭からは剣と同じ黒い鎖が伸びており、剣そのものに蛇のように巻き付いている。

 

「へぇ……」

 

 出てきた異様な威容に思わず目を細める青年。

 と、支えを失ったためか剣はこちら側へと倒れこんできた。

 

「うわ」

「っと」

 

 アカネは飛び退き、青年は僅かに下がって右手を翳す。

 その右手に倒れこむ勢いのままに剣の柄が飛び込み、納まる。

 青年はそれを握りしめると、しばらく重さを確かめるように支え、

 

「フッ」

 

 腕の振りと指運で持ち替え、片手で構えた。

 その切っ先は揺れることなくピタリと前へ向けられてる。

 青年は手にした剣を改めて眺めると、左手でも柄を握りしめる。

 やはり両手でも盛大に柄が余るが、長大な刃はそれで十分に釣り合いが取れて見える。

 青年はスゥ、と短く息を吸い、

 

「フン!」

 

 眼前の塵の山を今度こそ千々に散らしつくし、その奥の瓦礫の塊に振り下ろす。

 刃が岩塊に食い込む音は思いのほか鈍く、それが幾重にも連なって響き渡る。

 青年の胸ほどまで積まれたその山を、轟音と共に二子山へと変貌させた。

 

「―――悪くねぇな」

 

 ガラガラと叩き割った山から瓦礫が雪崩れる中、青年は掲げた剣をまじまじと眺めながら満足げに呟く。

 その背に投げつけられるのは、アカネからの呆れたような一言だ。

 

「新しいオモチャは楽しかしら、『オオカミさん』?」

 

 その呼びかけに、青年は思わず弾かれるように振り返る。

 

「『オオカミさん』? オレのことか?」

「ええ。 最初、『To the Wolf』って書かれてたじゃない。

 それをアンタが受け取るなら、つまりアンタが『オオカミ』ってことじゃないの?」

 

 問い返せば、アカネは投げやりな口調で適当に、そしてどうでもよさげに答える。

 だが、それを聞いた青年はなにかを考えるように黙り込む。

 その様子に、どうしたのかとけげんな表情を浮かべるアカネ。

 と、青年は頷きながら笑って自身へ空いた左の親指で己の胸を指す。

 

 

「―――よっしゃ、それじゃあ今日から俺は【オオカミ】だ!!」

「………………………………………はぁ?」

 

 

 胸を張る青年……オオカミに、アカネは思わず呆気に取られる。

 どうやら自分の言ったあのたった一言で己の名を決めてしまったらしい。

 

「いやちょっと……本気?」

「おう!!」

 

 余りにもストレートすぎるその命名に、さすがに思うところがあるのかアカネが待ったを掛けに行く。

 しかし、当の本人はすでに乗り気で、このまま本当に【オオカミ】を名乗って生きていくつもりのようだ。

 己の名を決めたためかやけにはしゃいでいるその様子に、引き金を引いたともいえるアカネは思わず頭痛を覚える。

 

「ねぇ、なんでそんなにテンション高いのよ?」

「そりゃな。 お前が付けてくれたようなもんだしな」

「……は?」

 

 オオカミの返しに、思わず首を傾げる。

 それがいったいどうして理由になるのか、全く理解できない。

 アカネは目が半眼になっていくのを自覚しながら、バカらしいと思いつつもオオカミに尋ねてみた。

 

「アンタさぁ……まさかあたしに惚れたとか言わないでしょうね?」

 

 さすがにいくらなんでもそれはないだろう、そう思って問うと、彼は予想外の動きをした。

 いや、正確には予想外に動きをピタリと止めたのだ。

 そうしてオオカミはアカネをまじまじと眺め、その視線に彼女は僅かに身動ぎする。

 

「な、なによ?」

「………あーそっかぁ。 これってそういうやつなのか?」

「だからなにがよ?」

 

 と、後ろからいくつかの足音が聞こえてきた。

 横目で見ると、ソニアやコムギ、コムギに背負われているエルがこちらに向かってきているのが見えた。

 どうやらオオカミが試し切りした時の轟音で駆けつけてきたようだ。

 そんな彼女たちのことなどお構いなく、オオカミは大声で宣言した。

 

 

「アカネ、だったよな。 多分、お前の言う通りだ。

 ―――お前に惚れた! だからこれからよろしくな!!」

 

 

 その瞬間、彼の目の前のアカネも、すぐ近くまで来ていた彼女の仲間たちも、一様に呆然と静止した。

 そして十秒過ぎ、二十秒過ぎ、三十秒ほどが過ぎたところで、

 

「「「「は………はぁああああああああああああああああ!?」」」」

 

 声を重ねて、驚愕に喉を震わせた。

 彼女たちを奏した張本人は、しかし楽し気にどこか誇らしげに子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。

 

 

 

***

 

 

 

 かくして、赤ずきん(ヒロイン)はオオカミと出会った。

 その旅路の果てが如何なるものかはまだ誰も知らない。

 確かなのはこれは絶望の物語であり、しかしそれだけでは終わらないということだけだ。

 

 賑やかな声のすぐ近くで、白く小さな花が幾つも連なった一輪の野萵苣(のぢしや)が風に揺れている。

 それはまるで、彼らを微笑ましく見守っているようだった。

 

 

 

 




 というわけで、『赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破』の第一章、これにて幕です。

 最後の最後で主人公の名前が決定しました!
 ……正直、どういう名前にするかはだいぶ悩みました。
 それでいろいろ考えた結果、「もうシンプルに『オオカミ』でいっか」という結論に達しました。

 オオカミは最後に武器手に入れましたが、それがどんな代物なのかは次章以降をお楽しみに。
 ……早く活躍させたい。

 さて、次に投稿する簡単な人物紹介を挟んで次の章に行くのですが、ほぼ書き溜めが尽きたためしばらく間を置くことになるかと思います。
 出来上がり次第随時あげていくつもりなので、これからもお付き合いしていただければ幸いか。

 それでは、今回はこの辺で。
 またお会いしましょう。
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