赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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第二章
10:反応はない、まるで屍のようだ


 

 

 

 文明崩壊後、巨大な樹木の群れに覆われた世界【樹海時代(アフターロスト)】で前時代の遺物を探し出す【遺失物狩り(ロストハンター)】を生業とする少女、【アカネ】。

 彼女はある依頼から仲間たちと共に訪れた遺跡の中で、一人の青年と出会う。

 地下の装置の中で眠り続けていた彼は、起き抜けにアカネの魔力をファーストキスと共に奪ってしまう。

 その後、青年を保護(というか捕縛)したアカネたちが青年に尋ねる(というか尋問)も、彼は自身のことを何一つ覚えてはいなかった。

 とりあえずは依頼は果たしたとして、あとはもう一度遺跡を浚うかと話し合っていた彼女たちに、突如としてハイエナ集団【黒狼鬼】が襲い掛かる。

 死力を尽くし抗うも、彼我の戦力の差は文字通り絶望的だった。

 万事休すかと思われたその時、牢の中にいたはずの青年が颯爽と現れ、なんと【黒狼鬼】のボスを討ち取ってしまう。

 その後、夜が明けたアカネたちと青年は遺跡へと戻ってみたがそこはすでに瓦礫の山であった。

 しかし、青年はその瓦礫の山の中で一振りの長大な黒い剣と、そしてアカネの言葉から【オオカミ】という名を手に入れる。

 彼はアカネにこう告げた。

 

「―――お前に惚れた! だからこれからよろしくな!!」

 

 さて、そんなオオカミはというと……

 

「…………………あれ? なんで閉じ込められてるの?」

 

 貨物室の大型コンテナの中に詰め込まれていた。

 情けというべきか、明かりと毛布といくつかの保存食もセットで放り込まれている。

 ちなみに剣のほうは別の所に保管されていた。

 とどのつまり、文字通りのお荷物扱いである。

 

 

 

***

 

 

 

「ああいう扱いでいいのかい? 彼」

 

 ブリッジで頬杖ついているアカネに振り返らないままエルが尋ねる。

 エルはコンソールに埋め込まれている水晶に手を翳しながら、水晶盤(モニター)の表示を目で追っている。

 控えめに言ってもなかなかに忙しそうだ。

 それに対し、アカネは機嫌が悪そうに座っているだけで、いかにも暇そうである。

 

「問題ある?」

「問題はないさ。 だからただ『いいのか?』と訊いているだけで」

 

 エルの笑みを含んだ言葉に、アカネは大きく鼻を鳴らす。

 

「いいもなにも、怪しすぎて胡散臭すぎていろんな意味で危険すぎるっていう三重苦をそのままにしておけるわけないでしょ」

「それだけ?」

「他にも言ってほしい? 愚痴と文句ならいくらでも言ってあげるわよ」

「さすがにそれは勘弁だね」

 

 そう言って、エルは今度こそ仕事に没頭する。

 そんな彼女の背ににフン、と鼻を鳴らしたその時、今度はコムギとソニアがブリッジに入ってきた。

 二人は手にお盆を抱えていて、コムギの方には焼きたての香ばしい芳香を振りまく焼き菓子が、ソニアの方には紅茶やコーヒーの注がれたカップがそれぞれ乗っていた。

 

「二人とも、お茶とお菓子の用意ができたのでどうぞ」

「アカネも、ブスっとしてないで少しは機嫌なおしなよ」

 

 ソニアが言いながらアカネの頬杖の隣に紅茶のカップを添える。

 手を休めて椅子ごと振り返ったエルにはコーヒーを手渡した。

 口頭でセブンに操船制御を指示するのも忘れない。

 さらに小麦から焼き菓子が配られ、場はちょっとしたティータイムへと移行していく。

 

「それで、オオカミだっけ? 彼は結局どうするのさ」

「………ソニア、アンタもか」

 

 コーヒーのカップを傾ける友人に、アカネはげんなりとして表情を隠さない。

 だが、いくらそんな表情を向けられても彼女たちの好奇心が消え失せるわけではない。

 いつの世も、それこそ文明が崩壊しようが世界が樹海に沈もうが色恋沙汰が絡んで乙女のテンションが上がらないはずがないのである。

 

「どうすもこうするも、予定通りラプンツェルに引き渡して報酬もらってはいおしまい。

 骨休めしたら次の仕事に出発シンコー、問題ある?」

「問題はないけど、ねぇ」

 

 含みを持たせるような末尾に、いよいよアカネの苛立ちが燃え上がりそうになる。

 それに気づいたコムギが、慌ててある疑問を口にする。

 

「で、でもでも、ラプンツェルさんの依頼って、あの人を連れていくんでいいんですかね?」

 

 と、その言葉で上げかけたアカネの腰が再び落ちる。

 それはアカネ自身も一度考えていたことだ。

 

 元々、彼女たちが受けた依頼は非常にざっくりとしていたもので、要点だけかいつまめば『怪しい遺跡があるのでそこに潜って出てきたものを持ってきてくれ』というものだった。

 そんな曖昧な依頼を受けるのかという話が出てきそうだが、どうということはない。

 この業界で遺跡がらみの依頼などそのくらいざっくりしたもののほうが多い。

 というより、明確に『こういうものがある』とわかっている遺跡なんて言うのは、大抵がすでに遺跡発見時に回収されているものなのだ。

 結局のところ、依頼として出てくる遺跡というのは何らかの理由で内部が判然としないか、見つけたばかりでこれから調査の手を入れるかのどちらかに大別される。

 今回の依頼は前者に相当し、あの巨木ヤツメウナギの存在が調査の手を阻んでいたのが理由だった。

 それをどうにかこうにかして、ついでにいらんトラブルにも巻き込まれて出てきた結果があのオオカミとついでに黒い剣なのだ。

 

「いまさら言ってもしょうがないでしょ。 もう遺跡は潰れてるんだし、出てきたものを渡してそれで今回はおしまいよ。

 ついでに、あの剣もね」

「まあ、実際問題あの遺跡で一番きな臭いのは間違いなく彼だしね。

 ラプンツェルがその後どうするかは別問題さ」

「……わかってるなら、なんであんなこと訊いてくるのよ」

 

 再び眦を釣り上げる金髪の赤い少女に、緑と薄紫の二人の少女は顔を見合わせる。

 その表情には、状況を面白がるような笑みが浮かんでいる。

 

「いやぁ、それはねぇ」

「こんな状況でもないと、こうして落ち着いてからかえないしねぇ」

「よぅし……そのケンカ買っ、た、あ……」

 

 ついに堪忍袋の緒が切れて立ち上がった瞬間、アカネは急に力を失って浮かせた腰をストンと椅子に落としてしまった。

 それに慌ててコムギが駆け寄る。

 

「ちょ、大丈夫ですかアカネちゃん!?」

「ぐ、くぅ……おのれ、体の調子が戻っていれば……」

 

 そう、現在のアカネは絶賛不調中だった。

 原因は言わずもがな、先の戦闘での消耗である。

 元々、魔力が底をついていた状態から無理やり戦闘に参加して、更には人造飛馬まで引っ張り出したのだ。

 しばらくは場のテンションやら何やらで忘れることができていたが、そのツケは後になってから一気に噴き出た。

 今の彼女は普通に歩いて生活するくらいならばぎりぎり何とかなる程度で、激しい運動は全くできない状態になっていた。

 無理をしようとすれば先ほどのように崩れ落ちる羽目になり、下手をすればその場で失神してもおかしくないという状態だ。

 本来なら部屋で休んでいたほうが良いのだろうが、それでも彼女はこの場に来ていた。

 もしかしたら一人でいたら何か溜め込んでしまうものがあるのかもしれない。

 

 ちなみに消耗といえばソニアもだいぶ消耗していたが、今はアカネよりかは回復している。

 やはりアカネの場合は限界以上に魔力や体力を使用したことのが災いしたらしい。

 それはさておき、アカネの肩を支えるコムギは珍しくメガネの奥の眦を釣り上げる。

 

「お二人とも!! アカネちゃんをからかうのはそのくらいにしてください!!

 今はあんまり無理させちゃダメなんですから!!」

「コムギ……」

 

 自分のために憤ってくれる優しい少女の姿に思わず涙腺が緩みそうになる。

 叱られている二人も、さすがにバツが悪いのか申し訳なさそうに肩をすくめている。

 そしてコムギはさらに続ける。

 

「大体アカネちゃんをからかうのなんて体調関係なくなんやかんやでいつものやってるじゃないですか!?

 だったら無理させちゃいけない時くらい控えめにしてください!!」

 

 アカネは声もなく今度こそ崩れ落ちた。

 ぶっちゃけ、コムギの言い分を要約すると『からかうんなら後で存分にヤレ』である。

 感動を覚えたところにこの落差は精神的なショックがいささか強すぎたらしい。

 

「あれ? アカネちゃん!? どうしたの!?」

 

 アカネの様子に気付いたらしいコムギが慌てて彼女の身をゆする。

 反応はない、まるで屍のようだ。

 そのやり取りに、ソニアとエルの二人が頬を引きつらせる。

 

「えげつないね」

「狙ったわけじゃないから、なおさらな」

 

 と、ちょうどその時だ。

 ブリッジ内を甲高いアラーム音が席巻する。

 耳朶を鋭く刺激するそれに、アカネを含めた皆が顔を上げた直後、セブンが一同に告げた。

 

『皆さま、ラプンツェルの領域内に入りました。

 自動認証完了―――間もなく到着する予定です』

 

 言い終わるよりも前に、窓の外が一瞬にして白い靄に覆われる。

 そしてそれは瞬く間に晴れ、視界が元の色彩を戻していく。

 すると、今までなかった……否、見えていなかったモノが進行方向の先に現れる。

 

「……相変わらずアホみたいにデカいわねぇ」

 

 力なく呟くアカネの目に映るのは巨大な……あまりにも、あまりにも巨大すぎる樹木だ。

 まだかなり離れているだろう距離でも全容を視界に収めることは叶わず、天辺は雲を突き抜けた更に先へと伸びている。

 その威容は、この樹こそが空を……否、世界を支えているのだと言われても納得してしまいそうなほどだ。

 

 周りに見える小さな点々はおそらく飛空艇だろう。

 事実、こうして進んでいる最中にもこちらと同じような船とひっきりなしにすれ違っている。

 様々な船が行き交う中、クロック・ゴートはまっすぐその樹へと向かっていく。

 

 

 ―――その大樹の名は『ラプンツェル』。

 遺失物狩りの元締めであり、現在の世界にて最も栄華を極めている樹上都市である。

 

 

 






 というわけで、新章開始です。
 しばらくは日常パートが続きます。

 それでは、また明日。

 天然こそが時として最も残酷で恐ろしい……
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