アカネの発言に、ラプンツェルはあらあらと可愛らしく小首を傾げ、エルが頭痛をこらえるようにこめかみを揉みながら右手を突き出して待ったをかける。
「なぁ、アカネ。 いま『保留』って言ったか?」
「ええ、『保留』よ。 言い方が気にくわないなら『仮採用』にしましょうか?」
「『仮採用』、ですか」
今度はコムギにアカネが頷く。
「あなたも言ったとおり、感情だけで判断するのもよろしくないわ。
そしてエルの言うとおり、アタシたちみたいなのにとって定期的に得られる資金というのはとても魅力的よ。
けど、だからと言っていきなり『はいそうですか』と受け入れるにはわからないことが多すぎるわ」
そう、そもそも彼女たちとオオカミは出会ってからほとんど時間が経っていない。
特異な能力と逸脱した戦闘能力、そして何よりも突飛に過ぎるその出会いから忘れかけていたが、現状では仲間にするしない以前の問題だ。
人となりは必ずしも悪党とは言えないようだが、細かいところまでは知らない。
そもそもその能力だって、どこまでできるものなのか全く把握できていないのだ。
「だから現状ではソイツを仲間にすることを確約できない。
………だから、まずは期間を置いてその間の働きで判断するわ」
「―――まぁ、妥当だね」
ふむ、と唸りながらソニアが頷く。
立場的に外様であるためか、声の調子はどうにも気軽だ。
彼女はコテンと首を傾げながら皮肉気な笑みを浮かべる。
「しかし、てっきりあたしは速攻で断るもんだと思ったんだけどね。
………愛の力、かい?」
「というわけで、いい?」
アカネは完全に無視してオオカミにビシリと指を突きつけた。
オオカミはキョトンとした表情で見つめ返す。
「アンタはこれからウチでこき使うことになったから。
真面目にやんなきゃとっとと出て行ってもらうし、おかしな真似したら空からポイ捨てさせてもらうわ。
そのつもりでね」
物騒な宣言と共に彼へと歩み寄り、その胸元を突きながら彼の顔を見上げるアカネ。
無言なオオカミに、アカネはずいっと顔を近づけて睨みつける。
「い・い・か・し・ら? 返事!」
「オ、オウ!!」
オオカミが、思わず仰け反りながら声を上ずらせる。
と、そんなやり取りがツボに入ったのか、ラプンツェルがシャラシャラと鈴を鳴らしながら肩を震わせる。
「フフ、じゃあ話は纏まったということで。 ミヤザ」
「はい。 今のお話に合わせて、書類の内容を一部変更しておきました。 ご覧ください」
振り返ったアカネはミヤザからボードを受け取って書類を熟読し始める。
この稼業において、契約とは重要なものだ。
提示された条件を頭に叩き込むのは最低ラインで、そこから考えられる問題などを想定するまでは基本である。
その辺りを怠るような者は未熟以前に早晩姿を消すことになるのが関の山だ。
と、アカネは書類に穴が開きそうなほど目を通すと、サインするでなく傍にいるオオカミへと突きつける。
「お?」
「アンタもちゃんと読んでおきなさい。 自分のことなんだから」
言われ、大人しく受け取って目を通し始める。
そうして黙りこくって読みふけること暫く、アカネがふと不安になる。
「………ねぇ、アンタ字が読めないとかってオチはないわよね?」
「ん? いや、ちゃんと読めてるぜ」
言いつつ、オオカミは面をあげて手にしている書類のボードを掲げて見せる。
「要するに、アカネの言葉には従って、アカネたちに悪い事したらその時点で殺されてもしょうがないってことだろ?」
「その言い方だとアタシがまるで暴君みたいになるんだけど?」
「フフ……実際はもう少しあなたにも優しいですよ、オオカミさん」
割り込んできたラプンツェルの言葉に、びくりと身を竦ませる。
どうやらまだ苦手意識は強いらしい。
それに気にした様子もなく、立てた右の人差し指を揺らしながら教師のように告げていく。
「まず、あなたには雇用主である私や私の依頼であなたを預けるアカネの指示に従う義務があります。
けど、これはあくまでも業務に必要な範疇でありあなたの心身を脅かすもの、プライベートを徒に侵すもの、犯罪を示唆するものに従う必要はありません。
………要は理不尽なことは無視して構わないということです」
そこで、中指を立てる。
興が乗っているのか、その様子は実に楽しげだ。
「次に、あなたが無意味かつ理不尽に暴力を振るったり罪を犯したりした場合、アカネたちは彼女たちの判断であなたを拘束ないし処断することができます。
しかしかといってアカネたちがこれを盾にあなたに行動を強制したり脅迫することは許されていません。
つまり、悪い事をしたらお仕置きされるけど、お仕置きを盾に言うことを聞かせようとしたらアカネたちがお仕置きされるということですね」
フン、とつまらなそうにアカネが鼻を鳴らす。
それは目論見を外されたという意味合いではなく、そんなことをするつもりは毛頭ないという意味でだ。
むしろそんなことをするように見えるのかと、腹立たしく思っているように見える。
一方でオオカミは警戒を半分忘れて興味津々に聞き入っている。
どうやらラプンツェルの教え方は存外にわかりやすいらしい。
そんな相反する二人の反応に口元の笑みを深めつつ、ラプンツェルは三つ目の指を立てる。
「最後に、あなたへ支払われる賃金について。
この依頼に関して、私たちはあなたがアカネと共にいる限りアカネへ報酬を払い続けます。
けれど、その中にはあなたへの給金も含まれているわ。
そしてそれを基本給として、アカネが請け負った仕事での働きに応じてアカネはあなたに報酬を払う義務が生じます。
ただし、十分な働きができなかった場合や、著しい不利益をもたらした場合にはペナルティとして依頼の報酬は勿論、基本給のほうも払う義務が消失します」
「まあ、結局は『働かざるもの食うべからず』と、そういうことですな。
ちゃんと働かないと、お金がもらえないのは当たり前ってことです」
ミヤザの締めくくりに、オオカミは「ほーん」と適当な声を上げる。
注意事項に関してはこんなところで、纏めてしまえばごくごく当たり前のことばかりだ。
「うし、大体わかった。 それでいいぜ」
「………だ、そうよ。 あたしも概ね異論はないわ」
笑みを浮かべて頷いて見せるオオカミは、手にしていたボードを一旦ミヤザへ返した。
アカネの方は冷めた表情で了承を表す。
その上で、「それで」と続ける。
「見極めの期間のほうだけど……」
「そうね……ひと月からふた月ほどといった所でどうかしら?」
「ふむ……まぁ、そのくらいかしらね。
ただ、その間にデカい依頼を受けた場合は、その依頼での働きで期間よりもはやく判断するってことで構わないかしら?」
「短くなる分には構わないけど、理由があるかしら?」
その質問に、アカネはわざとらしく肩を竦めてみせる。
「簡単な話よ。 いざって時に役に立たないのを長々と置いておく理由なんてないでしょ?」
「……まあ、道理ね」
ラプンツェルも納得したように頷く。
と、ミヤザのほうへ再び顔を向ければ、彼はボード上の書類にペンを走らせているところだった。
軽やかな手つきでそれを終えると、改めてアカネへと差し出す。
「今の会話の部分を更に付け加えました。 ご確認ください」
アカネは加筆された部分に目を通し、次いでもう一度全体を黙して読み上げてから、先ほどの書類と同じようにサインと拇印を記す。
次に手渡されたラプンツェルも、目は見えていないだろうが文字をなぞるように指を滑らせる。
まるでそれで読めているかのように時折頷いていると、やはり達筆にサインを記し親指を押し付けた。
最後に、ミヤザがそれを受け取って双方のサインと拇印の存在をしかと確認する。
「―――はい、双方の同意を協会員ミヤザが確認いたしました」
「これで、オオカミさんはあなた達のお仲間ってことね」
「あくまでも暫定だけどね」
念を押すようにそう言って、アカネは踵を返した。
用は終わったとばかりに今度こそ出口へと歩を進めていく。
「達成した方の報酬はいつも通りに。 ……これからのほうの前払い分は、そっちに任せるわ」
やはり疲労がつらいのか、足取りが若干ふらついているように見える。
その背に真っ先に続いたのはオオカミで、次いでコムギにエル、そしてソニアが肩を竦めながらその場を後にしていく。
と、その背中にミヤザが声をかける。
「こちらの剣ですが、わたくし共の方でお調べしてから、問題がないようなら改めてそちらのオオカミさんにお渡しいたしますので」
「あー、好きにして」
アカネは振り返りもせずにどうでもよさげにそう返す。
実際、自分が使うものではないからあまり興味がわかないのかもしれない。
そんな彼女らを、ラプンツェルはシャランと鈴を鳴らしながら手を振って見送る。
「ええ、お疲れ様。 今度はお仕事抜きで遊びに来てくれると嬉しいのだけれど」
そんな要望を、アカネは扉を潜る直前、やはり振り向かないまま鼻で笑いながらこう答えた。
「真っ平ごめんよ」
***
遠く、小さくなっていった少女たちの背が、出入り口の向こうに消えていったのをミヤザは無言で見届けた。
足音の反響もその余韻も消えた静寂の中で、ミヤザは軽く溜息をつく。
異様に軽い長大な得物で、布ごしにトントンと肩を叩く。
「よろしかったので?」
「なにがかしら?」
「彼をこのままアカネさんにお預けすることです」
「ああ、それだったら問題ないわ」
ラプンツェルは行儀悪く片膝を立てる形で足を崩す。
そして立てた膝に肘を乗せ、頬杖をついた。
そんな何気ない所作も、現実味の薄いこの姫君がやれば何処までも妖しい美しさが存在している。
付き合いの長いミヤザからすれば、それには美しさよりも恐ろしさこそを強く感じた。
そんな部下の反応を知らぬふりをして、彼女は嘯く。
「だって、最初からその予定だったもの」
もしこの場にアカネがいたら、疲労もなにも無視してラプンツェルを殴り飛ばしていただろう。
むしろそれだけでは済まなかったかもしれない。
なぜなら、それは、
「………やはり、あの遺跡になにがあったのか……いえ、誰が居たのか、全て知っておられたんですね?」
「さあ、どうかしら」
すっとぼけて見せる主の姿に、ミヤザは疲労を吐き出さんばかりに先ほどよりも深い溜息をつく。
そこには由緒正しい中間管理職の悲哀がにじみ出ていた。
それを無視して、姫君は歌うように言葉を紡ぐ。
その妖しさは、囚われているというより封じられているという方が正しく感じられるものだ。
彼女は虚空に手を伸ばし、まるでそこにある絵本を開くように手指を躍らせる。
「さあ、表紙は捲られたわ。
ここから物語は始まるの。
なら、言うべき言葉はただ一つ―――」
そして。
塞眼延髪の姫君が歌うように口遊む。
「―――『はじまりはじまり』」
それは無垢な童女のように、どこまでも無邪気で、そして残酷な響きを持っていた。
***
重ねて言おう。
これは絶望の物語だ。
どうあっても、彼女たちはそれに向き合うことになる。
なんだか、これが第一章のシメのほうがよかったような終わりになってしまった……(汗
ちなみにオオカミがサインしていないのは、あくまでもこの契約で初めてラプンツェルの名で彼の身分が保証されるって形になるためです。
つまり、契約前の状態だと自分でサインしてどうこうって立場じゃないってことですね。