赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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1:世界は一度滅びている

 

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 息を切らせながら、一人の少女が駆けている。

 少女はフードのついた赤いコートを羽織り、被ったフードは少しダブついていて頭巾のようにも見える。

 コートの下は少々奇異な出で立ちで、体に密着しているような赤を基調とした軟質素材のスーツだった。

 頭巾からこぼれている二房の髪は輝く金色で、緩く縦に巻かれている。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 そんな彼女の周りには大木という表現でさえ可愛らしく感じてしまうほどの巨木が乱立している。

 仮に切り倒し、その断面に立てばこの少女が十人ほどいて漸く端まで到達するか。

 そんな規模の木々が幾つも幾つも天に向かって伸び、枝葉を伸ばして空を蓋するように塞いでいる。

 中には、別の木々が蔦の用に絡みついて伸びているのも珍しくない。

 

 そんな天衝く威容を、しかし少女は一瞬たりとも気を取られることはない。

 理由は二つ。

 一つ、この世界ではそんな巨木など珍しくもなんともないため。

 二つ、単純に今はそんなことに気を取られている暇などないからだ。

 

「はぁっ、はぁっ……ぐっ!!」

 

 少女が歯を食いしばって加速する。

 その直後。

 

 

 

―――ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!

 

 

 

 乱立する巨木をそのまま横倒しにしたような何かが唸りとも雄叫びともつかない轟音と共に追走していく。

 それは周囲の木々を掠るたびにそのまま削り取りながら少女を追い詰めていく。

 その本体は確かに木によってできていたが、少し離れて見ればそれがうねりながら爆走しているのが解っただろう。

 巨木がそのまま命を与えられて蛇にでも転じたかのような有様だ。

 触れるものを削り、下にあるものを潰し、前にあるものを砕きながら突き進む様はまさしく災害である。

 

「あぁもぅ、しつこい!!」

 

 愚痴りながら、彼女は足を緩めずにちらりと後ろを振り返る。

 こちらに向けている断面は、しかし切り株のような年輪ではなく、空洞の入り口だ。

 だが、それは決して足を踏み入れられるようなものではない。

 なぜなら、その内側は巨大な杭か棘のようなものがびっしりと生え、ざわざわと不気味に蠕動しているからだ。

 形状だけ見るならば、ヤツメウナギの口腔に近いだろう。

 

(あんなのに飲み込まれたら、スーツやコートの防刃なんて何の役にも立ちやしない!!

 速攻で挽肉どころか血生臭いスムージーになっちゃうわよ!!)

 

 少女は巨木ヤツメウナギから逃れるため、更に力を込める。

 いや、正確には【魔力】をだ。

 

「ふっ……!」

 

 呼気と共に全身にそれを巡らせれば、身に纏うスーツに走るラインが輝きを帯びる。

 同時に、彼女の挙動の一つ一つの鋭さが増していく。

 必然、疾走の速度も向上する。

 

 彼女の肢体に吸い付くように纏っている赤いスーツは、彼女の魔力を動力源としてその動きをアシストし、身体能力を向上させることができる。

 つまり一種のパワードスーツである。

 しかし通常時はそこまで劇的な効果を得るほどの機能はなく、魔力をさらに多く注ぎ込むことでようやくそれに応じた性能を発揮する。

 だがそれは体力の消耗を加速させるため、下手をすれば自滅しかねない行為でもある。

 

 だから少女は覚悟を決め、追跡者との決着を着けることにした。

 

 彼女は左腰に取り付けた籠のようなポシェットから何かを取り出す。

 小瓶だ。

 マニキュアなどの化粧品に使われていそうな小さな小瓶。

 リンゴを象っているそれを、指に挟んで三つほど持ち上げる。

 色は透明が二つ、黄色が一つ。

 彼女は手に持ったそれに、スーツと同じく魔力を込める。

 すると、小瓶は俄かに輝きを持ち始め、

 

「フッ……!!」

 

 まず、黄色を上へ放り投げた。

 それは巨木ヤツメウナギに飲み込まれる寸前、輝きを強めると一気に弾ける。

 そうして生まれた閃光が、辺りを真っ白に染め上げて包み込んでいく。

 

 だが、目でものを見ているとは思えないこの巨木の化け物。

 まっとうな生き物ですらないだろうこれに目くらましの閃光なぞ意味があるのだろうか。

 そんな疑問に対し、答えは明確にはじき出される。

 

 ドゴォオオオオオオッ!!!、という轟音とともに、巨木ヤツメウナギが見当違いの方へ突進して、別の木へ激突したのだ。

 

 仕組みは簡単。

 先の閃光弾は光の形をした魔力を爆発的に拡散させるもの。

 物理的な破壊力は存在せず、光の持続力もないがその代わり二つの利点が存在する。

 一つは光量、単純な光の強さ。

 ほんの一瞬だけである代わりに、至近で見ればショックで気絶させかねないほどの光を相手に叩きつける。

 もう一つは、拡散した魔力そのもの。

 これは魔力によって駆動するものへ干渉する働きを持っている。

 さすがにここまで巨大なモノを止めるほどの出力はないが、むき出しだろうこちらを察知するための感覚器を誤作動させるくらいは容易い。

 

 目標を見失った巨木ヤツメウナギは頭を突っ込んだ木の幹をバリバリと抉りながら再起動を果たし、すぐに標的を察知する。

 もし、仮にもう少し動物的な意思が存在していたら、そこで戸惑いを得ていただろう。

 なぜなら、ほんの少し見失っていた間に標的が二つに増えていたのだ。

 それも、増援が現れたのではなく、今まで追っていた少女がそのままそっくり分裂したかのように増えたのだ。

 二人の少女は、巨木ヤツメウナギがその身と同じくらいの大きさの木を貪っている間に、その木を回り込むようにそれぞれ別の方向へ走り去ろうとしていた。

 

 直後、巨木ヤツメウナギが動き出す。

 もとより自意識なぞ存在しない代物、標的が増えようが何だろうが残らず噛み砕くだけがそれの存在意義だ。

 

 別々の方向に逃げようとも関係ない。

 うねるように……否、文字通りうねりながら森の中を縫って進むと、まず手近な一人を飲み込み、そのまま真正面から回り込むようにもう一人も餌食にした。

 

 繰り返すことになるが、これに自意識の類はない。

 だからこそ、飲み込んだものに違和感があっても、自身を損傷させない限りは異常と感知することはないのだ。

 故に―――

 

「―――見つけた!!」

 

 ―――飲み込んだものが、中身のない偽物であっても何もしないし出来ないのだ。

 

 飲み込まれた囮を尻目に、本物の少女が姿を現す。

 正確には、羽織っていたコートに流し込んでいた魔力を止め、迷彩機能をストップしたのだ。

 その彼女がいるのは、先程まで巨木ヤツメウナギが頭を突っ込んでいた木、その上部から突き出ている太い枝の一本の上。

 次の瞬間、彼女はナイフを両手で振り下ろすように構え、コートを翻しながら飛び降りた。

 

「だぁああああああああああああっ!!!」

 

 やけに勇ましい声と共にナイフを突き立てた先は、巨木ヤツメウナギの上、その一部分にはめ込まれた石だ。

 少女の刃は狙い過たず、一撃でそれを貫き、砕き散らした。

 その結果がもたらす影響は、即座に現れる。

 

―――ミシミシミシベキベキバキバキャボキガシャァッ!!!!!!!

 

 先程まで、先端の口腔が掠めるすべてのものを噛み砕きながら森の中を自在にうねっていたその巨体のあちこちから、砕けていくような異音が鳴り響く。

 否、ようなではない。

 実際に破砕しているのだ。

 巨木の体をうねらせ動かすための中枢が破壊されたことで、魔力によって動かされていたものが元の木へと戻り、不自然にかかった力がそのものを崩壊させているのだ。

 加え、突進そのものの勢いも死んではおらず、その身を砕きながら最後の疾走を続けている。

 

「く、ぅうううううううううっ!!」

 

 それを仕留めた少女が、突き刺した刃に縋りつく形で必死にそれに耐える。

 もし崩壊が彼女のいるところに及べば振り落とされかねない状況の中、断末魔のような惰性がついに終わりを迎える。

 今までとは別の大木にまともに衝突したのだ。

 地を揺さぶるほどの衝撃が走り、そしてそれが治まって漸く少女は肩の力を抜いた。

 

「はぁ~……助かっ」

 

 直後、少女の体が弾き飛ばされる。

 狙撃だ。

 彼女は左肩を中心に強い衝撃と痛みを感じながら、呻く間もなく落下していく。

 

 その視界の端で、先程まで自分がいた場所に幾つもの木の杭が突き刺さっていくのを見た。

 どうやら背後の木肌がめくり上がり、出来損ないのトラバサミのように襲い掛かろうとしていたらしい。

 

「ぐべっ!?」

 

 それだけ認識したところで、地面に落着する。

 巨木ヤツメウナギが耕したおかげか、落ちた土は柔らかい。

 が、だからと言って痛みがないわけではない。

 

「~~~っ!! ソニアァアアアアアアッ!! もうちょっとやり方ってモンないの!?」

 

 少女は存外元気よく立ち上がると、気炎をまき散らす。

 それを山彦のように響かせて、沈黙が続くこと数拍。

 

『―――そんだけ元気なら無事なようだね。 なによりだよ、アカネ』

 

 赤い頭巾(フード)の内側で、そんな声が響く。

 少女が耳に着けた魔力駆動の通信装置だ。

 ソニアと呼ばれた声の主は、猛る少女……アカネに対してどこか飄々とした調子を見せている。

 

「っ、まっさき言うことはそれかしら?」

『君こそ、命の恩人に言うことがそれかい?

 最後っ屁で穴だらけになる方が良かったっていうなら別だけど』

『~~~っ! ええその通りね、ありがとうございましたっ!!』

 

 半ばヤケになるような調子で言い放つと、アカネは勢いづけて立ち上がる。

 体に着いた土や木くずを払い落とすと、打って変わって落ち着いた様子で尋ねる。

 

「ねぇ、他に罠が起動した様子は?」

『……………いや、こっちから見た感じだとその様子はなさそうだけど……

 もう少し進んでみないと何とも言えないね』

「そりゃそうね」

 

 言って、アカネは改めて巨木ヤツメウナギの作った轍をなぞるように歩き出す。

 来た道を戻る、のではない。

 むしろ、先程までが強制的に後退させられていたのだ。

 その理由は。

 

「さて、あんだけのモノが罠として置かれてたほどの【遺跡】。

 どれほどのモンか見せてもらおうじゃない」

 

 

 

***

 

 

 

 世界は一度滅びている。

 唐突ではあるが、これは事実だ。

 

 昔、今の老人が赤ん坊だった頃まではこの世界には魔法とそれを応用した魔導技術で栄華を極めていた。

 だが、それは想像以上に最悪の形で衰退することとなった。

 

 大地を流れる魔力の流れ……一般に地脈と呼ばれるこれが突然暴走。

 その影響は地上の植物に現れ、急激な成長と変異を促した。

 結果、地表の殆どは巨木の群れによって構成された樹海に覆われ、人々の生活圏はそれを何とか切り開いた場所かさもなくば一際巨大な類の樹木の上に移り変わっていった。

 その時の混乱により多くの技術は衰退、或いは喪失していくこととなった。

 

 文明崩壊による世界の滅亡……これを【樹海災禍(カラミテイロスト)】と呼び、それ以前の魔導文明を【遺失時代(ロストエイジ)】と名付けられた。

 

 【樹海災禍】によって木々に呑まれた地表には、【遺失時代】の施設が残されていることが多い。

 そういう【遺跡】を探索し、残された技術やその産物を回収することを生業とずる者たちがいた。

 

 【遺失物狩り(ロストハンター)】……それが、滅びた後の世界―――【樹海時代(アフターロスト)】で【遺失時代】を糧として生きる者たちの呼び名である。

 

 物語は、そんな【遺失物狩り】を生業とする少女……アカネのある仕事から始まる。




 連続投稿の二つ目です。
 あとがきは本日更新分の最後でやりますのでよろしくです。
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