赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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2:そう、ファーストキスだった

 

 

 

 巨木ヤツメウナギが護っていたのは木々に絡みつかれ、絞られるように潰れかけているある建物だった。

 表面は蔦や浸食した木の枝などが生い茂り、元の建物としての形は殆どわからない。

 あちこちが歪み、ひび割れているがその原因となった木々そのものが新たな支えとなって辛うじて建物としての態を保っていた。

 

 その入り口、扉らしきものが壊れて吹き曝しとなっている場所の前にアカネはもう一人の少女と共に立っていた。

 男装と見まがうばかりのズボン姿にコートを纏い、やや癖のあるセミロングの茶髪を揺らしながらライフルを担いでいる。

 その衣装を緑色で統一したこの少女こそ、ソニアだ。

 

 アカネは目を細めて見上げながら、呆れたように呟く。

 

「案の定、ボロボロね」

「ボロボロじゃない遺跡の方が珍しいだろ」

「そりゃそうね」

 

 言いつつ、アカネは右の袖を捲る。

 そこから覗くのは、衣装に合わせたような黒と赤で彩られた手甲だ。

 腕を覆う装甲を操作して、右の拳を覆うナックルガードを引き出す。

 そして左手で籠型のポシェットから小瓶を一つ取り出す。

 黄色のそれを右拳の先端に取り付けながら、遺跡の中へと潜っていく。

 ソニアも並んでそれに続く。

 当然ながら内部に光はなく、少し先からはほとんど何も見えない状態だ。

 

「んっ」

 

 と、ナックルガードに取り付けた小瓶が光を放ち始める。

 それほど広い範囲まで照らせるほどではないが、アカネからすれば安物のランプよりも使い勝手のいい照明だ。

 床や壁へと光を向けながら、二人は慎重に先へ先へと進んでいく。

 

「やっぱり中は酷いモノね……」

「あんなものが仕掛けられてたから、手付かずだったはずなんだがね」

 

 言いあう二人の目に映るのは、内部にまで浸食した木の根や枝によって拉げ、或いは砕けた内部だ。

 廊下や部屋は言うに及ばず、家具だか備品だかわからない棚のようなものまで無事であるものは少ない。

 辛うじて原形を保っていても、めぼしいものがあるようには見えない。

 

「依頼できたけど……こりゃ、今回は空振りかね」

 

 ソニアの言葉にアカネは勘弁してくれと言葉に出さず愚痴る。

 あそこまで必死に走り回って命を懸けたのだ。

 それで何もなしじゃあ割に合わないにもほどがある。

 具体的にはその後のやけ食いまで入れて大散財になってしまう。

 だが、この稼業だとままあることなだけに、アカネは既にげんなりとしながら幾度目かの部屋を覗き込む。

 

「……………………ふぅん」

 

 途端、雰囲気が変わる。

 眼を細め、獲物を見つけて飛びかかる寸前のネコ科のような空気を纏わせ始める。

 

「アカネ?」

 

 ソニアが訝し気に尋ねるのを余所に、アカネは新たにもう一つの黄色の小瓶を取り出すと、今度は手の中で魔力を籠らせて小瓶を光らせる。

 そしてソニアに振り向くと、それを彼女に手渡す。

 

「ちょっとここでそれ持ってて。 なるべく高くね」

「―――了解」

 

 言いつつ、ソニアはやや細長く伸びている入れ口のところを持つと、そのまま逆さにして腕ごと高く掲げる。

 淡い光が部屋を照らす中、アカネは拳を光らせながら奥へと進んでいく。

 そして隅の方まで照らしていくと納得いったかのように頷いた。

 

「やっぱりね。 ここだけ根の浸食が異様に少ないわ」

 

 そして所々の床をつま先でコンコンと軽くけるようにしていくと、ある場所で音が変わった。

 しゃがみ、その周りの床を調べれば開閉しそうな作りになっていることが解った。

 次いで、壁の方を調べればすぐにカバーに覆われたスイッチの類を発見する。

 

「スイッチだけ、パスワードとかいらないのか。

 これ、罠の類じゃあるまいね?」

「さぁね」

 

 軽く答えつつ、アカネは内心でその可能性は低いと感じていた。

 それは勘によるものも大きかったが、外にあった巨木ヤツメウナギのような存在が遺跡内に居なかったことも理由の一つだった。

 恐らく、この遺跡となった施設を日常的に利用する者達の邪魔にならないようにしているためだろう。

 とはいえ、ここから先は明らかに毛色が違う。

 警戒を強めるに越したことはなかった。

 

 スイッチを操作すれば、床はあっさりと開いて下りの階段が現れる。

 その様子に、アカネがスッと目を細める。

 

「……この仕掛けは問題なく動く、か」

 

 道中、幾つかほかの部屋も調べたが、照明などのスイッチと思われるものは操作しても変化はなかった。

 対して、この仕掛けは問題なく動いている。

 これが意味するのは、この辺りの部分だけ動力が生きているということと、仕掛けが正常に動くほどここだけ木々の浸食を受けないほどに頑丈に作られているということだ。

 

「さ、行くわよ」

「了解」

 

 虎口に飛び込むような気分で、二人はゆっくりと階段を下りていく。

 それぞれ明かりは手にしていたが、床に埋め込まれた照明が淡い光を放っていたため、足元が危ぶまれることはなかった。

 また、やはり木の根などが突き出ているということはなく、埃などが積もってはいたが外観や階上の惨状が嘘のように整っていた。

 

「これは案外期待できるかもね」

 

 アカネは警戒を強めつつも、しかしそれ以上にこの先に待つモノに期待を募らせずにはいられない。

 苦労させられた挙句、空振りだったかもしれないというところにこの展開、そうなってしまうのもさもありなんといった具合だろう。

 

 そのまま進むこと暫く。

 辿り着いた先には、暗闇が広がっていた。

 

 何かの装置があるのか、所々小さな光を発しているものはあるが、全貌が確認できるほどではない。

 アカネとソニアは出入り口付近の壁を調べて、スイッチを見つける。

 それを押せば、案の定照明に明かりが灯った。

 

「っ、これって」

「うぉ」

 

 瞬間、二人が息を呑む。

 照明の眩しさに目が慣れた直後、二人が目の当たりにしたのは巨大な結晶体だ。

 透き通った茶褐色に染まったそれは、上質の琥珀のように見える。

 その琥珀の周りには、何らかの器具が取り付けられ、そこから伸びるケーブルが周囲の装置の群れに繋がっている。

 

 だが、二人が言葉を失った原因は、そのさらに奥にあった。

 そう、琥珀の内部……そこに納まった何か。

 より正確に言えば―――『何者か』。

 

「………男?」

 

 ソニアの言う通り、琥珀の中には男が固められていた。

 歳は見た目通りなら二人と同じくらいだろうか。

 目の伏せられた顔つきは精悍で、一糸まとわぬ体は細身ながらも筋肉質だ。

 そんな、ある種の芸術品のようなものを目の当たりにして、二人は同時に呟いた。

 

「「趣味悪い」」

 

 どうやら彼女たちの美的センス的にはそぐわないらしい。

 まぁ、生々しい人体が結晶の中に閉じ込められているのを見たら当然の反応かもしれないが。

 しばらくそれを見上げていた二人だったが、そろそろ部屋の中を探してみようと思ったところで違和感に気付く。

 

「―――ん?」

「なぁ、なにか音が聞こえないか?」

 

 二人が同時に気付いたのは、耳朶を叩く小さくも高い音だった。

 まるでとても小さな穴から風が鋭く噴き出しているようなその音は、段々とその存在感を大きくしていた。

 と、それが途切れる。

 直後、周囲の機械がブン!!と一斉に活発な反応を見せる。

 

「な、なに!?」

「気を付けろっ!!」

 

 事態の急変にアカネは左手をポシェットに突っ込みながらナックルガードに包まれた拳を掲げ、ソニアは銃を油断なく構える。

 しかしそんなことはお構いなしといった具合に、変化はさらに続いていく。

 

「っ!? 琥珀が!?」

「振動している……いや、溶けてる!?」

 

 二人の目の前で、青年を内包した琥珀が小刻みに振動し、結露のようにポタポタと雫を垂らしている。

 よく見れば、内部はもっと液状化が進んでいるのか、青年の口元辺りからゴポリと気泡が漏れる。

 そう、まるで息を吐いたかのように―――

 

「待って。 まさかコイツ生きてるの!?」

 

 アカネが信じられないように叫んだ直後だった。

 ついに琥珀がひび割れ、砕け散ったのだ。

 

「キャァッ!?」

「うぅっ!!」

 

 思わず腕で顔を庇いながら身を引かせる二人。

 飛び散った琥珀は濡れそぼった床に軽い音を立てて落ちると、そのままなおも溶けていく。

 そうして周囲の装置もおとなしくなった頃には、一面琥珀だったヌルヌルの液体に塗れた床に倒れたまま身動き一つ取らない青年の姿が。

 

「納まったのか?」

「………」

 

 ソニアが呆然と呟く中、アカネがゆっくりと青年に近付いていく。

 

「アカネ!?」

「なにがなんだかわからないけど、調べないわけにはいかないでしょう」

 

 言いながら、アカネは膝が濡れるのもお構いなしに青年の傍に膝をつくと、うつぶせに倒れている彼の体をひっくり返しながら抱き起す。

 と、濡れそぼった茶色の前髪の奥にある両目が、その瞼をびくびくと動かしている。

 目が覚めるか、そう思った彼女の前でついにその目が開かれる。

 

「う……」

「っ!」

 

 呻きながら、青年がこちらと目を合わせる。

 その瞳に、思わずアカネは息を呑んだ。

 金だ。

 磨かれた黄金のように煌きながら、それでいてどこまでも透き通ったその輝きに思わず見惚れてしまいそうになる。

 

「うぅ……ぉ……」

 

 と、青年がこちらを見ながら何事かを言おうとしている。

 思考に空白ができていたアカネは、そのことに思わず身を乗り出してしまった。

 

 そして、それがアカネにとっては最大級の失敗だった。

 

 瞬間、青年はアカネがいる方とは逆側の、自由が利く左腕をゆらりと持ち上げて彼女の右肩を掴んだ。

 そして、

 

「う、ぉお……あぁ、ダルい……」

 

 そんなことを言いながら、おもむろにその唇をアカネのものと重ねたのだ。

 

「……………………………………………………………………………………………………………………、っ!????」

 

 突然のことにアカネの思考が停止し、そして一瞬にして暴走する。

 助け起こした青年に、いきなり唇を奪われたのだ。

 平静でいられないのは当然と言えば当然であるが、それ以上に。

 

(あ、ふぇ、ほぇ? あたし、これ、はじめ、て……うぇえっ!?)

 

 そう、ファーストキスだった。

 16年間、特に意識したことなどないがそれでも守ってきた唇の操をいきなり蹂躙される理不尽。

 が、それだけでは終わらなかった。

 

「―――っ!!?」

 

 突如、アカネは強烈な脱力感を覚える。

 そしてその原因にすぐさま思い至る。

 

(コ、イツ……あたしの魔力を吸い取って―――!!)

 

 まずい、と思うよりも先に青年が唇を放し、同時にアカネが思わず膝を落としてしまう。

 

「くっ……!!」

「アカネ!?」

 

 様子がおかしいことに気付いたソニアが声を上げるが、それを尻目に青年が気だるげに身を起こす。

 彼は首に手を当ててグキグキと鳴らしながら呻くように呟く。

 

 

「あー、まぁまぁか。 まだマシってってトコだが」

 

 

 瞬間、遠くなりつつあったアカネの意識が繋ぎ止められる。

 否、正確には無理矢理踏みとどまった。

 

「ギ……」

 

 奥歯を噛みしめながら、震える手でポシェットに手を突っ込み、小瓶を二つほど取り出す。

 

「ガ……」

 

 のろのろとそれをナックルガードに取り付けながら、その思考はある一つの感情一色に染められていた。

 即ち、怒り。

 震えながらもゆらりと立ち上がったその姿に、ソニアが肩を震わせ身を竦ませる。

 それをなんだと思ったのか、男が気だるげな様子を隠そうともしないまま口を開く。

 

「いや、そんな顔すんなって。 別になんもする気はないさ」

 

 僅かにふらつきながらそう言う青年から、ソニアは距離を取ろうとする。

 その反応に、青年は思わず溜息を吐く。

 

「おいおい、いくら何でもその反応はちょっと傷付くぜ?

 ……って、あ~、裸だからか。 こいつは失敬」

 

 冗談めかして笑う青年だが、ソニアが距離を取るのは彼を警戒しているというのも当然あるが、それだけではない。

 単純に、これから起こることに巻き込まれたくないからだ。

 

「―――オイ」

「ん? …………っ!?」

 

 背後から聞こえた地を這うような声に、青年はゆっくりと振り返る。

 瞬間、思わず息を呑んだ。

 

 そこには、ふらつきながらも拳を輝かせて立つアカネの姿が。

 伏せられた顔がゆっくりと上げられると同時に輝いていた拳……正確にはそこに取り付けられていた小瓶が弾け、バチバチと電撃を迸らせながら輝きを増していた。

 その稲光に照らされたアカネの形相は、控えめに言っても悪鬼のそれだ。

 

 彼女は雷光を纏った拳を振り上げ、体を揺らしながらも力強く一歩を踏みしめる。

 

「ヒトのファーストキス奪っておいてどういう言い草しやがってやがるこの駄犬がァアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

「グギャァアアアアアアアアアアアアーーーーーッ!!!!?」

 

 乙女の満腔の怒りと共に放たれた一撃は、青年のみぞおちに吸い込まれてその衝撃と雷撃を余すところなく堪能させた。

 そしてわずかに浮いた青年の体が大の字に倒れると同時に、

 

「あ……」

 

 なけなしの魔力を体力と気力もろとも使い切ったアカネもまた大の字になって倒れ伏した。

 そうして見事なまでに一方的なダブルノックアウトの惨状を前に、ソニアは呆然と呟いた。

 

「………これ、あたしにどうしろっていうんだ?」

 

 彼女にとっては非常に残念なことに、それに答えられる者はいなかった。




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