赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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3:つまるところ青年は牢の中に放り込まれていた

 

 

 

「―――うっ、うぅ?」

 

 軽い頭痛を覚えながら、目覚めたアカネの瞳に映ったのは見覚えのある天井だ。

 

「……医務室?」

 

 気怠い体と重い頭をなんとか持ち上げて起き上がる。

 抱えるように額に手を当て、思考を再起動させていく。

 

(なんか夢見てたような? というか、なにしてたっけ?)

 

 と、すぐ傍に見知った顔が座っていることに気付いた。

 ソニアだ。

 

「目が覚めてなによりだよ」

 

 言葉のわりに、声音と視線はやけに冷たい。

 何故かと考えて、急速に記憶が再生されていく。

 その中に腹立たしいものがあったがそれはさておいて、状況を整理しながら答えを導き出す。

 原因は明白だった。

 

「―――もしかして、運んでくれたのソニア?」

「罠らしい罠が中になくって本当に良かったよ」

 

 乾いた笑いと共に突き刺さる言葉に、アカネは身を小さくする。

 

「………………………………ごめんなさい。 それとありがとう」

「……はぁ。 まぁいいさ。

 実際、言うほど手間はかかってないしね。

 この船も、キミを抱えて外に出たときには遺跡の前に来てたし」

 

 ソニアが言っていたように、今二人がいるのはアカネが拠点として使っている魔導飛空艇の医務室だ。

 あの巨木ヤツメウナギを排除できたために遺跡の前まで直接乗り付けることができたらしい。

 

「コムギやエルにも謝っときなよ?

 特にコムギは本当に心配してたからね」

「わかった……っと!?」

 

 言いつつ、ベッドから降りようとして膝から崩れそうになる。

 想像以上に足に力が入らない。

 床に転げる前に、咄嗟にソニアが支えてくる。

 

「気を付けなよ。 体力消耗してたところに魔力吸われて、挙句に残った魔力振り絞って攻撃したんだ。

 そりゃフラフラにならない方がおかしいさ」

「ごめん……っと、そうだ!?」

 

 再び謝ると同時、アカネがある存在を思い出して声を上げる。

 支えていたために至近にそれを受けたソニアが首を仰け反らせる。

 

「あ、重ね重ねゴメン……それより、あの男はどうなったの?」

「あの男なら今は牢に入れてるよ。 素性が解らないからね」

「そう……」

「………唇奪った相手だから、情が沸いたかい?」

「ハァ?」

「ゴメン、ゼロ距離でガチ殺意込めた視線ヤメテ。 素直に怖い」

 

 幼子に向けたら確実にトラウマになる眼差しをソニアに放ったアカネは、それを収めるとこう言った。

 

「―――話をしに行くわ。 連れてって」

 

 

 

***

 

 

 

「どーしたもんかね、これは」

 

 そう呟くのは一人の幼い少女だ。

 薄紫のロングヘアに白衣を纏い、掛けた眼鏡の奥に知性と冷徹さを同居させた眼差しを放つその身は、しかし異様に小柄だ。

 ともすれば、十代前半かそれ以下に見える。

 彼女は用意した椅子に腰掛けて、背もたれの方を両足で挟みながらその上に顎を乗せる。

 

 少女の視線の先にあるのは腰回りにシーツを巻かれた青年だ。

 手首には縄が巻かれ、その上で転がされて動かない。

 どうやら意識を失っているらしい。

 少女と青年の間にあるのは薄いオレンジ色の壁で、時折砂嵐かさざ波のように表面が揺れる。

 それは魔力で構成される壁で、つまるところ青年は牢の中に放り込まれていた。

 

 白衣の少女の隣に立っているのは、深みのある青味がかった黒髪を二つに分け、それぞれを毛先近くで纏めた小麦色の肌の少女だ。

 こちらは十代半ばといったところか。

 肉感的な肢体をアオザイにも似たゆったりとした薄桃色の服に包み、白衣の少女のそれと比べかなり大きめの丸眼鏡の奥は不安げに目じりが下がっている。

 

「えと、大丈夫なんですか? この人?」

「それはどっちの意味で? こいつの体が大丈夫なのか、それともこいつがここにいてアタシらが大丈夫なのか?」

「………一応両方で」

 

 少し逡巡してからの問いに、白衣の少女は溜め息交じりに答える。

 

「前者についてはざっとしか診てないけど問題なし。 どうやらキスした相手から魔力を奪える妙な力があるようだが、不調があったとしてもそれで治癒したのかもしれない。

 まぁ、起きて話を聞かないとどうにもね。

 後者についても以下同文。 まぁ、警戒するに越したことはないんじゃない?」

「オイオイ、心配しなくてもなんもしねえよ」

 

 と、壁の向こうから馴れ馴れしい声が響く。

 音を遮る機能はないのか、思いのほか鮮明だ。

 

 白衣の少女の目が据わり、もう片方の少女が「ひ!」と声を上げて身を引かせる。

 そんな二人の視線の先で、シーツ一枚の青年が身を起こす。

 

「その反応はさすがに傷付くぜ?」

 

 そう言う青年の顔には、なにが面白いのかニヤついた笑顔が張り付いている。

 白衣の少女が、無表情で切り出す。

 

「面倒なのでサクサク尋ねるが……まず、アンタの名前は」

「覚えてねぇ」

「なんであそこに居た?」

「覚えてねぇ」

「あの遺跡……施設の目的は?」

「知らねぇ」

「君が入っていた装置は何だ?」

「こっちが知りてぇな」

 

 矢継ぎ早な質問に対する即答は、結局どれも求める情報は欠片もなかった。

 その問答ともいえない問答の結果に白衣の少女は眉間を揉み、当の青年はハハハと笑っていた。

 そこに不安げな様子はない。

 と、白衣の少女へもう一人の少女が耳打ちしてくる。

 

「もしかして……記憶喪失ってやつでしょうか?」

「コイツの言葉を信用するならな」

「本当だって、嘘は言ってねぇよ」

 

 パタパタと縛られたままの手を振りながら言う青年の姿を、しかし白衣の少女は冷めた視線で見据える。

 

「悪いが、性犯罪の現行犯の言葉に対する信用は皆無でね」

「人聞きが悪いな」

「目覚めた直後に初対面の少女に強制チュー」

「うわー言い訳できねぇ」

 

 まいったな、と言いながら大仰に顔に手を当てる様子は、そこらのチンピラとさほど変わりはないように見える。

 白衣の少女は、そこにこそ最大の違和感を感じ取る。

 

「……キミが本当に何も覚えていないというなら、もう少し取り乱してもおかしくないだろう?

 正直、下手な芝居を打っていると言われた方が自然だよ」

「あー、そういうもんかー?」

 

 青年は納得したようなしてないような様子で牢の低い天井を仰ぎ、しかしすぐに顔を戻す。

 

「でもな、実際問題あんまり気になんねぇんだよ。

 もしかしたら、ろくでもなさ過ぎて未練もなんもないのかも知んねぇな」

 

 ケラケラと笑う青年には、確かに未練もなにもなさそうに見える。

 と、今度は小麦色の少女が尋ねる。

 

「あ、あの! 覚えてることは本当に何もないんですか?」

「ん? あー、そうだなぁ……」

 

 青年はそこでいやらしく底意地の悪い顔を彼女に向けた。

 

「一晩、こっちで一緒に眠ってくれたら思い出せるかも?」

「ふぇ?」

「おい」

 

 青年の言葉に、小麦色の少女が戸惑う横で白衣の少女が底冷えする声を放つ。

 その声音も視線も、幼く見える体躯に似つかわしくないものだ。

 彼女は汚い虫を見てしまったような眼差しで青年を見下ろす。

 

「あまり調子に乗るなよ? その牢の内側、酸素濃度くらいは操作できるんだぞ」

「うへぇ、怖いなこの嬢ちゃん」

 

 青年は降参、と言いたげに両手を上にする。

 もっとも両手が縛られているので不格好なものだが。

 そして溜息を一つ漏らし、白衣の少女を真正面から見据える。

 

「覚えてることね……そうだな、とりあえずは一つだけ」

 

 そこで一拍開け、静かにその言葉を口にする。

 

「―――黒い髪の女。 それだけはなんか頭の中にこびりついている、気がする」

 

 と言っても、顔はあまりわからないけどな……とそんなことをやはり笑いながら青年は言った。

 と、その時。

 

「唯一覚えてるのが女の事とか……発情期なのかしらこの駄犬は」

 

 とげとげしさを隠そうともしない声音で、アカネが介入してきた。

 彼女はソニアに付き添われながら牢の前に立つ。

 

「ア、アカネちゃん! もう大丈夫なの?」

「ええ。 心配かけてゴメン、コムギ」

 

 心配げに声をかけてきた小麦色の肌の少女……コムギにアカネは微笑みかける。

 ほっと胸を撫で下ろすコムギをよそに、今度は白衣の少女のほうへ向き直る。

 

「で、エル。 なにかわかったことは?」

「なぁ~んにも。 お手上げ」

 

 袖を捲った両手を上げながら、エルという名らしい少女は降参するかのように両手を上げる。

 それに対し、アカネは思わず深々と溜息を吐く。

 

「……ソニア、あそこに他に目ぼしいものは?」

「倒れた君達を運ぶのを優先してたから細かくは見てないけど……多分、ないかな?」

 

 それを聞いて、ついに崩れ落ちる。

 コムギが慌てて駆け寄るが、アカネは頭を抱えて唸っている。

 

「あぁ~……あんな苦労した挙句に収穫したのが駄犬一匹なんて……

 くたびれもうけじゃない……」

「げ、元気出してください、アカネさん!! それに元々ラプンツェルさんの依頼だったんですから、報酬はそこから出るじゃないですか」

 

 コムギの励ましに、よろよろと立ち上がるアカネ。

 その肩をがっくりと落としている姿に、青年が気安く声をかける。

 

「ハハハ、元気出せよ」

「テメェのせぇだろうがぁっ!!!!!」

「うぉっと」

 

 途端、激昂したアカネがオレンジ色の魔力壁に直蹴りを食らわせる。

 ゴン!、という音と共に波紋が広がるが、思わず仰け反った青年に届くことはない。

 むしろ蹴りを放ったアカネの方が体をぐらりと傾けかけ、寸でのところでなんとか踏みとどまった。

 

「お、と」

「ああ、ダメですよ、アカネさん!! まだ体に力入んないのに無茶しちゃ!!」

「ぬぐぅ……」

 

 コムギが慌てて支えると、アカネはバツが悪そうな顔で唸りつつ青年を睨む。

 その視線を受けて、青年はやはりヘラヘラと笑っている。

 その態度が、なおさらアカネの神経を逆なでしていた。

 と、そんな二人のやり取りを見ながらエルが思い出したように手を打つ。

 

「そうだ、もう一つ訊きたいことがあったんだ」

「ん? なんだ?」

 

 訊き返す青年が彼女を見れば、先程の虫を見る目が嘘だったかのように興味に瞳を輝かせていた。

 それこそ新しいおもちゃでも手に入れたかのような表情で、こちらのほうが年相応に見える。

 ここで初めて青年の表情にヘラヘラとした笑み以外の苦いものが混じる。

 どうやら本能的に彼女の視線に危機感を覚えたようだ。

 

「アカネと口付けして、そこから魔力を奪ったんだよな。

 ……どうしてそんなことができた? そんな芸当、できる奴がいるなんて初めて知ったぞ」

 

 そう、エルの興味はそこにあった。

 

 魔法およびそれを利用した技術で作られた物品を使用する上で消費されるエネルギー、【魔力】。

 その発生源は人間を含めいろいろとあるし、それを貯めておくタンクのような技術も存在する。

 だが、人間が直接他者の魔力を吸収し、摂取するというのは聞いたことはない。

 或いはそう言った魔法は存在するかもしれないが、この青年の場合はそれを使ったとは考えにくい。

 つまり、彼は自身の持つ能力としてそういう芸当ができるということなのだ。

 一端の研究者としては知的好奇心を刺激されて興奮せざるを得ない事柄だ。

 

 しかし、それに対する青年の反応はキョトンとしたものだ。

 想定外だったと言わんばかりの素の表情を見せている。

 

「―――え? 普通はできないもんなのか? ああいうの」

「出来てたまるかあんなこと」

 

 アカネはそう言って、思い出してしまったのか顔を盛大に赤くしていく。

 意識してしまった苛立ちを隠すように、フンと盛大に鼻を鳴らして顔を逸らした。

 その様子に、さしもの青年もからかったりすることを自重した。

 或いはいっぱしに罪悪感でも抱いてしまったか。

 

「………それも解らない、か。 ふむ」

 

 一方でエルは青年をまじまじと眺めながら考え込むように顎に手をやる。

 青年から見れば仕草がいちいち外見年齢と噛み合っていないので違和感が甚だしいのだが、周りは慣れているのか特に気にした様子はない。

 寧ろ、青年を警戒するのに忙しいといった様子だ。

 

「となると、個人的にはいろいろと調べたいところなんだが……」

「悪いけど、あんまり時間はかけられないわよ? 一緒に居たくないってのもあるけど、一応コレが依頼の品ってことになるんだから」

「わかってるよ。 まぁ、元々解剖とかはあんまりする気はないからいいんだけどさ」

「おい、あんまりってことは多少はする気あったのか」

 

 青年がげんなりとした表情で半目になると、エルは肩を竦めて「どうだろうね?」ととぼけて見せる。

 正直、怖いのであまり追求したくはない。

 それもあって、彼は話題を変えることにした。

 

「ところで、さっきから依頼とか言ってるが、俺をこれからどうするつもりなんだ?」

「―――フン、本当だったらこのまま放って捨てたいところだけど……まぁ、渡すべき相手の所まではそのままでいてもらうわ」

「そのまま……ってことは、こん中か?」

 

 若干イヤそうな顔で問い直せば、アカネは何を当たり前なことをと言わんばかりに眇めて見せる。

 彼女はつま先で牢を隔てる魔力の壁をトントンと蹴りながら吐き捨てるように言い放つ。

 

「アンタみたいな駄犬、表に出せるわけないでしょ? それとも、オイタ出来ないように去勢してやりましょうか?」

「アハハ……やめてくださいしんでしまいます」

「なら、そのまま大人しくしていなさいな」

 

 青年は苦笑いを青く染めながら懇願する。

 流石に男としてご臨終するのは真っ平なようだ。

 アカネはそんな青年の様子に多少は溜飲が下がったのか、鼻で笑って言い捨てる。

 そしてそのまま、まだややふらつく足取りで踵を返していく。

 

「それじゃ、この後のことは向こうで話し合いましょ」

「ま、そうだな」

 

 エルがアカネの言葉にうなずきながら続く。

 コムギとソニアも同様だ。

 背を向けて去っていく少女たちに、青年は慌てて声をかける。

 

「ちょ、ホントにこのままか、俺?」

「気が向いたら食事くらいは出してあげるから大人しくしてなさい」

 

 振り向きもせずそう言い捨てて、アカネたちはその場を後にした。

 ガチャン、と閉められた金属製の扉を不満げに眺めたまま、青年はポツリと呟く。

 

「……ずっとこれ一枚か」

 

 言いつつ見下ろす彼の視界には、腰に巻かれた真白いシーツが彼の動きに合わせて揺れていた。




 というわけで、アカネの仲間のエルとコムギが登場です。
 ロリクールとややむっちりな気弱系です。
 あとはラプンツェルという名前も出てきましたが、彼女の登場は結構先になります。

 気づいた方もいるかもしれませんが、この作品の登場人物には童話をモチーフにした人が多いです。
 ラプンツェルとか、そのままですしね。
 エルとコムギが何の童話モチーフなのか、わからなかったらいろいろ推理してみるも面白いかもしれません。

 それでは、今回はこの辺で。
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