赤ずきんたちとオオカミさんの絶望打破   作:樹影

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6:対峙する、オオカミと狼

 

 

 

「―――で、いきなり出てきて何言ってるの? 死ぬの? 殺すわ」

「オイオイオイ、最後断定形になってますよお嬢さん」

 

 アカネは害虫を見るような目でシーツ一枚を腰に巻いている青年を見下ろしている。

 当の彼はというと、アカネに足蹴にされている真っ最中だった。

 そんな二人に、ソニアは思わず苦笑と共に溜息をもらす。

 

「あのさ、覚悟決めたところにいきなり出てきてブチ切れたのは解るけど、そこら辺にしといたほうがいいじゃないかな」

 

 その言葉が聞こえたわけではないだろうが、黒狼の船から声が落ちてきた。

 その調子は先ほどと比べればずっと低い。

 

『………オイ、随分と楽しそうじゃねぇか。 舐めてんのか?』

「ちょっと、なんか向こうもご機嫌斜めになってるよ?」

「あん? いっそこのバカ差し出そうか?

 一応これが狙いでしょ?」

「えー、できれば勘弁してほしいねそいつは」

 

 ぐりぐりとなおも足蹴にされ続けながらもヘラヘラと肩を竦める青年。

 アカネは本気で差し出してやろうかとも思ったが、無意味だろうからやめておいた。

 どの道、それでこちらを見逃す気はないだろう。

 その程度の義理堅さがあったらハイエナなどやってはいない。

 欲が向くままに奪いつくすからのハイエナであり、だからこそ彼らは市井からも同業からも等しく忌み嫌われているのだ。

 なにより、向こうも聞く耳はないようだ。

 

『ハッ。 まだイチャつきやがるか。 見せつけてくれるじゃねぇか』

「おい今なんつった!? ド頭ぶち抜いてやるから降りてこいやオラァッ!!」

「アッハッハ、照れるなよブゲェ!? み、鳩尾を踵でグリングリンするのは勘弁してくださオゲェッ!!?」

「……アカネ、向こうは絶対聞こえてないから。

 というか、汚いことになったらボクは掃除しないからね」

『………本当にいい度胸だな、オイ』

 

 瞬間、ブチリと何かが切れる音がスピーカーから聞こえた気がした。

 血管か堪忍袋の緒かは知らないが、至る結果は同じだろう。

 

『―――もういい。 全員くたばれゴミクズども。 生き残ってたら楽しんでやるよ』

 

 言うなり、艦首の巨大な砲の光が強まっていく。

 どうやら主砲を撃つようだ。

 

「って、マジ!? あいつらこいつが狙いじゃないの!!?」

「もしかして、ラプンツェルからの依頼ってことは知ってるけど、ナニがかは知らないんじゃ……」

「てことは俺じゃ盾にもならないってことね。 ふーん」

 

 青年は緊張感の欠片もない声で呟きながら、アカネの下から這い出て立ち上がった。

 そしてコリをほぐすように背伸びをし、背筋を伸ばして肩や首を回すと、僅かに身を沈める。

 

「それじゃ―――征きますか」

「て、アンタなにを……?」

 

 その時、アカネはようやく気付いた。

 彼の瞳、その金色の輝きが少しずつ強く光を放ち始めていることを。

 そして。

 

「ふ―――!!」

 

 ダンッ!!、と甲板を強く踏み込み、青年は疾走を開始する。

 そしてその勢いのまま手すりに足を掛け、

 

「ィイヤッハァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 掛け声も威勢良く、今にも溢れ出しそうなほどに光を湛えた黒狼の艦首砲口へと大跳躍をかける。

 その一連の動きは素早く、そして跳躍も生身の人間とは思えないほどのものだ。

 あっという間に砲口の射線上へ到達する。

 

「なっ!?」

 

 アカネは青年の身体能力にも驚いたが、それ以上に彼の行動に愕然とする。

 まさかあのままこちらの盾になるつもりか。

 だがあの大砲、大の男一人分の肉の盾でどうにかなるようなものではないだろう。

 砲撃を逸らすこともできずに砕け散りながら焼滅するのが関の山だ。

 そしてそれはあちらが一番よくわかっているのだろう。

 その証拠に、彼らは一切躊躇わなかった。

 

『やれ』

 

 直後、轟音と閃光が目の前で迸り、目と耳を一時的に麻痺させた。

 

「くぅっ!!?」

「ぐっ!!?」

 

 アカネとソニアは思わず腕で顔を庇いながら身を固くする。

 そして数秒が経ち……自分たちが、その数秒を知覚していることに気付く。

 主砲が放たれたのに、己の身に何も起きていないということだ。

 

(……? 一体、なにが………?)

 

 アカネはゆっくりと身構えを解きながら閉じた瞼をこじ開ける。

 すると、真っ先に目に映ったのは先ほどと同じ黒鬼を模した巨大な船首だ。

 いや、正確に言うとその主砲で、そこからは光が失われていた。

 どうやら確かに発射されたようだ。

 

「なら、なんでなんともないの……?」

 

 思わず自分の体を見下ろし、異常がなかったため更には周囲を見渡す。

 そして、ふと上を見上げ―――固まった。

 

「………………………………え?」

 

 眼を見開き、驚愕したアカネ。

 その彼女の視線の先には、

 

「オイオイ、なかなかの乗り心地じゃねぇか」

 

 光り輝く球体の上に、右足だけで立って両腕を広げる青年の姿があった。

 満月を背にするその姿は、逆光に陰りながらもその金色の瞳だけが爛々と輝いていた。

 

「………………………………はい?」

『………………………………あん?』

 

 ソニアとスピーカーから漏れる外道の声が困惑の響きまで重なる。

 それも当然だろう、数秒前と現在の間が根こそぎ削り取られたかのように経緯が見えない。

 だがアカネは、青年に魔力を奪われたことがある彼女は、信じられないまま行われた事実を口にする。

 

「―――相手の砲弾……その魔力の塊を自分のものとして支配下に置いたの?」

 

 そんなバカな、と言った本人が強く思う。

 仮にあの青年が魔力を直接操作する能力を持っていたとしよう。

 それならば自分から魔力を奪うことも、魔力性の牢の壁を無効化できても不思議ではない。

 そして放たれた砲弾が実弾ではなく純粋な魔力の塊なら理論上は可能だろう。

 だが、砲弾として射ち放たれる魔力塊を受け止めて支配下に置いて足場にするなど、人間の反応速度でできるものではない。

 そもそも、そんな発想自体出てくるものなのか。

 

 だが、心で否定しても目は確かに現実を映していた。

 青年は光球の上で月を背に腕を大きく広げ、口角を牙を見せる笑みに変えながら大きく喉をさらすように天を仰ぐ。

 

 

「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――ッ!!!!」

 

 

 響くのは、叫びでも哄笑でもない―――遠吠えだ。

 牙を剥き、爪を晒し、瞳を輝かせ、月下に吠える。

 その姿に、アカネは否応なしにある存在を彷彿とさせられた。

 

「……………オオカミ?」

 

 この瞬間。

 遍く魔力を己が眷属とする、金眼の人狼が産声を上げた。

 

 

 

***

 

 

 

 未だ名を思い出せない青年は、満月の下でこれ以上ない高揚感に浸っていた。

 或いは、全能感ともいうべきか。

 そのくせ、躰は痒みにも似た強い疼きを得ている。

 牙が、爪が、四肢が、それぞれ別の意志を得ているように暴れたいと駄々をこねていた。

 

「ハ、ハハハッ」

 

 思わず、意味のない笑いがこみ上げる。

 それをどう見たのか、船から苛立ちと焦りの込められた叫び声が木霊する。

 

『―――なにやってやがる野郎ども、とっととそのイカレをぶち殺せぇっ!!!』

 

 瞬間、弾かれるように漂っていた人造飛馬の男たちが青年に躍り掛かる。

 後部座席の人間が手に手に銃に手斧にと凶器を携えて月光に煌かせている。

 その不気味な輝きと、ギラギラとした殺意を前にして、青年はしかしどこまでも楽しげだ。

 

「ハハハ、ハハハハハハハハ、アハハハハハハハハ!!!」

 

 獲物を前にした獣とはしゃいで遊ぶ子供を足したような様相で無邪気に笑う。

 瞬間、足蹴にしている魔力塊を操作し、急降下する。

 その軌道は人造飛馬たちの間を通り過ぎる形だ。

 その軌道に近くにいた何騎かが、装甲の一部を通り過ぎざまに裂かれていく。

 

「なぁっ!」

「こいつ!!」

 

 すれ違う形になった騎手たちが振り返ろうとして、しかしその内の何騎かが叶わずに失速する。

 

「う、お? おおおああああっ!?」

「ちょ、まっ、あ、あああああああっ!!」

 

 

 訳も分からないまま、絶望に染まった悲鳴を上げながら落ちていく。

 その光景に、ある者が気付いた。

 落ちたのは皆、装甲を傷つけられた人造飛馬だ。

 

「あの野郎……動力部から直接魔力を奪ってるのか!?」

 

 それが正解とでも言うように、逸って攻撃を仕掛けてきた一騎に対し、悠々とそれを回避しつつ傍から見てわかるように人造飛馬の装甲を裂いていく。

 途端、機体からすべての光が消え去り、ただの金属の塊に変わる。

 操作できなくなったまま、残った慣性だけで宙を滑り、そのまま放物線を描いて落下していく。

 

「た、助けてくれぇええええええっ!!?」

 

 懇願の叫びに、しかし目を向ける者はいない。

 残った者たちは、全員このあらゆる意味で異様な男に釘付けになっている。

 不敵な笑みと共にこちらをねめあげる青年に、舌打ちとともに誰かが叫ぶ。

 

「アイツに近寄るな!! 遠間からハチの巣にしてやれ!!」

 

 その言葉に触発され、一斉に銃器を構えようとするがそれすらも今の青年には遅かった。

 大きく広げられた青年の両腕。

 その手には淡い光が纏われていた。

 放出させ、装甲のように鎧った魔力の結晶だ。

 それが人造飛馬の装甲を傷つけた正体であり、同時に仲間の人造飛馬から奪った魔力も混ざっているなどと気付けた者は果たしていただろうか。

 

「返す、ぜ!!」

 

 交差させる形で、勢いよく腕を振る。

 その動きによって、手に纏っていた魔力が形を変えて放たれる。

 腕の振り、指の軌跡に合わせた、歪な三日月のような形だ。

 その数、十……ちょうど指の数と同じである。

 

「―――え?」

 

 複雑に交差し、網の目に様になった光の線を目の当たりにした男たちの呆けた声がかすかに聞こえる。

 傍から見れば、それは蜘蛛の巣にに自ら飛び込んでいく羽虫のようでもあったか。

 直後に巻き起こったのは阿鼻叫喚と酸鼻な血の雨だ。

 

 

『『『ぎゃぁああああああああああああああああああああ!!』』』

 

 

 悲鳴が幾重にも重なり、辺り一面に轟いていく。

 

 ある者は腕を深々と裂かれ、身を支えきれずに振り落とされた。

 ある者は両目を奪われて前後不覚となり、他の者に衝突して砕け散った。

 ある者は首から噴水のように血を噴き出し、打ち上げられた魚のように口をパクパクとさせながら見当違いの方向へ飛んで行った。

 中には額の半ばから上を切り落とされた者もいる。

 空に描かれた地獄絵図に、流石のアカネとソニアも顔を引き攣らせた。

 

「うわ、えっぐ……めちゃくちゃじゃない」

「あはは……これはまた」

 

 一方でそれを生み出した張本人と言えば、追ってきた賊が軒並み戦闘不能になったのを見届けて、次の行動へと移った。

 黒い狼を象った船首を持つ巨大な飛空艇……そちらへと、急降下を始めたのだ。

 

「返す、ぜ!!」

 

 青年は足に敷いた魔力塊を操作し、形状と性質を変化させる。

 凝縮し、螺旋のような流動を持たせて蹴り出すように射出したのだ。

 蹴りだされたそれは、捻じれながら細く尖り一直線に墜落していく。

 その先にあるのは飛空艇の艦橋だ。

 魔力塊はその装甲を突き破り、内部へと着弾する。

 

 その一拍後、内側からの爆発で艦橋の窓が砕け、窓枠周囲の装甲がめくれ上がった。

 

 『ザザ、ガガガガガ、ビィイイイイイイイイ――――ッ!!!』

 

 スピーカーから、大音量の不協和音がかき鳴らされ、アカネとソニアが思わず耳を抑える。。

 発信源が破壊されたことでノイズを引き起こしているのだ。

 それを生んだ青年は、爆発が生んだ熱気と上昇気流を受けながら、

 

「お邪魔しまーす、と」

 

 軽い言葉とともに、己が魔力塊をぶち込んで作った穴に飛び込んでいった。

 

 

 

***

 

 

 

 黒狼鬼の艦橋内は控えめに言って地獄だった。

 魔力塊の直撃で死ねた者はまだ幸運だ。

 中には手指や四肢を欠けさせたまま呻いている者すらいる。

 その中心に降り立った青年は、内部覆う黒煙に軽くせき込む。

 

「ケホ、こいつはひどいな」

 

 張本人でありながら、いけしゃあしゃあと宣った青年は、目を細めながら見回した。

 目的は、この集団の頭目だ。

 しかし、煙りのせいなのか姿は見えない。

 というか、よく考えたらどういう見た目なのか知らなかった。

 青年は溜息一つ吐いて足元に転がっていた構成員の襟首をつかんで持ち上げる。

 

「ヒぃ!?」

 

 見れば、意識ははっきりしているのかこちらを見て盛大に顔を引きつらせていた。

 ケガのほうも大したことなく、かすり傷のようだ。

 

「なあ? オタクらの頭ってどいつ?」

 

 問うて、構成員は答えられないままふと視線を青年の後ろへと移す。

 瞬間、青年は振り返るでもなく手に荷物を掴んだままその場から飛び退く。

 直後に響くのは、青年の立っていた場所を破壊しつくす轟音だ。

 青年は着地と同時に持っていた荷物を前に掲げる。

 

「ぎゃばぁ!?」

 

 途端に響くのは、肉が砕けて飛び散る生々しい音に、肉の盾となった構成員の断末魔だ。

 あ、と声を上げて青年がそれを覗けば、自身が襟首を掴んで掲げた構成員は胴体を中心に体の前面を大きく損傷させられて事切れていた。

 

「あー、悪い」

 

 咄嗟に身代わりにしてしまったことに対し、もはや意味のない謝罪をしてその手を放す。

 軽い調子の言葉そのままに、扱いもぞんざいだ。

 そうして改めて前を見据えれば、そこには自身の仲間……否、部下を弑した男の姿があった。

 

「―――好き勝手やってくれたじゃねぇか、ゴミクズがよ」

 

 忌々し気に呟いたその姿は、なるほど名が体を表しているかのように狼と鬼の中間のような様相だ。

 手足など体の要所に纏った鋼の外殻も、顔面と頭部を覆う一対の角をあしらった鉄仮面も、黒く染められている。

 鉄仮面の顔は牙を剥いた狼を象っており、装着者の怒りを代弁しているようにも見える。

 その手に持っているのは大きく分厚い斧刃を太い砲身に括り付けた異形の火器だ。

 構成員の傷から見るに、射撃武器としての分類は散弾銃か。

 いや、口径の大きさから言えば砲といったほうが正しいかもしれない。

 砲口から硝煙を名残とくゆらせながら、黒狼鬼は装甲の下の両眼を憎悪と殺意にぎらつかせていた。

 それを一身に受け止めながら、しかし青年は涼しげに笑う。

 

「なるほど、頭はアンタか」

 

 言いながら、ゆらりと魔力を煌かせた爪を掲げる。

 その表情が、さらに楽し気に笑みを深められていく。

 

 対峙する、オオカミと狼。

 その決着をもって、今宵の惨劇に幕が引かれようとしていた。

 

 




 というわけで、青年VS黒狼鬼の前半戦。
 ゲームで言うと今回がステージで、次回からがボス戦という感じですかね。

 さっそく無双っぽく活躍してる青年ですが、これにもちゃんと欠点というか、弱点というか、少なくとも魔力相手なら問答無用でなんでもありってわけじゃなかったりします。
 そこら辺のヒントというか片鱗は今までの話にもあったりします。
 まあ、この手の能力には割と定番な気もしますが。

 ……で、ここでちょっとだけ裏話。
 というか、オオカミだオオカミだ言ってて、本当に狼男になると思ってた方、すいません。
 狼とか半獣人にはなりません。
 ぶっちゃけこれ書いてるとき割とぎりぎりまで迷った要素の一つなんですが、書いてて『狼になる必要あるの?』ということを考えると、死に技能になってしまいそうだったので、狼への変身はボツになりました。

 と、そんなところで今回はこの辺で。
 また次回もよろしくお付き合い願います。
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