加賀さんに少し前、その昔の大戦で沈んだ時の記憶は怖くないのかと聞かれた。
その時私は「そんなことない」と笑ったけど、それは嘘で。私だって夢に見れば飛び起きてしまうほど怖い。
そんな思いを抱えながら私は、あの時と同じような作戦に出撃して――



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矢尽き刀折れるまで

 その昔、私はエンガノの海に沈んだ。その記憶は今でも鮮明に覚えているし、たまに思い出しもする。

「瑞鶴は、怖くないの」

 艦娘として生まれ、加賀さんと付き合い始めた後にそう加賀さんに聞かれたことがある。「んーそうですねぇ……。思い出すときもありますけど、でも過去の事に目を向けてばかりじゃいけないって思うので、深く考えないようにしてます」

 私はそう答えたけれど、それはその時加賀さんが沈没した時の記憶がフラッシュバックするって悩んでたから、少しでも力になればと思って付いた嘘だった。本当のことを言えば、私は今でもその記憶を引きずって生きている。

「……っ」

 そして今夜も、その時の記憶が夢に出てきて起きてしまった。

――はぁ。

 思い切り起きてしまったせいで、隣で寝ている加賀さんを起こしてしまったかと思ったけれど、そんなことはなく、今宵も綺麗な寝顔を浮かべて眠っていた。私はこのままじゃ寝るに寝られないなと思い、上着を着て静かに部屋を出て、外へ向かった。

 

「寒っ」

 佳境は過ぎたとはいえ、まだまだ寒い冬の夜。中央鎮守府がある地域では雪が降って交通が混乱したそうだ。でも、色々と思考がぐるぐる回ってしまっている今の私には、これくらい寒い方が丁度良い。寮から少し歩いて岸壁に腰掛ける。

 本当の空母としてこの海で戦っていた時は、とにかく相手に勝つことだけを考えて過ごしていた。ミッドウェー海戦で加賀さん達一航戦や飛龍さん達二航戦を失ってからは、エンガノ沖まで新一航戦として戦った。もちろんその頃の私を否定する気はない。けれど、こうして今夜みたいに悪夢として夢に見てしまうのはなんでだろう。

 はぁ、と溜め息を吐いて空を見上げる。鎮守府本館から漏れる弱い電光の上に、きらきらと明るい星がきらめいている。この明るさは大体一等星か、二等星くらいかな、とか本で読んだ浅はかな知識を当てはめてみる。

「寒いのにどうしたの、こんな場所で」

 そんなことをして遊んでいると、綿入れ半纏を着て加賀さんが寮から出てきた。

「あれ、起こしちゃいました?」

「いえ、ふと目が覚めたら貴女がいなかったものだから、ここに居るのかと思って来ただけよ」

「行動読まれてたわけですか」

「単純だから、貴女は」

「違いないですね」

 笑って水平線の向こうに視線を戻す。そっと加賀さんが私の横に座った。

「……どうしたの」

 しばらく経った頃、加賀さんがそう聞いてきた。

「どうしたって、何にもないですよ」

「嘘言わないで頂戴。貴女をここまで育ててきたのは誰だと思っているの」

「……バレますか」

「えぇ」

 加賀さんには、確かにここまで長く育ててもらったし、意見のぶつけ合いだって死ぬほどした。その上、今は恋人なわけだし、もしかしたら翔鶴姉以上に一緒にいるかもしれない。だからこそ、分かるときには分かってしまうのかもしれない。

 加賀さんはそれ以上踏み込んでは来なかったけれど、以前加賀さんにこの手の相談をされたこともあるし、この際思っていること全部ぶちまけてしまおうと思った。

「……加賀さん、私加賀さんに謝らなきゃいけないことあるんです」

 まずは、あの事からだ。

「なに?」

「加賀さんが昔、私に昔の記憶を思い出すの、怖くないかって聞いたじゃないですか」

「……あったわね」

「その時、私の言った言葉覚えてます?」

「えぇ。覚えているわよ?」

「あの時言った言葉、実は嘘なんです。私は、そこまで強くない。私だって思い出すと怖いし、今だってその時の記憶を思い出してしまって、辛くて、こうしているわけですし、その……」

 言葉を紡げなくなって黙る。罪悪感、というものではないけど、後ろめたさは感じている。けど、きっと加賀さんなら――

「……知ってたわよ、それも」

「長く教えてきたから、ですか?」

「えぇ」

 そう優しく言って、すっと抱き寄せて、頭を撫でてくれた。分かってた。こう言ってくれるって。でも、なんとなく心につっかえていたから、いつかはしっかり謝らなきゃと思っていた。

「……加賀さんは、今は平気、なんですか?」

「平気、というと?」

「その、過去の記憶、とか」

 そう聞くと、加賀さんは「そうね」と少し悩んでから言った。

「ほら、いつかミッドウェーのような戦闘をしたことがあったでしょう? その時に、生きて帰ってこれたから、少しは楽になったかもしれないわ。今でもたまに見るけど、ね」

「そうですか……」

 私はそこで言葉を止めて、しばらく加賀さんに無言で甘えた。加賀さんと恋人になる前にも、私がどうしようもなく落ち込んだ時にこうしてくれて、腹が立った。けれど、今はそんなことは全くなくて、寧ろありがたいなぁと素直に思う。

「……そろそろ、戻りましょう」

「そうですね、ありがとうございました」

 加賀さんから離れてお礼を言うと、優しく「いいのよ」と言ってくれた。そして私たちは寮に戻った。それから朝まではぐっすり眠ることができた。

 

+++

 

 そんな夜から何日語ったある日、聞きなれた敵襲の鐘が鳴った。今回の作戦は前衛部隊は私が旗艦で、以下、瑞鳳、伊勢さん、初月ちゃん、若月ちゃん、秋月ちゃん。そして後衛部隊が千歳さんを旗艦に、千代田さん、日向さん、多摩さん、五十鈴さん、霜月さんで構成されていた。少しこの編成に悪意があるように感じたけど、深く考えないことにした。

「今回はかなり相手も空母が多そうだ。情勢によっては支援部隊を送ることも考えている。しかし慢心はせぬよう戦って来てくれ」

『了解!!』

「では……出撃!」

 その号令で私たちは海に飛び出した。

 

 たわいもない雑談を挟みながら作戦海域に突入する。今回の作戦は少々大掛かりなものになりそうなのだという。索敵も後衛部隊の千代田さん達が飛ばしてくれている。はっきりとした敵数が分かるのも、時間の問題だろう。そう思っていた時だった。

『後方より敵艦載機多数!!』

 その方角を見ると、今までに見たことがないほどの敵艦載機が迫ってきていた。

「全艦回避行動!! 周辺海域偵察に周回する艦隊に通達、敵機と交戦! 支援を!!」

 そう指示を出しながら私は発艦を開始する。放った艦載機がある程度落としてはくれたもの全処理は間に合わず、弾丸の雨が降り注いだ。

「っ……、大丈夫?!」

「すいませんっ、瑞鳳、中破……!」

「っ、了解……ッ?!」

 被害状況を確認していると、足元にコツ、という感触がしてその数秒後に爆発した。

「瑞鶴!!」

「大丈夫です……ッ、まだ、行けます!!」

 なかなか今回の深海棲艦どもは一筋縄ではいかなそうだった。

 周囲を警戒しつつ被害状況を把握する。先ほどの空襲で秋月ちゃんが大破、後衛部隊の千歳さんも大破してしまった。そのほか、伊勢さんも小破程度の被害が出ていた。

「っ、もう少しで、支援が来る、はず……!!!」

 それまではなんとか持ちこたえなければならない。するとまだ発艦できる余裕のあった千代田さんから敵情報が入り、南遠方にどうやら先ほど放ってきた深海棲艦はいるようだった。そこで私はあることに気付いてしまった。

「通信機が壊れた」

 さっきの空襲で、私がいつも使っているインカムが故障したようだ。その時、ふと嫌な記憶が脳裏を掠る。どうにもこの流れは、あの時と一緒だ。

「伊勢さん、旗艦お願いできますか」

「えぇ。ちょっと嫌な気がするわ、通信は私に任せて警戒に注力して」

「ありがとうございます」

 じわじわとあの日の記憶が鮮明になっていく。幸いさっきの空襲で誰も沈まなかったのは良かったけれど、きっとこの戦いは長くなる。

「日向より入電、敵部隊捕捉、戦闘準備!」

 伊勢さんからそう指示が出て私も何とか発艦する。この嫌な流れを断ち切るためにも、敵の数を減らしたい所だ。しかし。

「後衛部隊千代田空爆により大破!!」

「ッ……」

 まずい。これは本当にまずい。最初から仕組まれていたかのような展開に、少し笑う。諦めるにはまだ早いのは分かってるけれど、確実に奴らは、物理的ではなくて精神的に追い込んで来ている。その時。

「同じく後方より艦載機接近との入電!! 味方機のようです!!」

「っ……!!」

 通った。私が出した援軍要請が、今度こそちゃんと届いた。

「良かったわね、瑞鶴」

「はいっ」

 それが精神的な少しの余裕に繋がった。私は死に物狂いで発艦する。

「今し方到着の第二前衛より通達。軽空瑞鳳、駆逐艦秋月両名は駆逐艦初月と共に鎮守府へ帰投せよとの事、その補充として第二前衛が合流するそうよ」

「了解、です」

 伊勢さんからの報告を聞きながら、空を睨む。一番近い後衛部隊の砲撃音が聞こえる。

「瑞鶴ッ」

 声がして振り向くと、加賀さんが我先にと合流してきた。

「加賀さん」

 そう呼ぶと、加賀さんはふっと笑って発艦した。それを見ていて、さっきまで蝕んでいた恐怖がすっと消えた。もう何も怖くない。ただ今はこの戦いに勝つことに集中して、鎮守府に帰って加賀さんの説教を聞こう。そう思って弓を構え直した。

 

+++

 

「まったく貴女、何で戦闘中に他のことを考えるの。精神的に弱い証拠よ」

「だって仕方ないじゃないですか!! 大体同じような編成でぶち込んできた提督さんや、そういう攻め方してきた深海棲艦が悪いんですよ!」

「貴女はそうやって環境のせいにして。伊勢さんがすぐ送ってくれたから良かったけれど、貴女また送れてなかったし」

「えっ、それ本当ですか」

「そこで嘘言ってどうするのよ。本当に反省してもらわないと」

 命辛々戦闘に勝利して、加賀さんに肩を貸してもらいながら鎮守府に帰投した。そして手当が終わったと思うや、すぐ加賀さんからの口撃が始まった。昔なら腹が立って仕方がなかったけれど、今はそれだけ心配してくれてたんだなぁと思うと、少しうれしかった。

「瑞鶴、説教中に笑っているとはどういうつもりなのかしら?」

「いや、それだけ心配されてたんだなぁと思ったら笑えちゃって」

 開き直って言ったら特に怒られもせず済むかなと思ってそう言ったけれど、その作戦は失敗して思いっきりげんこつを食らった。

「痛ぁ?!」

「……本当に貴女って言う子は仕方ないわね。次の稽古から厳しくしますからね?」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよなんだって急に!!」

「急じゃないわよ。私が居ぬ間に沈まれたらたまったもんじゃないわよ」

「えっ」

 するっと加賀さんの本心を聞いてしまって反応してしまった。加賀さんもそれに気付いたのか一瞬固まって、「と、とにかく! 覚悟しておきなさい五航戦」と足早に部屋から出て行った。何気に昔の呼び方に戻ってますよ加賀さん……。

 ともあれ。

「ありがとうございます、加賀さん」

 誰も医務室にいないことを良い事に、私はぼそりとそう呟いた。今でもめんどくさい先輩だと思うけど、一緒にいてくれて良かったなぁと改めてそう感じた私だった。

 



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