足柄辰巳は勇者である 作:幻在
「ん・・っしょ!よ・・・っせ!」
鍬を振り下ろし、畑を耕す。
それは、白鳥歌野にとっては、当たり前ともいえる日常の一つ。
それを遠目で見るのは、木陰で夏の日差しを回避している藤森水都だ。
遠目で、おおよそ女子がするような事では無い、畑耕しをやっている歌野を見て、水都はいつもすごいと思う。
相当な力がいる筈なのに、彼女はそれを幼少の頃から続けているのだ。
別に親が農家な訳ではないのに、単なる趣味として畑を耕しているのだ。
その力強さに感嘆しない事は無いだろう。
「皆さん、そろそろ休憩にしましょう!」
ふと、歌野がそう言ってきた。
その言葉に、周囲にいた大人たちもそれぞれの作業の手を止め、木陰に入っていく。
ふと、その集団の中に駆け寄っていく、一人の男がいた。
「お疲れ~。さあ俺様特性の塩おにぎりを食って体力つけな大人共!」
黒髪でワイシャツを来たその男は、全員の前にお盆の上に乗っかった大量のおにぎりを差し出す。
「わーい!哮兄のおにぎりだー!」
歌野を筆頭に、他の大人たちも、彼のおにぎりを一つずつ手に取っていく。
「んー!デリシャス!やっぱり哮兄の作るおにぎりは美味しい!」
「そう思うだろ?何せこの狗ヶ崎哮が作ったおにぎりなんだからな!」
胸を張って高笑いする男。
彼の名は、狗ヶ崎哮。
特技は料理のみ。
勉強はあまり得意ではないが、化け物級の力と体力を持つ、高校二年生だ。
歌野と哮。
二人は、幼馴染にして――――この諏訪を守る勇者である。
三年前、世界各国で、人類を蹂躙し尽くした白い異形の怪物、『バーテックス』。
奴らの出現以前にも、世界各国で地震や暴風雨などの災害が頻繁に起き、それによって人類を摩耗していた。
そこへバーテックスの出現だ。人類は、絶望の淵へと叩き落されたに等しい。
幸い、長野の諏訪には土地神による結界が形成され、結界内の被害は少なかった。
だが、結界外にいる人たちは、被害を免れず、多くの命が失われた。
そして、その中で、唯一神に選ばれ、勇者として覚醒したのが歌野と哮だった。
二人は、自らの危険を顧みず、結界の外で戦った。
水都は、長野に逃げ込む人々の混乱の中で、危うくバーテックスに喰われかけた所を、哮に助けられたのだ。
当時、十四歳だった哮と、十一歳だった水都。
ただ、その時は、屈託のない笑みを見せられて、とても心が安堵した事を覚えている。
後に、三人は、自分たちが神に選ばれた存在、『勇者』と『巫女』であると、四国から通信で告げられた。
だが、すでに生きる気力を失いかけていた人々に、歌野を畑を耕しながら、哮は歌野が作った野菜で料理を作りながら、人々を励まし続けた。
今は苦しいが、いつかきっと活路が見つけられる。
結界で生活する為には自活をする必要があるから、生き残る為に、畑を耕そう、魚を獲ろう。
人は、どんな災害にあっても、必ず立ち上がれた。
だから立ち上がろう。どれほど苦しくても、必ず、自分たちは立ち上がれる、と。
バーテックスは結界を破ろうと執拗にやってくる。
その度に二人は戦った。外から逃げ込んでくる者がいたら、自ら結界の外に出て助けに向かった。
どれほど傷付いても、誰からも認められなくても、二人は、決して弱音を吐く事は一切無かった。
諦めずに、歌野は畑を耕し、哮は料理を作り提供し続けた。
それを繰り返す事一年。希望を見失いかけていた人々が、歌野の畑を耕す姿に感化され、哮の料理で背中を押され、一人、また一人と二人に協力し始めた。
歌野と同じように畑を耕し、魚を獲る為に湖に船を出す。
また、哮と同じように、料理を作り、それを貧しい人々に提供する者たちも出てきた。
ただ悲観しているよりも、体を動かしていた方が暗い気持ちは紛れる。
現実逃避、ではない。
人々は、確かに前を向いて歩き始めたのだ。
『どんなに辛い目にあっても、人は必ず立ち上がれる』
それが、いつしか、諏訪の人々のスローガンとなっていた。
そんな事を思い出しながら、水都が諏訪の人々の様子を見ていた。
そこへ、一つおにぎりを差し出された。
「あ、哮さん」
「お前も食えよ」
「・・・ありがとうございます」
水都は、そのおにぎりを受け取り、一口限る。
ほどよい塩の味が、口に広がった。
「美味しい・・・!」
「そりゃよかった」
哮も嬉しそうに笑い、水都の横にどっかと座る。
「あ・・・」
哮との距離の近さに、水都は思わず、木陰に入っている筈なのに体温が上がるのを感じた。
(きっと、この日差しの所為だよね・・・)
そう、一人で勝手に納得する水都。
その時、突如としてけたたましい程のサイレンが鳴り響いた。
それを聞いた瞬間、その場を緊迫した空気を包み込む。
それは、バーテックス襲来を意味する警報音。
しかし、歌野は慌てず声を挙げる。
「スクランブル!勇者白鳥歌野、征って参ります!」
走り出す歌野。
「行くぞ、水都!」
それと同時に哮も立ち上がり、走り出す。
周囲の人々の声援を受けながら、三人は、走り出す。
歌野、哮、水都の三人がやってきたのは、畑からそれほど、むしろすぐ近くにある、諏訪大社上社本宮だ。
そこにある神楽殿には勇者がその力を振るう為の武器と装束が置かれている。
歌野の扱う武器は鞭。
かつて、この諏訪を治める神が、対立している神との決闘の際に、藤蔓を使ったとされており、歌野の鞭にはその蔓と同じ力が宿っている。
対して哮の使う武器は日本刀。
ただし、こちらの霊力は全く不明であり、さらにその力も未知数なのだ。
未だに、その正体が分からないままだが、ただ分かっている事は、それがかつて、明王の中で最大の力を持つ神が使っていたとされる炎を纏いし剣である事だけ。
だが、その力も歌野同様、否、それ以上の力を有しているのは明らかである。
さらに、歌野は来ていた作業服を脱いで、勇者専用の装束へと着替える。
これなら、動きにくくても、多少は肉体の安全を保障できる。
だが、どういう訳か哮にはその装束は無かった。
その理由は、彼の力に見合う装束が無かったからだとか。
「水都、敵が来ている方向は?」
着替える必要の無い哮は、武器を手に取るや、すぐさま水都に聞いてくる。
それに水都は慌てて答える。
「ここから東南方向です!たぶん狙いは、上社前宮です!」
「前宮の『御柱』を狙ってんのか」
「ふふん!じゃあここからが私たちの見せ場って訳ね!ショーの始まり!」
着替え終わった歌野が聞くが否やすぐさま東南に向かって飛んでいく。
哮もその後を追おうとする。
「あ、あの!」
「ん?」
「が、頑張って下さい・・・・」
水都の言葉に、哮は二カッと笑い、
「おう!」
と答えて走り出す。
「先行ってるぜ歌野!」
「あ、待ってよ哮兄ー!」
とんでもない速力で、一気に歌野を追い抜き、さっさと先に行ってしまう哮。
そして、水都もその後を追うのだった。
『御柱結界』
諏訪を守る結界はそう呼ばれていた。
バーテックス出現当時、諏訪を囲むように、突如としてその柱が無数に出現した。
四つの社を結ぶように形成されたその結界は、その内部にバーテックスを招き入れる事は無かった。
しかし、敵も馬鹿ではない。当然、その結界を形成する御柱を壊しにかかった。
御柱の耐久力も無限ではない。
それを守る役目を持つのが、勇者である哮と歌野の役目だった。
しかし、それでも限界というものはある。
バーテックスは徐々にその数を増やしていき、やがて歌野と哮の二人では対応しきれなくなり、四つの御柱のうち、二つを放棄、当時諏訪全体を覆っていた結界は、その範囲を縮小させ、その範囲は、諏訪湖東南の一帯までとなった。
息をあげ、やっとの思いで目的の前宮まで来てみると、すでに襲来してきていたバーテックスは、そのほとんどが倒されていた。
「貴方で、ラストッ!」
最後の一体を、歌野が討ち取る。
歌野と哮の二人が
哮は、周囲を見渡し、そして水都に気が付く。
「ん?来てたのか水都」
煤のついた普段着。しかしその服に傷は一切ついていなかった。
「まあ、うん、心配だったから」
「俺と歌野が負けるわけねーだろ」
「そうよ。私と哮兄のコンビネーションを前にして、立っていられる奴なんていないわ!」
と、高らかに言い張る歌野。
しかし、そんな彼女でも理解しているのだ。
まだ終わっていない事に。
「やれやれ、こんな奴らがここを守っているのか」
その声を聞いた途端、二人はすぐさま構える。
その先には、一人の清楚な真っ白いスーツと真っ白な
「みーちゃん、下がってて」
「う、うん・・・・!」
水都は、慌てて、まだ結界の範囲内である領域に入り込む。
「美しくないねえ。特に男の方は野蛮な感じがするよ」
その言葉に、水都はムッとなる。
(哮さんは野蛮じゃないもん)
しかしその言葉に反応したのは、何も水都だけではない。
「ちょっと貴方、まるで哮兄が獣のような男って言いたい様ねぇ?」
「その通りだろう?」
「確かに哮兄は高校生にしては結構野蛮な生活してる不良だけど、そこが哮兄の良い所よ!」
「フォローになってないよ、うたのん・・・」
何気に酷い事を言っている歌野に突っ込む水都。
しかし男はまるで理解できないとでも言っているかのように首を振った。
「美しくない。実に美しくない。そんな武器を、女性である君が振るうべきじゃない」
「お生憎さま、こうでもしないと私の守れないものが守れないので」
そこで男はなんとも大げさなリアクションをし出した。
「ああ!世の中なんて残酷なんだ!こんな幼き少女に武器を持たせるとは、土地神はなんと惨たらしい事をするのか!」
「私は感謝しているわ」
「可笑しい!その思考は間違っている!君のような美しい少女は戦うべきではない!そう、だからこそ――――
――――その呪縛から解き放ってくれよう!」
瞬間、男の外套がその形を変化させた。
それは端をいくつもの布切れに変えると、それらを、一気に歌野へ向かわせる。
その先端は、まるで鋭利な刃のように鋭かった。
「うたのん!」
思わず叫ぶ水都。
歌野は、それに対して鞭を振るおうとする。しかし、
「セェイッ!!」
哮がその間に割って入り、その攻撃を全て弾き飛ばす。
「んん?」
「哮兄!?」
それに男は怪訝な表情をし、歌野は驚く。
そして哮はその剣の切っ先を男に突きつけ叫ぶ。
「お前!さっきから黙ってりゃ好き勝手言いやがって!!その上歌野に攻撃するとはどう了見だゴラァ!」
怒っている様子の哮。
しかし、男はそんな哮を無視してなおも歌野に攻撃しようと布を伸ばす。
だが哮は当然の如く、驚異的な反応速度で全て弾き飛ばす。
「邪魔をしないでくれないかい?僕は彼女を救済したいんだけど?」
「殺そうとしている事の何処が救済だ!?」
「救済だとも、この世は醜い。大人の勝手な都合で、世の中の女たちは常に虐げられて生きている。そんな彼女たちを救済する為には、この世界から解放するしかない!その為の方法が、これなのだよ!」
男はさらに手数を増やして再度一斉に攻撃していく。
これぐらいなら、哮の驚異的な身体能力で
しかし、哮が剣を振るうよりも早く、歌野が鞭を振るって、その布を全て叩き弾く。
「残念だけど、それじゃあ私は救えないわね」
歌野は不敵な笑みを浮かべて、そう言い放つ。
それに、男は嘆くように、やはり大げさなリアクションを取る。
「ああ!やはりか!君も救済を拒むのか!救済の手を振り払い、自ら茨の道へ進むとは、なんと愚かな事だ!しかし大丈夫だ!僕が君を、否か応でも救って見せよう!僕の手で、僕の力で!!」
そして、男はまた刃のような布を放つ。
「歌野、飛べ」
その時、哮がそう言ったのを聞き取った歌野は、疑いも無く哮と共に跳躍。
その途端、地面が砕け、そこから白い布が出てきた。
「何!?」
よもや、かわされるとは思っていなかったのだろう。
「行くぞ!」
「ええ!」
着地と同時に走り出す歌野と哮。
「くッ!」
男は近づけないと言わんばかりに布を伸ばしてくる。
気付けば、その布が振るわれた壁や地面は、まるで鋭利な刃物で切られたかのように全て切り裂かれていた。
それを見れば、その布の脅威が十分に伝わる。
ならば、敵の攻撃は全て歌野が弾き、哮が突っ込んで行くに限る。
最も、そんな事しなくても
歌野が布を弾き、哮がどんどん男と距離を詰める。
「ッ・・・!」
男が、防がれている事に怒り、顔を歪める。
だが、そうしている間に哮は男と距離を詰める。
そして、哮の間合いに入った瞬間、男は、いきなり醜悪な笑みへとその表情を変貌させた。
「ッ!?」
気付いた時にはもう遅い。
「僕の前から消えたまえ!」
突如として男の腕が、いきなり紙のように薄くなったかと思うと、その形を変えて、マントも加えて哮の全方位から攻撃をしかけてきた。
「哮さんッ!」
水都は思わず叫んだ。
完全に嵌められた。
男は、最初からこの一撃を狙っていたのだ。
全方位から、死角の無い攻撃をしかける。それも無数に、一度に、だ。
そんなもの、普通は全方位を守れるバリアとか楯とかなければ防ぐ事は出来ない。
万事休す。そう思うのも、無理もないだろう。
しかし、嗚呼、しかし、それは、哮を相手にした、自らをも攻撃に使った男にとっては、愚策中の愚策であった。
瞬間、突如として、哮に攻撃しようとしていた布全てが、一斉に灰となって虚空に消えた。
「・・・・は?」
さらに、前方は男の両腕で構成されている。故に、男の両腕は絶賛、物凄い勢いで燃えていた。
「ぎゃぁぁああああぁあああぁぁあぁぁぁぁあああぁああぁあああ!?」
甲高い悲鳴を上げ、男は地面をのたうち回る。
「熱い熱い熱い熱い!?な、なんだよこれ!?なんだよこれぇええええ!?」
男の両腕を燃やしているのは―――――青い炎。
空のように広い青でもなく、海のように深い青でもなく、ただただ、『青』い炎。
そして、その炎の発生源は、哮だった。
その青い炎は哮の全身を包んでいた。
しかし、哮自身が、焼かれている様子はない。むしろ、燃えていた。
哮自身が、その炎を放っていた。
「あー、やっちまった」
哮は、頭を掻く。
「あまり使いたくねえんだよな、この力」
哮は、自らの体に纏われている炎を見ながらそう呟く。
「まあ、このまま待っていても、お前が死ぬのは決定事項なんだが・・・・」
「ま、待って・・・」
「うるさいから死んどけ」
男の懇願を無視して、哮は一気に刀を振り下ろした。
その一撃は、男を真っ二つにし、その中にあった核を打ち砕いた。
そして、男の体は砂となり、消滅した。
「・・・・」
水都は、その光景を遠くから見ていた。
何も、言えなかった。
「哮兄!」
そんな哮に、歌野は近寄る。
「大丈夫?」
歌野は、まだ青い炎に包まれている哮の体に触れる。
しかし、歌野は熱さを訴えない。
それもそのはず。
彼の炎は
その理由は分からないが、どうやら本人曰く、
「ああ、心配すんな」
哮は笑う。それが、無理なものだと、遠くにいる水都でも分かる。
奴ら、バーテックス人間が現れたのは、一年前。
その時は、いつも通りにバーテックスを倒し、その日は、そのまま終わるはずだった。
だが、その時、彼らが現れた。
人の形をしたバーテックス、否、バーテックスの形をした人間。
彼らは、壊れた人格で、歌野と哮に襲い掛かってきた。
歌野は狼狽え、彼らを攻撃する事は出来なかった。
しかし哮は、炎を使って、その敵を一網打尽にした。
その時の哮の辛そうな顔は、水都の心をとても痛めた。
こんな時に、自分が何かの役に立てたらな、と。
「さ、今回の襲撃は終わったんだし、早速畑に戻って、作業の続きしましょ」
「え!?まだやるの!?」
歌野のつぶやきに驚く水都。
「諦めろ水都。知ってるだろ?コイツは『日常』を大事にする奴だってな」
そんな水都を、哮が諭す。
歌野は、どうにも毎日の繰り返しである『日常』を大事にしたがるのだ。
それを無しにしても、もはや禁断症状が出るほどまでに夢中になっているものを、やめられる訳が無かった。
そして、戻ってみれば、二人は諏訪の人々から沢山の賞賛を得ていた。
歌野は目立ちたがりな性格であるために、それに胸を張って嬉しがっており、哮もその賞賛を大いに受け入れていた。
これが歌野と水都と哮の――――否、諏訪の日常だった。
その日、歌野と水都の二人は、哮の家に泊まりに来ていた。
「ほぅれ、この狗ヶ崎哮特製蕎麦の完成だ!」
「わーい!」
「いつみても、哮さんの作る料理は美味しそうです!」
ふるびた一軒家。
田舎に立てられた木造建築のように、古い作りの家が、哮の家だった。
哮に、親はいない。
バーテックス襲来の数日前に、度重なる災害によって、別の街で救助活動を行っていた両親が、瓦礫の下敷きとなって死んだのだ。
その時、哮は家で留守番をしており、家に両親の死体が運ばれてきた時は、泣き叫んだそうだ。
その時から、この家には哮だけしか住んでおらず、手頃なバイトでも見つけて生活を繋いでいた。
勇者となってからは、援助も入ってどうにか楽になったみたいだが、それでも苦しい事には変わりないらしい。
そんなだというのに、水都は未だに自分たちの為に料理を振舞ってくれる哮の気が知れなかった。
だが、そんな疑問も、哮の蕎麦を食べれば一瞬で吹き飛ぶのだが。
「それで、四国との連絡はどうだ?歌野」
「ずずー・・・・・ん、大分ノイズが入ってきてるけど、まだまだ大丈夫よ」
「四国の様子はどうだ?」
「平和だって」
「ふーん」
まるで兄妹のように話し合う歌野と哮。
そんな二人の様子に、水都はなんとも言えない感情を感じる。
簡潔に言って不快。
それがどういう気持ちなのか、水都には一切理解出来なかった。
「四国がまだまだ無事なら、俺らも無事にここを守っていかねえとな」
「オフコースよ。どんなに苦しくても、この諏訪は私たちが守って見せる!」
ぐッと握り拳を作ってガッツポーズを取る歌野。
ふと、哮がある事を口に出した。
「そういや、今日お前ら泊まってくのか?」
「んぐ・・・・!?」
その問いかけに思わずむせる水都。
「あ、泊まる泊まるー!泊まるわ!」
「ちょ!?うたのん!?」
それに対して歌野は手を挙げて何の躊躇いも無しに笑顔で答えてしまった。
「ん?どうしたのみーちゃん?」
「どうしたのじゃないようたのん、一つ屋根の下に年頃の男女が・・・その・・・・」
「私はいつも泊まってるけど?」
もはや何も言うまい。
しかし、それはそれで心配であるが、何かの不快な気持ちが、歌野と哮が一緒にいる事を嫌がり、水都は、後で自分らしくないと後悔するような言葉を口走った。
「それなら・・・私も・・・・・」
やってしまった。
そう思っていても仕方が無い。
哮の用意した寝巻を着て、水都はぐるぐると回る思考で必死に何故このような事態に至ったのかを必至に考えていた。
「ぐがー・・・・ふがー・・・・」
「すー・・・・すー・・・」
それは、自分のすぐ隣で、哮と歌野が寝ている事だ。
しかし、重要な問題はそこではない。
(な、なんでこの布団から哮さんの濃厚な匂いがぁ・・・!?)
そう、水都が入っている布団から、何故か哮の濃厚な汗の匂いがしてくるのだ。
何故このような事になったのか。
哮の両親が残した布団があり、哮のを加えて三つあり、それを三人で分けて使う事になったのだ。
上から三つ。
一番の上を水都が、その次を歌野、そして最後が哮。
そのような配分になったのだ。
そう、そこまでは良かった。良かったのだ。
だが、それが、哮が
よくよく考えてみたら、哮の性格上、皿洗いなどの台所仕事や服などの洗濯は進んでするのだが、どういう訳か
だから、その布団には夏に寝ている間に哮が掻いた汗が染み付き、さらにずっとそのままだったのだ。
そして、哮は押入れの中に片付ける際、わざわざ他の布団をどかして一番下に入れる筈も無いし、ましてやそれを別の所に置くわけが無い。
よって、一番上の布団は哮のものであり、水都が見事にその布団を引き当ててしまったのだ。
しかし、問題はそこではない。
「ん・・・んん・・・・」
どういう訳か、この匂いを嗅ぐと体が火照るのだ。
体が熱い。夏であるのは分かるが、この熱さは、気温から感じるものでは無い。
さらに、頭もボーっとしてきて、脳裏に哮の姿が映し出される。
(哮さん・・・)
哮が、水浴びの為に川に行った時に見た、哮の逞しい体。
太ってもおらず、逆に細すぎもせず、ただ鍛える事によって浮き出た筋肉と、川水によって濡れた肌が、その姿を一層、美しくも格好良く見えて・・・・
「ん・・・・んぁ・・・・」
どういう訳か、
「あ・・・なに・・・これぇ・・・」
哮の事を考える度に、その部分の熱さは一層増していき、疼いてくる。
(哮さんの事を考える度に、体が熱くなって、切ないよぉ・・・)
そして、水都の手がその部分へ伸ばされていく。
(いけ・・・ない・・・事なのにぃ・・・)
水都は必至にその衝動を抑え込もうとするが、それは仕方ない事なのだ。
だって、それは人として当たり前な行為なのだから。
「昨日、水都の変な声が聞こえた気がしたが・・・・何もしてないよな?」
「はいぃ!?う、うん!何もしてない!何もしてませんよ!」
「なんでそんなに必死なの?みーちゃん」
何かを全力で否定してくる水都の行動に首を傾げつつも、三人は畑に向かう道を歩いていた。
その中で、水都はふと、自分の前で楽しく話し合っている歌野と哮を見る。
その二人を見る度に、水都はいつも思う。
二人が眩しい、と。
「ん?どうした水都?」
ふと、哮が水都が浮かない顔をしている事に気付いて声をかけた。
「あ、いえ・・・・」
なんでもない、と言おうとしたが、水都はそこで思いとどまり、どういう訳か、今の心情を吐き出した。
「・・・・私には、二人が眩しく見えます。いつも前向きで、一生懸命で、みんなの中心にいて。長野のみんなが、四国の乃木さんだって、うたのんや哮さんの事が好きだろうし」
それとは反対に、水都は気弱で人見知りだ。
仲の悪かった両親や祖父母のせいで、一層他人の表情を伺うようになってしまった。
ネガティブな性格の所為で、友人と呼べるのは、歌野と哮だけだ。
だから、二人が他人と仲良くしているのをみると、胸の中を、なんとも言えない不快さを感じ、不安になってしまう。
「みーちゃんだって皆から大人気だと思うけど。長野の人は誰だってみーちゃんの事好きだし、すごいって思ってるわ」
「それは私がたまたま巫女に選ばれたからだよ。だから、うたのんと哮さんの友達になれて、特別視されているだけだよ」
言っていていたら、さらに気分が沈んでくる。
『巫女だから』『白鳥歌野のパートナーだから』『狗ヶ崎哮と一緒にいるから』
友好的な性格の二人とは、根本的に違う。
そう思うと、自分がどんどん惨めになっていく。
「うーん・・・・」
ふと、水都の頭を、哮がぽんぽんと叩く。
「俺は水都の事好きだぞ?」
「えぇ!?」
突然の告白。
「そそそそそそれは一体どういう意味で・・・!?」
「水都は自分の事役立たずとか思ってるみたいだけどさ、俺はそんな事ないと思うぜ」
「え・・・?」
「前に、外から子供が避難してきただろ?その時にお前は危険顧みないで助けに行っただろ?」
「で、でも、その後すぐに哮さんが来て敵を倒したから・・・」
「いや、俺じゃ間に合わなかった。あの時、お前があの子を助けたから、俺が間に合ったんだよ。だから、誇っても良い」
頭をなでなでされ、水都は哮に言われた事を、心の中で反芻する。
「そうよみーちゃん!貴方にも良い所はあるんだから!」
横から歌野が抱き着いてくる。
「それに、結構可愛いしな」
「かわ――――ッ!?」
その発言を水都の脳が理解した瞬間、水都の中で何かが爆発した。
「ん?あれ?みーちゃん?みーちゃーん?」
「おーい、どしたー?」
完全に固まってしまった水都。
こんな日常が、いつまでも続けばいくと思っていた。
少なくとも、今の私たちは、そう思っていた。
あの、大規模侵攻が起こるまでは。
次回『狗ヶ崎哮は勇者である 後編』
未来を守る為に、生命を捧げよ。