足柄辰巳は勇者である   作:幻在

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狗ヶ崎哮は勇者である 後編

九月――――

 

 

 

「いってぇ・・・」

哮は、そうぼやく。

「哮兄、大丈夫?」

「止血してりゃどうにかなんだろ」

哮の左肘からは、バーテックスに噛まれたためか血が流れ出ていた。

それ以外にも、哮の体は所々傷付いており、歌野の体も少なくない傷が出来ていた。

 

今日は、敵の大規模侵攻に見舞われた。

 

哮と歌野は、その侵攻をかろうじて食い止めていたが、流石に厳しく、結局、哮の炎を率いて敵を一匹残らず燃やし尽くした。

どうやらその中にバーテックス人間も混じっていたようで、一緒に燃えたみたいだが。

しかし、それでも限界がある。

いくら哮の炎が敵を一気に焼き殺せるからといって、頼り切るのはよくない。

もしかしたら、哮がその炎を扱えなくなる可能性だってあるのだ。

戻れば、そこで待っていた水都が眼を見開いて哮に駆け寄る。

「哮さん!?大丈夫ですか!?」

「ああ、ちょいと質の悪い犬に噛まれてな」

「治療しないと・・・!」

「頼む」

救急箱を持ってきた水都が哮の怪我を治療している間に、歌野はどこかへ行こうとする。

「うたのん、どこか行くの?」

「ええ、四国との通信をね」

「今日は激しかったんだから、休んでいたほうが・・・」

「ありがとうみーちゃん。だけど四国との通信も、私の大切な『日常』なの。だから守っていかないと」

歌野は、さっさと通信室へ向かう。

決して、浅くない怪我を負っているのは、何も哮だけではない。

歌野だって、痛いのだ。その苦痛に顔を歪めながら、普段通りにしようと振舞っている。

 

結界は狭まり、土地神の力も弱くなってきて、それに反比例するかのように、否、それ以上に敵の侵攻は強くなっていく。

 

「これで、良いよ思います」

「悪いな」

哮は、包帯のまかれた左肘を見てから立ち上がる。

「あー疲れた。さて、そろそろ投げ出しちまった料理の続きでもするかね」

「だめだよ哮さん。そんな腕で・・・」

「こうしときゃニ、三日で元に戻るっての。それに、俺も歌野と同じようにいつも通りに過ごしたいんだ」

笑って返す哮に、水都は、どうしようもないやるせなさを感じた。

 

もう、哮も、歌野も、分かっているのだ。

 

 

 

 

―――――諏訪は、もう長くはない、と。

 

 

 

(もう限界だよ・・・・土地神様・・・!)

四国では、バーテックス対策機関である『大社』が存在する。四国にも六人の勇者が存在する。

四国で、反攻の為の準備が整い次第、諏訪と挟んで挟撃すると聞いたが、それまで――――

 

(待てないよ・・・・このままじゃ・・・諏訪が、うたのんが・・・哮さんが無理だよ・・・・!)

 

 

 

それから、かつてない程の侵攻が起こるという新たな神託が来たのは、それから間もなくだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、水都は一人哮の家を訪れていた。

相変わらずボロボロで、その癖、中は綺麗だった。

「お邪魔します・・・」

返事は、無い。

それもそうだろう。まだ哮は戻ってきていない。その理由は、哮が幼稚園で子供たちに料理を振舞っているからだ。

材料は、もちろん歌野が作った野菜だ。

そんな、もぬけで鍵もかかっていない家に、勝手に上がり込むなど、不法侵入も良い所だ。

まあ、自分は哮の友人なのだから問題はないと勝手に納得して、水都は上がり込んだ。

しばし中を散策した後、水都は、まだ入った事の無い、哮の部屋の前に立つ。

「・・・・」

好奇心半分、恐怖半分。

そんな思いの中、水都は、意を決して、扉を開けた。

中は、意外なほどに綺麗だった。

勉強机と棚。棚には、料理の為の本や、子供でも分かる本。あと、剣術指南書などが置いてあったが、埃をかぶっている事から、本の類はあまり読まなかったと見える。

まあ、それも当然だろう、と水都は思う。あの哮が、大人しく本を読んでいる事などありえないだろうから。

しかし、水都の眼に止まったのは、勉強机の上にある、一冊の本。

「これは・・・・手帳・・・・?」

それを手に取り、試しに中を開いてみる。

それらを読み進めていく。

「ただいまぁー」

哮が、帰って来た。

「さぁて、そろそろ『御記』の続きでも・・・・」

自室を覗いた哮の言葉が、そこで途切れる。

そこに、どういう訳か水都がいたのだから。

「・・・・水都?」

声をかけると、水都は気付いたのか、こちらを向いた。

「哮さん・・・」

そして、水都はこちらを見るなり、体を震わせて、怒っているのか、それとも恐ろしいのか、その眼に涙をいっぱいに溜めて、哮に言った。

「哮さん・・・これ・・・」

哮は、気まずそうに頭を掻き、そして、水都に言う。

「そこに書かれてる通りだよ・・・・俺は、()()()()()()()()()()

「で、でも土地神様は何も・・・・」

「俺が頼んだんだよ。言わないでくれってな」

「だけど・・・・だけど・・・・!」

水都は、涙に濡れ、くしゃくしゃになった顔で、さらに何かを言おうとする。

だが、言葉が出てこない。

ここに書かれている事は、それほどまでにショックな事なのだから。

「・・・・悪いな。俺の願いは、お前たちに生きててもらう事だ。その為なら、俺は()()()()()()覚悟だ」

「そんな事、きっと、うたのんが・・・・」

「ああ、許さねえだろうな。でも、それで良い。俺は、誰に認められなかろうが、誰かを守れるなら、それで良い」

「でも・・・でも・・・でもぉ・・・・!」

「泣くなよ水都、何も、今すぐ()()って訳じゃねえんだ。まだまだ生きられる―――」

「無理だよ・・・もう、明日には、私たちは―――」

殺されるだろう。その言葉は、喉に出かかって、止まる。

今度の侵攻は、これまでの比じゃないほど強大だ。

いくら、歌野と哮が強くても、今回ばかりは無理がある。

それに、哮は、その炎の()()()()()()()()()()可能性だってあるのだ。

そして、その時は――――

「怖えよ。物凄く、怖い」

哮は、水都の頭を撫でる。

「だけどな。俺はそんなんかよりも、お前らが、お前が死ぬ方が何よりも怖いんだ。もう、何も出来なくて終わったんじゃ、親父やお袋に顔向けできねえんだ。親父やお袋だって、人を助けて死んだんだからな」

哮の手は、どこかぎこちない。

きっと、自らを苛む恐怖を押し殺しているのだろうが、手から、その感情が直に伝わってくる。

だけど、それでも哮は笑っていた。

きっと、自分を安心させるために。

それに、水都は、どうしようもない無力感を感じていた。

 

ああ、もし、自分が彼の苦しみを受け止められたら、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、ついに、敵の大規模侵攻が始まった。

「これで、フィニッシュッ!!」

「オッラァッ!」

哮と歌野の二人が、最後の敵を倒す。

しかし、二人ともボロボロだ。

「はあ・・・はあ・・・・流石の私も、辛いわね・・・・」

歌野がそう言葉を漏らす。

そして、倒れそうになる歌野を、水都が支える。

「うたのん!しっかり!」

「うぅ・・・ありがと」

そんな二人の様子を、哮は無言で見つめる。

そして、その後、自分の手の中にある日本刀を見る。

歌野の体力は限界だ。

いくら、勇者が強力な力を持っていても、それでも体力には限界がある。

しかしバーテックスの数もそれほど多くない。

おそらく、様子見か二人の体力を削る為の先遣隊だろう。

それを思うと、この後に来る敵は、もう防ぎきる事は出来ないだろう。

(腹・・・くくるしかないか・・・・)

そう、内心思う哮。

「そろそろ、四国との通信の時間ね。いかないと・・・」

歌野は、体に鞭を打って通信室へ向かう。

水都は、それを止めようとはせず一緒についていく。

哮も、その後を追っていく。

 

「・・・・いえ、ちょっとしつこいバーテックスを退治してやっただけです・・・・今日は、朝からずっと、戦い続けている感じで・・・・バーテックス襲来の影響で、通信機が壊れてしまったみたいですね・・・・しばらく通信は出来なくなりそうです・・・そちらも大変だとは思いますが、頑張って下さい・・・・諦めなければ、きっと、なんとかなるものです・・・私も、哮兄と一緒に、この御役目を、二年も長く続けられて。たくさんの野菜を育てられましたし・・・乃木さんとも友達になれましたし・・・・とても幸せでした。ああ、もうノイズばかりで・・・ほとんど声が聞こえませんね」

 

そして、歌野は、通信の相手に、最後の言葉を告げた。

 

 

「乃木さん、後はよろしくお願いします」

 

 

そこで、通信は途切れた。

もう、その通信機が四国と繋がる事は、二度とないだろう。

その様子を、水都と哮は黙って見つめていた。

そして、歌野は立ち上がり、水都に歩み寄った。

「泣かないで、みーちゃん」

気がつけば、水都は泣いていた。

「・・・・今、神託があったの。最後の神託だって・・・・」

「どんなお告げだったの?」

「よく三年も守り続けたって・・・うたのんと哮さんと、私が敵をひきつけていたお陰で、四国は敵に対抗する基盤が出来たって・・・」

「そっか・・・」

歌野が、安心したかのように微笑む。

しかし、水都は違う。

これではまるで、自分たちが囮のようではないか。

「こんなのって・・・!」

水都が、悔しそうに顔を歪める。

しかし、やはり歌野は安心したかのように笑う。

「良かった・・・・本当に、私たちが頑張ってきた三年間は、無駄じゃなかったのね・・・」

その様子に、哮は思う。

(もう、良いよな・・・)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、哮、歌野、水都の三人は、上社前宮の境内に立っていた。

空を埋め尽くすほどのバーテックスが、諏訪の結界を取り囲むように浮かんでいるのが見える。

中には、融合して、進化体になるものもあった。

「よし、それじゃあ頑張りますか」

「歌野」

「何?哮兄?」

振り向いた歌野に、哮は、今さっきとってきた手帳を投げつける。

「?」

「読め」

それに首を傾げつつも中身を読む歌野。

「哮さん・・・それって・・・」

そして水都は、その手帳を知っている。

歌野が、だんだんとそれを読み進めていくうちに、その表情を、驚愕へと変えていく。

先ほどの力強い笑顔は存在しない。

「哮兄・・・・これ・・・って・・・・」

「見ての通りだ」

哮は歩き出し、歌野の頭を撫でて、前に出た。

「俺は死ぬ」

「ダメッ!!」

歌野は、哮の手を掴んで止める。

「それはダメ!絶対にダメ!」

歌野は、必死に哮を呼び止める。

「いなくなっちゃヤだ!これからもずっと、哮兄と一緒に生きて行くの!私が農業王になるまで、ずっと一緒にいるの!」

まるで駄々っ子のように哮の腕にしがみ付く歌野。

「でも、このままじゃ諏訪が・・・」

「そんなの関係無い!私は誰かが犠牲になるのは嫌なの!誰かが死ぬくらいだったら、私が、私が・・・!」

「歌野・・・」

「そうですよ」

ふと、水都も哮に歩み寄る。

「そんな方法、皆認めません。誰かが死ぬなんて、そんな、そんな悲しい事、あっちゃいけないんです。いけないんです・・・」

水都は、その両目から涙を流し、哮の歌野が抱き着いていないもう片方の腕に抱き着く。

そして、嗚咽を漏らす。

「哮兄、それだけは絶対に許さない。誰かが、例え神が許しても、私は許さない。だから哮兄、その方法だけは、その方法だけはやめて・・・・お願い・・・!」

「お願いします哮さん、貴方だけが犠牲になる必要なんてありません。もっと、別の方法があるはずです。ですから、それだけは、やめてください・・・・」

二人の、すすり泣く声が聞こえる。

哮は、それにしばし沈黙してしまう。

だが、歌野と水都には、思いも寄らない。

 

 

 

その声が、哮の決意をさらに固めてしまう事を。

 

 

 

「・・・・・・学校のクラスメートの鈴木は、将来医者になりてぇみたいだ」

突然、哮が何かを喋り始め、二人は顔を上げた。

「隣の席の飯田はファッションデザイナー、幼稚園にいる健吾はサッカー選手、健吾が好きな明美は服屋、小学生の竜児は家業を継いで長野一の蕎麦屋になりたい。近所の山田はパティシエになって、バアちゃんに美味いケーキをご馳走したいんだと」

それは、今まで哮が会ってきた、諏訪に生きる子供たちの夢。

「北条は、今やってるバイオリンで、諏訪の人たちに音楽を届けたい。大工の西島は沢山の家を建てて、そこに避難してきた人たちを迎え入れてやりたい。皆が皆、夢を持ってる。大人にも子供にも、未来がある」

哮は、二人の頭にそれぞれの手を置く。

「俺は、そんな奴らの夢を守りたい。未来を守りたい。願いを、守りたい」

「哮兄・・・」

「哮さん・・・」

「歌野は将来、農業王になるんだろ?だったら俺は、そんなお前の夢を応援したい。そして、守りたいんだ」

哮は、笑う。

だけど、それはあまりにも無理して笑っているように見えて、二人の心をさらに締め付ける。

「笑え、歌野、水都。お前らは、やっぱり笑ってる方が一番良い」

「笑え・・・ないよ・・・・哮兄がいないと・・・私・・・・笑えないよぉ・・・・!」

とうとう泣き崩れる歌野。

「行かないで、行かないでぇ・・・・!」

ここまで弱々しい姿を見せるのは、おそらく、初めてだろう。

事実、歌野は、誰にもその弱さを見せた事はない。

「・・・・私の・・・将来の・・・・夢・・・は・・・・」

そこで、水都はふと、ある事を語り出す。

「水都・・・・」

「・・・・今まで、夢なんて・・・持った事なんて無かったけど・・・・うたのんや・・・哮さんに出会って・・・今、やっと、自分の夢・・・持てた・・・・・・・」

とぎれとぎれに、水都は言う。

「・・・そっか」

「私・・・・宅配屋さんになる・・・それで、うたのんが作った野菜を、日本中に・・・ううん、世界中に・・届けるんだ」

「ワールド・・・!?」

「そりゃすごいな」

「うん、世界中に・・・・・それでね、最初は、やり方が分からなくて、戸惑う時もあるし、うたのんと方針の違いで喧嘩しちゃったりで、なかなか上手くいかないんだ」

「おう」

「でも、喧嘩してもすぐに仲直りして、だんだん、宅配の仕事が上手く行くようになって」

「うんうん」

「うたのんの野菜は、評判が良いから、口コミから色んな人から沢山の注文が殺到するんだ。私は、毎日忙しく働いて、沢山の野菜を届けて」

「うん」

「それでね・・・・・毎日、沢山働いて、とっても疲れて。だけど、そんな忙しい日々の中で、一つだけ楽しみな事があるんだ・・・」

「へえ、どんな?」

「哮さんの、手作り料理」

水都は、なおも俯いたまま。

「家で、いつも、うたのんの野菜で作ってまっててくれてる。それがいつもいつも楽しみで、だから頑張れるんです」

水都は、顔を上げる。

「その料理は、とても美味しくて、いつも、私に元気をくれるんです。辛い時も、悲しい時も、私を、笑顔にしてくれるんです。哮さんの料理が、私は、大好きなんです」

その顔は、泣いていた。笑いもせず、ただただ、辛そうな表情で、泣いていた。

 

「――――哮さん、好きです。大好きです。ですから、ずっと、ずっと一緒にいて下さい」

 

水都は、哮に、告白した。

今まで、気付かなかった、その想いを、今この場で吐露して。

哮は、夢を守りたいと言った。

哮と一緒に暮らしたいと言った。帰ってくれば、いつも料理を作って待っていてくれる哮がいる。そんな日常を、水都は望んでいる。夢見ている。

その未来を、哮は壊す事は無いだろう。

ある意味、水都の意地の悪い思惑が、水都の言葉にある。

だけど、ああ、それでも――――

 

「悪い、水都。その未来だけは、守れそうにない」

 

彼は、それだけは守れないのだろう。

「ッ!」

水都は、哮に向かって駆け出す。どんッ!とその体にぶつかる。

そして、強引にその唇を重ねた。

「「――――」」

静寂が、流れる。

歌野は、その様子を、ただ黙ってみる事しか出来ない。

やがて唇が離れ、水都は、その顔を哮の胸に押し付け、彼を責める。

「・・・守るって、言ったじゃないですか」

「悪い」

「嘘つき」

「そうだな」

どんな事を言っても、彼は、止まらないだろう。

とうとう、水都までもが崩れ落ちる。

「う・・・うぅ・・・ぅ・・・・」

水都は、悔しそうに、嗚咽を漏らしながら涙をボロボロと流す。

「歌野、水都」

哮は、二人の名を呼ぶ。

「俺は、楽しかった。歌野がいた十四年、水都がいた三年。その毎日が、俺は楽しかった。辛い時もあった、悲しい時もあった。だけど、俺はお前達がいたからここまで生きてこれた」

哮は、自分の額を、二人の額に当てる。

 

「ありがとうな」

 

哮は、立ち上がる。

「あ、哮に・・・」

立ち上がって止めようとする歌野。

しかし、その瞬間、左足脛に何かが叩き付けられ、それに伴った激痛と何かが折れる音が、歌野をまた地面に膝をつかせる。

「あっぐぅ・・!?」

「うたのん!?」

「悪いな、歌野、水都。行って来る」

哮が踵を返して歩き出す。

「待って!待ってよ哮兄!」

なおも立ち上がろうとするが、左足があまりに力が入らず、まともに立ち上がれない。

「うたのん、足が・・・」

「え・・・!?」

見れば、左足の脛のあたりが、横に曲がっていた。

「折れてる・・・!?」

「そんな・・・」

ここで、突然の骨折。

それはおそらく、哮が歌野の足を折った事に他ならない。

哮の目の前には、あまりにも多すぎる、無数のバーテックスの集団。

哮は、その集団に向かって、刀を鞘から抜き放つ。

「哮兄・・・!」

「哮さん・・・!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方で。

「さてさて、そろそろ動き出した方が良いんじゃない?」

無数に存在するバーテックスの群れ。

その中に、総勢()()()()()()()()()()()がいた。

各々、それぞれの武器を持って、諏訪を嫌な笑みで見ていた。

「さっきの先遣隊でクソったれどもの体力は削ったんだ。楽勝楽勝」

「早く殺そうぜ。あんなゴミみてえな人間どもをさ」

それぞれが早く早くとけしかけてくる。

その中にいるリーダー格らしき男が、醜悪な笑みを浮かべている。

「そろそろ潮時だな」

その言葉を聞いた者たちが一斉に立ち上がる。

「よっしゃぁ!」

「待ちくたびれたわ!」

「殺す!滅茶苦茶に壊してやる!」

「クズな人間どもに、残酷な方法で処刑してやるわ!」

騒ぎ立てるバーテックス人間たち。

彼らは、自分達を、正当な存在と見ている。

悪いのは奴らだ。自分たちから大切なものを奪った。だから奪ってやる。人生を壊してやる。奴らを滅亡させてやる。

ただそれだけを胸に、彼らは人を殺す力を手に入れたのだ。

「良い度胸だ」

リーダーは、叫ぶ。

「突撃だァ!人間どもを蹂躙し、絶望を味合わせてやれッ!!」

「「「オオオオオオオォォォォォォォオオオオオオッ!!!」」」

雄叫びを上げ、彼らは一斉に諏訪に向かって走り出す。

それと同時に、空中にただよっていたバーテックスたちも進撃を開始する。

もはや、敵にとってこの状況は絶望的。

これほどの数を、たった二人で倒し切れる訳がない。

負ける要素が、一切無い。

 

 

 

 

 

 

 

しかし、突如として、目の前に青い火柱がたちのぼった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

敵が侵攻してくる。

これを、たった一人で倒し切るのは不可能だろう。

いくら化け物級の身体能力を有している哮でも、無理だ。

だからこそ、()()()()()

「水都ッ!!歌野ッ!!!」

哮は、背中越しに二人を名前を呼ぶ。

「よぉく見ておけッ!!これが俺、狗ヶ崎哮の、最後の生き様だぁぁあああぁああああぁあぁぁぁああああぁあああぁぁぁぁあああああああああああああああぁぁぁぁぁああ!!!!!!!」

哮は、鞘を投げ捨て、その地面に、刀を突き立てた。

そして、哮の体から、莫大な青い炎が放出され、それが天に向かって立ち昇る。

 

 

 

哮の力の正体。

それは、悪魔の王―――『魔王サタン』と契約する事によって得た、『炎の災害(サタン・フレイム)』。

火に関するありとあらゆる『害』を操り、敵を全て燃やし尽くす、災害の力。

それが、哮の青い炎の正体だ。

だが、その力が炎の災害であるならば、何故、その炎に触れた歌野は燃えなかったのか。

その理由は、哮が悪魔のような存在になっているからだ。

悪魔は、特定の人間にしか接触しないし契約もしないし、()()()()()()()

つまりは、炎の影響を与えたくないと思うだけで、その相手はその炎に燃やされないのだ。

特定の相手にしか害を与えるように、与えたくない相手には害を成さない。

それが悪魔の力だ。

その気になれば、建物だって消し炭に変える事が可能だ。

だが、悪魔と契約していて、()()()()()()()()()()()

 

哮が、魔王サタンと契約する上で捧げた代償は、寿命と血を繋げない事。

 

一つ目は至って簡単だ。炎を使う度に、その度合いに応じて寿命が消費される事だ。

もう一つの代償は、子を成せず、自分の遺伝子を次の世代へ託す事が出来ない事だ。

決して結ばれず、誰にも異性としての好意を持たれない。どれほど想いを伝えようとも、その血を次の世代へと繋ぐ事が不可能。

ましてや、養子だって取る事も出来ない。

そんな、ある意味での孤独な呪いだ。

しかし、その呪いは、完全ではないにしろ、破った者がいた。

 

藤森水都。

 

彼女だけは、哮を想った。想い続けた。魔王の目論見を見事に打ち破って見せたのだ。

これに魔王は――――大いに満足した。

よもや、人が自分の呪いを完全ではないにしろ打ち破る事が出来た事に、魔王は、哮に、()()()()()()()()

だが、それは本来で言えば契約の外の事。

ならば、新たに契約すれば良い。

魔王が()()()()()()()()()()()()。それを哮は、躊躇いも無しに受け入れた。

例え、二度と会う事は叶わなくても、生きていてくれるなら、もう、悔いは無いのだから。

 

 

――――切り札発動『魔王サタン』

 

 

青い炎を発する哮の姿が変化する。

爪が伸びて尖り、頭からは角が生え、腰からは尻尾が生える。

それは、さながら人の形をした悪魔の様だった。

哮は、目の前から押し寄せてくる化け物どもを一瞥。

しかし、地面に突き立てた剣は抜かず、続けて何かの詠唱を始めた。

 

 

もう、時間は一分として残っていないのだから。

 

「我、魔王(サタン)の名において、この世に炎の厄災をもたらしてくれよう――――」

 

哮は、想い出す。今までの日々を、一つ一つ。

 

「東の森を燃やし、西の海を干上がらせ、南の大地を焼き、北の空を赤く染めよ――――」

 

幼少、まだ幼く、お転婆だった歌野の相手を初めてした日。

 

「文明に崩壊を、世界に終焉を、この世に生きとし生ける全ての命に、終わりを与える―――」

 

歌野が勇者として目覚め、戦っている姿を見て悔しくなって、その時に、魔王サタンに声をかけられた日。

 

「我は悪魔の王、畏れ多き、魔界を統べる魔の王なり――――」

 

そして、水都と初めて会った、あの最初の災害の日。

 

「王の許可無くして、汝らは誰の赦しを得て其処に足を踏み入れている?―――――」

 

全部全部、大切な、哮の思い出。

 

「其処は、我の領地なるぞ。その領地に踏み込んだからには、それ相応の罰を与えてくれよう――――」

 

 

 

 

 

その全てを、テメェにくれてやるよ。

 

 

 

 

 

「―――――早急に立ち去れ、不敬者めらが―――『何人たりとも立ち入れぬ魔王の領地(魔王結界)』」

 

 

 

 

突如、火柱が左右に広がったと思ったら、諏訪を一気に囲んだ。

「「なッ!?」」

それに、驚く歌野と水都。

それは、今こちらに向かって突っ込んできたバーテックス人間たちにも同じだった。

だが。

「恐れるな!所詮はまやかしだッ!あんなもの、易々と越えてみろッ!!」

リーダーがそう叫ぶと、周囲のバーテックス人間が、当たり前だと言わんばかりに咆哮、一気に炎の壁に突っ込む。

 

だが――――

 

「ぎゃぁぁああぁぁああああぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁああああぁ!?!?」

悲鳴が、上がった。

しかし、その悲鳴は一瞬にして消えた。

それは何故か。その悲鳴を出した本人が一瞬の内に消し炭になったからだ。

それに、一同は立ち止まってしまう。

だが、その中の数名は突っ込む事やめずに炎の壁の中に突っ込む。

しかし、結果は同じ。突破叶わず、消し炭となって消えた。

それに、彼らは足を止める。

上空にいるバーテックスも、炎の壁に突っ込んでいくたびに、その全てが焼き尽くされていく。

「・・・・なんだ・・・これは・・・・!?」

リーダー格の男が、呆然とする。

「ち、ちくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおぉぉおおおおお!!!」

一人の男が絶叫して、その手に持つ銃を撃つ。

それは、炎の壁に振れる直前で、余波で消滅した。

それに、彼らは絶句する他無い。

 

 

 

 

 

 

 

そして―――――

炎の壁を作った、哮は、地面に刀を突き立てまま手を離し、後ろにいる水都と歌野に向かって振り向き、笑う。

 

「笑え、歌野、水都」

 

その言葉を告げた直後、哮が一瞬のうちに、その姿を灰へと変え、跡形も無く消滅した。

 

 

次の瞬間、炎の壁が、一斉に外に向かって広がり始めた。

 

 

 

「な、なにぃぃぃぃいいぃいいいいい!?」

それに彼らは驚愕する。

炎の壁が、その範囲を広げてこちらに迫ってくる。

自分たち、人を超越した存在を軽々と消し炭にしてしまう、文字通り死の壁。

その速さは、あまりにも速く、例え一目散に逃げようとしても、一瞬にして追いつかれ、焼き尽くす。

それは、彼らにとっては、さながら悪夢のようだろう。

男は、どうしてこうなった、と思考まもなく、呆気も無く炎に呑まれた。

周囲にいた無数のバーテックスも、全て焼き尽くされ、やがて、炎の壁はかつて諏訪の結界があった範囲にまで広がった。

炎の勢いが強まったのではない。ただ、壁が進行したのだ。

それによって、諏訪は、絶対的防御を誇る炎の壁―――『魔王結界』によって、守られた。

 

 

 

 

 

 

自分がもっと強ければ、こんな事にならなかったかもしれない。

 

自分が戦えていれば、何かが変わったかもしれない。

 

だけど、今更後悔したところで、すでに結末は迎えてしまったのだ。

 

だから、もう、何をしようと、全て手遅れ。

 

否、哮が悪魔の力に手を出した時から、この運命は、決まっていたのかもしれない。

 

だけど、嗚呼、それでも―――――

 

 

 

 

 

―――――もっと、一緒にいたかった。

 

 

 

 

 

だから二人は、泣いた。

天を貫くように、大声を上げて泣いた。

諏訪の全域に届く様に、四国に届く様に、世界中に轟く様に、地の底へ届く様に。

悔しさ、悲しみ、怒り、無力感、恨み、憎しみ、切望感、絶望――――様々な感情が二人の胸の中で渦巻く。

何故、どうして、何も出来なかった、こうすれば良かった、何故言わなかった、どうしてこうなった。

訳が分からなくなる、頭の中がぐちゃぐちゃになる。

だけど、いくら考えても無駄で、分からなくて。

ぐちゃぐちゃになった先にあったのは――――――『無』だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、数日。

歌野は、一人病室で、ただただ無為な日々を寝て過ごしていた。

「――――」

考える事も投げ出して、ただ何もない白い天井を見上げている。

体を一切動かす気も起きず、ただ左足から感じる痛みを感じたまま、歌野は、ただ時間が過ぎるのを待っていた。

しかし、いつも通りの何もない日々が、ただ当然の様に過ぎていくのだと思っていた矢先。

 

 

病室の扉が開いた。

 

 

怪我をした初日には、沢山の人が見舞いに来てくれたが、彼らの投げかける言葉は、全て右から左へ流れて行き、何の反応も示さない歌野に、だんだんと人が減っていき、やがて、食事を運んできてくれる看護婦以外、誰も来なくなった。

今回も、また()()()()()()()食事を運んでくる看護婦かと思ったが、今回は違った。

「うたのん」

聞き覚えのある声。

あの日以来、自分を病院に運び込んでから、一度も見舞いに来る事の無かった、藤森水都が、そこにいた。

 

 

 

 

 

 

「あまり、食べてないみたいだね」

「・・・・」

水都の言葉に、歌野は何も返さない。

事実、歌野はこの際餓死でもしようか思って、ここ数日何も食べてこなかったのだ。その証拠に、今の歌野は、以前よりも痩せている。

それをどうにか阻止する為の措置として、数少ない点滴を使ってどうにかされているが、正直言って迷惑でしかない。

「・・・・何しに来たの?」

皮肉、そのつもりで言った言葉。

以前までの歌野だったら、決して言わないであろう、その言葉。

それに水都は、苦笑いを零しながら、話し出す。

「今日、哮さんの家に行ってたんだ」

「そう・・・」

「前に、哮さんが残してくれた、手帳あったでしょ?あれに、ね。置手紙の居場所が書かれてたんだ」

水都は、歌野同様、ただ過ぎていく日常を無為に過ごしてきていた。

ただ、歌野と違うとすれば、歌野が落とした哮の自分の力に関して記した手帳が手元にあった事だ。

暇だから、読み進めていくと、最後のページに、何かの居場所を示す地図のようなものが書かれていた。

それに書かれていた物の配置から、それが哮の部屋だと断定。

特にする事もなく、水都は哮の家に行き、彼の部屋へと入り、そして、箱を見つけた。

それは小さな金庫。

哮の頭の悪い暗号を解読し、暗証番号を入力すれば、その金庫はいとも容易く開き、そしてその中に、四通の手紙が入っていた。

 

一つ目は、炎の壁、『魔王結界』についての手記。

二つ目は、四国にいる勇者に向かって書いた手紙。

三つ目は、今後の諏訪の方針を書いた申請書。

四つ目は、歌野と水都に書いた、遺書。

 

「読む?」

「やだ」

即答。

そんな死ぬ事を前提に書いた手紙など、聞きたくなかった。

だけど、水都は、それが分かっていたかのように、その手紙を読み上げる。

 

 

歌野と水都へ。これを読んでるって事は、俺は死んじまったみたいだな。まずは、悪い、と謝っておく。どういった形になるかは知らねえが、たぶん、俺はお前達を振り切ってまで力を使っちまったのかもしれないな。それについては、きっと俺は後悔しないだろうな。まあそれはともかく。

まずは歌野。

お前の事だ。俺がいないと何も出来ないとかほざいてんじゃねえのか?残念な事にお前は俺がいなくてもやれることはやれる。なにせ、俺には畑仕事なんて出来ねえからな。ついでに、料理なんて練習すりゃあ出来るし、体力もあるから力仕事も出来る。まあ、俺の代わりにそういう事はやってくれって事だ。いや、料理は水都に任せるべきか?まあ、そこはどうでも良いか。とにかくお前は力関係ならなんでも出来る。そう断言する。

次に水都。

お前は、自分は弱いとか、引っ込み思案なんて思ってるかも知れねえけどよ、案外、お前は結構話す方だぜ?人の表情をうかがっちまう時もあるけどさ、お前はその表情の変化を恐れずに言葉を投げかけられる、結構肝の据わった奴だぜお前は。だけどそれでも遠慮する事が多い。お前はいつも肝心な所で自分の言いたい事を言えねえから、いっつもそこにはムカムカする。もうちっと自分の本心をズパズパ言えるようになれ。良いな。

そして、最後だ。

俺は死んじまったが、後を追おうとするなよ?そんな事したら俺が地獄の彼方までぶっ飛ばしてやるからな。

どんなに辛くても関係無い。生きてくれればそれでいい。だけど、もし耐えきれないような事があったら、泣け。目いっぱい泣いて、そして、その後は全部水に流して笑ってくれ。俺は、そんなお前達の笑顔が好きなんだ。どんな事があっても、後ろ向いて立ち止まらないで、前を向いて歩いてほしい。それが、俺の願いだ。

長くなってしまったようで悪いが、これで全部。後は、お前達がどうにかしてくれ。

四国の奴らにもよろしく言っておいてくれ。

 

それじゃあ、さよなら、歌野、水都。ちゃんと歳とってから来いよ。

 

狗ヶ崎哮

 

 

水都が、手紙を読み終えた頃。

歌野は、膝を抱えて黙っていた。

「・・・・ずるいよね」

水都は、自虐的な笑みを浮かべていた。

「こんな、手紙で気持ちを伝えて来るなんて、ずるいよね」

声が、震え始める。

「皆、悲しんでるのに、こんな、勝手な事・・・・ずるいよね・・・・」

水都は、ぽたぽたと、涙を流す。

だけど、水都はすぐに涙を拭い、さらに二通の手紙を出す。

「読んで、うたのん」

「・・・・」

歌野は、その二通の手紙を受け取る。

そして、それらを読み進めていくうちに、その眼は徐々に開かれていく。

「これって・・・・」

「私は、それに従おうと思う」

「・・・・」

歌野は何も言えない。

そこに書かれている事が本当であるなら、どうしようもないから。

「うたのん、私たちは、哮さんに言われた筈だよ。生きて欲しいって。だから、私は生き続けるよ。醜くあがき続ける。生きる為ならなんでもする。だけど、その為には、うたのんが一緒じゃなくちゃダメだと思う。だって、うたのんまでいなくなっちゃったら、私、本当に何も出来なくなるもん」

「・・・・・」

歌野は、その手紙を握りしめる。

「これから、諏訪の皆を集めて、その事を伝える。その上で、決断させる。残る人と、残らない人を分からせる。もし、まだうたのんが立ち上がれないっていうならそれで良い。私一人でやるから」

水都は立ち上がり、病室から出ようとする。

しかし。

「待って」

歌野が呼び止める。

「誰が、立ち上がれないって?」

振り向いた水都の視界に、こちらをキッと睨みつける歌野が顔があった。

それに、水都は口角を僅かに吊り上げ、持ってきた弁当を、歌野に差し出す。

「それじゃあ、ちゃんと食べないとね。最近、食べてないんでしょ?」

その弁当から漂う匂いに、歌野の腹の虫が鳴った。

「・・・・」

それに歌野は顔を赤くして、水都は微笑んだ。

自棄になって、歌野はその弁当箱を奪い取ると、蓋を開けて、中を見ずに、箸でそれを口の中に運ぶ。

しばらく口を動かした後、歌野は、その料理の味に、どうしようもないなつかしさを感じた。

「みーちゃん・・・これって・・・・」

「哮さん。料理の事については熱心だったみたいでね。ノートを取ってたんだ」

「それを見つけて真似てみたって訳ね・・・」

それに、歌野は笑みを零し、そして天井を仰ぎ見る。

「あー、みーちゃんは強いなぁ。私なんか目じゃないくらい、ストロングよ」

「そんな事ないよ。うたのんだって、強いよ」

「いいえ、私は弱いわ。哮兄がいなくなったからって全部投げ出そうとしたんだもん。だけど、みーちゃんは自分で立ち上がれた。これはもう完敗って認めるしかないじゃない」

「それじゃあうたのん。私は勝者として、敗者であるうたのんに一つお願いを聞いてもいいかな?」

「どうぞ、仰せのままに」

水都は言う。

 

「ずっと私の傍にいて欲しいな」

 

「・・・それだけで良いの?」

「それで、私のする事を手伝って欲しい。傍で、見ていて欲しい。その代わり、うたのんがしたい事を、私にも手伝わせて欲しいの。それじゃダメかな?」

その水都の問いに、歌野は笑って返す。

「ダメな訳ないじゃない。ノープロブレムよ」

歌野は、拳を突き出す。

「必ず生き残りましょう」

それは、哮が最も好んだ行為。

「うん」

それに、水都も拳を突き出し、ぶつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諏訪にある、とある広場にて。

そこには、諏訪に生きる全ての住人がそこにいた。

全員、哮の戦死に哀しみ、そして、勇者が死んだ事でまた希望が失われ始めていた。

そんな中に、用意された壇上に、上がる者が一人。

それに気付いた諏訪の人々が、一斉に視線を向けた。

その人物とは、水都だった。

水都は、毅然とした表情と態度で、一同を見ていた。

その様子を、少し離れた所で、松葉杖をつきながら見ている歌野がいた。

水都は、人々を一度を見渡すと、口を開いた。

「巫女の藤森水都です。本日は、招集に応じてくれた皆さまに、感謝を申し上げます」

頭の下げ、感謝の意を示す。

「先日、狗ヶ崎哮さんが、敵の大規模侵攻によって、その命を落としました。その代わりに、諏訪には、絶対不可侵の炎の壁が形成され、敵の侵攻を完全に阻止していると言っても良いでしょう」

それに、一瞬ながらも、安堵の息が漏れるのを感じた。しかし、水都はそんな空気を許さない。

「しかし、あの結界は、先日の大規模侵攻の日から、およそ一年経った日に、その力を失い、消滅してしまいます」

それを聞いた瞬間、周囲がざわめき始める。

だが、水都はそれを無視して、さらに話を進めた。

「あれは、哮さんが自分の命と体を代償にして作った結界です。しかし、それでも限界があり、たった一年しか持ちません」

空気が、重くなる。

たった一年。それしか時間がないのでは、もはや、助かる可能性は――――

「一年です」

しかし、水都は、諦めていなかった、

()()一年持つんです」

その言葉に、人々の俯かれていた視線は、再び水都に集まる。

「もう一人の勇者、白鳥歌野は、とある場所と交信していました。それは、この諏訪から遠く、そして、安全な場所であり、六人の勇者が存在する場所――――四国と、我々は交信していたんです」

水都は言う。

「そこでは敵に対抗する為の基盤がすでに完成しており、この諏訪より、ずっと安全です。もし、その四国から勇者が来た場合―――

 

――――私は諏訪を捨てます」

 

その言葉に、一同は驚く。

今まで生まれ育ってきた場所を捨てて、より安全な場所へ逃げる。

そんな事をしても良いのか――――

「驚くのも無理もありません。しかし、これは哮さんの意思であり、願いでもあります。生きていて欲しい。夢を叶えて欲しい。やりたい事をやって欲しい。哮さんは、ここに生きる全ての人の未来を守りたいと、そう言ったんです!」

水都は、叫ぶ。

「私は諏訪を捨てます!しかし、私は貴方達を見捨てたくない!全員で生き残って、四国に行きたい!どれほど困難であろうと、私は貴方達を見捨てずに、四国に行きたい!どれほど醜くても、生きていたい!」

水都は拳を突き上げる。

「だから私は貴方達に言います!生きましょう!全員で!どれほど小さな希望でも、生き残る事が出来るなら縋りつきましょうッ!」

水都は、叫ぶ。諏訪中に轟くように、地の底にいる、最愛の人に届くように。

 

「どんな辛い目にあっても人は必ず立ち上がれるッ!!!たった一つの希望に賭けて、全力で、本気で、生き抜きましょうッ!!!!」

 

息をあげる水都。

言った。言い切った。言えるだけの事は言った。

返事は、――――無い。

それならそれで、まだ説得を続けるつもりだ。

 

何せ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その為に腕を下ろしてさらなる説得を試みようと思った所で―――

 

「分かった」

 

そんな声が聞こえた。

「哮の奴がそう言ったんなら、アンタの案に乗ってやるよ」

それは、哮と同じくらいの背丈の男子。

彼は確か――――範蔵(はんぞう)、と哮は読んでいた筈。

さらに、他の者からも声があがる。

「あ、アタシも」

気弱そうな、短髪の女性、身長は水都より高い。

彼女も、確か哮の知り合い。

「俺もアンタの案に乗るぜ」「哮さんの願いなら」「タケちゃんにはいつも助けられてたからね」「死にたくないしな」「生きられるのなら」

沢山の人々が、水都の言葉に賛同するかのように声をあげる。

しかしどこかぎこちない。

おそらく、想像してしまっているのだろう。

四国の勇者が来る保証なんて無い。それまでに、あの結界が持たず、消えてしまうかもしれない。

しかし、それでも諏訪の人々は、希望に向かって手を伸ばしているのだ。

哮の願いを、哮が繋いでくれた命を――――哮が託してくれた、勇気のバトンを。

ならば、水都は、彼らの前に立った者として、答えねばならない。

水都は、もう一度拳を突き上げる。

「生きましょうッ!!皆でッ!!」

それに答えるかのように、拳を突き上げて、声を挙げた。

 

 

狗ヶ崎哮が繋いだ、バトンを繋げるために――――

 




次回『そして今へ』

繋いだものを繋げるために。
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