足柄辰巳は勇者である 作:幻在
『それでは、次のニュースです。先日、四国へと避難してきた諏訪の人々の居住区が完成しつつあるとの事であり、それにともなって、生活が安定してきているとの事で――――』
「だーかーら!うどんよりも蕎麦のほうが美味しいに決まってるわ!」
「いいや!うどんの方が蕎麦の数倍は美味い!」
「なにおう!」
「やるか?」
「やめないかお前ら」
「「ぎゃん!?」」
もはや日常となりつつある若葉と歌野のうどん蕎麦論争おいて、辰巳のツッコミは当たり前となってきている。
「うう・・・邪魔するな辰巳!これはうどんと蕎麦の神聖な戦いなんだぞ!」
「そうよ!その神聖な戦いを邪魔するなんて失礼にもほどがあるわ!」
「今は食事中だ。静かに食え静かに。別に論争は今じゃなくても出来るだろう?」
「いいや!今だからこそやる必要が・・・・」
「わーかーばーちゃーん?」
「ひぅ」
「ひぃ」
なおも何かを言おうとした若葉をひなたが黙殺する。ついでに歌野を巻き込んで。
「ご飯の時間なんですから、今は静かに食べましょーねー?」
「わ、分かった・・・」
「Yes Ma'am・・・」
ひなたの威圧には勝てず、大人しくそれぞれのうどんと蕎麦を食べ始める二人。
「ふう・・・」
「でも以外でした」
ふと、水都が口を開けた。
「辰巳さん、四国にいるんですから、てっきりうどん好きなのかと思いましたが、蕎麦の方がお好きだったなんて思いもよりませんでした」
「まあうちは年越しとかは蕎麦一択だからな。ついでに父さんが作ってくれた蕎麦が美味いのなんのって・・・・・」
途中で一気に尻すぼみしていく辰巳の声。
「そう・・・父さんの蕎麦・・・・」
「あああ!?辰巳さんのトラウマがフラッシュバックしてます!」
「ええ!?す、すみませんすみません!」
陰りを移した辰巳の眼にひなたが慌てて辰巳を慰めにかかる。
「まさか辰巳がそっち側の人間だったなんてなー」
そんな様子の中、球子はそう呟いた。
「ですよね。あまりうどんを食べませんでしたし、それに、カツ丼しか食べてませんでしたし」
杏もそれに頷く。
「あの時、うどんを好きにはならなかったのね」
「く、てっきりあの瞬間からうどん好きになっているものとばかりに・・・」
千景の言葉に若葉は悔しそうに手を震わせる。
理由はまだ彼女たちが集まった頃の話であり、地元民である若葉とひなたが歌野と水都を除く勇者全員にとあるうどん屋を紹介し、そこでうどんを食べさせた時に皆おどろいて夢中で食べていたが、唯一辰巳だけは微妙な顔をしていたのだ。
「ふっふっふ、それほど辰巳と蕎麦の絆は深いって事よ!」
歌野が思いっきり立ち上がって豪語する。
まさしく傲慢の塊!
「わーお歌野ちゃん言うねー」
そんな歌野の様子を否定するでもない友奈。
これが現在の丸亀城の日常。
あの、対バーテックス人間撃滅作戦において、三人の撃破及び、一人を撤退に追い込めた事に成功し、無事に諏訪の者たちを四国に送り届ける準備が整った。
さらに、向こうでも受け入れの準備が完了しつつあることで、こちらが着くころには終わるとの報告を受け、勇者一向及び諏訪の住人たちは、予定通り、出発を開始した。
道中、何体かのバーテックスに襲われる事はあったが、一日おきのひなたと水都の誘導によって、遭遇する回数は少なく、さらに障害物の破壊に辰巳の『
その結果、被害の一切を出さずに四国に到着したのだ。
その後、歌野と水都は、寮の部屋の増設が完了するまで、しばし他の勇者の部屋で暮らす事となり、それから数日後に、新しく与えられた部屋に住む事となった。
―――――余談だが、歌野がふざけて辰巳の部屋に泊まろうとした事は、ひなたの真っ黒い感情によって止められたのはまた別の話。
ちなみに、その結果で歌野は若葉の部屋、水都はひなたの部屋に泊まる事になった。
そして数日後、現在、教室に新しく歌野と水都を加えた状態で授業を受けつつ訓練にいそしむ日々を送っている。
しかし――――
「ハアッ!」
「ふっ!」
辰巳と若葉が木刀を打ち合う。
木刀の中には鉄棒が仕込んであり、それなりに丈夫に作られている。
さらに若葉の鞘も、本物の刀に使われていた鉄仕込みの鞘を使用している。
そんな、試合の中、辰巳はある違和感を感じていた。
(なんだ・・・・?)
剣を打ち合う中で、辰巳は、若葉の異変に気付く。
あまりにも、体の反応速度が速い。
確証がある訳ではないが、若葉は、辰巳の攻撃を全て
辰巳ほどの剣速があれば、常人では見切れない程の速さで敵を打つ事が出来る。だが、若葉は普通に剣を振る時ではなく、居合を使う時でのみ、その神速を発揮する。言い換えれば、
それなのに、若葉の体は、辰巳の攻撃全てに対応しきっていた。
(どういう事だ・・・?)
そこで辰巳は一つ試してみる事にした。
辰巳の持つ最高の速さを誇る突進技。
「対天剣術『疾風』ッ!!」
突風の如く走り抜け、敵をすれ違いざまに数回斬りつける辰巳の突進技。
今まで、若葉はこの技を見切り防ぎ切った事は無い。
若葉を、都合四回の斬撃が迫る。
「せっぁッ!」
しかし、若葉は、その四撃を全て防ぎ切った。
「なっ・・・!?」
すれ違いつつ、辰巳は今の若葉の対応に驚いていた。
(何が起きた・・・!?)
脅威的な観察眼と洞察力を持つ辰巳の目には、若葉は、確かに斬撃を見て反応して防いだ。
それだけならまだいい。しかし、その動き方にはいささか
若葉の限界以上の速さで肉体が動き、辰巳の疾風を防ぎ切った。
通常ならば、それで腕が痛くなる筈だが・・・・
「どうした辰巳?その程度か?」
若葉には、その様子が一切感じられない。
不敵に笑い、なおも剣を構え続ける若葉。
その表情に苦悶は無く、腕の痛みに耐えている様子はない。
「・・・」
「ん?どうした?」
若葉が首を傾げる。
すると。
「すごいよ若葉ちゃん!」
「ん?」
友奈が称賛の声を挙げる。
「とうとう辰巳さんの疾風を攻略できたんですね!」
「やったな若葉!」
さらに杏や球子からも称賛の声を受ける。
「そうか?私からしたら、辰巳が手加減したかのように見えたが・・・・」
「え?そうなの?」
友奈が思わず辰巳を見る。しかし、辰巳を首を横に振る。
「いや、単純にお前が強くなっただけだろ。この間のアイツは結構強かったからな」
「そうか・・・うむ、そうかもしれない」
納得し、頷く若葉。
しかし、辰巳の元へ、歌野がやってくる。
「で?本当の所はどうなの?」
若葉たちに聞こえないように歌野が聞いてくる。
「・・・・あまりにも反応速度が速かった。正確には反射神経。通常、反射神経が関係する反射速度は、必ず『知覚し、理解し、対応する』という三行程を行わなければならない。並みの人間なら、その反射速度は、0.3秒、
「・・・!?」
「まだアイツは気付いていないのかもしれないが、その気になれば俺たちが一回の行動を起こすまでに最大でも三回は行動を起こす事が出来る事が出来るんだ。単純な話、俺が疾風で四回斬りつけるまでにあいつは
その数字に、歌野は言葉が出ない。
それ即ち、若葉は辰巳よりも強くなる事が出来るという事なのだ。
しかし。
「早々に気付かせてやれば、アイツの居合もさらに昇華するだろうな。もしかしたら、某飛天なんとか流の奥義を習得できるかもしれないな」
「そんな事になったら若葉本物の化物になりそうね・・・・」
そう冗談を交えつつ、歌野は、若葉を見た。
「・・・・私の疑問はね」
「ん?」
「さっきの若葉の剣の振り方、哮兄に似ていたんだ」
「哮さんに?」
「ええ。大雑把なのに鋭いあの振り方は、間違いなく哮兄のものだったわ・・・・どういう事なのかしら・・・・?」
「・・・・」
辰巳と歌野は、心のどこかで、こう思っていた。
若葉は、変わってきている。
それが、一体何に変わるのか、二人には分からなかった。
「ま、強くなるに越したことはないだろ。ついでに、俺たちは二人で組めばどんな敵にだって勝てるんだ。頑張ろうぜ?」
「・・・そうね。よし、そうと決まればLet's Tryよ!」
そう声を挙げ、また訓練を再開する。
しかし、その中で、千景はただ一人、黙々と鎌を振るっていた。
しかしその中で。
「悪い、今日の午後、病院に行ってくる」
食堂にて、辰巳はこういい出した。
「またですか?」
「ああ」
「なんか辰巳ばっかり病院って、どっか悪いとこでもあるのか?」
「この間の無理がまだ続いているみたいでな。それに俺のファブニールはお前らのと違って、化物クラスの力を有しているから、それに対する検査も多いんだよ」
「ファブニールですか・・・」
ふと水都が話に割り込む。
「ドイツのニーベルンゲンの指環に出てくる邪竜の事ですよね。それが辰巳さんの精霊になっているんですよね?」
「まあな。ま、友奈のアレも大概だけどな?」
「アレ?何それ?」
辰巳の言葉に、歌野が頭に疑問符を浮かべ、友奈を見る。
「んっふふ~、秘密ー」
「ええ、教えてくれたっていいじゃない」
歌野がしつこく友奈に聞いてくるが、友奈はそれを軽々とかわしていく。
その間に辰巳はそばを食べ終え、立ち上がる。
「それじゃ、俺もそろそろ行くよ」
「あ、それでは気を付けて」
ひなたに一言かけて、食堂を出ていく辰巳。
「・・・・」
「心配か?」
「ええ・・・」
若葉の言葉を否定することは無く、頷くひなた。
「辰巳なら大丈夫さ。今まで、どんな窮地に立たされても、切り抜けてきただろう」
「・・・・はい」
その時のひなは、そう答える事しか出来なかった。
「・・・・進行が進んでるね」
かつて、辰巳がバーテックスの毒によって絶命の危険に立たされた時の手術を手掛けた医師が、カルテを片手にそう言った。
「この黒い痣から検出されたDNAは、明らかに君のものとは違う。いや、それ以前に、
辰巳の、左肩を中心として見える、黒い痣。
「今のところ、問題は無いように見えるけど、これ以上ファブニールを使えば、君に何が起きるか分からない。戦闘時は、なるべく控えるように」
「分かりました」
辰巳は上着を着て、そう応じる。
「これからも研究を続けるつもりだが、何かわかり次第、君に連絡を入れる事にするよ」
「ありがとうございます」
「・・・・本当に良いのかい?」
「なにがですか?」
「この事を、他の仲間たちには言わないのかい?」
「・・・」
医師の言葉に、黙ってしまう辰巳。
「・・・ファブニールを使わなくても、いずれバレてしまうと思うよ。早急に言っておいた方が良いだろう」
「・・・・助言、ありがとうございます」
辰巳は最後にそう言い残し、診察室を出ていく。
「・・・・難しい事を言うな」
肩を抑え、辰巳は、そう呟いた。
病院を出ると、そこにはひなたがいた。
「ひなた、来ていたのか」
「はい。心配だったので」
「わざわざ悪いな」
「お体の方は大丈夫ですか?」
ひなたは、辰巳の体に触れる。
「大丈夫、まだ反動があるとかで、無理はするなって言われてるだけだから」
「・・・・そうですか・・・・」
ひなたは、それしか返す事しか出来ず、結局それ以上の事は話さず、二人は丸亀城に帰っていく。
その道中。
「んっしょ・・・よっせ・・・!」
「ん?歌野じゃないか」
丸亀城の近くにある畑で、鍬を振るっている歌野の姿を見つけた。
「ん?Ho!辰巳とひなたじゃない。病院の帰りかしら?」
「まあそんな所だ」
「ふぅん・・・・」
「・・・・なんですか?」
ふと、歌野はひなたを見て、嫌らしくにやけた。
「・・・・旦那様のお迎えご苦労様、お・く・さ・ま♪」
「だん・・・ッ!?」
歌野の突拍子も無い言葉に一気に顔をリンゴのように真っ赤にするひなた。
「ななななな何を言ってるんですか!?」
「えーだって二人はそういう仲なんでしょ?」
そう言って歌野は握った拳の人差し指と中指の間から親指を出す。
「なぁ!?ま、まだそういう関係には・・・」
「まだって事はいつかやるのね?」
「あうぅ~」
顔を真っ赤にして、とうとう撃沈するひなた。
しかしその寸前、ある事に気付いて、勢い良く辰巳の方を見たひなた。
「って!なんで辰巳さん何もいわないんですか・・・」
しかしそこにいたのは、口元に片手を当てて、視線を逸らして耳まで真っ赤になってる辰巳の姿があった。
「・・・・・考えてなかった」
「・・・・ひぅ」
その反応に、ひなたは何も言えなかった。
「ひなたさんって、本当に辰巳さんの事になると何も言えなくなるんですね」
「水都さん!?」
「水都・・・」
そこへ、木陰で休憩してた水都が口を開いた。というかそこにいたのか。
「な、何故そこに!?」
「うたのんの畑仕事の様子を見ていたんです。それにしても、普段はしっかりとしているのに、辰巳さんにはデレデレなんですね」
尊敬します、なんて言って水都にしては珍しくからかいに来ている。
それにさらに顔を真っ赤にするひなただったが。
「そ、そういう水都さんだって!哮さんの事になると結構惚気るじゃないですか!嬉しそうにへにょへにょしちゃって!」
「はうあ!?」
その思わぬ反撃に思わず体をのけぞらせる水都。
「それに、歌野さんから聞きましたよ!哮さんは結構良い匂いがするって!それで何か盗んでその・・・お、
「な!?な、何言ってるんですか!?ぬ、盗んだ事はありませんよ!」
「そうですか?哮さんの家に泊まる機会があったらしいですけど、まさかベッドの中で・・・」
「ああああああ!!やめてやめて!というかひなたさんもそう言ってますが、そんな事言ってるって事はそういう事してるんじゃないんですか!?」
「ひぅ!?そそそそ、そんな、辰巳さんの汗に塗れたシャツなんで盗んでなんていないんですからね!」
「ほら盗んでるんじゃないんですか!?」
「しまった!?で、でも!パンツの一枚ぐらい取ってるんじゃないんですか!?」
「パンツじゃないもんタオルだもん!」
「水都さんも何か盗んでるんじゃないですか!」
「あああ!?」
もはやハチャメチャな事になりかけている、というかなっているこの口喧嘩。
が、そこで辰巳がひなたの肩を掴んだ。
「ひなた。その話詳しく」
「は・・・はい・・・」
ゴゴゴと黒いオーラを出して微笑む辰巳に、ひなたは何も言えなかった。
「青春ねぇ」
その様子を、歌野はさわやかな眼で見た。
しかし、ふと表情を改め、歌野は辰巳を見る。
未だに青ざめるひなたを黒い微笑みで威圧している辰巳。
しかし、辰巳のその表情に、何かしらの違和感を、歌野は拭いきれなかった。
寮。
「ひなた」
「ん?なんでしょう、歌野さん」
「ちょっといいかしら?」
「?」
歌野の誘いに、首を傾げながらも応じるひなた。
「貴方、最近辰巳がおかしいって事に気付いてる?」
「・・・・」
その歌野の問いに、ひなたは、俯いて沈黙する。
歌野はそれを肯定と受け取り、話を続ける。
「貴方、このままじゃ絶対後悔するわよ」
「後悔・・・ですか・・・?」
「ええ。辰巳は明らかに何かを隠してる。それがなんなのかは分からないけど、きっと、何か危険な事よ。分かるのよ。何かを抱えていても平気でいようとする人が」
「・・・」
それは、歌野の鋭い勘が告げる、警告。
歌野の力を、ひなたは辰巳からありありと聞いている。
身体的に柔らかく、柔軟。常に周囲を見て、相手の弱点を探るところから始め、そして、味方の戦いのクセや弱点を見切り、それをどう立ち回れば補えるかを、常に考えている、性格からは考えられない、常に考えているタイプだ。そこに獣並みの勘が上乗せされるのだからそれは質が悪い。その思考が、結果的に、近接における高いセンスと脅威的な洞察眼を持つ辰巳と考えが重なり、結果的に相手が何をしたいのかを互いに感じ取れるようになっているのが。
その事には、ひなたは嫉妬しつつも、互いに信頼に足る真の
最も、結婚するとしても正妻の座は渡さないが。
その歌野が、警告をしている。
その事に、ひなたは、ぎゅっと手を握りしめた。
「・・・・私は・・・」
どうにか、言葉を絞り出そうとするが、そこから先が出てこない。
「・・・・ま、聞くだけでも、何か変わると思うわよ」
歌野は、ひなたの肩に手を置く。
「戦う力も持たない巫女でも、役に立つ事はあるわ。それに、貴方は辰巳の恋人なんだから、自信持ちなさい」
「歌野さん」
「Good luckよ、ひなた。迷うくらいならぶつかっていきなさい」
歌野の激励に、ひなたは、精一杯の礼を返す。
「・・・・ありがとうございます」
「・・・・やはりそうか」
『はい。こうなってしまった以上、もうファブニールは使わないで下さい』
「それは出来ないかもしれない」
『何故・・・そのまま使い続ければ、もう、
「もう、俺が失って困るものは無い。あるとすれば、それはこの丸亀の皆だ。
『それでも・・・・ひたなさんを泣かせるつもりですか!?』
「そんな事で泣かせはしないさ。いいや、絶対に泣かせない」
『・・・・それなら、良いですが・・・』
「それと火野。お前、そろそろ神託が下りて来たんじゃないか?」
『ッ!?何故それを・・・』
「声音が少し低いし、息遣いもわずかに苦しそうだ。何を見た?」
『・・・・・敵が、あと二週間の間にやってきます』
『皆さんに、伝えておいてください。今度の敵は、今までの敵とは訳が違います』
次回『レクリエーション』