足柄辰巳は勇者である 作:幻在
土居球子、及び、伊予島杏の死亡、または、殉職。
そして、足柄辰巳と高嶋友奈の、一時戦線離脱。
それらの情報は、大社にそれなりの衝撃をもたらし、事実上、現在戦力となるのは、若葉、千景、歌野の三人だけ。
さらに、辰巳の体に起きていた異変については大社そのものも把握していなかったらしく、改めて、辰巳に対しての緻密な検査が行われた。
その結果―――――辰巳は、その体を徐々に『竜の体』へと変化させていた事が分かった。
参列の列に、辰巳と友奈の姿は無く。
そこにいる勇者は若葉、歌野、千景だけで。
泣き崩れる人がいて。
その死を嘆く人がいて。
その死を憐れむ人がいて。
しかし式は、淡々と進んでいく。
一度内臓全てを体の外へと出され、絶命した体には、手間だったが内臓は全て戻され、穴も塞がれた。
風穴を開けられたほうは、塞ぐ手段がなく、そのまま。
傷口は隠され、ガラスの中から、白い装束を来た、二人の遺体が、眠っているかのように、そこの在った。
辰巳と友奈は目覚めず。
友奈は重症によって。辰巳は、おそらくこの間の暴走によって。
辰巳の左腕は、黒い竜鱗に覆われていた。
葬儀が終わって、数日。上里ひなたは、一人、大切な人の帰りを、ただひたすらに待っていた。
「ひなた」
「若葉ちゃん・・・」
辰巳の病室に、若葉が入ってくる。
「来てくれたんですね」
「ああ。すまない。大社に言われた新たな精霊を使えるようになる為の鍛錬で、なかなか来れなくて・・・」
「いいんです。辰巳さんどころか、友奈さんもあんな状態ですから、その分、新たな精霊を使えるようにならないと・・・・」
ひなたの表情は、どこか暗い。
杏と球子の凄惨な死体。
友奈の重傷。
辰巳の状態。
それらの数々の要素が、一片に叩き付けられたのだ。
精神的に来ても、おかしくはない。
そして何より、辰巳の左腕。
その左腕が、異様な程に変化しているのだ。
形は人。しかし、その体表は、全て真っ黒い竜鱗に覆われている。
初めは、とても小さな鱗で、米粒程度であったという。しかし、今回の一件で辰巳が暴走し、想像以上の力を発揮し、辰巳自らがその体を変質させた。
さらに、彼の皮膚そのものも変化し、弾丸さえも通さないようなそんな硬質な体を創りあげてしまっている。それが、一重に竜の再生力の為せる業だろうが、それでも、辰巳の使う竜の力が危険なものである事には変わりはない。
おそらく、この先、竜の鎧を使い続ければ、その回数に比例して浸食が進むかもしれない。
今後は、彼にその力の使用を控えて貰いたいものだが・・・・
「辰巳は、それを聞かないでしょうね」
「そうだな・・・」
辰巳の性格をよくしっている若葉とひなただからこそ、彼がそんな言葉一つで止まるような存在ではない事は知っていた。
それは、辰巳なりの正義の貫き方なのかもしれない。
しかし――――
「そんなに、苦しそうにしないでください・・・私も、辛くなってしまいますから・・・」
辰巳の眠っているその表情は、どこか、辛そうだった。
「・・・・」
千景は、一人、自室に籠っていた。
ただ一人、体を縮こまらせて。
その眼の下には隈が出来ており、一睡はしていないのはなくても、睡眠不足だというのは十分に分かる。
ふと、千景が眠気に負けて目を閉じた。
目の前に、化物が立っていた。
その化物が、その手に持った大剣を、こちらに振り上げる。
そして恐ろしい咆哮を挙げて、それを一気に――――
「ッ!!?」
それでまた目を覚ます。
「ハア・・・ハア・・・ッ・・・・怖い・・・・」
あの日、辰巳に襲われて、杏や、球子が死んでから、ずっとこの夢を見る。
あまりにも惨たらしく殺された杏と球子の事。
その二人の死によって暴走した辰巳に襲われた事。
その二つの事実が、千景に、決して浅くないトラウマを植えつけてしまったのだ。
酷く、それも根深く。
その事があり、千景は悪夢を見るようになっている。
その悪夢によって、千景は強制的に覚醒させられる日々を送っているのだ。
だが、彼女にとって最も重要なのは、寝不足だという事ではない。
「しに・・・たく・・・ない・・・!私は・・・あんなふうに・・・死には・・しない・・!足柄さんに・・・殺されたりなんか・・・しない・・・!!」
彼女の行動原理は、ただただ『死にたくない』という想いのみ。
生き残る為ならば、どんな手段を率いてでも、そして――――
「愛されないまま・・・死ぬのは・・・いやだ・・・!」
愛されるための価値を見出すために、彼女は、今もなお、恐怖と戦っていた。
「―――――げほッ!ごほッ!」
人気のない林の中で、歌野は吐いた。
その表情は憔悴しきっており、体中からは滝のように汗を流していた。
「ハアッ・・・ハアッ・・・ハアッ・・・・!」
さらに、息も上がっている。立っていられない。膝をつく。
「ぐ・・・ゲホッ・・・おえぇえ・・・」
胃の中身は空っぽなのに、それでも何かを吐き出そうと、歌野の体は強制してくる。
「ハア・・・ハア・・・き、キツイ・・・わね・・・さすが・・・に・・・」
歌野が行った事。
それは、彼女に与えられた、いきなり使うにはあまりにも強大過ぎる精霊を、その半分をその身に宿してみたからだ。
そう、
それだけで、この様。
「ハア・・・く・・・くそ・・・・」
がくがくとする足に鞭を打って、立ち上がろうとする歌野。
しかし、あまりにも体力を持っていかれたのか、立ち上がる事すらままならない。
「ハア・・・・これが・・・・『八岐大蛇』・・・!」
八岐大蛇。
日本の神話において、その力は、友奈の酒呑童子を凌ぐ力を持つ、最強の蛇の妖怪。
しかし、その実態は、水と山の神であり、洪水の化身とされる事が多い。
伝説において、
何せ、友奈の使う酒呑童子の親ともいわれるほどの大妖怪だ。
その気になれば、若葉や千景の使う精霊どころか、辰巳の力さえも超える精霊になりえるのだ。
その属性は、主に水。洪水を引き起こすだけあって強力であり、水のある所では絶対的力を発揮する。
それが、歌野に与えられた新しい力――――なのだが・・・・
「げほッ!!ごほッ!!」
先ほどよりさらに激しく咳き込む歌野。
(な、何よ・・・これ・・・・!?)
何かが、流れ込んでくる。
映像が、浮かび上がる。
激しい水の音、雨が体を打つ音、冷たい感触、煮えくり返る様な激情、心地よい快楽、首に来る激しい痛み。
「があ・・・あ・・・!?」
ありとあらゆる情報が、一度に叩き込まれるかのように、『八岐大蛇』という人格が、流れ込んでくるかのように。
「う・・ぐ・・・」
やっと、落ち着いてきた。
「ハア・・・ハア・・・」
芝生の上に寝そべり、青空を見上げる。
「・・・・・短かったな」
歌野は、一人そうぼそりと呟いた。
ほんの、一ヶ月と少し。
球子と杏とは、それくらいしか過ごしていない。
だけど、それでも、やはり悲しい。
大切なものを失うのは、これで二度目だ。
一度目は狗ヶ崎哮。あの日も、自分が弱かったから、彼を死なせてしまった。
「・・・」
もう、弱かったから守れなかった、なんていう言い訳はしたくない。だから―――
「よっ、と」
バッと起き上がる歌野。
体を鍛えるのはあと。
今は、精霊の力に精神的に耐えられるようにする。
だからこそ。
「―――Standby『八岐大蛇』ッ!!」
「ただいまー」
「あ、お帰りうたのん・・・ってどうしたの!?」
「あー、だいじょぶだいじょぶ。かなり無茶したけど命に別状はないから」
「それでも結構きつそうだよ!?」
寮に戻ってきた歌野は、かなり憔悴しきっていた。
そんな歌野に水都が肩を貸す。
「いやぁ、八岐大蛇の力をある程度使ってみたんだけどね・・・・これが結構きつくて」
「どこでやったの!?」
「人の寄り付かない山」
「あ、そう・・・じゃなくて!」
水都は、これまでにない程ご立腹だった。
「もし失敗して体がはじけ飛んだりしたらどうするの?」
「おおう、随分とストレートに言いますな・・・まあ、その点についてはちゃんとセーブしてるからNo Problemよ」
「でも・・・・」
「大丈夫よ、みーちゃん」
椅子に座り、歌野は無理にでも笑う。
「絶対に死なないから」
そう、力強く言った。
その力強さに、水都は、ついつい頷いてしまう。
「・・・分かったよ。でも、本当に無茶はしないでね」
「分かってるわ。絶対に、次の戦いは」
そう、次の戦いでは、誰一人として、犠牲など――――
数日、たった数日。
それだけで、次の敵がやってきた。
戦闘に出られるのは、たった三人。
傷は、神樹からの加護なのかものの三日で完治。
しかし友奈の怪我だけは回復せず、さらに眠ったままなものだから、戦いには参加していない。
辰巳も昏睡状態。
故に、若葉、千景、歌野の三人だけ。
(まだ、新たな精霊を使える様にはなっていない・・・・このままで勝てるのか・・・?)
未だ、若葉は新たな精霊を使えていない。
それは、千景も同様。
だが、歌野は分からない。今は、どうなのだろうか・・・?
しかし、その考えを断ち切るかのように、金属同士が擦れる音が聞こえた。
「ああ?んだよ三人だけかよ」
そこにいるのは、二人。
一人は、白銀と紅のラインの入った甲冑で全身武装した、やけに声の高い男。
「拍子抜けだな。迅や怜をやったって奴がどこにいるんだよ」
身構える三人。
「よお、クソヤロウ共、俺は『叛逆』の望奴明石だ」
あくまで、高圧的だ。
それは、これまであってきたバーテックス人間と同様。変わる事は無い。
だが、あの甲冑の望奴とかいう奴の威圧だけは、違う。
あれは、人をあざけりながら、狩猟するような、狩人の眼ではない。
あれは剣士。もっと言って騎士。相手を確実に叩き潰し、確実に仕留める目。
奴だけは、辰巳に近い何かを感じる。
「・・・・」
視線を逸らせば、他のバーテックスが、神樹に向かって進行してきていた。
それも、本来なら
でも、今は、三人しかいない………――――。
「・・・・やるわよ」
「ああ」
「・・・ええ」
歌野の言葉に、若葉は力強く、千景はおずおずと、頷いた。
「あの鎧は、私がやる。若葉と千景はバーテックスをお願い」
「ッ!?しかし、一人で・・・・」
「大丈夫、
歌野の言葉に、若葉は一瞬目を見開き、やがて悔しそうに顔をゆがめ、落ち着き、頷く。
「分かった、任せろ」
「分かったわ・・・・」
千景も頷く。
それぞれの得物を手にとり、構える。
「作戦会議は終わったか?」
「ええ、ばっちりとね」
「そうかい・・・じゃあ、いくぜ」
望奴が、その手に剣を持つ。辰巳の細身の長剣とは違い、かなり幅は広く、短いが、それでもかなりの重圧さを感じさせる。
「―――降りよ『義経』」
「―――出番よ『七人御先』」
若葉は、神速の武人を、千景は、七人の亡霊を。そして――――
「――――Standby『
歌野は、山と水の神にして、八つ首の大蛇の姿をした、
体には蛇の入れ墨。それは歌野の体を駆け巡り、生きているかのように動く。
装束の露出部分は増えるも、髪は圧倒的力故に伸び、腰から伸びる裾は八つの蛇の形に変化する。
右目は白眼は黒く、瞳孔は赤く。
その威光は、まさしく、神を思わせた。
これこそ、歌野が宿した、神にして山をも越える巨大さを超える八つ首の蛇。
『八岐大蛇』の降臨である。
「歌野・・・!」
「白鳥さん・・・!」
その雰囲気に、思わず圧倒される若葉と千景。
「・・・はっ」
一方、望奴は笑っていた。
「なんだそれ?強くなったように見えねえが?」
「どうかしらね・・・・これでも、今すぐにでも
確かに、歌野は何かに耐えている様だった。
「行って・・・!」
「分かった、負けるんじゃないぞ」
「誰に言ってるのかしら・・・!?」
歌野のそこの言葉をかわぎりにバーテックスの大軍へ飛ぶ二人。
「そして――――」
「「ッ!!」」
歌野と望奴が衝突する。
「づッ―――――アァァァアァァアァアアアッッ!!!」
「ッ!?」
歌野が突っ込む最中で前方に向かって回転。
そのまま望奴に向かって踵落としを繰り出す。
「おっと!」
しかし望奴はそれを軽々避ける。
が、空ぶった踵落としは―――地面に軽々と巨大なクレーターを作った。
「うっひょお!」
「このッ!」
歌野が鞭を振るう。
瞬間、鞭の先端が肥大化したかと思えばその先端が蛇となって望奴を襲う。
「おおっと、あぶねえあぶねえ」
だが、それすらも軽々とかわされる。
「くっ!」
「今度はこっちから行くぜぇッ!」
「ッ!」
望奴が剣を振りかざす。そのまま振り下ろしてくる。
歌野はそれを下がって回避するも、望奴は追撃をやめない。
まるで獣のように荒々しく激しい攻撃だった。
剣の振り方、威力、速さ、そのどれをとっても強力無慈悲。あまりにも威力が高い。
だが、それと同時に暴れる獣のように切れがない。乱暴であり、雑。それだというのに、こちらの動きを正確に予測して襲い掛かってくる。
恐らく、自分と同じ、勘で動くタイプだ。
そんな相手に、どう戦うか。簡単だ。
(勘で動くなら、勘で勝負してやる)
相手は剣、たいしてこちらはほぼ徒手空拳にかたよっている鞭と体術の複合武術。
だが、こちらの鞭には、とあるアドバンテージがある。それは――――
「うおッ!?」
望奴が体をそらして、蛇の噛みつきをかわす。
「追え、
それは、無限に相手を敵を追いかけ続ける、『蛇の鞭』。
「チィッ!」
蛇は望奴を追い続ける。
しかし望奴は追いつかれれば蛇の頭を叩いて弾き飛ばす。
そのまま弾丸のようなスピードで歌野に迫る。
「舐めないで・・・!!」
剣が横薙ぎに迫る。歌野はそれを超低姿勢で回避する。そのまま立ち上がる勢いを利用して、腹に一撃入れようとする。
「そんだけ思いっきり振り切っちゃったら、反応が遅れ・・・」
「おせぇよ」
「ッ!?」
気付けば、吹き飛ばされていた。
理由は簡単だ。
蹴られた。
「ぐぅ!?」
ゴロゴロと地面を転がり、倒れ伏す歌野。
蹴りは、戦国などの時代にも当たり前に使われた。主に相手を地面に倒し、押さえつける為にだ。
(思いっきり入った・・・・!?)
肋骨が軋む。
かなりの脚力を有しているようだ。
「はっ、結構楽しめたが、まだまだだな」
「くっ!」
飛び上がる様に立ち上がる歌野。
目の前には望奴が立っている。
甲冑から除く視線は、相手を見下すような冷たいものを感じる。
「まあいい、ここで死ね」
「ッ・・・」
剣を突きつけられる。
だが、歌野は笑う。
「貴方、これで終わりって思ってる?」
「出来ればそうであって欲しいな。そのほうが楽でいい」
「そう・・・それは残念だったわね」
突如、歌野の鞭が分裂する。
(これをやれば、確実に機動力は損なわれるけど・・・やるしかない・・・・)
分裂、といっても、纏められた紐が解かれるような感じであり、八つに別れたその鞭は、どれも蛇の頭をしていた。
「『
巨大な蛇の首が、八つ。
「ひーふーみー、今回は蛇狩り祭りだな」
「いって・・・ろ・・・!!」
体が軋む。それを無視して歌野は蛇を使う。
八つの蛇を同時に操る事。それ即ち、八つの腕を同時に扱う事にも等しい。
しかし、歌野のとてつもない集中力は、その操作を可能にしていた。
だが、彼女が使っているのは、日本最強の大妖怪。かの日本三大妖怪を凌ぐほどの力を有する、蛇の神だ。
だからこそ、
「がぁああ!!!」
絶叫、そして、使役。
八つ首の蛇が一斉に望奴に襲い掛かる。
「それが奥の手って奴か・・・」
しかし、望奴は、兜の中で笑う。
「いいぜ、ならこっちもちったぁ本気だしてやる」
彼が、そう呟いた、その時。
赤雷が迸った。
「――――がっぁ・・・!?」
「おせえな」
いつの間にか、腹を刺し貫かれていた。
赤い光が迸ったそのすぐ後に、腹をやられていた。一体、何をされた。
「な・・に・・・・が・・・・!?」
「俺の能力は『電気』。簡単な話、体を
「そん・・・な・・・事が・・・・・」
「可能なんだよなぁ。ほら」
「――――ッ!?」
望奴が、歌野に電流を流す。それは歌野の体を細胞から焼き、絶叫させる。
それは天を貫き、何度か歌野の意識を吹き飛ばしては引き戻す。
何度目かの覚醒の後、望奴は剣を引き抜く。
歌野の腹から血が湯水の如く溢れ出る。
「ぐ・・・ぁ・・・・ァアッ!!」
しかし、それでも歌野は蛇の操作をやめない。
蛇の一体が望奴に襲い掛かる。
「おっと」
しかし、望奴はそれを軽々とかわし、さらにその首を斬り飛ばす。
さらに、歌野は二匹の蛇をけしかけるが、それすらも斬り捨てられる。
「無駄無駄」
それでも歌野は負けじと今度は四体同時に襲い掛からせるも、雷の如き速さで捌かれ、首を斬り飛ばされる。
だが、それでも懲りずに歌野は残りの一体をけしかける。
「無駄だっつってんだろ!」
だが、それすらも真正面から一刀両断される。
これで、全て斬られた。歌野にはもう、攻撃手段が――――
「アァァアアッ!!」
「な!?」
斬り飛ばされた蛇の影に隠れ、歌野が望奴の腹に抱き着く。
そして、八岐大蛇の膂力を全て足に込めて、足が壊れる事を覚悟して一気に
「うお!?てめ・・一体何を考えてやがる!?」
「さあ・・なんでしょうねぇええ!!」
一気に跳んで、海岸付近。
(このまま自分もろとも海に沈める気か・・・!?)
そこで望奴は行動を起こす。自らの体に、強力な電撃を叩きつけるかのように歌野に放つ。
その電撃に撃たれた歌野は、望奴を抱きしめる力が緩む。その隙を逃さず望奴は歌野を掴むと、そのまま海に向かって投げる。
海の表面張力は、叩きつける力が強ければ強いほど、固くなる。
下手をすれば、コンクリートをも上回る硬さにもなる。
海面に叩きつけられるように海に沈む歌野。その地点には、おそらく歌野の腹から流れて出た血が、海を赤く染める。
一方の望奴は無事に陸に着陸する。
「ふー、あぶねえあぶねえ。このまま海に落ちる所だったぜ。さてと」
望奴は神樹の方を見る。
「かなり遠くに飛ばされちまったな・・・ま、いいか、時間はかかるがすぐに・・・・ん?」
ふと、望奴は踏み出そうとした足を止めた。
なんだか、海が震えているように見える。
「なんだ・・・?」
そう、呟いた直後に、それは起きた。
突如として、海から水柱が噴きあがる。
「うおあ!?」
それに驚く望奴だったが、そう考える暇もなく、その水柱は、無数の水の砲弾となって望奴を襲う。それを飛び上がって回避するも、その砲弾並みのサイズでマシンガンのように降り注いだ水弾は、地面を大きくえぐった。
「マジかよ・・・・」
「マジよ」
突如聞こえた声に顔を上げる望奴。そこには、湧き上がる水の上に立つ歌野の姿があった。
「八岐大蛇は水の神。だから、こういった芸当は軽いもんなのよ」
歌野の体を走る蛇の入れ墨が、一層大きくなる。
精霊には、『深度』がある。
以前、交流と深めようと杏と話しあった時に聞いた話だ。
精霊には、その力を使用する為の『深度』が存在する。
『切り札』にある、『奥の手』には、そういった精霊との憑依率なるものを一時的に引き上げ、通常の力の数倍の力を発揮できるらしい。
「杏の、言った、通りだったわね・・・・」
そして、それには同時にリスクが伴う。
精霊は、そのどれもとっても『悪霊』や『怨霊』と称されるものが多い。
辰巳のファブニール、若葉の義経、千景の七人御先、友奈の酒呑童子。
どれも、人に仇為し、不幸をもたらした者ばかり。
だが、歌野の使う『八岐大蛇』は、それらとは一線を凌駕する。
『自我』があるのだ。
「ク・・・・ククク・・・」
歌野の口角が、異常なまでに吊り上がる。
左目が、右目同様、白眼が黒く染まる。
その、強力な『自我』がある故に、歌野の意識を喰われていく。
「クク・・・カカカ・・・・カカカカカ・・・・」
辰巳の暴走も、この『自我』によるもの。あまりにも荒れ過ぎた辰巳の心を、『ファブニールの自我』がコントロールし、暴れさせたのだ。
そして、友奈に現れた異変も、これと同じもの。
友奈は、初めて実戦で酒呑童子を使った。だから、その事実を知らない。
故に、友奈は、
だからこそ、友奈の意識に、『酒呑童子の自我』が入り込んでしまった。
幸い、友奈の精神力は強く、酒呑童子が友奈を認めていたが故に、喰われる事は無かった。
だが、八岐大蛇は違う、否、白鳥歌野は違う。
まだ、
その力を使うには、
「カカカ・・・愚かな娘よ。まだ友の死で精神が不安定だというのに、ここに足を踏み入れるとは」
八岐大蛇が嗤う。
「その残った己が自我、我が自我に喰われぬよう、気を付けよ・・・・まあ、力には振り回されるかもしれんがな」
八岐大蛇が嗤う。八岐大蛇は、あくまで戦いには参加しない。この戦いでは、貸すのは力のみ。
使うものにゆだねる。しかし――――歌野の精神はそれに耐えられず、
「暴走とは、理性が消えた状態をいう。あの男は、友の死によって理性が消滅したが故に暴走をした。だが、お前は違う。お前は、まだ
薄れゆく意識の中、彼女は、『彼』の言葉を聞いていた。
「もう後戻りはできんぞ?クカカ」
意識が、変わる。
「待たせてすまんのう」
「・・・お前、誰だ?」
「儂か?まあ、気軽に
瞬間、斬撃が歌野を―――大蛇を襲う。
「おおっと、危ない危ない」
しかし大蛇はそれをあまりにも
「人間の体は固いから、なかなかに不憫じゃのう」
「テメェ・・・」
望奴は、大蛇を睨み付ける。
「ん?どうした娘っ子―――」
「―――俺を『女』と呼ぶなッ!!」
また斬撃が大蛇を襲う。しかし蛇のように柔らかい動きでかわされる。
「ほう、そんなに『女』と呼ばれるのが嫌か」
大蛇はこれまでにないほど嫌らしく笑う。
「テんメェ・・・!!」
兜越しからでも分かる程の殺気。しかし大蛇はそれを軽く受け流す。
「そうカリカリするな。ま、どうせお前のような『獣』『畜生』風情に、そんなものは無理だろうがな」
挑発を続ける大蛇。
それに、望奴の怒りがついに頂点を超える。
「そうかい・・・・そんなに死にたいか」
「生憎と、儂は既に死んでいる身でな。まあ、今憑依しているこの女子が死ぬと、困る者がいる故、そう簡単に勝ちを譲る気は無いがの」
ケラケラと笑う大蛇。
「なら死ねッ!!」
兜が変形し、その素顔が露わになる。
それは、口調に似合わぬほど美形で、どこをどう見たって女だった。
「ほう、中々いい顔立ちをしておるではないか。そんな顔をしていたら――――喰いたくなっちゃうのぉ?」
「安心しろ。喰われるのはテメェの方だ!!」
赤雷が迸る。
望奴は一瞬にして大蛇との距離を詰め、掲げた剣を一気に振り下ろす。
しかし大蛇は、それを片手一本で受け止める。
それと同時に、腕が爆ぜるように血を噴き出させた。
「おおっと、やはり人間の体は脆いな。故に、楽しみ甲斐がある」
大蛇は笑い、水を操作して望奴を水で横から叩き、吹っ飛ばす。
「ぐぅお!?」
「ほれほれ」
海面から無数の水柱が立ち上る。それら全てが望奴に向かって迫ってきていた。
「舐めるな―――!!」
望奴はその身を電気へと変質させ、襲い掛かってきた水を駆け上る。
「ほう」
それに、大蛇は笑みを零す。
望奴は咆哮して大蛇に襲い掛かる。
「なるほど、海水ならそんな芸当も出来るか」
壊れた右腕を持ち上げる大蛇。
「ウッラァッ!!!」
渾身の振り下ろしが、大蛇に叩き込まれる。だが、大蛇はそれを壊れた腕でまた掴んでいた。
「ならば、これはどうだ?」
大蛇が水を操作すれば、水がたちまち集まって、巨大な水玉となって望奴を閉じ込める。
「がぼ・・・!?」
「ちなみにそれは超純水だ。電気は通さんぞ。・・・・む」
得意げな大蛇が、突然その顔を曇らせる。
そして、壊れかけている左腕を見る。
「ふむ、それほど痛いか」
叫ぶ、その体本来の持ち主の意識の声を聞き、大蛇はめんどくさそうな表情をする。
「チッ、もう少し我慢せんか」
そう呟いた直後、水泡が爆発する。
「む」
「てんめぇぇえ!!!」
体の中を走る電撃を使って水泡をはじけさせたのだ。
「おおう、獣のような獰猛さを持ち合わせていながら、なるほど、それほど冷静な判断も下せるという事か」
「うるせぇ!テメェは今すぐにでも叩き潰す!」
「そうはいかん・・・と言いたいところだが、そろそろこの体も限界だ。その案には賛成だな・・・ぬ!?」
突如として望奴が赤く光り輝く。
「これは・・・ちとまずいかもな」
ここで大蛇は初めて表情を引き締める。
赤い光は、電気。
余波として放たれた電気が地面を削り、空気を裂き、震わせる。
「・・・行くぜぇ」
一瞬、身を沈めた望奴。次の瞬間、地面を踏み砕いて大蛇でさえも反応出来ない速度で接近した。
「なんと・・・・!?」
「オッラァッ!!!」
下段から、地面ごと振り上げる、渾身の斬り上げ。
それが大蛇の―――歌野の体の左腕に直撃する。
血が飛び散り、大蛇は空高く飛ばされる。
だが、左腕は斬り飛ばされていない。
その左手には、水が纏われていた。
砂利などを纏った高圧で放出される水は、強固な楯ともなる。
「やれやれ・・・ここまでやってやったんだ・・・あとで感謝の言葉一つでも貰うぞ・・・!」
苦し紛れにそう言葉を漏らすも、敵はすでに大蛇の上をとっていた。
「終われ」
剣に赤い雷が集束される。
「―――これこそは、憎き人類に復讐する、裁きの鉄槌」
雷は、古来より、神の怒りとして語り継がれてきた。されどこれは、そんな神の力が及ぶ天罰ではなく、憎き圧政者たちへの叛逆の、怒りの雷撃だ。
「立ち上がるは今、憎き者たちを地に落とし、奈落へと落とし、我らの怒りを示す時――――」
今こそ、
仮令、天が裁かなくとも、我らは貴様を許さない。それが、人誅の意である。
故に―――
「―――怒りを知れ『
鉄槌が下される。
その直撃をまともに受けた大蛇は、地面に叩き落される。
雷は、そのまま地面を穿ち、その着弾点に、巨大なクレーターを作った。
地面に降りた望奴は、雷によって焼かれ、煙を吐き出すクレーター中心部・・・大蛇及び白鳥歌野の様子を見る。
「・・・ハッ、流石に直撃喰らえば、塵となって消えるだろ」
望奴は口角を吊り上がらせ、剣を担いで次に行こうとする。そう思い、振り返った、その時。
「――――まだ甘いんじゃないかしら?」
突如として、水柱が立ち上った。
「な・・・!?」
それに驚いて振り向く望奴。
そこには、大量の水を操る、大蛇――――否、白鳥歌野の姿があった。
「あの野郎・・・最後に稽古だとか言って、こんな大技撃たせる気なんて・・・つくづく食えないわね・・・・まあ、あれでも神様だから当然か・・・」
体は軋む、千切れかけている左手の感覚はもうない。血を流し、
「八つの首の力を一度に集束させて、放つ、八岐大蛇最強の必殺技・・・受けてみなさい」
技の安定を放る為に、歌野は、詠唱を開始する。
「満たせよ満たせ、その泉を。積もれよ積もれ、その山よ――――」
八岐大蛇は水と山の神。そして、八人の娘のうち、七人を喰った、
「酒を運べ、美味い酒。我を満足させる酒を持ってこい――――」
しかし、最後の一人は、とある男神によって阻止され、そして、殺された。
「我が腹には、神々より奪いし剣在り。その剣、雲を呼び、雨を降らせる、宝剣にして神剣―――」
その時、大蛇の腹から出たのは、神々の神剣。
「我は神。水と山の神。洪水の化身にして蛇の神。今こそ、神の名のもとに、その剣を抜き放たん――――」
その名は――――
「――――荒れ狂え『
―――アメノムラクモ。漢字では、天叢雲剣。
それは、八岐大蛇が腹に中にいれ、
一説には『
その力の概要は、八つの首のそれぞれの力を一つに集結させ、それを水の刃として放つ、絶対切断の大技。
望奴は、先ほどの大技で力のほとんどを消費し、その上、歌野が保健でしかけておいた『罠』が望奴の足を捉え、動けなくし、そして、望奴でも反応出来ない速度で、その体を一刀両断した。
「・・・チッ」
舌打ちする望奴。
「もうちょっとは、この人生を謳歌したかったな・・・・」
その言葉を最後に、望奴は砂となり消えた。
「ハア・・・ハア・・・ぐ・・・」
一方の歌野は、かなり消耗しており、膝を着き、両手をついた。
「ぐあぁああ!?」
しかし、左腕のダメージが酷く、崩れ、仰向けになる。
体中が痛い、特に左腕。出血、酷い。痛い、何も考えられない。苦しい。心臓が弾けそうだ。眠い。寝たい。
その様な様々な欲求が歌野を襲う。
八岐大蛇は流石に強力過ぎた。
おそらく、辰巳はこれほどの負荷にいつも耐えてきたのだろう。
いや、この八岐大蛇はファブニールを超える程の力を有していると聞く。それなら、まだ救いになるか。
遠のく意識の中、歌野は、誰かの叫び声を聞く。
視線を動かせば、そこにはこちらに全速力で向かってくる若葉の姿が見えた。
(そっか・・・全部、倒したのね・・・)
若葉の表情は必至そのもので、今にも泣き出しそうで。いつも凛々しい彼女からは想像もつかないような苦しそうな表情をしていた。
それを眺めながら、歌野は、目を閉じる。
――――今度は、しばらく、先になって――――
対十天将戦、第二回。
結果。
十天将『叛逆』の望奴明石、死亡を確認。
被害。
白鳥歌野 左手半壊、治療可能。全身の骨にヒビが入り、肉体にもかなりのダメージが入っている模様。故に、昏睡状態が確認されており――――
――――治療の為、一時戦線離脱を決定す。
戦闘可能勇者、残り、二人。
次回『崩れゆく結束』
仮令分かっていても。