足柄辰巳は勇者である 作:幻在
疲労が―――酷い。
意識が、朦朧とする。
しかし、折れる訳にはいかず、剣を地面に突き立て、立ち上がる。
空を見上げる。目の前には、巨大な口を開ける異形が――――
刹那、斬り捨てる。
それらの単純な動作で、バーテックス、呼称『星屑』は砂と化して消える。
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
最後の一体だったのか、樹海化が解除される。
それを感じながら、若葉は膝をついた。
光に包まれ、気付けば、そこは丸亀城の石垣の上。
横からも、苦しそうな息遣いが聞こえ、見ればそこには自分と同じように地面にへたり込む千景の姿があった。
その傍らには巨大な大鎌『大葉刈』がある。
「ハア・・・ハア・・・千景・・・大丈夫か・・・?」
「ハア・・・誰に・・・言ってるの・・・?」
苦しそうに、答える若葉。
まだそんな口が聞けるなら大丈夫か、と答えようとしたが、口が上手く回らない。
これで、何度目の襲撃だ・・・?
そう思うのも何回目か。
一日に数回、それが一週間も続いている。
流石に、そんだけの襲撃を受ければ――――疲労が溜まるのも、当然だ。
辰巳、友奈、は起きず、歌野はつい先日目覚めたものの、左腕は治り切っておらず、戦いには出られない。
その為に、戦いは若葉と千景の二人でやらなければならず、この連続襲撃に、いい加減疲労感が溜まってきていた。
「ふう・・・・」
「大丈夫ですか?若葉ちゃん」
ベンチに座る若葉を、ひなたが労う。ここに水都はいなく、歌野の看病にいっている。
「ああ・・・・なんとかな」
相当な疲労が溜まっているのか、答えるのも煩わしい程になっている。
「精霊の使用頻度、かなり多くなっていると聞きますが・・・」
「ああ、だけど、躊躇ってはいられない。早急に倒さなければ、現実に被害が・・・・」
「問題なのは、現実への被害だけじゃないわ」
「千景・・・」
そこへ、千景がやってくる。
「十天将・・・・さらに、土居さんを殺したあのバーテックスの事も考えなくちゃならないのよ」
千景も疲労困憊といった様子で、その表情が、とても険しいものになっている。
「ああ、それも、そうだな・・・」
「貴方は言われた?精霊の使用が多すぎるから控えろって」
「ああ、言われた。体にかなりの負荷がかかっていると言われた」
それに、千景は煩わしそうに愚痴をこぼす。
「あいつら、分かってないのよ・・・なんのために血の滲む思いで精霊を使っているのか・・・少しでも被害を減らすためなのに・・・」
拳を握りしめ、悔しそうに、呟く。
「何様のつもりよ・・・・自分たちは戦わずのうのうとしてるくせに・・・・だったら精霊なんて使わずに戦ってやる・・・それでどれほどの被害が出るのか、身をもって知るがいいわ・・・だいたい、アイツらは・・・」
「千景、言うな」
千景のヒートアップして呪詛と化し始めた言葉を遮る若葉。
ここにいるのが若葉だけならいい。しかし、ここには他にもひなたもいるのだ。
『自分たちは戦わずのうのうとしている』。その言葉が、ひなたを少なからず傷つけていると思ったからだ。
それは事実であり真実だ。
もし、この場で辰巳がいれば、烈火の如く、千景に向かって怒っただろうか。
「いえ、いいんです」
しかし、ひなたは首を振って千景の手を取る。
「千景さんの言っている事は本当なんです。ですから、どうか全部吐き出しちゃってください。受け止める覚悟は出来てますから。それで、千景さんの心が、軽くなるのなら・・・」
ひなたの言葉に、思わず押し黙ってしまう千景。
だが、数秒の沈黙の後に、千景は彼女の手を振り払う。
「放っておいて・・・どんなに吐いた所で、
そう、突き放すような言葉を吐き捨てる千景。
そのまま去ろうとする千景の肩を、突如若葉が掴んだ。
「おい千景、その言い方はないだろう!?」
突然の怒声。まさかのタイミングで、若葉が、キレる。
「こんな状況だから苛立つのは分かる。だがそれを理由に他人を傷つけて良い訳がないだろう!?こんな状況だからこそ今私たちが協力して―――」
しかし、今度は若葉のその言葉に苛立った千景がキレる。
「貴方は、本当に正論しかいわないわね・・・!!」
「なんだと・・・!?」
「正論ばっかりで、その上無神経な貴方らしいわね。他人の事を考えないで、ただ正論だけで場を収めようなんて、傲慢にも程があるわよ。それに、正論ばっかり並べた所で何か変わる訳でもましてや弱い人間の心に響くわけでもない、この状況が覆る訳でもない。そんな事も分からない貴方に、何かを言われる筋合いなんて無いわ・・・!!」
「ッ・・・その言い訳、弱いお前らしいな・・・!」
「なんですって・・・!?」
「こんな時に弱気になるな!怖いからって逃げて良い訳がないだろう!?正論だけしか述べれない?ならお前はどうなんだ!?一体どういった理屈で戦っている!?何なら
「やめてください!」
突如としてひなたの声が響き渡る。
それは、今悪い方向にヒートアップしていた千景と若葉の口論を止めた。
そして、その声が二人を正気に戻した。
「あ・・・・」
そして、今、若葉は自分が何を言っていたのかを自覚する。
「わたし・・・は・・・・」
よろよろと千景から離れ、己の口に手を当てる。
「・・・ッ!」
その様子をしばし茫然と見ていた千景だったが、突如として踵を返して去っていく。
そのまま自室へと帰っていき、ベッドに突っ伏す。
「高嶋さん・・・・高嶋さん・・高嶋さん・・・・!!」
現在友奈は面会謝絶されており、会う事は出来ない。
酒呑童子の使用に加えて、暴走した辰巳との戦闘で、体にかなりの損傷があるようなのだ。
千景にとって友奈は心の支え。それがない今、彼女の心はどんどん暗く陰鬱な方向へ傾いていた。
「あんな・・・・あんな言い方、しなくても・・・・」
若葉のあの言動、および、形相。
「弱いって何よ・・・・私は弱くない・・・・弱くなんてない・・・!」
そう自分に言い聞かせて呟いた、その時――――
『そう、貴方は弱くない。弱いのは正論にばかり頼る乃木さんの方よ』
突如として聞こえた声に、千景は顔を上げる。
そこには、もう一人の千景がいた。
『正論しか言えず、それで他人をまとめた気になってる可哀想な乃木さん。あんな言い方をしないと自分を守れない。本当に哀れな人』
何を言っているのだろうか。
『自分が正義と思い込んで貴方を断罪する気でいるのよ。それに、彼女はきっとあなたの事を仲間とは思っていないのよ。あの表情を見たでしょう?あの言葉を聞いたでしょう?他人を弱いといって貶める、あの言動を』
若葉のあの言動。そして、表情。
よくよく考えてみると、あれは自分への嫌悪の現れなのかもしれない。
「でも・・・あの人は・・・・」
それでも、認めたくない自分がいる。
『否定するの?あんな事を言われたのに?庇うの?あんな顔を向けられたのに?』
目の前の自分が嗤う。
『乃木さんは敵よ。私をいじめていた連中と同じ、敵よ――――』
その時、スマホが鳴った。
それと同時に、目の前の自分も消えて、やがてここが自分の部屋だという事を思い出す。
「何・・・?」
千景は、とりあえず、鳴っているスマホを手に取り、その液晶画面に現れた文章を見た。
「・・・・」
若葉の表情は、とても暗いものだった。
(私は、あの先を、なんと言おうとしたんだ・・・・?)
ひなたの想いを踏みにじった千景に憤ったまでは良い。だが、あの時、若葉は千景に向かって言ってはいけない言葉を言ってしまった。
お前は弱い、と。
何故、このような言葉を言ってしまったのか。いや、それよりも問題なのは、ひなたが止めてくれなければ自分の口から出ていたであろう言葉だ。
あの時、自分は、一体何を―――。
思い出そうとすれば、そう思うほど、酷く怖くなる。
それに若葉は頭を抱え、うめく。
「私は、どうしてしまったんだ・・・」
「ふむ、随分と溜め込んだようじゃの」
「!?」
突如として聞こえた、聞き慣れた声。
それに慌てて顔をあげる若葉。
「う、歌野・・・!?」
そこにいたのは、今治療中の筈の歌野がいた。左腕は粉砕骨折によってギプスをはめられており、体のいたるところに包帯が巻かれていた。
しかし、彼女に決定的な変化があった。
片目が紅い。
血の様に、真っ赤にだ。それだけでなく、白眼の所は黒く、墨のように真っ黒だった。
そして、その醜悪そうな笑みで、若葉は、それが歌野ではない事を見抜く。
「いや・・・・誰だ?」
「ほう、分かるか。流石の洞察眼だな。まあ、あの男には劣るが」
「質問に答えろ。貴様は誰だ?」
「まあ落ち着け。今のお前は色々と問題を抱えているのだろう」
「だから質問に――――」
「黙れと言っている」
歌野ではない何かが放った威圧に、若葉は想わず黙る。
「儂がせっかくお前に起きている変化を教えてやろうというのに、いや、その言動もその影響の一つか」
「・・・・一体、私には何がおきているんだ・・・?」
「まあ、その説明は、あやつらを含めてしてやろう」
歌野じゃない何かが、若葉の背後に視線を向ける。
そこには、ひなたと水都の二人がいた。
少し落ち着き、歌野じゃない何かがベンチにすわって、説明を始める。
「さて、まず儂じゃが、お前たちの言う精霊が一つ、『八岐大蛇』じゃ」
「八岐大蛇・・・うたのんが使う筈の精霊」
「そうじゃ。まあ気軽に
大蛇の言葉に、その場にいるものが驚愕する。
「安心せい、あくまでこやつの意識が眠ってるときだけしか儂は出ん」
「それで安心しろっていうのか・・・!?」
「短気な奴じゃのう」
「呑気に言うな!」
「若葉ちゃん、落ち着いて」
怒鳴る若葉をなだめるひなた。それに若葉は渋々といった様子で引き下がる。
「さて、ではまずは乃木若葉、おぬしのその短気さの理由だが、端的に言って儂ら精霊のせいじゃ」
「精霊のせい、だと?」
「雪女郎は雪山にて登山者を遭難させ死に至らしめる死の女。輪入道は自ら纏う火で火事を引き起こす厄災。一目連は嵐を持って家やものを破壊し、七人御先は海で溺死した七人の人間の亡霊。義経に至っては兄に殺された怨みを持つ怨霊だ。そんな人間にとっては害悪にしかならないものを体に宿して、果たして精神は無事だと思うか?」
「体の中に、悪いものを入れてる影響で、勇者たちの精神が侵されているとでも言いたいんですか?」
「全く持ってその通りじゃ」
大蛇は悪びれもせず肯定する。
「それで、そんな人間にとって害悪にしかなりえないものを憑依させ続ければ、どうなると思う?」
「・・・・精神に異常をきたす?」
「飛躍しすぎじゃ。瘴気が溜まるんじゃ」
大蛇が、右腕を若葉の胸に差す。
「心が瘴気によって侵され、精神が悪い方向へと傾き、結果的に不安定にさせるのじゃ。マイナス思考、不安、不信、恐怖、自制心の低下、および、破滅的な思考。そんな風な感じに感情として現れるのじゃ。今現在、貴様が陥っているその短気さもその影響の一つだ」
「そんな・・・」
若葉は、頭を抑える。
「どうにかならないんですか?」
「穢れ祓いとか、そういうのに長けたものを使えばいいかもしれんが、如何せん、その力を与えているのは神だ。神の力には神でなければならん」
「そう、ですか・・・」
「ただまあ、心を強く持てば問題はない。しっかりと自覚し、精神を強く保てれば問題ないじゃろう。難しい話じゃない筈だ。のう?」
大蛇は試すかのように若葉に向かって笑う。
それに少しムッとしながらも、若葉は深呼吸をし、そして、心にしっかりと自制心をかける。
「・・・・よし、いいぞ」
「その意気やよし。さて、と、これで精霊の使用への危険性は分かったな」
「ああ」
「だが、それは単純に精霊の外側の力を使っているだけに過ぎん」
「どう意味ですか?」
ひなたが聞く。
「精霊の使用には、その精霊との同調性というものがあるのじゃ」
「同調性・・・?」
「そうじゃ。それにはいくつか階層があってな。まず、お前たちが精霊を纏う。これだけならば、まだ瘴気が溜まるだけでとどまる。しかし、さらに深く潜れば、精霊の意識との対話が可能じゃ」
「精霊との・・・対話・・・!?」
「その通りじゃ。精霊にも、それなりに自我が存在するからの。そして、今儂がこの
大蛇は、得意げに語り出す。
「実は、それなりに深い階層に潜れば精霊の力をより深く、より強く引き出す事が可能じゃ。お前たちのいう奥の手も、一時的に深い階層に入って力を引っ張りだす行為そのもの。だが、その力をさらに引き出す方法として、その奥の手の階層のさらに下にもぐらなければならない。しかし、その時気を付けるべきなのは、精霊の心象世界じゃ」
「精霊の心象世界・・・なんだそれは?」
「一言で言って、精霊が心の中で描いた世界。その精霊が存在する理由、あるいは根源とも言っても良い。問題なのは、その階層に潜った瞬間、精霊の自我に自らの自我が侵食されかねないという点だ」
「・・・・!?」
「この女子、まともな心構えも出来ていないのに勝手にその領域に・・・いや、無意識下でその領域にうっかり足を踏み入れてしまったと言った方がいいかの。まあ、そのせいでこの馬鹿は儂の自我に喰われかけたのじゃが」
「う、うたのんは大丈夫なの?」
「安心せい。まだ消えとらんし、これから自我を強くしていけば問題はない。むしろ、儂を喰い返す程の精神力を持った方が良い。ただまあ、それは
それに思わず安堵の息を吐く一同。しかし、大蛇はその空気を一気に緊迫させる。
「じゃが、儂らは違う。乃木若葉、貴様は今、『大天狗』を使えるようにしているのだったな」
「あ、ああ・・・それがどうかしたのか?」
「覚えておけ。儂と同等、あるいはそれに近しいものおよびそれ以上、人間の力では手に負えぬ力を持つ精霊は、人間の自我を完全に喰らう事が出来る」
『・・・!?』
「大天狗及び、酒呑童子、玉藻の前の、お前たちのいう日本三大妖怪は、儂ほどではないが、自我を喰われる可能性がある。力を使用している間に、自我を乗っ取られ、暴走してしまう可能性もある」
「そんな・・・・」
「心を強く持てばいい。幸い、大天狗は義理堅い奴じゃ。お前とは相性がいいかもしれんな。あの高嶋友奈という女子もなかなかの精神力の持ち主だ。それに、欲深い所もよく似ておるから親和性は高いだろう。足柄辰巳は、もともとある精神力でファブニールの自我を抑えつけている。問題はないだろう。だが、あの郡千景という女はどうかの・・・」
「どういう意味だ・・・?」
「ふむ・・・・・今最も心が不安定なのは、あやつだと思うのだが・・・玉藻の前は卑しい奴じゃ。きっと心の隙をついて食うぞ」
あっさりと衝撃事実を告げる大蛇。
「気を付けろ。おそらく、お前たちの中で最も心が不安定なのは奴じゃ。そんな奴に、三匹中、最も穢れている玉藻の前をつかわせてはならん」
大蛇は、険しい表情で、三人に告げた。
そして――――
「・・・・ん」
一人の少年が目を開ける。
見慣れない白い天井を見て、少年は、今自分がどうなっているのかを考え、そして悟る。
左腕を持ち上げて、視界にさらせば、左腕は真っ黒な痣に・・・いや、黒い鱗に覆われていた。
「・・・・」
それをしばし見て、額の上に置いた。
「・・・・杏・・・球子・・・」
やがて、酷く小さな声、とある二人の名前を呼んだ。
しばらくの沈黙のあと、体を起こす。ふと、自分が寝ていたベッドの横にある机の上に、見覚えのある円盤が置かれていた。
それは、球子が使っていた楯。
「神屋楯比売・・・・」
何故ここに、とは呟かなかったが、少年はおもむろに手に取ってみる。
瞬間、思考がスパークした。
「づッ!?」
頭の中を走った、映像。
千景が、危ない。
別の誰かの声でそんな言葉が思い浮かんだ。
「千景が・・・・!」
少年はすぐさまベッドを下りる。
その時、つい掴んだベッドの鉄格子が、握りつぶされている事に気付く。
それに驚くも、立ち止まっている暇は無い。少年は躊躇いなく点滴の針を抜いて、窓を開ける。
「たしか高知だったな・・・間に合うか・・・・!」
そして少年は飛ぶ。病衣のまま、おおよそ七階の高さから一気に落ちる。
しかし、不思議と恐怖はなく、着地すれば地面のアスファルトは踏み砕かれ、少年は、生身のまま飛ぶ。
「急げ・・・!!」
絞り出すように、少年は走る。
高知県のとある田舎。そこは千景の生まれ故郷であり、そして、最も忌むべき場所だった。
両親の不祥事が原因で、話が広がり、虐めの対象にされて。
ただ、勇者になった途端にこの街の人たちの態度は一変した。
まるで、自分のように誇らしげになり、千景を褒め称える。
そこで千景は悟った。
自分が強ければ、自分が勇者として活躍すれば、皆褒めてくれると。愛してくれると、称えてくれると。もう、寂しい思いは、苦しい思いはせずに済むと。
そう、思っていたのに――――
勇者が死に、四国では様々な異常な現象が起こり、そのせいで人々の心は荒んでいき、犯罪、自殺にまで走る者達まで出てきた。
そして、その原因や責任の全てを、人々は勇者に押し付けてきた。
何故、守ってあげているのに、そんな事を言われなければならない。
『役立たず』『使えない』『何やってんだ』『どうにかしろ』『勇者とは名ばかり』『税金返せ』『全部あいつらの所為だ』『マジ使えねえ』『弱い』
様々な暴言や罵詈が、ネット上でやり取りされている事実を知った時は、まずは怒りがわき、失望が沸き、やがては、暗い憎悪の感情が芽生えてきた。
その状態で、故郷に戻った。母親は、『天恐』を悪化させていると聞いている。
それはどうでも良い。
ただ、問題なのは――――
―――この街の人たちの、態度。
まるでこちらを軽蔑するかのように、陰口をたたくかのように、冷たい視線を向けてくる。
陰口を聞けば、何故か自分の所為で人が死んでいる事になっている。
何故、何故、何故。
家につけば、その答えはすぐに分かった。
庭に投げ込まれた紙や、塀に書かれた文字。それは、どれも千景とその家族に向けられた、罵詈雑言。
『死ね』『役立たず』『クズの娘はクズ』『死ね』『消えろ』『ゴミ一家』『人を守れやしない』『人殺し』『役立たずの勇者』
そんな言葉が、書かれていた。
何故、何故、何故!?何故こんな事を言われなければならない!?何故私が責められなければならない!?守ってやっているのに!誰のお陰で生きていられると思っている!?全部、全部私たちが奴らを殲滅しているからだ!なのに、なんでお前たちは責められる!?
父親からも暴言を言われた。
「お前はクズだ。この役立たず」
その他云々は、もはや耳に入らない。
何故なら、今、最も見てはならないものを見てしまったから――――
――――『土居球子と伊予島杏は無駄死に、税金の無駄』
――――『死んだ勇者は役立たず。つまり土居球子と伊予島杏は無能』
――――『こんな奴らに金を払う必要は無い。役に立たないなら消えろ』
――――――『死んだ二人は、いるだけ無駄だった』
ナゼ
ナゼ、コンナコトヲイワレナケレバナラナイ?
マモッテアゲタノニ、イカシテアゲタノニ
ナゼコンナコトヲイワレナケレバナラナイ
ナゼセメラレナケレバナラナイ
フザケルナフザケルナフザケルナ!!
タタカッテナイクセニ、タタカッタコトスラナイクセニ
オマエタチニコンナコトイウシカクハナイ
ナゼアイサナイ、ナゼタタエナイ、ナゼホメテクレナイ
ガンバッタノニ、イッショウケンメイタタカッタノニ
キズツイテキズツイテ、コワイオモイヲシテ、タタカッテキタノニ
ナンデ、ホメテクレナイノ!?
モウ、ダレモ、ワタシノコトヲホメテクレナイノナラ――――
コ ロ シ テ ヤ ル
そして、今に至る――――
目の前には服を引き裂かれ、体にいくつもの切り傷を作り、血を流す、自分を虐めていた
微かな嗚咽を漏らし、ずりずりと尻もちをついたまま後ずさる。
「―――
今思えば、あの時聞こえた、もう一人の自分は、自分の心の声そのものだったのかもしれない。
だって、あれが、彼女の本性なのだから。
「
鎌を振り上げる。
装束はすでに勇者のもの。
その力を持ってすれば、この大鎌を片手で持ち上げる事など造作もない。ゆえに―――
「
――――致命傷を与える事が出来る。
「―――
少女が顔を庇うように腕をあげる。このまま行けば、この鎌は少女の腕を斬り飛ばして左肩に入り、鎖骨を断ち切って、そのまま右脇腹に駆け抜けるだろう。
そして、そのまま絶命する。それで終わり。
ここで第三者の介入が無ければ。
金属音が鳴り響く。
「・・・・・え?」
「ぐっ・・・!?」
鎌の刃は、何者かによって止められた。
山鳩色の、眠っていたからか以前より伸びた髪。エメラルド色の瞳。屈強な体つき。そして、真っ黒くなった、左腕。
「あし・・・がら・・・さん・・・・!?」
「剣を引け、千景」
見間違う筈がない。この人物は、勇者で唯一の男であり、全勇者最強の男であり、現在、昏睡状態の筈の――――足柄辰巳だった。
辰巳は、真っ黒い竜鱗に覆われた、鋼以上の硬度を誇る左腕で千景の大葉刈の斬撃を受け止めたのだ。
その服装は病衣のまま。汗も相当掻いている事から、全力でここまで走って来たのか。
何故、ここに?どうして、なんで、一体、いつ目覚めた?
そんな様々な疑問が、よぎる。筈だった。
しかし千景にとって重要なのは彼がここにいる事ではなく、彼の行動にあった。
「邪魔・・・しないで・・・!」
「ぐぅ!?」
勇者の力を纏っている千景に対して、辰巳は勇者の力をまとっていない
故に、辰巳は力で負け、弾かれる。
そんな辰巳に向かって千景は鎌を振り上げる。
「ッ!」
辰巳は左腕を掲げ、千景の攻撃を逸らす。
振り下ろされた刃は地面を砕く。
「やめろ!」
「うるさい!」
千景は聞く耳を持たない。
振り回される鎌。それを辰巳は、鋼以上の硬度を持つ鱗に纏われた左腕で防ぎ逸らし続け、乱撃を避け続ける。
「やめるんだ。人を、殺せば、もう後戻りはできなくなるぞ!」
「それでも、構わないわ!無駄だった、何もかも無駄だった!必死に戦ってきたのに、守ってあげたのに、その報いがこれだなんて・・・こんな、こんな事になるぐらいなら、こんな奴らを、守る、価値なんて・・・!!」
「他人に価値をつけるなッ!」
辰巳が反撃する。握り絞められた左拳が、千景の鎌を叩く。
「ぐ!?・・この!」
しかし、それでも辰巳が劣勢なのは変わらない。
「他人の、しかも、自分を虐めて蔑んできた奴らの言葉など糞喰らえだ!そんな奴らに自分の価値を求めるなんて間違ってるに決まってるだろうが!」
「じゃあ、誰に価値を求めろっていうのよ・・・・!」
「仲間がいるだろ!?歌野や水都、ひなたに友奈、そして若葉がいるだろうが!」
「ッ・・・・でも、それでも・・・私はこいつらを許せない!!」
鎌の一撃が、辰巳の右側面を狙う。
辰巳は脇腹を狙ったその一撃を掌で受ける。だが、衝撃は受け止めきれず、衝撃が腹を突き抜ける。
「がッ・・・・」
「騙された!裏切られた!もう何もかも信じられない!どうして誰も褒めてくれないの!?どうして誰も愛してくれないの!?どうして、誰も、誰も私の事を・・・・うぅ・・・・」
気付けば千景の両目から涙が流れていた。
「千景・・・」
「ぅう・・・ぅわぁぁぁああぁああ!!!」
まるで子供の癇癪のように、乱暴に鎌を振り回す千景。
それを辰巳は、左腕だけでは捌ききれない。
(まずっ・・・!)
ついに、辰巳の首の付け根を狙った一撃が、入る。
だが、その瞬間、千景の鎌は大きく弾かれた。
その弾いた正体は――――
「無事か!?辰巳!」
「若葉!?」
青い勇者装束を纏った、乃木若葉だった。
若葉が居合を使って、千景の鎌を弾いたのだ。
「なんで・・・」
「お前がいないと聞いてな。それで千景も一緒に出ていると聞いて、もしかしたらと思ったら、案の定だった」
「乃木・・さん・・・貴方まで・・・・!!」
「千景、もうやめろ。これ以上は、お前が苦しくなるだけだ」
「貴方に何が分かるのよ・・・!!」
今度は若葉に向かって鎌を振り上げる千景。
しかし、若葉に攻撃は届かない。驚異的な反射速度を持って、千景の攻撃を全ていなし、防ぐ。
「やめるんだ!これ以上やっても、何かが変わる訳じゃない!」
「うるさい、うるさいうるさい!貴方に何が分かるのよ!いつも周りに褒められて、称えられて、愛されてる貴方に、いつもいつも蔑まれて虐められてきた私の気持ちなんて、分かる訳がない!!」
涙を流しながら叫ぶ千景。
「放っといてよ。もう放っておいてよ!!」
「嫌だ!」
踏み込んだ若葉の刃が、千景の鎌を弾き飛ばす。
「あ・・・・」
「どんな事があろうとも、私はお前を放っておかない!私は、お前を止めるぞ!千景!」
若葉は、千景に刃を向け、そう叫んだ。
極端に言えば、それだけで良かった。
千景の攻撃は、鎌を弾かれた事で止まり、それによって狭まっていた彼女の視界が広がった。
周囲には人だかりが出来ており、恐らく、千景と辰巳の戦闘による騒ぎに引き付けられてやってきたのだろう。
人とは、例え危険があっても、好奇心に突き動かされる存在なのだから。
だが、ここにいるのは全て千景の敵。そしてこの騒ぎの元凶は千景。故に千景は注目を浴び、その大衆の視線に込められた感情は全て――――
―――軽蔑と嫌悪だった。
「千景・・・」
ふと、辰巳が、千景に言った。
「・・・これが、お前がした事の結果だ」
そして、躊躇いがちに、その
「・・・い・・・い・・・・や・・・・」
後ずさる千景。
「見ない・・・で・・・見ないで・・・」
やがて、膝をつき、頭をかかえ、うずくまる。
「嫌いにならないでください・・・嫌わないでください・・・・どうか・・・・どうか・・・私を好きでいて下さい・・・・」
そこには、ただ一人、理不尽にうちひしがれる、年相応の少女の姿しかなかった。
その後、千景は、若葉と辰巳とともに丸亀に帰った。
だが、千景のしたことを動画でとっていた者がいたらしく、劣勢だった辰巳を助けた若葉は、まさしく英雄で、そしてそんな辰巳を攻撃していた千景の勇者としての地位は―――――
――――どんぞこまで失墜した。
次回『破滅』
もう、彼女に逃れる術はない。