足柄辰巳は勇者である   作:幻在

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今回も、結構酷い描写があります。
ですので苦手な人はブラウザバックを推奨します。

それでもいい人は、どうぞ本編へ


破滅

テレビに、若葉が写っている。

その若葉の様子を、辰巳は拘束された状態で見ていた。

「・・・なんでだ」

「勝手に病院から出るからです」

ひなたがふくれっ面でそう叱る。

「もう、いきなりいなくなったからとても心配になったんですからね」

「すまない・・・」

「謝るぐらいなら警察はいりません。それはそうと、お体の調子はどうですか?」

そのひなたの質問に、辰巳は一度押し黙る。

「・・・・力の調整が難しい。皮膚は弾丸さえも通さなくなって、筋力もかなり上がってる。だが、あまりにも急だったからだ、力加減が良く分からない」

「それについては、少しずつ慣れていきましょう。それはそうと、左手の方は・・・」

「こっちについてはあまり問題はない」

辰巳の左腕は、真っ黒い竜鱗で覆われていた。

こうなった理由は、辰巳はこう説明した。

 

辰巳の切り札である、『怒り狂う邪竜の咆哮(ファブニール・ブレス)』と『黄昏に咆える邪悪なる竜(ファブニール・フォン・アテム)』は、心臓を炉心として、そこから発生したエネルギー、この場合は邪竜の生命力だが、それを左腕を経由して剣に直接流し込み、解放しているからだ。

だが、竜の生命力は、経由した左腕の細胞に少なからず影響を与え、徐々にその体質を変化させていった。

さらに、邪竜の鎧を纏った際に付与される強力な自己治癒力は、その本質は徐々に使用者を竜の体質へと変質させるものだという事が、改めて分かった。

数か月前の侵攻の際、辰巳がたった一人で戦っとき、その能力をフルに活かして戦ったために、その時点で辰巳の体は体質を竜のものへと近づけていたのだ。

 

この二つの事から、辰巳の『竜化』ともいうべき現象は、左腕を中心に広がって行っていた。

 

ひなたが、辰巳の左手を握る。

「・・・・前までは、辰巳さんの熱が感じられました」

「・・・・そうか」

「でも、こんな鱗に覆われてからは、あまり、熱を、感じません・・・・」

ぎゅう、とひなたは、辰巳の左手を強く握りしめた。

ふと、テレビの方から大きな歓声が聞こえた。

「どうやら、演説は成功したみたいだな」

「そうですね」

若葉が行った演説。

それは、大社が計画した、民衆の不安を取り払う為のものだ。

今や英雄視されている若葉を、演説の場に出し、そして大社が創った文書を読み上げさせる事で、人々を鼓舞する気なのだ。

その目論見は成功し、今や、若葉や勇者たちを非難する者達はいないと言っても良いだろう。

「一人を除いて、な」

辰巳は、傍らにおいてあったノートパソコンに目を移す。

そこには、たった一人の勇者を対象に、誹謗中傷などの書き込みがあった。

その対象の勇者というのは、他でもない、郡千景の事だ。

「まるで正義と悪だな。わざと千景を悪者として使う事で、若葉の英雄的立場をより一層強固なものにしてる」

「悪があれば、正義もある・・・・悲しいですが、それが、道理というものです」

ひなたも、納得していない様子だった。

それは、大社が計画したものではない。ただ民衆が勝手に千景を悪者としているだけであり、それが結果的に若葉の立場を強固なものとしたのだ。

大社にとっては嬉しい誤算かもしれないが、辰巳達勇者にとっては、とても芳しくない状況だ。

「千景さん、今頃何をしているのでしょうか・・・」

「家族と丸亀に引っ越してきたんだろ?だったら今は家にいるはずだが・・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千景は、自室に籠って、一人若葉の演説を見ていた。

写し出された若葉は、人々に称賛され、喝采されて、褒めたたえられて。

それに対して自分はなんだ。

あの一件が原因で、今や自分の評価はどんぞこだ。ネット上でも彼女を批判する声や書き込みが多く、もはや千景を勇者という者は誰一人としていない。

先日の一件が原因で、千景は勇者としての力を取り上げられ、自宅で謹慎を受けている。

人々から忌み嫌われ、謹慎の為に誰一人として会う事は叶わず、力も奪われた。

いつから間違った。いつからこうなってしまった。

「う・・・ぅう・・・・」

勇者としての価値も、賞賛も、仲間を失った。

友奈は未だ目覚めず、下の階では暴れる母親が父親が暴言を吐きながら抑え込んでいる。

その騒音が、一層千景を苛立たせ、劣等感を感じさせる。

何故、何故、何故。

生まれも育ちも全く違う。それだけでこの差。

彼女は称えられるカリスマのような存在で、自分は忌み嫌われる悪者のような存在で。

賞賛されてるのは彼女で、嫌われてるのは自分で。

仲間から信頼を集めているのは彼女で、信頼を失ったのは自分で。

考えれば考える程、彼女が憎い。憎くて憎くて仕方が無い。

でもここで彼女を攻撃すれば自分の立場は一層悪くなる。

どうすれば良い。どうすれば良い。

「たか・・・しま・・・さん・・・・高嶋さん・・・高嶋さん・・・!!」

会いたい。彼女に会いたい。怪我は大分治っている。今なら面会謝絶も解かれている筈だならば会っても問題はない筈だ今は一刻でも会いたい彼女に会いたい急げ急げ自分が自分であるうちに早く。

心がぐちゃぐちゃになって、そんな状態のまま、千景は家をこっそりと出て、病院に向かう。

病院の警備員に見つからない様に、裏口から入り、友奈の病室へと向かう。

そんな、コソコソと隠れながら、人目につかないように歩く様子に、千景は、さらに惨めな気分になる。

もはや、彼女に勇者として価値はなく、ゴキブリのように嫌悪される対象だ。

今までのようには、いかない。

やがて、友奈の病室にたどりつき、何故か病室が開いている事に気付いた。

(誰か、入っているのかしら・・・?)

疑問に思いながらも、中を覗いてみる。そして、千景は、息を詰まらせた。

中にいたのは―――若葉だったのだ。

(な・・・ぜ・・・)

何故、ここにいる。何故、彼女はここに来ている。何故、彼女の隣に立っている。

極端な話、若葉は毎日友奈の、いや、今入院している勇者全員の見舞いに、来ているのだ。

だから、彼女がここにいるのは、単純に時間が被ったからだ。

だが、今の千景にそれが思いつく余裕は無かった。

そのまま逃げる様に、病室にも入らずに帰っていく。

走って走って、走り着いた先の家に入り、階段を駆け上り、自室に籠る。

そして―――――

 

 

「――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!!!」

 

 

 

絶叫し、部屋にあるありとあらゆるものを破壊しつくす。

パソコン、ゲーム機、本、枕、ベッドや机にガラス。目に映るもの全てを破壊し、壊して、やがて、千景の部屋は嵐が過ぎ去ったかのような惨状となった。

 

全部盗られた、全部奪われた、全部失った。

 

 

ト リ カ エ サ ナ イ ト

 

「・・・そうよ」

千景は、携帯を取り出す。

「取り返すの・・・・全部、取り返すのよ・・・!!」

千景は、大社に、ある一つの文章を送った―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

樹海の中で、立つのは若葉一人。

辰巳は、未だ竜化の影響が解明されていない為に勇者の力は返されておらず、歌野はまだ左腕の治療で動けず、友奈は眠ったまま。千景は謹慎中で力を剥奪されている。

だから、ここは若葉一人で凌がなければならないのだ。

「やるしかないか・・・」

未だ、新たな精霊は使えず。

大蛇の話にあった、自我を喰われかねないという事にも、注意しなければならない。

しかし―――

「それでも、諦める訳にはいかない」

鍔を親指で押し上げる若葉。

刃が鞘と鍔の間から覗き、光を反射して光る。

ふと、背後から足音が聞こえた。

振り向けば、そこには、千景がいた。

「千景・・・!?」

「迷惑、かけたわね」

千景は心配などいらないとでもいうかのように、笑う。

「もう大丈夫なのか?」

「ええ。心配いらないわ」

「そうか・・・」

若葉は、心底安心した。

あの千景が、自分の意思で、あの状況を乗り越えてくれたのだから。

おそらく、いや、きっと心配はいらないだろう。

「先に行くぞ!」

敵を視認次第、若葉は飛ぶ。

敵の数は、変わらず千近く。一人だけなら不安だったが、もう一人いると、とても心強い。

目の前の何体かを斬り捨てていく。

ふと、千景の様子が気になり、振り向いた。

「千景、大丈夫か―――」

すると眼前に巨大な刃が迫ってきていて――――

「ッぁ!?」

驚異的反射で膝を折り曲げて体を反らしてかわした。

そのまま大きく飛び退いて、距離を取る。

そして、今、こちらに刃を振るった張本人を見て、驚愕する。

「千景!?」

なんと、千景だった。

「何故・・・!?」

「流石ね、乃木さん今ので確実に仕留めたと思ったのに」

「なんでこんな事を・・・!?」

「ねえ、乃木さん、不条理とは思わない?貴方は皆から愛されて、私は疎まれ嫌われている・・・」

千景の様子が可笑しい。

何か、嫌な予感がする。

とても、濃い殺気を感じる。

この殺気は――――紅葉以上か。

「千景、どうしたんだ!?しっかりしろ!!」

襲ってくるバーテックスを斬り捨てながら、そう呼びかける若葉。

だが、千景は聞いていない。

「どうして、こんな事になるのかしら・・・?私、分かったのよ・・・」

今、最も称賛されていて、自分が得るはずだった栄光をかっさらって、唯一の友達をとっていく存在。それは――――

 

「 ア ナ タ ガ イ ル カ ラ ヨ 」

 

千景は、嗤っていた。

しかしその眼に込められているのは、決して喜びなのではなく、深く暗い、昏い憎悪だった。

「貴方を殺せば・・・・勇者が私しかいなくなれば、皆、皆私に頼らざるを得ない。皆、私を頼るしかない・・・・高嶋さんの傍にいられる・・・・!貴方が受けてる賞賛を、愛を、全部、私が受けられるのよ・・・・・!だから、だから・・・」

 

 シ ン デ 

 

悪寒が、走った。

千景の姿が、変化する。

頭には狐のような三角耳。装束は紅い着物となり、腰からは尻尾が生え、その姿は、若葉の生存本能が激しく警報を鳴らす程までに――――暴力的なまでに美しかった。

 

故に、人々は恐れた。

 

その美貌に、その性格に、その所業に。

 

人に混じり、人を騙し、人を誑かす、最低最悪の妖怪。

 

化かす事においては現実を狂わせ真実を騙し、本当を偽り、事実に成り代わる。

 

まさしく人にとっては嫌悪の対象でしかない、妖術系最強の妖怪。

 

その名は――――『玉藻の前』。

 

「ばか・・・・な・・・・」

千景が、新たな精霊を発動させるなんて。

「乃木さん・・・」

千景が、動く。

「死になさい」

新たな気配がした。

見渡せば、そこには、大量の千景がいた。

「な・・・・!?」

間もなく、大量の千景が襲い掛かってくる。鎌を振り上げ、若葉に向かって一斉に鎌を振り上げてくる。

茫然としている若葉に向かって、おおよそ四十以上の刃が振り下ろされる。

だが、刃が直撃する瞬間、若葉は地面を踏み砕いた後にその場から消えた。

「精霊、ね・・・」

唯一、攻撃しなかった千景が振り向けば、そこには、精霊『義経』を憑依させた若葉がいた。

「千景、やめてくれ」

「いやよ」

千景の開いた手に、炎の玉が現れる。

「燃え尽きなさい―――火遁」

「ッ!?」

向けられたそれが、突然、業火となって若葉を襲う。

若葉はそれを飛んでかわすも他の千景が若葉を襲う。

(くッ、止むを得んか!)

刃を抜く若葉。神速で放たれた居合が、分身である千景の体を引き裂く。

 

瞬間、血が飛びちった。

 

「・・・・・え?」

「かは・・・!?」

目の前の、腹を斬られた千景が吐血して、落ちていく。

(まさか・・・・ほんもの・・・・?)

間もなく、背中に鋭い痛みが走る。

「ぐぅ!?」

「悶えなさい」

「―――がぁぁぁあぁぁあああ!?」

その直後、まるで銃にでも撃たれたかのような痛みが背中に走った。

態勢を崩す若葉。

さらに、別の千景が若葉の腹に、圧縮した風を炸裂させ、若葉を一気に落下させる。

「がは・・・!?」

地面に叩きつけられる。その瞬間、今度は地面から打ち上げられた。

「ごは・・・!?」

合計三撃。

若葉は宙を人形のように飛び、地面に叩きつけられる。

「ぐ・・・ぅう・・・」

あまりにも重い攻撃を喰らい過ぎた。

(さ・・・きの・・・千景・・・は・・・・)

周囲を探してみる。

ふと、目の前に立った千景を見上げた。

「ひっ・・・・」

そして短く悲鳴が漏れた。

その千景は、先ほど若葉が腹を切り裂いた千景だった。

「のぉぎぃさぁん・・・・?」

「や、やめろ・・・くるな・・・」

鎌を振り上げる千景。

若葉は、恐怖で動けない。

「惨めね」

千景は嗤う。

「そんなあなたの姿を見たら、皆どう思うでしょうね」

醜悪な笑みで、千景は、その様子を見る。

「のぉぎぃ―――」

「うわああぁぁあぁああ!!」

恐怖のままに、若葉は剣を振るった。

千景の首を跳ね飛ばし、首から噴き出る血を見る。

だが、それでもその千景は動くのをやめず、さらに、周囲から別の千景が襲ってくる。

「あぁあぁあああ!!」

斬る、斬る、斬る。

血が飛び散る、かかる、浴びる。

それはまさに惨劇、血の雨が降り注ぎ、まるで、一人の少女が狂乱のままに大量殺人を起こしているように見える。

「来るな、来ないで、お願い・・・こないで・・・・・!」

支離滅裂な太刀筋で、若葉は千景たちを斬り捨てていく。

考えてみれば、若葉も精霊の瘴気に犯された者の一人だ。

普通の彼女なら、あそこで、()()()()()という考えはしない筈なのに。

なのに、若葉は偽物とはいえ千景に刃を向けた。

それが、千景の術中にはまってしまったのだ。

若葉を徹底的に絶望させて、そして、殺す。

それこそが、千景の思いついた、最低にして最高の復讐。

全てを取り返すための、千景の、計画。

その術中に、若葉は、もうハマってしまったのだ。

「ハア・・・ハア・・・」

やがて若葉に反撃の意思はなくなり、刀を下ろす。

(なんで・・・・こんな事に・・・)

何人もの、斬り殺した筈の千景が、嗤って襲い掛かってくる。

首を跳ね飛ばしても、腕を斬り飛ばしても、致命傷を与えても、襲ってくる。

こちらの名前を呼んで襲い掛かってくる。

どうしてこうなった。

一体、いつからこうなってしまった。

どうして、こんな事になってしまったのだろうか。

一体、どこで間違ってしまったのだろうか。

(もう、いい。もう、疲れた)

偽物とは分かっていても、もはや自分にまともな考えが出来るとは思えなかった。

血を見てしまった。それも仲間の血だ。

それだけで、若葉の精神は半ば狂い壊れた。

ただ、もっと、千景と仲良くしていく方法があったのではいかと、今更ながらに思った。

もっと、仲良くしていれば、もっと、彼女の心の声に耳を傾けていれば。

何か、違う結末があったのではなかったのだろうか。

もう、刀を振るう事は出来ない。

出来る事なら、ひと思いに、この首を―――――

(―――斬り飛ばしてくれたなら)

血まみれの千景が、襲い掛かってくる。

その鎌は横一文字に、若葉の首を狙って―――――

 

―――――次の瞬間、若葉の生大刀が、千景の大葉刈を弾いた。

 

その若葉の行動に、千景は目を剥く。

(―――死ね、ない・・・・!!)

歯を食いしばって、若葉は、生大刀を構える。

(死ぬわけには、いかない!)

「オオオオオオォォォオオ!!!」

絶叫し、襲いかかってくる千景たちの攻撃を、驚異的反射速度で防いで行く。

もう斬らない。斬りはしない。斬ってなるものか!

若葉は、反撃しない。反撃せず、全ての千景を退けていた。

ただただ、生きるために。

死にたくない、なんて後ろ向きな感情なんかじゃない。

生きたいと、今を生きる、勇者や巫女たちと共に生きたいと、そう、前を向いて言える想いで、剣を振るっていた。

だから、殺さない。斬らない。傷つけない。

「千景!!」

だから若葉は叫ぶ。

「私は前に言った!」

嗤う千景に向かって若葉は叫ぶ。

「お前を止めると、必ず、お前を止めると!だから―――」

剣を薙ぎ、叫ぶ。

「――――お前を止めるぞ!千景!」

 

「 ウ ル サ イ 」

 

後ろから、殺気を感じて、若葉は振り向いて迎撃しようとする。

目の前には、まだ、血に塗れていない千景。その口元は大きく歪み、その眼には暗く激しい憎悪を燃え上がらせて鎌を大きく振りかぶっていた。

若葉は片手で左から、居合の要領で、千景は右から、大きく薙ぐように。

同じ方向での交差法。

このままいけば、鎌と刀の刃は正面衝突し、互いに弾かれる。

 

しかし、その時若葉は、どういう訳かすでに振るわれた刀を左手で掴んでいた。

 

「っぐぅ!?」

若葉の表情が苦悶に歪む。

何故、こんな事をしたのか。

それは、若葉が、目の前の千景を、()()()()()()()からだ。

それは事実であり、千景は、なおも抵抗する若葉に苛立ち、自ら手を下しに来たのだ。

だが、ここで若葉は判断を間違えた。やはり精霊の影響が抜けなかったのか、若葉は、心のどこかで『千景を斬ってしまう』と思ってしまい、思わず刃を無理矢理止めたのだ。

若葉の刃は止まり、千景の刃は、なおも若葉の首の付け根に向かって迫る。

(ああ・・・・死んだ)

若葉は、死を直感した。

もう、迎撃しようにも間に合わない。

どれほどの反射速度を持っていようとも、鎌は、こちらの刃が捉える前に、首に突き刺さる。

頸動脈をやられれば、そして、その奥にある頸椎を切断されれば、そこまで深く刃が入れば、死は免れない。

(とった・・・!)

一方の千景は狂喜に震えていた。

ついに、ついに憎き乃木若葉を仕留める事が出来る。殺せば、もう勇者は自分一人。全ての人が自分を見てくれる。褒めてくれる。愛してくれる。

さあ、もう少しだ。もう少しで、この女の首を――――

 

 

 

 

しかし刃は若葉の首に届かなかった。

 

 

 

 

「――――え?」

突如として無数にいた筈の千景の分身が消滅。

それと同時に千景の『玉藻の前』が解除される。

突然の事に、千景は茫然として、攻撃が中止となる。

「な、何が・・・!?」

何が起きたのか分からず、次に起きたのは勇者装束の消滅だった。

「え・・・・!?」

気付けばそこにいるのは、いつもの制服を着ただけの千景だった。

さらに今の今まで軽々と振るえた鎌が突如として重くなり、持っていられず落としてしまう。

そして、最後に感じたのは―――――

 

 

―――何か、決定的な何かがぶつん、と切れる感覚だった。

 

 

「千景!?どうした!?」

若葉は呼びかける。しかし千景は答えずスマホを取り出し、再度勇者に変身しようとする、が。

「ない・・・!?」

その為のアプリが消滅していた。

いつも、スマホの液晶画面にあった、勇者に変身する為のアプリのアイコンが、綺麗さっぱりと消えていたのだ。

「なんで・・・どうして・・・!?」

訳が分からず、混乱する千景。

だが、そんな千景に向かって、口を大きく開けて襲い掛かってくる、星屑がいた。

「あ・・・・」

それを千景は茫然と見ている事しか出来ず、そのまま星屑の餌食になる―――

 

―――事は、なかった。

 

「やめろォ!!」

絶叫、そして、両断。

若葉が、真上から刀を振り下ろし、星屑を一刀両断したのだ。

「千景!私の傍を離れるなッ!!」

振り向いて、叫ぶ若葉。

さらに、他の星屑が襲い掛かってくる。

その全てを、若葉は一瞬にして斬り捨てる。

まだまだ襲い掛かってくる。それでも若葉は、迎撃する。

その全てを、千景に近寄らせず事はせず。

「なん、で・・・・どうし、て・・・・」

訳が分からず、千景は問いかける。

「私は、貴方を・・・」

「そんなの関係無いッ!!」

怒鳴る若葉。

「お前は私の仲間だ!これ以上失ってなるものか!これ以上、死なせてやるもんか!私は、もう、何一つ失いたくないんだッ!!!」

若葉は、義経の奥の手『八艘飛び』を発動し、群がる星屑を一層する。

それでも、星屑は襲うのをやめない。

「どんな目に会おうとも、どんな辛い目に会おうとも、私はお前を見捨てない!見捨てたくない!必ず、一緒に帰るんだッ!!」

それで、千景は気付く。

(ああ、そういう事か)

何故、彼女が尊敬されるのか。何故、自分が嫌われるのか。

それは、単純に心の強さだった。

彼女の心は強く、自分の心は弱かった。

ようはそれだけ。

ただ、彼女には支えてくれる友人が昔からいて、自分には、そんな友達はいなくて。

様々な環境が関わっているのかもしれないけれど、それでも、彼女は、強くあり続けたのだ。

そして、ずっと、自分の事を見てくれていた。

それだけじゃない。あの丸亀城にいた全員が、皆、自分を褒めていてくれた。

傍にいてくれた。大切にしてくれた。愛してくれていた。好きでいてくれた。

それに、気付けなかった。

ただ、それだけだったのだ。

だが、ならば、それならば、私も―――

 

「――――がっかりだ」

 

ふと、冷たい悪寒が、若葉と千景の間に走った。

星屑の集団の中心。

そこに、一人、男が立っていた。

全身を鎧で包み、片手には丸い銀色の楯、もう片方には、刀身が大きく湾曲した、鎌のような刀身をした剣、ハルパーを持っている。

一歩踏み出す度に、がしゃん、がしゃんと鎧同士が擦れ合い、その兜の隙間から、こちらを睨み付けていた。

「・・・・」

若葉は、言葉を発する事は出来ず、千景は、がちがちと歯を打ち鳴らす。

それほどまでに、その男の威圧は、その場の空気を一気に凍てつかせていた。

「いつでも、殺せるチャンスがありながら、結局は失敗に終わるとは、非情にがっかりだ」

低く、冷たい口調。

「今だってそうだ。今そいつは雑魚どもの相手に手一杯だ。その間に、背中から心臓を刺せば、お前の復讐は成功するというのに、その気を失うとは」

心底、失望した、とでもいうかのように、男は千景を見下した。

その眼光に、千景は何も言えず、ただそこにへたり込んでいる事しか出来ない。

「もう、何もしないなら、今ここで死ね」

男がハルパーを振りかぶり、千景に突撃する。

「っゥアァ!!」

だが、その間に若葉が割って入る。

ハルパーの一撃から、千景を守る。

「させない・・・・!!」

「チッ」

舌打ちをする男。

鍔迫り合いに突入するも、他の星屑は、なおも千景を狙って襲い掛かる。

「ッ!!」

若葉は、男の膂力を、後ろへの推進力にして離れ、千景に襲い掛かる星屑を斬り捨てる。

だが、そこへ男が千景に剣を掲げる。

振り下ろされたその一撃を、若葉はどうにか刃を挟み込む事で防ぎ、無理矢理弾き飛ばす。

そして若葉は、一気に畳み掛ける。

「オオオオッ!!」

己の反射神経をフルに使って、乱撃を叩き込む若葉。

0.05秒以下の間隔で放たれる連撃。普通なら、反応できない筈の攻撃を、男は全て防ぎきっていた。

「無駄だ。お前の攻撃は俺には届かん」

楯で、若葉の連撃を止める男。そして、そのまま楯で若葉を殴る。

「げほ!?」

吹き飛ばされ、神樹の太い蔓に叩きつけられる若葉。

「俺は『英雄』の志典浩二。貴様らに鉄槌を下す者だ」

男、浩二は、そう高々と名乗り上げる。

「英雄・・・・」

千景は、その言葉を呟く。

「貴様には失望した。勇者を殺した暁には、俺達の仲間に引き入れてやっても良かったものを」

浩二は、千景に歩み寄る。

「ひっ」

「ッ・・・・やめろぉ!!」

若葉が飛ぶ。しかし、星屑たちは、その突撃を阻む。

「ッ邪魔をするなぁぁぁぁああ!!!」

絶叫し、若葉は星屑を斬り捨てていく。

だが、それでも星屑たちは若葉の邪魔をする。

その間にも、浩二は千景に近付く。

「いや・・・来ないで・・・」

「死ね、勇者。我らが悲願の為に」

剣を振りかざす浩二。その冷たい眼光は、なおも千景を見据えており、このまま振り下ろせば、千景の左肩を切り裂き、鎖骨を断ち、心臓に至るだろう。

今の千景は、もはやただの一般人と同じだ。

反撃はおろか、逃げる事さえも出来ない。

敵は、それほどまでに、強大なのだから。

そして、今、絶体絶命の刃が、千景に、振り下ろされた――――

 

 

 

 

 

「――――良かった、今度は、間に合った」

 

 

 

 

()()()()()()、血が飛び散り、その声が聞こえた。

金属音は折れる音、血は千景のものでは無く、声は、千景の悲鳴ではない。

では、何か。

 

若葉が、斬られていた。

 

「の・・・・ぎ・・・・さ・・・・」

千景は、絞り出すように、呟いた。

血が頬に付着し、その冷たい感触が、千景の体温を一気に下げる。

生大刀は半ばから折れており、若葉の左肩から脇腹にかけて、決して浅くない傷が出来ており、間違いなく、致命傷。

「・・・チッ、心臓には届かなかったか」

短くそう吐き捨てる浩二。

そして、その数秒後、若葉が、千景に向かって倒れた。

「あ・・・ああ・・・・・」

血の水たまりが広がり、千景の服を赤く染めていく。

「今度こそ、終いだ」

また剣が振りかざされる。

このままでは、死んでしまう。死ぬ?誰が?私?()()。彼女。誰?私の大切な人。守ってくれた人。死なせてはならない。ならどうする?どうすれば良い?どうすれば助けられる?どうすれば救える。どうすれば彼女を守れる。どうすれば、どうすれば――――

「いや・・・」

気付けばそれはシンプルで、まだ気づいてなくて。

「いやぁ・・・」

いうだけなら簡単だけど、難しくて。

「いやだぁ・・・」

 

これしか、方法が無いから、実行するしかなくて。

 

 

「死ね――――」

 

 

 

 

だから、叫んだ。

 

 

 

「死なせたくないッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから、奪った。

 

 

 

 

神の力を――――この、『神奪(しんだつ)』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『終わらぬ命など無く、そ(ヒガンバナセ)れでも世界は廻り続ける(ッショウセキ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、玉藻の前が、その正体を見破られ、逃げて逃げて、逃げた先で己の死を悟った時、この世の全てを怨んでその身を変えた石。

その石が発する呪いは、全ての命を平等に奪い、死に至らしめる、最高にして最凶の呪術。

そして、なんでもかんでも化かし騙してきた彼女の、たった一つの、唯一の真実。

 

嘘しか言ってこなかった化け狐の、たった一つだけ示した、本当にして、事実。

 

 

 

それだけは、彼女が存在したという、証、故に――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、突然の事。

 

数人の子供たちが公園で遊んでいたときの事。

 

とあるカップルが街中でデートしていた時の事。

 

学生たちが学校で勉強をしていた時の事。

 

会社で会議が行われていた時の事。

 

漁師が海で魚を獲っていた時の事。

 

とある母親が泣き喚く子供を必死に慰めていた時の事。

 

路地裏で、不良が喧嘩していた時の事。

 

引き籠りの男性が、ネットサーフィンに勤しんでいた時の事。

 

そして、巫女たちが、神託を受けた時の事。

 

 

 

病院で、ひなたと水都が立ちくらみ、辰巳と歌野に、悪寒が走った時の事――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

香川は、崩壊した―――――

 

 

 




次回『災厄の勇者』

故に彼女は、全てを背負う。
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