足柄辰巳は勇者である 作:幻在
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それは、突然だった。
いきなり、ぐらりと地面が揺れ、ひなたが態勢を崩したところを、拘束具を引き千切って辰巳がひなたを支えた。
そして、大丈夫か、と聞く間もなく、とてつもない轟音が、窓の外から聞こえ、そして、窓ガラスが一斉に割れた。
「きゃあ!?」
「うお!?」
あまりにも突然の事に、ひなたも辰巳も訳が分からず、ただただ揺らされるままに、辰巳はひなたに覆いかぶさる様に、その揺れに耐えた。
今まで経験した事もないような地震に、辰巳であっても立つ事が出来ない。
それほどまでに、この地震は大きく、動けない。
ほぼ、一時間ほどは経過しただろうか。
揺れはそれほど続き、やっとの事で止まった事を確認して、立ち上がる辰巳。
「ひなた、大丈夫か?」
「・・・・」
「ひなた・・・?」
しかしひなたに返事はなく、辰巳は心配になって、ひなたの体に触れる。
びくり、と一度跳ねたあと、ひなたは、ゆっくりと振り向いた。
それは、先ほどの地震が起きる前の元気な表情ではなく、とても、恐ろしい何かを見たかのような、悪夢でも見たかのような顔だった。
「どうした?何があった・・・?」
「あ・・・あ・・・」
上手く口が動かせないのか、嗚咽しか漏らせないひなた。
辰巳は仕方が無く、ひなたを抱き上げ、ベッドに座らせる。
「大丈夫か?水でも・・・」
ふと、ひなたは、窓の外を指差した。
それにつられて、辰巳も外を見た。
「―――――なんだよ、これ」
そして、信じられないものを見た。
意識が、覚醒する。
いつの間にか眠っていたのか、だるい体を持ち上げる。
ここはどうやら丸亀城の石垣の上のようだ。
未だぼんやりとする意識。しかし、次第にはっきりしていき、ある、重要な事を思い出す。
「そうだ、乃木さん・・・!!」
慌てて周囲を探し、そして、すぐ傍で仰向けになって倒れている少女を見つけた。
体には飛び散ったであろう血がついており、しかし、彼女が着ている制服には血が切り裂かれてもいなければ、血が流れ出ている訳でもなかった。
念のために、呼吸や脈をとってみれば、どちらも問題はなく、まるで眠っているようだった。
「良かった・・・・」
その様子に、心底安心する。
その時、風が吹いて、それに混じっていた砂粒から顔を腕で庇い、それが収まった時、腕をどかした。
「――――――」
そして、見てしまった。
今まで見えていた筈のビルや建物、そして木に、地面。
それら全てが――――
跡形も無く崩壊していた。
「なん・・・で・・・」
どうしてこうなっている。どうしてこんな惨状になっている。
一体、何故―――
そこで、ふと思い出す。
樹海がダメージを受ければ、現実世界にも影響が出る、と。
つまり、樹海がなんらかのダメージを受けて、その結果こうなってしまったのだろう、と、そんな呑気に千景は思考して――――
―――いなかった。
「あ・・・ああ・・・・ああああ・・・!!!」
千景は、自分がした事を思い出す。
若葉を助ける為に、神樹から
それは全てを死に至らしめて破壊する、『死』の概念の究極形。
その力で、千景は、樹海の一部を
ただ、若葉を守りたかった。それだけだ。
その結果がこれだ。
人々を傷付け、若葉を殺そうとしたのでは飽き足らず、樹海を破壊して香川の一部を崩壊させた。
少なくとも、丸亀は全滅。他の街にも、きっと被害は出ているだろう。
死者は大量。怪我人もきっといっぱいいるだろう。そして、その怪我人の中からも、死者が出るだろう。
「ハハ・・・ハ・・・」
その事実に、千景は乾いた笑い声をあげた。
これは報いだ。
たった一人に嫉妬して、神の力を使った報いがこれなのだ。
これで、自分の評価は、もはや改善不可能なほどに落ちぶれるだろう。
大量の市民を殺した大量殺人者。嫉妬に駆られたサイコパス。
勇者でありながら民衆を殺した最低な勇者――――
ちょっと待て。
もし、これが、バーテックスの所為であると大社が公表した場合、その全ての責任は勇者全員となる。さらに、現在、歌野、友奈、辰巳は療養で戦いには参加しておらず、戦闘に出たのは、自分と若葉の二人だけになる。
もし、その全ての責任が、自分たちに降りかかれば。そして、今現在神格化し始めている若葉が、この一件で、その人気を一気に失ったりしたら――――
「・・・だめ」
千景は立ち上がる。
「そんなの、絶対にさせない・・・・」
考えろ。どうすれば最悪の結末を回避できる?
勇者の信頼を失わず、そして、皆を守れる方法を。
考えろ。考えろ。
今、自分に出来る事を考えろ。
「・・・・・あった」
そして、思い至った。
「これなら、皆を、高嶋さんを・・・乃木さんを、守れる・・・・」
しかし――――
(これをやれば、私はもう、皆と・・・・)
千景は、若葉を見る。
まだ気絶しており、穏やかな寝息が聞こえてくる。
今までの千景であったなら、呑気なものね、と言って呆れていただろうが、今はもう、違う。
千景は、未だ眠る彼女の元へ行き、しゃがんでその手を両手でとった。
そして、一度深呼吸をして、決意を固めて、千景は若葉に告げた。
「乃木さん。私は貴方の事が嫌いよ。いつも私より強くて、気高くて、沢山の人に褒められてた貴方が、嫌いだった」
ぎゅう、と若葉の手を握る手に力を込める。
「だけど、貴方が、嫌いなのと同じくらい――――」
千景は、両目から、涙を流して、
「――――貴方のことが、好きだった」
いつ、この力を手に入れたのか分からない。
でも、不思議とこの力の使い方は分かっていた。
だから、迷いなく使うことにした。
乃木若葉という端末を経由して、神樹にアクセスする。
繋がりを感じたら、あとは、蛇口を捻って流し込むだけ。
気付けばば千景は、あの赤い勇者装束に身を包んでいた。
その手には、彼女の大鎌が握られており、軽々と振れた。
これで、準備は整った。
そして、千景は、まだ眠ったままの若葉を見て、一言、告げた。
「ありがとう、さよなら」
街中は騒然としていた。
「ひでぇ・・・」
思わずひなたが何故か持っていた辰巳の勇者システムを奪い取って病院を飛び出してきた辰巳だったが、いざ現場へときてみれば、そこは余りにも酷い有様だった。
建物は原型も残さずに崩れ、地面は割れたり陥没したり、草木は塵になるほどに枯れ果て、そこに動く人影は、ほとんどいなかった。
辰巳は生存者を探すべく、周囲を見渡した。
だが、どこもかしこも、悲惨な状態で、生存者を見つける事は困難を極めた。
ふと、子供の泣き声が聞こえて、辰巳はすぐさまそちらにむかった。
そこには、瓦礫の下敷きになっている女性と、そのすぐそばで泣きじゃくる子供の姿が見えた。
その様子から、親子のように思える。
「うう、おかあさん、おかあさん・・・!」
「うう・・・」
辰巳はすぐさま駆け寄って呼びかける。
「大丈夫ですか?今助けます」
すぐに瓦礫を退かしにかかる辰巳。
女性の上に乗っかっていた瓦礫を軽々と持ち上げて、どかして、絶句する。
「・・・・・ッ」
足が、潰れていた。
瓦礫の下敷きになった際、押し潰されたのだろう。
「・・・・」
辰巳は堪えるように、女性を瓦礫から出して、どこか平たい場所に寝かせる。
「意識はありますか?」
「うう・・・・・あ、あなたは・・・」
「足柄辰巳です。これを噛んでいて下さい・・・」
少し逡巡したのちに、辰巳は、女性にある事を耳打ちする。
それに、女性は一瞬目を見開く。その後辰巳がまた何か耳打ちすると、やがく悔しそうに顔歪めて、諦めたかのように目を閉じた。
辰巳はそこらにあった木片を咥えさせると、まず、両足を落ちていた紐で縛り血を止めて、次に剣を抜いて、その潰れた足を両断した。
「――――――――ッッ!?」
「すまない。我慢してくれ」
痛みに悶える女性。ちなみに、子供の方は、気絶させておいた。
この歳で、血を見せるのは、とてつもなく酷な事だから。
女性の脚は、修復不可能なほどに潰れていた。
だから、一度切断して止血した方が、生存率はあがる。出血量は、問題はない。
辰巳は立ち上がる。
そして、また走る。
いくつもの泣き声を聞いた。その度に、救助をした。
ふと、何人目かの救助で、手遅れで、すでに死んだ少女を助け出した時、その父親らしき男が、辰巳の胸倉を掴んだ。
「ッ!?」
「なんでもっと早く来てくれなかった・・・・!!」
父親は、両目から涙を流していた。
「どうしてもっと早く来てくれなかった!お前が早く来てくれたら、娘は、娘は、助かったんだぞ・・・!!」
その言葉に、辰巳は、何も言えなかった。
もっと、早く、来ていれば・・・
「そうよ・・・・」
ふと、とある老婆が、辰巳に詰め寄る。
「アンタがもっと早く来てくれたら、ウチの息子は助かったんだ・・・・!!」
他の者からも、声があがる。
「そうじゃない・・・・」
一人の青年が、辰巳を指差し、責め立てる。
「これ、全部バーテックスの所為なんだろ?だったらなんでそいつらを早く倒してくれなかったんだ・・・」
「ッ・・・」
それは、すなわち、お前たちがしっかりしていれば、誰も死ななかった。という、主張だ。
しかし、辰巳は戦闘に参加しておらず、こうなった原因をよくは知らない。
「お前たちが早く、バーテックスを倒していれば、俺の家族は死ななかったんだ・・・どうしてくれるんだよ!!」
感情を爆発させるように、青年は、辰巳を責める。
「俺の姉さんも死ななかった」
「何をしていたんだ・・・・」
「お母さんを返してよ!」
「この役立たず!」
「力をもっておきながら・・・!」
「お前たちの所為で死んだんだ!」
「なんとか言ったらどうなんだ!」
「どう落とし前つけてくれるんだよ!」
何人もの、生存者たちが、一斉に辰巳を責め立てる。
それに、辰巳は、何も言えない。
皆、混乱しているのだ。
あまりにも突然に景色が変わり、あまりにも突然に大切な人が死んだ。
その、あまりにも突然な事に、誰もついてこれていないのだ。
だから、何か、ぶつける物が欲しいのだ。
その標的が、
「人でなし!」「家族を返せ!」「お父さんを返して!」「母さんを返せ!」「弟が死んだ!」「お前の所為で!」「お前たちは俺達を守ってくれるんじゃなかったのか!」「妹をどこへやった!」「娘を殺した!」「ろくでなし!」「どうしてくれるのよ!」
ついには、石まで投げつけられる始末。
その発端は、まだ幼い子供だった。
子供に常識は、通用しない。力があろうとなかろうと、何かを変える力が無かろうと、子供にとっては、大切な人を、母親、父親を奪ったという事が、重要なのだ。
子供にとって、理由はそれだけで十分なのだ。
だから、今彼が思いつく最大の攻め方で、辰巳を攻撃しているだけに過ぎない。
だから、辰巳は、何も言わない。言えないのだ。
そして、その様子を、遠くから見ている者が一人。
「・・・・酷い」
ひなただ。
辰巳が出て行ったあと、すぐに病院を出てかけつけたのだ。
どういう訳か、病院だけは無事で、その周辺全ての建物が崩壊していた。
数々の悲鳴が聞こえるなか、ひなたはなりふり構わず、辰巳を追いかけた。
そして、目にした光景がこれだ。
感謝される事は無く、尊敬される事もなく、ただ民衆の怒りのはけ口になっている、愛する人の姿を、その眼に納めてしまった。
何故、彼が責められている?何故、彼が責められなければならない?
彼は、今回の戦いには参加していない。だから、こうなってしまった責任は、彼にはない。
なのに、何故、彼は今、責められている?
彼を責める所は、どこにもない筈だ。
責めるというのなら、今回の戦いに参加した者達だろう。なのに、何故、彼一人が責められなければならないのだ。
許せない。許せない。許せない。許セナイ、ユルセナイ・・・・!
「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」
鼓動が激しい。息が荒くなる。虫唾が走る。胸を掻きむしりたくなる。
胸の中ではマグマのような激情が迸り、ひなたは、だんだんとその理性を失っていく。
その時、彼女の変化に気付いた者は、誰もいない。
彼女の髪が金色となりかけ、彼女の激情を現したかのように、風になびかれた訳でもないのに、波のようにうねったのだ。
それは、とある英雄の妻。
しかし夫であるその英雄は、口論となってしまった王妃の策略により暗殺され、その事件がきっかけで、醜い復讐に駆られた悪鬼となった、復讐の鬼女。
その名は――――
しかし、その力が解放される事は無かった。
突如として、どこからか、とても愉快そうな高笑いが聞こえた。
その場にいた者が、一斉にそちらに視線を向けた。
そこには、赤い彼岸花の装束を纏った、一人の少女がそこにいた。
「―――失礼、愚民が何の罪もない男を責め立てるこの状況は、実に滑稽過ぎて、思わず大笑いしてしまったわ」
その少女は、あまりにも醜悪な笑みを浮かべて、こちらを見下すかのような視線を、大衆に向けていた。
その少女は―――
「こ、郡千景・・・!?」
「なんでこんな奴が・・・」
そう、現在絶賛嫌われ者扱いされている勇者、郡千景だった。
「千景・・・・お前、確か・・・」
「ちかげ・・・さん・・・?」
さらに、予想外の人物の登場に、辰巳もひなたも驚いていた。
「お、おいお前・・・!」
ふと、一人の男が、千景に歩み寄る。
「どうしてくれるんだ・・・どうして、俺達がこんな目に合わなくちゃいけないんだ・・・・どうして、俺の家族が死ななくちゃいけないんだよ・・・なあ、答えろよ」
男が、千景を指差し、叫ぶ。
「答えろよ!郡千景ぇ!」
千景に対する民衆の評価は最低。嫌悪と軽蔑の対象であり、悪の象徴。
それが、今の千景の立場。辰巳からの視点では、勇者は、守れなかった事に、責任を感じて何も言えない筈だった。
だが、千景は、男のその主張を、あろうことか――――
「ふんッ!」
「げぼあ!?」
『な―――ッ!?』
蹴り飛ばされ、宙を舞い、そして、瓦礫だらけの地面に叩きつけられる男。
その光景に、周囲の人間は何もいえず、そして――――
「――――アハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!」
千景の笑い声だけが響いた。
「な、何が可笑しいんだよ・・・!?」
一人の男が、千景に向かってそう言う。
「何が可笑しいって、
本当に、楽しそうに、面白そうに笑う千景。
「ほんとっ、愚民の考える事は愚鈍で滑稽ね。自分の命欲しさに他人を見捨てて、自分の幸せの為に他人を不幸にして、挙句の果てには責任転嫁して他人を責め立てる救いようのないクズども・・・・大義名分とか思ってるのかもしれないけど、ふふ、ほんとっ、これだから愚民は滑稽で飽きないのよねえ」
「な、なんなんだよお前・・・!」
「お、俺達の気も知らないで・・・!!」
「知らないわよお前ら愚民の気持ちなんて。お前たちは、いつも牧場で育てられている家畜どもと同じ。そんなただ喰われるだけの存在の気持ちなんて、考えたくもないわ。むしろ反吐が出る」
千景は、民衆を見下す。
「私は勇者よ?お前たちとは違う。力があり、いつでもお前たちを
あまりにも冷徹で、汚い家畜を見るような目。
そんな冷徹な眼を前にして、民衆は何も言えない。
辰巳とひなたも、茫然と見る事しか出来ない。
「そう言えばお前たち、ネットでは随分と私の事をディスってたみたいだけど、いるのかしら?人が見ていないような所でしか陰口叩けないゴミ共は」
その言葉に、何人かが反応する。
「そういう奴らがいるから、この社会は良くならないのよねぇ。まあ、どうせ民衆も心のどこかではそう思ってるんでしょう?自分達を守れない役立たずども、ってね。全く、馬鹿すぎて呆れてものも言えないわ」
その言葉に、一人の男が声をあげる。
「ほ、本当の事だろ!?」
「はあ?何勝手に責任転嫁してくれちゃってんの?言ったでしょう?
完全に、民衆を見下している千景。
「千景・・・どういうつもりだ・・・・?」
「千景さん・・・何を・・・・」
その千景の言動に、辰巳とひなたは、何も言えない。
「・・・・せえ」
ふと、誰かが呟いた。
「ん?何か言ったかしら?」
「うるせえんだよ!なんだよさっきから好き勝手言いやがって!俺達がゴミだと?だったらお前はそれ以下のクズだ!」
男は、喚くように叫んだ。
「お前のような奴に、どうこう言われる筋合いなんかねえんだよ!!こっちだって必至に生きてんだ!それなのになんでお前はそんな事言えるんだ!どうしてお前は簡単に人を傷つけるような事を言えるんだよ!!」
男の主張に、他の者達も賛同して、千景に向かって
だが、それは突如として、男が倒れた事で止まった。
「ぐあ・・!?」
男の左肩。そこに、尖った瓦礫が突き刺さっていた。
「・・・よし、命中。ナイス私のエイム力」
千景が、手頃な石を男に向かって投げたのだ。正真正銘、勇者の膂力で。
「はっ、よわ。そんなんでよく私にそんな口が聞けたものね。滑稽すぎて逆にわらえ―――」
「おい」
突如として、かなり重い声が、その場に鳴り響いた。
その声の主は、他でもない、辰巳だった。
「お前、自分が何をしたか、分かってるのか?」
辰巳の、深淵のように濃い殺気を叩きつけられている千景。
一瞬、怯えたかのような素振りを見せたが、すぐに、先ほどの笑みを浮かべて、肯定する。
「ええ。何?足柄さん。そんな愚民一人の為に、まさかブチギレてるのかしら?はっ、馬鹿らし」
「馬鹿なのはお前だ。千景。なんでこんな事をする?」
「なんで?そうねぇ、敢えて言うなら・・・・」
次の千景の発言は、流石の辰巳も、絶句をせざるを得なかった。
「私がこの災害を引き起こした張本人だからかしら?」
その時、辰巳は、頭を重い鈍器で殴られたかのような衝撃を喰らった。
この、災害を、彼女が引き起こした?一体、何の冗談だ・・・?
「なん・・・だと・・・」
辰巳が、表情を強張らせて、そう呟いた。
そして、辰巳の心情を見抜いたのか、これまでにない程に、千景は嗤い転げた。
「何その顔!?物凄く受けるんだけど!?まさか私がこの大災害を引き起こしたとは思わなかった訳!?何それ、間抜けにも程があるんだけど!?」
あまりにも可笑しいのか、腹を抱えて笑い出す千景。
「ねえ!?今どんな気持ち?どれほど驚いてる?今まで信頼していた奴に裏切られる気持ちってどんな気分?ねえ?どんな気分なの?教えてよ足柄さん?ねえ、ねえ!!」
とても、とても愉快そうに笑う千景。
「信じられない?だったらもう一度言ってあげるわ。この大災害を引き起こしたのは私よ。この、郡千景が、樹海を破壊し、この街を破壊してやったのよ!!」
両手を広げて、抑えきれぬ感情を吐き出すかのように、嗤い叫ぶ千景。
「・・・・何が、可笑しい」
「ええ?何か言ったかしらぁ?」
「何が可笑しいんだ!?お前がこの災害を引き起こした?一体なんの冗談だ!?」
「二回も言ったのに、まだ信じられないのかしら?私がこの災害を引き起こしたの張本人よ。いやぁ、まさかこんな事になった責任を全部足柄さんに押し付けられているなんて思いもよらなかくて、思わず笑っちゃったわよ。いやぁ、実に楽しい状況だったわ」
「どうしたんだよお前・・・・なんで、こんな事をやってるんだよ!?」
「はっ、何をいまさら。それを聞いて何をするの?復讐?報復?説得?悪いけどどれも無駄よ。何をやっても、何もかも手遅れだから」
千景は、なおも高圧的な態度をやめない。
そこで、ふと、辰巳は、ある事を聞いた。
「おい。若葉はどうした?」
「・・・・」
「若葉は、どうしたんだ?」
ここで、初めて、千景の言葉が止まった。
そして、見た。
千景の眼に、微かな憂いを。
「・・・・・まさか」
辰巳が、その先を言おうとする前に、千景が口を開いた。
「さあ、どっかでくたばってんじゃないのかしら?」
笑みを引っ込めて、冷徹な表情で、そう告げた。
「・・・・そう、か」
そこで、悟ってしまった。
千景が、どうして、あんな態度をとっているのか。
「・・・・お前が、この大災害を引き起こしたんだな」
「ええ?何度も言わせないでくれないかしら?」
「そうか・・・・」
「ああ、そうだ。この際だから言わせて貰うわ」
ふと、予想外にも、千景が新たに何かを言おうとする。
「土居球子と伊予島杏を殺したのは私よ」
「―――な・・・!?」
それは、まったくもって予想外な言葉だった。
「何をいって・・・」
「あの時言ったのは全部嘘。実に楽しかったわ。貴方達がバーテックスに気を取られている間に不意を突いて伊予島さんを昏倒させて、その後にじっくりと体を解体してやったわ。あとから来た土居さんは、すぐ傍に来てたあのサソリの攻撃の楯にさせてもらったわよ。あの人が持ってたものと同じようにね」
昔の事を思い出すかのように、そして、その時の感覚を思い出すかのように、嗤う千景。
「何?その顔?」
辰巳の表情を見て、また千景は嗤い転げる。
「何その間抜けな顔!?何?もしかしてすんなりと信じちゃったわけ?あの洞察眼に優れた足柄さんが、まさかこんな間抜けな嘘を見抜けなかった訳?なんて間抜けなのかしら?間抜けすぎて逆に尊敬するわ!?アハハハハハハ!!!」
高笑いが響く。
辰巳の周囲から、小さな陰口が聞こえた。
「なんて奴だよ」「最低なクズだ」「なんであんな奴が勇者やってんだよ」「ふざけんな」「仲間を騙してたなんて」「酷い」
勿論、千景が言っている事は嘘だ。
杏と球子の死の瞬間は、勇者全員で見ている。
今、こんな嘘をついている理由は・・・
「馬鹿野郎・・・・ッッ!!!」
辰巳は、悔しそうに、本当に悔しそうに、歯を食い縛った。
「辰巳さん・・・・」
ふと、ひなたが、辰巳に話しかける。
「千景さんの、言ってる事は・・・・」
「・・・・ここから先は、何も言わないでくれ」
歩き出す辰巳。それに気付いた民衆たちが、道を空けるかのように、どいていく。
「・・・・全部、嘘だったのか」
「・・・・ええ」
「・・・・今までの、思い出も、表情も、涙も、全部、全部・・・・嘘だったのかッ・・・・!!」
辰巳が、背中の剣に手を伸ばす。
「ええ、全部、ぜぇんぶ、嘘よ」
千景が鎌を構えた。そして、醜悪な笑みで、そう答えた。
「そう、か・・・」
やがて、辰巳の中で、一つの諦めが決まって、一つの決心がついた。
剣を引き抜き、辰巳は、千景を睨み付けた。
「だったら俺は――――お前を許さない」
「あ、そう、勝手にすれば?」
やがて金属音が響いて。
郡千景は、大量殺戮の現行犯の元、拘束された。
大社。
そこにある、巫女の宿泊施設にて、足柄火野は、とある場所にやってきていた。
そこは、数日前の大災害を引き起こした張本人、郡千景が収容されている、独房。
一片五メートル面積二十五平方メートル、高さ三メートルの、コンクリートで出来た、地下に作られた独房だ。
扉は鋼鉄で出来ており、そう簡単には破られないように出来ている。さらに壁が丈夫で分厚いため、破ろうとしても徒労に終わるだけの、シンプルで頑丈な造りとなっている。
天井には地上に真っ直ぐ繋がっている通気口があり、そこから換気が常に行われている。
さて、たった一人、
理由を、火野は知っている。
ふと、何人かの男や巫女たちとすれ違った。どれも大社で働いている役人たちだ。
巫女の任期は十八まで。それを過ぎれば神樹との繋がりは断たれるが、そこから先をどうするかは、彼女たち次第だ。
ただ、今気にするべきはそこではない。
彼らから、
(今回は
火野は、自分を、とても残酷な人間だと思っている。
独房の二重扉を開け、中にいるであろう、郡千景の姿を見る。
しかしそこにいるのは、あの日、人々を罵倒して笑い転げていた少女の姿は無かった。
服は引き裂かれ、体中には切り傷や痣だらけで、スタンガンを直に受けたかのような痕もあれば、爪を剥がされた様子も見られる。
首は締め付けられていたのか、手首足首には押さえつけられていたからか、腹には殴られたのか、あちらこちらに絞められたことによる痕がついている。
さらに、いくつかの注射の後もあり、まともな反応も示せていない。
そんな彼女に、火野は声をかけた。
「ほら、起きてください。治療の時間ですよ」
そう、声を投げかければ、彼女は、体を起こした。
薬によって意識が朦朧としているからか、それともそうする以外にする事がないからか。
顔をこちらに向ければ、
右目は使い物になっておらず、頬には三本の深い切り傷。口には
醜い、とは、この事だろうか。
今の彼女は、人として、あまりにも醜かった。
残った左目に生気は無く、もはや、生きる屍のようだった。
火野は、持ってきた救急箱の中から、一本の注射器を抜き出す。
「さて、まずは薬を抜きましょうか」
火野は、躊躇いも無しにその注射器を千景の首に刺す。
千景はなんの反応も示さず、それを受け入れる。
次に火野は、彼女につけられた傷の治療をする。
何故、火野がこんな事をしているのか。
この発端は、郡千景が捕まった四日後の事。
その日、火野は、千景に聞きたい事があって、千景のいる独房を訪ねた時だった。
独房の中から、悲鳴が聞こえた。
偶然にも開いていた扉の隙間から、中を覗いてしまった時、見てしまったのだ。
千景が吊るされて、ただただ、巫女たちの怒りのままに殴られているその姿を。
いや、巫女だけではなかった。家族を殺された大社の役人たちもいた。
巫女や大社の者たちは、涙を流しながら、千景を殴り続けていた。それだけではなく、カッターやナイフなどを使って、彼女の体に傷をつけていた。なるべく、彼女を苦しめるようにするためか。
その時、火野は気付いてしまった。
その状況に、何も感じなかったのだ。
恐ろしくなる事もなければ、面白半分に混ざろうとも思わなかった。ただ、何も感じず、不快なだけだった。いや、不快ではなかった。本当に、何も感じなかった。
人が傷付くさまを、何も感じず、怒る事も、面白がることも、何も。血を見ても震える事も無く、ただ、その状況を冷静に見る事が出来ていた。
やがて、気が済んだのか、彼らが彼女を攻撃する事をやめたところで、火野は出た。
そして、彼らに言った。
『私が治療する。そうすれば、もっと苦しめる事が出来るでしょう?』
そう言った時、微かに、千景が笑ったように見えた。
そうしてこの一ヶ月、ずっと、火野は、何の意味も無く家族を奪われた者達の怒りを受け続けている彼女の治療を続けていた。
しかし、流石に見るのも飽きてきた。
(そういえば、そろそろ彼女の刑を何にするのか決まる頃だったか)
他人事のように、火野はふとそう思った。
(確か、会議の際にでたのは・・・・)
一つ、彼女は死刑にすべきだ。
二つ、勇者という御役目を汚した彼女の死体を処理するのは嫌だ。
三つ、多くの人々を殺した罪を償わせるために、彼女には生き地獄を味わってもらう。
四つ、街を破壊したので、それ相応の借金を背負わせるべき。
五つ、どうせ死ぬのだから借金なんざ背負わせるだけ無駄。
(・・・・などだったか)
他にも多くでたような気がしたが、考えるのも億劫だった。
だが、このまま死なせるのも惜しい。
今、死刑に処しても、街の人々の中に納得しない者が出るかもしれない。
さて、どうしようか。
「う・・・・あ・・・・」
「ん、薬が抜けて来たようですね」
「う・・・・ひ・・・・の・・・・・」
「黙っててください、集中できません」
現在、千景はうつ伏せの状態になっている。
(それにしても死刑なんて、彼女はもはや人間以下の存在に成り下がっているというのに、何故そこまでの事をしなければならないのか・・・・せめてその証拠を創ってしまえばいいのに・・・)
ふと、火野は、千景の傷だらけの背中を見た。
切り傷や打撲だらけ、さらに紐で縛り上げられたのか、それによる痕もあった。
そこで火野は、とある本で読んだことを思い出した。
ある貴族は、その体に自分のものの証明として、その体に刻印を刻んで、自分のものと主張したと・・・
「・・・・この手があった」
火野は、一人そう呟いた。
千景が、あの大災害を引き起こして、数日が経った。
辰巳の口から、千景の事を聞いた友奈は、まず、烈火の如く怒った。
「ぐんちゃんがそんな事するわけない!!」
友奈には、信じられないのだろう。
目覚めて早々、千景が街を破壊したなんて、混乱して怒るのも、当たり前なのだろう。
「・・・お前が、そう思うのは勝手だ。だが、他でもない千景が肯定しちまってる。大社も、おそらくその方が都合がいいからって話を進めるだろう」
「それなら直談判しよう!ぐんちゃんがそんな事する訳がないって、ちゃんと言えば・・・・」
「そんなんで民衆が納得してくれるならな」
「そんなの関係ない!友達より、世界を取るなんて、私には出来ない!」
「お前が何と言おうと、もう千景の有罪は決定的だ。どんなに俺達が喚いても、余計アイツの立場が悪くなるだけだ」
「でも・・・そんな、そんなのって・・・!!」
とうとう泣き崩れる友奈。
そんな友奈を、辰巳は見下ろす事しか出来ない。
「・・・・これは、俺の勝手の推測だがな」
辰巳は、膝を着いて友奈に言う。
「アイツは、本来なら勇者全員で背負うべきものを勝手に一人で背負い込んだんだ。俺は、ただアイツの意思をくみ取っただけだ。それで何も悪くないと言えば、嘘になるが、それでもアイツは、一人で背負うって事を選んだんだ。俺は、そんなアイツをこう思う」
辰巳は、躊躇いも無く、その言葉を言った。
「―――救いようのない馬鹿」
その言葉に、友奈は息を飲んだ。
「なんで俺達を頼らない。どんな事になっても庇ってくれる仲間がいるのに、なんでアイツは俺達を頼らなかった。たった一人で背負うものじゃないのに、なんでアイツ一人だけ背負わなければならない。そんな俺達の想い踏みにじってアイツは勝手にあの道に突っ走った。相談もせずに一人勝手にだ。結果、アイツは今現在厳重な監視の元に拘束されている。そして全国民全てを敵に回している。いいか友奈。
辰巳は立ち上がって、病室を出ていく。
「どちらにしろ、もう何も出来ない。お前に、そして俺もな」
扉が閉まる。
その後一分も経たずして、病室の中から、友奈のすすり泣く声が聞こえた。
「・・・ッ!」
思わず壁を殴ろうとして、やめた。今の自分の筋力はあり得ない程に強化されている。一挙手一投足、その全ての行動が何かの破壊に繋がってしまう状態だ。
だから、辰巳は、このやるせない気持ちを、どこにぶつけるべきか、分からなかった。
廊下を歩いて、自分の病室に戻ろうとする。
しかし、その辰巳の向かう先に、一人の少女が立っていた。
その少女というのは―――
「・・・・火野?」
「こうして会うのは久しぶりですね、お兄」
病院の屋上にて。
「千景の刑の内容が決まりました」
想定内、とまではいかないまでも、予感はしていた。
「・・・どんな内容だ?」
辰巳は、火野に聞く。
火野は、淡々と、冷淡に答えた。
「・・・・全人権の剥奪」
「・・・・どういう意味だ?」
「そのままの意味です。彼女は、今後の人生において一切の人権を剥奪、つまり、
「・・・・」
その判決に辰巳は、
「分かりますか?人権が剥奪されるという事は、それは家畜と同じ。ただ使われるだけの存在です。人として生きる事は許されず、人の常識を使う事も許されず、人として買い物する事も許されず、人として暮らす事も許されず、人の法律に訴える事も許されず、人と対等に関わる事も許されず。ありとあらゆる
即ち、こっから先の人生、千景は生きている中で人とは扱われなくなる。
生きていても人ではなく、死んだとしても人として扱われず、不当に、そこらにいる動物と同じように、弄ばれても、虐められても、たとえ殺されたとしてもだれも文句は言わない。
さらに、人権もないから
即ち、人間以下の存在に成り下がる事と同義だ。
彼女は、もうこれからの人生、誰から何を言われても、反論も出来ないし、殴られても警察に掛け合う事も出来ない。
全ての人間が彼女を見下し、人間としては扱わない。
「そんな訳です」
ひと、火野が口を開いた。
「人でなくなった彼女の戸籍は抹消される為に、
「な・・・!?」
さらに予想外な事に、辰巳はまた驚く。
「なんでだ!?」
「なんでとはおかしなこと聞くんですね。
火野の言葉に、絶句する辰巳。
「大罪人、といってもいいのでしょうけど、生憎と彼女はもう
その名は―――
『
「楔・・?」
「ええ。楔は、本来は物を割ったり、物と物とが離れないように圧迫する事という矛盾した用法を持つ道具の一種です。割る為の道具であり、離さない為の道具。この二つの矛盾と同じように、人としての権利が無いのに、人の形をしているという矛盾した存在である、という意味を込めて、そう名付けました。故に、彼女のこれからの名前は、楔という事になりました」
そう言い終えた火野。
「・・・・・それで、千景から全人権を剥奪・・」
「楔、ですよ」
「知るかそんな事。でだ。千景から全人権を剥奪するのは良い。だけど、それならアイツは一体どこで・・・」
「ああ、それなら――――」
火野は、冷徹な笑みを浮かべて答えた。
「――――死体の処理がめんどくさいので
気付けば辰巳は火野の胸倉を掴んでいた。
「・・・どういう意味だッ・・・・!?」
「う・・ぐ・・・どういう・・って、そのままの・・・・意味・・・です・・・・樹海を破壊した、不届きものの死体なぞ、埋めてやる価値すらないと
「ッ・・・!?」
胸倉を掴まれると共に首を軽く締められている火野が、苦し紛れにそう言う。
「そういえば、言ってませんでしたね・・・・どういう訳か楔の刑はどうするかで結構揉めていたので、私が全人権剥奪の刑を提示しました」
「なんだと・・・!?」
「何もかも、あまねく全ての権利を剥奪する。さらに、
「火野・・・てめぇ・・・!!」
火野の衣服を掴む手に、さらに力を籠める。
「うぐ・・・にくい・・・ですか・・・?でも、それ・・・
「ッ・・・」
「彼女を・・・殺戮者郡千景を捕まえたのは、他でもないお兄です・・・その事実を、破壊された街の人々は全員知ってします。そしてこう思っています。『足柄辰巳は郡千景という『クズ』を成敗してくれた乃木若葉に次ぐ英雄』、だと」
否定したい、と思う辰巳だが、千景を仕留めた時の歓声を背中に受けた時の事を思い出して、酷い背徳感を覚えていた。だが、それでも、この四国を全滅させない為にも辰巳は―――一を斬り捨てて全を取ったのだ。
それは、人として正しい事なのだと、誰もが言うだろう。
だって、人は、否、この世に生きとし生ける全ての生物は――――
――――失う事でしか強くなれないのだから。
「・・・・」
辰巳は、大人しく火野から手を離した。
「・・・軽蔑しますか?」
「・・・いや」
「そうですか・・・この話は、他の勇者にも言います」
「いや、俺から伝えておく」
「そうですか・・・・では、私はこの後も、大社で色々と仕事があるので」
そうして、火野は去って行った。
その後、辰巳は、今この病院にいる、全ての勇者と巫女に、火野から聞いた事を、全て、あまねく何もかも、隅々まで話した。
歌野は、その表情をあまり崩さずに、黙って聞いた。
水都は、泣く事はしなかったが、その内容にかなり衝撃を受けていた。
友奈は、その場で泣いた。あんまりだ、と泣き喚いた。
ひなたは、多少の衝撃は受けたものの、話してくれた辰巳をねぎらった。
そして、つい先日目覚めた若葉は――――
「・・・そう、か」
「ああ、火野が話してくれた事として、今は高知にいるみたいだ。最も、どこに置いてきたかは、分からないがな」
「そうか・・・・ありがとう、話してくれて・・・」
若葉の声に、いつもの様な覇気は無かった。
千景を捕まえ、拘束して大社の人間に任せた後、すぐさま丸亀城へと向かい、そこで、血まみれの若葉を見つけた。
だが、見た所外傷はなく、どういう訳か傷があったであろう場所には、傷は一つもついていなかった。
だが、油断は出来ず、すぐに病院へと投げ込み、詳しい検査を行わせた。
ただ、その時辰巳が拾ったのは、若葉が愛用していた、折れた生大刀だった。
刀身は半ばからぽっきりと折れ、もはや修復は不可能。
結果として、若葉は勇者として戦う為の武器を失った。
そのショックもあってか、それとも、千景が捕まった事についてのショックか、若葉はここの所暗いままだった。
だが、頭を垂れていた若葉が、ふと、何かを呟き出した。
「・・・・千景は、確かに、暴走していた。精霊の影響で、確かに暴走していた。でも、それでも、私が大怪我を負って、気を失う前に、アイツ、泣いてたんだ・・・」
憎い筈なのに、嫌いな筈なのに、千景は、泣いていた。
「その後はおぼろげで、覚えてないけど・・・・アイツが、何かを叫んだ時・・・・傷口の痛みが引いて、そして、冷たくなってた体が温められたような気がしたんだ・・・・」
血が抜けて、心臓の鼓動が小さくなって、ただ、死ぬのを待つしかなかった、暗くて、寂しくて、冷たい感覚の中で、感じた温かい温もり。
「その時、思ったんだ・・・アイツが、私を助けてくれたんじゃないかって・・・だから、アイツは、最後の最後で、自分に打ち勝って、そして、私を守ろうとしてくれたんじゃないかって・・・そう、思った・・・思ったんだ・・・・」
辰巳は見た。若葉の顔から、煌く何かが零れ落ちた事を。
「なあ、辰巳ぃ・・・」
若葉は、掠れた声で、聞いた。
「どこで・・・まちがったんだろうなぁ・・・・」
それは、若葉の、人生初めての弱い部分の吐露だった。
「もっと、もっと、もっと・・・千景と、なかよく、していく、方法があったんじゃ・・・ないかって、そう思ってしまうんだ・・・もっと、仲良くしていたら、千景も、あんな風にはならなかったんじゃないかって・・・そう思ってしまうんだ・・・・われながら笑えてくるよ・・・・私は、リーダーなのに・・・仲間の思いなんて、何一つ考えてなかったんだ・・・千景が今どう思ってるかなんて、考えもしなかったんだ・・・アイツが、謹慎を喰らってた時に、意地でも会いに行くべきだったんだ・・・そうすれば、きっと、何か、変わった筈なんだ・・・・変わった・・・筈なんだ・・・」
若葉は、泣く。
全ては自分の責任だと、千景の心を理解しなかった、自分の責任だと、その結果が千景に全てを背負わせてしまう事になってしまった。
その事を、若葉は、悔やんでいるのだ。
「生大刀も折れてしまった・・・私は、これからどうやって、千景に償いをしていけばいいんだ・・・?」
嗚咽混じりに、そう、誰にでもなく問いかけた。
辰巳は、その姿に――――とうとう我慢できなかった。
「ッ・・・!」
「!?」
辰巳は、若葉を抱きしめた。
「・・・・辛いなら頼れ。お前は一人じゃない。償う為の答えも、一緒に探してやる。だから、もう、悲しまないでくれ・・・・!!」
辰巳に抱きしめられ、その温もりを感じて、若葉は、自然と抱きしめ返していた。
「・・・・うん」
その様子を、水都は、扉の横で聞いていた。
「・・・」
そして、その手に握る、かつて、諏訪で、歌野と哮と一緒にとった写真を見た。
やがて、水都は一つの決意を固めて、歩き出した。
それから、郡千景が引き起こした災害は、のちに『
そして、『千景』の名は、忌み子に名付けられる名として、勇者の歴史に深く刻まれる事になる。
事実、それからの勇者たちの中で、『黒髪で眼が茶色の子』は、そのほとんどが
故に、今から百四十年後に、否応なく、その『黒髪で眼が茶色の子』として生まれた『少女』全てにその名が与えられ、決して勇者の御役目を与えず、周囲から忌み嫌われ疎まれる存在として扱われた。そして、その名を与えられ、蔑まれてきた少女たちは、例外なく『郡千景』という存在を心の底から憎んだ。
また、彼女は新世紀においての最初の『咎人』、『楔』として生きていく事となる。
だが、この時、大社の誰もが予想出来なかった。
千景・・・楔は、流浪の果てに、とある男と出会い、その男と結婚し、子を儲けるという事を。
そして、その子がまた子をなし、遥か未来で―――また勇者として戦う事を。
この時、誰もが知りえなかった―――――
次回『オモイデ』
彼らは思い出す。今までの人生を。