足柄辰巳は勇者である 作:幻在
それは、突如空から降ってきた。
「オオオオオオオォォォォォオオオオッ!!!」
『!?』
それを聞いた勇者一同は、すぐさま散開。
直後、衝撃。
何かが上空から降ってきて、地面をへこませ、クレーターを作る。
「なんだ!?」
若葉が叫ぶなか、それは、姿を現す。
巨大な体、緑色の肌、凶悪な顔つき。
「ハ〇クだ!?」
「確かにそうだけど目を輝かせてる場合か!?」
そのハ〇クのような男、峻司が歌野を視界に入れると、飛んで突っ込んでくる。
「うっそでしょ!?」
そのあまりの速さに驚愕する歌野。
それはまさしく弾丸の如くであり、とてもではないが避けられない。
だが、避けられないのなら――――
「迎撃するのは早いわ!」
歌野は水を操り、いくつかの水泡を作り出す。
そして、それを一気に峻司に叩き付ける。
「『
その水弾が、峻司に叩き付けられる。
しかし、峻司は、その水弾を全て弾き飛ばした。
「なッ!?」
驚く歌野。
しかも減速もしないので、このままいけば歌野に直撃し吹き飛ばされてしまう。
万事休す―――ッ!!
「もう、誰も―――」
しかし、そこへ割り込む者がいた。
「―――死なせるもんかぁぁぁぁぁぁああああ!!」
友奈が、峻司の突進を止める。
「ぐぅッ!!」
あまりの重さに、友奈の表情が苦悶に歪む。だが、それでも右拳を振りかぶり、全力の『右』を解き放つ。
「
友奈渾身の一撃。
通常時でも強力なその一撃は、おおよそ五割同調した酒呑童子の力で力が上乗せされ、峻司を吹っ飛ばす。
そのまま建物に叩き付けられ、その建物が倒壊する。
「ハア・・・ハア・・・」
息をあげる友奈。
視界が歪む、ぐらつく、吐き気がする。
だが、まだ耐えられる。
「友奈、大丈夫?」
「うん、大丈夫、まだいける」
友奈は、平気そうに笑う。
その様子を、若葉は上空から見ていた。
「良かった・・・」
どうにか無事だという事を確認できたわけだが、まだ油断は出来ない。
そう思っていた矢先。
「はぁい、薄汚いコバエさん」
ふと背後を見れば、そこには、昆虫っぽい羽根を生やした女性がいた。
「お前は・・・・」
「薄汚いハエに名乗る名なんて無いわ」
「そうか、奇遇だな。私もお前のような輩に名乗る名はない」
互いに睨む二人。
若葉の武器は刀、対して、敵が持つのは槍。
そして、同じ飛行系の能力を有している。
「・・・・行くわよ」
そう、女性が呟いた時―――
まるで地面を蹴るかのように急加速して若葉に接近してきた。
(速いッ!?)
そのあまりの速さに驚き、回避が不可能と判断、脅威的な反射神経で、その一撃を防ぐ。
「ぐぅッ!?」
「遅い、遅いわぁ、やっぱり遅いわ、貴方」
「なッ・・めるなァ!!」
どうにか弾き飛ばし、若葉は上空へ飛ぶ。
その後を女性―――『榛名幸恵』が追いかける。
「アハハ、どこに行こうって言うの?」
「ッ!?」
そして、若葉に追いつく。
(はや・・・過ぎる・・・・!?)
「墜ちなさい」
槍を叩き付けられ、落下する。
「ぐぅぅ!?」
どうにか空中に踏みとどまり、幸恵を睨みつける若葉。
「なぁに?その眼は?気に入らないわね」
幸恵は、そんな若葉を見下した。
そして、地上では――――
「そのお命、頂戴する」
「―――ッ!?」
突如聞こえた声に、歌野は思わず友奈を突き飛ばす。
「歌野ちゃ―――ッ!?」
その声が、届く前に―――
―――鮮血がほとばしった。
「ぐぅあ!?」
皮一枚、といった具合だが、それでも血が飛び散る。
歌野の腹に、横一文字の斬撃が走ったのだ。
「む、意外と浅かった」
そして、その斬撃を放った張本人は、武士のような恰好の男。その手に持つのは一本の刀。
それも、白木鞘。刃以外の全てが木で出来たものだ。
その刀を、男はいつの間にか鞘に納めていた。
「若葉と同じ、居合タイプね・・・」
「違うぞ、女」
「え・・・?」
「居合はあくまで攻撃手段の一つ、拙者本来の戦い方は―――」
瞬間、男の姿が霞む。
「――――ッ!!!」
猛烈な悪寒。しかし、おそ―――
「―――舐めるなッ!!」
しかし、歌野は反応しきった。
それと同時に、神速で放たれた男の居合を、水の刃で弾き飛ばす。
「ぬッ!?」
それに目を見張る男は、すぐさま距離を取る。
「・・・なるほどね。それが貴方の強さって訳ね」
この男―――『川津五右衛門』は、十天将の中で、剣速において最速を誇る男。
故に、相手は切られた事に気付くのに時間を要する。
だが―――
「水ってのはね、この世のどの刃よりも、良く斬れるのよ。そして、何よりも速いわ」
例えば、ウォータージェット。
これは、超高圧で水を噴出し、対象を切断する装置だ。
あまりの切れ味にダイヤモンドさえも切断するその威力は、一重に『ウォーターカッター』とも呼ばれる。
そして、その威力を引き出すには――――超高速の速さが必要。
「変幻自在の水の刃。これが私だけの力」
これが、歌野の『
大蛇より授かりし、神秘の剣を、自分なりに扱いやすくした、歌野だけの神剣。
それを見て、五右衛門は、一切表情を崩さず、構える。
「なるほど、だが、そんな刃で拙者を斬れるとでも?」
「ええ。思ってるわ」
そして歌野は横目で友奈を見る。
「友奈は、ソイツは任せたわ」
「うん、任せて」
友奈は拳を打ち合わせて、峻司にむく。
歌野も、水の剣を構えて、五右衛門を睨み付ける。
上空では若葉が戦っている。
(あれ―――)
そこで歌野は猛烈に嫌な予感がした。
(じゃあ辰巳は?)
そう思った直後に―――
「■■■■■■――――――ッッッ!!!」
最悪の咆哮が轟いた。
「・・・・嘘でしょ」
歌野は、そう呟く事しか出来なかった。
それは数分前。
「チッ!」
どこからか飛んでくる、紫電の矢。
それをかわす辰巳。
「ふむ、これもかわすか」
そう呟いたのは、一人の青年。
それも、かなり女性に近い容姿をしていた。
そんな青年が、紫電に揺れる弓を構えて、堂々と辰巳を狙っていた。
通常、こんな堂々としていれば、すぐさま弓の軌道を読まれかわされ、そして反撃でやられるのがオチだ。
だが、辰巳はそうしない。その理由は―――
「くッ!」
突如として、矢が全く別の方向から飛んでくる。
それを辰巳はどうにかかわしているが、とにかく、辰巳はその矢の
その青年の名前は『御須聖羅』。
その能力は、紫電を持って相手の感覚を支配する事。
その能力を、辰巳は直感を持って気付いていた。
否、正確には、分かった訳ではないが、彼の本能が、それを受けてはならないと告げているのだ。
「しかし、ここまで姿を曝け出して、攻撃もしてこないとは」
「・・・」
聖羅は考える。
どうすれば、自分の
「・・・やはりこの方法しかないか」
そして、とある結論に至った。
突如として地面を蹴って辰巳に急接近する聖羅。
「ッ!?」
それに目を見開くも迎撃の構えを取る辰巳。
すでに『
あとはこのまま放てばいいだけ。
「終われ――――
その一撃を振り下ろす辰巳。
衝撃が轟き、聖羅の姿が、一瞬にして、消し飛ばされる。
あまりにも、呆気なく。
「・・・ふう」
一息ついて、辰巳は剣を払う。
「皆の所に行かないと・・・」
そう呟いて、走り出そうとした、その時。
「―――辰巳さん」
時が止まった、気がした。
それは、失われた筈の声。もう、聞けない筈の、声。
その声、辰巳は、振り向いた。
「――――杏・・・!?」
そこに、杏が、伊予島杏がいた。
「なん・・・で・・・」
「なんで、とは、おかしなことを聞くんですね」
杏が、微笑んで歩み寄ってくる。
だって、ありえないじゃないか。だって、彼女は、あの日、―――
「辰巳さん」
杏が、辰巳の眼前にまでやってくる。
杏は微笑んで、辰巳を見上げた。
辰巳は、何も言えずに立ち尽くす。
そして――――
「――――どうして助けてくれなかったんですか?」
そして、いつもの彼女からは考えられないような笑みを見せた。
それは、あまりにも凶悪で、狂喜的で、恐ろしくて。
「どうしてなんですか?こんなに貴方を思っていたのに。こんなにも、貴方を愛していたのに」
「あん、ず・・・?」
「どうして?どうして?どうして?どうして?私はこんなに愛していたのに、こんなに好きだったのに、どうして見捨てたんですか?どうして助けてくれなかったんですか?」
「杏、違う、違うんだ・・・」
「なんでですか?なんでですか?どうして私よりひなたさんを選んだんですか?ひなたさんより私の方が貴方の事が好きなのに、どうしてひなたさんなんですか?」
杏は、ひたすらに問いかけてくる。
その眼に光は無く、その表情に生気は無く、ただただ死人のように笑う杏。
その、表情が、辰巳を恐怖させる。
「どうしてなんですか?どうして、どうしてどうしてドウしてどうシテどウシてドウシてどウシテドうしテドウシテドウシテどうしてどうして―――」
「や、やめろ――――」
辰巳が、思わず杏を突き飛ばそうとした、その時――――
ぐさり――――
そんな、嫌な音がした。そして手からも、血の気が引くような感覚がした。
「――――あ」
辰巳の剣が、杏の腹を貫いていた。
「ごふ―――」
吐血する、杏。
(落ち着け、これは幻だ。きっと奴が見せている幻に過ぎないんだ。だから落ち着け。これは本物じゃない。だから気にする必要なんてどこにもないんだ。そうだ。気にする必要なんて―――)
「たつ・・・み・・・さん・・・・」
辰巳は、思考から、これは幻だと、割り切ろうとする。
だが、次の、杏の
「ごめん、なさい」
歯止めはもう、効かなかった。
「俺は、十天将の中で、唯一戦闘能力が低い。だが、その分、こういう事には慣れていてな。人が苦しむ姿は実に良いものだ」
聖羅は、辰巳の頭に両手を挟む様に触れながら、そう呟いた。
目の前には、たった一匹の化物。
事実、聖羅の能力は、確かに精神を操るが、その本質は『悪夢を見せる』事。
辰巳は、今、強制的に悪夢を見せられているに過ぎない。
だが、その悪夢とは、その人が最も怖いと思うものを見せるもの。
辰巳にとっては、杏の死は、トラウマそのもの。
だから、こうなった。
「俺の役目はこれで終わりだ。さあ、好きに暴れると言い」
そして、咆哮が轟く。
「■■■■■■■■――――――ッッッ!!!」
その咆哮と共に、聖羅は跡形もなく消し飛んだ。
「なんてことだ」
若葉は茫然としていた。
その理由は明白。辰巳の、再度の暴走。
もう起こらないと思われていた、最悪のパターン。
「余所見している場合かしら?」
「ッ!」
超高速で飛んでくる幸恵。
その四方八方から迫るその攻撃を、全て若葉は凌いでいた。
突然だが、ギンヤンマという昆虫をご存知だろうか?
トンボの仲間で、その体色が美しいとされる昆虫である。
しかし、その特筆すべき点は、その最高速度。
通常時で12.5㎞だが、その最高速度は、時速100㎞に迫るのだ。
この速度は、昆虫界最速を誇り、さらにいうと、トンボ特有のホバリングおよび、ストップ&ゴーにおいて、世界中、どの生物および、飛行機などの機械にも、急停止と急加速機能を持ち合わせているのを含め、最速だ。
ゆえに、若葉は、幸恵に勝てない。
「くぅ!?」
幸恵の槍が徐々に若葉を追い詰めていく。
日本最大のトンボであるオニヤンマは、スズメバチさえも捕食する。それが人間サイズになってみよう。
鴉なんて、ただの獲物になりさがる。
「ぐぁぁぁああ!!」
幸恵の槍が、若葉の肩を貫く。ついに、若葉の反応速度を幸恵の飛行速度が追い抜いたのだ。
それによって落下する若葉。だが、どうにか体制を整え飛翔しなおす。
「ぐっ・・・」
貫かれた肩を抑えつつ、どうにか距離を取ろうと飛ぶ若葉。
だが、それでも幸恵は追いかけてくる。
「どこに行こうというのかしら?」
「ッ!?しまった!!」
幸恵が、若葉の背後から抱き着く。
そして、その口角を思いっきり釣り上げて、その口を大きく開いて――――
「いただきまぁす」
若葉の首筋に噛みついた。
「ぐあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁああぁあああ!?」
ありえないほどの激痛が、若葉の脳を貫き、焼く。
そのまま幸恵は、そのまま噛み千切った。
オニヤンマの顎の強さは、人間の皮膚を噛み千切って出血させるほど。
その大顎にやられた虫は、それだけで致命傷になり得て、絶命する。
鮮血が飛び、頸動脈にまで達したそれは、若葉の体から急速に血を抜いていく。
そして若葉は、そのまま落下していく。
「ふふ、ごちそぉさま」
落下していくその様子を見つつ、幸恵は口についた血を腕で拭った。
そのまま若葉は地面に墜落。
「う・・・あ・・・・」
その傷跡はひどく、頸動脈どころか声帯にまで届くほど噛み千切られており、そして、致命的だった。
その傷跡から、とめどないほどの血が流れ出ていた。
もう、助からないだろう。
「これで終わりね、さて、次は・・・・」
「■■■■■■■■■■―――――!!!!」
「ッ!?」
突如聞こえた咆哮に、幸恵は、背筋が凍るような感覚を覚えた。
そして、本能のままに上空へ飛んだ。
何かが、つま先を掠め、遠ざかる。
そして、幸恵は見た。
「・・・・嘘でしょ」
そこには、蝙蝠のような翼をはやし、高速移動する、灰色の物体。
否、それは、竜の力を纏った、足柄辰巳だった。
それも暴走状態。鎧は変化し、より竜に近い姿になっていた。
いや、それは、まさに竜人とでもいう姿だった。
その彼が、姿を変化させて背中に翼をはやしたのだ。
彼の腰には、竜の生命力を放出する推進力装置。翼はあくまで飛ぶ角度を調整するためのもの。だが、辰巳に憑依する邪竜の経験が、辰巳に、竜としての飛び方を教えていた。
否、備えていた。
「■■■■■■■――――――!!!」
咆哮が轟き、辰巳は剣を振りかぶる。
幸恵は、その一撃を受けるのはまずいと思い、すぐさま回避行動に移る。
辰巳の飛行はあくまで直進的。よけるのは容易い。
辰巳の洗い横薙ぎが、上に交わした幸恵をとらえることなく空振る。しかし、辰巳は体の体制を変え、推進力装置の向きを操作、前方に噴出させ、幸恵を追いかけるように飛翔。
「なッ―――!?」
その動きに目を見開く幸恵。
追いかけてくる辰巳の振り下ろしが、迫る。
幸恵は慌てて槍で受け止める。
瞬間、剣が爆発する。
「きゃぁぁぁぁあああ!?」
それによって、地面に向かって落下してしまう幸恵。
「くっ、調子に乗るんじゃないわよ!」
空中にとどまり、今度は幸恵の方からしかけてくる。
その速さは、今までのそれを超えていた。
「アンタには、迅と怜をやったツケを払ってもらうんだからね!」
「■■■■■■――――!!」
辰巳が、剣を振りかぶる。
ただの一振りで大地を断割する一撃が、幸恵に迫る。
だが、幸恵はその攻撃を紙一重でかわすと、すかさず辰巳の胴に一撃を入れる。
「■■■――ッ!?」
「ほらほら、まだまだ行くわよッ!!」
もはや積乱雲ともいうべき乱撃が巻き起こる――――
「ウオオォォォォオオオオ―――――ッ!!!」
「ハァァァァァアアァアア―――――ッ!!!」
友奈と峻司の拳が正面衝突する。
それだけで大気が爆ぜ、衝撃が迸る。
一見、互角のように見えるが――――
「ああぁああ!!」
友奈が悲鳴を上げる。それと同時に、右腕が軋む。
先ほど放ったのは、右のフィニッシュブロー。
対して峻司が放ったのは同じく右。
しかし、友奈が放ったのは、洗練され、限りある努力の末に身に着けた最強の一撃。
対して、峻司が放ったのは、ただでたらめに振るわれた、単純な殴打。
それで、負けたのだ。
友奈絶対の自信を持つ、最強の一撃が、ただの攻撃によって破られたのだ。
思わずよろめいた友奈に、峻司はすかさず左拳を振るう。
その一撃を、友奈は、あえてひところに踏み込む事でかわす。
(まともに受けちゃだめだ・・・!!)
右はまだ使えるが、先ほどの衝突をもう一度すれば、確実にこの右腕は壊れる。
さらに、先ほどの一撃で、かなり軋んでいる。
もう乱発は出来ない。
ならば――――
ステップを踏む友奈。
「ワン、ツー・・・・」
峻司が、右拳を振るう。
それを、友奈は軽やかなステップでかわし、そして―――
「スリーッ!!」
左を人体急所の一つ、脇の下に叩き付ける。
脇下に攻撃を受ければ、衝撃はろっ骨を突き抜け肺に至る。呼吸もままならず指一本も動かせなくなる。
斬撃であるなら神経が集中している場所であり、圧迫による止血が出来ず、相手を失血死させる事が出来る部位である。だが――――
「ウォォォォオオオッ!!!」
「くッ!」
皮膚自体が厚いのか、衝撃が通らない。
だが、諦める訳にはいかない。
でたらめに拳が襲い掛かってくる。
それを友奈は軽快なステップを使ってかわし、その隙を縫って、何度も左で峻司の右脇下を叩き続ける。
たとえ一発で効かなくても、何度もたたき続けていれば、いづれは――――
「ウオォォォォオオオオオォォオオオ――――――――――――!!!」
峻司の咆哮が一層強くなる。
それを聞くだけでも、脳が揺さぶられる様だ。
そのまま、峻司は拳を振るう。
「ッ!?!?」
その事実に驚き、友奈は紙一重でそれをかわす。
(速くなった!?)
『この野郎・・・』
そこで、酒呑童子の声が聞こえた。
(酒呑童子・・・?)
『こいつ、怒りに比例して強くなれる能力らしいな!』
「え―――ッ!?」
峻司閃。
その能力は、怒りによる無制限のパワーアップ。
その怪力は物理法則を無視し、その肌は全ての攻撃を無効化する。
どんな攻撃も、どんな衝撃も、どんな爆発にも耐えられる存在。
それが峻司閃。
ていうか、もはや『ハ〇ク』そのものである。
故に、友奈では、勝てない。
腕を振るう速度、パワーが、徐々に速くなる。
それは、友奈が拳を一定の場所に叩き付ける回数に比例していく。
段々と上がっていくパワーとスピードに、友奈はだんだんと焦りを覚える。
(はやく・・・しないと・・・!)
何度も左を叩き付けても、一向に倒れるどころか怯む気配がない。
本当に、蚊に刺されているような気分なのだろうか。
それだけで、相手はその怒りをどんどん高めて行っている。
これ以上は、無理だ。
『右』を振りかぶる友奈。
(もう、これしかな―――)
そのまま放とうとした、その瞬間――――
―――峻司が、その両手を叩いた。
打ち合わせたその手から発せられた音は、否、衝撃は、友奈の目の前で炸裂し、友奈の意識を、フリーズさせた。
そのまま、峻司は右腕を振りかぶった。
「ウオォォォォオオオオォォオオオ――――――ッ!!!」
ハルクの伝説において、その拳の一撃は、地球サイズの隕石を破壊する程である。
故に、その一撃を喰らえば、友奈の体は、確実に爆発四散する。
だが、友奈の思考は、先ほどの猫騙しによって停止している。
故に友奈は体を動かせない。避けようとすら思わない。
峻司の右腕が降りぬかれ、その先の地面及び大気が全て吹き飛ばされる。
そうして、右腕を振りぬいた峻司の目の前には、友奈はいなかった。
そう、目の前には。
峻司は振り向く。
そこに、二人の少女がいた。
一人は、高嶋友奈。どうやら、先ほどの思考停止から戻ったようだ。
そして、そんな友奈を抱きかかえているのは――――
「・・・若葉ちゃん?」
先ほど、首を噛み千切られた筈の、乃木若葉だった。
「ハア・・・ハア・・・間に合った」
そう呟きつつ、若葉は、噛み千切られた筈の自分の首に手を当てる。
確かに、完全に抉れていた筈の首が、今は何事も無かったかのように治っている。
「わ、若葉ちゃん・・・首・・・」
「ん?ああ、さっき噛まれてな・・・・」
「ううん、火傷したみたいになってる・・・」
「え・・・・」
友奈に言われ、若葉は、刀の刀身を鏡代わりにして自分の首筋を見る。
そこには、確かに噛み千切られた部分の皮膚が、火傷痕のように褐色になっていた。
(傷跡は残る・・・か・・・)
『おそらく、お前の中にある狗ヶ崎哮の力の一端だろう。おそらく、致命傷の場合は痕が残るようだな』
「その様だな」
大天狗の考察を聞きつつ、立ち上がる若葉。
そして、空を見上げる。
そこでは、暴走した辰巳が幸恵と空中で激戦を繰り広げていた。
「辰巳・・・」
「たっくん・・・・」
空で暴走する辰巳。その辰巳を心配そうに見る若葉と友奈。
だが、それよりも、今は――――
「ウゥウ・・・」
目の前の敵をどうにかしなければならない。
「・・・・友奈、どうだ?」
「右がかなり痛い。左はまだ大丈夫だけど」
「そうか、私はまだ十分に動けるぞ」
「そっか・・・」
友奈は、目を閉じ、そして、また目を開いた。
「若葉ちゃん・・・」
「なんだ?」
「時間、少しだけ稼いでくれないかな?」
「何・・・・?」
若葉は、思わず聞き返した。
「奥の手があるの。だけど、その為には、少し時間が欲しいの」
「・・・・わかった。任せろ」
若葉は、僅かばかり浮き、そして、峻司に向かって飛翔する。
「ウオォォォォオオオオォォオオオ!!!!」
敵の接近を認識した峻司は、すぐさまその拳を振るう。
「はやッ!?」
その速さに目を見開くも、持ち前の反応速度で、体を回転させてその拳の下に潜り込む。
そして、そのまま刃を振るい、脇腹に一撃を入れる。
(硬い――――!!)
だが、刃は通らない。
かの不動明王が使っていた宝剣が、通用しない。
だが、若葉の役目はあくまで討伐ではなく時間稼ぎ。
その為に、若葉は少しでも峻司の意識を友奈から逸らさなければならない。
だが、純粋な剣技と高速飛行では足止めをやり遂げる事は出来ない。
だから、使うのだ。
大天狗の真の力を。
「大天狗!」
『心得た!』
若葉が叫ぶのと同時に、若葉の背中から生える黒い翼から、真っ赤な炎が舞い上がる。
「うが!?」
それに驚く峻司。
大天狗。
その妖怪は、かつて、天上の神々の大地を全て焼き払ったと言われる、神に唯一叛逆した妖怪。
その炎は、神の建物を焼き、神の体を焼き、神の地を全焼する。
それが、大天狗の真の力。
「――――『
炎を纏った若葉が、そう呟き、峻司に炎を放つ。
「ウォォォオオオオオオッ!!!」
峻司が拳を振るう。
すると炎は全て吹き飛ばされる。
だが、その間に若葉は峻司の背後に回っていた。
「ハアッ!!」
炎を纏ったその一撃は、峻司の背中に直撃する。
しかし、効いている様子はない。
(やはり効果無しか・・・・)
「ウオオォォォォオオオオッ!!」
峻司が振り向きざまに左腕を振るう。
それを若葉はしゃがんでかわし、飛び上がる。
「だが、これでまだまだ足止めが出来る」
若葉は刀を構える。
(たのんだぞ、友奈・・・)
若葉は、ちらりと、今、奥の手の準備をしている友奈の姿を見た。
激しい剣戟が繰り広げられる。
斬撃が斬撃を呼び、斬撃が斬撃を撃ち飛ばす。
鋼の刃と水の刃。
その二つの刃が、もはや常人ではとらえられない速度で交錯し、たった半径二メートルの中で飛び交っていた。
「ぬんッ!!」
五右衛門の刃が歌野の首筋に迫る。それを歌野は水の刃で弾き飛ばし、反撃といわんばかりに弾いた水の刃で五右衛門の肩に斬りかかる。
だが、本来実体のない筈の水の刃を、どういう訳か五右衛門は斬り返して見せた。
(どういう能力よ!?)
それに悔しそうに顔を歪めつつ、さらに一撃を加えようともう一歩踏み込もうとする。
だが、そこで悪寒が走り、踏み込んだ足を、前にではなく後ろに向かって体が飛ぶように蹴り、次ぎの瞬間、鼻先を刃の一閃がかすめた。
「うわわ!?」
地団駄を踏む様に距離を取る歌野。
「ハア・・・ハア・・・チッ、なんて厄介な・・・」
『さしずめ、実体無きものを物理的に捉える能力か。その気になれば、水の上に立つ事も可能だろうな』
「それでも、高圧水流よ。普通は向こうが弾かれるはずでしょ」
『それほど奴の剣技が卓越しているという事だろう』
悔しいが、それは歌野でさえも認めざるを得ない。
彼の剣技は、辰巳や若葉のそれとは、次元が違う。
その気になれば、次元さえも斬り飛ばしてしまうかもしれない。
「厄介ね・・・・だけど、だからこそ私が貴方の相手で良かった」
「む、それはどういう意味であろうか?」
首を傾げる五右衛門。
「貴方は、剣士よ。そして、ありえないほどの剣技を持ち主だわ。若葉や辰巳だったら、純粋な剣技で勝負してしまうかもしれない。だけど、それじゃあ貴方には勝てない」
剣技では勝てない。そう、それは絶対。
ならば、それ以外ならどうだ?
「異能なら、私は、貴方に勝てる自信があるわ」
歌野は、水の刃のみならず、水の弾丸や砲弾まで出現させる。
それだけではない。水の手裏剣や、槍、短剣など、ありとあらゆる武器と言う武器が、歌野のまわりに権限していた。
「行くわよ、最強剣士。その刃、折れないようにね」
「何を言うかと思えば・・・思いあがるなよ、
次の瞬間、歌野は、無数の斬撃を解き放った。
そして、五右衛門は鞘に納めた刃を解き放った。
それはまさしく、血みどろの戦い。
竜と虫は空で踊り、鴉と鬼は怪物を相手取り、大蛇は最強の剣士を迎え撃つ。
それは、まさしく、神話で語られるべき、大戦。
されど、それを知る者はなく、ただ、この戦いで生き残る者は――――
たった三人。
次回『聞こえた友の声』
戦いは、さらなる方向へ。