足柄辰巳は勇者である 作:幻在
大天狗の展開は、どういう訳か不可能、そして、義経さえも、使用する事が出来ない。
しかし、不思議と分かってはいた。
だから、若葉は、純粋な剣技で戦おうとした。
だが―――
「ぐッ!?」
―――乃代紅葉のそれは、乃木若葉のそれを超えていた。
「舐めるな勇者、誰に師事を得てきたと思っている。このような修羅場、飽きる程くぐっているぞッ!!」
紅葉のそれは、若葉の剣技を圧倒しており、若葉は防戦一方となる。
だから若葉は紅葉の剣の範囲から逃れるように下がりながら防御をする。
しかしそれでも、紅葉は若葉に追い縋ってくる。
初撃を用意に逸らされ、肩をぶつけられる。
そして胸に一閃を受け、鋭い痛みが脳髄を叩く。それだけで恐怖が叩きつけられ、本能が戦いを拒否する。
だが、若葉はそれを論理で押さえつけて、剣を振るう。
目の前にいるのは友奈の仇。だから引き下がる訳にはいかない。
渾身の振り下ろしはまたかわされ、今度は顔面に蹴りを入れられる。
痛烈な痛みが眼の奥で弾け、意識が遠のく。
しかし今の若葉では、致命傷を避けるのに精一杯。
次の攻撃が見える。しかし間に合わない。斬られる、激痛が走る。
「はっ――――く、ぅ・・・!!」
顔を歪め、苦悶に悶え、しかしそれでも若葉は前を見る事をやめない。
ただ剣を振るい、紅葉に対抗しようとする。
しかしそれでも有利なのは俄然、紅葉だ。
膂力や速度、筋肉や骨など、ありとあらゆる身体能力の根幹を支える要素全てが、若葉を上回っているのだ。
しかし、それでも若葉は戦いを選んだのだ。
あの日、島根県の神社で、生大刀をその手にもった時から、若葉は、戦う事を決めていたのだ。
苦しくても良い。辛くてもいい。
これは誰かの為の戦い。自分の為の戦い。仲間を守る為の戦い。まだ見ぬ何かを得る為の戦いであり、己の心を追認する為の戦いなのだ。
しかし戦況は圧倒的に乃代紅葉に傾いている。
どれほど強い意志を持とうとも、それは精神的スペックを埋めるだけであり、肉体的スペックの差は埋まらない。
「ぐ、ぅ・・・・!?」
斬撃を捌き、首を狙ってくる刃を防ぐ―――防ぎきれず、頬をざっくりと裂かれる。
後方にて、動けない事を悔しがる歌野の声は届かないが、それでも、青い桔梗の眼に宿る意思はまだ消えなくて――――
何かが可笑しい。
紅葉が、若葉を斬り合いをはじめ、圧倒的有利な状況のまま若葉を追い詰めながらの事、ふとそう思った。
若葉は、先の戦闘で疲労している――――という考えは、最初の打ち込むで即座に切り捨てた。
どういう訳か、若葉は傷のみならず体力まで全快になって回復していた。
それが一体どういう訳なのかは分からない。
だが問題なのはそこではない。
御竜との修行で、紅葉の実力は若葉の実力を圧倒している。
余裕を持って戦っている訳では無い。迅速に若葉を殺し、その後ろにいる辰巳と歌野もすぐさま殺そうと思っているからだ。
しかし、それでも、仕留めきれない。
焦りからの隙ゆえか。そう思ったが、違うと即座に判断する。
若葉の傷が、異常な速度で回復していっているのだ。
先ほど深く切り裂いた頬も、痕を残してもう完治している。
あまりにも、速い
斬った傍から青い炎が燃え上がり、傷を治す。
これは、それは一体、なんだ?
腹に一発入れ、若葉を蹲らせるような態勢にする。
そのまま剣を振り上げて、首を跳ねようとする。
しかし、それよりも速く、若葉は顔をあげて下から斬り上げてくる。
「チィッ!!」
それをかわすのも容易だ。だが、その代わりに攻撃を中断しなければならない。
そんな、仕留められそうなところで、攻撃を中断される。
若葉が経験した戦いは、紅葉の御竜との修行に比べれば、些細なものだ。
だが、それでも、若葉は紅葉に追い縋っていた。
精霊を使わず、純粋な剣技で、若葉は紅葉に迫っていた。
しかし、それならさらに本気を出せばいい。
紅葉は、自らの刀から片手を離し、その手に持てるだけの黒鍵を取り出した。
それを空中にほおり投げ、告げた。
「
黒鍵が一斉に若葉を狙う。
それを見た若葉は慌てて離れようとするが、間に合わない。
合計三本の黒鍵が、若葉に突き刺さる。
手、腹、足の甲。
その三点に全て突き刺さる。
彼女から、声が漏れる。
その間に、紅葉は地面を蹴り、若葉の首を跳ねにかかる。
若葉は、足の甲を黒鍵によって貫かれ動けない。故に、殺すのは簡単だ。
だが、
「―――砕けろッ!!」
若葉の手が足の甲に突き刺さった黒鍵に触れた瞬間、青い光が迸り、黒鍵は跡形もなく破砕した。
「な―――――!?」
その光景に、紅葉のみならず、その光景を見たものすべてが驚愕した。
そう、速い。
挙動が速い、立ち直りが速い、そして何より、対応が速い。
若葉の剣技は、幼いころから修めてきたものであり、そこいらの熟練者と並べると、確かに強いだろう。しかし、それでも紅葉の剣技には敵わない。
この三年。ただ人を殺すために磨き続けた剣技。御竜との修行において、その上達速度はあまりにも速かった。
しかし、その一方で、若葉の剣技はすでに
紅葉の場合は、バーテックス人間となることで、その上限を突破した。だが若葉はそうではない。
だが、それでも、紅葉は理解していた。
若葉は今、現在進行形で急成長している。
その成長が、彼女が剣を振るう度に加速している。
そう、若葉の中で駆け巡る何かが、若葉の肉体を際限なく加速させていく――――――
―――――生きとし生ける全ての
アクセルを踏む。
すると体の中で何かが全力疾走を開始した。
体を沸騰しているのかと思うほど熱い血が駆け巡る。
立て続けに腕と腹に突き刺さった黒鍵を破壊する。
以前までの自分であったなら、こんな芸当はできなかっただろう。
しかし、今、若葉の中で駆け巡るこの力が、若葉にその破壊の力を与えてくれていた。
勝て、と己の内側で誰かが叫ぶ。
勝つ、と自分自身が吠え立てる。
剣技で敵わない?それなら追いつけばいい。
膂力でも無理?それなら強くすればいい。
そもそもからして素体から隔たりがある・・・・・それでも己の何かが勝てと叫んでいる。
「オオオオオオォォォォォォォォォォォオオオオオオオッ!!!」
己の体の中にある力による、爆発的
追いつかないというのなら、追いつけばいい。
弱いというのなら強くなればいい。
不可能ではないはずだ。だって私は、あの人からもらった剣を持っているのだから。
果たしてそれは、若葉が本当に限界を突破したからだからだろうか。
否、と、白鳥歌野は断言する。
若葉本人が気づいていない、彼女に起きている些細な変化。しかしそれは別の観点から見れば、大きな変化。
青い炎が、彼女の体を包んでいるのだ。
その青い燐光が宙に舞い、若葉は咆哮して剣を振るう。
若葉になんらかの変化が起きているのは、その場にいる若葉以外の全員が理解している。
だが、なぜそんな変化が起きているのかを理解しているのは、きっと歌野だけだろう。
歌野は、知っていた。
あの日、哮がいなくなって数日が経ったあと、水都が歌野を訪ねてきたときに持ってきた、哮の手記に書かれていた事。
―――――肉体は消えても、魂だけは剣に宿ってる。
今、若葉が使っている刀は、哮が使っていた刀『倶利伽羅』。
その刀には、哮の魂が宿っていたのだ。
そして、若葉はその魂を受け入れた。
だから今、若葉は急激な成長を促している。
青い炎は、哮が契約していた悪魔『魔王サタン』のものである『
誇らしい、気分になった。自分の兄貴分が、それであるというだけで誇らしく、威張りたい気分になった。
あの時、言えなかった言葉がある。
言え。言ってしまえ。叫べ、思いっきり叫べば――――――きっと、滅茶苦茶に痛快だ!
「やっちゃえ、哮兄――――――――――――――――!!!」
かくして
―――――掴み損ねた理想の刃で、我が身を切り裂いても。
「オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」
絶叫を迸らせ、若葉は駆ける。
放たれた黒鍵を弾き飛ばし、若葉は紅葉に向かって突っ走る。
「ッ!?」
その、あまりにも凄まじい速さに、紅葉は一瞬動揺する。
その動揺を狙いすましたかのように、若葉の剣が、ついに紅葉の頬に届く。
「っぁ・・・!?」
「ああぁぁぁああああぁぁああああああ!!!」
若葉の剣撃は止まらない。
その連撃すべてが紅葉の命を刈り取ろうと迫ってくる。
その成長は、もう紅葉の足元に及んできたのだ。
その成長に、紅葉は恐怖する。
何故、そこまでするのか。
彼女が自分を倒したい理由はある。そして立ち向かう理由もすべて理解している。
だが、ここまでする必要はない。自らの肉体の無事を顧みず、限界を超えて、戦い続ける理由が彼女には存在しないはずなのだ。
後ろにいる辰巳さえ復活すれば、そのための時間を稼ぐために防衛に徹していれば、勝利を掴めるはずなのに――――――
「あぁぁあああぁぁぁぁぁああぁぁあああああああ!!!」
怒りを伴った絶叫とともに、紅葉は、若葉の目の奥に宿る激情、そして、その力の源泉を理解した。
それは、至極単純で、あまりにも身近な感情――――――
『怒り』だ。
立場も、願いも、思想も、どうでもいい。勝利や敗北などこの際関係ない。ただ、憎いのだ。ここにいるだけでも虫唾が走るほど憎いのだ。今すぐにでも乃代紅葉を消し去りたいというほど、憎いのだ。
なんと俗悪で罪深い思考なのか。しかし、それでも、我慢ならないのだ。我慢ならないから、ここにいて、ここで剣を振るうのだ。
それはある意味同族嫌悪に近いものでもある。
しかしそれすら彼女の頭には無い。ただただ、彼女は、紅葉を――――
―――――野原に
剣が錯綜する。
刃が錯綜する。
斬撃がまじりあう。
火花が散る。
青い炎が燃え上がる。
赤い炎が燃え上がる。
若葉と紅葉が咆哮する。
ただ目の前の敵を、倒すために。
そして、とうとう若葉の膂力が紅葉のそれに追いつく。
それは狗ヶ崎哮の力ではない。
彼女が今付けている手甲――――高嶋友奈の天ノ逆手。それに込められた酒呑童子の力が、若葉の膂力を底上げし始めたのだ。
初めは使い方が分からなかった。今だって、若葉はそれの使い方を理解していない。ただ無意識で、彼女の紅葉を殺したいという想いに手甲が答えたのだ。
だから、膂力が紅葉に追いついた。
速さは、もはや人外の域に達した反射神経によって追いつかせる。
ついに互角。
しかしそこで若葉の成長は止まらない。
驚異的な反射神経で振るわれた剣の斜め下からの斬り上げ。それを紅葉は迎撃しようとする。
しかし、突如としてその刃が減速、急遽力の向きが反転し、一瞬にして斜め上からの袈裟懸けとなる。
「なッ!?」
それに目を剥き、紅葉は思わずさがる。胸に一撃入れられる。
鋭い痛みが脳髄を貫き、紅葉の表情が苦悶に歪む。
それだけは無い。
突きが迫る。それを防ぐ―――間に合わず、切っ先で肩が斬れる。
撃ち下ろしが来る。弾こうとする―――失敗、頬が削がれる。
徐々に、確実に、若葉は紅葉を超え始めている。
この戦いが始まって、ほんの数分程度の事の筈なのに、若葉は、凄まじい速度で成長しているのだ。
「アアアアァァァアアアッ!!!」
若葉の咆哮が炸裂する。その一撃を、紅葉は受け止める。
「狗ヶ崎哮・・・高嶋友奈・・・既に敗北した勇者が最後の障害とは・・・これも因果かッ!」
「がぁぁぁああぁあああああ!!!」
そのまま若葉が押し込み、そのまま斬撃を叩き込むも、射程から外れた紅葉には掠らない。
突如、紅葉が若葉に問いかけた。
「怒りか!?乃木若葉!!」
しかし若葉はすぐさま紅葉に斬りかかる。紅葉は分かっていたかのように迎え撃ち、鍔迫り合いに持ち込む。
そして叫んだ。
「彼女を殺された事に対する怒りか!?」
紅葉は、これだけははっきりさせたいのだ。
自分が高嶋友奈を殺したから、彼女は今、ここまで怒り狂っているのか。
その問いに、若葉は迷わず答える。
「ああ、私はお前が許せない・・・・・必ず殺すッ!!」
隠そうともしない感情を改めて言葉に乗せ、叫んだ。
そのまま押し込み、紅葉は距離を取らされる。
しかし、それ以前に、紅葉の中にはある感情がさらに爆発して燃え上がっていた。
「私と同じ
紅葉にだって、怒りがある。
紅葉にも、若葉と同じ親友がいた。
しかしその親友は、ある日殺された。
虐めという方法で、彼女の親友は殺されたのだ。
一般的にいって、それは『自殺』に部類されるものだ。
しかし、紅葉にはそんな事は関係なかった。
親友は、周囲の悪意によって、民衆の感情によって殺されたのだ。
周囲の人間、友達、教師、店員、両親、それら全てから、親友が殺されたのだ。
だからあの日、彼女は、バーテックス人間となったのだ。
全人類を抹殺する為に、新たに出来た同胞たちと共に、今の世界を殺すために。
だから、許せないのだ。
自分と同じ
「お前にだけは――――」
殺したい。殺してやりたい。この手で切り裂き、臓腑を巻き散らし、惨たらしく殺してやりたい。
「お前にだけは――――」
殺す。殺してやる。たとえこの身が朽ち果てようとも、どんな事になろうとも、私はお前を殺してやる。
―――――それに刻め、穿て、報復の神話を。
「「絶対に負けるものか――――――ッ!!」」
貴様が死ぬほど憎いから。
―――――決着は、今。
青い炎と赤い炎が舞い上がり、若葉と紅葉の間で互いを喰い合うかのように燃え上がる。
たった一時だけ優位に立っていた若葉の立場も、いきなり同等の速度で成長しだした紅葉に差を取り戻され、血塗れとなって斬り合う。
紅葉の赤い炎は、その性質は若葉の青い炎と同じ災厄の一つだ。
だから、紅葉の怪我も、若葉と同様に一瞬にして治っている。
これで互いに互角。そして、もはや互いに攻撃一辺倒になっているが故に――――彼女たちは防御しない。
腹を裂かれても治る。腕を斬り飛ばされても、飛ばされる前に切断面がくっつく。足を貫かれても、瞬時に治る。骨が砕かれても、すぐさま再生する。内臓が破裂しても、また元に戻る。
飛び散った血は戻らない。その為、二人はもはや血塗れだった。
あまりにも惨たらしい斬り合い。常人が見れば、卒倒ものだろう。
だが、それでも二人は斬るのをやめない。
どれほど脳髄に痛みが叩きつけられようとも、痛みで意識が遠のいても、この両足が地面を踏みしめている限り、後退なんてしない。ただ目の前の相手を、殺すまで、斬るのをやめない。
―――――ここに遍く全ての正義に、今問いかけるその覚悟を。
だが、このままではらちが明かない。
どれほど斬っても相手は死なない。
だが、互いに急所への直撃は防いでいる。
おそらく、そこだけは、治癒の効果はないのだろう。
だが、どれほど狙っても、そこだけはどうしてもかわされる。
ならばどうする?どうすれば殺せる?
簡単だ。
治癒が効果ない程の一撃を叩き込む。
―――――伸ばし損ねたあの日の手で、誰かを求めるのなら。
それを悟った瞬間、若葉と紅葉は同時に行動に移る。
若葉は
紅葉は
一瞬の静寂。
紅葉が地面を蹴り、若葉は抜刀へと移る。
紅葉の駆け出す速度はすさまじく、伝説の体術『縮地』とも大差ない程の速度を誇っていた。
一方の若葉の抜刀も速く、その速さは雷よりも速く、光さえも追い越せそうな程に速かった。
走る速さと剣を振るう速さを掛け合わせた、紅葉の斬撃。
居合特有の速さと人外の域に達している反射神経の速さを掛け合わせた若葉の居合。
色さえも失われた世界で、二人はもはや互いしか見えていない。
一分一秒でも、相手をこの世から葬り去りたい。
そんな想いのみが、二人の間に駆け巡っていた。
やがて、二人の距離が、互いの射程距離に入った
超神速抜刀術『
乃代流剣術奥義『
互いに抱くのは相手を殺したいと思う、憎しみの感情だけ。
その、二人の感情が、互いの最強を持って、ぶつかり合う。
―――――失うものは何一つ無いと、ここに墓場を立てて見せろ。
刃が、今、敵を切り裂いた―――――
―――――それに刻め、
かくして、その戦いの勝者が決まった―――――
次回―――最終話『
最悪の絶望の後、邪竜は未来へと旅立つ。
竜胆は老いても咲き、それでも歩き続ける。
終わらぬ戦いに、終止符を打つ為に。
注意、次回、超最悪な事が起きます。そしておそらく予想外な事が起きます。
心してお待ちしてください。