足柄辰巳は勇者である 作:幻在
―――そらを、ほしを、みていたかった。
ちじょうにあるもの、ぜんぶ、こわいから。
そらをみていれば、ただただむげんにひろがるそらをみていれば、いやなきもちをわすれられたから。
それに、ほしが、とてもきれいだったから。
せいざをさがした、ほしをさがした。
たくさんのほしに、なまえをつけたりした。
すでになまえがあることがわかっても、それでもなまえがつけられていないほしをさがしたりした。
ほしは、きれいだ。まっくらやみのなかでかがやくほしが、きれいだった。
あのひ、それをおもいだして、ほしをみようとした。
だけど、みえなかった。くもが、ほしをかくしてしまったから。
つめたい、つめたい。
からだも、こころも、しせんも、なにもかもがつめたい。
ぬくもりがない、かえりたい、かえれない、さびしい、くるしい、つめたい、あたたかくない、さむい、つめたい。
やがてなにもかんじなくなって、それでもほしをみたかった。
そして、おもった。
もし、どこか、とおいばしょへいけたなら――――
――――あのそらにかがやく、ほしのところへ――――
夢は、そこで終わった。
そして、私は目覚めた。
久しぶりに嗅いだ、畳の匂い、木の匂い、そして、久しぶりに感じた、温かい朝の日差し。
上体を起こし、私は、今の状態を確認する。
視界の半分が無いのはいつもの事。だけど、いつも足裏に感じていた痛みはなかった。
それどころか、体中を苛む痛みもなかった。
畳の上に敷かれた敷布団、私の体にかけられた掛布団。
それが私の体を温めてくれたからだろうか。ずいぶんと、久しぶりにぐっすりと眠れた気がする。
ふと、ぱたぱたと足音が聞こえた。
「起きたようですね」
まだ、幼い子供の声。しかし、その声には、不思議と重みが感じられた。
見れば、襖の方で、こちらをしっかと睨みつける、少女の姿が見えた。
誰だろう、と首を傾げるも、少女は言葉をつづけた。
「起きて早々、申し訳ありませんが、貴方にはすぐに警察へ出頭してもらいます」
その少女の後ろからは、数人のスーツを着た男。
コートを着ている様子から、ああなるほど、と私は思ってしまった。
そして、昨日、私がしたことを思い出した。
眠い。非常に眠い。
昨夜、俺こと久我真一は、かの災害を引き起こした張本人である郡千景を捕まえ、そのまま、山奥にある神社に担ぎ込んで、そのまま帰って休もうとした所を暁の奴が署に連絡したのか呼び出され、今回の件の始末書を書かされ、さらに追加の始末書さえもやらされ気付けば時計は夜の十二時。そのまま帰路についたと思ったら今度は不良どもに絡まれている男子生徒一名を見つけ、軽くしばいた後はコンビニに寄って夕飯買おうとして今度は強盗が強盗している場面に遭遇。十秒で片付けた後は夕飯の弁当を買ってさあ帰ろうと思ったら今度は交通事故。何してんだ交通課と思いつつ救助活動、その後、救急車が来たあとさっさとその場から立ち去って住んでいるアパートにどうにか辿り着いたものの、今度はそこでストーカー女を発見。丁度、隣の家の新婚さんの旦那の方が目標だったようで、面倒くさいので締め上げてノックアウトさせて警察に突き出しそして家についたのが二時だ。そして家に帰って飯を食ってシャワー浴びて寝ようとした所で隣がいつもは静かな時間、防音対策してあるはずの壁すらも聞こえてしまうほどに盛ってしまってそれによって眠れず、そのまま一夜を明かしてしまったのだ。
だから、今俺は非常に虫の居所が悪い。
「おーっす、パシリくん!」
「だぁれがパシリだゴラァ!!!」
こんな機嫌が悪い時にからかってくるとはいい度胸だなぁオイ、得意の体落としで沈めてやろうかn―――
「ふぅん、上司に向かってそんな事言うんだ、久我君」
「・・・・ナンデイルンデスカーヒムロサン」
Oh・・・なんという事だろうか。絶対に怒らせてはいけない暫定一位の氷室聖子様になんて口の利き方をしたんでしょうぼかぁ。
「なんで?そんなの決まってるでしょ?アンタを呼びに来たのよ!」
「ぎゃぁぁあああ!?」
痛い!アイアンクローがめっちゃ痛い!相も変わらず痛い!?
どうにか解放され、俺は、さきほど聖子さんに言われた事を聞き返す。
「はあ・・・はあ・・・それで、俺を呼びにってどういう事っすか?」
「昨日捕まえた郡千景の事で、事情聴取するから呼んで来いって義馬の奴に言われたのよ。年下の癖して偉そうに・・・」
「立場上、アンタの方が下ですよね?」
「何かいった?」
「イイエナニモー」
くそ、頭があがらねえ・・・それにしても、あいつの事か。
郡千景。
ほんの数か月前に起きた、人類史最大最悪の大災害『千景災害』を引き起こした張本人であり、勇者として除名された唯一の少女の事だ。
当時、自らの意思で引き起こしたと思われており、本人自身の言質もとれているために、こんな大罪を犯した罰として、人間としての全ての人権を奪われた少女でもある。
まだ、成長途上の体であるにも関わらず、その体に受けた傷は千差万別。
人の恨みという恨みを受け続けてきたであろうその体は、あの時見た時には、とても小さく見えた。
「アイツから一体何を聞くっていうんだよ・・・」
「単純な話、魔器『鎖』についてよね」
「・・・」
現在、この警察署は特殊な事情を抱えている。
今回、御神刀の担い手に選ばれたのが俺と暁の二人であり、同時に警察官でもあるが故に、その事が署長に露見。よって、署長の手で魔器対策本部を設立する事になり、魔器使い討伐の際には必ず俺たち救導者が出る事になっている。
今いる救導者は二人。俺、久我真一とあの笹木野暁だ。
そして、俺たちは今、とある魔器使い――――郡千景を捕まえていた。
俺たちの目の前には、一方からは向こう側が見えない特殊なガラスを通して、郡千景の取り調べが行われていた。
その取り調べをしているのは、ヤクザ顔の巨漢の男『
あの人は、とにかく厳しい。部下にも犯罪者にも厳しく、自分にもかなり厳しい。
目の前で犯罪が起きたらとにかく殴るかタックルをかまして気絶させてから捕まえたり、この取り調べの際、相手が思うような供述をしてくれない場合はSなのかと思うほどの罵倒と相手を怒らせるような言動でとにかく言質を取りに行く、正直敵には回したくない人だ。
ついで、俺の本当の上司でもある。
そして、そんなヤクザ警官に取り調べを受けているのが、郡千景。
一ヶ月前、香川の一部を完全壊滅させた、人類の歴史上最悪な災害を引き起こした人物で、三年前、世界中を蹂躙し尽くした人類の天敵『バーテックス』を唯一倒せる存在にして人類の矛と盾となるべき『勇者』でありながら、人類を脅かし『失格勇者』や『災厄の勇者』などのあだ名を与えられ、人々から忌み嫌われる存在へとなり下がった、
しかし、香川で悪逆を尽くした人間にしては、今目の前にいる少女は、あまりにも神妙としており、そして、あまりにも、落ち着いていた。
まるで、何もかもを諦めているかのように。
「聞いてるかぁ、オイ」
ふと源太郎さんの声が聞こえた。
「聞くぜぇ、お前はいつ、どこでそれを手に入れたぁ?」
迫力のある野太い声で、威圧する源太郎さん。
しかし、目の前の少女はしゃべろうとしない。いや、そうでもないか。
何かを喋ろうとしているが、喋れないようだ。
「・・・・チッ、そうかよ」
どっと椅子に腰を落とし、その視線を、見えないはずの俺たちにガラス越しに向けた。
「オイ、紙とペン持ってこい」
流石、というべきか。他の人たちは戸惑っている様子だから、俺が持っていくことにする。
手帳とペンは捜査には必要なものだからな。
扉をノックする。
「入れ」
返事が聞こえたので、俺は取調室に入る。
「持ってきたか?」
「俺ので良ければ」
「いいだろう」
「ついで、俺もここでいいでしょうか」
ガラスの向こう側で、動揺するような声が聞こえた気がした。
「いいぜぇ」
許可も下りたことだ。俺は取調室の隅に立つ。
「さて、これでいいかぁ?」
「・・・・」
ふと、千景がなぜかおどおどしている。
「なんでわかったか?そりゃあてめぇ、何か喋ろうとしてんのに喋ろうとしないからだろ?だったら考えられることは二つ。喋れないか、筆談じゃねえと会話できねえかだ。ちょいと部下のもんだが使えや」
差し出されて、戸惑う千景。しかし、やがてそれを手に取り、開いて何かを書いていく。
そして、それを見せる。
『わかりません。公園で雨に打たれていたら、突然背中を何かに叩かれて、気が付いたらあの姿になっていました。どうやら私の勇者としての力とは違うようですが、叩かれた時に、何かが断末魔をあげるような声が聞こえたました』
一旦ここで区切らせてもらうが、この女、ご丁寧にあの時の状況を事細かに書きやがった。
文面はまだ続いており、さらに読んでいく。
『『そ、そんな、何故、消える、いやだ、消えたくない。消えたくない』といったっきり、聞こえなくなりました。これは推測でしかないのですが、おそらく私の心に入り込んだせいで、私の
源太郎さんが顎髭をじょりじょりとなでながら、しばし黙り込む。
「・・・まあ、いいだろう。それについては分かった。だがな」
俺でもビビる程、いきなり源太郎さんは机を叩いた。
「なんで久我を襲った?」
その問いに、千景は答えを素早く返した。
『退治される立場だと思ったからです。それで死ねるなら、むしろ本望なので』
その文字を見た時、俺は、なんとも言えない奇妙な感覚に陥った。
『私は、悪なので』
その時の千景の顔は、まるで自虐するかのように、薄く嗤っていた。
「結論から言うとだな。あの野郎嘘は言ってねえ」
一旦、取調室を出て、会議室にて今回の取り調べの結論を俺、源太郎さん、暁、氷室さん、祐郎、他数名を交えて話し合っていた。
「それ本当?正直私はあまり信じられないわね」
「それは俺も賛成っす。何せあの郡千景っすよ?街壊滅させて市民に暴行を加えたっていうじゃないっすか?」
氷室さんと祐郎を含めた警部補たちは、あまり千景に対して好感を持てていないようだ。
「まあ、源太郎さんがいうからにはそうなのかもしれないでありますが・・・ですが、郡千景は危険だと判断します。すでに鎖を取り除く準備は整っているとはいえ、まだ警戒するべきでありましょう」
暁も暁で、千景の事は信用出来ていないようだ。
「久我先輩もそう思いますっすよね?」
「ん?え、ああ、そうだな・・・」
やばい、いきなり話を振られたから生返事になってしまった・・・。
「どうした久我ぁ、なんか元気ねえな」
「ええ、まあ・・・・最近寝られてなくて・・・」
「氷室ぉ?」
「何?私が悪いの?」
この二人、ただでさえ仲が悪いので些細な事で空気がぎすぎすとするのだ。
だからその度に俺たちは胃に穴が空くほどの苦痛を受けなければならないのだが。
「そ、そんなことより、今はあの郡千景の事について話し合わなければならないでしょう!?」
「それもそうね」
「チッ、女狐が」
「何?」
「ああ?」
「だから睨み合わないでくださいよ・・・」
もうやだこの二人ぃ・・・・それはともかく。
「今は大人しくしてくれていますが・・・いつ暴れだすかわからない状態だからなぁ」
「その心配には及びませんよ」
突然、この会議室にはあまりにも場違いな幼すぎる声音が響いた。
会議室の扉を見れば、そこから、一人の巫女服を着た一人の幼い少女がいた。
年齢は見ただけでもたった十歳程だろうか。
「芽依・・・」
「めーいちゃーん!」
「はにゃぁああ!?」
俺がその少女の名を呼ぼうとした瞬間、キングクリムゾンでも発動したのかいつの間にか氷室さんが少女――――『
てか、またかこのロリコン。
「今日も一段と麗しいでちゅね~」
「や、やめてください氷室さん!気持ち悪いですぅ!」
「ああ!幼女からの罵倒!なんて甘美な感覚なの!」
「・・・・・久我、やれ」
「アイアイサー」
源太郎さんに言われたので、俺はとりあえず氷室さんの首根っこを掴んで、そのまま気絶目的の背負い投げを敢行した。
「ぐふぅ・・・・」
「はあ・・・はあ・・・た、助かりました真一さん・・・」
芽依は崩れた巫女服を正すと、改めて俺たちに向きなおる。
「えー、先ほど心配はありませんといいましたが、彼女には一種の封印を創代様にお願いして施してももらいました」
「封印?」
「はい。一時的に魔器の発動を阻止する封印です」
この街は、刀がこの時代に伝わった頃より信仰している神がいる。
その神の名は『創代』。創造を司る神で、俺や暁の使う御神刀を作ったのもその神だ。
創る事に関してはどの神よりも秀でており、ある程度の力を消費し、どんな道具でも作り出す事が出来るのだ。
そう、
「なら、魔器による暴走はあり得ないという事でありますね」
「その認識で間違っていません」
「ならひとまず安心っすね!」
祐郎がそう言うも、俺としては、どうにも安心できる気分でもなかった。
「して」
そこで、この件の第一人者である『
「今後の奴だが、このまま牢屋にぶち込んでもよし、このまま釈放して一切忘れるのもよしだ。さて、どうする?」
「どうするって・・・・このままアイツが魔器を使って悪事を働かないともいえないっすよね?」
「というか、釈放なんて、笑えない冗談なんでありますが・・・」
郡千景の凶行は、すでにこの四国中に広まっている。
民を嘲笑う女狐、街を破壊した怪物、人の幸福を奪った悪魔・・・彼女自らが発した言葉が、人々の耳に届き、その評判は、まさしく凶悪犯罪者・・・いや、それ以下に向けられるそれと同じだ。
もちろん、この署内でも、評価は同じ。
だけど、あの日の、アイツの目は・・・
「そこでだ。久我。お前が奴の処罰を決めろ」
「・・・・は?」
何故そこで俺に話しが降られる?
「仕留めたのはお前だ。だから、お前が奴をどうこう出来る権利を持つのは当然の事だろう?」
「いやさぞ当たり前だろという感じで言わないでください困ります」
本当に困る。どうしろっていうんだよ。俺、学校での経験上女子に対する良い思い出があまりないんだけど。まともに相手したことあるのは妹だけなんだけどー!
それに俺、この二十四年の人生で彼女いないし!(泣
「仕方がないだろう。この署では犯人を捕まえた奴にその処罰を決める権利を与えられるというルールがあるだろう」
「確かにそうですけどもー!」
「で?お前はどうする気だ?」
「う・・・」
どうしよう、周囲の視線が俺に集まってるから結構怖い!
ええっと、この場合どうすれば・・・・
「う、うーむ・・・・」
周囲からの視線が突き刺さる中、俺は、たっぷり十秒考えた末――――
こうなった。
「えーっと、ここが俺の家だ」
『そうですか』
うん。わかってる。どうして凶悪な存在である郡千景を、自分の家に招き入れてるのか。
簡単に言って、俺はこいつを放っておけなかった。
目を離せば、すぐにでもどこかに消えてしまいそうなこいつを、どうしても放っておけなかったからだ。
・・・・アイツのように、誰にも知られることなく、消えてしまいそうだったから。
でも、傍から見れば完全に年ごろの娘を家に連れ込んでいる詐欺師の図が完成してしまう。
それだけは避けたく、年頃の中学生が着るような服を買って着させている。
まあ、それでもジーンズと黒シャツに白いウインドブレーカーを着させているだけなのだが。
そして、フードも被っているので、どこからどう見ても、彼女が郡千景と分からないだろう。
「そこらへんに腰をかけてくれ」
『いえ、このままでいいです』
いきなりかこの野郎。
『私に親切してくれなくても、いいです』
「そんな訳にはいかねえよ。自分でもなんでこんなことしてんのか分かんねえんだし。分からないなら分からないなりにとりあえず決めた事は最後までやるのが、母さんからの受け売りだからな」
『そうですか』
さっき書いたメモを使いまわしやがって。まあ文句はねえが。
「そういや、喉、潰されてんだっけ?飯食えるか?」
『お構いなく』
完全にこっちを突っぱねる気でいるなこの野郎。そこまで恩を売られたくないか。まあその気は毛頭ないんだがな。
さて、どうしたものか・・・・・いや、ちょっと待てよ。
「・・・いいから、言え」
「・・・」
しばし、考え込んだのちに。
『ただ声帯がつかえないだけなので、問題ありません』
なるほど、こいつ、命令形なら従うんだな。
親切心とかじゃなくて、とにかく強い『命令形』で言えば、とりあえず大抵の事には従ってくれそうだ。
さて、それなら・・・て、ん?
『ただ、味覚は失われています。ですので、あまり気合はいれないでください』
嘘だろ。味覚がないって・・・・
思い出せ、確かこいつが潰された部位は右目と喉。舌は抜き取られていなかったはずだ。
「おい、舌見せろ」
言えば素直に応じてくれる。うん。舌はあるな。
となると、ストレスとかそのあたりの・・・でも、まあ、やる事は変わらないな。
「とにかく、食え。味はあろうとなかろうと、生きる上では必要な事だ」
『そういうのなら』
署の奴らには何考えてるんだってかなり叩かれたが、まあ、こういうのも悪くないかもしれない。
「ああそうだ。少し向こう向いてろ」
「?」
首を傾げつつ、俺に背を向ける千景。
さて、と―――
「連双砲」
手に出現した拳銃、それの引き金をサイレンサー付きでぶっ放す。その矛先は窓。弾丸はカーテンを破らず、窓を破壊せずに貫通し、その外にいる奴を吹っ飛ばす。
「うわぁあああ!?」
悲鳴が聞こえたが気にしない。
『何を撃ったんですか?』
千景が、体を震わせて紙だけを見せてくる。
「・・・気にするな。いいな」
別に、暁が落ちただけだ。何も気にすることじゃない。
とりあえず、千景にはそこらのソファに座らせて待っててもらうとしよう。
とりあえず昨日食い損ねた鶏肉とかニンジンとかがあるから・・・うん、今日はシチューにするとしよう。
叔母さん直伝の家庭のホワイトシチューだ。
そうして、作られたシチューを、食卓の上に置く。
「できたぞ」
『はい』
筆談ではあるが、返事をしてくれるのはうれしい。
「いただきます」
手を合わせ、そう、呟いて俺はシチューを食べる。うん、上手い。流石に叔母さんのようにはいかないが、それでも美味しい事には変わりはないな。
さて、千景の方はというと・・・・て、おいおい。結構がっつり食ってるんじゃあないか。
「・・・・!」
こっちの視線に気付いたのか、スプーンを動かす手を止める。
「・・・・お前、嘘ついてたな」
「!・・・!」
何を慌ててるのか、傍らにあるメモ帳を手に取り、よほど慌ててたのか、かなり汚い文字で、それが掛かれていた。
『ごめんなさい。騙すつもりはなかったんです。ごめんなさい。嘘をついたつもりじゃなかったんです。ただ、知らなかっただけなんです』
「謝るなよ。ただ、それならそれで良かった。ていうか、知らなかったって、どういう事だよ?」
申し訳なさそうな顔をして、千景は改めて説明してくれる。
どうやら、この高知に捨てられ、放浪する上で、飢えをしのぐためにゴミなどを漁っていたりしていた際に、ゴミの味を認識しないようにしていたらしく、かなり苦しんでいたらしい。
それで、こういうものを食べるのは本当に久しぶりだったから、思わずスプーンをすくうのが早くなってしまっただけらしい。
「なら、遠慮なく食べろよ。今のうちだぜ。こんなに美味しい物を食べられるのはさ」
「・・・」
彼女はうなずき、やがてその皿に入っていたシチューは全て彼女の胃袋に入ってしまった。
「美味かったか?」
『はい』
満足そうに、彼女は言う。
『でも、本当にいいのでしょうか』
「何が?」
『私は郡千景です。丸亀周辺を壊滅させた、化け物です。たくさんの人を殺した、殺人鬼です。そんな私が、こんなものを』
「別に、いいんじゃねえか?」
俺の言葉に、こいつは驚いたような顔をする。
「飯を食うぐらい、誰だってする。狐やうさぎだって、獲物とか草とか食って生きてる。それで、どうしてお前が何かを食っちゃいけないなんて事になるんだ?」
『それは、私がたくさん人を・・・』
「それなら、そこらにいる動物は仲間を食い殺す?他の生物を殺す?そりゃ食う為だ生きる為だ。そして俺たちも生きる為に他の生物を殺してる」
『でも、人間が人間を殺す理由はありません』
「いやあるだろ。例えば俺なんか、この御役目与えられる前に人質とった人間の眉間撃ちぬいて
『それは、その人質の人を助けたかったからでしょう・・・』
「それはお前も同じだろ?」
「・・・!?」
「図星かこの野郎」
まさか当たるとは思わなかった。でも、こんな奴があんなことをする理由には、十分に考えられる。
「・・・・」
『でも、関係ない人を殺す事はなかった』
「だろうな。でも、お前は誰かを守りたかった。お前にとって、何千という人間の命よりも、その人の命を守りたかったんだろ」
どんな事よりも、優先したいものがある。
その為なら、俺は何を犠牲をしてもいい。
「ならいいじゃねえか。少なくとも、俺はそれでいいと思ってる」
『人を、殺してでもですか?』
「まあ、そうなるな」
その為に、俺は銃を持っている。
「・・・」
『そんな、簡単に割り切れません』
「・・・そっか。ま、これは俺の持論だから気にするな」
そう言って、俺はシチューの最後の一口を口に運んだ。
「・・・・あ、そうだ」
そこで、俺はある事を思いついた。
「いつまでも郡千景と名乗ってちゃ、この先不便だろ」
『いえ、そんなことは』
「どうせ、この家に住むうえでも必要になってくるだろ。戸籍の方は俺で用意しておくからよ」
幸いと親父のコネもあるわけだしな。ケケケ。
『ですが』
「じゃあこうしよう。今日からお前は
首を傾げる。
「この先、お前の所有権は俺が持つものとして、お前の私生活などを全て管理してやる。あ、でも欲しいものとかあったら言ってくれよ。出来る限りなら買ってやるからよ」
「・・・・」
「という訳で、お前は今日から俺のものとして、新しい名前をくれてやる!喜べ」
むふふ、我ながら完璧な提案だ!こいつの私生活など全てを管理する事で、こいつに対する一切の害悪から守り、その上で新たな名前を与える。
これ以上良い案があるだろうか。うん、無いな。
あれ、でも、なんか俺の言葉に、何か重要な言葉が混じっていたような・・・・
「・・・・・あれ?」
「・・・・」
何故かこいつの顔が赤くなってる。
『その、俺の物って、あの、その』
「・・・・」
ああ、そういう事・・・・
やぁっちまったぁぁぁあぁぁぁあああああ!!!!
何言ってんの俺!?何こっぱずかしい事いってんの俺!?俺の物ってどこのキザ野郎だよ!どこの乙女ゲーの攻略対象だよ!?馬鹿なの死ぬの!?何俺の物宣言しちゃってんの!?まるで愛の告白みてえじゃねえかよ!だぁぁぁああ!考えれば考えるほど恥ずかしくなってくるぅぅぅううう!
「あー、その、だな、別に俺の物っていうのは告白とかそういう類のものじゃないからな?あくまで、奴隷とか・・・・って何言ってんの俺はぁぁあああ!!」
恥ずかしい!恥ずかしい!HA・ZU・KA・SHI・EEEEEEEEE!!!
椅子の上で悶絶しながら、俺は頭を抱える。その最中に、こいつは、何かを書いていた。
『その、初めてはあげられませんが・・・・よろしくお願いします』
初めてってなんだ。初めてってなんだよオイ!だぁもう!こうなりゃヤケだくそったれ!
「とにかくだ!名前決めるぞ名前!」
『あの、それでしたら、『楔』でいいでしょうか?』
「ん?『楔』って確か、お前のもう一つの・・・」
『あまり意識されていなかったようでしたので、それに、この名前も、それほど珍しくもないので』
「まあ、そうだな・・・・よし、じゃあまあ、日本人口における苗字ナンバーワンの数を誇る『佐藤』という事にして、お前は今日から『佐藤楔』だ。これでいいか?」
『はい』
「そっか、それじゃあ改めて、俺は久我真一。あの絡久良警察署で刑事をしている」
『佐藤楔です。趣味はゲームです。よろしくお願いします』
「おう、よろしくな。楔」
これで、こいつは今日から、佐藤楔という人間になった。
だが、この時、俺たちは知らなった。
この街に、恐ろしい陰謀が渦巻いている事に、まだ、気付いていなかった。
次回『魔器対策本部』
未知なる敵に対抗する為に。