足柄辰巳は勇者である   作:幻在

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激『動』の連鎖

―――孤児養護施設『百合籠』にて。

突如として蔓延したウィルスによって街中が感染者だらけとなり、病院では収容しきれないという事で、各地区の公民館や、この様な施設などに搬送している。

その為、百合籠の中は沢山の感染者で床が埋め尽くされていた。

その感染者だらけの床の隙間を、麻衣弥は器用に通り抜けて机の上に医療器具の入った段ボールを置いた。

「ふう・・・う、げほっ、ごほっ!」

しかし突然咳き込む。その時、何かを吐き出したらしく、着用していた防毒マスク(ガスマスクではない)を外せば、そこには赤い液体が付着していた。

「・・・・」

「麻衣弥さん」

「ああ、ごめんなさい。それ、向こうに持って行ってくれるかしら?」

「分かりました」

やってきた職員に指示を出しつつ、麻衣弥はそれを隠すようにまた着用した。

『―――現在、絡久良市に蔓延しているウィルスにより、多大なる被害が出てきており、警察は現在、街へと通ずる道を全て封鎖。しかし、街中で繰り広げられる脱獄囚と警察との戦いは熾烈を極めており、少なくない被害が出てきております。現在、縄間市長が解毒剤の開発に尽力していますが、それでも、時間が掛かるとの事です』

(不吉ね・・・)

テレビに移される警察と囚人たちとの戦闘の様子が映し出されているのを見て、麻衣弥はそう思った。

『ただ、市長は現在、この街にいると思われている『郡千景』が今回の事件の首謀者ではないかと推測しており、事実、その手の目撃情報が多く、警察もその線で操作をしていると――――』

「・・・・」

その話を聞いて、麻衣弥は、以前、真一が連れてきた彼女の事を思い浮かべた―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捕まえた脱獄囚たちを警察の人たちに預け、私は次の所へ飛んでいく。

『天鎖刈』と名付けられた私の御神刀は、その主軸たる『鎖』であるがゆえに、鎖を利用してどこかの蜘蛛男みたく、街中を自由に飛び回る事が出来る。ただし、鎖を打ち込む対象がなければ、この三次元移動は不可能なのだけれど。

さて、現状をおさらいしておきましょうか。

 

現在、絡久良の街には、正体不明の病が蔓延していた。感染していたのは、主に、街の中心にある大きなスクランブル式交差点を中心とした、外出していた人たち。さらに、その時窓を開けていた家の人や、屋上にいた人など、主に、ウィルスが発生した時に外の空気を取り込んだ人たちばかりだ。

現在、病院や、それに関連する施設で、解毒剤の生成を行っているけど、それが間に合うかどうかわからない。市長さんも力を入れてるみたいだけど、それでも、大丈夫とは思えない。

そして、街の中では、警察と脱獄囚たちの壮絶な銃撃戦があちらこちらに発生していた。その度に器物が破損し、巻き込まれた民間人から怪我人が出たり死人も出てきたりしている。警察側もなりふり構っていられないのか、射殺許可まで降りているほどらしい。

そんな、ウィルスといういつ収まるのか分からない驚異と警察と脱獄囚の壮絶な戦いという危険な脅威。そして、ウィルスを蔓延させないという事で封鎖されたこの街の中にいる人たちにとっては、まさしく世界の終わりを見ているようでしょうね。

そして、現在、その事件の首謀者である『嵐野相馬』率いる六人のテロ組織は、その全員が魔器使い。それに対抗できるのは、同じ『文字』の力を持った、『救導者』のみ。しかし、肝心の救導者たちは、その六人によって再起不能になっていた。

だから、私が出た。

創代様のお陰で、私の心臓にあった魔器『鎖』を、『天鎖刈』という御神刀に仕立て上げてもらった。

そして、おまけとして、抉られた右目を新しく作ってもらい、喉を直して声を出せるようにしてもらった。

さらに、まだ慣れないけど、落ちていた筋力をもとに戻してもらった。これによって、放浪していた時よりは上手く動けるようになった。

本当に、感謝しかない。

そして、改めて救導者となった私はすぐに義馬さんたちの元へと戻り、義馬さんの指示の元、市ヶ谷さんからの情報提供によって私は単独で動く事になった。

 

・・・・終始、氷室さんにはずっと睨まれてたけど。

 

私に、何か恨みでもあるのだろうか?十中八九、あの災害絡みの頃だろうけど、それならはっきり言ってほしい。罵詈雑言を受ける覚悟はあるし、必要ならば殴られるのも覚悟の上である。だけど、何も言わずにただ睨んでくるというのは、こう、溜め込ませているようで、何か辛い。

怒りの捌け口になってもいいけど、それを発散出来ているのなら、別に気にはしない。

 

 

 

それはともかく、私は今、この街で一番高い塔の上にいる。

「敵の目的は、結局なんなのかしら・・・・?」

あちらこちらで火の手があがり煙が立ち上り、ここだけみれば、まさしく世界の終わりと言っても過言ではないのかもしれない。

ついで、私の事を犯人と言ってる人がいるみたいだけど、まあそれは仕方がない事。

『あの力』を使えば、私でもこういう事は可能なのだ。無理もない。

ふと、久我さんの携帯が鳴ったので出る。

「もしもし、市ヶ谷さん?」

『楔さん、すぐに志垣支部に向かってください!そこで江砺玖元が暴れてるみたいっス』

「志垣支部ね、分かりました」

空中で躍り出る。

どうして私が久我さんの携帯を使っているのか。理由は今回の混乱によって支給ができない事と、私が久我さんの携帯の暗証番号を知っていたからなのだけれど、どうして知っているのかというと、その・・・見えたのよ。あの人が不用心だから。

とにかく、今はすぐにでも志垣支部にいかないと。

ついてみれば、これまた不思議な光景が起こっていた。

複数の巨大な装置から電気が発せられていて、それが支部を覆うような電気の結界を張っていた。

「あの装置を破壊すれば・・・」

思い立ったが吉日、その日以降は全て凶日ってね。

どうやら、江砺玖元はどこかへ行ってしまったようね。おそらく、事後って奴なのかしら?

建物から飛び降りて、鎖を使ってスパイダーマンよろしく空中を飛ぶ。

「ん?げえ!?郡千景!!」

建物はヘリに括り付けられて空中を飛び回ってるのが一つ、他は周囲の建物の上に一つずつ、計五つ。

合計六つ。

そして、守っているのは仮面を被った集団。

状況確認終了。行動に移る。

「『撃鎖(うちくさり)』ッ!!!」

鎖を弾丸のように射出し、装置に叩きつける。御神刀の力は勇者のそれに匹敵する。だから問題なく装置を壊せる。

まず一つ。

次の標的へ飛ぶ。見ればこちらに気付いた仮面たちがこちらにスナイパーライフルやらRPGやらを使ってこちらを狙ってきていた。

「くッ!」

スナイパーの弾丸を鎖による空中移動で躱し、RPGは発射される前に鎖で仕留める。

そして、二個目を破壊する!

次の装置も破壊して、そのまた次も破壊する。鎖による立体的機動を使って次の目標をどんどん破壊していく。

そして、最後のヘリに括り付けられた装置を、その手に持つ鎌で一刀両断する。

全ての装置が破壊され、支部を覆っていた電気の結界は解かれて、中から結界で出られなかった警察官たちが出てくる。

「よし、これで・・・・あ」

だけど、そこに来て敵にも増援が出てくる。

まずは彼らを片付けないと。

加勢をするために、私は床に落ちる。

「ハァア!!」

一人目を自由落下による着地で下敷きにして、次にすぐそばにいた敵は鎌の柄で弾き飛ばす。次にこちらの襲来に気付いた仮面の男を鎖によって吹き飛ばし、その次の標的を同じ鎖を使って弾き飛ばす。

銃弾を奴らは放つ。けどその弾幕を低い姿勢で潜り抜けて、そのまま鎌を薙いで残り三人の敵を三撃の元に仕留める。

「はあ・・・はあ・・・これで・・・」

終わった。と思った瞬間、突如として乾いた音が響いた。

「うぐぅ!?」

そして、すぐさま左腕を撃たれたと気付くのに、それほど時間は掛からなかった。

「!?」

見れば、そこには一人の警察官がこちらを恐ろしいのか、あるいは、憎んでいるのか、そんな目を向けてこちらに銃口を向けていた。

そうか、電磁波で私が来ることが伝わってなかったのか。

ならば仕方がない。逃げよう。いや、そもそも私には逃げる以外の選択肢はなかったな。

鎖を使って私は空中へ躍り出る。背後で、誰かが叫ぶのが聞こえたが、それは、雨音と風切り音でほとんど聞こえなかった。

少し離れた建物の屋上で、壁に寄りかかった。

左肩からは、撃たれた事で血が溢れていた。

貫通はしているから、止血するだけで十分だろう。

「封印縛鎖・・・止血」

ふと、発した自分の声は酷く掠れていて、分かっていたはずなのに手は震えていて。

「・・・ほんと」

ああ、やはり、これが私なんだと、自覚させられてしまう。

「元悪役のヒーローってのは、辛いわね・・・」

そんな、自嘲気味な独り言をつぶやいた時、携帯に連絡が入った。

「・・・はい、佐藤です。無事、志垣支部は防衛しきりました」

『ええ、報告で聞いてるっス。だけど申し訳ありませんが、そこから北にある新原区の支部にも向かってもらない無いっスか?鋼の魔器『近藤(こんどう)仁太郎(じんたろう)』が暴れて、そこの支部を囚人たちがRPGを使って潰そうとしてるんス』

「分かったわ。すぐに行くわ」

携帯を切り、私はすぐに飛ぶ。

どれほど悔やんでも、時間は待ってくれはしないのだから。

 

 

 

 

 

 

しばらく飛んだあと、確かにあの巨大な男が暴れまわっていた。

パトカーを何台も潰されたり投げ飛ばされたりされている。

投げられたパトカーの一台が、警察官の一人に落ちようとしていた。

私は、急いでそのパトカーに鎖をつなげてどこかへ投げ飛ばす。

「大丈夫ですか!?」

思わず駆け寄ったけど、

「こ、郡千景・・・!?」

怯えられてしまい、立ち止まってしまう。

そうだ。私は郡千景だ。昔の罪は、どうあがいても簡単に拭い去れるものじゃない。

「うぉぉぉおおお!!!」

「ッ!?」

背後から咆哮が聞こえる。気付けば背後にあの大男が両腕を振り上げていた。

慌てて目の前の警察官を抱えてその男の振り下ろしを躱す。

「くッ!」

その警察官を前に投げ飛ばして、私は、大男を・・・たしか、近藤さんを迎え撃つ。

拳が飛んできて、その拳をすれすれの所で飛んで躱し、振り抜かれた腕の上に立って鎌を思いっきり振り被る。そして、鎌を首に叩きつけるも、刃は通っていなかった。

(固い・・・・!)

「うがぁあああ!!」

「あ!?」

脚をもたれ、そのまま振り上げられて地面に叩きつけられる。

「ぐぅ!?」

背中中に、重い痛みが走り抜ける。しかし、近藤さんはそんな暇を与えてくれず、足を引っ張って持ち上げては、また何度も何度も私を地面に叩きつけた。

「あ!?が!?」

「うがぁああああ!!!」

そのまま、投げ飛ばされて、壁に叩きつけられる。

「ぐ・・・くぅ・・・あ!?」

「うおぉぉぉおおおお!!」

奴が、突っ込んでくる。

慌てて上に飛んでその突進を躱す。

男はそのまま建物を突っ込んでいってしまい、どこかへ行ってしまう。

「ぐ・・・か・・・」

地面に降り立ち、体中を苛む痛みに耐えながら、膝をつく。

「ハア・・・ハア・・・」

叩きつけられる・・・なんて事は、あの頃では体験できなかった事かな・・・・

まだ、囚人たちが残っている。だから、すぐに片付けないと。

鎌を杖にして、立ち上がる。

そして、地面を蹴って、体中を走り抜ける痛みに歯を食いしばって、私は、RPGやサブマシンガンなどを乱射する囚人たちを、一人残らず狩っていく。

鎖で叩きつけ、打ち据え、人を傷つけない機能をいいように利用する。

体が重いし痛い。だけど、こんな痛みは、私が乃木さんに与えようとした痛み、そして、私が壊してしまった、あの街の人たちの人生を思うと、ずっとずっと軽い。

銃弾が、私の体を打ち据える。溢れ出る血は、鎖の力で抑えてしまえば良い。痛みなんて、とうの昔に忘れた。

「あぁぁぁぁあああぁあああ!!!!」

絶叫を迸らせて、私は、この双眸で敵を見据える。

「私以外の人間が――――」

鎌を振りかぶって、私は一息に薙ぐ。

「人を殺すなぁぁあああッ!!!」

精神を断ち切る刃は、囚人たちの体を打ち据えて、地面にひれ伏せさせる。

「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」

体中を苛む痛み。それに耐え切れず、うずくまる。

少しは、人を守れただろうか。

少しは、誰かの為に、自分の罪に報いれただろうか。

銃口が、こちらに向けられているのが分かる。

そうだ。私は、そうあるべきなのだ。

本当なら、誰からも、その感情を向けるべきなのだ。

ふらつきながら立ち上がって、鎖で飛び上がる。

体中が痛い。

でも、これでいい。いいのだ。

 

私には、これでいいのだ。

 

 

 

 

 

 

ふと、携帯に連絡が入った。

「はい・・・佐藤です・・・」

『こんにちは、佐藤楔さん』

知らない、女性の声だ。ひどく淡泊だな。

『市ヶ谷警部補に代わり、私『城島(きじま)玲菜(れいな)』が伝達を担当します』

「市ヶ谷さんは・・・?」

『市ヶ谷警部補は書類仕事に回されました。あまりにも情報が多いので猫の手も借りたい状況、ご容赦を』

「それなら仕方がないわね・・・」

『そんな事よりも緊急です。今、貴方の持つ携帯の端末のGPSから位置を把握しています。そこから南東八百メートル先のビルにて、火事が発生しています。中にいる民間人の救助を』

「分かりました」

火事か・・・急がないと、火が回ってしまう。

『どうやら食糧の調達の為にテロ集団が立てこもったようでして』

「追い詰められたから火を放って逃亡・・・という訳ですか。アジな真似を」

『息が多少あがってますね。いくらかダメージを受けましたか?』

「ええ。でも大丈夫です。能力でなんとかなりますので」

『ならいいのですが・・・』

「また連絡します。では」

通話を切って、私は、すぐに火事の起きているビルへと向かった。

そこから立ち上る、明かりと煙を見据えながら。

 

 

 

 

ビルは、酷い有様となっていて、火がビル全体を包み込んでいた。

あまりにも火の手が早すぎる。

「急がないと・・・!!」

ビルから躍り出て、窓から中に突入する。

中は火の海で、空気も焼けている。とてもではないが、呼吸がままならない。

それでも、叫ばないと。

「誰か!誰かいませんか!?」

「ここだ!」

どこからか、声が聞こえた。

鎖を飛ばして、上へ飛ぶ。

「どこ・・・?」

「こ、ここだ!ここにいる!!」

「!?」

崩れて穴の空いた床を見下ろせば、そこには、二人の男女が。

一人はまだ私と同い年ぐらいの男子で、もう一人は・・・

「ま、麻衣弥さん・・・!?」

どうしてあの人がここに・・・いや、そんな事よりも、あの人たちのいる床が今にも落ちてしまいそうだ。

鎖を二本、打ち込んでささえる。

「く・・・ぅう・・・・」

「貴方は・・・・!?」

「い、急いで・・・窓に・・・・!!」

体中が痛い。まださっきのダメージが・・・耐えろ、耐えるのよ、ここで意地張らなきゃいけないんだ。

「だめだ!遠すぎる!」

「くぅ・・・・だったらぁ・・・!!!」

鎖を、すぐそばの支柱に打ち付ける。そして、そのまま引っ張る。

お願い、倒れて・・・!!

みしりと音を立てて、支柱が倒れる。

やった。

「はや・・く・・・!!」

支えていられるのにも、限界がある。それも、かなり重い筈の床を、支えるなんて・・・!!!

二人が、倒れた支柱の上を渡り終える。

「ああ!」

そこで、私は鎖から手を離してしまう。間一髪か、二人はどうにか渡ってくれた・・・・

「危ないッ!!」

「え・・・・」

次の瞬間、背中にとてつもなく重い衝撃が叩きつけられた。

「がっ・・・・!?」

意識が一瞬遠のく。それと同時に、浮遊感が体を包み込み、落下している事に気付いたのは、天井が見えてからだった。

鎖を、どこかに打ち込まないと・・・

そう思えば、鎖を手に絡まらせるように天井に向かって放った。

このまま、どこかに打ち込まれて来れば、どうにか――――

鎖の勢いが弱まった所で、何かに掴まれた感触を感じて、そのまま、引き上げられていくのを感じて、朦朧とする意識の中で、私は、誰かによって、外に連れ出された。

 

 

 

 

 

火の手があがる建物が消化されていくのを見上げながら、私は、腕に包帯を巻かれていた。

その包帯を巻いているのは、麻衣弥さんだ。久我さんの、叔母さん。

「はい。終わったわ」

「ありがとうございます。えっと・・・・」

「名前は知ってるでしょ。貴方」

「え・・・?」

取り出した器具を救急箱に仕舞いながら、そんな事を言う麻衣弥さん。

どうしてだろう?顔は、見せた事・・・

「楔ちゃんでしょ?」

「・・・・どうして・・・」

「私、人の手を覚えるのは得意なの。感触とかは特に」

そう言われて、思わず自分の手を見る。

さんざん痛めつけられて、傷だらけになった、私の手。

「そんな傷だらけの手を持ってるの。貴方ぐらいよ」

「そう・・・ですか・・・・」

鋭い、観察眼だ。足柄さんに負けず劣らず、といったところだろうか。

きっと、たくさんの子供たちをみてきたこの人だからこそ、私だと分かったのだろう。

「あの、ごめんなさい・・・・だますつもりは・・・」

「真一が心配する訳だわ」

「え・・・?」

思わず、混乱してしまう。

そんな私の事なんて気にも留めないで、麻衣弥さんは、私の傷だらけの手を手に取る。

「自分の体に頓着なさすぎるのよ、貴方は。こんなにボロボロなのに、無理しすぎ。少しは休まないと」

「でも・・・今、頑張らないと・・・」

「確かに、今の貴方には力があるみたいね。だけど、だからといって、責任を一人で背負い込もうとしないで。いくら力があってなんでも出来るって言っても、そんな色んな事に手を回していられないでしょ?いつか必ず失敗するわ。だから、自分にしかできない事に集中しなさい」

「自分にしか・・・できない事・・・・?」

思わず、聞き返してしまった言葉に、麻衣弥さんは頷く。

「そう、貴方にしか出来ない事をやるの。今の貴方には、誰かを救う事の出来る手と、それに届く腕がある。長い腕で短い腕でやれる事やったって、やりにくいだけよ。いつかきっと失敗する。だから、自分がやれる事に集中して、それ以外の事は誰かに任せなさい。貴方一人で、なんでも出来るって訳じゃないから」

「・・・・」

なんでだろう。この人の言葉は、とても心にしみていく。

勇者をやめて、失格者の烙印を押されて、それで、人としての価値を失ったから、忘れていた。

勇者である自分には、何が出来て、何が出来ないのか。乃木さんはリーダーで強くて、高嶋さんは真っ直ぐで拳で戦えて、土居さんは守るのが得意で、伊予島さんは狙撃が得意で、足柄さんは本当になんでも出来て、上里さんは、戦えないけど、支えてくれる。

そんな・・・そんな仲間がいたからこそ、私は、今日まで生き残れた。

だけど、今は、そんな仲間なんていなかった。だから、忘れていた。

「私に、出来る事・・・!」

私に出来る事。それは――――

「分かったなら、もう行きなさい」

「・・・・はい」

私は、立ち上がって、そして、この手に持つ御神刀を抜き放って、叫ぶ。

「天鎖刈ィ―――――!!!」

白い光が輝き、私の体を包み込み、白いエーデルワイスを想起させる衣装を身に纏い、その上から、罪人のような、拘束具のような鎧を纏う。

「麻衣弥さん、手当、ありがとうございます」

「どういたしまして。行きなさい」

「はい・・・!!」

そして、私は鎖を伸ばして飛び上がる。

以前より、気持ちは軽くなった気がして。

 

だからこそ、そのすぐ後に、麻衣弥さんが血を吐いた事に気付かなかった。

 

 

 

 

 

だけど、それでも、私は前を向いて進む。

 

 

 

 

この街を、救う為に。

 

 

 

だって私は、『救導者(つみをせおうもの)』なのだから。




次回『毒をもって毒を制す』


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