足柄辰巳は勇者である 作:幻在
「あいつら、いつも仲が良いよな」
教室にて、ふと辰巳がそう呟いた。
その視線の先には、二人して同じウォークマンに繋がったイヤホンを片方ずつつけて曲を聴いている杏と球子の姿があった。
「本当ですね」
ひなたも頬の手を当てて同意する。
「本当に仲良しさんだよね、アンちゃんとタマちゃん」
「まるで姉妹みたいだよな」
「それだ!」
辰巳の例えに、ビシッ!と指さす友奈。
「確かに、あの二人は仲が良い。戦いの時でも、よく一緒にいる事が多いからな」
若葉もそれには賛成する。
「仲良しすぎるってのもあるけど」
千景は相変わらずゲームをやっている。
「お前、それ本当にあきねえよな」
「貴方には関係ないでしょう?」
「まあ興味は無いがな」
そんな会話を繰り返す中、辰巳は、火野から聞いた千景と杏、そして球子の出生について思い出していた。
まず千景について。
千景は高知県の田舎で生まれた。
ごく普通の家庭に生まれたごく普通の少女――――というのならば、今の千景の性格はあまりにも普通とは程遠い。
理由は、親の関係だ。
彼女の両親の関係は、いわば最悪。父親は、無邪気な子供をそのまま大人にしたかのような性格で、いつも自分優先。妻が熱を出していても、その日の飲み会を優先させる程の父親、そして夫として欠けた人物。
家事や育児さえも面倒くさがる程の人物だ。
対して母親の方は、そんな夫を見限って不倫。その事は、話題の少ない田舎ではあっと言う間に知れ渡り、村における千景の両親の立場は悪くなった。
そして、その影響はその二人の子供である千景にも降りかかった。
街を歩いていれば陰口、学校に行けば虐め、先生でさえも汚物を見るような目で見てくる。
とにかく全てが敵に見えた。
服を燃やされたりもしたらしい。それなのに先生は全員見てみぬふり。
おそらく、彼女がゲームを始めたのは、そんな周囲から自分を切断する為。
そうしていれば、何も感じないから。
虐められていた彼女だからこそ、かつてある神が死んだ友人と間違えられた事に激怒して喪屋や祭壇を切り倒すのに使われた『大葉刈』に選ばれたのだろうが。
現在、千景の母親は『天空恐怖症候群』のステージⅡにかかっており、転職によって収入の減った父親一人で看病しなければならないことになっている。
これに辰巳は一言、『自業自得』としか言えない。
一方で杏と球子について。
まず杏は、生まれつき体が弱く、よく入院していたらしい。
そんな訳で、出席日数が足りず、学年を一つずらす事になったのだ。
そんな彼女は、その一学年ずれたその教室に馴染めなかった。
周囲は、初めは年齢の違う杏を同じように扱おうとしていた。
しかし、その気遣いが、杏にとっては苦痛だった。
年齢という僅かなしこりが、杏を苦しめた。
その苦しみが、本を読んでいる時でさえ、涙が出て来るほどに大きかった。
ここでいきなりだが、球子の方へ切り替えさせてもらう。
球子は、幼少の頃からガサツな子だと言われてきたようだ。
その理由は彼女の生活にある。
とにかく活発。元気。やんちゃの三点セットがまるまる収まったような性格で、ケンカでは男子にだって勝てる程に元気。
毎日、外でケンカや危険な遊びに手を出すものだから親にはいつも心配かけてばかりだった。
そんな球子を見て母親はいつもこう言うのだ。
『どうして女の子らしく出来ないのか』と。
その『女の子らしく』とは何なのか、球子には理解出来なかった。
彼女はとにかく気が強い上にけんかっ早い。
その性格は、どう努力しても治る事は無かった。
気弱な杏と気の強い球子。
こんな正反対な二人が出会ったのが、三年前のバーテックス襲来の日だ。
それぞれ別々の神社でそれぞれの武器を手に入れた二人。
しかし杏の方は持ち前の気弱さが災いして戦う事が出来なかった。
一方の球子は、円盤のような楯を手に入れ、こう思った。
自分にぴったりではないか、と。
巫女の指示に従い、バーテックスを倒していく球子。
その中で、巫女から杏の事を知らされ、急いでそちらに向かった。
そして、杏と球子はそこで出会った。
そこから何があったのかは知らないが、そこは二人の問題だろう。
そんな訳で辰巳は深くは追及はしない。
しても無駄だと分かっているから。
「辰巳さん、どうかしたんですか?」
「ん?ああ、少し考え事を・・・・」
ひなたの声に、思わず顔を上げた辰巳。
そこで、硬直した。
「どうかしましたか?」
「・・・・・近い」
「え・・・・あ」
そう、近いのだ。額がぶつかり合いそうな程にひなたの顔が眼前にあったのだ。
それに気付いたひなたは顔を赤くしてさっと辰巳から離れる。
「す、すみません・・・!」
「い、いや、俺のほうこそ・・・・」
辰巳があやまる必要は無いのだが、とにかく互いを見れなくなる辰巳とひなた。
その様子に、訳が分からず首を傾げる若葉、訳知り顔で微笑む友奈、呆れる千景だった。
そんなこんなで、午後の事。
また、バーテックスが襲来する。
「なんだアイツ?」
球子がそう呟いた先。
バーテックスの群れの中を一体だけ突出してツッコんでくる個体が一体いた。
「あれは・・・・進化体か?」
辰巳が呟き、その視線の先には、人間の下半身しかない変なバーテックスがそこにいた。
「へ・・・変態さんだ!」
友奈が顔を引きつらせて言う。
「あれは食えんな」
「はい録音終了。ひなたに聞かせてやる」
「な!?それだけはやめてくれぇええ!!」
録音を完了させたスマホをしまう辰巳からそのスマホを全力で奪うとする若葉。以前、ひなたにバーテックスを喰った事について釘を刺されているからだ。
最終的に足の裏ぐりぐりマッサージを喰らう事になったのだが。
ふと球子が意味深な笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ・・・」
「タマっち先輩?」
杏の問いかけに、球子は得意げにあるものを取り出してきた。
「こんな事もあろうかと、秘密兵器を持ってきたのだ!タマだけに、うどんタマだぁあああ!!」
「うわさむ」
「雰囲気ぶち壊すなお前は!」
気を取り直して。
「そ、それは!」
「知ってるの若葉ちゃん?」
「ああ!最高級手打ちうどん!讃岐うどんの申し子、吉田麺蔵さん(65)が小麦と見ずに拘りぬいて打ったという究極の一品!その喉越しは愉悦を極め、大地を丸ごと食したかのような恍惚感が得られるという最高のうどん!」
「なんだその無駄に長くうどんの良さを語りたいが為に作られた説明文は!?」
「それを、どうするつもり?」
千景が聞いてくる。
「大社の人が言う限り、あいつらには知性があるんだろ?それに、あの人間の下半身のような形・・・」
「そっか!だったらうどんに反応して隙が出来るかも!」
「その通りだ、友奈!この最高級讃岐うどんを前にして、人なら冷静ではいられない!」
「いやちょっと待て、隙が出来るか出来ないか以前そもそもバーテックスは―――」
「てやぁあ!文字通り喰らえぇぇええ!!」
「人の話を聞けやぁあああ!!」
辰巳の話を聞かずにうどんを進化体の進行方向に投げる球子。
一方で進化体は止まる事無く走り続ける。
そして、進化体がうどんに食いつく――――事は無かった。
「「「「「!!!?」」」」」
「あー、やっぱりな」
それに、辰巳以外の全員が驚愕する。
「うどんに、何の反応も示さないだと!?」
わなわなと手を震わせる若葉。
「釜揚げじゃなかったからかよ!?」
「ううん、タマちゃん、釜揚げじゃなかったとしても・・・最高級うどんを無視するなんて・・・・」
他の二人も同じ気持ちだ。
やはりバーテックスとは分かり合えないのか・・・・・。
と、そこであまりにも長ったらしいため息がその緊張した空気に流れた。
「たっくん?」
「どうした?」
「あのさぁ・・・・・・あいつの、どこに、
「「「「「・・・・・」」」」」
一同は、走り去っていった進化体の方を見る。
確かにその進化体に、口なんてものは無かった。
「ついでに言って、人間しか食わないような奴らが、うどんなんてものを知ってるのか?」
「「「「「・・・・」」」」」
「馬鹿だろお前ら」
誰も何も言えない。
辰巳は呆れたまま背中の剣を引き抜く。
「さっさと行くぞ。あの進化体は他の奴らでどうにかしろ」
完全に呆れた辰巳は他の者たちを置いて一人さっさと走っていく。
「くう・・・あとで絶対回収してやる!」
そう悔し気に球子は呟いた。
「らぁ!」
すれ違いざまにバーテックスを切り払う辰巳。
その背後からもう一体襲い掛かってくるが、上空から襲い掛かった者によって危機を逃れる。
「勇者キィーック!」
友奈がライダーキックよろしく蹴りをバーテックスに叩き付ける。
「ナイスだ友奈」
「えへへ」
照れたように頭をかく友奈。
「ハアッ!」
掛け声が聞こえ、そこへ視線を向けると、そこには鎌を薙いで複数のバーテックスを鏖殺していた。
あの進化体は球子と杏が担当したのだ。
「ぐんちゃんすごい!」
友奈に褒められ、あからさまに嬉しそうな顔をする千景。
千景の元へ向かう友奈と辰巳。
「今回の敵はそれほど多くは無い。あの進化体は球子たちに任せて、俺たちは連携して敵を倒していこう」
「連携・・・」
ふと千景は、ある方向へ視線を向けた。
そこには、一人戦う若葉の姿があった。
「あの人は、どうなのかしら?」
「・・・・」
辰巳は思う。
あまりにも突出し過ぎだと。
まるで、敵を求めて戦う猛将のようだ。
あれでは、いずれ自らを傷付けてしまう。
「無自覚、か・・・」
辰巳は、それが、かつての自分だと思うと、なんとも言えない気持ちになった。
結局、辰巳、友奈、千景の三人は、千景と辰巳で前に出て、友奈に遊撃を頼むという形で戦った。
結局、その戦いにおいての被害は、球子が二足歩行型バーテックスの攻撃を受けて左肩を脱臼した程度で、その他は誰も怪我を負わなかった。
食堂にて。
「おい杏、一応右腕も使えるんだから食べさせなくても・・・・」
「右腕だけじゃ食べづらいでしょ?」
「本当に仲良いよなお前ら」
球子は脱臼によってしばらく左腕を吊っていなければならなくなり、それによって杏に食べさせられるような状態になっているのだ。
「いいなあ・・・・私も一口食べたいなぁ・・・・」
「ダメだぞ友奈、あれは球子のいわば『戦利品』・・・・一口くれなんてはしたないぞ」
「おい若葉、ヨダレ足してる時点で説得力皆無だからな」
思わず額に手を当ててしまう辰巳。
ふと、ひなたが立ち上がる。
「ん?どうしたひなた」
辰巳がひなたに聞くと、ひなたは顔を赤くして辰巳に耳打ち。
「う、それはすまなかった・・・」
「いえ」
ひなたの用は、トイレだった。
「もう、若葉ちゃんったら・・・・」
水道で手を洗うひなた。
その時だった。
「――――ッ!?」
突如として猛烈な吐き気が彼女を襲った。
そして、その場に崩れ落ちる。
「――――ッハア――ハア・・・・ハア・・・・・」
どうにか吐き気を抑え込むひなた。
そして、脳内に宿ったイメージに、思わず体を震わせる。
「・・・・・辰巳さんが・・・・・血塗れになって・・・・死ぬ・・・・?」
次回『邪竜の決死戦』
巫女が見た結末は、余りにも悲惨で――――