足柄辰巳は勇者である 作:幻在
いくつもの点滴、心電装置、生命維持装置、呼吸補助機。
彼の周囲にある機械の数は、数えるのも億劫ともいえる程の数が置かれており、その中心にいる彼の体には、前進に包帯がまかれ、所々で血が滲み出ていた。
目元さえも、包帯で覆われ、まるでミイラのようだった。
だが、それでも、彼は、足柄辰巳は生きていた。
その事に、喜ぶべきなのだろうが、それでも、彼が、目覚めないという事実には変わりはない。
そして、その原因となったのは、自分だと自分を責め続けている若葉は、ガラス越しに、無残な状態になった辰巳を見つめていた。
「・・・・・私のせいだ・・・」
「その通りよ」
誰に言ったでもない呟きだったが、どうやら答えてくれる者がいたようだ。
そちらに視線を向けると、右腕を布で吊っている友奈、松葉杖でどうにか歩いている杏、頭に包帯を巻いた球子、点滴をもってこちらを睨み付けてくる千景、そして、辰巳の方を感情の無い表情でみつめているひなたがいた。
「どうしてこうなったか、貴方には分かるの?」
「・・・・・私の突出と無策が原因だ」
無謀な特攻、激情にままに刀を振るった事、辰巳に殴られるまで、止まる事が出来なかった。
それが一番の原因、辰巳をこんな風にしてしまった理由だと若葉は確信していた。
「違う。やっぱり貴方は何も分かっていない」
だが、千景はそれを一蹴した。
「一番の理由は、貴方が戦っている理由よ・・・!」
「何・・・?」
「怒りに飲み込まれるのも、周りを危険に晒しているのも気付かない。ただただ己の自己満足の為だけに剣を振るっている。報いがどうとか報復がどうとか、そんなものに縛られているから貴方は怒りに呑まれやすいのよ」
千景は、何も理解していない若葉に向かって言い放つ。
「貴方は、復讐の為だけに戦っているのよッ!」
病室にて。
「復讐の為だけに、戦っている、か・・・」
そうなのかもしれない。
あの日、中国地方へ修学旅行で行った時、バーテックスは若葉のその日出来たばかりの友達を喰い殺した。
その日の事が忘れられず、ただ、その友達が受けた痛みを、苦痛を奴らに返すために戦ってきた。
だが、辰巳がああなり、千景に言われ、若葉の生き様である『何事にも報いを』を、正面から叩き潰された今、若葉には何をすれば良いのか分からなかった。
「私は・・・・・何をすれば・・・・」
あの日、病院で奇跡的に息を吹き返した辰巳。
確かに止まっていた心臓が、病院で動き出したのだ。
そこには、全員歓喜した。辰巳が生き返った事に喜んだ。
しかし、医師の言った次の一言で奈落へと落とされた。
辰巳の体は、驚異的な回復スピードで破裂していた内臓や骨まで裂けていた肉が修復されていったのだが、どうやら、敵が生成した毒にやられており、脳がそれでダメージを受けている可能性があるのだ。
さらに、無理で急速な自己修復が、その毒の回りを早めており、体を蝕み、とても危険な状態であるという事だ。
とにかく、たとえ命の危機は脱したとしても意識が回復するかどうかは分からないのだ。
現在の医療技術には、バーテックスの作る未知の毒を解明する事は不可能であり、下手をすれば、辰巳は一生目を覚まさない可能性だってあるのだ。
そんな状態に辰巳が陥っているのに、自分は何故悠々と生きているのだろうか。
そうとしか思えない若葉の心は、どうしようもない程に弱っていた。
「私は・・・どうすれば・・・・」
ふと、そこで、思い出す。
今の自分に、最も頼れる人物の事を。
「ひなた・・・・」
若葉は、ベッドから降り、病室を出る。
そこまで時間が経っていないなら、まだ辰巳の病室の前にいる筈だ。
重い足取りでひなたの元へ向かう若葉。
エレベーターで、集中治療室へ向かい、廊下を歩くことしばらく。
窓に両手を触れたまま動かないひなたを見つけた。
その姿を認めた若葉は、ひなたに声を掛けようとして―――――やめた。
「・・・・ごめんなさい」
「―――――」
ひなたの呟いた、謝罪の一言。
体が震え、足から崩れ落ち、手を窓の縁において、そして、すすり泣く。
「ごめんなさい・・・私が・・・・神託で・・・貴方が・・・・こんな事になる事を・・・・伝えていれば・・・・・こんな事には・・・・・う・・・ひぐ・・・・」
とうとう耐えきれずに、声を漏らして泣く。
「う・・・うわぁあああああぁぁぁぁぁ・・・・・ああ・・・・あああ・・・・」
泣き叫ぶ、とは程遠い程に小さな声だが、それでも、そのひなたの声は、とても弱々しく、深い悔恨が、自ずと分かった。
そして、若葉が、自分がどれほど愚かな事をしようとしていたのかを悟った。
(馬鹿か・・・・私は・・・・いや、救いようの無い馬鹿だ・・・・)
自身の病室へ逃げ帰った若葉は、ベッドの上で自分の思慮の無さを呪った。
もはや、若葉を若葉として保つ為の要素は、一切なかった。
怒りに任せての無謀が特攻によっての辰巳の状態。
千景に指摘された、自らの戦う理由。
そして、苦しんでいる親友の事をお構いなしに頼ろうとした自分の愚かさ。
もはや、若葉が自分を保つ為の要素は何も無かった。
数日後、無事に退院した勇者一行。
しかし辰巳の意識だけは、まだ戻らず、病院の集中治療室で治療を受けている。
「張り付け、火炙り、首吊り、電気椅子、串刺し、爪剥がし、水攻め、鞭打ち・・・・アハハハハハ」
「怖いよ。なんか怖いよ若葉ちゃん!?」
「サメ、ワニ、クマの餌、馬や象の踏み台、井戸の中、牢獄、高所落下・・・・フフフフ」
「屍か!?」
「餓死、窒息死、溺死、毒殺、刺殺、銃殺・・・・」
「な、なんだか若葉さんが怖いよ・・・・ち、千景さん!」
「わ、私に言われても困るわよ・・・・!」
さっきからレコードのように拷問方法や処刑方法を呟いて、まるで死んだ魚の様な目になっている若葉のおぞましい程の暗い空気に引いている一同。
ただし、ひなただけは若葉の隣で、まるで気付いていないかのように俯いたままだった。
「ひなたの奴も、辰巳があんな風になってからずっとあれだもんな・・・」
いつもの落ち着いた雰囲気はなくなり、今のひなたの状態は酷く落ち込んでいた。
今にも自殺を図りそうな、そんな雰囲気だ。
授業の間もずっと呪詛のように己の知る限りの拷問方法を呟きまくっている若葉に、学校が終わるまで動こうとしないひなた。
なんだか、この二人がいるだけでこの場の空気が一気に冷えていくような感じがしてたまらない。
「お、おい言い出しっぺは千景だろ?どうにかしろよ」
「だから私に言われても困るわよ」
「え、えーと・・・きょ、今日はいい天気だね~!」
外は雨である。
「ああ、雨に打たれて熱にうなされるのもいいな・・・・ふふふ」
「ああ!?また新たな自虐方法を思いついちゃった!?」
もはや自分を見失いかけている若葉。
もはやどうすれば良いのか分からない。
「こんな時、足柄さんならどうしたのかしら?」
千景がつぶやいたその一言。
「・・・・ごめんなさい」
『!?』
突如としてひなたが呟き始めた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・」
若葉の独り言を重なって、もはや恐怖のハーモニーである。
「ぐぐぐぐぐんちゃん!」
「あ、えっと、私の所為だと言うの!?」
「他にどういえばいいんだよ!?」
もはや恐ろしい過ぎて教室の隅へ逃げる四人。
その日は、そのまま恐ろしいまでのひなたと若葉の合唱を聞きながら過ごした。
その日の夜。
膝を抱えて、うずくまっている若葉。
(ああ、今日何したか全然覚えていない)
もはや生きる屍を化した若葉には、そういうのはもはやどうでも良いのだが。
この際、自分が勇者だという事も忘れて、このまま落ちていくのも良いとも考えている若葉にとって、今見えるもの全てが無意味に見えて仕方が無い。
何せ、仲間を傷付け、親友の事を一切気にしなかったろくでなしだと自分を自己嫌悪しているからだ。
「ひなたに嫌われても、仕方が無いだろうな・・・・」
そんな事を呟いた時、突然、扉の方からノックが聞こえた。
(こんな時間に誰だ・・・?)
のろのろと扉に向かって扉を開ける。
「誰だ・・・?」
そして、息を詰まらせた。
「遅くにすみません、若葉ちゃん」
「ひ・・・・な・・・・・た・・・・・」
そこにいたのは、若葉の親友である、ひなただった。
「何しに来たんだ?」
若葉は、ひなたにお茶を出してそう聞いた。
最近、ひなたと話す機会の一切が無かったから、どう聞けばいいのか分からなかった。
「明日、この寮を出る事になりました」
「な・・・・!?」
いきなり、ひなたの口から聞かされた衝撃の事実に、思わず動揺してしまった若葉だったが、すぐにその動揺も静まっていった。
(ああ、そうか、ひなたは辰巳を傷付けた私といるのが苦痛になったのか・・・・)
もはやネガティブな方向にしか物事を考えられなくなった若葉は、そう一人合点してしまう。
「出ると言っても、大社に呼び出されただけなので、また戻ってきますよ」
「そ、そうか・・・・・」
が、次のひなたの言葉でホッと息を吐いてしまう。
ただ、やはり自分が確立する為の全てを砕かれた今でも、親友がいなくなる事は流石に苦しい。
(私はだめだなぁ・・・・)
「その事を言う為に来たのか?」
心の中で自己嫌悪し、皮肉を含んだつもりでそう返した。
「いえ、最近、若葉ちゃん分が不足してしまったので、久しぶりに若葉ちゃんと過ごそうかと思いまして」
「そうか・・・」
いつも通りに聞こえるが、やはりひなたの声はどこか暗い。
本当は、自分の事を責めたいのではないのだろうか。
自分の無謀な突出の所為で、辰巳は今、意識不明の重体に陥っているのだ。
きっと、許せない筈なのだ。
「・・・・なあ、ひなた」
若葉は、恐る恐る、聞いた。
「・・・怨んでないのか?」
「何にですか?」
ひなたは、首を傾げた。
「その・・・・私が、無謀に特攻したせいで、辰巳があんな事になったのを、怨んでないかって・・・」
「ああ、その事ですか」
ひなたは、理解したかのように笑った。
「私が、若葉ちゃんを責める訳がないじゃないですか・・・」
「しかし、私は・・・」
反論しようとする若葉だが、次の言葉が見つからない。
それに、ひなたはふっと笑い、若葉に聞いた。
「では若葉ちゃん、どうして、私が辰巳さんの事で若葉ちゃんを怨んでるなんて思ったんですか?」
「そ、それは、病院で、お前が、辰巳の病室の前で、泣いていて・・・」
「ああ、見られてたんですか・・・・」
恥ずかしいですね、と付け加え、頬に手を当てた。
しかし、ひなたは、優しく微笑み、そして語り出す。
「私たちと辰巳さんが出会ったのは、勇者として、初めて顔を合わせた時でしたね」
「ああ、あの時の辰巳は、今とは程遠かったな」
出会った当初の辰巳は、バーテックスへの憎しみを表に出しており、あまり周囲と関わろうとしなかった。
昼休みとなれば、すぐさまどこかに行き、食事は一緒に取る事なく、そして気付けば教室に戻っている。
そして、僅かに見えた疲労している様子から、昼休みという時間にまでも鍛錬に使っていた事が嫌でも分かった。
「そういえば、辰巳を始めに仲良くなったのは、ひなただったな」
「はい、辰巳さんと過ごす事一ヶ月、私が彼を怒らせてしまって、私が謝ろうと探していたら、森の中で無我夢中に剣を振っていた所を見つけたんです」
そして、その直後に力無く倒れたところも見た。
「あの時は驚きました。突然、倒れてしまうんですから」
「そうだったのか・・・・」
「それで、私じゃ運べなかったので、そのまま膝枕してあげたんです・・・・いえ、これは正しくないですね」
ひなたは、自分の胸に手を当てた。
「―――独占したかった」
「・・・・え?」
それは、ひなたにしては、あまりにも予想外な言葉だった。
「覚えていますか、私が階段で足を滑らした時の事を」
「あ、ああ」
あれは、勇者として一緒に過ごす事たった三日。
石垣の階段で、ひなたが足を滑らして後ろに落ちそうになった事があったのだ。
その時、ひなたを助けたのが辰巳だった。
横抱きで、落ちたひなたを助けたのだ。
「きっと、その時からだったと思います。私が、彼に
「・・・・・・・・ん?一目惚れだと!?」
思わず驚く若葉。
「あんな気持ちは初めてなんです。若葉ちゃんの時とは違う独占欲を持ったのは」
「ひ、ひなた・・・・まさかそれって・・・・・」
開いた口が塞がらない、とはこのことだ。
まさか、自分の親友が、こんな気持ちを抱いてしまうなど、思いもよらなかったのだ。
「ずっと考えていました。どうしてここまで彼の事を心配してしまうのかを」
ひなたは、若葉が見たこともないような表情で言った。
「まさか、私が、若葉ちゃん以外に夢中になれる人が出来るなんて、思いませんでした」
ひなたの両目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「ひな・・・た・・・・」
「気付いたのは、今さっきなんですけど、異性を好きになるって、ここまで気持ちの良くて、苦しい事なんですね」
その瞬間、若葉の体の内側から、止めどないほどの感情の波が押し寄せ、それが若葉の心を圧迫した。
そして、机に伏し、必死に感情の昂りを鎮めようとする。
だが、それでも、若葉には、胸一杯の申し訳なさしかなかった。
「すま・・・ない・・・私が・・・・あんな事・・・しなければ・・・・ッ!!」
ひなたは、そんな若葉を見て、思わず呆気にとられるが、若葉の気持ちを汲み取り、それ故に、彼女に近付き、そして抱き締めた。
「謝らないで下さい若葉ちゃん。若葉ちゃんが全部悪い訳じゃありませんから」
「でも・・・私は・・・私はぁ・・・・・!!」
若葉の懺悔に、ひなたは黙って、そして優しく抱きしめながら聞いた。
「えぐ・・・・・・・わから・・・ないんだ・・・・ぐす・・・千景に・・・言われた・・・・事に・・・・対する・・・・答えが・・・何も・・・・」
今、若葉を再起不能にしているのはそれだ。
己が信念である『何事にも報いを』を否定され、若葉は自分を見失っているのだ。
今、ここで言えば、きっと若葉は立ち直れるだろう。
しかし、それはあくまで一時的なもの。それをより確かなものとするには、その答えを自分で見つけなければならない。
だからこそ、ひなたは最後の最後で、若葉を突き放した。
「それは、自分で見つけるべきものです」
「・・・・・」
「その答えは、他人に教えられるものではありません。それはあくまで仮初めのもの。自分で見つけることで、初めてそれは、若葉ちゃんの答えになります」
若葉は、顔をあげる。
まだ涙で濡れたままだが、その眼は、まっすぐにひなたを見ていた。
「・・・ひなたはもう、見つけたのか?」
そして、そう聞いてきた。
それに対して、ひなたは自信を持って言った。
「はい、しっかりと」
ひなたは、しっかりと答えた。
「そう・・・・か・・・・」
それを聞いた若葉は、涙を拭い、ひなたから離れる。
「分かった。私も自分で探してみようと思う」
「はい、それでこそ若葉ちゃんです」
二人は、その夜、固く誓い合った。
その翌日、ひなたは大社の役人と共に寮を後にした。
次回『見出した答え』
見つめるべきは、過去ではなく現在である。