Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~ 作:バルボロッサ
彼は
英霊を召喚し、過去の英雄同士による戦い。
冬木の大聖杯を強奪し、そして2つの陣営によって争い始められた聖杯大戦。
本来、英霊とまで昇華された存在が、人の使役であるサーヴァントになるのにはそれ相応の理由があるものだ。
第二の生を得て、生前成し得なかったことを成したい。生前の無念を晴らしたい。さらなる戦いに身を投じたい。過去を変えたい。手に入れたいなにかがある。
―――――だが、
たぶん理由を聞かれたら、二度目の生なんて面白そうだったからじゃない? とでも答えるだろう。
彼は深く考えない。
なにせ彼の物語において、理性が蒸発しているなどと書かれるようなヤツだ。
彼は世界の全てが好きで、人間が好きで、自分が関わることで何かが変わるかもしれないし何も変わらないかもしれない。そんな世界が大好きだ。
死者であるサーヴァントには寿命がない。
戦いで霊核を破壊されたり、魔力が切れれば消えてしまうから、魔力を供給してくれるマスターの死や大本のシステムである聖杯がなくなればそれが寿命と言えるかもしれない。
けれども黒のライダーには死すべき定めのマスターが居なかった。
マスターはいる。
彼を召喚したマスターではない。
ちょっと勘弁してほしい性格をしていたそのマスターは死んでしまった。
だから彼に魔力を供給してくれているのは別のマスター。
大馬鹿野郎のホムンクルスで、人のことを信じることを決めて、人の願いを奪って彼方に逝ってしまった
膨大な魔力を生み出し続ける竜の体と大聖杯。
二つを持っているマスターの魔力は事実上底なしで、なので黒のライダーに供給されている魔力も尽きることはない。
勿論、マスターが何らかの原因で死んでしまったり、黒のライダー自身の霊核が破壊されたりすれば死ぬだろう。
なにせ彼―――アストルフォは弱い英霊だ。
理性の蒸発したポンコツサーヴァント。
ただ、英霊でもなければ英霊を倒すことは殆どできないし、
だからマスターの代わりに、アストルフォは戦いが終わってから世界を巡ろうと決めた。
ただ存在するだけではなく、マスターの代わりに人の世に関わり、あらゆるものと関わりあって絡み合って、何が変えられるわけでもないかもしれないけれど、生きる目的を探していこうと決めた。
今まで通りに、己の赴くままに。
たとえ失敗しても、間違っても、それでも先の見えないトンネルのような世界を生きていこうと。
マスターの最後のオーダー通り。
いろいろな国を回った。
時に歩いて、時に
ドイツ、フランス、インド、ギリシャ、イギリス、イタリア。大戦に関わった英雄たちの伝承色濃い地の巡礼。
道に迷いつつも沢山の国を巡って……たぶんだからだろう。
世界から“お前そろそろいい加減にしろよ”とでも言われたのかもしれない。
気づいたら彼は世界の漂流者になっていた。
剪定された事象に咲いた天元の花。獣を刈るために彼方より来る騎士王。
彼らと同じく世界を流離う漂流者。
なのだけれど、やっぱり彼はアストルフォだった。
ふと、次元の狭間のどこかで呼ばれた気がした。
――――Rolandの恋人よ―――と。
それは呼びかけた者にとっては彼のことではなかったのだけれども。
なんとなく懐かしくなった。
――「いや、恋人じゃないんだけどなぁ」――
とは、テレテレしながら言うことではないだろう。
一応、今生の現界にあたって着ている霊衣がどこか可愛らしいものなのは、失恋したローランを慰めるため、という理由をつけているから間違いではないかもしれないが、恋人ではない……はず。
とりあえず懐かしい名前を聞いた彼は、なんか繋がっていそうな召喚陣を見つけて、そこから出ていこうとしているよくわからないのを押しのけて、別の世界に飛び出した。
✡ ✡ ✡
闇を切り裂く黄金の剣と、魔法の
馬なしのライダーの体躯は華奢にも見え、明らかに体躯の異なる王剣の担い手と切り結べるようには見えない。
だが馬上槍を振るう膂力は紛れもなくサーヴァントのそれで、宝具によって喚び出されたものとはいえ、サーヴァントならざる王子を上回っている。
「くそっ! この王子の物語が! 君のような者に阻まれるはずはない!!」
“理不尽”に押されていることに、王子は激昂する。
彼は物語の主人公。魔女を倒し、婦人を救い、子女を抱く王子様。
であれば、魔女の娘として召喚された存在を打ち倒せない筈はなく、
物語の筋道を違う理不尽さ。けれどもそれも当然。
「残念! 僕も王子なんだよね、一応」
なぜならば“彼”もまた王子。
王位継承権など興味ないやと捨ててはしまったけれども、その身は間違いなく王子である。
であれば、” 王子”としての特性。子女を抱き、魔女を倒すという概念には当てはまらない。
「シャルルマーニュの騎士だと! おいおい、どうなってんだこりゃ!?」
あと僅かのところで、明日香の篭手を貫き砕き、その心臓を穿つことができたのに、それは突然現れたサーヴァント、もう1騎のライダーによって阻まれた。
あれはアサシンが歪曲召喚しただけの存在のはず。
英霊などではない。ただ物語の筋書き通りの概念しか内包していないはずの役者。
けれどもあの役者を圧倒し、サーヴァントである
動揺からランサーはライダーへと視線を、注意を向けてしまった
その僅かな注意の逸れが、明日香に勝機を齎した。
「風よッ!」
「!?」
剣に纏わせていた高密度の風の結界の一部を解除。
明日香の宝具である不可視の剣だが、それは宝具の本来の姿ではない。
強大すぎる“彼”の宝具への枷。有名すぎる宝具の姿を隠す鞘。
可視光線を屈折させて不可視の結界とするほどに高密度の風は、わずかに一部であっても茨の拘束を粉砕するほどに荒れ狂った。
反応素早く振り向いたランサーだが、その動きは不可視の剣の打ち込みを防ぐものとなった。
2騎と2騎。合計4騎による異常の争いが闇の森にて幕を開いていた。
「藤丸君! 無事!?」
意識と体の自由を取り戻すことのできた真由美たちは倒れている圭へと駆け寄った。
あのピンクの髪の
そしてそれは圭も同じ。
「っ、くッ…………」
――グリムの結界の効果が弱まっている……?――
灼熱の痛みはまだ止まってはいない。
だがなんとか痛覚を遮断することで僅かばかり動くことができる程度には灼熱の鉄靴の効果が薄らいでいた。
「どうなっているの。サーヴァントが、もう一騎。あれは……味方なの?」
真由美たちの震える声に、圭も顔を上げて戦況を見た。
そして先ほどまではその戦いに加勢していた
明日香を利する味方の登場。
それもこれまで相対する敵としてしか現れなかったサーヴァント、常人を超えた英霊が味方であるかのような動きをしていることは驚きだ。
たしかに戦況は先ほどまでよりもずっといい。だが―――――
「カウンターのサーヴァントが召喚されたのか……ッッ」
「カウンター……?」
だとすればそれは喜ばしいことではない。
サーヴァントが世界から自然召喚されることなどない。あるとすれば、それは世界が悲鳴を上げているような状況。因果の狂った
世界が
だが、それでも―――
「サーヴァント2騎の今の状態なら――――」
グリムの宝具の効果が弱まっているのはサーヴァント2騎を相手にしだしたことでか、それともアストルフォの宝具の効果によるものか。
いずれにしてもグリム童話の効力が弱体化し、圭への灼鉄靴の影響が弱まった。そしてこれまでとは違いサーヴァントの数で拮抗したため、アサシンの直接的な注意は圭たちから逸れた。
使うなら今しかない。
倒れ伏していた圭は、なんとか身を起こして、片膝をついた。
立ち上がるまでには至らない。
脚にかけられた灼熱の幻痛は弱まってはいるものの、思考できるほどの意識を保つためには感覚遮断が必要で、立ち上がる程にはまだ使い物にはならない。
しかも元々負傷していた傷は、魔法での誤魔化しも消えて開き、あるいは肋骨も折れている。
現実の痛みと幻の痛み。
片膝つきの状態でも激痛に苛まれる中、圭は懐から一枚のカードを取り出した。
「使わせてもらいます」
それはかつての縁を具現化した絆の証。
紡いだのは彼らではない。
過去において、数多の英霊たちと絆を深めることのできた人類史上最も偉大なマスターのもの。
たとえその子であろうとも孫であろうとも、彼らとの縁が継がれることはない。
だが今この時だけは、縋ることを許してほしい。
他でもない、この繋がりを持った“彼”を宿す者のために。
「王の話をするとしよう!」
「ハァッッ!!!」
斬撃は先ほどよりもはるかに鋭く重い。
「ちぃっ、魔力放出か! ははっ! 流石は化け物を相手にしてきた英雄サマ! 俺なんぞとは、格が違うってか、っらぁ!!!」
魔力を載せて放たれる明日香の剣戟は通常のサーヴァントとしての膂力を更に押し上げている。
“彼”は伝承において、そして使命において巨獣との戦いを幾度も行ってきた。
巨獣を狩るための力は、対サーヴァント戦においても相手を圧倒し、ランサーを遥かに凌駕している。その力を今は全開に回している。
アサシンとランサー、2騎分に回すリソースを今は目の前の敵に傾ける。
突然現れた
今はアサシンと、その宝具であるエネミーと戦ってくれているが、戦いが終わった後、あるいはこの戦いの最中ですら後ろからあの槍で貫かれるかもしれない。
明確にこちらが召喚し、契約したサーヴァントではないのだから。
けれどもきっと、あの人なら―――幾つもの時代、世界を救い、人の未来を取り戻すために戦ったあの人ならきっと、信じる。
生粋のトラブル製造業者にして理性蒸発者。善性に寄り添う奇跡の騎士――――アストルフォ。
その善性を明日香も、そして圭も信じるしかない。
しかしランサーも決闘卿として名を馳せた英雄。巧みに槍を用いて剣閃を捌く。魔力放出時の
そして戦闘が長引けば不利になるのは明日香だった。
彼の魔力容量は人としては破格で、デミ・サーヴァントの器となれたし、その力を幾許かは振るうことができるが、それでも限度はある。しかも今は魔力放出を全開にしている。
魔力の回転が衰え、デミ・サーヴァントの出力が低下すればあっという間に形勢は逆転される。
それを明日香もランサーも分かっており、けれども攻めきれなかった。
まだあと一手が―――――
――「愛しき月影降り注ぐ、愛の遺せし箱庭よ」――
「むっ」
ランサーが気づいた。
それと同時に明日香も察知していた。
「君の物語に祝福を贈ろう。無垢との出会い。汝の求めし光は今ここに!」
片膝立ちで地面に手をつき詠唱している圭。
その手元には一枚の
それは詠唱、というよりも“騎士”の物語。
亡国を救済せんとする亡霊が如き王ではなく、世界を救い、未来を護ることを誓った騎士の物語。
宝具――英霊のみが担い手となりうるノウブル・ファンタズムではない。概念の込められた札―――概念礼装。
アサシンとアストルフォも気が付いた。
人の身に余る奇跡。
きっかけは別にあるとはいえ、要求されるあまりの魔力に圭の身体の傷を誤魔化していたものが剥がれ落ちる。
過剰な魔力を通している皮膚が裂け、血管が破裂する。
けれども詠唱を止めはしない。
彼の騎士王との縁結ぶ絆の証。
「概念礼装起動、疑似宝具展開
―――――
それはここではない
―――光に出会った。
残酷な結末、滅びの物語に嘆き、慟哭した。けれどもそんな過去も礎となって明日へと繋がっていく。
過去の滅びは決して無駄ではない。
今を生きる誰かを遺している。
世界の全てが救われてはいなくとも、救いの国は、救いの光は、明日はきっと近づいているのだと信じられる。
なぜなら目の前に広がるのは―――母の遺した愛に包まれながら健やかに育ちゆく、きみという愛し子なのだから。
世界に花が開き、光が満ちた。
「なにッ!!?」
魔の茨は消え、花が咲き満ちる。
愛しい子供を慈しむかのように優しい月明かりが降り注ぐ。
「これは!? 私の
恐訓の物語は温かな物語に。
悲劇を紡ぐ世界は光満ちるガーデンに。
「藤丸君!? 貴方は……これは!?」
世界そのものが書き換わるかのような現実改変は現代魔法の常識に当てはまれば異常。
自らを花の魔術師と嘯く彼にふさわしい魔術景色の展開。だがその本質を魔法師は知るまい。
ただ景色が変わっただけではない。“彼”のセイバーとそれに与するものへ加護を与える。
「貴様かっ! カルデアの魔術師ッ! 私の物語をッ!!!!」
周囲の世界へと干渉し司っていたアサシンは自身の宝具の内部に異物が存在していることを感じ取り激怒した。
これは彼が収集した物語ではない。
自分の物語が他者によって改竄されることは彼にとって禁忌だ。
無辜の怪物。
グリム童話は他者によって物語を改竄され、その結果として多くの闇を広げることになったのだから、そんなものを許せるはずがない。
アサシンの激昂に反応して王子が魔術師へと襲い掛かる。
「あっ、こらッ!! そっちはダメ、――――!!」
アストルフォを無視しての突貫。
ただでさえ負担の大きいこの概念行使を、アサシンの結界型宝具の内部で展開しているのはあまりにも身の丈に合わない魔術行使。
わずかな時間でこのガーデンは花を散らして消滅するだろう。
本来の担い手ではないがゆえにこの行使は無理に過ぎる。二度とこの概念を展開することもできなくなるだろう。
そしてその行使すらも自由自在ではなく、動くこともできない。
わずか一瞬の勝機のために全霊を賭ける。
襲い掛かってくる
地面に縫い付けている概念礼装から手を離すことはできないし、そもそもそれだけの力も最早ない。でも――――
「明日香!!!」
呼びかける声の先は、この絆の“彼”ではない。今、その恩恵を受けているのは明日香だ。かつてならば、この歪みは彼を押し潰してしまっただろう。
けれども今は。
この世界に生きる人々と縁を繋ぎ、守ろうとしている今の明日香ならば、耐えてくれるはずだ。
襲い掛かるエネミーは高速で飛来してきた明日香の一刀によって両断された。
「ばか、な。この、王子、が…………」
斬撃はさらに鋭く。
ガーデンの加護を受けた明日香の剣はサーヴァントならぬエネミーに受けられるものではない。
両断され、消滅していく
「まだだ!」
物語の破綻。
けれど
魔力を回し、宝具によるキャストの再召喚。
「物語はいくらでもある。私は―――」
「させないっ!」
だが物語の再演は叶わない。
風を伴う魔力放出は瞬間移動じみた速度をもって距離を詰め、アサシンの腕を宝具ごと斬り飛ばした。
物語が消えていく。
紡がれるはずの
「ちぃっ!!! こいつは仕方ねぇ。ここは退かせてもらうぜ」
明日香がエネミーとアサシンへと向かったのと同時に、その意図を直感で察したアストルフォはランサーと対峙していた。
その足止め。
伝承において巨人を倒したほどの逸話を持つアストルフォだが、同時にその功績の多くは彼の持つ
実際、ライダーとして現界している彼は、その
けれども
「逃げるのかい。自分からフェーデを挑んでおいて?」
戦況ははじめとは逆転。
すでにアサシンは消滅し、彼が構築していた結界は揺らいで消滅していく。
2対1での劣勢に立たされたのはランサーの方で、であれば彼にとってはこの戦場に留まる意味はない。
「はっ! フェーデってのは負けの目がなくなって初めて指定するもんなんだぜ、シャルルマーニュの騎士様。勝ち目がねぇなら挑まねぇ。これがフェーデで儲ける俺のやり方さ」
彼が戦場、
正々堂々とした騎士としての戦いなどはいらない。この右腕とともに自分の手から離れていった。
決闘とは富を生むためのものであり、勝つための状況が整ってから宣言するものであり、その目がないのならば逃げの一手しかない。
それが彼の“騎士道”。
決闘卿、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンの戦いなのだから。
アサシンが消滅したことで、
この状況では
彼は勝利よりも周囲の人間たちの身を案じる。
障害となる人間たちを蹴散らして駆けてもデミ・サーヴァントである彼の速度は衰えず、魔力放出を伴って駆ければランサーに追いつくことができるだろうが、蹴散らされた人間たちは肉塊になるだろう。
それに概念礼装を無理矢理起動させた魔術師は力尽きて倒れ、それにより結界も解除されている。
ランサーの逃走を阻む壁はない。
「させるか!」
アストルフォは跳躍した。
上空からランサーへと一撃を加えるつもりなのだろうが届きはすまい。
ランサーがこの場を離脱する方が早く―――――しかし、ランサーは視界の端にそれを捉えた。
大地を踏みしめ、不可視の剣を肩の高さに構える刺突の体勢。
不可視とはいえ、幾合も打ち合ったことでおおよその間合いは把握している。到底届くはずのない距離。
だがランサーはその口が動くのを見た。
「風よ、荒れ狂え」
剣を不可視たらしめている風の瞬時開放―――――
風の刺突が、空を抉り裂き、ランサーへと飛来する。
「づっっ―――――!!!!」
逃走の体勢から守りの体勢へと。足を止め、風の刺突を槍で受け止めたランサーは、その重い衝撃にうめき声を上げた。
槍が軋む。支える鉄腕が悲鳴を上げる。
「てりゃぁーーー!!!!!」
「―――ッッ!!!」
そこに上空から馬上槍の切っ先を向けて落下してくるライダー。
風を受け止めているために槍は固定され、その切っ先を受け止めるものはない。
「がはっっっ!!!!!」
槍はランサーの肩口から突き刺さり、霊核を砕いた。
致命の一撃を受けたランサーの顔は、自身が消滅することを信じがたいものとして驚愕し、けれども結末は変わらない。
「くそが……。この俺が、くそっ」
悪態をつきながら、ランサーが消滅していく。
アサシンとランサー。
一騎のサーヴァントの登場と共に二騎のサーヴァントが打倒されたのだった。