Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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14話

 九校戦も大詰め、最終日となった。既に多くの競技は終了しており、今年の優勝校も確定している。

 それでも最終日の競技、男子モノリス・コードの本戦は目玉競技の一つであり、特に今年は十師族の直系、十文字克人の最後の出場年度であり、客席は満員。

 会場に来ている屋台やキッチンカーなどのイベント関連ショップも健在だ。

 

「ふんふんふ~ん♪ あーんむ。んん~~!」

 

 ケバブやカレー、バーガーなど各国の料理などが賑わいを見せており、ピンク髪の“少女”、の装いをしたサーヴァントがアイスを口に運んで満面の笑みを浮かべていた。

 カラフルな色合いのフレーバーが5段ほど盛られており、どれもがその形を崩してしまうのがもったいないほど可愛らしい。

 けれどもアイスは食べてこそ。

 口の中で溶けるアイスと果実の味わい。

 瞳から星でも飛び出そうなほどにおいしいと表現しており、ぴこぴこと両脚を動かしている。

 

 サーヴァント――― ライダー(アストルフォ)がここに来るまでに召喚されていたのは今からおよそ百年前。ただし中世の街並みが保存されていることで有名なトゥリファスだったため、(もちろんそれはそれで大いに楽しんだが)現代の日本で女子に大人気のナインティワンの九校戦会場限定フレーバーは彼の好みに非常に合致した。

 

「大丈夫、明日香?」

「ああ。問題ないよ……うん。問題ない……はぁ……」

 

 一方でその隣で些かぐったりとしているのは普段はきりっとしていて、疲れを露わにした姿の珍しい明日香。

 彼が疲弊しているのは昨晩のサーヴァントとの戦いが尾を引いているからではないかと、雫は心配そうに覗き込むが、疲弊の原因はそれとは別にある。

 すなわち身体的ではなく精神的な疲弊。

 現界してから一日で早速周囲(明日香と圭)を振り回し始めているライダーの自由奔放さにだ。

 ここに来るまでの間にもライダーは、パフェに始まりケーキにティラミス、フルーツ盛り合わせ、クレープ、ポップコーン、ぜんざい、プリンにマシュマロついでにマカロンと、目につくスイーツショップに次から次へと飛び込んで堪能している。

 ちなみにそのお代は全て明日香が支払っており、それはそれで頭の痛い問題だが、それよりも気になっているのは……

 

「そもそも君は騎士だろう。その恰好はどうなんだ?」

「うん? なにが?」

 

 アストルフォの装いだ。

 当然ながら、現界した時に纏っていた軽装の騎士鎧とミニスカートに白いマントでは、この九校戦会場でもうろつくには悪目立ちが過ぎる。

 そのため今は別の服装(霊衣)に着替えているのだが、それも現代のファッションセンスからすると些か目立つ。

 紫色のパーカーに丈の短めな白紫のストライプのシャツの裾からはつるりとしたお腹とおへそがむき出しになっている。黒のミニスカートの下にこそタイツを穿いて生肌の露出を控えてはいるが、他の多くの生徒たちが制服姿であることに比べると(選手ではなく応援のために来ているエリカや美月たちも制服だ)、かなりTPOに合っていないと言えるだろう。

 加えて言うならば、ライダーは登場初っ端に自己紹介がてら自らの真名を暴露しており、その真名をアストルフォ、シャルルマーニュ英雄譚に名高き十二勇士の一人―― つまりは騎士なのだ。

 

君のところの王様(シャルルマーニュ)は自分の騎士がそういう恰好をしていてなにか言わないのかい?」

 

 同じ、ではないが、騎士である“彼”の霊基を宿し、その影響を強く受けている明日香からすると、ライダーの装いは明らかにおかしい。

 なにがおかしいかというと、その指摘の意味を周囲があまり理解できていなそうなことが一層明日香を疲弊させる。

 

「別に服は着てるし……。うん、おかしなところはないじゃん」

「…………」

 

 そしてやはりというか、アストルフォにはそんな明日香の思いは通じてくれない。

 

「う~ん……あっ! どっかで会った(現界した)時に、たしか似合ってるって褒めてくれたよ♪」

「………………」

「これはその時のとは別で前に居たところで選んだやつなんだけど、可愛いだろ~。ほらほら、フードがウサミミなんだぜ! かわいいでしょ、ウサギ! ぴょんぴょーんって!」

 

 フードを被るとたしかにそこには紫色の可愛らしいウサミミが装着されている。

 フードと言えば明日香の霊衣にもついてはいるが、その用途は明らかに、というよりも絶対に違うと思いたい。

 

 アストルフォの行動が周囲の注目を集めるだけで、そしてそのどれもが「多少TPOにあってはいないが似合っているからまぁいっか」といったものであるだけに、明日香は一層の精神的疲労を感じただけで終わった。

 ちなみに、ここにはこの精神的疲労を共有してくれる圭はいない。

 先日の負傷が昨夜の戦いで悪化したから、というわけではなく、今頃圭の方は圭の方で魔法師のお偉方と会談を行って神経をすり減らしていることだろうからだ。

 

 

 

 

 アサシンとランサーの討伐。

 それはこの九校戦における一連の妨害工作の一つでもあった。

 初日と、そして9日目に達也が捕らえた侵入者と運営スタッフ(内通者)を尋問した結果、あの魔法師ならざる人外の存在も、彼らの関係者であることが分かった。

 魔法師誘拐事件の悪夢再び。

 前夜に人知れず騒動が起こったそれは、確かに大問題ではあった。

 だが最終日のモノリス・コードの出場選手に影響を及ぼすことはなかったため、競技はそのまま行われることとなった。

 運営役員の不正や妨害工作、犯罪組織の関与など、既に幾つもの騒動が明らかになっていた以上、表面上特に影響のなかった昨夜の事件を受けて競技が中止されるなどということは運営委員の面子にかけてないだろう。

 もっとも、十師族など一部の上層部でしか知られていないサーヴァントが関与しているということは、魔法師界の重鎮たちにとっては大きな問題で、魔法師たちの問題に魔術師が関与したのか、それとも魔術師同士の抗争に魔法師が巻き込まれたのかは大きな違いだ。

 

 そのための訊問、もしくは口裏合わせ、もしくは情報収集その他。

 どのような形に圭が落としどころを設定しているのかは明日香には分からないが、サーヴァントのこと、英霊のこと、魔術師のこと、そして魔法師ですら倒せないサーヴァントを打倒することのできる明日香(デミ・サーヴァント)のこと。隠しきれない情報の幾つかを提供することはやむを得まい。

 既に幾度か見せていることから深雪や雫たちにも明かすことになるだろうし、十師族の直系であるのだから真由美や克人たちに情報が開示されることもやむを得ないだろう。

 

 ただ、情報も大事だが、神秘を捨てた魔法師には、神秘の塊であるサーヴァントをどうこうすることはできないだろうから、情報よりもむしろどこにも属していないはぐれサーヴァントとしてこの世界に転がり出てきた黒のライダー(アストルフォ)の方が重要だ。

 魔法師たちはライダーを調べれば、今まで後手に回っていたことや失われた技術・知識について何かが手に入ると当然考えるだろう。それは今、魔法師と呼ばれている彼らがかつて魔術(神秘)を駆逐していったことに似ている。

 それがなにかを知らず、だからこそ知ることを望み、失うための手を伸ばす。とはいえ、今回は魔法師たちにとって堂々たる手掛かりである魔術師が目の前にいるのだ。多少なりとも選択肢はあるだろう。

 

 初めは明日香とアストルフォも魔術師と魔法師のお偉方との話し合いに同席していたのだが、なにせアストルフォだ(理性が蒸発している)

 魔法師たちにとってみれば是非とも手に入れて囲いたい実験材料でもあるアストルフォだが、その帰趨はアストルフォ自身の

 

 ――「ん~、僕のマスターとなんとなく似てるから君のところでいいや」――

 

 の一言で決定した。

 魔法師たちは最上級の使い魔だというライダーを懐柔しようとしていたし、マスターがいる(はぐれサーヴァントではない)ということに圭もかなり慌てていたが、宣言するやアストルフォは席を立った。

 サーヴァントはそもそも通常の物理攻撃が効かず、神秘のない魔法は物理現象と変わらない。さらに言えばサーヴァントとしてのアストルフォの対魔力は明日香にも匹敵するのだから、魔術も当然通用しない。

 当然ながら、英霊であるアストルフォの膂力に対して常人が腕力に訴えかけてどうにかできるものでもなく、つまりアストルフォをどうにかできる見込みがあるのは明日香だけだった。

 そのためアストルフォの監視というか監督というか手綱を握る役目は明日香にしかできず、アストルフォという英霊のことを知っている明日香や圭にしてみれば、アストルフォを野放しにすることは、未来視の力がまだ戻っていなくとも、トラブル乱立の未来しかない。

 ということで明日香はアストルフォのお守りとなり、圭は魔法師たちと話し合いを行っている。

 圭の体については魔法治療を再度施行してもらったため、絶対安静とまではいかないが、負傷は決して軽くはない。ただ魔法師としても強硬手段をとって圭を害そうとするほど厚顔でもなければ無謀でもないだろう。その点で圭の身の安全は特に心配はしていなかった。

 それよりも明日香が懸念しているのは…………

 

「さてと」

 

 魔術師との話し合いの方に思考を偏らせていた明日香だが、隣でナインティワンのアイスなどのスイーツに没頭して大人しくしていたアストルフォが行動を開始したことで意識をこちらに戻さざるを得なかった。

 

「それじゃあ、僕は次のお店を探しに行ってくるね」

 

 口元についたアイスの欠片をぺろりと舌で舐めとって宣言したアストルフォに、雫たちが「エッ!?」と驚いた。

 前日までにも大いに盛り上がる競技・試合が繰り広げられていたが、今日のこの締めの競技はまた別格だ。

 華やかさのあるミラージ・バッドなどとは違い、より実戦的な試合であり出場するのは十文字克人。軍関係者も他校生も大いに注目の試合だ。

 モノリス・コードのフリークである雫などは瞠目しており信じられないと言わんばかりだ。

 

「試合を見ないのですか?」

「え~だって、あんまり面白そうじゃないし」

 

 尋ねる深雪への返答も、彼女たちの価値観からするとまったく理解不明であった。

 しかし明日香は分からなくもないのか、それともアストルフォの突飛な行動に諦めが入っているのか、付き合うようで席を立った。

 

「面白くなさそう、ですか?」

「なんか勝ち負けが決まってそうな感じなんだもん。弱い者いじめは見るのもするのも気分よくないから」

 

 アストルフォは勿論魔法師の技量や実力を知っているわけではない。ただなんとなくだが、周りにいる観客も、出ている選手たちですらも、もう既に圧倒的な力の差があることを理解しており、その差をひっくり返すことを無理だと思っているのが分かる。

 如何にして恥にならない程度に善戦するか。

 戦う前から力では敵わないと知らしめる圧倒的な勝ち方ができるか。

 それを、あるいはそれほどの実力者の戦い方を楽しみにしていることを否定はしないが、自分がわざわざそれを観ようとも思わない。

 それよりもこの現代には楽しくて見るところがたくさんありそうだから。

 

 明日香としては、それも分かるが何よりもアストルフォを一人にしておく方が危険なので仕方なくアストルフォに合わせて席を立った。

 隣に座っていた雫から少し責めるような視線を向けられて、明日香は軽く肩を竦めた。

 

 

 

 

 

 

 雫たちのもの言いたげな視線を背に、観客席を後にした明日香は、相変わらずショッピングを気ままに楽しむアストルフォに付き添っていた。

 今はキッチンカーを覗きこんでケバブを注文しており、受け取ったそれにおいしそうにかぶりついている。

 そんなアストルフォにも問わねばならないことがあった。

 

「一応聞いておきたいんだが」

「あむ?」

「君のマスターについてだ」

「んぐんぐ」

 

 ケバブにかじりつきながらでは些かならず締まらない絵面だが、締まりそうなタイミングが見当たらないために仕方がない。

 ケバブを頬いっぱいにため込んで咀嚼しながらだが、話を聞く気はありそうなので明日香はそのまま話を続けた。

 彼が明日香と圭と行動を共にすると決めた理由について。

 明日香が、彼のマスターに似ているということについてだ。

 

「世界を漂流して召喚された君にマスターがいるはずはない」

 

 アストルフォは世界の漂流者だ。

 勿論この世界にもアストルフォという名の英雄の伝承・物語はあるが、サーヴァントとして確立している“この”アストルフォと縁を繋いだマスターが居るはずがない。

 

「なのに君は正式に契約の縛りがあるサーヴァントだ。十分な魔力の供給と確かな楔をもって現界している。それに君のマスターが僕に似ているというのはどういうことだ?」

「う~ん、そうして聞くと疑問だらけだねぇ」

 

 マスターが明日香に似ているとはどういう意味なのか。

 ただ単に顔が、雰囲気が似ているだけでこの気ままな英霊が行動に縛りをつけるはずがない。

 それが分かるくらいにはアストルフォという英霊についての知識はあった。

 つまりアストルフォは―――――

 

「マスターはいるよ。世界の裏側に行っちゃってもう会えないけど。それでも僕は彼のサーヴァントだ。彼の残した最後のオーダー、人の世界に関わり続けるって、決めたから」

「世界の裏側に行った?」

 

「うん。君と同じ。竜の力を持って、サーヴァントになることのできた、すっごいバカなやつだよ」

「―――!」

 

 明日香たちがアストルフォという英霊についてを知っているように、アストルフォは明日香の中に宿る霊基に当たりをつけていた。

 感の良さ。

 それに加えてアストルフォは明日香の中に“彼”と“同郷”の騎士にして王子であり、何よりも、彼のマスターは明日香の中にある“彼”と同様に竜の因子を持っている。

 そしてマスターと同じように、自分のことよりも世界を、世界に生きる人々を守ろうとする。

 

「君はこの世界を救うために戦うんだろ? なら僕もそれに力を貸す。よろしくね。僕の大先輩さん」

 

 だからアストルフォはこの世界にも関わろう。

 マスターが夢見る世界を、信じる人々を守るために。

 

 

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 

 

 魔法師たちと魔術師とのモニター会議が終わり、四葉真夜は腰掛けていた椅子に深く沈みこみ、可憐な口元に手を当てた。

 思い返すのは先ほどのモニター会議の内容。

 九校戦会場となっているホテルの一室で行われたその会議にはこれまで十文字家と七草家のみとだけ辛うじて交流のあった魔術師・藤丸が出ていた。

 本来であれば十師族の会議は顔を突き合わせるのであるが、今回は相手が現在開催中の九校戦に出場している学生であるから呼びつけるわけにはいかず、急なことだったので十師族の総領たちが集うこともできなかったために、モニターでの緊急会議となってしまった。

 議題であったのは、一つは国外からの魔法師に対する脅威。今回の九校戦に妨害工作を行ってきていた香港系国際犯罪シンジケート、無頭竜のこと。

 そちらは主に九島家の前当主であり、会場に居合わせた九島烈が取り調べを行ったと報告がなされた。 

 むしろ本題は、またも脅威を示したサーヴァントなる存在。

 

「よろしかったのですか、奥様」

 

 声をかけたのは執事である葉山。会議への参加者は相手が相手だけに十師族の当主か、もしくは現在モノリス・コードに参加している十文字家の代理、そしてその場に居た七草真由美だけだ。

 だが幸いにもモニター会議であったことから会議の内容を聞くことはできた。

 

「達也殿からの報告では、魔法と魔術とは別物。純粋な干渉強度や干渉規模においては現時点ですべてではなくとも劣ってはいない。ですが魔術師・藤丸の言う通り、神秘なるものがサーヴァントとの戦いに必要であるのだとしたら、現れたサーヴァント、もしくはデミ・サーヴァントの開発は取り組むべきでは」

 

 サーヴァント。

 過去の英霊をクラスという枠に当てはめて召喚する魔術。

 

 デミ・サーヴァント。

 サーヴァントの霊基を憑依させてその力を奮う魔術。

 

 魔法でも死者の声を聞く、というようなことは死体に宿るプシオンなどを塑追することで疑似的には再現できる魔法師もいるにはいる。

 けれどもそれは無系統の魔法。精神干渉系に属するもので、それにしてもせいぜいが数日から長くとも数週間が限度だ。

 時間が経てば経つほどに情報は薄れていき、得られる声は掠れて消えていく。

 だが魔術では、年単位どころか何百年も前の死した者たちが肉体を持って戦うことができるという。

 

 クリストファー・コロンブス、メフィスト・フェレス、ゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン、ヤーコプ・グリム。

 どれほどの過去を遡れるのかは分からないが、だからこそ強大な力であり兵器であるサーヴァントは脅威的で、翻ってそれは魅力的であった。 

 

「そうね。欲を言えば一体くらいは欲しかったところだけれど…………」

 

 これまでサーヴァントは敵であった。

 十師族の係累、あるいは直系の魔法師ですらも凌駕して寄せ付けない生きた兵器。

 

 だが今回、本人曰くのところ、「なんか転がり落ちてきた」というサーヴァント。

 シャルルマーニュ英雄譚にその名を刻むパラディン(聖騎士)―――― アストルフォ。

 彼はなんとこれまでのサーヴァントとは違い、日本の魔法師を守るために戦った。デミ・サーヴァントであるという獅子劫明日香や魔術師・藤丸圭と共に。

 

 正直なところ、サーヴァントよりもデミ・サーヴァントを()()した技術の方が欲しい。

 アストルフォだけでなく、かつてのキャスター(メフィスト)アサシン(グリム)の行動を見る限り、サーヴァントは魔法師にとって忠実な兵器にはなり得ない。

 それもそうだろう。

 軍事力として期待されている魔法師であっても自由意志があるのだ。

 それがかつて英雄とまで呼ばれた偉人であれば、なおさらに我がある。

 それよりも、ただの人間、魔法師(魔術師)にサーヴァントの力を宿すことができるのであればその方が遥かに使い勝手がいい。

 問題があるとすれば、今を生きる人間に別の人物の霊を宿すなどということの技術的な、そして人道的な問題だ。

 魔術で可能なものがどれだけ魔法でも可能なのかは分かっていない。そもそも“神秘”などというものからして曖昧模糊としているのだ。現代魔法の理論の根幹であるサイオンやプシオンですら明確に解明されたとは言い難い。

 加えて過去の霊を宿された人間の人格や存在がどうなるのかも分からないのだ。

 そう。

 獅子劫明日香という魔術師は、本当に生まれながらの彼なのか、それとも埋め込まれた何処かの英霊のものなのか、それとも全く別物なのか、分からないのだ。

 なぜそのようなことをと魔術師を咎めることはできた。

 けれどもそれを求めるのは十師族にとっても藪蛇になりかねなかった。

 十師族――魔法師の中でもエレメントや現在名門とされている一族の多くは、その成立過程において数多の実験が行われており、それには人道的観点から外れる人体実験も含まれている。

 過去の事例においては人の遺伝子に絶対服従の因子などというものを埋め込むことも実際に行われていたのだ。

 彼らは今の事態――――サーヴァントによる事件の対処のために準備していたと言われればそれまで。

 魔法師にとっても他者の、他家の魔法の追及はタブー視されているということで抗弁されれば技術を求めることは難しい。

 こちらの技術の全てを開帳することは厭うがそちらの技術の全てと目的の全てをつまびらかに、などということは圧倒的な力の差があってこそできるものなのだ。

 その力が魔法による武力によるものなのか、権力によるものなのか。

 彼らには国外の勢力との不穏な繋がりが匂わされているとの達也からの報告もあり、さらにはサーヴァントを魔法師が打破することは束になっても難しいという実績がある以上、力押しには難しい。

 けれども手掛かりはあり、チャンスはあるのだ。

 七草家には七草真由美が、十文字家には十文字克人が、そして四葉家には達也と深雪が、それぞれ彼らと深い関係を築くことのできる立場、同じ一高の生徒であるというめぐり合わせにいるのだ。

 親しくなれば、あるいは今後もなんらかの事件が起これば、さらなる情報を得ることはできる。

 ―――――そう。情報だ。

 世界から消えてしまった魔術師が今になって表舞台に姿を現した。

 そんな認識の時点で魔法師は魔術師に対して情報で後手に回っているのだ。

 今世紀の人類史に魔法の発展は不可分で、その発展の頂点に位置するのが十師族なのだ。秘匿されていることも無論多いが、情報戦で後手になっている以上、彼らがこちらのことをどこまで掴んでいるのかは分からないのだ。

 

「風使いの騎士の王様。…………葉山さん、少し調べてくださらない?」

 

 奇しくも、ということでもないだろう。

 知らざる脅威を目にした時、その対策のためにまず知ろうとするのは第一歩なのだから。

 極東最強の魔法師とされる四葉真夜。彼女が告げた言葉は、かつて彼女と婚約関係にあった男と同じものだった。

 

 

 

     ✡  ✡  ✡

 

 

 

 10日間にわたる激闘を終えて、魔法科高校の生徒たちは緊張から解放され、彼らあるいは彼女たちは後夜祭合同パーティを楽しんでいた。

 途中幾つかの不幸な出来事や各校の勝敗における蟠りはあっても、彼らは若い男女だ。

 優れた魔法師には優れた容姿の者が多い。それは魔法師の成立過程として広く知られている通説で、実際、今大会で登場したスターであるところの司波深雪は絶世の美女といっていい。

 彼女以外にも七草真由美や渡辺摩利、雫やほのか。一高以外でも一色愛梨や一条将輝など美男美女が多い。

 開催期間中起こった騒動の中で魔法師的に最も重大問題であったサーヴァントによる拉致問題は、一部の生徒以外にとっては気づいた時には終わっていたことであり、大会運営にとってもほぼ寝耳に水の話。

 どこか他人事に捉えても仕方ないことであり、事実ほとんどよくわかっていなかった。(あるいはそれはアサシンの宝具の効果、あるいはそれが切れた結果によるものなのかもしれないが)

 ということで、若い彼ら彼女たちは緊張状態からの解放の反動も手伝ってフレンドリーな精神状態になり、パーティ会場で催されるダンスに興じていた。

 

 あの深雪(ブラコン)ですら、他校の男子生徒(一条将輝)とダンスを踊っていたし(深雪が達也にすすめられてだが)、達也は達也でほのかを始め幾人かの女性たちとダンスを踊っていた。

 

 明日香も、食事に興じるアストルフォの監視を一時的に圭に任せて雫とダンスを踊った。

 

 

 

 

 

 だから―――――――これはそんな温かな世界とは別のところで起こっていた出来事。

 

 

 ――カラン…………―――

 

 九校戦の会場から、日本からも遠く離れた地で、一つの戦いが繰り広げられ、そして終わっていた。

 力を失った手から剣が滑り落ちて硬質な音を立てた。

 

「ぐっ…………」

 

 傷つき剣を落としたのは紅い髪の少年の英霊。

 地に落ちた剣は主の魔力の消耗を表すかのように光の粒子となって消えていく。

 それに対峙していたのもまた、燃えるように赤い髪の男。野獣のように猛々しい目を持ち、威風堂々たる風貌を湛えた大剣士。

 

「残念でしたね。コサラの王」

 

 そしてもう一人。

 此度の聖杯戦争において“裁定者(ルーラー)”のエクストラクラスで現界を果たしたサーヴァントだ。

 

「貴方が本来の適性クラス―――私の見立てではアーチャーのクラス、本当の全盛期の姿で顕現していれば、彼に対してももう少し善戦されたのではないですか?」

 

 真名看破。ルーラーのクラスに与えられた特性であり、他のサーヴァントの真名を見破ることのできる力。

 それにより彼には決着を迎えた戦いの相手である彼が、とある地の王であることを看破していた。

 そしてその彼が、本来の来歴からすれば適していないクラスで現界しているということも。

 

「嘯くな、偽りの裁定者め! 余のこの霊基が未熟なのは百も承知。だが、この姿こそ、余が余の妃を全霊を賭けて求め続けた時のこの姿こそが、余の全盛期なのだ」

 

 だが倒された彼の王にとって、現界するクラスは重要な問題だ。

 本来であればたしかに彼はアーチャーとして現界していただろう。

 けれどもそれでは望むものを望めない。

 本来の全盛期の姿となってしまえば、聖杯によってすらも消すことのできない呪いを受け入れることとなってしまうのだ。

 完成された理想の王としてではなく、未熟でも愛する彼女を求めてがむしゃらに突き進んでいたときをこそ、彼は選ぶのだ。

 

「ふふっ。英雄の矜持とやらですか……くだらない。あぁ、実にくだらない! 異端とはいえ貴方も王であったのでしょう? 英霊となった身ならば己が結末も知っているはずです」

 

 その結果の敗北。その結果の(過去)

 今の姿の彼がいかに愛する妃を望んだとしても、過去(歴史)において彼は妃を捨てた。

 民衆の期待を裏切れず、結果として彼女を信じ切れずに失ったのが彼なのだ。

 

 死後なお続く永劫の呪い。だから―――――――

 

「いっそ貴方には貴方の願いを叶えて差し上げましょう」

 

 それは甘い毒。

 決して受け取ってはいけない伸ばされた手。

 

「貴方の願いは伴侶にまみえることなのでしょう? ならば会わせて差し上げましょう」

 

 だが選択の余地は与えられたなかった。

 地に膝をつくその足元から黒いなにかが彼を捕らえ、飲み込んでいく。

 

「これは!? やめよ! やめよッッ!!!!!」

 

 触れたところから、飲み込まれたところから彼という存在(霊基)が改変されていく。

 本来であれば一度召喚されたサーヴァントの霊基を改変することなどできるはずがない。それができるとすれば―――――――

 

「離別の呪い、でしたか? 共に喜びを分かち合えない。そんな貴方が、最愛の方と会えば、どうなるのでしょうね?」

 

「っっ―――――ぐぁあああああああああッッッ!!!!!!」

 

 飲み込まれていく。

 彼女への思い。

 14年もの戦いの果てに取り戻した彼女への想い。

 

 消えていく。

 消されていく。

 

 民衆の期待。あるべきと定められた運命。怨嗟の呪い。

 理想の君主。

 呑み込まれ、彼が願い、けれども厭う姿へと、少年王の姿が変質していく。

 

 

 

 少年王の絶叫が止んだ時、そこには少年だった王はいなかった。

 

「――――――。――――――」

 

「ほぅ、これは面白いではありませんか。生まれ変わられたご気分は如何ですか? コサラの王よ」

 

 それは運命を受け入れた王としての彼。すべてを忘れた神を内包した王の姿。

 

 

 

 

 

 

 

    ―――第二章 Fin―――

 

 

 

 

 






 第二章vs.ランサー&アサシン編終了です。
 九校戦の魔法師サイドの物語はほとんどが原作・劣等生や漫画の優等生のストーリーに沿っているので、ほとんどがダイジェストとしました。そのため一章よりも短くなってしまいましたが、当初構想していた書きたかった部分は書けたかと思います。
 次章は原作と同じくナンバリングタイトルではない夏休みと生徒会選挙について書こうと思います。二章の途中から章タイトルをつけていますが、実は次の章に「これだ!」というタイトルが浮かんでしまったのがそもそもの切っ掛けです。
 ですので次章予告のタイトルです。

 夢想迷走遊戯(前) 夏休み編 
 夢想迷走遊戯(後) ●●●●生徒会選挙編


 となります。
 書き溜めを行いますのでしばしお待ちください。
 

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