Fate/ School magics ~蒼銀の騎士~   作:バルボロッサ

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7話

 

 バンッ、と机を叩く音が響いた。

 円卓の上に深雪の御手が乗っており、その顔は今まで雫たちが見たこともないほどに怒りを湛えたものとなっている。

 

「それは、お兄様に対する侮辱ととらえます。藤丸君、獅子劫君、貴方方が世界を守る機関の一員だとしても、お兄様への侮辱は許しません」

 

 絶世ともいえる美貌は怒りを湛えてなお美しく、だからこそ凄絶な怒りを醸し出している。

 この屋敷を無秩序に護る結界によって魔法暴走の発露による氷結現象は起きてはいない。それでもその発する怒気だけで周囲を凍り付かせるのではないかと思わせるほどの威があった。

 世界を滅ぼす者の尖兵。

 魔術師たちが語っているのは、要するに達也をそう評しているのだ。

 そしてその評を深雪は聞いたことがあった、そんな視線を向けている気配を感じ取っていた。

 外ならぬ彼女たち兄妹を生み出した四葉家で。

 周りの者たちが 彼女を持て囃す / 彼を貶める

 周りの者たちの視線が告げている 彼女への称賛と羨望 / 彼への畏怖と恐惰 を

 物心ついたときからすでに、兄である達也は両親からも疎まれていた。亡き母は自らの業故に、侮蔑すべき父は自らの矮小さ故に、兄を蔑ろにする。

 だからこそ、魔術師達の評は、ようやく兄を認める者たちを得た場で、友人たちの前で、兄を拒否する彼らの言動は、深雪には許しがたい裏切りとも言えた。

 

 平時であれば世界を改変し浸蝕するほどの深雪の怒りに、エリカや真由美たちですらゾッと背筋を震わせた。

 それほどの怒りを受けて、けれども圭も明日香も平然としたものだ。

 

「司波達也という人格と個人の問題ではないよ。人理焼却事件だけれど、それを引き起こした方法は聖杯だけれど具体的には敵は遺伝子に呪いを刻み込んで担当する時代になったときにその呪いが発動するように仕込んでいたらしい。

 それまでは人理定礎を守護する側だった魔術師が一転して破壊工作を行った、なんて事例もある。能力と状況からすると達也君がその仕込み、おそらく最後の保険である可能性は極めて高いというのが予測演算の結果だ」

 

 二人は達也を危険視している。

 己の感情や倫理観を脇に置いて、顔も見えない相手を消滅させられる異質な精神。環境にさえ影響を及ぼし得るほどに強大な破壊の爪痕を刻み付けられる魔法力。時代を進め、星を開拓せんほどの頭脳。

 神秘が絶えた今の世界でなければ、あるいは今の世界であればこそ、最新の英霊に至れるだろうほどの逸脱者だと言える。

 

「仮に、俺がその事件の黒幕の仕込みだとして、お前たちは俺をどうするつもりだ」

 

 事実、達也はサーヴァントに通用し得る魔法を行使した。

 最も強力な対魔力を持つセイバーのクラスが相手であったからこそ痛撃とはならなかったが、神秘のない魔法で神秘の塊であるサーヴァントに影響を及ぼすことなど通常不可能だ。

 サーヴァントはサーヴァントを以てしか倒せない。

 藤丸の魔術でさえ、一線級のサーヴァントには通用しない。

 現代の魔法をもってサーヴァントに攻撃を入れられるとすれば、それは現代の魔法を基盤にして成り立った英霊に他ならない。

 けれど死後、座に招かれた存在でもない、今を生きる達也が英霊と同格になっているはずはないのだ。

 通用したとすれば、それは“特別な”星の力を宿しているから。

 “星の開拓者”

 英霊の中でも一握りの、あらゆる難行を不可能のまま実現可能にする逸脱者たちが持ちうるスキルだ。

 だからこそ――――

 

「勘違いさせたかもしれないけど、僕らは達也君、君に敵対するつもりはないよ」

 

 藤丸は司波達也に敵対はしない。

 圭の語調には言葉通り敵意というものが感じられない。明日香の方も、先ほどまでのやり取りの余韻があるのか厳しい顔をしているが、圭の言葉を否定するつもりはないのか、ふいと視線を外した。

 

 

 

「敵対行動をとった結果、仕込みが発動なんてことになったら本末転倒だ。それなら多少波乱万丈な人生であっても平穏無事に過ごしてもらって欲しいからね」

 

 かつてカルデアのマスターが成し遂げた聖杯探索は、過去の特異点の修復だった。

 過去であればこそ、本来の道筋が分かり、だからこそ特異点の原因である“異常”が浮き彫りとなっていた。

 だが今彼らが行っている聖杯探索においては、サーヴァントという超常存在が出現していることからも“異常”があるのは明らかだが、正しい道筋というものが分からない。そもそもそんなものが存在しているのかも定かではない。

 

「呪いの因子を刻み込まれていた人であっても、人理が乱れなければ、その因子を発芽させることなく時代を終えている。逆に彼らが人理の守護者側になっていたりもするんだ。

 特別な分岐。特別な存在があることで、呪いは発動せずに、人理定礎を危機に晒さずに済む。

 明日香のサーヴァントとしての力は基本的に対サーヴァント向きだからね。強力な現代魔法師の達也君やその周囲と敵対するのは得策とは言えないし、人理保障の観点からも避けるべきだ」

 

 たしかに司波達也という存在は、魔法科高校で、日本で、いや世界の魔法界にとってもイレギュラー染みている。

 けれどもそれが“本来の歴史”から逸脱したイレギュラーではなく、まさしく時代に選ばれたイレギュラー、時代を次代に導く選ばれた英雄であればこそとも言える。

 であれば、人類史をより強く、より強固に導く人理としては達也の存在はなくてはならないものと言える。

 

「人理定礎が揺らいで特異点になる、というのは単に大破壊が起きるだけではなくて、その時代で人理をより強く育たせる何かが失われた、ということでもある。そもそも、達也君のこれまでを考えると、本来、この先の時代への転換には司波達也という存在が必要だと僕たちは認識している」

 

 もしかしたらそれは、魔法というかつての歴史で否定され、けれども今の世界で再誕した新たなる力を、正しく発展させていくことなのかもしれない。

 あるいは―――― ()()()として、世界に混沌と破壊、狂乱と闘争を巻き起こすことで、世界に破壊と再生とを齎し、この星を清浄化するために必要なのかもしれないが…………

 

 いずれにしてもそれは、人類史にとって必要な流れだ。

 それが数多の悲劇を生むかもしれず、あるいは多くの幸いを世に齎すもののどちらなのかは分からない。

 

「だから僕たちとしては、達也君を排除しようとして下手に刺激するのでなく、むしろその安定と守護に協力するつもりだ。なにより、達也君の場合は、その特別な分岐、何が抑止力になっているかの目途はつくからね」

 

 もしも司波達也が、本来あるはずの英雄や反英雄としてではなく、“人類悪”として顕現するのであれば、選んではいけない分岐がある。

 

「お前たちが俺を守護する。それを信じろと?」

 

 達也からの不審の目は、藤丸の言動から虚実と真意を見抜こうとしているのだろう。

 情報界(イデア)にアクセスし、情報体や過去視を可能としている精霊の眼(エレメンタルサイト)であっても人の心理を完全に見抜くことはできない。

 そうでなくとも普段から藤丸の言動には疑わしいものも多い。

 この機において出鱈目や与太話であったとは思わないが、すんなりと他者の“庇護”や“好意”を受け入れて自分たちの営みの安寧を託す気はない。

 

「別に守護するために達也君の行動を制限するつもりも、干渉するつもりでもないよ。そんなことをして本来の人理が歪んで事象が剪定される、なんて方が問題だからね。単にこちらから積極的に敵対するつもりはない、ということだよ」

 

 魔法師との協力は必須。

 とりわけ強大な異能を有する司波達也との協調は重要度が高いものだが、だからといって軍属としての魔法師である彼に味方するのは、魔術師としてもサーヴァントとしても世界に悪影響を及ぼす。

 

「カルデアの使命を継ぐ者として僕たちが行うのは人理の継続。そのために為すべきはこの世界を改変しようとしているサーヴァントの補足と撃破、そのリソースになっている聖杯の確保、そして人類悪顕現の阻止だ」

 

 

 

 

 

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 北米大陸――――かつて特異な記録点において、カルデアのマスターが神話の再現がごとき勇士たちとの戦いを駆け抜けた大地には、無論のことその痕跡は微塵も残されてはいない。

 戦前、アメリカ合衆国と呼ばれ、世界の導き手としての大国があったこの地には、今はカナダからメキシコ、パナマまでの諸国を併合した北アメリカ大陸合衆国――通称USNAが存在している。

 大戦やその後の群発戦争により世界平和の担い手としての役割は終ぞ幻想であったことが示されはしたが、それでも世界トップの超大国としての在り方は健在で、それは魔法が頭角を示してきた現代においても同様だ。

 だからこそ、太平洋を挟んでの隣国にあたる日本および朝鮮半島の南端において観察された大爆発は、かの国を震撼させたといっていい。

 局地戦ではなく、専制的防衛行動における軍事行動として、朝鮮半島における大亜連合の艦隊と軍事拠点を壊滅させ、公開されている戦略級魔法師である十三使徒の一人を屠った紛れもない戦略級魔法。

 その理論も内実も分からないという現状。

 魔法の発動と作用は理論上においては物理的な距離や障害物に左右されない。

 物理的な距離や障害物・遮蔽物の存在は発動する魔法師にとっての障害であって、それが内的あるいは補助的要因によってクリアされれば、たとえ地球の裏側であったとしても魔法を作用させることは可能と言われている。

 あの戦略級魔法――グレート・ボムと仮称した魔法は、明らかに日本側から発動され、日本海を挟んで朝鮮半島南端において作用した。

 日本とUSNAの物理的距離に比べれば格段に短距離といえるが、魔法の理論的に見た兵器としての区分で言えば、USNAの国土を標的にすることが不可能とは断定できない。

 であれば、それに対抗するための措置を講じることは必須であり、対抗措置構築のためには魔法の原理を知る必要がある。

 だが、世界最高水準の魔法技術を誇り、世界最強の魔法師部隊であるスターズを有するUSNAの研究者たちでさえも、かの魔法の断定には至らなかった。

 “おそらく”なんらかの質量体をエネルギーに変換することで、莫大な熱量を発生させたものと思われているが、既存の魔法では観測されたデータほど高効率でエネルギーを変換することはできなかったのだ。

 なんらかの―――USNAの魔法研究者たちが知らない―――魔法理論が存在している。

 そう見做さざるをえず、それは対抗策の構築に不備をもたらすことを示唆し、軍という力を有する者たちの上層部にとって特に危機感を煽ることとなった。(それに対して、日本国内において観測されたもう一つの戦略級相当の魔法については、光を集束・加速させることで運動量を増大させ、光の断層ともいえる現象を発生させる指向性のエネルギー兵器であり、減衰率から見ても、短い射程が予想される分、グレート・ボムに比べて脅威度は低いとみなされていた)

 彼らの焦燥は、未知の危険性から実行を躊躇していた実験を推し進めるほどに強かった。

 マイクロブラックホール生成・蒸発実験。

 それはUSNAの科学者たちにとっては淡い微かな希望に縋る思いで期待された実験だった。

 詳細の分からない質量・エネルギー変換現象の魔法理論。

 その手掛かりだけでも得られないか。

 魔法という、既知の物理法則を超えた枠組みにあるはずの法則を知るため。

 “ここ”とは異なる次元から、自分たちも知らないナニカがやってくるのではないか。

 それこそが、あの大破壊と殺戮を引き起こした魔法の原因なのではないか。

 あのまるで太陽のごとき現象の因果足りえるのではないか。

 

 それはまだ解き明かされていない知識(果実)への憧憬。淡く微かで、そして愚かしく危険な希望。

 訪れる災禍、齎される世界の危機を知らず、人類はそれへと手を伸ばしたのだった…………

 

 

 

 

 USNA テキサス州ダラス――――――

 

「止まりなさい、アルフレッド。フォーマルハウト中尉! 最早逃げ切れないのは分かっているはずです!」

 

 南部でも有数の大都市であるこの街の摩天楼の空を、ビルからビルへと跳び移り、追走劇を繰り広げる複数の魔法師たち。

 ある者は跳躍の魔法を使い、またある者は今年の夏に普及の始まったばかりの飛行魔法特化型CADを使用している。

 赤い髪の、目元を仮面で隠した少女と思しき魔法師が、逃走者の前に立ちはだかった。

 

「……なぜなのですか、フレディ。一等星のコードを与えられた貴方が、なぜ…………なぜ、あのような悍ましい事をしでかしたのです! フレディ!!」

 

 少女の声が詰問する口調から何かを堪える口調へと変わり、けれどもそれは決壊して泣き叫ぶような声へと変わった。

 足を止めた逃走者の口元から首筋、そして胸元へと広がる隠しようのない血の痕が、冷徹にあろうとした彼女の激情を揺り起こしたのだ。

 複数の仲間たちの一斉脱走。スターズ一等星アルフレッド・フォーマルハウト中尉による、仲間の惨殺。

 被害者の死体を見た。

 かつてフォーマルハウト中尉とともに任務にあたったこともあるスターズの構成員で、その死体は首元から胸元の肉が抉られ、肋骨が割り開かれ、心臓を抉り取られたものだった。

 殺害の場面に駆けつけた者は、フォーマルハウト中尉が抉り出した心臓を喰らっている姿を目撃。彼を彩る赤黒くなってしまった血痕は、被害者の返り血だ。

 人を殺す軍属の魔法師であっても、いや、魔法師であり軍人だからこそ、そこまで猟奇的なほどに死体を弄ぶようにはしない。

 

 罪は明らかで、問答の余地はない。

 それでも激情を抑えられずに問いかけたが、その答えが返ることはない。

 追手の魔法師がフォーマルハウト中尉の空間に領域魔法「ミラー・ケージ」を発動。一切の光を閉ざし、完全な闇の中へと拘束した。

 

「フォーマルハウト中尉、連邦軍刑法特別条項に基づくスターズ総隊長の権限により、貴方を処断します!」

 

 悲鳴の様な宣告。

 無明結界に閉じ込めたフォーマルハウト中尉に対して、仮面の少女――スターズ総隊長アンジー・シリウス少佐は自動拳銃を向けた。

 通常の銃火器であれば、魔法師は対処し得る。

 だが強力な情報強化により一切の魔法干渉が無効化された銃弾は、魔法力に劣る魔法師の領域を易々と突き破る。

 

 銃声と共に放たれた銃弾。身動きを封じられた魔法師の心臓へと吸い込まれるように到達した一撃は、過たず胸を穿ち、風穴を開けた。

 

 それで終わり。

 

 鉄の規律を誇るはずのスターズからの脱走兵。

 突如錯乱し、猟奇的な殺人を起こした仲間だった者の、その豹変の理由を知ることもなく、その死をもって終わる――――はずだった。

 

「3u?」

「え?」

 

 呆然とした呟きは隊員の誰のものだったのか。

 自らが齎した仲間の死。粛清の結末に瞑目し、目を伏せていたシリウスは呟きに顔をあげ、フォーマルハウト中尉を見た。

 

 胸に穿たれた穴。貫通し、背中の向こうに広がる夜闇すらも見通せるほどに空いた穴。

 

 流れるはずの血が流れていない。

 

「 3uq@。0qdkdyc@4i3ut@3eq! g@’fffffffffffffffff」

 

 理解不能な言葉。それは彼女の知る限り、どのような音声言語にも該当しないものだった。だが、彼が狂ったように哄笑をあげているのだけは理解できてしまう。

 

「ふれ、でぃ?」

 

 その言葉を契機にしたかのように、フレディ・フォーマルハウトの笑い声が止まる。

 そして――――――ずるり、と彼だったものが裏返った。

 

「ひっ!」

 

 スターズの総隊長として戦場にあるまじき声をあげてしまったことを省みるゆとりはない。その声を聞き咎めるはずの部下も同様だ。

 彼女が穿った致命の一撃、胸に空いた穴を基点にして、フレディ・フォーマルハウト()()()ものの中からドス黒いナニカが現れ、まさに裏返るとしか言いようのない転身を遂げたのだ。

 

「なっ―――ぁっ―――――」

「そ、そうたいちょう……あ、あれは一体―――――」

 

 意識に空隙が生じる。思考が空転する。恐怖が心身を囚らえる。

 

 その姿は異常だ。

 夜闇にあってなおドス黒い、まるで血に泥を混ぜ込んだような汚泥の体表。

 顔のあるはずの部分にはほぼ直角に傾いた大きな口だけがあり、四肢はまるで蜘蛛か昆虫のよう。精神を狂わせる異様。

 

「g@’ffffff! g@’ffffffffff! qea94? c4qea94?」

 

 その音は周囲の人間の正常を奪い、精神を虜囚に。

 USNAの優れた軍人であり卓越した魔法師として異常や異能に慣れたはずの彼ら彼女たちでさえ、精神の平衡が崩れ、脳が四肢へと電気的な信号を送ることを停止させてしまっていた。

 

「nw9bk3u。3ew.3uiui=4/94。<5nyu!!」

 

 彼女がハッと意識を取り戻したのは、視界の中から異形となったフレディが消えたことでだった。

 

 ぐじゅり、と彼女の耳に肉が潰れる音が聞こえる。―――振り向かなければ。

 

 むしゃむしゃ、と彼女の耳にナニカを食い千切る音が聞こえる。―――敵から目を離すなんてありえない。

 

 ぐじゅぐじゅ、と彼女の耳にナニカを咀嚼する音が聞こえる。――――振り向いて、CADを向けて、魔法を………………

 

 

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!!!」

 

 

 

 悲鳴は、彼女が振り向いたのと同時だった。

 脱走兵フレディ捕縛のために行動していたスターズの一人が異形のフレディにむしゃぶりつかれ、それを眼前で目の当たりにした別の一人が精神の均衡を破綻して悲鳴を上げた。

 その悲鳴は周囲へ伝播し、選りすぐりの精鋭であるはずのスターズの魔法師が、戦術も協調もなく、ただ恐怖からCADを敵に向け、魔法を放とうとした。

 多重無作為に放たれた魔法は競合を起こして破綻し、そもそも魔法を顕現させられなかった。

 恐怖を義務感と責任感、そして怒りで糊塗した彼女が魔法を放ったのは、スターズ総隊長に抜擢されるほどに強力な彼女の魔法力であれば、魔法式で混沌した領域であっても強引に魔法を透せると信じたからだ。

 そう、それは判断ではない。思考でもない。逃避的に、自らの拠り所である魔法に、この場を打開できると救いを求めたにすぎなかった。

 

「なっ!?」 

「そんなっ! 総隊長の魔法が利かない!?」

 

 一度はフレディの体を貫通し、致命させた彼女の魔法が、異形と化した今のフレディにはまったく通用しなかった。

 スターズの仲間であった者の肉を口中で咀嚼し、手足と思しき四肢で千切り弄ぶソレの体には、まるで息を吹きかけた程度にも影響を発現しなかった。

 

 ―――コイツ、嗤ってッッ!――

 

 口だけの顔に表情というものが読み取れるとは思えない。だが彼女はフレディだったモノが嗤ったのを確かに見た。

 

 CADを掲げる手が震える。体を支える足が、地面に触れている感覚さえ希薄になったかのように思える。

 科学によって神秘を駆逐し、魔法という異能を手にした人類が忘れていた、根源的な恐怖。

 まさにそれを体現させたかのような存在。

 アンジー・シリウスとして見せていた赤い異装―――パレードの魔法が無自覚に解除され、少女としての姿――アンジェリーナ・シールズとしての姿をさらけ出していた。

 美少女と、普段であれば誰もがそう感じるその顔には、抗いようのない恐怖が浮かんでいる。

 周囲の仲間たちもCADを取り落とし、すでにまともに立てている者は総隊長であった。彼女だけだ。ほかの隊員たちはその場から逃げ出そうとして、それも叶わずに恐怖に震えて地に腰を落としている。

 恐怖に震えているのは彼女も同じ。立てているのも、ただ震える足が体をなんとか支えられているだけ。

 歯の根がかみ合わずにガチガチという音が鳴り、縋るように掲げるCADの照準はガタガタと揺れて定まらない。

 その足が闘争の立ち回りはおろか、逃走のために動くこともできはしない。

 

「qea94? s@4dqyw@rqea94? b@d@jykj-4f? c;q@:t@sl5k3uqkj-4f!」

 

 震える美少女に嗜虐心をそそられた、などという機能がソレにあったのかは分からない。だが異形は、恐怖に震える少女へと飛び掛かる。

 もはや魔法を発動するなどという選択肢すらも意識に上らず、無力な少女のように身を縮ませた彼女に――――

 

 

「g@ez!!?」

 

 

 何かがぶつかる音が聞こえた。

 恐怖の中に幻視した身を襲う痛みはなく、少女は恐る恐る目を開けて前を見た。

 

 白銀の鎧を身に纏う存在が、少女を守るように立っていた。

 掲げるは剣。

 

 弾き飛ばされた異形はダメージを負ったのか、緩慢な動きで現れた敵を見ている。

 夜闇の中にあって、くすぶるように輝くは金の髪。

 その姿は科学が発展した近代以降においては廃れてしまった装い。けれども現代が魔法という力を基に発展していくというのであれば、それもまた、あるべき姿なのかもしれない。

 眼前に立つ姿を現す者を表するのならば“騎士”。 

弱きを助け、強きを挫き、危機ある乙女を救う騎士。

 

「不夜の煌く摩天の下、太陽の輝きが届かずとも、清らかな乙女の助けとなるためならば、騎士として剣を振るうに否やはありません。太古の異形よ、円卓の騎士ガウェインがお相手いたしましょう」

 

 再誕せし最古の異形(新人類)を前に、円卓に連なりし剣の騎士が立ちはだかった。

 

 

 

 

    ―――Next 第五章―――

 

 

 

 

 

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