突発で思いついたネタです。時系列は5巻辺りかなーと思って描いてました。中身についてはあえてあまり触れません、そのほうが面白そうだから!!

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再見

 

 

 

 さて。これから一体どうしようとチトはケッテンクラートを運転しながら考えていた。何をどうすればいいのか、それはケッテンクラートの荷台に乗っているユーリ……正確には、ユーリの膝の上に乗っている小さな少女の存在がすべてを物語っていた。

 

「ねー、君どこからきたの?」

「うえから」

「家族とかは?」

「たくさん」

「なんで私たちの名前知ってたの?」

「しってたからー」

 

 と、会話のキャッチボールを繰り返す二人。この少女がいったい何者なのか、どこから来たのか、二人は一切分からない。

 

 この少女との出会いは今から遡ること数時間前のことだった。

 

 

 

 

 あくる日、いつものように上層に向けて旅を続けていたチトとユーリは、途中で屋根がある場所を見付けて小休止を行っていた。

 

「あーあ、空から食べ物でも降ってこないかなー」

 

 ユーリは地べたに座りこみ、こんこんと降る雪をぼんやりと眺めていた。その隣でチトはまた始まったか、と思いながら「そうだな」と日記を読みながら返事をした。

 

「雪でも食べればいいだろ」

「うーん、飽きた」

「雪も元々はただの水だしな」

「魚でも降ってこないかな」

 

 そんなことが起きれば人類は飢え死にしなくて済んだだろうよ。チトが日記に目線を落としていると、珍しくユーリが日記を覗き込む。ちょうどそこはヌコについて書かれた場所だった。

 

「おー、ヌコだ。懐かしいね」

「懐かしい、って程昔のことでも……いや、でもそこそこに時間経ってるのかもな」

 

 故郷を出てどれくらいの時間が経ったのだろうか。少なくとも、雪の降らなくなる季節は数回以上経験した。それが定期的に来るものであれば、既に五回は年を跨いでいる。

 

「私たちが何歳になったのかも、もう分からないしな」

「まー、分かったところでお腹いっぱいにならないけどね」

 

 日記を見るのに飽きたのか、ユーリはぴょこんと立ち上がると雪が降る空の下へと出て、上を向いてあーんと口を開けている。本当に食うのかよ。チトはため息を吐いて日記を閉じ、大きく伸びをする。

 

 ユーリはあんぐりと口を開けて雪を口の中入れる。大粒の雪が口のなかに入る度にじんわりと冷たい感覚が口を包む。うん、嫌いじゃない。

 

 すると、ユーリの耳にサクリ、サクリと雪を踏みしめる足音が聞こえた。この音は間違いなく人間でなければ作れない音だと勘づき、背負っていた三八式小銃を握りしめる。

 

「ユー、どうしたの?」

「ちーちゃん、静かに」

 

 ユーの警戒の声を聞いて、チトはすぐにヘルメットを被り、ユーリの側まで歩み寄る。そのタイミングで、チトの耳にも何者かが近づいてくる足音が聞こえた。

 

「誰か……来る」

 

 ユーリはコッキングレバーを引いて弾を装填する。それと雪の降る道の向こうから、小さな影がこちらに向けて歩いてくるのが見えた。その影をみて、ユーリは少しばかり警戒を解く。なぜならその影が自分達よりも小さい背丈の子供だったからだ。

 

「……子供?」

 

 チトも思わず口に出してしまった。そこにはモコモコとしたフードを深く被り、真っ白なコートを着た子供が居た。チトは驚いたと言わんばかりに目を見開く。こんな誰もいない廃墟と化した階層都市で、自分達よりも頭一つ分小さい子供が突如として現れたのだ。

 しかも、大人になら会ったことがあるチトとユーリではあるが、自分達よりも小さい子供に会ったことがないから尚更だ。

 

「……ぁ」

 

 子供がこちらの存在に気がついて、小さく声を出す。可愛らしい女の子の声だった。その瞬間に強めの風が吹き、二人は叩きつけられる雪から目を守るために顔を背ける。

 

 もう一度顔をあげると、少女のフードが風で外れていた。その中から美しい銀髪が表れ、残ったそよ風に吹かれて揺れていた。子供には似つかわしくないかもしれないその美しさに、思わず息を飲んでしまう。

 

「……えっと、君だれ?」

 

 沈黙を破ったのはユーリだった。銃口を上に向け、とりあえずは会話をしてみようというスタンスの用だった。その前にこの子はこちらの言葉がわかるかどうかが問題であったが、割りと早い段階で、そして色々と予想を裏切る形で解決した。

 

「……ゆー! ちと!」

 

 そう声をあげた直後、少女は二人に駆け寄るとダイブし、チトとユーリを巻き込むようにして飛び込んだ。何がなんだかわからない二人の体は宙を舞う。

 

 だが、少女が二人に抱きついた瞬間、チトの体はどこか覚えのある懐かしさを感じた。

 

(あれ……この感じ、どこかで)

 

 その答えを導きだそう、押し倒される中頭を回転させようとする。だが、もちろん答えが出る前に地面に倒れ込んでしまい、若干の痛み。その考えは引っ込んでしまった。

 

「あいててて……え、え?」

「ゆー! ゆーだ!」

「お、おお? え、なんで私の名前知ってるの?」

「知ってる!」

「な、なんだ、ユーリお前の知り合いか?」

「ちと!」

「え、なんで私の名前知ってるの?」

「むしろちーちゃんの知り合いでは……?」

 

 嬉しそうにはしゃぐ少女を見て、次にお互いの顔を見合わせ、そしてもう一度少女に目線を落として一つの結論に達する。

 

「ていうか、私たち知り合いなんて……」

「いないよね」

 

 少なくとも、こんな可愛らしい少女の知り合いは、二人の記憶の中では存在していなかった。

 

 

 

 

 そうして、嬉しそうに二人にじゃれつく少女をどうしようかと思いながら、二人は会話を試みた。どうやらこちらの言語は普通に理解できるようで、会話については文法、単語など特に問題は見受けられなかった。

 

 だが、問いかける内容の返答が、ほとんど曖昧なものであるという問題が新たに生まれた。それが冒頭の会話に戻るのである。

 

 唯一わかったことは、彼女は「上」からやって来て、「たくさんの家族がいる」という点だ。なぜチトとユーリの事を知っていたのかまでは明確な答えが帰ってこなかった。

 

「いったいどこの誰なんだか」

「でもこの子可愛いねー。暖かいし、ほっぺもちもちしてるし」

「また美味しそうとか言うんじゃないだろうな」

「思ってないよー」

(ほんとかよ……)

 

 スロットルを捻り、チトは少し勢いをつけて坂道を駆け上がる。とりあえず、少女がやって来たという道を進んでみることにした。どこの誰か知らない人間とは言え、小さな子供を終末を迎えた階層都市に放置するという考えはチトの脳内には毛頭存在せず、それに関してはユーリも同じのようで進んで子守りを申し出てくれた。まぁ、ヌコともじゃれついていたし、こういうのはユーリの方が得意だろうからありがたい。

 

「でもさちーちゃん。この子の家族がたくさんいるってことは、上にはやっぱり人がいるのかな」

「かもしれないな。もしかしたら最上層から降りてきて、ここまで迷い混んだかもしれないし。もしその可能性があるとしたら」

「上で魚が食べられる!」

「やっぱりそれかよ……」

 

 えへへと涎を垂らし、ユーリはこんがり焼かれた大量の魚を食べる想像をする。だらーんと流れ落ちるよだれが少女にかかりそうになって、おっとっと、と袖で拭う。

 

「早めにこの子の仲間とかに合流できるといいんだけどな。三人で分けるとなると食料の減る早さが変わるし」

「もってる!」

 

 え? と二人が疑問符を浮かべると、少女はコートのボタンを開けてごそごそと探る。どうやらその中に小さなポーチがあったようで、中からレーションが一本出てきた。

 

「おおー、用意がいいね」

「火薬味!」

「えっ……不味そう」

「うそ!」

「あちゃー、うそだったかー。お姉ちゃん一本とられちゃったな」

 

 えへへと笑う少女は、まるでお人形の用に可愛らしく、ついついユーリは頬擦りしてしまう。そんな後ろにいる相棒を想像し、チトはムッと頬を膨らませる。なんか、つまらない。

 

「にしても、子供一人で出歩かせるなんて、不用心だな」

「ちがうの! いいよって言われたから、二人に会いに来た!」

 

 まただ。会いに来た、一体どう言うことなのだろうか。この子は私たちを知っている。しかし、私たちは知らない。故郷に住んでいた頃に会ったことがあるのだろうか? いや、それだったらこの少女は赤ん坊と大差ない年齢だったに違いない。見た感じ、七つになるかならないかだ。

 仮に過去に会ったことがあったとしても、そんな子供が自分達を覚えているとは考えにくい。自分とユーリがいつ出会ったのかも覚えていないくらいなのだ。

 

「優しい家族だねー。私が君くらい小さい頃は、遠くまで行っちゃダメだっておじいさんに言われてたもんなー」

「かわいい子には旅させよ!」

「なにそれ? 教えてチトぺディア」

「変な愛称使うな。昔のことわざだよ。簡単に言えば、可愛い自分の子供だからこそ、外に出して色々経験させる、そんな感じの言葉だ」

「なるほどー。確かに君可愛いもんね」

 

 よしよしと頭を撫でてやると、少女は心地よさそうな顔になる。そのとき、ユーリはふと思い出す。

 

「あ、そういえばさ。君の名前ってまだ聞いてなかったよね」

「え……」

「名前何て言うの?」

 

 ユーリの何気ない質問に、少女は困惑の表情を浮かべる。その反応に違和感を覚えたチトが、首を半分ほど曲げて後ろの様子を確認する。もちろん背を向けて座っているから、二人の表情を伺うことは出来ないが、わずかに見える小さな肩から少女が困惑していることは簡単に分かった。

 

(小さい頃のユーリが、何かを誤魔化す時にあんな感じの反応してたな)

 

 と、なぜか今や懐かしい昔のことを思い出してしまう。ユーリ本人はどしたの? と少女を覗き込んでいた。

 

「えと……、こ……」

「こ?」

「ゆ……ゆこ!」

「へー、ゆこちゃんか。可愛い名前だね」

「うん!」

「改めましてー、私はユーリで、こっちがちーちゃん。二人合わせて~」

 

 ちらちらとチトを見るユーリ。何か言ってくれ、さぁさぁと言いたそうな目だ。チトはため息を吐いて、ちょっとだけ付き合ってやることにする。

 

「……チトユー」

「ちーちゃんセンスないね」

 

 ごちん。チトの「鉄拳」クラートがユーリの頭に叩きつけられ、うげぇと声が上がる。少女こと、「ゆこ」はけたけたと笑っている。

 

「めおとまんざい!」

「なんでそんな言葉知ってるんだこの子……」

「それってどういう意味? カモンチトペディア!」

「…………」

 

 ごちん! 本日二度目の鉄拳が、脳天に叩きこまれた。

 

 

 

 

「いやー、一日移動した後のご飯は最高だね」

「うまい!」

 

 丸一日上を目指して移動した三人は、途中雪が凌げる場所を見付けてその日は休むことにした。ユーリと少女こと、ゆこは満足そうな顔でそれぞれのレーションを食べていた。

 

「お前たちは後ろで座っていただけだろうに」

 

 チトはじっとりとした目で二人を、主にユーリを見つめて自身もレーションを口に入れる。なお、今日はフルーツ味である。甘いのは幸せだ。

 

「ゆこちゃんのレーションってどんな味?」

「ひみつ~」

「ねぇ、一口だけもらえたりしない?」

「だめー!」

「やめとけユー。お互いが食料を持っているなら、出来るだけ干渉しない方がいい。トラブルの元になるぞ」

「ちぇー。食べたかったなー」

「ごめんね」

 

 よしよしとユーリの頭を撫でるゆこ。ユーリもうへへと受け入れる。それを見たチトはもちろんつまらなかった。あーつまらない、つまらないと水をぐいぐいと飲む。

 

「ちーちゃんなんかペース早くない?」

「別に」

「やきもち!」

「んなっ!」

 

 チトは目を丸くした。まさか自分の心情をどこの馬の骨ともわからないガキンチョに言い当てられたのだから。いや、チトでなくても驚くだろう。

 

「へぇー、ちーちゃんもしかして私がゆこちゃんと仲がいいから、嫉妬しちゃってるのー?」

「ば、んなわけあるか! 根も葉もないこと言うな!」

「ムキになるところがあーやーしー」

「なってねー!」

「いや、なってるじゃん……」

 

 突如として冷静な突っ込みを入れられて、チトははっとして顔が熱くなる。ユーリに言われるようでは自分も終わりが近いかもなと縮こまった。

 

「ちと、ちっちゃい」

「ちーちゃんはちっちゃいよー。背もおっぱいも」

「ふんっ!」

「あいだぁ!」

 

 今日何度目わからないチトのパンチは、ヘルメット越しにユーリの脳天へ痛覚をお届けする。

 

「お前はもっと頭にカロリー回せ。だから図体が大きくなるんだよ」

「ちーちゃん羨ましいんでしょ」

「うっさい」

 

 むふふー、と楽しそうな笑みを浮かべるユーリだったが、チトは無視して廃材を焚き火に放り込み、日記を書こうとペンを取り出した。

 

 ユーリも、日課の銃のメンテナンスを行おうと三八式を取りだし、解体作業に入る。鮮やかな手さばきに、ゆこはじーっとユーリの手先を見つめていた。

 

「ゆーすごい」

「えへへ、ありがと。ちょっと危ないから、触らないようにしてね」

「わかった」

 

 すいすいと銃を解体し、さび止めの油を塗り、各部に異常がないかを目視で点検する。特に稼働部分、銃身部分などは念入りにだ。

 

「これ、きれい」

 

 と、ゆこが何かに興味を示した。ユーリが意識を向けると転がった三八式の弾丸を見つめていた。

 

「それだったら触ってもいいよ。ただし落とさないようにね」

「ぬい」

「あはは、ヌコみたいな返事ー」

 

 弾丸を指で持ち上げたゆこは、じっと見つめたあと炎の光で反射させてみる。キラリ、と薬莢が鏡のように輝いて三人の姿を写し出していた。じーっと、興味津々で少女は見とれている。

 

 そんな少女を見て、チトは昔読んだ本にかかれていたことを思い出す。女の子は古代から光り物を好む人が多く、宝石と呼ばれる装飾品を身に付けていたそうだ。ゆこの反応は、古代の女性も今の女性(子供だが)と同じなのかもしれないと思う。

 

「……あむ」

 

 だからである。ゆこが突然弾丸を咥えた瞬間は、その場の空気が凍りついた。

 

「わー! わー! ゆこちゃんだめ、だめだめ、出して出して!」

 

 ユーリが珍しく大慌てになった。銃の扱いに長けている以上、その危険性も知っているわけだから小さな女の子が弾丸を口の中に入れるという奇想天外な行動に慌てふためくしかなく、チトも思わず日記を放り出して背中をバシバシ叩いた。

 

「だして、ほらいい子だからゆこちゃん出して!」

「それは食べ物じゃないんだ、ユーの言うとおり早く出して!」

 

 二人の剣幕にことの大きさを理解したのか、ゆこは「ぺっ」と弾を吐き出し、地面にぶつかって心地よい金属音が鳴る。それを見たチトとユーリは、同時に安堵の溜め息を吐いた。

 

「うぇー、まずい」

「当たり前だろ……銃弾なんて食えるもんじゃないんだから」

「あー、ビックリした。ゆこちゃん、もう食べちゃだめだよ?」

「はぁーい」

 

 

 

 

「……寝ちゃったね」

 

 てんわやんわと騒いだから疲れてしまったのだろう。その後、ゆこの瞼は次第に重くなり、いつの間にか船をこぎ出していた。なら自分達もそろそろ眠ろう。チトはケッテンクラートから毛布を取り出し、毛布をゆこに掛けてあげる。ゆこはあっという間に眠りに入ってしまった。それを見たチトとユーリは、彼女を挟む形で毛布に入る。

 

「それにしても、なんか不思議な子だね」

「うん。不思議なことだらけで考えがまとまらない」

 

 突如現れた自分達以外の人間。しかも自分達よりも幼い一人の女の子と遭遇し、さらにはその女の子が自分達の名前を知って抱きついてきたのだ。

 

 それだけで十分頭が追い付かないのがチトとユーリだ。彼女たちは自分達より年下の子供と接したことなど皆無に等しいからだ。

 

「でも、こうしてみるとすごく可愛いよね」

 

 ユーリがすやすやと眠るゆこのほっぺに優しく指で触れてみる。柔らかい感触は、むにっとユーリの指を包み込んだ。むにゅむにゅと寝言を言うゆこを見て、ユーリは頬笑みを浮かべる。

 

「ああ。本当に」

「ところでさ、気のせいだとは思うんだけど、私ゆこちゃんと初めて会った気がしないんだよね」

 

 ユーリの言葉に、チトはゆこが自分達に飛び込んできたときの事を思い出した。消えかけていた疑問の火種が再点火する。これは偶然なのだろうか? 少しばかり緊張するのを抑え、聞くことにする。

 

「本当に会ったことがあるかもしれないってこと?」

「うーん、上手く言えないんだけど……なにか懐かしいというかなんというか、ゆこちゃんに抱きつかれたとき、初めてじゃないというかそんな気がして。それに、ゆこちゃんを抱っこしてたとき、違う奴の事を思い出したんだ」

 

 自分と全く一緒だ。チトは確信し、ユーリに自分も同じであることを打ち明ける。

 

「……お前もか」

「え、ちーちゃんも?」

「ああ。お前が言ったように、抱きつかれたとき初めてじゃない感じがして。ユーと同じように懐かしい、って思った」

「不思議だね。二人とも同じこと感じるなんて」

 

 世の中不思議だね、とユーリは特に気にしていない様子で言う。だが、違う。これは不思議な出来事や、偶然では済まないものだとチトは感じていた。

 

「……本当に、初めてあった訳じゃないかもしれない」

「というと?」

「説明するのが難しいんだが、本当に私たちはこの子会ったことあるかもしれない」

「でも、私とちーちゃんはこの子に会ったことないよね?」

「そこなんだ。確かに『ゆこ』とは会ったことはない。でも、もしかしたら私たちは違う形でこの子と会っていたかもしれないんだ」

「違う形?」

「昔おじいさんに読んでもらった絵本で、『つるのおんがえし』って本があるんだ。その本はつるって言う空を飛ぶ動物が罠に掛かっていたのを、通りすがりのおじいさんが助けたんだ。そうしたらその夜に女の人がやって来て、ここに泊めてくれたらお礼をしますって言って、綺麗な服を作ったんだって」

「ずいぶんと優しい世界だね」

「おとぎ話だから気にするな。そして、おじいさんが気になって服を作ってる女の人を覗いたら、助けたつるだったんだ」

「つるやべぇな」

「おとぎばなし、な」

「それでさっきの話となんの関係があるの?」

「つまり、この子は昔別の姿で私たちと会っていたんじゃないかってこと。人の姿ではない時に」

 

 そこからチトは少ない手掛かりを集め、一つの憶測を生む。自分達が過去に出会った人たちを思い浮かべる。人だけではない、機械、魚、よく分からない生き物。その中で思い当たる存在は。

 

「……いや、まさかな。考えすぎかもしれない」

「えー、気になるじゃん教えてよ」

「もう少し様子を見よう。あの子が来たって言う場所まで行ってから結論付けても遅くはないだろ」

「まぁそうだね」

 

 

 

 

 翌日。三人は屋根のない平坦な雪原へと辿り着いた。誰も踏み入れない真っ白な絨毯。見上げると、作りかけの鉄骨が向きだしで放置されていた。

 

「んー、ひろーい」

 

 ユーリが両手を広げて駆け出し、ジャンプして雪に飛び込む。ゆこもそれに続いてユーリの隣に飛び込む。二人分の人型が完成した。

 

「ったく、子供じゃないんだから」

「心は常に子供であるべきだよちーちゃん」

「それっぽいこと言うな」

 

 ケッテンクラートのエンジンを切り、チトは座席から降りると背を伸ばして腰を回す。ユーリとゆこを見てみると、楽しそうに走り回っている。雪玉を作って投げ出したところだ。

 

「ほれ!」

「にゅ!」

「おお、ゆこちゃんやるね! これはどうだ!」

「ぬいっと!」

「柔らかな身のこなし!」

 

 ユーリはそれなりに加減をしてるだろうが、それでも湯この運動神経は中々のものでひょいひょいと雪玉をかわし、ユーリに至近弾を浴びせていた。上手いものだなとチトは感心する。

 

「へぶっ!?」

 

 なので、突如としてユーリが放り投げた大きめの雪玉を認識するのに一歩遅れ、顔面で天然のかき氷を食らうことになってしまった。

 

「あっはは! ちーちゃんアウトー!」

「ぺっぺっ……このぉ!」

 

 足元に転がっていた雪をかき集め、チトはユーリに投げつける。だが、ユーリは軽い身のこなしで簡単に避けてしまう。続けて二個、三個と雪玉を投げるが、やはり当たらない。コントロールは悪くないはずなのに、ユーリの運動神経がバカみたいに高いから当たらないのだ。

 

「くっそー、このっ、この!」

「はずれー! おっと、今のは危なかった。それもういっちょ……もがっ!?」

 

 予想外の方向から小さめの雪玉が現れ、見事ユーリの口の中に飛び込む。投げたのはゆこだ。

 

「敵はひとりとはかぎらない」

「渋いな」

 

 小さいのに本当に変なところは利口だなと感心してしまう。だが、ゆこの行動は三人の雪合戦バトルロワイヤルの始まりを意味している。いつも二人での投げ合いだから、勝手が違う戦いだ。

 

「ゆこちゃんやったなー! うぼぉ!」

「どうだユー、一発当て……ふごっ!」

「あははは! 二人にあてたー!」

「やったなぁ、ちーちゃん挟み撃ちだ!」

「いいだろう」

「ちと、ゆこが囮になる! ちとが投げて!」

「よしユーを囲め!」

「裏切り!?」

「最初から全員が敵だ、このぉ!」

「あっぶね!」

「んにょーーーー!」

「なんの!」

「止め……と見せかけて、ゆこにだ!」

「あいたぁっ! ぬー、えいっ!」

 

 そうして、しばし三人は雪合戦を楽しんだ。絨毯のように平らだった雪原はあっという間にもみくちゃにされ、三人の足跡と倒れ込んだ跡でいっぱいだった。

 

 三人は輪を作るように寝転び、ぜーぜーと荒い呼吸を繰り返す。走り回って温まった体の中から、いつもよりも濃い色の白い息がたくさん出てきていた。

 

「あー、たのしかった」

「たのしかったー!」

 

 ユーリが満足げな顔で言う。チトもそれに同意だった。こんなにはしゃいだのはいつぶりだろうか。

 

「あっつ……」

 

 動き回ったせいで全身が沸騰するかのように熱を帯び、少しばかり汗が流れる。冷たい風がチトの肌に触れる度、心地よい冷たさが体を包んだ。

 

「ねぇ、ゆこちゃん。ゆこちゃんの居た場所ってどこなの?」

 

 ふとした様子でユーリが聞いてみる。チトは少しばかりユーリに事の展開を任せてみることにした。

 

「……ここ」

 

 少しの間を置いたあと、ゆこは口を開いた。ここ? ここと言うことは、このなにもない雪原からゆこはやって来たと言うのだろうか? しかし、家族がいるといっていたが、その姿はどこにも見えない。集落らしきものもだ。

 

 しかし、チトはこの返答で予測を確信に変えた。

 

「……ゆこ、そろそろ本当の事を話してくれてもいいんじゃない?」

「…………」

 

 ゆこは答えなかった。むくり、と立ち上がるとゆっくり歩き出す。チトとユーリもそれに続き、雪原の先端付近に辿り着いて止まると、二人に向き直った。銀色の目がじっと二人の事を見つめた。その目付きは、子供のするものじゃなかった。

 

「ずっと気になってたんだ。どうして私たちの事を知っていたのか。抱きつかれたとき、初めての気がしなかった」

「私も、ゆこちゃんを抱っこしてたときね、なんか懐かしかったんだよね」

 

 ゆこ……いや、「少女」は答えない。じっと二人が確信を突いてくるのを待っているかのように、口を開こうとはしなかった。

 

「お前の行動や話したことをゆっくり思い出して気づいたんだ。弾薬を口に入れたときが決定的だった」

 

 そうだ。そもそも名前を名乗った時点で気づけたかも知れなかった。「ゆこ」という名前を出す前に躊躇ったあの一瞬。

 

 なぜお前はここにいる。海を越えたはずのお前が、なぜ姿を変えてここにいる。

 

「……そうだろう……ヌコ」

 

 少女は小さく笑みを浮かべた。風が吹き、雪が舞い上がって三人の髪の毛を揺らす。二人がほぼ同時に瞬きをした刹那。少女の姿は消えていた。

 

『……ヌイ』

 

 気づくと、聞き覚えのある歌が流れていた。どこか悲しいような雰囲気を持った歌。そう、これは終わりの歌だ。

 

 少女が立っていたその場所。そこに見覚えのある白い奴が居た。

 

「……大きくなったね、ヌコ」

 

 ユーリが嬉しそうに言う。最後に別れたときよりも体は大きくなり、小さな子供と同じくらいの背丈になっているようだった。もう首に巻くことも、頭に乗せることもできないだろう。

 

『ごめんなさイ』

 

 随分と流ちょうになった口調でヌコは謝った。ああ、中身も大きくなったんだなとチトはなんとなく思う。

 

「なんで謝るのさ。ビックリしたよ、そのままの姿でも会いに来てくれたらいいのに」

『それができなかっタ』

「どして?」

『私たちと人間は、必要以上に関わってはいけないかラ。本当は会いに行くのもだめだっタ。でも、私は二人に会いたかった。だから姿を変えて会うことにしタ』

「だからあの女の子に」

『そウ』

 

 ヌコは寂しそうな声で言った。その声を聞いてチトはまだなにかあると察する。

 

「ヌコ、ならなんで私たちに姿を見せたんだ? 必要以上に関わってはいけないんだろう」

『……モし、二人に気づかれても、私の事を忘れるから』

「忘れるって、どう言うこと?」

『私って分かったら、二人の記憶がなくなる。私と会った昨日から今までの記憶が』

「そうか。つまり、私たちがヌコに気づいたら記憶を消して、なかったことにするってことか」

『ソう』

「でも、それが分かっているのに、なんで私たちが感づくような事を?」

「きまってるよ」

 

 ユーリの言葉に、チトは隣を見る。少し寂しそうな顔をしたユーリがヌコをじっと見つめていた。

 

「正体を隠して会っても、それじゃはじめましてと同じだよ。それだとせっかく会いに来たのに寂しいに決まってる。だから私たちに気付いてほしくて、わざとヒントを出したんだよね」

『……うン』

 

 たとえ一時だとしても。無かったことにされたとしても。ヌコはもう一度行きたかった。あの心地よい空間に。優しかった二人の所に。だからヒントを与えた。気づいてほしくない反面、気づいてほしかった。

 

『それに、どうしてモ言いたいことがあった』

「なーに?」

『ユーは、お別れの時私に仲間がたくさん居るって言った』

「うん。人間はもう私たちだけかもしれないからね。羨ましいって思ったよ」

『でも、私はそうは思ってなかっタ。私に取っての仲間ハ……ユーとチトだから』

「えへへ、照れちゃうなぁ」

 

 頭をぽりぽりとかくユーリを見て、心なしかヌコが微笑んだように見えた。チトは想像以上に自分たちを思ってくれていたことが素直に嬉しくて、反面この会話が記憶から消えてしまうのが寂しかった。

 

『ユー、抱っこしてくれてアリガトウ。温かかった』

「ヌコも温かかったよ」

『チト。気づいてくれてアリガトウ。そのおかげで、はじめましてで終わらなかった』

「うん。私もまた会えて良かったと思う」

 

 ヌコの首元が、ぺりぺりとめくり上がる。ああ、もう一人で飛べるようになったのかと、成長した我が子を見たような気分になる。二度目のお別れの時間だ。

 

『雪合戦、楽しかった。二人にまた会えて、本当に良かった』

「私もだよ。ヌコ、元気でね」

「あっちの仲間とも、上手くやれよ」

 

 バサリ、とヌコの傘が風を吸い込む。気づけば曇り空の隙間から、太陽の光が差し込んでいた。

 

『さよなら』

「ばいばい」

「いつか、またどこかで」

 

 ふわり、とヌコが舞い上がる。まるで本の中で見た天使のような優雅さで、ゆっくりと風に乗って上昇していく。

 

 チトとユーリは、ヌコが空の彼方に消えるまで見守り続けた。ゆっくりと、しかし着実に遠くなる仲間の姿に、胸がきゅう、と締め付けられる。

 

 そんなチトを察したのか、はたまた同じ気持ちだったのか。ユーリがチトの手を握ってきた。ああ、そうだよな。きっと私たちは同じ気持ちなんだ。

 

「……また、会えたりしないかな」

「さぁな。でも、今日のことを忘れても、私たちはヌコのことは忘れないだろう」

「そだね」

 

 ヌコが雲の隙間に消える。まるでそれを待っていたかのように、しんしんと雪が降り始めた。

 

 

 

 

「ユー、行くぞ。さっさと乗れ」

 

 ケッテンクラートのイグニッションスイッチを押し、チトはスロットルを回してエンジンの具合を確かめる。

 

「……ねぇちーちゃん。私たちなんでここにいるんだっけ」

「何でって、上層に行くために立ち寄っただけだろ」

「うーん、そうなんだろうけど、なんか忘れてる気がするんだよね」

「何かって……いや、でも確かになんかもやもやするな」

「だよね。なんかここで、誰かと会ったような……誰かと少し旅をしていたような」

「誰かが後ろにいたような……」

「……ヌコ」

「え?」

「………いや、なんとなくヌコのこと思いだしただけだよ。あいつ今どうしているのかな」

「仲間たちと一緒に、それとなく上手くやってるだろ」

「そだね。よっと」

 

 ユーリがケッテンクラートの荷台に乗り、大きく伸びをする。チトは乗車を確認し、クラッチを踏んでスロットルを捻り、発進させる。

 

「さってと、今日も上を目指しますか」

「安全運転でよろしくー」

 

 階層都市上層部。そこで起きたことは神に等しい存在と、雪によって真っ新な状態にされた。

 

 そこで起きたほんの少しの再会と、別れを知る人間はもう居ない。

 

 それを唯一知るこの地球でさえもいずれは眠りにつき、その記憶を閉じるだろう。

 

 ありがとう、私の大切な仲間。家族に等しい存在、チトとユーリ。

 

 どうか二人が、最後まで一緒に旅を続けられますように。

 

 ヌコと呼ばれたその存在は、静かに願った。

 

 

 

 

 了

 



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