ツイッターで流行ってたぶちギレユーリの甘口バージョンです。でもそんなに怒ってないのでエグくはないです、ご安心を。

そろそろネタが減ってきたかなと思ったら、減ってなかったです。終わるまで終わらないよ。

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親愛なる同士へ

「……どこなんだここは」

「何も見えないね」

 

 ケッテンクラートに乗って旅を続けるチトとユーリは、都市を走行中に突如として真っ白な霧に包まれてしまった。見渡す限り白、白、白。ユーリがぐるりと首を回しても、自分の足と三八式小銃、ケッテンクラートの荷台、進行方向側を向けばチトの丸っこい頭しか見えなかった。

 

「道は続いてるけど、どこかに穴とか裂け目とかあったら危ないし」

「ゆっくり進むしかないよねー」

「一応、今地面に白い線が見えるから、いざとなればこれ辿って戻ればいいけど」

 

 ユーリが体の向きを変え、地面を見てみると白い線が見えた。それは霧の中まで延々と続いており、時折矢印のようなマークも現れる。

 

「道案内かな」

「どうだろ。でも矢印みたいなのが時々出てくるから、本当に道案内なのかも」

「どこに行くんだろうねー。食べ物あるかな」

「あったらいいんだけどね」

 

 トトトトト、と真っ白な世界にケッテンクラートの音が響く。まるで死後の世界のようだと、ユーリはふと思う。

 

「ん?」

 

 チトが何かに気付き、ブレーキをかける。ユーリはどしたの? と聞こうとしたが、チトが首を上げていることに気がついて同じ方向を見て納得。

 

「トンネルだ」

 

 霧に混じってうっすらと、まるで大きな口のようなトンネルが目の前にそびえていた。ユーリが降りて確認してみると、幅はケッテンクラートが二台並んで入れるくらいの広さを持っていた。

 

「どする?」

「まあ、行ってみよう。これも何かの縁かもしれない」

「神様のお告げってやつ?」

「どうだろう」

 

 がこん、とチトはギアを入れる。ユーリは三八式を手に取ると、警戒しながら先導していく。真っ暗なトンネルに、ケッテンクラートのヘッドライトが一筋の光を作る。

 

 かつんかつんとユーリのブーツの音とケッテンクラートのエンジン音が反響する。地面に描かれている白い線は、トンネルの奥まで続いていて、まるで吸い込まれそうだった。

 

「あ」

「出口?」

 

 少しして、トンネルの出口が見えてくる。外なのかどうかわからないが、まばゆい光が二人を迎えていた。

 

「……おお」

「これは」

 

 二人がトンネルを抜けた先は何かの建物の中だった。天井を見上げれば太陽のように眩しい照明が二人を見下ろしている。霧がまだ立ち込めていて、周囲がよく見えないが首を回して状況を確認してみる。

 

「あれ、これって」

 

 ユーリが何かに気付いて少し先に進み、しゃがみ込む。チトも見失わないようにとユーリの背中を追いかける。

 

「どうしたの」

「これ、機械だよね。死んでるけど」

 

 ユーリが指さす先には、穴だらけになって動かなくなった機械がそこにあった。

 

「本当だaっていうかいっぱいある」

 

 霧が少し和らいだのか、視界が広くなっていた。見回すとあちこちに同じ形をした機械たちが転がっている。しかも多くが大きな損傷を受けたような形跡を持っていた。

 

「なんだろうね、喧嘩でもしたのかな」

 

 ユーリが少し先に進んで探索を続行する。チトもはぐれないようにユーリの背中を確認しながら進む。すると。

 

「ユー、これ!」

 

 チトがあるものを発見して声を上げる。ユーリは足を止め、チトが見下ろしている目先を追いかけた。

 

「ちーちゃん、これって」

「……ああ。弾痕だ」

 

 二人は同時に背中を合わせて周囲を警戒する。気づくと霧がゆっくりと晴れていき、周囲の全貌が明らかになっていく。弾痕があるということは、誰かがここに居て、発砲をしたということだ。

 

 じりじりと霧が消えていき、二人は警戒心を最大レベルにして周囲を観察する。その先に待っているのはすさまじい戦闘が起きた廃墟か、はたまた違う何かか。どちらにしても、何者かがここで兵器を使ったのは間違い。そして、地面まであった白い壁がすべて消えた。

 

「……え?」

 

 その先の光景に、チトは声を漏らす。視界には自分達が持っていたイメージとは違う、緑色の地面でいっぱいだった。チトとユーリは思わずぽかんとしてしまう。だがチトは止まりそうな思考を再始動させ、緑色の地面の正体を確認する。よく見るとそれは、様々な形で見たことがあるものだった。

 

「ちーちゃん、これって植物だよね」

「うん。それも」

 

 チトは目の前にあった植物に触れてみる。生々しい感触、寺院でみた金属で出来た植物とは全く違う。思わぬ植物たちの登場に、二人の警戒心は吹き飛んでしまっていた。

 

「本物……だ」

「本物の植物……ってことは、食べられる!?」

「よだれを拭け。一概に植物と言っても、食べられないものもあるぞ。毒を含んでいる物もあるらしい」

「毒でも慣れたら食べられるんじゃない?」

「……お前なら本当にそうなりそうな気がする」

「あ、ちーちゃんあの色のついた綺麗な奴は食べられるかな」

 

 ユーリが指さす方向を見ると、色とりどりの植物が一面に咲いていた。

 

「あれは花だな。植物の一種だ」

「食べられる?」

「食べられない。主に観賞用や贈り物として育てられてたらしい」

 

 通路らしき道を二人は歩き、花が咲いている場所へと近づいていく。すると、何やら機械の作動音らしき音が聞こえてきて、眠りかけていた警戒心が叩き起こされる。チトは身構え、ユーリはチトの前に立ち塞がってライフルを構えた。

 

「……機械たちだ」

「うん。何してるんだろう」

 

 花壇の中を複数の機械たちが動き回っていた。以前魚の生産施設で出会った機械とは違い、平べったい見た目をしており、花の上を覆うようにして歩いていた。どうやら腹部から水をかけているらしい。園芸用の機械と言ったところだろうか。

 

「魚のところの機械と同じ感じってこと?」

「ああ。喋れるかは分からないけど……あの、そこの機械さん?」

 

 チトは一番近くにいた機械に声をかける。すると、機械は足を止めてチトたちの方に振り向き、首をかしげるような仕草をしてしばし沈黙。その後、再び進行方向に向き直って歩きだした。

 

「喋れないのかな」

「かもね。前に見た大きい方の機械も人語は話せなかったし」

 

 機械への興味を無くした二人は、目線を落として花壇に植えられている花に目を向ける。荒廃した都市のコンクリート色を飽きるほど見た二人に取って、この色とりどりな花たちは新鮮だった。

 

「綺麗だね。この花は真っ赤だ」

「こっちは同じ形だけど黄色いな」

「なんかいい匂いがする」

「花の香りってやつだ。昔の人は花の香りを楽しんだりもしたらしいよ」

 

 花びらに顔を近づけて、すんすんと匂いを嗅いでみる。甘いようなとろりとした香りが鼻孔を満たしていく。

 

「……うん。いい香り。写真撮っておこう」

 

 ぱしゃり、と一枚撮り、続いて隣の花にレンズを向けてシャッターを切る。撮った写真を画面で確認してみると、カラフルな写真が次々と現れて、少しチトは上機嫌になる。

 

 一方、ユーリは花をしばし触ったり眺めていたりしていたが、腹の虫が騒ぎ出したのでそれどころではなくなり、本能のままに一言こぼす。

 

「お腹すいたなー」

「ったく、まだ大して探索してないってのに」

「やっぱりこの花って食べられるんじゃない?」

「食うなって言ってるだろ」

 

 とは言うものの、チトはまだ自分達が食事をしていないことを思いだした。出発してからそろそろ昼時か、と言うところで霧に包まれてしまったから、ユーリはお預けを食らっていたことになる。道理でさっきから食べ物の話ばかりをすると思った。

 

「じゃあ、ここでご飯を食べようか。それから探索を再開しよう」

「わーい!」

 

 

 

 

 施設内でベンチを見付けた二人は、今日の分のレーションを食べながら花壇を眺めていた。

 

「お花を見ながらのレーションも乙なものだね」

「うーん、うまうま」

「もしかして、これって花見っていう奴かもしれない」

「はなみ?」

「うん。昔の人は花を見ながらご飯を食べたとかなんとか」

「なんでそんなことするんだろう?」

「景色見ながら食べるご飯が、美味しく感じたりするだろ。そんな感じじゃないかな」

「まぁ、おいしいご飯ならどこでも食べても美味しいだろうね」

 

 はむ、とレーションを口に入れてユーリは幸せそうな顔をする。そうだろうなとチトは水を飲み、ふと地面に目を向ける。

 

「……ん?」

 

 そこにはまた弾痕があった。チトはそれを注意深く見てみる。ユーリの三八式とは違う口径なのは間違いない。だが、よく見ると痕跡そのものが経年劣化していて、発砲されたのは相当古いものであることが考えられた。

 

「この弾痕さ、相当昔のやつみたいだ。人の気配もしないし、たぶん私たちしか居ないと思うよ」

「そだね。居たらとっくに顔出してるだろうし」

「食べ終わったら、手分けして探索してみよう。この施設はそこまで広くないし、お互い目の届く範囲にいられそうだし」

 

 そういうことで、二人は手分けして周囲の探索を行うことにした。花の手入れをしている機械たちを横目に、施設内の通路を一周してみることにする。通路の構造は外周を丸く囲むように作られ、その中にいくつかのルートに分かれている様だった。

 

「でもまぁ、複雑な構造や障害物があるわけでもないし、いいか」

 

 まずは外周をぐるりとしてユーリと合流。その後中心付近に続く通路を探索し、その後自由行動へと移る。その結果食料などは置いていないようで、その他使えそうなものも無さそうだった。

 

 チトは改めて施設内を見て回ると、花壇にはいくつか花が咲いていない箇所に気づく。その箇所は植物の残骸らしいものが転がってる以外は、ぽっかりと平らな土が広がっていた。

 

(やっぱり完全に保存することは出来ないのか。それでもこれだけの花や植物が生き残っているのはすごいことだ)

 

 それに、この施設内は暖房が効いているのかとても暖かかった。暖気以外は基本雪に覆われているこの世界は、今や植物が自生するには厳しい環境だ。この場所がもしかしたら、花たちが生きる最後の楽園なのかもしれない。

 

「ん?」

 

 周囲を見回しながら歩みを進めると、またも機械の残骸に遭遇する。やはり損傷が激しく、残骸が散らばっているものが多い。それに弾痕もあちこちに見受けられる。

 

(綺麗な場所なのに、なんでこんな機械たちが壊れているんだろう。発砲した形跡もある)

 

 花を管理する施設でなにが起きればこんなにも機械が壊れるのだろうか。チトはしばし残骸を眺めて考えてみる。チトが見つけた機械は銃火器のようなもの装備されており、薬莢が転がっている。仲間割れでも起こしたのだろうか?

 

 チトは色々な仮説をたててみるが、点と点がまったく結び付かず、唸りに唸ったあと、ダメだと考えるのをやめた。

 

「わかんないなぁ」

 

 考えることを諦め、チトの興味は綺麗に咲いている花たちへと向く。さっき見たのとは違う形の花が咲いていた。頭を使って少し疲れたことだし、じっくり見てみるのもいいかもしれない。

 

(あ。あの花可愛いかも)

 

 花壇に近づき、気になった白い花を見てみる。足元をよく見ると随分と、文字が擦り切れていたが、「ゆり」と書かれた看板が転がっていた。

 

「ゆりっていう花なのか。こいつ可愛いな」

 

 一枚写真を撮り、匂いを嗅いでみると、芳醇な香りが花を突く。うん、この香りは好きだ。色も多彩で見るのに飽きない。

 

 チトは花をスケッチしようと日記とペンを取り出して、じっと百合の花を観察しながら今日起きたことを書き連ねる。

 

「霧のなかを車輌で進んでいると、広いトンネルを見つけた。中を進んでいくと、花を育てる施設に入った、っと」

 

 ある程度内容を書き終えて、花のイラストを書き始める。さらさらと慣れた手つきで書き上げるとついでにお腹を空かせたユーリの顔を書いて完成した。

 

「……あ。あの花」

 

 チトの目線の先、百合の花のさらに向こう、花壇の中心部に咲く花が目に入った。紫色の小さな花びらが咲いている。本能的に一番好きかもしれないと感じ、名前がわからないかと周囲を見回す。

 

「……みやこわすれ?」

 

 近くに、チトの気になった写真が張られた看板が落ちていた。そこには「みやこわすれ」の文字。変な名前だと思ったが、しかし可愛らしい花びらがチトの目を引く。もう少し近くで見たいと思い、少し申し訳なかったが百合の花を踏まないように花壇のなかに入り、中心部を目指す。

 

「いいな、これ」

 

 百合と比べて小さい花弁ではあるが、その分密集して咲き乱れているため、違った意味で圧巻だった。

 

 チトはこの花もスケッチしようと日記を取りだして書き連ねる。ただ、背の低い花のため、いかんせん見辛かった。

 

(……一本だけ持っていっちゃダメかな)

 

 貴重な花ではあるが、結構な本数が咲いていることだし、一本引き抜いてもいいだろうかと言う声が囁く。それに水の入った容器に浸せばしばらく持つかもしれないとチトは考え、手近にあったミヤコワスレを一本丁寧に引き抜いた。

 

 それが間違いだった。

 

 花を近くで見ると、やはり綺麗な紫色をしていてチトはうっとりと笑みを浮かべてしまう。可愛いな、そう思いながらスケッチを再開しようとしたときだった。

 

「ん?」

 

 気づくと一台の機械がチトの目の前にいた。それは園芸用の物とは違い、それがあの大量に壊れていた機械達と同じ型であるとすぐに気がついた。

 

 何かあるのだろうか? そう思った瞬間、チトの顔面にスプレーが吹き付けられ、それを吸い込んだ直後チトの喉に焼けるような激痛が走った。

 

「がっ……うぐっ!?」

 

 一体何が、と思う暇もなく、今度は目に激痛が走り、あまりの痛さにチトは悲鳴をあげて地面にた折れ込んだ。

 

「うあああああーーーーっ!!??」

 

 いたい、いたい、いたいいたい! なんだこれは、目が開けられない、開けようとしたら数千本の針が突き刺さってくるように痛い。それどころか瞼を閉じていても突き刺さってきているのではないかと錯覚する。

 声を張り上げたせいで酸素が失われ、再度呼吸しようとすると焼けるような痛みが更に増した。できない、息ができない。なんで、なんで。助けて、怖い。

 

「あぐ……うっ、げぇっ……っか、はっ」

 

 逃げなきゃ。ユー、ユーリ。助けて。痛い、痛い、前が見えない、なにも見えない。

 

 チトはどうにかしてその場から離れようと、地面を這いずり回る。どこでもいい、ここから逃げないと。次はなにをされるのかわからない。

 

 顔一杯に手を広げて押さえたくて仕方なかった。けどどうにかして動かなければ、次なにをされる分かったものではない。ひたすら叫びをあげたくて、のたうち回りたかったチトは死の概念を感じながら、どうにか手を伸ばす。

 すると、植物の感触が手を包んだこれはきっと百合の花だ。ここを突っ切れば花壇から出られる。右手、左手と手を伸ばす。

 

「っ!?」

 

 その直後、背中に重い何かがのし掛かる。駆動するモーター音と間接の音、攻撃してきた機械がのし掛かったのだとすぐに気づく。

 

「げっほ、やめっ、はなしてぇ……」

 

 チトが激痛の中からどうにかして蚊の鳴くような声を絞り出す。だが機械は聞こえてないのか聞く気はないのか、チトの上から離れようとしない。するとバチバチと音が聞こえてきた。この音、電気が流れるのに似ている気がする。まさか。

 

「ああああああっっ!!!」

 

 チトの体を電流が突き抜けた。体内の有りとあらゆる器官と神経が悲鳴をあげる。叫び声を上げたせいで喉と目の激痛が一層増した。

 

(なんでっ、電撃……!? 私、そんなにわるいことなんて……)

 

 激痛でパンクしそうな頭はすべてを忘れたそうにして自分の弁護に入る。なぜこんな目に遭うのか。自分はこんな目に遭うほど悪いことをしたのだろうか。花を一本引き抜きはしたが……。

 

 そこでチトはまさかと思った。激痛で動けないのに頭だけが究極的な活性化をしていた。

 

 大きく損傷して壊れた機械たち、あちこちにある古い弾痕、所々植物が消えている花壇。花を抜いたら襲ってきた機械。すべての点と点が、線で結ばれた。

 

「ひぐぅうぅううう!!」

 

 だが、続けて二度目の電撃が体を突き抜ける。ただでさえ目と喉が焼けそうなのに、体まで燃えるように痛い。チトの思考は再び激痛でぐちゃぐちゃにされてしまう。

 

「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさい! 私が、悪かったからっ……!」

 

 言葉が通じるかは分からない。とにかく自分はしてはいけないことをしてしまったのだと気づき、どうにか声をあげて謝る。しかし、機械の反応は変わることなく、またバチバチと電流を準備する音が聞こえる。来る、もう嫌だ! チトが恐怖した刹那。

 

 パァン! 甲高い銃声が響き渡る。チトの背中にあった重量が消え、唯一無二の相棒の声が鼓膜を叩いた。

 

「ちーちゃん!!」

 

 痛みをこらえ、目をこじ開ける。涙が大量に流れた視界の向こうから、全速力で走ってくるユーリが見えた。

 

 

 

 ユーリは何が起きたのか理解できなかった。突然チトの悲鳴が響き渡り、目を向けるとチトが地面をのたうち回り、逃げようとしていたところを機械が圧しかかっていた。その直後、チトの悲鳴が上がる。間違いない、チトは何かしらの攻撃を受けているのだ。

 

 認識を完了する前に、ユーリは飛び出していた。背中に背負っていたライフルを取り出して初弾を装填。一瞬ここから撃ち抜こうとしたが、少しばかり背の高い植物が邪魔してチトの姿が見えなかった。

 

 舌打ちをして植物を飛び越える。見えた、チトの姿。その刹那二度目の悲鳴が響く。もう我慢ならなかった。

 

 チトにのし掛かってる機械に向けて発砲。横っ腹を撃ち抜き、ぐらりと機械がチトの元から離れる。

 

「ちーちゃん!!」

 

 ユーリはコッキングして機械を確認する。チトから離れた機械は、驚いたことに直撃を受けたにも関わらず立ち上がった。機械の横腹には穴こそ空いているが、致命弾には至っていないようだった。

 

(固い、でも!)

 

 機械がユーリの方を向く。対象をチトから変更したのだ。それでいい、チトから少しでも距離を離せればいい。一撃で止まらないのなら、何度でも銃弾を撃ち込むまでだ。

 

 機械がチトに向けたスプレーをユーリに向ける。その手は食わない。どんなに固い装甲でも、間接と言うものが存在しているのであれば簡単だ。

 

 機械の前足に素早くサイティングして発砲。間接部分を完璧に撃ち抜き、バランスを崩した機械は地面に倒れ込む。だが残った足を上手く使って立ち上がろうとする。しぶとい奴め。

 

「こ、のっ!」

 

 今度は後ろ足の間接を撃ち抜く。ガクンと機械が再び地面に伏せる。立ち上がろうともがくが、バランスが保てずにいびつな動きを繰り返す。ユーリは機械の上に飛び乗ると、背中に向けてゼロ距離で発砲する。やはり貫通までには至らない。間違いない、この機械は兵器に準ずるものだ。

 

 だが、穴が開けばもう終わりだ。ユーリは三八式の銃口を穴のなかに押し込み、発砲。弾頭が剥き出しになった配線や基盤を引き裂く。コッキング、だめ押しの五発目を発砲。頑丈な装甲が災いし、内部で弾丸がシェイクされ、有りとあらゆる維持装置を破壊し、それが致命弾となった。

 

 機械がギギギ、とまるで断末魔のような音を立て、がくりと首が垂れ下げ、動かなくなった。

 

 

 

 

「ちーちゃん、大丈夫?」

 

 チトを救出したユーリは、ひとまず通路まで戻って手近なベンチにチトを座らせて手当てをする。どうやら催涙スプレーを吹き付けられたようで、しばらく涙が止まりそうになかった。

 せめてもの応急処置で、タオルを水筒の水で濡らし、チトの顔を念入りに拭いてあげた。

 

「っつぅ……まだちょっとヒリヒリするけど、大分よくなった」

「体は?」

「平気。でも電撃はきつかった」

 

 そう言ってチトは再び目にタオルを当てて痛みを和らげようとする。すると、複数の機械の音が近づいてきて、ユーリは一瞬で警戒モードに入った。

 

「こいつら……」

 

 ライフルを構えた先には、園芸用の機械たちがずらりと並び、まるで花壇に立ち入ることを防ぐかのようにチトとユーリのことを睨んでいた。

 

「まだやるなら……」

 

 ユーリが攻勢に出ようと身構える。それを見たチトは慌てて手をかざして制止した。

 

「まって、ユー! 悪かったのは私の方なんだ!」

「えっ?」

「ここは花を管理する施設、それは間違いない。だけど、この世界で貴重になった花を盗み出そうとして沢山の人間が来たんだよ。そいつらから花を守るために、機械たちは今までずっと戦ってきたんだ」

 

 それが二人の見てきた穴だらけの壊れた機械や、古い弾痕、所々植物のない花壇の全ての理由だった。花を持ち帰ろうと何人の人間が訪れ、そして機械と人間の戦闘が起きた。穴だらけの機械は銃弾を撃ち込まれ、その超弾が地面に何個も突き刺さり、花が植えられていない土は持ち去られてしまった箇所だったのだ。

 

 機械たちは、そんな人間から花を守るために何度も戦い、個体を失い、しかしそれでもチトとユーリが来るまで花を全て奪われずに守り抜いてきたのだ。

 

 恐らくチトを攻撃した個体こそ、最後の警備機械だったのだろう。その証拠に、それ以降増援が来ることなく、園芸用の機械たちが立ち塞がっていると言うことは、攻撃手段を持たずしても、身を呈して花たちを守ろうとしているのだ。

 

「私が、一本だけ花を抜いちゃったから……だからあの機械が私のことを攻撃したんだ。花を守るために……」

 

 だから花を潰してしまったときにも再度攻撃を受けたのだ。花を荒らそうとするものは許せなかったに違いない。そして、ユーリもチトに危害を加えた機械が許せなかったのだ。

 ユーリはライフルを下ろして機械たちを見る。機械たちは何も喋らない。喋らないが、ここから先は絶対に通さないという確固たる意思を感じた。

 

「ユーが私のことを助けようとしたように、機械も花を助けようとしていたんだ。ただちょっとだけ意思の疎通ができなくて、勘違いをして……それで、こんなことになったんだよ」

「…………」

 

 ユーリは何も言わなかった。銃を下ろし、ただじっと花を守ろうとする園芸用の機械たちを見下ろす。お互い大事なものを持っている共通の存在だったのに、ほんの少しの知識不足と勘違いでどちらかを滅ぼすことになってしまった。自分がやり過ぎなければ、この機械たちはもっと安心して花を育てられたに違いない。

 

「……ごめん」

 

 ユーがか細い声で機械たちに言った。理解できているのか、理解しても聞き入れたくないという意思があるのかは分からないが、機械たちは変わらず花壇への立ち入りを阻止していた。

 

「ユー、行こう。ここにはもう私たちが居てはいけないよ」

「……うん」

 

 

 

 

 ケッテンクラートまで戻り、トンネルを走り続けると霧が消えており、視界が戻っていた。出口までたどり着き、自分達が霧の中走った道路を見てみると、霧を発生させる機械がずらりと並んでいた。

 

「きっと、あの霧もここを見つからないようにするためだったんだろうね」

 

 チトは車輌を停止させ、トンネルを振り替える。古代文字で施設の名称が書かれているが、読めなかった。

 

「……ねぇちーちゃん」

 

 ユーリが荷台で呼び掛け、チトは返事をする。表情こそいつものユーリだったが、どこか決心付いたような目をしていた。

 

「このトンネル、塞いじゃおうか」

「え?」

「もう世界にどれだけ人が残っているか知らないけどさ。少なくとも、ここを崩しちゃえばもう人は入ってこれないでしょ。その方が、あの機械たちも安心して花を育てられるよね」

 

 きっと、あの機械たちは今後も花を育て続けるに違いない。どんなに仲間が倒れても、どんなに花が減っても、最後の最後まで育て続けるに違いない。

 なら、もう外部との接続を遮断してしまった方がいいのかもしれない。そうすれば、あの機械たちは何にも怯えることなく、花を育て続けることができるのだから。

 

「……そうだな」

 

 チトはユーリのやりたいようにさせてやろうと、爆薬の使用を承諾した。黙々と爆薬を準備するユーリの背中をじっと見守る。きっと、これはユーリなりの責任の取り方なのだ。

 

「ちーちゃん、これお願い」

 

 ユーリが爆薬の準備を終えてチトに手渡す。ああ、とチトは受け取り、設置を開始する。トンネル内部の上下左右に張り付ける。これで連鎖的に崩落が起きるはずだ。

 

「終わったよ」

「ありがと」

 

 チトは起爆装置を取りだし、ユーリに手渡そうとする。しかしユーリはそれを受け取らず、少し待ってほしいと言うとリュックからナイフを取り出した。

 

 ナイフを手にもったユーリは、トンネルの目の前まで歩み寄る。何をするんだ? チトがそう思ったすぐ後、ユーリは髪の毛をまとめ上げると、ナイフでバッサリと自分の髪の毛を切り落とした。

 

「ユ、ユー!?」

 

 はらり、と半分にまで減ったユーリの髪の毛が風に揺れる。ユーリは右手に握っていた自分の髪の毛を、トンネルの中に流す。まるでそれを吸い込むかのように、髪の毛は風にのってトンネルの中へ消えていった。

 

「おじいさんが言ってたんだ。誰かを弔うときは、髪の毛を際出したりするって」

「ユー……」

「だから、あげる」

 

 それがユーリの責任の取り方だった。チトはユーリの思いを受け止める。そうか、おじいさんからそんな話を聞いていたのか。

 

「いくよ」

 

 トンネルから離れ、ユーリは起爆装置を受けとる。チトはケッテンクラートの影に隠れるが、ユーリは立ったままだ。崩落の様を、その目に焼き付けるために。

 

 起爆。信管が作動し、火薬が一瞬で弾ける。轟音、轟音、また轟音。爆風がトンネルから飛び出し、ユーリを包み込む。

 

 トンネルからコンクリートが軋む音。がらがらと悲鳴を立てて崩れていく。周囲を土埃が包み込み、やがてそれが晴れるとトンネルは壁に変わっていた。

 

 ユーリは最後までそれを見守り続けた。どんな爆風が来ても、土埃が体を包もうとしても、決して目を離すことはしなかった。

 

 それが、守りたいものを守ろうとした同士へ払う最大の敬意だった。

 

 

 

 

 

 トトトトト、とケッテンクラートは走り続ける。ユーリはいつものように荷台に乗り、空を見上げている。チトは少しばかり静かになった荷台に違和感を感じつつも、ユーリの気持ちを重んじて必要に話しかけることはしなかった。

 

「……ねぇ、ちーちゃん」

「どうした」

「あのさ…………」

 

 なにかを言いたそうに呼吸を繰り返すユーリだったが、上手く言葉にできないのか、それ以上口を開くことができなかった。きっと、普段使わない頭で精一杯なにかを伝えようとしているのだろう。チトは優しく話しかけた。

 

「無理に言葉にしなくていいよ。そうやってたくさん悩んで、考えて、言葉にできるようになってから言えばいい。ユーはそういうの苦手かもしれないけど、だからこそ今はジタバタしてるのが一番だよ」

「……ありがと」

 

 ほんの少し、ユーリの声が軽くなった。よし、なら大丈夫だ。チトは生涯を共に過ごしてきた相棒の成長を喜びつつ、ケッテンクラートのスロットルを捻り、景気よく速度を上げていった。

 

 

 

 階層都市某所。そこには世界最後の花の楽園があった。しかし、その楽園へと続く道はもう残っていない。

 

 

 

 

 そこには己の使命を全うし、花を守り続けた彼女の「同士」たちの墓標がひっそりと佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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