「千佳の大砲を受けた? バカじゃないの?」
小南の言葉のスコーピオンが胸に突き刺さりそのままグリグリと抉られる。それくらい彼は傷ついた。あの後、色々と試したが千佳の人が撃てないのは治らず、秀一が煤だらけになるだけだった。あの調子では、試合でも人に向けて撃つ事はできないだろう。千佳は落ち込んでいたが、その事について遊真も彼も気にしていなかった。
「あのほうげきをうけるとか……しゅういちはマゾなのか?」
と言っても、傍から聞けば呆れかえる話で、林藤陽太郎がレイジの作った料理を食べながら思わず放った言葉は、皆の心中で浮かんだ感想と全く同じものだった。言葉のレイガストが秀一を滅多切りにする。
「でも心配するな。こうはいがマゾでも、おれはきにしないぞ」
「子どもが生意気言ってんじゃないの!」
陽太郎の頭に軽くチョップをかます小南。そんな光景を見ながら、彼はまだ慣れないな……と一人思った。
こうして皆で食卓を囲う前に、秀一は玉狛支部の一員である一人の少年――林藤陽太郎と出会った。雷神丸と言う名のカピパラの背に乗って訓練場に現れた時は酷く驚いたものだ。そんな秀一に構わず、彼を見た陽太郎は一言。
『ほう……新人か』
先輩風を吹かそうとしたのか、偉そうにそう言う彼に千佳と遊真は笑っていた。彼らもまた、この玉狛支部にやって来た時に同じような反応をされたからだ。
子どもは素直と言うべきか、陽太郎はすぐに秀一を受け入れ玉狛支部について色々とレクチャーしていた。既に迅たちに案内された後だが。しかし秀一は文句を一言も言わず陽太郎の言葉を聞き続けた結果――陽太郎の正式な後輩となり今に至り……つまり懐かれたということだ。
「しゅういちはマジメな奴だからな。おまえのがんばりは、おれが分かっている」
……時々、子どもの無垢な言葉が彼の心に優しく響いた、というのもあるが。
彼もまたチョロかったのである。
「それで、結局どうするつもりだ?」
「う~ん。オサムとも今度話す予定だけどこのまま行くつもり」
レイジの問いに遊真が答える。
不確かな手に頼るくらいなら、彼女にもしっかりと仕事を与えて動いてもらい、エースである遊真と秀一で点を取りに行く事になった。
「秀一くんがうちに入ったのは、なかなか大きいよ。戦う相手によってトリガー構成を変えれるからね!」
「常に弱点を突いていく……いや、加えてトリガー構成が分からないのか」
「相手からしたらウザったい事この上ないわね……」
夏に様々なトリガーをサイドエフェクトを使って練習した結果である。彼のサイドエフェクトがあれば、付け焼刃以上までは仕上げる事ができる。本職の人間には負けるが十分に使える練度まで短期間に上げる事ができる。
さらにもう一つ
その面倒臭さを午後の模擬戦で嫌という程味わった小南は、ウゲッと顔を顰める。
「と、いうわけで。玉狛第一の皆さんには、シュウイチのお手伝いをしてください」
「ああ、分かった」
「はぁ……はいはい」
「時間があればな」
遊真の要請に三者三様に返しつつ――その後も秀一の歓迎会は続いた。
◆
レイジの肉肉肉野菜炒めを食べ過ぎて、少し腹が膨れた秀一は基地の屋上に出て空を見上げていた。街の光から離れているからか、暗闇に光る星が彼の目に綺麗に映り、ほう……っと思わず息を吐く。何となくこうして星を見上げていると、心が落ち着いてくるようだった。
そんな彼を背後から見ている人物が居た。
迅だ。
(……最上さん)
――いや、彼を通して別の人を見ていた。
しかし、それも無理もない。まだ城戸司令が心から笑っていた頃、迅の師である最上宗一は一人屋上から空を見上げて星を見る事があった。その際、何故星を見ているのか聞いた事があるが……なんて言っていただろうか。
「よう。主役が何抜け出してんだ」
そんな事を考えつつ、迅は秀一に話しかけた。
背後から声を掛けられた秀一は、たっぷりと自分の世界で落ち着いてから振り返った。そして、それが迅だと分かると少しだけ安心する。
彼にとって、迅は話しやすい人間だからだ。……初めて会った時はエリートという肩書きに委縮していたが。今はフランクな人、程度には迅との会話に慣れた。
迅はホットミルクが入ったカップを二つ持っていた。今はまだ一月。外に出ると寒い。渡されたミルクを飲むと体の芯からポカポカと温かくなり、白い息が吐き出される。
「星、好きなのか?」
秀一の隣でホットミルクを飲みながら迅が問いかけると、彼は別に……と答える。
元々祖父と猫と共に田舎で住んでいる彼は、夜になればいつも星を見る事ができた。だから、空を見上げて星が見えるというのは彼にとって当たり前であり、特別好きだという訳ではない。
ただ――遠く離れた家族も同じものを見ているのだろうか、といつも思う。
「――それって」
すると、突然迅が驚いた表情を浮かべて秀一の方へと振り返り――。
「……?」
「……いや、何でもない」
しかし、すぐに平静を取り戻して落ち着きを取り戻した――彼の師が昔、同じ事を言っていたことを思い出しつつ。
不意打ちだったからか、彼らしからぬ反応をしてしまった。目を閉じて平常心を取り戻し……本来の目的を果たす事にした。
「……ありがとうな」
突然のお礼の言葉に、秀一が首を傾げる。はて、自分はこのエリートに何かしただろうか、と。その反応は
「玉狛第二になったお前には言っておこうかと思ってな……千佳ちゃんのことだ」
曰く、近界民の狙いを彼女に絞らせて被害を少なくさせるように、迅は暗躍したらしい。結果は大成功……と言うには少ないながらも被害が出てしまったが、おかげで第一次侵攻のような事にはならなかった。
しかし、迅は千佳を囮にした事を気にしているらしい。後日、修にもちゃんと話すつもりなようだが……先にチームメイトである遊真と秀一に伝えたとのこと。
「でも、それでも読み落としがあった――それを補ってくれたのが秀一、お前だ」
そして、千佳を囮にしても尚思い通りに動いてくれない敵が居た。
その敵は、迅の予知とは別の動きをし――結果、死人が出た。もし、その未来通りになっていたらと思うと、彼は自分が許せなかった。
「ありがとう……そして、すまない」
だから、迅の予知をカバーしてくれた秀一にお礼を言いつつ、チームメイトに酷い事をしたことを謝った。……いや、実際はもっと別の所で責任を感じていたのかもしれない。
秀一を前にして
そして、その話を聞いた秀一は――なんて答えれば良いのか分からず悩んだ。
あの第二次近界民侵攻は、彼にとっても苦いものになった。己の力不足を痛感し、だからこそA級を目指し、勧誘してくれた遊真のチームに入った。つまり、千佳が囮にされていた時には彼はチームではなかったので、そんな自分に頭を下げる迅に酷く困惑した。
……律儀だな、と思った。それと同時に大丈夫だろうか、と思った。
正直、先ほどの話を聞いて彼は迅を責める気にはなれなかった。犠牲者が出たとはいえ、彼の思惑通りに事が進み被害は最小限に抑えられたからだ。だからこそ、現場に居た自分の至らなさに腹が立ち、金目当てで何となくでボーダーをやっていた自分を恥じた。
そんな彼からすれば、迅はとても立派な存在に見える。
それに、エリートと言われている人間に謝られるのは落ち着かない。
――エリートも大変なんだなぁ。
そう思いつつ、彼は立ち上がると屋内に向かって歩き出した。そして、去り際に迅に向かって一言言った。
それは、口下手でぼっちな彼が勇気を持って口にした励ましの言葉。彼からすれば、取るに足らないだろう単語であり……しかし、迅からすれば心に響く言葉。
「……最上さんと同じ事言うんだな」
迅の横を通り抜け、扉の奥へと消えていく秀一を見ながら――迅は、今言われた言葉と昔最上宗一に言われた言葉を思い出していた。
それは、己のサイドエフェクトに苦しみ、全てから逃げ出したいと思っていた彼を勇気づける魔法の言葉。
「――さ~って。後輩に期待されているんだ。おれも頑張らないとな」
いつものような飄々とした態度でそう言うと、迅も屋内に戻った。
夜空に輝く星を背に。
◆
歓迎会が終わり、遊真や千佳とコンビネーションの練習をしたり修のお見舞いに行く事数日。珍しく防衛任務も遊真たちとの訓練も無かった彼は休日を満喫していた。
それも一人で、ではなく。
「よし、焼けたぞ最上。今日は俺の奢りだから遠慮せず食え! お前らもな」
「さっすが東さん! あっ、モガミン。たれ取ってくれ」
現在、彼は東、米屋、出水、緑川と共に焼肉店『寿寿苑』に来ている。街を歩いていた所、ばったりと彼らと遭遇し、東が彼を誘ったのだ。第二次近界民侵攻で活躍したから、とそれっぽい事を言っているが――それは建前で、ここ最近の秀一の
「それにしても、最上先輩凄いですよね。特級戦功ですよ特級戦功」
「そりゃあまぁ、あんだけ大量のトリオン兵……それも新型含めて殲滅して、人型を一体倒したんだからなぁ」
今回の焼肉会に同行した緑川と出水が、感心した様子で彼を誉めた。彼らもまた、東率いるB級合同チームと共にランバネインを倒したのだが、一人でエネドラを倒した彼と比べると見劣りする、と考えているようだった。
それを彼が否定し、米屋が絡む。
「謙遜するなよ! 秀次の奴も褒めてたんだからさ!」
「ほう、秀次が」
米屋の言葉を聞いて反応を示す東。かつて彼を育てた東は、三輪の性格を熟知している。ゆえに、彼の性格を考慮すると秀一を褒めた事が珍しく感じ……その真意を悟った。
(なるほど、そういう事か)
目の前で、秀一に絡み続ける米屋。そしてそれを見て笑って茶化す出水と緑川。普段と変わらないように見えるが――彼らなりに気を使っているのだろう。
彼は、第二次近界民侵攻を経て一時期落ち込んでいた。普段、感情を示さない彼の姿は、ボーダー内でちょっとした噂が流れる程。それだけ注目されているという事であり……それだけ彼が落ち込んでいたという事だ。三輪が秀一を褒めたのもそれを慰める為であり――玉狛支部に異動したと聞いた時は酷く動揺していた。
(初めて見た時は独りかと思ったが――存外繋がりを作っているんだな)
網の上に新たな肉を追加しつつ、東はひっそりと笑みを浮かべた。
心配される、というのは一定以上の信頼関係が無いとできない。秀一がそれを築けている事を嬉しく思ったのだ。
東もまた、秀一の事を気にかけており理由を付けては接していた。例えば狙撃手トリガーの基礎的な扱いや戦術を少々。本当なら戦い以外でも接点を作りたいと考え、しかし秀一の立ち位置や体調、心情を考えて控えていた。
だが、今の彼なら……。
「米屋。騒ぐのも良いが、肉を食べろ。出水たちにどんどん取られるぞ」
「そーだぞ槍バカー」
「げ!? ほとんど食われてる!? 少しは残せよこの弾バカ!」
「目を離すからだ」
「はい、最上先輩。肉取っていました!」
もう少し踏み込んでも大丈夫だろう。
米屋の横で焼けた肉をモグモグと食べる秀一を見ながらそう思い、今度キャンプにでも誘ってみるかと東の頭の中でプランが練り上げられていく。
「ムグムグ……そういえば今日だったよね?」
「あん? 何がだ迅さんバカ」
そんななか、ふと緑川が意味深な事を言う。それに反応した出水が網の上の肉から視線を外し、その隙に米屋がひょいひょいと肉を奪っていく。それに出水が「てめえ!?」と怒鳴るも米屋はどこ吹く風。出水はその顔にイラっとしつつも視線を緑川に移した。
「記者会見だよ記者会見」
「あ~。そういえば今日だったな」
緑川の言葉で思い出したのか、米屋が携帯で日付を確認する。被害状況の確認や、破壊されたトリオン設備の修理がある程度終わったボーダーは、今日一般向けに第二次近界民侵攻で起きた事柄とこれからの事を話す予定だ。この日のために根付が色々と仕込んでいるのだが――一人の少年によって掻き回される事を、まだ知らない。
「……」
「どうした、モガミン?」
少しだけ元気が無くなった秀一に米屋が気づく。肉を食べつつ尋ねると、彼は一言言った。
イレギュラーゲート事件の時を思い出す、と。
その言葉だけで分かったのか、米屋が珍しく眉を顰めた。まるで思い出したくない事を思い出した、みたいな。緑川も心当たりがあるのかムッとし、東も良い思い出と言えないのかため息を吐いた。
唯一、イレギュラーゲート事件の際に遠征に向かっていた出水だけが何のことか分からず首を傾げた。
「なんかあったのか?」
「あー……話していいのかモガミン?」
「(コクリ)」
米屋の問いかけに秀一が頷くと、彼は簡潔に出水に答えた。
「イレギュラーゲート事件の時によ、コイツ上層部から特命を受けていたんだ」
「特命?」
「そう。と言っても、市街地で発生する
「質の悪い?」
「アンチボーダーって奴だよ」
緑川が引き継ぐかのように口を開いた。
ストローでジュースを飲みながらしかめっ面で吐き捨てるように語った。
「街を守る為に動いた最上先輩をやれ来るのが遅いやら、やれボーダーは何をしているのやら、やる気の無い隊員やら好き勝手書いていたよ」
「マジか。まだ居たのかそんな奴」
「あん時のモガミン、今よりもトゲトゲしてたからな~。記者からすれば、良いカモだったんだろう」
加えて、ぼっちである彼は基本言い返せない。
できる事と言えば、喚く記者を無視して立ち去るのみ。その所為でさらに粘着される事となったのだが……。
何にしても、彼が受けた仕打ちを知っている米屋たちはその事を良く思っていない。話を聞いた出水も呆れ返っている。東も何も言わないが……その記者の書く記事は恐らく読まないだろう。
なんにせよ――。
「今回の記者会見に来て欲しくねえな」
記者会見のようすが映し出された店内のテレビを見ながら米屋が呟き――。
「――あれ? 三雲先輩?」
舞台袖から出て来た修に緑川たちが気づき――その後の記者会見に全員驚くことになる。
特に、チームメイトの彼は尚更に……。
◆
焼肉を食べ終え東達と別れた秀一は急いで記者会見場……ではなく病院に向かった。修が既に病院に戻っていると実力派エリートからのタレコミがあったからだ。
病院に着き修の部屋に着くと、そこには無理をして少し体調が崩れたのかベッドの上で横になっている修とその母香澄、そしてチームメイトの遊真と千佳が居た。
「最上……?」
突然現れた秀一に、修が少しだけ驚いた表情を浮かべる。いつもアポを取ってから来る彼がいきなりやって来て驚いたのだろう。
「いらっしゃい最上君。今、お茶を出すわね」
その横で香澄がお茶の用意をした。見舞いに来た際に、顔を合わせているので彼女は秀一のことを知っていた。だから、何となくあの記者会見の後に彼が駆け付けるだろうと思っていた。
彼は香澄にお構いなくと伝えつつ、遊真の隣のパイプ椅子に座りテレビを見たと修に伝えた。そして、凄く驚いた、と。
「そ、そうか……」
修が言葉を濁しつつ応えるなか、彼はテレビで見た修の姿を思い出す。
記者たちの心無い言葉や執拗な追及を真っすぐとした目で受け止める姿は……修自身は否定していたが『ヒーロー』のようだと思った。
そして、近界民に攫われた人たちを助けることを義務とか責任とかそういうのではなく、『当たり前の事』だと言い『そうするべきだと思った』と堂々と言う姿を見て――少しだけ嫉妬した。その強い姿に。
「も、最上?」
考え事をしてジッと見ていたからか、修が冷や汗を垂らしながら彼の名を呼ぶ。
それにハッと意識を取り戻した彼は、口を開いた。
体は大丈夫なのかと。
「あ、ああ……だいじょ――」
「何を言っているの。その体であんな所に行って無事な訳じゃないでしょ」
修の言葉は、彼の母によって遮られた。
大勢の人間の前で、しかも責められる形で彼はあの場所に立っていた。精神的疲労は本人が自覚しているよりも多大にあり、それが傷に影響していないと言われれば……無事だと伝えても遊真に「つまんない嘘吐くね」と言われるだけだ。
母にピシャリと叱られた修はグッと言葉を詰まらせて、申し訳なさそうな顔をしながら正直に伝える。
「ランク戦初日は出れそうにない。初戦は、空閑、千佳、最上の三人に出て貰う事になる。……あんなに大口叩いておいてなんだけど」
「気にするな。パパッと点を取って来るよ」
「任せて修くん!」
遊真、千佳に続いて秀一も珍しく強気な言葉で答えた。
あの記者会見を見て、彼の修を見る目は変わった。初めは友達(一方的にそう思っている)に誘われて入ったこのチームだが――今なら思う。このチームに入って良かったと。それと同時に修が何故隊長に選ばれたのかも理解した。
自分の持つ力全てを使って、玉狛第二をA級にする。そして、遠征部隊に入り攫われた人たちを救い出す。
――よろしく隊長。
秀一がそう言うと、修は本日何度目かの驚いた表情を浮かべて……。
「――ああ! 頼む最上!」
決意を固めた表情でそう返した。
――それからしばらくして。
2月1日。B級ランク戦開始。
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