「ねぇねぇ。試合に出てたあの最上って人カッコ良くない?」
「うんうん! なんか、ワイルドって感じが良いよね~」
今期に入ってきたばかりの新人だろうか。試合が終わってキャピキャピと騒ぐC級隊員が居た。どうやら、イメチェンした秀一が好みだったようで頬を薄っすらと赤く染めている。
そして、それを面白くないと感じる者たちが居た。
彼と同期で、未だに訓練生で、才能の差に嫉妬する隊員たちだ。憩いの場であるラウンジに居るにも関わらず、その表情は明らかに休まっていない。
周りから聞こえる秀一への称賛の声に、イライラしていた。
「くそ。ちょっと強いからって……」
「サイドエフェクトが無ければ、オレたちとそう変わんねーくせに」
「一匹狼に飽きたら、今度はイメチェンして人気取りですか。良い身分だこと」
僻み100%でブツブツと呟く彼らだが、直接本人に言いに行く勇気はない。
イメチェンしてさわやかな容姿になれど、中身はトリオン兵を狂ったかのように狩るバーサーカー。そんな彼に舐めた態度を取ればどうなるかなど、先日の大規模侵攻で人型近界民が実証している。
逃げる際に遠目に見た感想は、凄く怖かった。これに尽きる。
それに、現在人気が鰻登りの彼に楯突けば、周りから白い目で見られるのは明白で。
ゆえに、彼らは嫉妬を適度に吐き出しつつ影でグチグチと言うしかない。
「まぁ、オレがあいつと同じサイドエフェクトを持っていたらもっと早くA級なれたかもな!」
「あーあ。おれもサイドエフェクト欲しいなー」
――最も。
「――おめーら、楽しそうな話してんなァ?」
「あん? 何が――はひ?」
「いま暇してんだ。ちょっとその話聞かせてくれよ」
そして、運が悪かった彼らの辿る末路は――決まっていた。
「いや、その……!」
「そういうや、さっきサイドエフェクトがどうのこうの言っていたが――もう一回聞かせてくんねーか?」
その後、米屋と古寺と共にラウンジに来た修は、真っ青な顔をして走り去るC級隊員たちと擦れ違ったが……その事に気付く事は無かった。
そして、欠伸をしながら歩き去っていくボザボサの髪型をした正隊員の存在も。
◆
「とりあえず軽く100戦しよう」
秀一を引き摺ってランク戦室にやって来た緑川と遊真は、彼を巻き込んでランク戦をしまくった。初めは無理矢理連れて来られてテンションが低かった秀一も、後半は「テメエらふざけんなコラァ」と不満を爆発させて積極的に狩りに来た。結果――。
緑川対空閑――11対19。
「あ〜駄目だこりゃ、やればやるほど動きが見切られていくなー……」
「ふむふむ。だいたい分かって来た」
緑川対最上――6対24。
「最初の6本しか取れなかった……」
空閑対最上――13対17。
「まぁ、こんなもんでしょ」
三つ巴10本勝負――緑川1勝、空閑4勝、最上3勝、引き分け2回。
「遊真先輩って乱戦に強いよね」
「ミドリカワも後半良い動きしてたぞ」
「……」
このように、なんだかんだと彼も楽しんでいた。もし、つまらないと感じれば聞こえないフリをしてさっさと帰っていただろう。
それに、久しぶりに緑川からポイントを搾り取れたのも大きい。ランク戦が終わったら、頭のおかしい総合一位にポイントを狩りつくされているからだ。そのための保険である。
「あの頭の白い奴、A級の緑川に勝ち越しているぞ……」
「三つ巴だと、あの最上にすら勝っている」
「玉狛第二ヤバいな……エースが二人も居るのかよ」
そして、偶然彼らのランク戦を見る事ができた隊員たちは、口々に遊真たちの強さに戦慄した。先ほどの荒船隊と諏訪隊とのランク戦では、修の戦略と秀一の戦闘能力に目を奪われていたが、こうして落ち着いて見てみると遊真の戦闘能力の高さがはっきりと分かる。
だからこそ、玉狛第二の活躍に目が離せない。
遠巻きにひそひそと話しているなか、緑川が秀一へと目を向ける。
「それにしても、本当に迅さんにそっくりだよね最上先輩」
「おお。ミドリカワもそう思うか。なんと、設定した本人も満足の出来だ」
「そうなんだ……というか」
グイッと顔を寄せて間近で彼の顔をジロジロと見る。
突然凝視されて戸惑う秀一。
いったいどうしたのかと遊真と揃って二人で内心首を傾げていると、緑川がスマホを取り出し。
「遊真先輩、ちょっとそっちに寄って。最上先輩はそこで動かないで」
『……?』
「ハイ、チーズ」
「む?」
「!?」
カシャリ……と写真を撮った。
スマホ、そしてカメラ機能を知らない遊真は何をされたのか理解できず首を傾げて、写真を撮られた事に気付いた秀一が緑川に何で撮った? と詰め寄った。
「いや、ほら。これは皆に拡散するべきかなーと思って」
理由になってねぇ、と秀一が憤慨する。しかし彼ではその感情を相手に伝える機能が死んでいるので緑川、気づかない。残念!
ポチポチとボタンを操作した後、彼は二人に写真を見せる。
「おお! おれが写っている!」
「何当たり前の事言ってんの?」
秀一の方へと体を寄せ、キョトンとした表情でこちらを見る遊真。その写真に撮られた本人が驚き、緑川はその反応に首を傾げる。
一方、妖怪首置いてけ。相変わらずの写真写りの悪さに渋い顔をする。
画面の中には、合計70本のランク戦の疲れが出たのか半目でこちらを見る秀一の姿が。眠そうな顔で半崎のように『ダルい』と言いそうな顔をしている。
とりあえず、緑川に画像を消すように命じる。
「え~」
――消せ。
「わ、わかったよ」
凄まれた緑川は、素直に従ってスマホを操作して画像を消した。
それを確認した秀一はひとつ頷くと、端末を返却する。
遊真が「別に良いじゃんあれくらい」と窘めるも、彼は頑なに首を縦に振らなかった。
「ちぇー」
ガードの固い秀一に、緑川が唇を尖らせて不満を顕にする……が、それは表の顔。
(もう皆に送っているもんねー)
実は既に写真をLI○Eのグループトーク(草壁隊用、攻撃手用、戦闘馬鹿用、その他諸々)へと送信しているのだ。
消すように強要してくるのは目に見えていた為に。
内心笑みを浮かべる緑川だが、後日この事がバレて一時期マスタークラスを下回った。
そんな風にワイワイ騒いでいると、米屋と古寺、修という珍しい組み合わせがランク戦室にやって来た。米屋たちと何か話したのか、何処となく距離が近い。
彼らに気付いた緑川たちはいったん写真の事を置くと、彼らの元へと駆け寄る。
「よっすお前ら。元気にやっているな」
「いや、元気あり過ぎですよ米屋先輩。これ、トータル100戦はしてますよ」
スコアを見て呆れた表情を浮かべる古寺。狙撃手に個人ランク戦が無いからか、米屋や緑川のように誰かと戦いという欲が少ないのだろう。
「……」
ただ、秀一がここまで長く付き合っているのは意外だったのか、彼に視線を向ける。昔はトリオン兵ばかりを追いかけていた。途中でそれだけではダメだと三輪に教えられ此処まで来たが――決して、戦いを求める性格ではなかった。
にも関わらず、こうして緑川たちに付き合っているという事は……彼もまた変わっているという事だろう。
成長したな、最上。
そう優しい目を向ける古寺だが、当の本人は以前宇佐美関連で尋問を喰らった為「なんか見られている……」と内心ビクついていた。悲しいすれ違いである。
「なーなー。次はオレも混ぜてくれよ」
「ふむ。よーすけ先輩とヤるのは久しぶりだな」
そうこうしているうちに、何やら遊真と米屋がランク戦をしようとしていた。
時間大丈夫なのだろうかと秀一が思っていると、ランク戦室にある人物がやって来た。
それは、先ほどの試合で戦った相手――荒船だ。
いつも狙撃訓練をしている彼が此処に来るのは珍しい。彼の登場に、皆の視線が向く。
「おっ、荒船さん! 個人戦をしに来たんですか?」
「なんだ、お前らも来ていたのか……。むっ」
米屋の呼び掛けに気付いた荒船は、こちらに目を向けるとすぐに表情を変えてツカツカと歩み寄って来る。
彼の狙いは、秀一なようだ。
嫌な予感がして逃げようとする秀一だが、その前に荒船の筋肉質な腕がガッチリと彼を捕らえる。アームロックだ。
「おいコラ最上。さっきはよくもやってくれたな……!」
「……! ……!」
あくどい笑みを浮かべて秀一を放さない荒船。秀一は手足をバタつかせて逃げようとするが、上手くキマッているからか抜け出せなかった。それでも痛みを感じないのはどうしてだろう。
修は、今日はよく見る光景だなぁ、と宇佐美と米屋にアームロックを掛けられていた菊地原を思い出す。つまり秀一の救難信号を受け取れていない。いとあわれ。
「ったく……勧誘蹴った挙句、このオレをぶった斬るとはな……」
気が済んだのか、それともただ単にじゃれついていただけだからかアームロックを外す荒船。
解放された秀一は、自分の首が繋がっているか確認している。怖がり過ぎである。
だからだろう。ボソッと呟いた彼の言葉を聞き取れなかった。
――あの時より、良い感じじゃねえか。
最上秀一という男を見誤っていたと自覚した日の事を思い出しつつ、荒船の次の標的は生意気な後輩筆頭緑川だ。
「緑川、テメエオレが負けるって解説していたみたいだな……!」
「遠距離に逃げてたら、最上先輩には勝てないよ?」
「よーし分かった。お前アレだな。ぶった斬られたいんだな? ブースに入れ」
可愛げのある後輩をいっちょ揉んでやろうと指を鳴らす荒船。
しかし、その戦いは見送られる事になる。
「おい、あれって!」
「ああ。あれは、玉狛の次の相手の――」
ざわ……ざわ……ッと、突如周りの空気が変わる。ランク戦室に居る隊員たちが、一様にある一か所を見ている。そちらの方へと修たちが視線を向けると、そこには……。
「……? なんだ、この空気?」
暫定9位鈴鳴第一に所属し、数少ない一万越えポイント所持者であり、ナンバー4
周りからの視線に戸惑う彼に、緑川とじゃれていた荒船が近寄る。それに気づいた村上は、知る人間が居る事にホッとしたのか表情を和らげた。
「荒船。めずらしいな、こっちに来るのは。
試合の録画見てたぞ。久々に弧月使っていたな」
「見んなよ」
「また人が増えた」
荒船に続いて人が増え、首を傾げる遊真に秀一が簡単に説明する。
もちろん、彼が次の相手である事も……。
荒船と話していた村上が、こちらに気付く。
「夏以来だな、最上。試合で驚いたけど、今の格好も似合ってるぞ。それと……はじめまして、鈴鳴第一の村上鋼だ」
「どうもどうも。玉狛第二の空閑遊真です」
次の試合で戦うとは思えない程に、穏やかに挨拶を交わすエース二人。
修の紹介をしつつ、ランク戦をしに来たのか尋ねる遊真。
それに頷いて肯定する村上。
そうなれば、彼が此処に来た目的は明白だ。
「こいつらの対策ですか?」
「そうだよ。次の試合は苦戦しそうだからな」
問いに答え、チラリと玉狛の面々を見据える村上。
表情は普段の冷静なソレだが、目の奥に燻ってる炎はしっかりと好敵手たちを捉えていた。
「成長めまぐるしい後輩に、それと双璧を為す新人攻撃手。そして、荒船に弧月を抜かせたチーム戦術。
相手にとって不足はない」
「……!」
先輩隊員からの宣戦布告に、修はゴクリと生唾を飲む。
対して、遊真は好戦的な笑みを浮かべ、秀一は疲労から来る眠気に欠伸を噛み殺していた。どうやら、村上とぶつかる件は半分諦めたらしい。
しかし、今の言い分に不満を持つ荒船が横から口を挟む。
「オレを噛ませっぽく言うのやめろ」
「別にそのつもりはないが……緑川が居てくれて丁度良かった。対策、付き合ってくれよ」
遊真と戦闘スタイルが似ている緑川を仮想敵にするために、そう申し出る村上だが……。
「イヤだね! さっきポイントごっそり持っていかれたから、これ以上減らせないよ」
先ほどの100連戦でポイントを秀一たちに搾取されてしまった緑川。あともう少しで一万台に届きかけていただけに何気に落ち込んでいたようで……。
村上と戦えばさらにポイントが減るとランク戦を拒否する。
緑川の強さを知っている遊真は、彼が負け勘定に入れている事に興味を示す。
「だったらオレが対策に付き合いましょうか?」
「ありがたいけど、お前グラスホッパー使わないだろ」
「ありゃ、そういう対策ね……」
「――だったら、おれとやろうよ」
『……!』
だからだろうか。遊真が村上に勝負を吹っ掛けたのは。
彼の一言に皆の表情が変わる。
それは村上も同様で、何て返せばいいのか分からず言葉を詰まらせた。
その代わり、という訳ではないのだろうが他の攻撃手陣が止めた。
「空閑、やめとけ。次の試合が不利になるぞ」
「うーん……言うのも黙っとくのもフェアじゃねーな。まっ、楽しみは次の試合までに取っておけよ」
秀一も戦わない方が良いと諌める。
「ふむ……ますます戦いたくなったな」
しかし、逆効果だったのか遊真は俄然やる気になる。
「いや、あの遊真先輩……」
「分かっているよ。今戦うとこっちが損するんだろ? 荒船さんもよーすけ先輩も、シュウイチも嘘吐いていないってのは分かる」
サイドエフェクトで嘘を見抜く事ができる遊真は、彼らが後ろめたい事があって彼を止めている訳ではない事を理解していた。
彼らが言っている事は本当で、このまま戦えば次の試合が苦しい物になる。賢い人間なら、助言を聞いてこのまま引き下がるのだろう。
しかし、彼は違った。
「でも、だから逆に、それが何でなのか知りたくなった」
笑みを浮かべてそう意気込む遊真に、村上は観念したかのように息を吐く。
周りの人間もこれ以上は野暮だと思ったのか、彼を止める事は無かった。
「……玉狛第二のデータは少ない。対戦して貰えるなら、こっちとしては願ってもない話だ。
ただ、試合をする上でふたつ頼みがある」
村上が提示した条件とは、試合は十本勝負、ふたつ五本目が終わった時点で十五分休憩を取る。
「それで良いか?」
「良いよ、やろう」
そして、遊真は村上と戦い――結果、6対4で負けた。
◆
翌日、遊真が村上に派手に負かされた玉狛第二は作戦の練り直しを迫られていた。
エース二人を軸にして戦おうと考えていた修も、今では別の勝ち筋を求めている。その一つが自己の戦力強化であり、珍しく秀一と個人戦をしている。
しかし……。
「――っはぁ、はぁ……!」
「……」
息を荒げ膝を着く修に、秀一は休憩しようと呼びかける。
「……っ、ぼくは大丈夫だ! だから……!」
訓練続行を求める修に、しかし秀一はその言葉を聞き入れる気は無かった。
トリガーを解除し、クルリと背を向けて部屋を出て行く。
それを見た修は、悔しそうな顔をすると彼の後を追った。
訓練室から出た二人はスポーツドリンクを飲みながら、疲労した体の回復に努める。しかし、修は深刻そうな顔をして俯いたままだ。
(菊地原先輩の言っていた通りだ……)
――エースにおんぶにだっこじゃあ、A級にはなれないよ。
――それに、あの戦い方は宝の持ち腐れだ。
遊真と秀一が緑川とランク戦をしに走り去った後、修は風間隊の菊地原と歌川に出会った。その時に菊地原に言われた言葉が、修の頭にこびりついて離れない。
次の対戦相手の村上は遊真を圧倒する力を持ち、那須は修と同じポジションの人間だが格上の存在だ。
秀一も、次の試合に向けてトリガーの構成を見直す程に警戒している。
前の試合のようにいかない事は明白だった。
だから修は、少しでも足を引っ張らないように訓練を続けているが……。
「……」
そんな修に、落ち着けと秀一が声を掛けた。
遊真がボロ負けした時は内心混乱していた秀一だったが、自分以上に必死になっている修を見て落ち着いたらしい。
だからこそ、ここ最近の修のオーバーワークは目に余る。明らかに自分の許容範囲を超えている。
休まないと体がもたないと彼は言った。
「しかし……」
それでも修は止まりそうになかった。
だからだろうか。柄も無く、秀一がこんなことを言ったのは。
――遊真が負けたら、自分が村上先輩を獲る、と。
「え?」
秀一は続ける。
自分ができる範囲の事で全力を尽くし、このチームをA級へと導く。こんな自分を迎え入れた玉狛第二を。攫われた人間を助けるという目標を持つ仲間を。
だから命令してくれ。敵を狩り尽くし、勝て……っと。
正直、秀一は自分に自信はない。普段から三輪から叱られてばかりだし、模擬戦をしても太刀川たちに負け続ける。大規模侵攻でも悔いを残す結果となった。
しかし、自分よりも後から入って来た新人たちが前を見て歩く姿を見て――憧れた。そして力になりたいと思った。
だから、玉狛第二の皆が彼をエースとして頼る限り――秀一は止まらない。
「最上……――分かった。試合では頼りにさせてもらう」
そんな彼の熱い思いを受け取った修は、変に入っていた肩の力を抜いて息を吐いた。
そうすると、一気に疲れが押し寄せてきて眠気まで襲ってくる。
欠伸をする修に、仮眠するか? と尋ねる秀一。
「いや、この後鈴鳴第一と那須隊のデータを……」
それなら、こっちでやっておく。だから休め。
呆れた表情で秀一がそう言うと、修は一瞬反論しかけるが……。
「……分かった。頼んだ」
頼りにすると言った手前、返せず仮眠室へと向かった。
それを見送りながら、秀一は一つだけ修に心の中で謝った。
何故なら、彼は村上と戦うつもりはない。トリガー構成も対那須用に特化させたもので、村上との衝突を全く考えていなかった。
驕りとも言えるその態度には、一つの約束があった。
『村上先輩はおれが倒す。だから、シュウイチは他の奴らを頼む』
ボロ負けした遊真がそう頼み込んできたのだ。普通に考えれば、戦績が五分五分だった秀一が押さえるのが望ましい
しかし――友の頼みを断る舌を、彼は持たなかった。
ゆえに、秀一は次の試合に向けて万全を期して挑む。
A級に上がり、近界へと……アフトクラトルに向かう為に。