【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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08.始まりは一つの石から

 発達しすぎた科学は魔法と変わらないというのは誰が言ったのだったか。マグルの科学は未だ中世魔法界並の煩わしさと荒々しさに塗れていてとても魔法と肩を並べる事はできないが、胸のあたりまでは近づいたかもしれない。

 そう、近年は元気爆発薬なんて飲まなくてもマーケットで売っているカフェイン飲料を飲めば程々に元気になれるし、杖使いが下手な魔法使いはライターやマッチを擦った方が遥かに労力が減るし、ロンドン在住なら深夜だってルーモス無しで徘徊できる。はっきり言って、凡庸な魔法使いにとっては魔法界よりマグル界のほうが楽に生きれる。もちろん隣人に常に隠し事をし続けるストレスはあるが、限界まで容量の減ったパイを奪い合うのとどちらが楽かは想像がつく。

 

 僕も本当ならマグルの仕事をするべきだった。でも僕はしがみつき続けた。こう目立つ立場に置かれた今となってはその選択が正しいかどうかわからない。僕の後ろ暗い過去がいつ照らされるかわかったものじゃないからだ。特に噂話に関しては日刊予言者新聞のリウェインというハイエナのような女記者がどこから湧いてくるのかわからないハエのようにふらりとホグワーツにやってくるかもしれない。

 リウェイン・シャフィックは僕の成功まみれの人選のうちの数多くある失敗の一つだ。僕は知っての通り知り合いをつくってそこからどんどん仕事を投げたり頼み事をしたり賄賂を受けたりするのが趣味なのだが、そういったお楽しみをともに楽しめる人物は限られている。女性関係と同じであちらを立てればこちらが立たないので、会社ごとにだいたい一人しか友達が作れない。

 日刊予言者新聞の記者というのは揃いも揃って飢えた農民よりがっつく。同じような資質を持つ彼、彼女たちの中からより良い友人を選ぶのは大変だ。僕が長年懇意にしていたのはリータ・スキータという変なメガネをかけた変な口調の女で、彼女は政治家の上の口より下の…おっと、少し下品だった。言い直そう。彼女は、ゴシップにしか興味がなかった。政策や経済に微塵も価値を見いだせないので、自分が社内で見聞きしたことを平気で僕に教えてくれた。

 

「ファッジは潔癖ヅラしているのが気に食わないざんす。ねえ、アンブリッジが彼とデートしたなんてことを聞いたりは?」

「ここ最近彼女と行動を共にしてるのは僕しかいない」

「魔法省のメギツネアンブリッジに若い恋人?うーん…いまいちざんすね」

「おいおいやめてくれよ。ビールを吐き戻しちまいそうだ」

 彼女がまだ芸能人たちを節操なく突っついてまわってたとき、僕はリウェインとリータどちらと仲良くすべきか悩んでリータを選んだ。リウェインは魔法省の不正を正すべく日々マスメディアの役割を果たそうとする先進的な魔女だったが、彼女と話すと常に頭を使った回答が求められるのにうんざりして付き合いをやめてしまった。いざ手を切らなければならないとなったらリウェインのような魔女よりリータみたいながさつな魔女の方が後腐れがない。

「ふっ。ウラジーミル、あんたがそんなに出世するとわかってたならあたしも政治部にいたかも知れないわね。いいネタが聞き出せたわ」

「政治の話をする君なんて退屈だ。君は馬鹿な魔女のケツを追いかけてるのがお似合いだよ」

「実際それが性に合ってるから売れっ子になったわけざんしょ?性悪の尻拭いをするのとどっちが上等かは互いの月収で判断すべきね」

「それじゃあ僕の完敗だ。アンブリッジは残業手当をケチるタイプの人間だからね。あ、これはオフレコで」

「残念だけど労働者の声なんて全然誌面にあってないざんす」

「それはよかった」

 リータの選ぶ店はノクターン横丁とダイアゴン横丁の狭間と言える場所にある怪しいパブだった。サラリーマンが少し火遊びしようと思うくらいの程よいスリルがある。例えば今横ではクィディッチワールドカップで仕入れたらしい薬草の取引が行われているし、僕らの前に座っていた男たちは怪しげな白い粉をテーブルと鼻の周りに撒き散らして帰っていった。

「三大魔法学校対抗試合、面白い事になってるの知ってる?」

「いや。今はワールドカップの後始末でてんてこ舞い」

「勿体無い!日刊予言者新聞で特集を組むからぜひ読んで頂戴な!」

「ふうん。どう面白いの?」

「ハリー・ポッター。あの不正に選ばれたかもしれない生き残った男の子に取材することになって…」

 

 

 と、まあこのときのことを詳しく話してもなんの意味もないので差し控えるが、ご存知の通り彼女はその後失脚した。何度問いただしても理由を話してくれることは無かった。あれは何か脅されてるんだろうが、僕に話したところで解決を見込めないと思ったんだろう。それか単に僕を信用してくれてなかったのか…まあそれはお互い様だ。

 

 

 さて、時間をちゃんと今に合わせよう。僕はリータと飲んでるときは想像もしなかった場所、つまりホグワーツの校長室でパーシー・ウィーズリーと共にダンブルドアと対面していた。

 

「新学期が始まってごちゃごちゃしたものが片付いたと思ったらまた新しいニュースじゃ。年を取ると何もかもあっという間じゃのう」

「我々がその境地へ至るにはあと70年は必要です」

 パーシーは卒業生なせいもあってかいつもより背筋が伸びていて、むしろ反り返っている。ちなみに僕とパーシーは10歳近く離れてるので僕は老年を憂う期間はあと60年。

「…当然聞き及んでいることでしょうが改めて口頭で通知します。」

 

 パーシーに目配せすると彼は魔法省の箔押しの入った羊皮紙を広げた

「教育令第23号。ホグワーツ高等尋問官を新たに設立する。ホグワーツ高等尋問官は魔法省の要求する水準を満たさないと思われるすべての教師を査察し、停職、解雇の権利を有するものとする」

「こちらのパーシー・ウィーズリーは僕のアシスタントです。僕は教師はおろか生徒であったことすらないので、彼に公正な目で見極めてもらおうと思いまして。…つきましては教育令第24号。高等尋問官は適格と思われる人物へ限定的権限を与えることができる」

「ふむ。卒業生と再び会えることは実に喜ばしいことじゃ」

 それを聞いたパーシーはぴくりと眉を動かしたがポーカーフェイスは崩さなかった。パーシーは根っからの役人でありファッジの信奉者なので恩師であろうとダンブルドアには憎しみの念を抱いているのだろう。

「早速本日から職務にあたらせてもらいます」

 パーシーは不遜に言った。

「よろしく、パーシー。お手柔らかに」

 彼はダンブルドアの柔和な笑みに、申し分程度の頬の痙攣を返した。ダンブルドアは何を考えているのかよくわからなかった。ただいつも通りの透き通るような青い目で僕たちを見送った。

 

 

「弟たちに挨拶しなくていいのかい」

 

 校長室から闇の魔術に対する防衛術の教室に戻る時にパーシーにそう聞くと、彼は肩をすくめていった。

「どうせ授業で会う。それに…弟たちは、特に双子は僕を歓迎しないよ」

「喧嘩しているとは聞いたけど、深刻なのかい?」

「ああ。深刻だ。悪いことに両親も兄弟もダンブルドアの信者だからね」

「なるほどね」

 兄弟は他人の始まりを地で行く僕からすればパーシーの家族仲はまだ修復可能だ。なんて言ったって生きているのだから。

 

「夢についてー君と話したときから」

 

 僕の研究室でジャムと紅茶を味わっていると、唐突にパーシーが語りだした。

「あの時からずっと考えているんだ。僕はなぜ働いているのか、なんのために生きてるのかを」

「偉いな。僕はまだ考えたことない」

「君はよく物思いに耽ってる顔をしているのに。本当は何を考えているんだ?」

「大体は飯のことかな」

「嘘をつけ」

 パーシーは僕の冗談に笑ってからさっきよりは緊張のほぐれた表情で話を続けた。

「僕はただ、家族を楽にしてやりたい一心だったのさ。父親はマグル好きが高じて仕事でろくに評価されない。母親はとても優しいけど、純血の誇りを持っているかは微妙だ。兄たちは皆立派に仕事をしているけど、好きなことが仕事になっているような人たちだ。僕は正直この仕事をとても向いていると思っているし、好きだけれども…楽しいと思えない」

「君は仕事に楽しさを求めているのか」

「そういうわけじゃないよ。ただ、他の兄弟と違うところを見つけたというだけで。…そう、つまりね。僕らは純血で、魔法使いの血を繋ぎ世界を維持しなければいけない役目を負うべきなんだよ。けれども彼らはその役目をおざなりにし過ぎていて、僕がすべてを負担しているような気になるんだ」

「確かに君達の血には責任が伴う。なぜ純血が社会的地位を得るかというとそれは血の濃さによるものではない。純血は魔法界の中枢として脈々と受け継がれてきた伝統や歴史の象徴だからだ」

 僕はジャムをすくったスプーンを口の中に入れて、それを舌の上に薄く伸ばした。そして濃い紅茶を流し入れる。

「象徴とは、記号や名前と違ってそうであるために一定の努力が求められる。相応しい能力が求められる。象徴たる努力をしているのはどうやらウィーズリー家では君だけのようだね」

「さすがウラジーミル。言いたい事をわかりやすくしてくれる天才だよ」

「仕事柄慣れてるのさ」

「でも僕はマグル生まれや半純血を差別しているわけじゃないよ。念の為」

 僕の生い立ち…つまり、純血の傍系でマグルの血が混じっていることを気遣ってか彼はそう付け加えた。言われなくても彼に悪意がないことはわかっている。

「わかっているよ。これはあくまで品格や役割の話だ。…じゃあ逆に、純血でないものたちはどのような努力が求められると思う?」

「そうだな。やはり魔法使いの社会を維持していくため、より善くするべきだと思うよ。純血は彼らの標。模範として存在価値がある」

「高等尋問官は」

 僕は唐突に夢や理想の話を現実に繋げ合わせた。

 

「礎だ。どんな城も、始まりは一つの石からだ」

「そうだ。その通りだよ!ヴォーヴァ。一緒に頑張ろう。より善い魔法界の秩序のために!」

「ああ。魔法省に栄光あれ。君のキャリアと、僕の上司に乾杯」

 

 紅茶はウォッカではないがそれでも彼は高揚していた。自らの光り輝く道を自ら拓いたものに思えたのかもしれない。パーシーは自分の進む道を自分で決めた気になっている。しかし魔法使いの進むべき道は実は限られていて、選択の自由と言うにはあまりに物足りない数しかない。選択の理由を見出すために言葉で飾っても内側にぽっかり空いた不自由さをごまかせない奴もいる。

 魔法省は限界だった。その不自由の穴をハリー・ポッターで埋めようとしているやつがいる。ヴォルデモートで穴を埋めようとしているやつがいる。何世紀にも亘り支配的だった純血主義はいよいよ周囲に息苦しさを与え始めている。その限界さが社会全体に広がっていっている。

 窒息死は息ができないから起こるとは限らない。酸素濃度が減れば、つまり二酸化炭素や窒素やらを普段より余計に吸っても起こる。そう、僕らは息をしているだけでも死ぬ事ができる。酸素をいつもの濃さで吸えなくなるだけで人間は大脳からやられていき、やがて死に至る。その過程は緩やかで自力での脱出は困難だ。

 今の魔法界は1970年代のソヴィエトに似ている。酸素が足りない。

 

 

「ウラジーミル君。君を歓迎するよ、心より。ここは生徒にとっても教師にとっても学び舎じゃ」

 初めてあったとき、ダンブルドアは文字で読めば済むような自己紹介と挨拶をした僕にシワシワの手を差し出していった。

僕はその思っていたよりも大きくて温かい手を握り命の温度について考える。

「学のない僕にはありがたいことです。三十路の手習いと言ったところですか?まだ教育がまにあえばいいんですが」

「人生に早いも遅いもありはせんよ。…さて、セブルスが君を案内するはずじゃ」

 

 初日にダンブルドアに会ってから高等尋問官設立を通知しに行くまで、彼は不気味なほど音沙汰がなかった。どうやら相当忙しいようだが、彼の周りにそんなに仕事が山積しているとは思えない。秘密主義の老人は自分の周りにいかなる痕跡も残していなかった。

 ダンブルドアのプロフィールは見た。ついこの間郵送されてきた分厚い手紙に仔細に書かれていた。それは図書館に行けばすぐにわかるような情報だったが、なるべく自分の名前を貸出履歴に載せたくなかったのでリータに調査してもらった。ちなみにアンブリッジは高官に図書館の貸出履歴を参照する権限を与える法案を提出していた。当然それは却下されていたがそれが万が一実現した際に変な疑いを持たれたくなかった。

 リータは困窮していて、こんなつまらない雑務でも喜んでやった。腹を空かせた野良犬のように。

 アルバス・ダンブルドアの来歴は彼の功績にはいささか相応しくないものだった。獄死した父親と出来の悪い弟妹。…妹は決闘中に事故で死んでいる。共感するところが少しあるな。さらに彼はグリンデルバルドと密な友情を育んでいた。結果から見るにひどい別れ方をしたんだろう。彼は僕の最も恐れる人物を見事に叩きのめした人物だが、かと言って味方ではない。

 

 僕はパーシーの熱っぽい語り口とかつてグリンデルバルドとダンブルドアの間でかわされた熱い友情と言葉について考えた。

 ソヴィエトの冬は僕らに若さゆえの情熱を許さず、見ず知らずの男の暴力による妹の死しか遺してくれなかった。ダンブルドアは決裂でなにを手に入れたのだろう。僕はその熱が羨ましかった。

 

 ソヴィエトの魔法使いはガバメントを持たなかった。むしろ200人の純血はボリシェヴィキとして共産主義に加担していた。というのも、魔法使いは国家への忠誠を持っていなくても出世できたからだ。マグルがマグルに求める誠実さや忠誠心は魔法でいくらでも演出できたし、服従させるのはもっと簡単なことだったからだ。

 僕らの生まれたサンクトペテルブルグ、当時のレニングラードは英雄の名を冠した海に面する街で、ある種の特権階級の人間…つまり魔法使いばかりが暮らす土地だった。当然プロップ家の傍系の僕らもおこぼれに与っており、普通の労働者よりは密告や強制労働に怯えずにはすんだが、常に同じ傍系の監視に怯えていたのをよく覚えている。

 舞台の上に立つ役者よりもつま先や指先、目線に込められた意図を気にした。僕らは通りで挨拶を交わすときさえいるかも知れない観客に演出する。僕らは社会を維持する善良な市民であると。

 だから英国のがさつさには驚いた。どこが紳士の国だ?これで紳士なら僕らは聖人だ。それか死体だ。

 

 僕はホグワーツの現状と魔法省の実態と、今まさに社会秩序を壊そうとしているヴォルデモートの3つ全てについて好ましく思っていない。特に魔法省にはヘドが出る。

 ヴォルデモートのする事も正しいこととは思えない。死喰い人はルシウス氏が平均値だとするとみんな間抜けに違いない。

 ダンブルドアは、一見正しく誠実に見えるが、僕の求める正しさは彼と対立するだろう。彼ほどの能力を持ちながらそれをこんな学校で浪費することそれ自体が反社会的だ、と父だったらそう言うだろう。

 

 僕は柄にもなく世界を革命できる気がしてきた。わくわくしている。子どもの頃僕たちは本当に革命を世界へ広げるための闘争中なのだと思っていたころのように、蝋で固めた羽を背中につけた瞬間のイカロスのように。

 

 この高揚がいっときの魔法であることは違いなかったが、僕の意識が次第に物事を前進させようという方向に向いたのは間違いなかった。

 その気持ちが本物かどうかは、ルシウス氏と会う頃にはわかるだろう。ドラコの運んできた手紙によると、ルシウス氏は第一回ホグズミード行きの日に理事への復職にちなんで挨拶しに来ることになったらしい。


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