【完結】フーディーニの魔法   作:ようぐそうとほうとふ

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05.ドローレス・アンブリッジ

 私、珍しく怒っているわ。怒っていますとも。飼い犬に手を噛まれたのだから。

 

 ドローレス・アンブリッジはイライラしながら日刊予言者新聞を捲った。今日もたくさん、どうでもいい記事ばかり。民衆を煽動するための刺激的な言葉が大見出し。同じことばかり書かれているねちっこい文章。ああ嫌だわ。嫌な気持ちのまま過ごしていると何もかも悪いものに見えてくる。

 コラム欄にはリウェイン・シャフィックとの対談が大きめに載っている。前回のシリーズの評判が良かったからだ。リウェインはおだて上手なのもあって話しやすく、表面上はとても友好的関係を築けている。それにジャーナリストの友人は持っておくべきだ。嫌な気分を振り払い、記事を読む。

 

 今朝すれ違った誤報局のロウルは「あいつにも誤報を流してやりたいですよ」と嫌味なのか冗談なのかわからない不快な挨拶をしてきた。私より若いくせに、局長になりたてほやほやで自制心が馬鹿になっているんだわ。

 目下の悩みの種、ハリー・ポッターの処遇について、ウラジーミルは私を裏切った。なんの前触れもなく、唐突に。ウィーズリーから手紙を受け取って思わず日付を確認したほどに驚いた。残念ながらエイプリールフールではない。なんて言えば適切かしら?筆舌に尽くし難い、とでも言えばいいのかしら?頭に血が上って倒れるかと思った。すぐに暖炉に詰めかけたわ。

 ウラジーミルは暖炉では話せないの一点張り。仕方なく私は彼を呼びつけた。そして同時に新しい教育令の文を考えた。私が裏切り者を許すはずがないでしょう?

 降格を告げても彼は反論しなかった。悪いとわかってて何故ハリー・ポッターを擁護しようなんて思ったのかしら?理解し難い。

 手紙を受け取って数日後、ようやく怒りも収まってきたので冷静に彼が何を思っているのかを考えてみた。けれども答えは見つからない。

 アズカバンの泥の中で出会ってから彼は一度も私を裏切ったりしなかった。言うことは何でも聞いて完璧にこなしていたというのに、今更になってなぜ?命を救った恩は一年で賞味期限切れ?嫌だわ。また怒りが再燃してきてしまっている。

 時計を確認した。あと十数分もすればウラジーミルはここに訪れる。

 

 

 

 

1993年
忌々しいブラックの脱獄
輝かしいファッジの経歴に泥を塗った
その現地調査でのこと

 

 

 

 

 その日は酷い天気だった。もともとアズカバンの周りはマグルがうっかり足を踏み入れないように魔法で波を高くしてあるとはいえ、本島からの船着き場もすべてがぐしょ濡れで風が吹き荒れ、時折波飛沫が頬にかかった。

 船頭は醜い老人で、ブツブツと何かをつぶやきながら漕いでいた。魔法が使えないのだろうか。船が波で砕け散らないか不安になりながら、なんとかアズカバンへ到着した。

 何度来ても不快な場所。鬱積した数百年分の怨念と恐怖が空気を形成しているようで、ハンカチを口に当てたくなる。シリウス・ブラックの独房の中まで入らなきゃいけないと思うとゾッとする。とはいえ仕事だ。どのようにしてブラックが脱走したか。それを調査しているのは目下闇祓いだ。私はその調査が公正になされているかをチェックしなければいけない。

 スクリムジョール直々の調査なだけあって、落ち度なんてどこにも無いだろう。しかしファッジは次期大臣候補と呼ばれている彼の動向が気になってしょうがないらしい。私自身も、今後の出世に関係するし少しは気になる。

 ブラックの独房は(これを独房と言っていいのかしら?)まるで動物の巣のようだった。冷え切った石壁と腐食した床にボロ布が丸まって落ちている。吸魂鬼に怯えて包まってた布だろうか?擦り切れて、ところどころ変色したそれだけがブラックの持つ唯一の財産だったのだろう。彼が殺人者でなかったら同情に値する環境だ。

 アズカバンでは長生きできないのもさもありなん。当然の報いだけれども。闇祓いの出す守護霊に囲まれていても心は底冷えする程悍ましい。そんな場所で十数年も生きながらえている囚人たちはきっと狂ってる。終身刑なんてやめて積極的に吸魂鬼のキスをしてやればいいのに。むしろそっちのほうが慈悲深い。

 そんなことを考えながら独房の査察を終え、吸魂鬼が彷徨いていない外を見た。崖っぷちの崩壊しかかった塀にはいくつか盛り土があり、そのそばに石が転がっている。

 墓だ。

 あまりに粗末なのですぐにはわからなかった。人殺し共の末路。こんな埋葬、ペットにも劣るわね。そう思って視線を外そうとしたとき、さっきまでいなかった吸魂鬼が二匹、その墓場に向かっていくのが見えた。

 おや?と目を凝らすと、土砂降りの墓場で動くものがいた。

 人間の残骸が混じり合った泥の中で誰かが襲われていた。船着き場の職員か?はたまた闇祓いかしらないが、私はすぐに助けに向かった。

 

 それがウラジーミルとの出会いだった。

 

 

 

 私は確かに彼の命を救った。だが言い換えればたかだか命を救っただけの関係だ。裏切られていてもおかしくはない。ポケットにしまった真実薬の小瓶を強く意識した。これを使いたくはない。私にだって少しくらいは情があるもの。

 親のエゴで心を引き裂かれた子ども。彼は自分の力だけを使い、兄弟の間の苛酷な生存競争を生き残った。魔法が使えなかろうが、私は彼の能力を評価していたし、その生き様に敬意を評していたつもりだ。

 

ーノック音ー

 

 私達の一年の信頼関係を杖や薬で終わらせたくないわ、ウラジーミル。返答次第では何もかもがおじゃんよ。そこまで愚かではないわよね。私はノックの主を扉越しに睨む。

 

「どうぞ」

「失礼します」

「ウラジーミル。随分偉くなったじゃない?」

 

 早速嫌味を言ってやった。ウラジーミルはほんの少しだけ眉をひそめ、扉を閉めたあと立ったままこちらを見ている。

「さ…言い訳を聞かせて頂戴」

「まず言っておくが誤解しないでください。僕はあなたを最大限尊重しています」

「尊重?顔に泥を塗ることが尊重ですって?」

「そう熱くならないでくれよ。とりあえず僕の話を落ち着いて聞いてください」

「口のききかたがなってないわ、ウラジーミル。あなたいつからそんな不遜な口がきけるようになったの?!」

「あー、わかった。わかりました。すみませんでした。…落ち着いてくださいよ。僕は貴方への恩を忘れてなどいませんから」

 

 ウラジーミルはいつもより遥かに面倒くさそうだったが、一応丁寧な言葉遣いにもどした。私はそれにますますイライラする。本来ならば彼がもっと焦り、私の許しを得るために必死にならなければいけないはずなのに。

 

「まず、マクミランの地下クラブについては貴方もご存知のはずだ。報告書にある通り、摘発者はザカリアス・スミス」

「…ええ。よく読ませてもらったわ。なんだか随分子供っぽい理由よね?マクミランにイライラしたから告発した、なんて」

「彼らは子供ですよ」

「そういうことを言ってるんじゃありません。…貴方が何かしたのでしょう?」

「何故?」

 ウラジーミルはピリッとした声で尋ねる。私は毅然とした態度を心がける。

「一年の付き合いでもそれくらい予想が付きます。いい?貴方の仕事相手がいっつも行方不明になるのくらい、私は気づいていてよ」

 ここで怯えているようではこの男にのまれるだけだ。私の虚勢を見てウラジーミルはほんの少し微笑み、いたずらっぽく言う。

「おっとそれは予想外だ。黙っていてくれたという事は僕たちの間にはそれなりの親密さがあったんだろうか?」

「それも今日で終わりかもしれないわね」

「ああ。あなたの推理通りですよ。僕が促しました。マクミランの自習クラブはハリー・ポッターの唯一の心の拠り所でしたからね。…まずは敵情観察の結果をお伝えしましょう」

 

 ウラジーミルは立ち姿まで何だか堂々として見えた。まるで別人のようだ。嫌な予感。真実薬よりも杖が必要かもしれない。

 

「ダンブルドアは我々魔法省の動向など意に介さず、尋問官の活動にもほぼ無反応です。トレローニー、ハグリッドの停職の際に後任を命じた以外は特に何もありません。ポッターの退学を理事会へ進言した際は強くこれを拒否しました。ですがポッター本人との接触はゼロです」

「接触がゼロと言える根拠は?」

「ポッターがダンブルドアと話せているのならば、僕に相談を持ちかけたりしないはずだ」

「待って。つまり…貴方はいまポッターの話し相手になっている。そういう事なの?」

 頭がクラクラしてきた。ポッターを擁護するどころか相談相手になってるですって?ファッジは彼を断罪しようとしているというのに?

「そうです。彼からの信頼は絶大ですよ。ただ一言、馬鹿げた名前を呼んだだけだというのにね」

「どうして、そんなことを…!」

 ウラジーミルはさも愉快そうだった。ワナワナと震えた私を見て、じっくり見て、決定的な一言を静かな声で言った。

「アンブリッジ。一つだけ確かなことがある。ダンブルドアは我々など眼中にない。ましてや魔法省大臣の座を狙っているなどというのはありえない」

 

 私は自分の脳の血管が切れたのがわかった。

 

「なんてことを!」

 

 手元にあった紅茶のカップを思わずウラジーミルに投げつけた。茶葉を蒸らしていた蒸気と赤色の熱湯が彼の膝下にかかり、破片が床に飛び散った。

 ウラジーミルは熱さに眉をひそめ、紅茶がかかったズボンをジロっと見た。しかし変わらず直立したまま激高した私を冷静に眺めていた。

 

「あんたも本当はわかってるだろ。なあ、俺はあんたを助けてやろうと思っているんだ。頼むから暴れんでくれよ」

 

 ウラジーミルはそう言うと懐から見慣れない杖を取り出し、濡れたズボンをなぞった。そして床に飛び散った破片に杖を振ると、破片が寄り集まっていく。

 

「な………」

 

 私は言葉を失う。スクイブが突然呪文を習得するなど不可能だ。

 

「貴方は誰なの?」

 

 杖を構えた。ウラジーミルの顔をした何かの脳天に向けて。ウラジーミルはやれやれといった顔をして前髪をかき分け、ため息をつく。

 

「だから嫌だったんだ。俺は女との交渉は下手らしい。いつも怒らせてしまう」

「名を名乗りなさい!さもなければ」

「さもなければ?」

「攻撃するわ。人も呼ぶ。貴方、ウラジーミルをどうしたの?」

「どうもこうもあいつに頼まれてきたんだよ。穏便にあんたを説得してくれとな」

「ウラジーミルが…?」

 

 そいつは「ああそうだ…」とつぶやくと同時に私の杖腕を掴み、思いっきり上へ引っ張り上げた。肩が外れそうな痛みと恐怖で悲鳴が出かかる、が直ぐ様口を大きな手で塞がれる。ほとんど吊り上げられる形になって私の頭は恐怖と屈辱で塗りつぶされていく。

 

「まあ別に、殺しさえしなければどうなってもいいとの事だ。俺のやりやすい方法でやらせてもらおうか」

 

 ウラジーミルの杖が、私の見開いた眼球に突きつけられる。私は心の中で後悔した。あの日、泥の中で死にかけた彼に抱いたほんの少しの憐憫を。ああなんと愚かだったんだろう。思い上がりだった!こんな事になるならば彼を見捨てておくべきだった。

 

「インペリオ」

 

 重たい声が耳を通して脳に絡みつく。同時に暗闇にどこまでも落ちていくような浮遊感に襲われて、意識の幕が下りた。

 

 

 

 

……

 

 

「しまった。息は…と」

 

 ウラジーミル・プロップは慌てて彼女の口から手を離し、足が地面につくようにおろしてやった。しかし息ができないせいで気絶したらしく、そのまま床にべシャリと落ちてしまった。

 

「ブランクのせいか。加減がうまくいかんな」

 

 そのまま転がった彼女の頭から数本毛を毟り、胸ポケットにしまった瓶の中へ入れた。軽く振ったあと、事務所のロッカーから衣服を見繕う。

 ピンク色しかないロッカーを見て顔をしかめ、何度も他の服を探したが結局諦めた。そのまま上着だけ脱ぎ、瓶の中身を煽った。

 

「ゾッとする味だ…」

 

 独りごちた直後魔法使いの部屋にはそぐわない黒電話の音が部屋に鳴り響いた。プロップはズボンのポケットから電話の絵が書かれた小さな名刺を出して耳に当てる。

 

「はい」

 

 アンブリッジの声色で答えると、名刺に書かれた黒電話のちょうど受話器の部分からけたたましい笑い声が聞こえた。

 

『うわ、マジかぁ。想像するともう笑いがとまんねーんだが、うん。とりあえず味はどうだ』

「砂糖を喉に流し込んだようだと思いきや、とんでもない苦さが襲ってくる。おぞましい味だ」

『わははははは!!!』

 

 けたたましい声にアンブリッジは顔をしかめ、床に転がってるアンブリッジから靴を奪う。さっきまで来ていた男物のスラックスと上着をまとめて縮小呪文をかけ、羽織ったピンクのコートのポケットにしまった。

「今から潜入する」

『ん、じゃあ一時間後に例の電話ボックスの前に車留めとくから遅れんなよ』

 電話の向こうの男がそういうと名刺はうんともすんとも言わなくなった。

 横たわるアンブリッジをドアの死角に転がして隠し、床の紅茶のシミを消した。襟を正してからドアを開けて、前で待っていた男に声をかける。

 

「そっちの用は済んだか?」

「問題ない。万事滞りないさ」

 

 そこには未だ回復していないはずのボードがつまらなそうな顔をして立っていた。

 

「魔法運輸部は一番馴染み深い古巣だからね。むしろ歓迎された」

「ポリジュース薬は何分前に飲んだ?」

「ほんの数分前」

「よし」

 アンブリッジはドアから出て厳重に錠をかけた。

 

「似合っているわよ、制服」

 そう言ってアンブリッジはウインクする。ボードは思いっきり顔をしかめて体をひいた。

「茶番はやめろよ…気味が悪い」

「爺さんの知恵袋。変装のコツは中身もなりきる事だ」

「アンブリッジはそんな事言わない」

「そうなのか?…まあいい。お互い時間が押してる。急ごう」

 

 二人はツカツカと廊下を横切り、エレベーターに乗った。他に乗客はいなかったので一気に地下9階へ降りる。激しい浮遊感と横揺れ。居心地の悪さにアンブリッジは思わずつり革をつかもうとして失敗した。

「背が低いと苦労するな」

 ベルの音が響き、エレベーターが停止する。鉄格子の扉が開くと黒い大理石のホールが広がっていた。

「這入りかたは覚えているな」

「当然だ。何度も復唱させただろ」

 アンブリッジに囁かれ、ボードは迷うことなく廊下を進んでいく。冷え冷えとした無音にアンブリッジのヒールが床を打ち付ける音だけが響いた。そうして進んだ先に扉がある。

「さて」

 ボード呟くと、アンブリッジはその扉を押した。するとゆっくり扉が開いた。不気味なほど静かなホールに蝶番のきしむ音が響く。

 

「やけに静かだ。無言者はいないのか?」

「いや。いるはずだが見られても問題はないだろう。ボードは退院した。それは事実だ」

「退院ね…」

「幸運に感謝しなければね。それと余計なことをしてくれたルシウスに。仕事がはるかにやりやすくなった」

 

 廊下を進むと見たこともない道具の数々が棚に所狭しと並べられている。金の鎖でぶら下がったランプ。水蛆虫。脳みそ。すべてを無視し扉を抜けていくと円形闘技場のような吹き抜けの部屋に辿り着いた。中央にはアーチがあるがそれも無視して真っ直ぐ目的の扉を開けた。逆転時計の倉庫を抜けた先に今回のメインが待っている。

 

「圧巻だ」

 

 予言の間。冷たい空気の漂う薄暗い部屋に幾千もの、幾万もの水晶玉が霞むほど並んでいた。

 

「始めよう。泥棒のようになるべく手早くね」

 

 




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