「プロップ先生は、信用できない」
と、ハーマイオニーは誰もがベッドに入ったあと、暖炉の火すら消えかかった談話室でハリー、ロンへ言った。それを聞いてハリーとロンは一度お互い顔を見合わせ、質問するタイミングを図る。まずはロンが口を開いた。
「そりゃ僕だって信用してるわけじゃないさ。でも、どこが?あいつ生徒にはなんの興味もなさそうだしこっちも放っておけばいいじゃないか」
「興味がない?とんでもないわ。あの人は私達を支配しようとしてるのよ」
「おいおい、陰謀論か?あのいかにもフツーっておじさんがそんな事するかな?」
「あのねえロン。外見なんてどうとでもなるじゃない」
「確かに去年は騙されたね」
ハリーの横槍にロンは笑い、ハーマイオニーは笑わなかった。
「ハリー、特にあなたよ。あの先生と話したっていうのは聞いたけど、あれだけで気を許しちゃだめだわ」
「僕もあの時はちょっと感情的すぎたと思ってるよ」
ハリーはやや渋い顔をして言い訳する。セーターのほつれを気にするふりをしてハーマイオニーの咎めるような視線から目をそらした。
「プロップ先生が例のあの人の名前を口にするのは、あの人が外国人だからよ」
「差別的なんじゃないの?」
「そういう話はしてないわ。神様と一緒よ。信じてないんだわ」
「…でも、支配っていうのは行き過ぎだと思う」
「そうかしら。貴方達はレポートの採点、ちゃんと見直してる?」
「えーっと…点数だけは見てるよ」
ロンの言葉にハーマイオニーはやっぱりね!という顔をしてから続けた。
「じゃあ今度から内容をよく読んだほうがいいわね。この間ネビルのレポートを見せてもらったわ。訂正箇所をよく見ると、全体的に闇の魔法使いに関する所や防衛術に関してマイナスイメージを持つような書き方がされている」
「おいおいおい。それはさ…」
ロンがそれを聞いて呆れた声を出した。
「君の被害妄想だよ!確かにプロップは間違いなく魔法省の手先なんだろうけど、そんなレポートの採点なんかで僕等を支配しようなんて、死喰い人も目からウロコだよ」
「僕も流石にそれは飛躍してると思うけど…」
「貴方達ねえ…授業前の質疑応答もちゃんと聞いてないでしょう?あの人の話すこと、婉曲だけど全てこれと同じよ」
そう言ってハーマイオニーは机の上に放っておいてあった日刊預言者新聞をとり、五枚ほどページをめくったあとハリーたちの前にひろげた。
そこにはガマガエルのような顔をした性格のきつそうな女の顔と、びっちりと紙面の隙間を埋めるコラムが載っていた。
「なになに?近代魔法界における教育の質と意義…ドローレス・アンブリッジ?」
近代魔法界における教育の質と意義 第一回
インタビュアー リウェイン・シャフィック
近代魔法界の教育について、世間で起きている様々な噂やスキャンダル、事件について交えながら魔法省次官にして初の高官魔女としてキャリアを積み上げるドローレス・アンブリッジさんと共に切り込んでいくシリーズです。
リウェイン:本日はお時間頂き誠に恐縮ですわ。さて、アンブリッジ女史といえば初の魔女魔法省大臣次官として一時期話題になりましたね。お仕事の方はどうですか?
アンブリッジ:こちらこそこういう機会を頂けて光栄です。順調ですわよ、おかげさまで。
リ:それはよいことですわ。さて、堅苦しい前書きはおっぽって、アンブリッジさんは最近教育問題についてとても憂慮なさっているとか?
ア:ええ。近代のホグワーツ魔法魔術学校の教育の質の低下はもはや知られているところではありますが、その問題についてきちんと分析している魔法使いはいません。ホグワーツ魔法魔術学校は我々魔法使いの伝統ある学び舎として何世紀もその役割を果たしてきましたが、近年その役割を疎かにしているのではないかと感じることが多いです。
リ:かくいうあたくしもアンブリッジさんも、きっと読者の皆さんもホグワーツの卒業生であることはほとんど間違いありませんからね。
ア:だから今のホグワーツを見れば皆さん驚かれるはずです。3年前に秘密の部屋事件で怪我人が多々出たことは記憶に新しいですし、昨年度は三大魔法学校対抗試合の事故とはいえ、生徒が一人亡くなりました。
リ:学校で人死がでるなんてそれだけで異常ですわ。
ア:その通りです。更に悪いことに、あの学校では闇の魔術に対する防衛術の教師がなんと一年おきに退職しています。
リ:それはこの新聞でも大きく取り上げました。今年はついに後任を見つけられずダンブルドアが理事会に泣きついたとか。
ア:それも当然でしょう。更に悪いことに…どうやら悪いことは続くようね(笑い声)ホグワーツには教師の水準に満たない教師が少なからずいるようです。
リ:まあ。どういうことですの?
ア:まず魔法生物飼育学。この授業で教鞭をとるルビウス・ハグリッドという半巨人は2年前ある生徒を危険生物に襲わせ、怪我を負わせました。(詳細は次号にて掲載いたします)このハグリッドは過去にアズカバンに収容されたこともある大変危険な人物で、以前は森番をしていたようなのですがダンブルドアはどう血迷ったのか、この危険極まりない人物を教師にしてしまったのです。
リ:まあなんてこと!!犯罪者に子どもを預けるなんて…保護者に事前説明はあったのかしら?
ア:ありませんでした。これもまたホグワーツが抱える病の一つでしょう。伝統はときに素晴らしい訓示を我々に授けますが、このような横暴に使われた際に我々に牙を向けます。伝統には守るべきものとそうでないものがあり、時代に合わせ変化していくべきでしょう。
リ:今回新設されたホグワーツ高等尋問官はそういった変化の一環でしょうか?
ア:その通りです。この役職の設立から公共の利益に準じた秩序がホグワーツに築かれることを祈ります。………(以下略)
次回はホグワーツで起きた事件について、アンブリッジ女史のお話を伺います。
「なんだこのコラム!ハグリッドが人でも殺したみたいな書き方だ!」
「そう。このガマガエルババア。こいつはプロップ先生の上司なのよ!そして先生は、ここにかかれてるのとほとんど同じことを言ってるの。言い方を変えただけで毎回ね」
「ハグリッドの悪口を?」
「違うわ。秩序についてよ。もう…今度からちゃんと授業を聞いておいてよね」
ハリーは憎たらしい顔を見てからその記事を上から下まで読み気づいた。
「こいつ、僕の裁判で僕をまっ先に有罪にしようとしたやつだ…」
「なんだって?」
ほらね、と言いたげにハーマイオニーは肩をすくめた。
「そして、めでたくプロップ先生はホグワーツ高等尋問官に任命されるそうよ。すごく小さい記事だけど、候補者として名前が載ってた」
「尋問官って何をするの?」
「この言い方からして、先生たちを尋問するんじゃないかしら…詳しくはわからないわ。多分、あと一週間もすれば公表されるんでしょうけど」
三人はうーんと唸って柔らかいソファの背に埋もれた。
「僕、シリウスに手紙を出すよ。確かにプロップ先生はあんまり信用できなさそうだし、やっかいそうだ」
「検閲されるかもしれないからそうと悟られないようにね」
「当然。いつもそうしてるって」
ハリーはくしゃくしゃの前髪をかきあげた。なんだか前にプロップ先生の前で感情を吐露した自分が恥ずかしくなってきて気まずかった。彼はとても優しくて思いやりがあるように思えたが、この魔女の手先だと思うとなんだかその優しさも嘘っぽく思えてしまうし、あれが本当に優しさだったのかも疑わしく思えてくる。
彼がセドリックに祈った安らぎまで疑いだして、ハリーは自己嫌悪に陥った。
しかし高等尋問官が実際に設立され、パーシーが日刊預言者新聞の紙上でつのぶち眼鏡のつるを人差し指でクイッと押し上げているのを見てから、やや事態は変わった。
「あの、大間抜けの魔法省バカ!」
開口一番ロンが吐き出したのはパーシーへの悪口だった。朝のふくろう便の時間で激昂する生徒は珍しいので一瞬注目を浴びたが、大半の生徒はすぐに新しく机の上に出てきたヨーグルトに気を取られた。
「どうしたの?」
とっくにサンドイッチを詰め込み終わりいなくなってたハーマイオニーに代わってハリーが声をかけた。
「パーシーのやつ、僕にこんな手紙をよこしたんだ!」
親愛なるロンへ
僕はたった今プロップから(君の新しい先生だね)君が監督生になったと聞いて、急いで筆をとった次第だ。僕は正直、君はフレッド、ジョージ路線を歩むのだと思っていたのではじめ彼のたちの悪い冗談だと思ったくらいだ!
さて、もし君が日刊予言者新聞を読んでいるならもう知っているかもしれないが僕はホグワーツ高等尋問官助手に選ばれて数日以内にホグワーツに行くことになっている。立派な役職を得てまたホグワーツに戻ることができるのは喜びでもあり、また不安でもある。
君のやっかいな友人について、つまりハリー・ポッターについてだが、今のうちに距離をとっておくのがいい。プロップと違い、僕は彼の嘘つきに我慢するつもりはない。君もやがて僕と同じ道に行くつもりなら、自分の身の回りはキレイにしておくべきだ。もし彼に関して困ったことがあったら僕に遠慮なく言ってほしい。僕には減点や罰則を課す権限はないが、それもいつまでかわからない。
夏の間に君に会えなくて残念だ。監督生バッジを手にした今なら僕がなぜ両親を批判するのかわかるだろう。
君に会うのが楽しみだ。それまでにぜひ考えておいてほしい。君のそばに落ちている大きな問題について。
「おっと…それで…君がもし僕と、つまり大きな問題を切り捨てたいと思うなら」
「それ以上言わないでくれ」
ロンは手紙を引き裂きながら言った。
「あの、権力の犬ッー!」
ずたずたになった手紙をロンは空中にばら撒き、それを雪に変えてしまった。
「あー、初めてうまくできた」
「次の呪文学のタイミングで手紙が来るといいね」
「二度とゴメンだ」
ハリーはロンが怒ってくれたのが嬉しくて、その日一日上機嫌だった。スネイプがいくら通りすがりに嫌味を言おうと、スリザリン生が陰口を言ってるのを聞こうと、今日だけは怒らないでいてやろうと思えた。
一方で発行された新聞に関してプロップ先生がさして気にしていなさそうなのも妙に思われた。本当に魔法省から来たのか怪しいほど、出世欲や権威欲が感じられなかった。ハリーが今までであった魔法使いのうち、アーサーおじさんと闇祓いたち以外の殆どは権力についてよく考えているように見えたので不思議だった。
「先生、先生のお名前を新聞でお見かけしましたよ…」
と、ドラコとプロップが話しているのを見たときにプロップは
「そうか。もっと面白い名前だったら、誌面も賑わうのに」
と素っ頓狂な感想を言っているのを見たくらいだった。ドラコはつまらなそうな顔をしてまた別の話題を振っていたが、あんまり立ち止まって聞き耳を立てているのも妙なので立ち去った。フレッド、ジョージの伸び耳の完成を祈った。
ドラコはシリウスが動物もどきだと知っているに違いない。もしかしたらドラコはハリーを貶めるために手紙を見たり、いろんな手段を使うかもしれない。
ドラコは今までハリーの事を積極的に邪魔してくることはなかった。言うなればハリーとドラコの道がたまたまかぶったときに衝突が起きるという状況で、彼が自分の道からハリーの道へハンドルを切って車体をぶつけるような真似はなかった。
ドラコが本気になったときどこまでの事ができるのか、ハリーは興味が湧きつつも体験したいとは思えなかった。
「ポッター、ちょっと残ってくれるかな」
授業後、珍しくプロップがハリーに話しかけてきた。ハーマイオニーの目に警戒の色が宿るが一見無害な教師の呼び出しを断ることはできなかった。
プロップは今までハリーがこなした過去の様々な闇の魔法使いによる事件のレポートについて返却時の赤ペンよりも細かく、丁寧に指導した。
「あの、聞いてもいいですか?」
「なんだい」
「この事例はどれも1945年以前のものです」
ハリーがプロップについて一番引っかかっていた点はそこだ。彼は一度もヴォルデモートやその配下が起こした事件の課題は出さなかった。
「何故ヴォルデモートの起こした事件について扱わないんですか?」
「それは簡単だ。僕はヴォルデモートよりもグリンデルバルドが好きなんだ」
「グリンデルバルドが好き…?」
「そうだよ。まあ僕の地元では彼のほうが有名だったというだけの話だけどね。親しみがあるんだ」
「親しみ、ですか」
「言い方が気になるのなら言い直すよ。怖い、だね」
プロップはあまり怖くなさそうな顔で言った。
「僕はもう死んだ人より、今生きているヴォルデモートについて学びたいです」
「おや、ひょっとして君は魔法史の成績が悪い?」
プロップが珍しくクスクス笑いをしたのでハリーは面食らってしまう。
「彼はまだ生きてるよ。ダンブルドアに閉じ込められているだけで」
「そうなんですか?全然知らなかった…」
「だから僕は怖いんだよ。死んでると思ってたら生きていた、なんて一番怖くないか?自分の中で葬った人間が本当はちゃんと息をして肉体を持って魂すべてをかけて僕を殺しに来るのだとしたら僕はもうなんだかすべてをかなぐり捨てて逃げ出したくなるよ」
プロップは、突然長々と喋りだした。まるで幽霊でも取り憑いたかのように鬼気迫る台詞だったが、ハリーの驚いた顔を見ると取り繕うように普段の無表情に戻った。
「…まあ、たしかに偏りすぎていたね。次からは彼の事件も入れることにするよ」
「お、お願いします」
「うん。…君のレポートはとてもいい視点だと思うよ。僕は前々々々職のとき魔法法執行部の資料整理のアルバイトをしていてね。ボーンズ女史だったかな、あれは…彼女の切り込み方に似ている」
「先生、一体何回転職したんですか?」
「転職じゃなくて部署異動さ。まあ僕みたいな外国人は、仕事にありつけるだけ良い方だよ」
プロップは今までのハリーのレポートを預かり、ハリーにいただきものらしい茶菓子を渡した。
「ポッター」
去り際にプロップはハリーに問いかけた。
「問題だ。一人の魔法使いと哀れなマグル。足元には死体。凶器はスコップ。魔法使いとマグル、どちらもマグルが犯人だと言っている。君はまずどっちを疑う?」
唐突な問にハリーは思わず反射的に答えた。
「マグル、じゃないですか?」
「なぜ?」
「だって魔法使いが犯人なら、魔法で殺すはずだ」
「いい視点だ」
プロップは笑った。
「僕はこの問題で、杖じゃなくても人は殺せる。そういう教訓を得たよ」