「それで、どうなったんだ?」
「———まだ聞きたいのか?」
「お前だって俺の話を聞きたがっただろう」
ついさっきまでたった18年とは思えない程に濃厚なロロの人生譚を強請っていた自分を思い出すと、ぐうの音も出ない。
ロロは神を時折見やりながら静かな視線で強請ってくる。冷静さを装っているものの菫色の瞳からは好奇心が溢れ出して零れている。こんな話を聞いて何が楽しいのだろう。
とはいえ先ほど自分はロロの話を聞いている時確かに楽しかった。救いようも無い恥や失敗、そういった人間の負の部分の話は聞いていて仄暗い快感が伴う。怖いもの見たさとはまた違う。それは傷の舐め合いに近い幼稚な感覚なのかもしれない。
それに俺とロロは在り方も生き方も似ているからより相手のことを知りたくなるのだろうか。一体自分達はどこで失敗してしまったのか、相手と比べて自分を知ろうとでもしているのか。
そうなのかもしれない。ルルーシュは苦笑しつつ頭を振った。
取り返しなど今更つかないと知っている。ナナリーは……ナナリーはもう、戻ってこない。もう何をしても、戻ってこない。あのアッシュブラウンの髪を結いあげることも、優しい笑い声を聞くことも、もう生涯叶うことは無い。失ってしまった。可愛い妹。愛おしい人。
それなのに自分はまだ生きている。不思議でならない。あんなに大事だったのに、もう明日のことを自分は考えている。どこで選択を間違えたのか知りたいのだ。次は失敗しないように。
嫌になる程にルルーシュという人間は勤勉で、生真面目で、反逆心を抱くようにできている。
肘をついてどこから話そうかと悩んだ。ここまで隠し事なく話をするのは初めてで調子が狂ってしまう。こうして素直に話そうと意識的に口を開くと普段の自分は格好付けで、会話に幾分かの嘘と隠し事す癖があることに気づいた。既に習慣が体に染みこんでいるせいでありのままを話すということが困難でさえあった。
しかし歪んだ習慣を無理やり矯正させるように一言一言紡ぐのはそう気分が悪いことでは無い。昔を振り返りながらぽつぽつと話す。右に左に行ったり来たりしながら話していると自身の生まれてから十二年という歳月はただ愚かだったと痛感した。
愚かであったと認めるために話す事は、口から胃の中で腐りきった汚物を吐き出すような取り返しのつかない気持ちよさがあった。
きっとロロは俺と同じような気持ちで話していたのだろう。
せっかく飲み込んだのにと思いながら。
前を見ると神は未だ逡巡するように蠢いている。残っているのは人ばかりだった。
虫や木々、草花、動物達は既に道を決めていた。俺は地べたに身を横たえ、どうしようか、どうしようかと親から逸れた稚児のように悩む人だけとなった神々を見上げた。 これまでの人生を鑑みて、他の人々の動向を観察し、自分はどうしたいのかと考える。その過程は人生のようだった。
悩むだろう。悩んで当然だ。いつだって人間は悩む。悩みながら生きて行く。
だって本当に正しいことも、間違っていることも、無いのだから。
どんなことだってほんの少しは正しいし、ほんの少しは間違っている。
そんなこと誰だって知っている。でも理解は難しい。
ロロ、お前はそのことを理解した上で行動したんだな。
凄いよ。
俺にはお前みたいなことはきっとできなかった。
.
1. 嘘でも幸せだった。嘘じゃないんだ
これまでになく平和な日々をこの5年間過ごした。
クラブハウスは学生が住んでいるとは思えない程に豪華な造りをしている。家具の繊細な意匠や小さな調度品などは貴族の別邸のようにセンスが良いが癖は強く無く、あくまで質素さを崩さない。建てた人物がこの家に住む人々が安らかに過ごせるように尽くした配慮が伺い知れる、繊細な造りの家はジェレミアの家でもあった。
ここに住み始めた当初は細やかな装飾を施されたクラブハウスに驚いたものだが、流石に5年も経つと慣れる。
ジェレミアはルルーシュを起こすために廊下を歩いていた。
低血圧なルルーシュは寝起きが非常に悪い。そして起こし方を間違えるとその日一日中不機嫌になる。友人であるリヴァルへの扱いはより適当になり、授業は高確率でサボってしまう。
自分が仕事でいない時はちゃんと時間通りに起きて身だしなみも整えているらしいのだが、その場に立ち会ったことが一度も無いので容易には信じがたいことだ。
しかし一度懐に入れた人間には躊躇無く心を開くルルーシュのことだから、これも自分に甘えているのだろうと思えば別に面倒とも思わない。そもそもルルーシュの世話を焼くことをジェレミアは面倒と思ったことはなかった。
朝の6時半に起床して頂く為にジェレミアは朝の6時に部屋をおざなりにノックして、許可を待たずに入り込んだ。
年ごろの女性にしてはシンプルな部屋はモノトーンで統一されておりアリエス宮の頃と同じく端末の類で溢れている。だというのに全く狭さを感じないのは日ごろから整理整頓されているためだった。整然とした部屋には埃一つ落ちておらず几帳面な主の性格を反映している。天井から吊り下がっている液晶画面は今は全て沈黙しており、飾り気のないシンプルな時計だけが静かに時を刻んでいる。
部屋の中央に据えられたセミダブルのベッドの中央で、呼吸に合わせてシーツが微かに上下していた。
ジェレミアは慣れた様子で部屋を横断して容赦なくカーテンを全開にした。この時点では主はシーツの中で身じろぎもしない。
朝日が部屋に入り込む。良い天気だ。ジェレミアは息を吸い込んだ。
「ルルーシュ様、おはようございます!」
「うるさい」
ベッドから手だけを出して枕を投げつけられる。
枕は顔面にクリティカルヒットした。
枕が床に落ちる前にキャッチしてそっとベッドに戻す。シーツから生えている手が枕を引っ掴み再度シーツの中に引き戻した。真っ白いシーツを被った姿は巨大な饅頭にしか見えない。
低反発枕が当たった程度別に何ともないが、これ以上無理に起床を促すと人並み以上の反骨精神を逆撫でするだけだということは経験上よく知っている。ジェレミアは一旦引き下がった。
そして6時10分に再度声をかける。
シーツの饅頭から上がる「うぅうぅぅ………あと10分……」という唸り声に「あと10分ですね。ではあと10分後に必ず起こしに参りますからね」と念を押して再度引き下がる。
目覚まし時計のスヌーズ機能になった気分で6時20分に再度声をかけると、もそもそと饅頭の端からぼーっとした顔をはみ出させて「………あと10分」と呟いたため「分かりました。ではあと10分後に必ず起きてくださいね」と再度念を押す。
そして6時30分ジャストに部屋に行くとこちらの姿を認識するなりルルーシュは舌打ちして自分でベッドから這い出てきた。
この一連の流れはほぼ毎日行われ5年近く続いている。
飽きないのだろうかとも思うが、飽きる様子は今のところ見られない。こんな調子で修学旅行先でちゃんと起きられるのだろうかと最近は毎朝心配になる。
ルルーシュはベッドの端に座り舌打ちして太陽を睨んでいた。
「ルルーシュ様、おはようございます」
「………朝っぱらから馬鹿みたいに照り腐りやがって……」
「はいはい。いいお天気ですね」
ぶっすりと頬を膨らませてルルーシュは猫のように手足を伸ばした。
17歳となったルルーシュは髪はぼさぼさで顔も洗っていないというのに微笑み一つで太陽を落とすが如く美しい。凛々しい容貌は中性的であり、二次性徴を終えかけている17歳であっても男性か女性か判然としない妖しさがある。気だるげに身を起こす仕草と言ったらあまりに艶めかしく直視ができない。既に人生の大半を一緒に過ごしているというのにジェレミアは未だルルーシュの美貌に慣れていなかった。
ルルーシュは大きく欠伸をして突如としてパジャマのボタンを外し始めた。
冷水をぶっかけられた猫のように全身を震わせて瞬時に部屋から出る。すぐに扉を閉めて熱の籠った顔を両手で覆った。
外されたボタンの隙間から肌なんて見えていない。白い肌なんて全然見えていない。
「どうした?」
脱いだパジャマをハンガーにかけながら突如として部屋を出て行ったジェレミアにルルーシュは首を傾げた。
出来得る限りで冷静な声を出すように努めながら何ともなさげにゆっくりと口を開く。
「……もう子供とは言えない年齢なのですから慎みをお持ち下さい」
「何を言っているんだ。着替えないと登校できないだろう。それともお前はパジャマで登校しろとでも言うのか」
「異性の前で素っ裸になるのをおやめくださいと言っているんです!」
「そんなことする訳ないだろ」
「じゃあどういう訳で今躊躇なく服を脱いだんですか!」
「だってお前は……まあ、ジェレミアだし」
ジェレミアだしって何ですか!?
変なことはしないと信頼されているのか、それとも異性としてカウントされていないのか、いずれにせよルルーシュからの信頼を裏切るなどできる筈も無くジェレミアはそのまま膝から崩れ落ちた。
知ってますけど!
ルルーシュ様は男とも女とも言い難いってことは知ってますけど!
でも私は男なんですよルルーシュ様!
ぶんぶんと頭を振りながらジェレミアは数年前から生じ始めた煩悩と、自分ながら呆れが生じる程に強靭な忠誠と精神力の狭間の迷路で延々とさ迷いながら深いため息を吐いた。
この五年間でルルーシュの身体から幼さはほとんど払拭された。小児期独特の膨らんだ体は削ぎ落され、女性のような柔らかいフォルムの胴体と男性のような骨ばった四肢が残るばかりになった。
脂肪が体につきにくいのか華奢な体躯ではあるものの男性にしても長身に分類される程の身長は肉の薄さを感じさせない程に堂々としている。その胸は平均より非常にささやかであり、はっきり言ってしまうと無いに等しい。だが男性にしては肌はあまりに滑らかで髪は艶やかしい。
その性格も潔く男前で肝が据わっているが、繊細で情に深い女らしい側面も多分にある。
どこからどう見ても美しく、どこからどう見ても男とも女ともとれない存在へとルルーシュは成長していた。
17歳という年齢を多くの人はまだまだ子供と考えるだろうが体はもう成人に近い。ジェレミアもそう思っている。ましてやルルーシュが育った環境は特殊で、人より早く成熟した精神の内部には子供らしい幼児性が未だに見え隠れしている。
ルルーシュは子供だ。まだ。しかし体はもう大人に近い。
そんなルルーシュにとてつもなく懐かれているだけにジェレミアは困っていた。ジェレミアは大人ではあったが、ルルーシュを子供と諦観できる程に成熟してはいなかった。
これがペットの猫だったら「他の人間には懐かないのに俺にだけ懐いてくれるんだ~」と単純に嬉しかっただろうが。
自分が世界で最も幸せになって欲しいと願っている絶世の美人となると、困る。
色々と揺らぎそうで困る。
「おい、着替えたぞ」
部屋から出てきたルルーシュはいつもの通り制服を着ていた。黒を基調とした厚めの生地に金色の縁取りがされている。紛れも無く名門アッシュフォード学園の、男子生徒の制服だ。
ルルーシュは女性の服よりも男性の服を好んで着ていた。制服もスカートよりズボンの方がしっくりくるとのことで、教員側に掛け合い中等部の頃から男子生徒の服装を着ている。
それにしても寝ぼけながら着たのだろうか。服の端はよれているしボタンが1つ留められていない。左右にボタンが1つずつしかない形状の制服は1つボタンが外れているだけで随分とだらしがない恰好に変貌する。
「……失礼します」
少し躊躇し、しかし放っておくのもと思って一言宣言してからボタンを留める。その間もルルーシュの頭は前後に揺れていた。
「どうしてそんなに眠いんですか」
「新商品のアイデアと、それからKMFへの作業が色々あって……」
「アイデアが思いついたら徹夜をする癖をそろそろ直してみてはいかがでしょうか」
「別に問題は無いだろ。授業中寝ればいいんだから」
欠伸を繰り返すルルーシュに自分が学生時代だった頃のロイドを不敬と思いつつも思い出した。ロイドも授業を一度も真面目に受けなかったくせに成績だけはやたらと良かった。
いつの時代も天才というものは世の常識から外れるものらしい。
「はい。もういいですよ」
「んー」
「ナナリー様を起こされに行くのですか」
「そう。先に朝食食べといていいから」
「お待ちしております」
「真面目だなあ」
「一緒に食べた方が美味しく感じるんですよ」
「それもそうか」
行ってくるとルルーシュはナナリーを起こすべく足を隣の部屋に向けた。
一度はっきり目が覚めればルルーシュは自分とナナリーのことは全てやってしまう。あんな風に駄々をこねるのは目が覚めるまでの数十分だけなのだ。
貴重なルルーシュの眼覚めの時間に毎朝見えている自分はとてつもなく幸福な人間なのだろうと毎日思う。
リビングではメイドの篠崎咲世子が朝食を机に並べていた。
「おはようございますジェレミア様」
「ええ。おはようございます」
礼儀正しくお辞儀をする仕草は日本人らしく丁寧で西洋には無い物静かな品があった。
篠崎咲世子はルーベンに紹介された日本人のメイドであり、SPだ。肩までの短い黒髪に黒く大きな瞳が特徴的な童顔の女性は今やクラブハウスでの生活に溶け込むように自然に存在している。
しかし紹介された当初は咲世子にナナリーの世話を任せるなどあまりに危険性が高いように思われた。咲世子の能力ではなく、戦争直後という日本人のブリタニア人への憎悪がピークに達している時期に由緒正しい血統を持つ日本人を傍に置くことへの危惧はあまりに強かった。
敗戦国の女性を奴隷とする悪習は全世界の歴史に存在する。現代においてもエリアへ移植したブリタニア人の間ではより美しいナンバーズをメイドとして雇うことがステータスとされている。
だがブリタニアへの憎悪なら売る程あるナンバーズが雇い主のブリタニア人へ暴力を働くケースも稀にある。不利な雇用体系や雇い主からの暴行に堪えかねて、という事例が多い事も事実だが、そうでない事例もある。ブリタニア人であるというだけで日本人の憎悪の対象である現状において、ナナリーを日本人と一つ同じ屋根の下で暮らさせることへの抵抗は拭えなかった。
しかし女性のメイドが必要であることもまた事実だった。
SPならば実質的にその任を負う選任騎士のジェレミアがいるものの、姉妹の世話となれば話が変わってくる。特に足が不自由であるナナリーの介助には入浴や排泄のサポートが必須であり男の自分では適切な世話はできない。
最終的にメイド兼SPとしてクラブハウスに招き入れることとなった篠崎咲世子はその性根と能力、そして5年間の献身的な態度により実力でルルーシュの信頼を勝ち取った。
ジェレミアにもこの日本人女性への警戒心は今やほとんど残っていない。
枢木家にいる間遭遇した日本人達は本当は日本人ではなかったのではないかと思う程に、このメイドは礼儀正しく控え目な日本人女性だった。家事は万能で気も利き、ナナリーの介助も嫌な顔一つせずこなす。彼女こそがヤマトナデシコというものなのだろう。
甲斐甲斐しく世話を焼く咲世子に母を亡くしたナナリーも良く懐いていた。髪の色も目の色も全く違うと言うのに咲世子とナナリーが揃うと姉妹のように見える。
頭を上げた咲世子は自身より頭二つ分は大きいジェレミアを見上げた。
たまにジェレミアにベッドから引きずり出されているルルーシュだが、この時刻にジェレミアがリビングに顔を出したところを見るに今日は比較的ちゃんと起きたらしい。酷い時にはズボンにしがみ付いて寝室から出てくることもある。
「ルルーシュ様は起きられましたか」
「今日も三十分かかりましたが、無事に」
毎朝変わらず続けられる習慣が今日も更新されたのだと咲世子は控え目に笑い声を零した。
たまに咲世子がルルーシュを起こしに行くこともあるが、その時ルルーシュは最初のノックで目を覚まして即座に身支度を始める。むしろジェレミアが居ないときは起こしに行く前に起きてくることの方が多い。
他にも、子供にあって当たり前の甘えをルルーシュは頑なに他者へ見せようとしない。隙を見せれば死ぬ環境に長く置かれていたせいだろうか、自身を律していると言えば聞こえは良いが、それはつまり無理をしているという事だった。
子供らしくないルルーシュの有りように咲世子もしばしば胸を痛めていた。ナナリーという生き甲斐とジェレミアという安全圏が張り詰めた糸のように生きる彼女を支えているのだろう。
「本日ジェレミア様は仕事でしたね」
「ええ。19時までには帰れると思います」
「分かりました。では夕食はいつも通りの時間でよろしいのですね」
「お願いします」
湯気の立つ琥珀色のスープに焼きたてのバターロール、ベーコンエッグにシーフードサラダと朝食が次々と運ばれる。咲世子の無駄のない動作はまるで武術の舞ようだと常々感心する。
ジェレミアも2人分の紅茶を淹れてニュースをチェックしながらルルーシュとナナリーを待った。ニュースでは史上初のナンバーズの騎士となった枢木スザクの記事が一面となっている。口元を締めて凛々しい表情を作ろうとしているらしいが17歳という年齢のせいか、それとも真っすぐな性根のせいか、甘さが拭えない柔らかい横顔が映っていた。
スザクは戦後ブリタニアに移りノート・マクスウェル子爵の庇護の下で名誉ブリタニア人として従軍して戦績を重ねた。他者より頭一つどころか山一つは抜きんでている戦闘能力を買われ、特例で特派所属の騎士となった異例の人物として話題に上っている。子犬のような可愛らしい童顔とえげつない戦歴のミスマッチさが人気を呼んでいるらしい。
だがイレブンと呼ばれる者達からすれば明らかな売国奴であり、忌々しい男だろう。
「……やっぱり君は馬鹿じゃないか」
小さく呟く。素直に六家に保護されていればブリタニアの兵士などにならずに済んだだろうに。
ブリタニアに捕虜にされた最悪のパターンを想定してルルーシュが作った手紙が裏目に出てしまい、枢木スザクは順調にマクスウェルの後見を受けて功績を重ねて出世をしているようだった。
本当に昔から彼はルルーシュの予想を裏切るのが上手い。
新聞を折り畳んでルルーシュの席の前に置いた。スザクの功績を目にするたびにルルーシュは機嫌を悪くするが、それでもスザクの記事は新聞だろうと雑誌だろうと必ずチェックしている。
親友であるスザクが軍人という職業に就いていることが気に食わないと同時に心配なのだろう。自分が書いた手紙が原因だと思っているからこそ余計にそうなのかもしれない。
暫くするとルルーシュがナナリーの車椅子を押しながらキッチンへとやってきた。
先ほどのベッドでのぐでっぷりは何だったのかと思う程にルルーシュは制服を皺ひとつ無く着こなし、目元も涼やかな凛々しい表情をしていた。
それどころかナナリーにもきちんと制服を着せてやり、ウェーブがかった髪を艶やかに纏め上げている。
たった10分程度とは思えない凄まじい早変わりだ。ナナリーの前では常時恰好を付けていたいという本心が垣間見える。
「おはようございます咲世子さん」
「おはようございます」
「おはようございますルルーシュ様、ナナリー様」
ルルーシュはナナリーの車椅子を朝食の前の位置に固定し、自分はその隣に座った。席に着くなり新聞を取り上げて一面に載っているスザクの記事に眉根を顰めている。
「とうとうトウキョウのテロ鎮圧部隊に入ったかあの馬鹿」
「馬鹿ですね」
「あいつは自分が母国の人間からどう思われているのかも想像つかんのか」
「———どうなのでしょう」
「分かって………いなさそうだな。あの馬鹿は」
鼻息荒くルルーシュは新聞の記事を貪るように読み進めた。純粋にただの子供でしか無かったスザクの姿を思い出す。少し短慮だったが、スザクは今時珍しい程に純粋で無邪気な少年だった。そんな彼を知る人間はもうルルーシュとナナリー、そして自分ぐらいしか残っていないだろう。
今や枢木スザクは日本人の憎悪の象徴として、シャルルの次に名前の挙がる人物だった。敵より無能な味方が憎いと言うが、裏切り者は殊更憎いと決まっている。
ブリタニアでは名誉ブリタニア人と蔑まれ、母国の人間には売国奴と罵られ、あの男は一体何を目指しているのだろうか。
「どうしたのですかお兄様?」
「………スザクがまたフクオカで功績を挙げて、今度はトウキョウに配属されることになったらしいよ」
「トウキョウ!本当ですか!」
嬉し気に手を叩くナナリーに、どう反応していいか分からずルルーシュは戸惑いながらそうだね、と返した。
あの真っ正直だったスザクがこの5年間でどう変わっているのか、ルルーシュにも予測できなかった。怨念渦巻くブリタニア軍において、子供の純粋さを保ち続けることは難しい。もしかすると名誉欲に取りつかれた、ブリタニアの犬に成り果てているかもしれない。
そんなスザクに呑気に会いに行く程、ルルーシュは能天気ではない。
ルルーシュは新聞を折り畳み机に放り投げた。
時刻は出社時刻に迫っていた。ルルーシュとナナリーの登校時刻にも近い。
ルルーシュはナナリーの車椅子を押して玄関に向かった。だが玄関扉を開こうとノブに手をかけた瞬間に、タイミングを計ったように扉がノックされる。
控え目ながらも存在感の強い音と共に、聞き取りやすい美しいブリタニア語で男は来訪を告げた。
「ルルーシュ、いるかい?」
「ロロさんですか?」
ルルーシュと似ているが低い声色に、ナナリーは嬉し気に手を叩いた。その後ろでルルーシュは顔を無表情のまま強張らせた。
「そうだよナナリー。エリア11に帰ってきたから顔を見せようかと思って」
久々のロロの来訪に笑顔を見せるナナリーに眉を下げながら、ルルーシュは黙って扉を開けた。5年前と全く同じ美貌を保つロロが扉の向こうに立っていた。
気持ち悪い程に5年前と容姿が変わらない。まるで予測していたかのように、成長したルルーシュの容貌そのままの姿で立っている。
元々女性的な妖艶な美貌を持ち合わせているロロは、女性の身体を持つルルーシュと容姿から体格までほとんど違いが無かった。僅かにルルーシュの方が脂肪が厚く、僅かにロロの方が骨ばった体格をしているが、服を一枚着ればその差は隠れてしまう。
「ナナリー、久しぶりだな」
「お久しぶりですロロお兄様。お元気でしたか?」
「ああ。ナナリーも元気そうでなによりだ」
柔らかいナナリーの髪に指を通すロロをルルーシュは嬉しいとも腹立たしいとも言い難い感情を腹にため込みながら見やっていた。表情は苦虫を噛み潰したようであるが、久々の来訪が嬉しくない訳でもない。
ロロと話をするのは純粋に楽しいし、チェスをするのも楽しい。自身の知らないヨーロッパの話は聞いていて勉強にもなる。
ただ少しだけルルーシュはロロを苦手としていた。
ロロは非常に優秀な青年だ。普段はヨーロッパで貿易関係の仕事をしているらしいが、時折ランペルージ家にやって来てはルルーシュの家庭教師のようなことをしている。
天才であるルルーシュに政治経済から軍略、果ては社交界でのマナーまで教えられる程に優秀であるロロは、文句の付け所も見つからない程に完璧な人間だった。
容姿は言うに及ばず、その頭脳はルルーシュさえも凌駕する。驚嘆する程に記憶力が良く、様々な分野へ専門家はだしの知識を持っている。家事は完璧にこなし、さらに話し上手でチェスも上手い。シュナイゼル以外にチェスで負けたことの無かったルルーシュだったが、この5年間はロロに負け越している。
その能力だけを評価するならば、正に完璧という言葉を体現するかのような人物だ。
しかし完璧な人間などこの世には存在しない。
目の見えないナナリーを配慮して言葉をかけながら手を取るロロをルルーシュは睨み据えた。
ロロの性根は痛々しい程のリアリストであり、また同時に言葉の端々に破滅願望が見え隠れする皮肉屋でもあった。
天才的な才能に裏打ちされた、他者の意見は聞き入れないというロロの悪癖もあり、同じくリアリストであり皮肉屋であるルルーシュはロロと和やかに談義などしたことが無い。普通に会話をしていても、いつの間にか喧々諤々の大論争に発展する。
しかし演技力も天才的なロロは、そんな面倒くさい性根をルルーシュ以外には見せてはいないようだった。
特にナナリーには冷徹なリアリストの顔を欠片も見せないよう周到に立ち回り、溺愛と言っても過言でない程に甘やかしている。仕事を間違えているとしか思えないロロの演技力はナナリーに対して遺憾なく発揮され、すっかりナナリーはロロを“優しいお兄さん”と信じ切っていた。
ようやくこの場にナナリー以外の人間もいたことに気づいたのか、ロロはルルーシュに眼をやった。
いつものことなので気にもしない。それにナナリーがとてつもなく可愛いのは事実だ。他の人間が目に入らないのもしょうが無いとルルーシュは納得していた。
「ルルーシュも久しぶりだな」
「ああ、久しぶりだ。どうして来たんだ」
「随分な言い草だな。135連敗の記録を伸ばしてやるためにわざわざやって来てやったというのに」
ルルーシュは舌打ちしてロロを睨みつけた。
「次は勝つ」
「そうか。それは楽しみにしておこう」
小さく笑ってロロは、ああそういえば、と続けた。
「仕事の関係で暫く日本にいることになったんだ。また暇な時に来るよ」
「随分と急だな」
「ヨーロッパの方は部下に任せられるようになったんでね。新たな市場開拓といったところさ」
芝居がかった仕草で肩を竦めるロロにルルーシュは唇を尖らせた。
自身と同等のレベルであるロロと話すのは楽しいが、非常に疲れる。嬉しいが面倒くさい。
「……お土産はあるのか」
「ナナリーの分ならある」
ロロはきっぱりと清々しい程の勢いで言い切った。やはり顔が同じだと性格も似るのだろうか。
いくら親類とはいえ些か不可解にも思える程の溺愛にルルーシュは「ナナリーは可愛いから」で納得していたが、ジェレミアは首を傾げるばかりだった。
上手く隠しているようだが、ルルーシュの傍にいるジェレミアは時折ロロがルルーシュへ、冷たく、非難めいた目線を向けていることに気づいていた。それは決まってルルーシュが学校へ行ったり、友人と遊んでいる時だった。
ロロはまるでルルーシュが子供であることを非難しているようだった。17歳といえば遊びたい盛りであり、友人も多いルルーシュが家の外で遊ぶことはむしろ健康的ですらあるというのに、ロロの視線はそれさえ許さないという程に凍てついていた。
ナナリーを可愛がるにしても、どうして子供らしく遊んでいるだけのルルーシュをそんな目で見るのだろうか。
ロロがルルーシュの親類である以上それなりの敬意は払うが、不可解な行動の多いロロは今を以てしてもジェレミアの警戒の対象だった。
「とりあえず話はまた帰ってから聞く。学校に遅れそうだ」
「そんな時間か。じゃあナナリー、また後で」
「帰ったらロロお兄様のお話を聞かせて下さいね」
ルルーシュは二人分のバッグをナナリーの膝に乗せて車椅子を押した。
「じゃあ行ってくる」
「行ってきます、ジェレミアさん。咲世子さん。それにロロお兄様」
明けられた扉から朝日が遠慮なく入り込み、ルルーシュとナナリーの影をロロの足元まで伸ばす。ロロはルルーシュの影を踏むように前へと一歩足を踏み出した。
「ルルーシュ、」
「何だ」
振り返ったルルーシュにロロは普段の微笑みを仕舞い込み、どこか寂し気な顔をしていた。
その顔を見てジェレミアは眩暈がするほどの寒気を感じた。
ルルーシュと同じ顔で諦念の浮かんだ表情をされるのは心臓に悪い。たとえ死の淵にあっても諦めの悪いルルーシュが浮かべる筈の無い表情は、重苦しい惨めさを胃の中に落とし込んでくる。
しかしロロはジェレミアの悪寒に気づく様子も無く、影を踏む足元を見下ろしながら呟いた。
「頑張れよ」
「?、言われなくても学校には行くさ」
「ああ、そうだな。そうした方が良い」
顔を上げたロロは何事も無かったように、いつもの微笑みを浮かべていた。
ルルーシュがロロの言葉の真意を知ったのは、もっとずっと後のことだった。
■ ■ ■
二人が無事登校したことを確認した後に、ジェレミアも駐車場に向かった。ロロはナナリーとルルーシュが登校したのを確認するとふらふらとどこかへ消えた。基本的に根無し草の彼はいつも予告なく現れ、予告なく消える。いつものことなのでジェレミアも気にしなかった。
学校の職員専用の駐車場にランペルージの名で一台分のスペースを借りており、そこにジェレミアの車がある。
外は良い天気だった。仕事用のバッグを手にジェレミアは乗り慣れた車に足を向ける。アッシュフォード学園は規模の大きな学校で、その分教職員の数も多い。広大な駐車場を縫うように歩き、一番隅に停まっている外見上は何の変哲も無い車に近寄った。
外見だけは普通のBMWだ。しかしその内部には4歳からKMFの開発を続けてきたルルーシュの英知が詰まっている。
車に近寄るとジェレミアを認識した“ドルイド”が自動で扉を開けた。
乗り込むと自動でエンジンがかかる。バッグを助手席に投げてアクセルを踏んでハンドルを握るが、通いなれた仕事場への道のりなどドルイドは一言命じれば自動で向かってくれるだろう。
ルルーシュから誕生日にプレゼントされた車は今日も絶好調だ。何しろこの車はルルーシュ直々に悪戯という名の魔改造が施されており、不調などありえない。
その代り出力は色々とおかしいことになっているが。KMFの部品を片手に車を弄っていたルルーシュの姿を見ない振りをしたことは一度や二度ではない。
ジェレミアは脳内でルルーシュにKMFの基礎を悪戯混じりで教え込んだロイドを恨みながら、トウキョウの一角にあるアッシュフォードKMF開発部門訓練場に向かった。
元々KMFの開発で巨額の富を築いたアッシュフォード家は、つい最近までKMF開発の技術を持て余していた。
マリアンヌのワンオフ機『ガニメデ』のアップデートを行っていた彼らはKMFの最先端にあるが、没落の一途を辿っていたアッシュフォードには新たなKMFの開発に乗り出せる資金が無い。
何しろKMF開発には金がかかる。
しかしこのまま技術を腐らせておくのも惜しい。
アッシュフォードに保護されているルルーシュはルーベンから相談を受け、エリア11でのKMF生産事業を提案した。
ブリタニア軍で使用されているKMFはネジ一本から最終組み立てまで全てブリタニア製のKMFで占められている。エリアに配備されているKMFはそのほとんどが航空母艦、ナイトオブラウンズのワンオフ機の場合は輸送機をチャーターして輸送されていた。
その間テロや他国にKMFを奪われないよう警備は必須である上に、運搬できる機体数もそう多くない。
部品だけを大量に運び入れ、エリア11でKMFの最終組み立てを行った方がエネルギーの削減となるとルルーシュは考えた。
当初はワンオフ機に拘っていたルーベンだったが、サクラダイトが豊富に存在するエリア11で構造の単純な大量生産型KMFを組み立てるだけで膨大な利益を出せると気づいてからの対応は早かった。
現在アッシュフォード家におけるKMF開発部門のトップはルルーシュである。
そしてテストパイロットはルルーシュ本人とジェレミアだ。
今日の仕事のメインはつい先月エリア11に新たに配備されることとなったサザーランドの試乗だった。
最近ようやくアッシュフォードでも扱うこととなったサザーランドは、これまで大量生産型KMFの主流だったグラスゴーと比較し運動性能が高い分単価が高い。そして求められるクオリティも高い。
アッシュフォードKMF開発部門訓練場は、戦争の跡を強く残す瓦礫の山をそのまま柵で囲んでいる廃墟のような場所である。風を遮るビルが周囲に無いため、風力が強く歩いているだけで足がよろけることもある。周囲に落ちているのはコンクリートと鉄筋ばかりであり、いくら暴れても問題が無い地形はKMFという兵器の試乗に適していた。
練習場のど真ん中で数人の部下の視線を受けながら、ジェレミアはサザーランドに乗り込んだ。人型KMFのサザーランドの胴体部分へ吊り上げられるようにして入り込み、狭いコックピットになんとか体を押し込める。
目の前にはアイカメラからの画像が映され、手元には計器類がずらりと並んでいる。その中から起動スイッチを選んで押し込むと、計器類が一斉に発光した。目が痛くなる程に手元と壁が白く光る。
もう少し全体的に計器を見やすくした方が良いかもしれない。情報量が多過ぎて運転する際に支障が生じる可能性が高い。
『副主任、基本動作確認をお願いします』
「了解。その前に一ついいか」
『どうなさいましたか』
「計器が全体的に明る過ぎて見え難い。これは変えられないのか」
『ええと………オリジナルは変えられないらしいですね』
「じゃあ追加で個人設定できるようオプションをつけてはどうだ」
『その程度の変更ならすぐにできます。後ほど調整致しますね』
「頼む」
「ではテストを開始します。まずは移動速度からです。マーカーに沿って50km/hで走行して下さい」
よし、と前方を睨む。事前に読んだマニュアルでは前世代のグラスゴーと基本的な運転操作は変わらないらしかった。
ブリタニアの騎士だった頃、散々にE.U.で乗り回したグラスゴーを思い出しながらジェレミアはグリップを握った。
凹凸の激しい道を走りながらスタントンファの性能確認を行い、スラッシュハーケンによる移動性能も確かめる。ここでどれだけ厳密に機体の調査をしたかで機体数の売り上げは明確に変わってくる。瓦礫の周りで走ったり飛び跳ねたりワイヤーを出したり。廃墟に入り込んで遊んでいる子供と大して変わりはなしないものの、手足のようにKMFを動かすことは熟練した騎士でも難しい。しかしジェレミアは自身の手足のようにKMFを操り、自在に瓦礫の山を縦横無尽に駆け回った。
数時間にわたって試乗を行いながらいくつかの改善点をマイク越しに部下と共に話し合っているうちに、時刻は昼を過ぎていた。
マイクから『テスト終了です。副主任、格納をお願いします』と指示があり、その通りにジェレミアはサザーランドを格納庫に戻した。
狭苦しいコックピットに押し込められながらも、気分は悪く無い。やはりこうして体を動かすのは気持ちが良い。書類仕事も嫌いではないが、こうしてKMFを動しているとやはり自分は根っからの軍人なのだと改めて気づく。
入り込んだ時とは逆に胴体部分から降下するようにコックピットから出る。手足を伸ばす事さえ出来ない狭いコックピットは大柄なジェレミアにとってあまりに息苦しい。KMFの両足の間に着地し、大きく息を吸い込んだ。
そこにアッシュフォードKMF開発局員達が興奮した面持ちで駆け寄る。
「お疲れ様です副主任!これならオリジナルのサザーランドより良質だと胸を張って言えます!」
「ランペルージ主任もこの出来ならOKしてくれるでしょう!」
「計器の改善はすぐにできます!納品にも間に合いそうですね!」
本国から送られた部品を組み立てるだけ、という仕事の性質上、職員の数はそう多くは無い。しかし数は少なくともKMF開発者として彼らはジェレミアより遙かにベテランである。自分の制作したKMFに皆が誇りを持っていた。
「それなら良かった。納品は3週間後だったな」
「はい。クロヴィスランドのお披露目会で警備として使用するそうです」
「ラ家の旗もオプションで付けた方が良さそうだな」
ジェレミアの冗談に対する局員達の反応は様々だった。
苦々し気に顔を逸らす者もいれば、苦笑を零す者も、「そうですね、自分ではまともに銃も撃てないお坊ちゃんのKMFなら旗でも振り回した方がずっと有益でしょう」と笑う者もいた。
それもそうだろう。彼らは敗戦後に就職先を失った、様々なエリア出身の名誉ブリタニア人だ。
高い技術力を持ちながらも職にあぶれ、今は崖っぷちに立たされている。谷底に落ちかける彼らの足元を支える最後の足場はアッシュフォードと彼らを拾ったルルーシュだ。
アッシュフォードKMF開発局員達は話し合いの後にすぐさま納品の準備に取り掛かった。自分と自分の家族を守るためには誇りより金が必要なのだ。
この世界は理想事では成り立たない。ジェレミアも彼らも、痛い程によく知っていた。
アッシュフォードKMF開発局は彼らの生への渇望と、ルルーシュの策謀により動いている。
自分も納品のために少なからず書類仕事がある。
そろそろ事務作業に戻ろうかと思うと同時に、懐に持っていた携帯が鳴った。耳を劈く音はルルーシュからの緊急連絡用の着信音だった。
ここ数年聞いていなかった音は最近緩みっぱなしだった緊張感を突如として奮い起こす。
ジェレミアは即座に携帯を手に取った。携帯越しに焦った口調のルルーシュの声が聞こえた。
『ジェレミア、今どこにいる』
「現在キタセンジュ近くのアッシュフォードKMF開発施設におります」
『そうか。第2種以上の武装はあるか』
「KMFの耐久性能実験用にいくつか」
『テロに巻き込まれた。救助に来てくれ』
ジェレミアは顔を青ざめさせた。
一体何が起こったのかと思うが、口にはしない。そんな質問をしている暇は無い。
ジェレミアは通話を繋げたまま走り出した。
「携帯のGPSでは現在シンジュク方面に向かっております。間違いございませんか」
『ああ。恐らくテロが所有しているトラックの中にいる。見つかってはいないが時間の問題だ』
「すぐに向かいます。少々お待ち下さい」
『頼んだ』
携帯を懐に戻す。ジェレミアは「すまない、少し出てくる」と周囲の部下たちに告げた。
「どうなさいました?」
「主任に呼び出された。今日は抜けるよ」
「ああ。また新しいアイデアでも湧いたんですかね」
彼は天才ですからと笑う部下達に手を振って返しながらジェレミアは足早に練習場を出た。
最近平和過ぎたな、と思う。
平和ぼけしている感覚が拭えない。訓練はしているものの、最後に銃口を向けられたのはもう数年も前だ。
緊張感を取り戻すため両頬を全力で叩く。忘れるな。ルルーシュ様は今でも、いつ殺されてもおかしくない状況にあるのだ。
アッシュフォードKMF開発部門訓練場にはKMFの耐久性能のためそれなりの兵器が揃っている。
勿論、保管所には勝手な持ち出しを防ぐためセキュリティコードがかかっており、主任であるルルーシュの許可が無くては明けられない。逆に言えば、ルルーシュに許可されている社員は24時間いつでも入室可能である。
365日24時間常時入室許可を得ている自身の社員証をICカードリーダーに翳すと保管所はすぐに扉を開いた。
整然と重火器が並ぶ中から使い慣れているものを見繕って担ぎ上げ、社員用の駐車場に停めてある車に飛び乗る。そのまま後部座席に担いでいたナイフ、SMG、迫撃砲、手榴弾など、あらゆる火器を投げ込んだ。
フロントガラスに向き直って一度深く呼吸をし、できる限り冷静な声でジェレミアはドルイドに話しかけた。
「ドルイド、この端末に表示されているルルーシュ様の位置に向けて移動を開始する」
『承知しました。速度は』
「速度制限なし。最も効率の良いルートを提示しろ」
『ルート提示します』
ジェレミアはハンドルを握り締めて、力の限りアクセルを踏み込んだ。