「弾けろ、ブリタニアぁあああ!!」
「くそっ」
紅蓮弐式に掴まれたグロースターの右腕が沸騰するようにぼこぼこと粟立つ。
コーネリアは咄嗟に右腕を切り離して背後へ大きく飛び退いた。
体勢を整える暇も与えず紅蓮弐式が追撃する。近くのブリタニア兵がコーネリアの援護に回るも、量産型のKMFなど紅蓮弐式にとっては玩具でしかない。紅蓮の腕の一振りで3機のサザーランドが砕け、破片を周囲にぶちまけた。
カレンは紅蓮のアイカメラと繋がっている映像を睨みつけた。
自己主張の激しい紫色のカラーリングが施された、右腕の無いグロースターがこちらを睨み返している。邪魔そうなブリタニアの紋章が縫い付けられたマントがはためく。舐められているのかと怒気が湧き起こる。
紅蓮とグロースターの間に障害物は無い。
『やれ、カレン。そいつを排除しろ』
「はい、ゼロ!」
視界が狭まり、紫色のグロースターに集中する。血管が沸き立つほどに操縦桿を握り締める。
地面が砕ける程の速度で紅蓮は走り出した。紅蓮を迎え撃つつもりらしく、コーネリアは槍を構えてその場から動かない。
グロースターが突き出した槍を、しかし紅蓮は左手の一閃でへし折った。槍先が上空に飛び上がり、あ、とグロースターは上を向いた。紅蓮はその瞬間にグロースターの頭部ユニットを左手で鷲掴みにする。
エンジン出力全開。そのまま頭部ユニットを地面に叩きつけた。衝撃で地面がひび割れ、グロースターから煙が上がる。
捕まえられた蠅のように、グロースターは手足をばたつかせた。
「ふん。無様よね、こうなれば」
カレンは紅蓮の右腕を大きく振りかぶった。エネルギーが充填されるまでの間、輻射波動装置は深紅に輝く。
あと数十秒で輻射波動のエネルギーが溜まる。そしてこの右腕を振り下ろせば、コーネリアは死ぬ。
だがルルーシュはそう甘い見通しはしていなかった。
ルルーシュはコーネリアとカレンの攻防が繰り広げられている現場から200m離れた場所で、ゼロ専用にカスタマイズされた無頼に搭乗していた。コックピットには複数の画面が備え付けられ、戦場の情報が絶え間なく流れ続けている。
土砂崩れによるブリタニア軍の被害は80%に上っていた。予想範囲内ではあれど、なかなかに良い数値だ。
だが一つ読みが足りなかった。画面上で動く赤い点に顔を顰める。
ランスロットだ。
高確率で後方部隊に配属されるであろうランスロットを土砂に飲み込むため、ルルーシュは土砂の方向や角度、予測される土砂の量、さらには気温までを計算して爆薬を設置していた。結果的にルルーシュの計算通りに土砂崩れは生じ、ランスロット以外の後方部隊は全て土砂の下に生き埋めにされた。
ルルーシュが計算出来なかったのはランスロットのスペックと、スザクのぶっとんだ身体能力だ。
「とはいえ市街地にも被害が波及したのは想定外か……ニーナに物理化学を学ぶべきだな、これは」
ルルーシュは液晶画面を酷薄な表情で見下ろした。ブリタニア軍を示す赤い点が数十個、そしてそれより少し多い黒の騎士団を示す青い点が、画面の上で虫のように犇めいている。
画面の中心にはコーネリアの赤い点と、カレンの青い点。そして2つの点に線を描くように高速接近している赤い点が一つ。赤い点の横に、個別標識の名前が示されている。 Lancelot.
信じられない程に速い。だがこの程度なら想定範囲内だ。
ルルーシュは指先でパネルを叩いた。軽やかな指の動きと同時に、次々と文字が現れては消える画面を眺めながら脳内で精緻な地図を展開する。
このナリタにある全てのKMFがルルーシュの脳内で駒として動く。予め無頼に搭載しておいたドルイドシステムは常時フル稼働しており、戦場の情報を徹底的に集めていた。それにより、それぞれのKMFの小さな損傷さえ細かに想像することが可能となる。
ナリタ戦線におけるルルーシュの作戦は単純だった。
戦力を同等以上にまで持ち込む。
個々の戦力を底上げする。
相手の思いつかない戦術を、相手が想定もしていないタイミングで、相手が対応できないスピードで行う。
古今東西どの歴史にも存在する基礎中の基礎の戦略だ。そして基礎とは、最も大事な事柄である。しかし実践に慣れている者程に基礎の重要性を忘れてしまっていることが往々にして存在する。最大戦力であるランスロットを遠ざけ、指揮官の癖に最前線に出ることへ拘るコーネリアが典型だ。
土石流で数は同等まで減らした。戦術は既に仕込んである。
後は戦力の底上げ。
まず土石流という派手な攻撃を行うことで、全ての黒の騎士団員の戦意を鼓舞する。さらにドルイドにより戦場の情報を一手に独占し、個々のKMFへ精緻極まる指示を飛ばす。
これによりルルーシュは全ての黒の騎士団員の能力を最大限以上に引き出すことに成功した。
逆にブリタニア兵は土石流という予想外の状況に浮足立っている。さらに将であるコーネリアが最前線に出ているせいで実質的に指揮官が不在の状況に陥っており、本来の実力の半分さえ出せていない。
その結果、戦場経験の浅い黒の騎士団員は精鋭揃いのブリタニア騎士と渡り合っている。
両軍の圧倒的な数と経験の差を指揮官の能力のみで埋めるというありえない力技は、しかしこのナリタで実現した。
「2-A, 4-B、前方のブリタニア兵を銃撃しろ、5-Dはそのまま待機」
『はい、ゼロ!』
「1-Eはポイント8に向かえ。崖の上から紅蓮を助攻しろ。3-D、ランスロットが来るぞ、設置を急げ!」
『ゼロ、設置のためにあと7分はかかります』
「十分だ。問題はギルフォード隊だが……」
画面にはランスロットにも劣らない速度でコーネリアへの元へ動く赤い点がある。ギルフォード隊だ。
コーネリアの選任騎士であるギルフォードは、コーネリアの危機に必死になってKMFを飛ばしている。土石流に襲われるという事態に混乱している様子は無く、その勢いは凄まじい。
その在り方は正しく皇族の選任騎士。実力と忠義を併せ持ちながら、尚且つ冷静に戦場を見極めている。選任騎士とは敵に回すと厄介な相手だ。
経験の浅い黒の騎士団員には少々荷が重い。ギルフォード隊を抑えるとなるとそれなりに戦力が要るだろう。
しかし動かせる兵は少ない。
一瞬考える。しかしルルーシュが答えを出す前に、画面の上に所属不明のKMFが5機出現した。
所属不明のKMFはギルフォード隊の真正面に立ち塞がりその足を止めている。
無線の向こうから安堵混じりの扇の声が響いた。
『ゼロ、ギルフォード隊を日本解放戦線が抑え込んでいるようだ』
「そうか、こちらの意図を読んだか。中々優秀な奴がいるようだな」
時勢も読めない馬鹿ばかりだと思っていた日本解放戦線だが、それなりに使える人材は残っていたらしい。
ドルイドに情報を探らせる。画面に日本解放戦線所属KMFの個体情報が映し出された。
Knight Mare Frame ; Type BURAI-KAI
code ; 0206134-JAPAN Liberation Front
Pilot ; LTC. TODO Kyoshiro
トードー、藤堂中佐、藤堂鏡志郎。
覚えている。スザクの合気道の師匠、その人だ。
反抗期真っただ中のスザクが唯一大人しく言うことを聞いていた、厳めしい顔つきをした男だった。生真面目で、ワインを盗んだスザクを片手で猫のように持ち上げていたところをまだ覚えている。
融通の利かない、軍人らしい軍人だった。
「……そうか、まだ生きていたか、あの男」
ルルーシュの唇から泣き笑いが落ちる。壊れかけた土倉。スザクとナナリーと、ジェレミア。
表面上だけは穏やかだった、糞ったれな日々。
5年前のことだがもう懐かしい。だがルルーシュはあの日々を、思い出すたびに脳の血管が引き千切れそうになる程鮮明に覚えていた。
とはいえ思い出に浸る暇などある訳も無い。
画面を見下ろす。ギルフォード隊は藤堂と四聖剣に取り囲まれて身動きが取れないでいた。この調子なら、時間稼ぎは十分してくれるだろう。
「よし、あとは」
指先で赤く点滅する点を指さす。
ランスロット。
ルルーシュは無頼の操縦桿を握り締めた。
■ ■ ■
「これで、とどめだ!」
振り上げた右腕は、充填済みの輻射波動機構により煌々と光っている。あとはこの腕を振り下ろせば良い。
この至近距離であれば、間違いなくコーネリアは死ぬ。
コーネリアが死ねば圧政は終結し、病気や飢餓で死ぬ日本人は劇的に減少するだろう。そうすればリフレインに逃げる人も減る。
そして、日本が返ってくる。自分の祖国。自分の名前。シュタットフェルトではない、紅月の名前が返ってくる。
視界が真っ赤に燃える。目の前のグロースターは逃げようと身を捩っているが、紅蓮のスピードには敵わない。間違いなく、届く。咆哮を上げながらカレンは腕を振り下ろした。
しかしグロースターに接触する直前、機体全体が衝撃に揺れた。踏み堪える。メインカメラに宙に飛んだ紅蓮の右腕が映った。右腕はくるくると飛んで、ぐしゃりと地面に激突する。輻射波動の赤い光は紅蓮二式本体と引きちぎられてすぐに弱まり、消失した。
カレンは呆然と地面に落ちた紅蓮の右腕を見下ろした。同時に耳を劈くようなアラーム音が紅蓮の内部で一斉に鳴り響く。
「くそっ」
紅蓮の悲鳴のような騒音に、頬の内肉を血が出る程噛みしめる。ぼうっとするな、カレン。まだ作戦は終わっていないんだ。
カメラを上空に向けた。青空から白い機体が落ちて来る。凄まじい速度だ。
カレンはその場から飛び退いた。
紅蓮が飛びずさった地面に、滑らかな動作でランスロットが地面に着地する。そのままコーネリアを護る様に立ちはだかり、紅蓮を真正面から睨む。
突然現れたランスロットに、コーネリアは一瞬戸惑うも、しかしすぐにその場から離脱した。両足に損傷の無いグロースターはマントをはためかせながら逃げ去って行く。
この野郎。
カレンの視界がさらに燃え上がった。
あと少し、あと少しで日本人が解放されるところだったのに。
あと少しで。
カレンはランスロットに襲い掛かった。横に飛んで逃げられるも、左腕の爪が機体にかすった。スピードは互角だ。
しかし輻射波動が無くなった紅蓮の攻撃力はランスロットに劣る。いや、劣っていたとしても、負ける気などカレンは無かった。
負けるわけが無い。沢山の日本人が、黒の騎士団を味方している。
ブリタニアからも、日本からも嫌われているスザクに大義は無い。
大義の無いスザクに、自分達が負けるわけが無い。
「くそ、くそっ、あんたは殺す、ここで殺す!」
紅蓮のエンジンを最大出力まで上げる。
カレンはそのまま足を踏み出そうと前のめりに操縦桿を握り締めた。しかし通信越しにゼロの声がコックピットに響いてカレンは手を止めた。
『待てカレン、輻射波動が無い状態でランスロットの相手はリスクが高い』
「っ、承知しました、ゼロ」
咄嗟に背後に飛び退いてランスロットから距離を取る。
しかし両手をぶるぶると震わせてカレンはランスロットを睨んだ。白と金という白人を体現する気品ある色彩は、どぎつい色をしたコーネリアのグロースターより余程カレンの心を苛立たせた。
どれだけブリタニアにこびへつらおうともスザクはアジア人で、日本人だ。白人と同じ恰好をして、帝国臣民らしい言動をしても、ブリタニア人にはなれない。
スザクだけではない。全てのナンバーズがそうなんだ。
そんなことにも気づかないでブリタニアに言われるがままに戦場で人殺しをするなんて、日本人として情けない。唾棄すべき愚かさだ。
戦う覚悟の無い、媚び諂うばかりの馬鹿な男。
『カレン、君のおかげであれの設置が間に合った。コーネリアの方向へ走れ。枢木には構うな。時間の無駄だ』
「!はい、ゼロ!」
『方向はポイント4。あと2分以内だ』
「承知しました!」
カレンは真っすぐにポイント4へと向かった。
コーネリアが逃げて行った方向へと向かうカレンを、ランスロットが追ってくる。
■ ■ ■
スピードは互角だった。逃げる紅蓮にランスロットは追いつけないが、紅蓮はランスロットを引き離すことができない。このままでは一足先に紅蓮がコーネリアの元へと辿り着き、あっという間に殺されてしまうだろう。
しかしスザクとしては、紅蓮がコーネリアに追いついてしまっても何も問題は無かった。むしろコーネリア殺害のために紅蓮が足を止めることをスザクは期待していた。
スザクの目的は、イレブンが操縦する特派所属のランスロットが、黒の騎士団のエースである紅蓮を破壊したという事実だけだ。
ナリタ攻防戦で最も脅威な敵は、日本解放戦線ではなく黒の騎士団であることは誰の眼から見ても明らかだ。
そして黒の騎士団のエースである紅蓮をここまで追い詰めたのだから、特派からの派遣騎士としての役目は十分以上に果たしたと言える。
今ここでコーネリアが死んだとしても、その責任は日本解放戦線程度に足止めさせられた選任騎士ギルフォードにあるとされる可能性が高い。
であればコーネリアが死んだところで特派には、つまりはシュナイゼルには不利益は何一つ無い。
さらに日本解放戦線程度に足止めを食らったギルフォード隊より、黒の騎士団の紅蓮と互角に戦ったスザクの方が優秀であることも判明する。そうすれば、イレブンがブリタニア人に劣るという評価は覆る。
コーネリアの機体が視認できる距離まで近づく。
スザクは操縦桿を強く握りしめ、グロースターへと襲い掛かるだろう紅蓮の動きを見逃さないようにと歯を食いしばった。たとえ手負いであっても、コーネリアは手練れのKMF乗りだ。黒の騎士団のエースでもコーネリアの操縦するグロースターを破壊するとなれば必ず隙ができる。
そして同じスペックのKMFであれば、一瞬の隙が勝負を決める。
しかしスザクの予想と反し、紅蓮はコーネリアと接触する20m程度手前で突如として急停止した。
予想していなかった紅蓮の動きに、フルスロットルで疾走していたランスロットは勢いを殺すことができず、つんのめるように紅蓮より前へと飛び出ることとなった。
その瞬間、地面が白く発光する。
「え?」
「やった!」
カレンはランスロットから距離を取ったまま、再度紅蓮を走らせた。ランスロットを中心に半円を描くようにして、コーネリアへ向かって突進する。
既に槍も無いグロースターの捨て身の攻撃をいなし、紅蓮は軽々とグロースターの四肢を地べたに押さえつけた。
スザクはランスロットを動かそうとするも、動かせなかった。
「な、何で!?」
操縦桿を握り締め、何度も動かす。しかしランスロットは何の反応も無く、ただその場に立ち竦む。
それどころか操縦席から外を確認するための外部カメラが予告なくシャットダウンした。他の計器類も点滅し、消えた。
採光窓など一切存在しない、気密性の高いKMFの内部は真っ暗になる。
外部と繋がる集音マイクも切れ、常に何らかの計器が動いている筈のKMF内部はありえない程の静寂に包まれた。
「エネルギー不足?残量はあった筈なのに」
スザクは予備燃料に切り替える緊急用ボタンを押した。しかし作動しない。
額に汗が滲む。外の様子が全く分からない。コーネリアはどうなったんだ。周囲に今はどのくらい敵がいる。
緊急脱出用のスイッチを押すか。いやでも、それさえ動かなくなっていたら。
その時、少し籠った、しかしよく響く声がスザクの鼓膜を揺らした。
『驚いたか、枢木スザク』
「ゼロ!」
気密性が高いとはいえ、コックピット内は防音ではない。外部スピーカーで話しているのだろうゼロの声がコックピットの内部に反響する。
『今やランスロットは巨大な鉄屑だ。ゲフィオンディスターバーの内部にあるランスロットは動かすどころか、外部との通信一切が不可能となる。君が今、自分の意思で動かせるのは緊急脱出装置のみだ』
「キューエル卿を陥れた時と同じ、」
『あの時とは少々違う……まあ、今の君には関係ない事だ。さて、そこから出て来るか、それともランスロットを棺にするか、選んで貰おう。悪いが10秒以内に決めてくれ。君が出て来てくれないのであれば、11秒後にランスロットを破壊する』
冷汗が額に浮かぶ。
外部カメラがカットされているせいで、周囲の様子が分からない。だがゼロの口振からして、まず間違いなく周囲は黒の騎士団に囲まれている。ランスロットから一歩でも出れば即座に殺害されるか、捕虜にされるか、どちらかだろう。運よく生き残ったとしても、おめおめ捕虜にされたとなれば取り返しのつかない大失態だ。
さらにランスロットはブリタニア最強のKMFであり、特派の最重要機密事項でもある。黒の騎士団にランスロットを奪取されでもしたら大失態どころではない。良くて除隊。最悪処刑になる。
かといってこのままランスロットから出なければ、ゼロは予告通り自分をランスロットごと破壊する可能性がある。黒の騎士団もランスロットを造り出した技術に興味が無いわけでは無いだろうが、同スペックの紅蓮を製造できる以上、そこまでランスロットに拘る必要も無い。
スザクは頭を抱えた。
「どうすればいいんだ……ルルーシュ。君ならどうする」
自分が知る中で最も頭が良い人はシュナイゼルか、ルルーシュだ。シュナイゼルは直属の上司とはいえ、あまりに身分が違い過ぎてまともに話したことが無く参考にならない。
ルルーシュならどうするだろう。彼なら、いや、彼女なら……。スザクは皮肉気に口角を吊り上げる彼女独特の笑みを思い浮かべた。
彼女なら自身満々に腕を組んで「俺なら表面的には降伏して自分とランスロットを一時的に捕縛させておいて、口先三寸でゼロを丸め込んで機会を見つけて逃げ出すだろうな」とでも言うだろう。ゼロは無抵抗な敵を殺さない。黒の騎士団に降伏すれば、ゼロは対話に応じるだろう。
しかしそもそも自分には彼女のように口先三寸で敵を屈服させるような能力は無い。
ならばどうするか。眼の奥でルルーシュが鼻で笑って小馬鹿にしてくる。
「………そうだよ。僕は、君が言う通り馬鹿なんだ」
息を吐いた。決まっている。
ランスロットから出るんだ。そして戦うんだ。このままここで殺されるのを待つより、そっちの方がずっとマシだ。
『枢木スザク、あと3秒だ』
ゼロの声に、スザクは眼を閉じた。緊急脱出装置のボタンに拳を叩きつける。
同時にコックピットの上部が展開して、青空が頭上に広がった。操縦席がスライドして宙に投げ出されたような形になる。真暗で閉塞した空間から解放されて、スザクは大きく息を吐いた。
先ほどより大きく聞こえるゼロの声が周囲に木霊する。
「よく決断した、枢木スザク。そのままランスロットから降りろ」
スザクは操縦席から地面に降りた。周囲を見回すと、ランスロットを中心として円状に線が引かれている。白く発光しているその線は、所々で楔のように強く発光する電球のようなものを介していた。
「これは……何だ?」
「君が黒の騎士団に入ってくれれば教えよう」
円の少し外側に1台の無頼が立っていた。その周囲を護るように数台のKMFが取り囲んでいる。
恐らくはゼロが乗っているのだろう。その無頼の外部スピーカーから無機質な声色が放たれている。
無頼はアイカメラの中心に枢木スザクを据えていた。
「枢木スザク、これが最後の勧誘だ。……黒の騎士団に入る気は無いか?」
ゼロからの予想外の言葉に、スザクは息を詰まらせた。
殺されるかと思っていたのに、まさかまだ勧誘してくるとは。
困惑しながら辺りを見回すと、少し遠くの地面にはコーネリアが乗っているだろうグロースターが地面に縫い付けられていた。最早コーネリアを救出する目途は無い
ここまで失態を犯せば、ブリタニアにおける自分の立場など無いも同然だ。それどころかコーネリア捕縛の責任を追及されて処刑されるかもしれない。
もう自分はブリタニアへ帰れない。いや、帰る意味が無い。
ゼロの乗る無頼を見やる。堂々たる威容。少なくともコーネリアよりは彼の方が人を率いる器は大きいだろう。そして何より、自分が日本を大事に思っていることを肯定してくれたのは、彼とユフィだけだった。
しかし唇を噛み、スザクは首を振った。
「———ゼロ、ありがとう。それでも僕は、君を正しいとは思えない」
ゼロの能力も、彼が心から日本のために行動しているということも分かっている。
彼は確かに平和を望んでいるのだろう。そのために自らが先頭に立って、世界を引っ掻き回そうとしている。
しかしもっと穏やかに平和を齎す方法がある。ユーフェミアやシュナイゼルのような、真っ当に平和を望む人が皇族にいるのだから、彼らをブリタニアの政策の中心に据えればいいのだ。そうすれば全てのナンバーズはブリタニア人と同様の権利が与えられる。
勿論、シャルルが皇帝から退いたとしても、直ぐに世界が平和になるわけでは無いだろう。人種への偏見が払拭されるには長い時間がかかる。
それでも皆が話し合いを続ければ、きっと誰も死なずに世界は平和になる筈だ。
ゼロは自分よりずっと、ずっと賢い。ならば自分が思いつくようなことに気づいていない筈が無い。だというのに彼はわざと戦争を起こして、無駄に人を殺している。
それはきっと、全てをゼロに戻すためだ。彼は戦火で全てを焼き尽くして、そこからまたやり直そうとしている。確かにそれは世界が平等になる最短の道だ。
スザクの穏やかに政権交代を待つ道よりも、ゼロの道は遙かに短い。
しかしあまりに険しいゼロの道は、スザクには容認できないものだった。
ゼロの朗々とした言葉が響いた。
「正しいとは何だ。人一人殺さずに平和を築くことか。確かにそれは正しく、美しい道だろう。そして美しい道とは遠回りであると決まっている。いつだって近道は険しく、醜い道だ。そして我々には時間が無い。一刻一刻と、餓死者が増えている、治る病で死ぬ人が増えている、嬲られて殺される人が増えている!!」
マイク越しにゼロが拳を叩きつけた音が聞こえた。
「スザク、貴様には覚悟が無い。殺す覚悟が無く、殺さない覚悟さえ無い。
我々をナンバーズと蔑み、無残に殺し尽くして、その功績でもってシュナイゼルを皇帝に伸し上げる孤高の覚悟が無い!
誰も殺すなとブリタニアに訴え、KMFも重火器も持たず、言葉だけで平和を訴える潔癖な覚悟も無い!
枢木スザク、覚悟の無い貴様には戦場に立つ資格は無い!我々が手を汚し、殺す価値さえ無い!そんな貴様が正しさを語るな!!口先だけの正義を論ずる暇など、今の世界には存在しない!!」
「覚悟はある!」
スザクは声を張り上げた。
「僕は、日本を取り戻すんだ。そのためにブリタニアを変える覚悟があるんだ。確かに君の言う通り、僕には誰も殺さない覚悟は無い。でも銃を持たなくていいのなら、そうする。君のような過激な方法に誰もがついて行ける訳じゃないんだ。
ゼロ、君が間違っているとは思わない。でも君の方法が一番正しいとは思えない。だから僕は、君の味方はしないっ」
無頼を見上げる。
一拍を置いて響いたゼロの声は、変わらず淡々としていた。
「そうか。では、君の道はここで終わる」
ゼロの乗る無頼はす、と後ろに下がった。
無頼の周囲のKMFから人影が降り、スザクを捕縛するために動き出した。