楽園爆破の犯人たちへ 破   作:XP-79

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11. まあ、俺も気づかなかったけど

 

 

 

 黒の騎士団員に囲まれたスザクを前に、ルルーシュは拳を壁に叩き付けた。歯を食いしばる。

「……ギアスをかければ、スザクは敵ではなくなる……」

 そう、分かってはいる。ギアスで「俺の味方をしろ」と言えばいいだけだ。そうするだけでスザクを殺す必要は無くなり、黒の騎士団の戦力は増大する。

 手が震えた。だがそれはスザクの意思、もしかすると命より尊いものを粉々に壊すことだ。

 そんなことをすればこれから先、二度とスザクを友達だと言うことはできなくなる。人間として最低のことをスザクにしようとしているのだから。

 それでも、このまま彼を見逃すという選択肢はゼロには存在しえない。

 スザクの力があればブリタニアとの戦力の差は大きく埋まる。何しろKMFのデヴァイサーとしての才能だけならば、スザクはナイト・オブ・ラウンズに匹敵する程だ。それどころかこのまま順調に経験を積めば、ナイト・オブ・ワンたるビスマルクさえ凌駕するかもしれない。

 そうだ。ビスマルクだ。その名前を思い出すと脳がかっと熱くなり、眼の奥が燃え滾った。震えていた手が止まる。

 網膜に焼き付いた光景が脳をじくじくと苛む。薄暗い廃工場に立ち籠る硝煙の臭い。冷たい鉄の臭い。降ってきた腕。あの絶望を。

 思考が冴えてくる。一度、熱い息を吐く。

 自分の優先順位は既に決まっている。まずはナナリー。そしてその次に復讐だ。

 自分から全てを奪ったブリタニアへの復讐だ。名前も、性別も、経歴も、そして尊厳も、ジェレミアでさえ。

 復讐を。ブリタニアへ、そしてギアス教団へ。直接に手を下したビスマルクへ。

 許さない。絶対に、死んでも許しはしない。必ず、必ず復讐する。たとえ死んでも、必ず、復讐だけは成し遂げて見せる。そのために何かを捨てなければならないのなら、ナナリー以外ならば何でも捨てられる。

 そうだ。何でもだ。例外は無い。

 ルルーシュはスザクを見据えた。

 もう腹は決まっていた。

 

 

 スザクへと黒の騎士団員が近寄る。名の知れた騎士である枢木スザクの確保は、たとえ素手であったとしても容易ではない。黒の騎士団員は額に汗を滲ませながらゆっくりとスザクへの距離を詰めた。

 しかしゲフィオンディスターバーの内部へと足を踏み入れようとしたときに、周囲一帯が突如として薄暗くなる。

 ルルーシュは操縦桿を咄嗟に握り締めた。まさか時間差で再度土砂崩れが起こったのかと肝を冷やしながらアイカメラで周囲を見回す。しかし土砂崩れらしき徴候は無い。

 異常は上空で発生していた。上空50m付近に、巨大なオレンジ色の球体がくるくると回転している。あまりに巨大すぎるオレンジの影は、周囲一帯のKMFを覆い尽くしていた。

「……はあ?」

 普段上げないようなマヌケな声を上げた自覚はある。しかしそんなこともどうでもよかった。

 なんだあれは。あの、バカでかいオレンジは。

 ルルーシュは即座にそのオレンジ色の球体をドルイドで情報解析にかけた。ドルイドは瞬時に解析結果を液晶画面に提示した。

 

Knight Giga Fortress ; Type-Siegfried

code ; FXF-503Y

Pilot ; No.21930

 

 KGF、ナイトギガフォートレス。聞いたことが無い。しかし確かにあのオレンジはどう見てもKMFではない。そして、あんな球体の機体がまともな人間に操作できる訳がない。さらにKMFと比較するとあのオレンジはあまりに巨体過ぎた。

 直径30m近い巨大な球体は葉っぱのような形をしたスラッシュハーケンを周囲に纏わりつけており、一見すると熟して落ちそうなオレンジのように見えた。

 翼を付けずに空を飛ぶ。論文の中で見たことがあるその機能に思い至り、ルルーシュは舌打ちした。

「まさか、フロートシステムかっ」

 

 フロートシステムの理論のみならば既に論文で発表されており、ルルーシュも近いうちに実現可能な技術だろうと予想していた。

 依然として空中戦は戦闘機が主力を担っている。しかし戦闘機のパイロットは育成に時間がかかり、一人のパイロットを育成する費用は数億円と膨大だ。それと比較するとKMFは習熟するのに短期間で済み、費用も安い。フロートシステムはKMFを飛ばすことで空中戦をより手軽にするというぶっとんだ発想の産物だった。

 発想は確かに面白い。しかし人型のKMFを空に飛ばして空中戦を行うなど、あと10年はかからないと不可能だと高を括っていた。

 歯を食いしばる。甘く見ていた。8年前、あの男は未熟ながらもゲフィオンディスターバーを実現させていたというのに。

「ロイドめ、くそっ」

 ランスロットへの対策のためゲフィオンディスターバーを準備はしていたが、上空にまで効果範囲は届かない。ルルーシュは外部に繋がるマイクをオンにした。

「黒の騎士団総員、KMF内に戻れ」

『し、しかしまだ枢木スザクの捕縛が!それにコーネリアもまだ捕縛していません!』

「上空のオレンジの相手をする方が先だ。いや、」

 くるくると駒のように回転するKGFのジークフリートを見やる。ルルーシュの脳裏には撤退の二文字が淡く浮かび上がり始めていた。

 スザクどころかコーネリアでさえ放棄しなければならないとなると、かなり痛い。しかし2次元の戦闘力しか持たない黒の騎士団に、3次元で襲い掛かるオレンジの相手はあまりに困難だ。唯一あのオレンジの相手を出来そうな紅蓮は輻射波動を失っている。

 

 上空でくるくると回転しているオレンジ型のジークフリートはふと回転を止めた。

 オレンジがオレンジ色に発光する。その次の瞬間、オレンジの葉っぱのようなスラッシュハーケンが地べたに突っ立つKMFに襲い掛かった。

 その内の一つがルルーシュの乗る無頼へと真っすぐに飛ぶ。

『ゼロ!』

 カレンが紅蓮を駆ける。無頼を突き飛ばし、その身を盾にして庇った。紅蓮の残った左腕にスラッシュハーケンが突き刺さる。

 破裂音と共に紅蓮の左腕が引き千切られた。その衝撃で紅蓮は玩具のように吹っ飛び、岩場に全身を打ち付けた。そのまま地面に落ちる。

 足を動かして立位に戻ろうとしているところを見るに、破壊はされていないようだ。しかし機体は罅割れており、スクラップ寸前とさえ言える有様だった。

 

 これは、無理だな。

 

 ルルーシュは眉間に皺を寄せた。

 紅蓮弐式以上の防御力を誇るKMFは存在しない。紅蓮でこれでは、他のKMFはあのスラッシュハーケンがかすっただけでも大破する。

 上空に向けて発砲するKMFもいるが、全く当たらない。それに球体という物理的に強靭な構造を持つKGF相手に、アサルトライフルが数発命中した程度では意味が無い。対空砲など用意しておらず、あったとしてもあのスピードで空中を旋回されると命中させるのは至難の技だ。

 ルルーシュは全黒の騎士団に向けて通信を繋げた。

「黒の騎士団諸君に告げる、撤退だ」

『ゼロ、でも、』

「撤退だ。少なくとも、我々は勝った。だがこれ以上は勝てない。これ以上あのオレンジを相手にすると被害が増加するばかりだ。プランBのルートで各自撤退しろ」

『了解しました』

『くそ、了解!』

『了解』

 通信越しに返事が返ってくる。黒の騎士団のKMFは飛び去るように、木々に隠れながら姿を晦ました。

「カレン、君も撤退しろ」

『ゼロ、でも、』

「両腕の無い紅蓮では護衛にはならん。違うルートを通った方が私と君、両方の生存確率が上がる。命令に従え紅月カレン」

 淡々としたゼロの命にカレンは一瞬押し黙り、しかしすぐに声を張り上げた。

『っ、了解しました。ご武運を、ゼロ』

 紅蓮が身を翻して飛び去る。両腕を無くしたせいかバランスを欠いているが、それでも流石と言えるスピードだった。

 ルルーシュは一瞬、ゲフィオンディスターバーが展開する光の円の中心で呆然と立ち尽くすスザクを見やった。

 しかし眼を逸らし、無頼の操縦桿を握り締める。

 あんな馬鹿に気を取られている暇は無い。

 逃げなければ。

『ゼゼゼ、ゼロ、、で、いらっしゃるのでしょうか?』

 突如としてコックピットにルルーシュ以外の声が響いた。咄嗟に画面を見下ろすと音声通信の表示がオンになっている。通信の許可を出した覚えは無い。

 液晶画面を叩いて回線の繋がる先を辿る。

 

Communication was requested. DE Siegfried.

Pemitted under the authority of Druid.

Communication is connected.

 

 眼を見開く。ゼロが乗る無頼のセキュリティはルルーシュが直々に作成し、ドルイドにより完璧に管理されている。黒の騎士団員でさえこの無頼のシステムに入り込むことは不可能だ。ルルーシュの承認無しにゼロの無頼と通信を繋げられるのは、ドルイドに認証されている人物だけしかあり得ない。

 そしてドルイドが認証しているのは自分と、ドルイドが搭載された車に乗っていたジェレミアの2人だけだ。だがジェレミアは死んでいる。そもそも、あいつは死んでも自分に攻撃なんてしない。

 ならばハッキングされたか。しかしセキュリティプログラムの制作は、アッシュフォードKMF開発部主任としてそれなりに自信がある。このセキュリティをこの短時間で破れる者と言えばロイドかシュナイゼルぐらいだろう。

 そしてあのオレンジを作ったのがロイドだとすれば、この通信はロイドが繋げたものか。

 ルルーシュは上空を旋回するオレンジを見上げた。

「お前はロイドじゃないな。ジークフリートの操縦者か」

 ジークフリードの操縦者はルルーシュの質問に答える様子も無く、喚くような声を吐き出した。

『ジーク、それは勝利!あなたが邪魔なので後ろをバック!』

「……貴様は新しい特派の騎士か?それとも、」

『ゼロ!あなたはゼロであるかと問われれば?ゼロかと問われます。ゼロ?ゼロになるかと意味はそこにあるのですか。ゼロに嘘だと言われて気持ちはわかりますか?』

 舌打ちが零れる。全く会話が通じない。それどころか、何を言っているのか理解ができない。

 しかしこのオレンジの操縦者は、喋る文章は滅茶苦茶な割にジークフリートの操縦は的確だった。ジークフリートはナリタ連山の上空で真円を描くように飛行している。

 完全に発狂しているわけではないのかもしれない。しかしいずれにせよ意思疎通が困難であるのならば、舌先三寸で言いくるめて逃げ出すような手段は取れない。

『おお、ゼロ、お、お、お願いです、死んで頂けますか!?』

「断る!!」

 無頼を飛ばす。

 説得は不可能。とすれば、逃げるしかない。

 無頼が通った道にスラッシュハーケンが突き刺さる。1つでも命中すれば無頼は粉々に破壊されるだろう。ルルーシュは額に汗をかきながら、木々の隙間を縫うように無頼を走らせた。

 上空から見れば木の陰に隠れて移動するKMFの発見は困難の筈だ。しかしジークフリードは気味が悪い程の執着で逃げるゼロを追い続ける。

『ゼロ、ゼロ、そして私は未熟者。何故にお前のようなゴミ屑を、ゴミ箱にポイ捨て致しませんか?』

 ジークフリードとの音声通信は未だ無頼と繋がっていた。コックピットには意味不明な言葉が垂れ流され続けている。

 木々は鬱蒼と茂っている。空を飛ぶジークフリードが地面を走る無頼を視認できる筈が無い。だとすれば、ジークフリードが無頼の位置を察知しているのはこの音声通信のせいか。音声通信の電波を辿って無頼の居場所を特定することは不可能ではない。

「ドルイド、通信を強制的にカットしろ!」

 液晶画面に文字が映る。

 

CFM

Communication is under terminating upon request.

 

『おお、ゼロ、私は寂しくです。あのお方が殺し、あなた、寂しい。私は、復讐を、そうです復讐なのです!!』

「貴様の復讐なんぞ知るか!」

 叫ぶと同時に、ぶつり、と音声が途切れる。

 そして音声が途切れた瞬間、ジークフリートが放ったスラッシュハーケンが無頼の首を貫通した。

 衝撃がコックピットまで伝わる。計器が一斉に真っ赤に点滅し、甲高い電子音がコックピットに響く。

「くそっ」

 咄嗟にルルーシュは緊急脱出ボタンを殴りつけた。

 即座にコックピットが外部に射出される。籠ったコックピットの空気を吐き出し、ルルーシュは大きく息を吸った。そのまま操縦席から飛び降りて、無頼から一歩でも遠くへと走り出す。

 無頼の首からは流体サクラダイトが流れ出していた。貫通された穴の周囲はバチバチと火花を散らしている。

 可燃性の高いサクラダイトは火が着くと一瞬で爆発する性質を持つ。無頼を動かしていたエナジーフィラーが爆発を起こすのも時間の問題だろう。

 しかし一般的な女子高生と比較してさえ体力も足の速さも劣るルルーシュでは、そう機敏に動けるわけもない。さらに長い間コックピットに座っていたせいで足が縺れて走れない。気持ちは焦るが、体は遅い。

 走る、というより競歩並みの速度でもたもたと足を動かすルルーシュの腕を、突如として誰かが引っ掴んだ。

「うわっ」

「舌を噛むぞ、喋るな!」

 ひょい、とルルーシュを俵を担ぐように肩に乗せて、恐ろしい速度でその人物は走った。周囲には木が茂っており、その人物は掠めるように木の幹を避け、地面を抉るような速度で走る。

 木の隙間に陰に隠れられそうな岩を見つけ、その人物はルルーシュを担いだまま岩の陰へと逃げ込んだ。

 ルルーシュは頭を腕で抱えて地べたに伏せた。ルルーシュを助けた人物も同じように地面に伏せる。

 同時に周囲一帯に爆音が響き渡った。

 爆風が体に叩き付けられる。視界が閃光で真っ白に染まる。あまりの衝撃に一瞬意識が遠のいた。呼吸が止まる。

 だが衝撃は一瞬だった。風はすぐに止み、眼を潰す程の発光は瞬時に消え失せた。

 隣から恐る恐るといったように声がかけられる。

「……終わった?」

「サクラダイトの爆発は一瞬だ。延焼作用も無い」

 ルルーシュは顔を上げた。辺りの木々は薙ぎ倒され、地面が焼け焦げている。逃走する場合になったことを考えて大量のエナジーフィラーを搭載していたせいだろう。かなりの爆発力だった。

「大丈夫?ゼロ」

 声の向こうへ顔を向ける。

 白いパイロットスーツに身を包んだスザクがこちらを見返していた。スザクはルルーシュを同じように地べたに身を伏せたまま周囲をきょろきょろと見回している。

 ルルーシュは思わずのけ反った。

 

 スザクはゲフィオンディスターバーの影響を受けたランスロットを置いて、ここまで走ってきたのだろう。頭上にジークフリートという巨大な目印があるとはいえ、よくもこんな短時間で追いついたものだとルルーシュは感心を通り越して呆れていた。

 こいつが人類を辞める日も近いかもしれない。

 

 しかしそれより、何故スザクはゼロを助けたのだろうか。

 思惑が分からない。ルルーシュは体力の限界まで走ったせいで震える体を叱咤しながら立ち上がらせた。

 スザクも立ち上がり、白いパイロットスーツの泥を払う。

「スザク、お前、何故」

「ゼロ、怪我は?」

 スザクは質問に答えず、ゼロの身体を見やった。黒いパイロットスーツが土で汚れてはいるものの、明らかな怪我は無い。

「いや、無いが、」

「そうか」

 スザクはその言葉に一度息を吐き、そのままルルーシュとの距離を一気に詰めた。反応する間もなく腕を取られ、地面に引き倒される。

 腕は背中へ回され、頭を地面に押し付けられる。綺麗に関節が固められているらしく、痛くは無いが両腕と頭を全く動かせない。

「枢木スザク、貴様っ」

「ゼロ、君はこのままシュナイゼル殿下の所へ護送させてもらう。黒の騎士団はこれで終わりだ」

「お前はまだ分からないのか!お前のやり方では日本は救われない!」

「救われるさ!確かに、時間はかかるかもしれないけれど、」

「貴様にとっては待てる時間だろう!衣食住、全てが保証されている貴様ならな!それが保証されていない人間がどれだけ苦しんでいるのかも分からない貴様が、」

 ルルーシュの言葉に、スザクは淡々とした口調で返した。

「そうだ。僕には分からない。だからゼロ、君に頼みたいんだ」

 スザクはゼロを組み伏せる腕に力を籠め、大きく息を吐いた。

「僕は、頭が悪い。友達にも散々言われたよ、お前は馬鹿だって。………僕は策を練ったり、先を見通すようなことに向いていないんだ。だから日本を解放するために何が一番正しいのか、僕には分からない」

 

 スザクはルルーシュとナナリーの命を危険に晒すと知りながら、ユーフェミアの好意でアッシュフォードへ通学している。策を練ったり、見通しを立てたりする能力が少しでも自分にあればこんな事態にはなっていなかっただろうとスザクは痛感していた。

 そもそも自分の最終学歴は小学校中退で、帝王学を学ぶどころか士官学校でさえ行ったことが無い。政治に関わるどころか、軍の指揮を執ったことさえ無い。

 戦場で手柄を上げることしか取り柄の無い自分に、日本を救うという漠然とした目標への道どりを探すことは手に余ることなのかもしれない。

 かといってゼロの考えには賛同できない。

 

 ならばどうすればいいか。

 スザクの考えは単純だった。自分で考えられないのなら、誰かに助けてもらおう。

 シュナイゼルを皇帝にすることで世界は今よりも良くなる。それは間違いない。しかしゼロによると、その手段ではあんまりにも時間がかかりすぎるらしい。それにこれから先、自分では思いもつかない色々な問題が噴出するだろうことは想像に難くない。

 日本を取り戻して世界を平和にするためには、そんな問題に対応できる聡明で決断力のある人物が必要だ。

 スザクに思い当たる人物は2人しかいなかった。ルルーシュと、ゼロだ。

 しかし性格はともかく身体的には繊弱なルルーシュにそんな過酷なことはさせられない。それにルルーシュをブリタニアと関わらせると、彼女が皇子だと知られてしまう可能性が上がる。そうなると本当にルルーシュは殺されてしまうかもしれない。

 ならばゼロだ。

 

「ゼロ、君はこれからシュナイゼル殿下のところへ連れて行く。コーネリア殿下では即刻死刑にするだろうけれど、人材を重用するシュナイゼル殿下ならそうそう君を殺したりはしないはずだ」

「ふ、ふ、ふざっっっけるな!!それで俺が大人しく貴様の味方をするとでも思っているのか!!」

「君だってこのまま黒の騎士団を続けるより、シュナイゼル殿下の部下としてブリタニアを良い方向に向けて行った方がずっと安全だろう!」

「それが出来ないから、許せないから俺はゼロとして黒の騎士団を作ったんだ!その程度のことも分からずよくも騎士だと名乗れるな貴様は!」

「……分かってるよ、ゼロ。お前はそうそう簡単にブリタニアに膝を屈さない。だから———その仮面を剥がせてもらう」

 スザクはゼロの胴体に跨り、腕を拘束したまま黒い仮面に手をかけた。

 

 薄いパイロットスーツ越しに生温い体温を感じる。スザクの指先が布越しに首に触れている。腕が掴まれていて身動きが取れない。体をばたつかせるも、汗が全身に纏わりつきぴったりとパイロットスーツを肌に貼り付かせているせいで身じろぎさえ難しい。

 鍛えているのだろう、逞しい筋力はもがくルルーシュを地べたに押さえつけて微動だにしない。男女の圧倒的な筋力の差がスザクとルルーシュの間に横たわっている。

 女。そうだ、女だ。俺は女だった。

 ルルーシュは唐突に思い出した。同時に、全身が氷水に浸けられたように強張る。ぬるい体温。ぬめる汗。薄い服。身動きが取れない状況。

「ゼロはクロヴィス殿下を殺害した重罪人だ。流石にシュナイゼル殿下でも、ゼロを無罪にすることはできない。でも仮面をつけていない君はゼロじゃないし、誰も君をゼロだと証明することはできない。—————君ならきっと、名誉ブリタニア人として世界をもっと優しく変えられる」

 スザクが喋っている言葉の全てがどうでもいい。

 それよりも、あまりに近いスザクの存在がルルーシュという女を追い詰めていた。

 

 喉元が焼けるように痛い。こんなことに怯えている暇は無いと分かっているのに、呼吸が浅く、早くなる。心臓が暴れるようにビートを打つ。視界が潤む。頭が痛い。

 違う、ここは枢木家じゃない。自分に必死に言い聞かせるが、脳は勝手に記憶を掘り起こしてくる。

 脳裏に浮かび上がる薄暗い部屋の記憶。腐ったチーズのような臭いのするベッド。むせ返る男の臭い。全身を太い指でなぞられる感触が蘇る。ルルーシュは振り払うように全身をばたつかせて、頭を押さえつけている腕を跳ねのけた。首だけを何とか動かし、自分を押さえつける男を見上げる。

 こちらを見下ろす瞳は緑色をしていた。同じ色だ。

 

 気持ち悪い。

 

 気持ち悪い、気持ち悪い。

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 

 嫌だ、嫌だ!!

 助けて、助けてジェレミア、助けて!ジェレミア、ジェレミア!!

 

 自分の下でより一層暴れるゼロに、スザクは仮面を剥がされかかっているためだと思い押さえつける手に力を込めた。外見通り華奢な体躯は予想していたよりもさらに貧弱で、少し力を籠めれば折れそうな程に脆い。

 しかし油断はならない。この男はゼロだ。スザクは仮面を握る手に力を込めた。

「ゼロ、諦めろ。もうゼロも、黒の騎士団も終わりだ」

「誰が諦めるか!!離せ、離せっ、離せぇえ!!!」

 ルルーシュは必死で身を捩るが、スザクはびくともしない。吐気はとうとうこらえきれない程になるが、かといって仮面を脱いで吐くことも出来ない。

 混乱状態に陥ったルルーシュは、自分が仮面を剥がされかかっているということさえ忘れていた。それどころかここがどこなのか、今がいつなのかさえ忘れてしまった。

 それよりも目の前の自分を組み伏せている男が嫌で嫌でしょうがなかった。圧倒的な力で押さえつける男に腸が煮えくり返る。特に瞳の色が嫌だった。翠玉のように澄んだ緑色は、しかし今は腐った汚泥のような色のように映った。

 

 ふつりと思考が飛ぶ。錯乱した意識があの頃の記憶に引きずり戻される。

 本が並べられた、書斎のような埃臭い寝所だった。ここはベッドの上で、上に跨っているのはあの男だ。そして自分はジェレミアに助けを呼んでいる。なのにあいつは来ない。

 ————あいつもとうとう俺達を見捨てたか。兄弟達のように。

 あんなに仲が良かったコーネリアやシュナイゼルでさえ、ナナリーと自分を見捨てた。今では当然の決断だったと分かる。庶民の血が混じっている、金も権力も大して持っていないヴィ家の人間に助ける価値なんて無いと、分かっている。

 それとも。

 あいつにベッドの上で、浅ましくも生き残ろうと男に媚を売っているところを見られた。男として生きてきた癖にあっさりと誇りを捨てて、女になって足を開いた。

 気持ち悪かったのか。まあ、そうか。気持ち悪いよな。

 分かってるよ。

 分かってる。

 しょうがないよな。俺だって気持ちが悪いんだから。

 ……そう言えば、あいつはあの後なんて言ったんだっけ。

 記憶が思い浮かぶ。幼かった俺はシャワーを浴びて、あいつはタオルを差し出した。ジェレミアは跪いて、当然だという口調で言ったのだ。

 

 

 

 ————これまで共に過ごした過去が変わる訳でもありません。であれば、私の忠誠が揺らぐ理由にもなり得ません。

 

 

 

 頭をぶん殴られたようだった。そうだ。あいつはあの時そう言ったんだ。

 ぼやけていた視界が突如として地面を映す。ここは枢木邸などではない。ナリタ連山だ。そして自分に跨っているのは枢木ゲンブではない。枢木スザクだ。スザクの頭の中身はすっからかんだが、女を犯すようなふざけたことはしない。そもそも今、自分は男だ。ゼロだ。

 飛んでいた思考が急激に引き戻される。混乱していた意識が一瞬で立ち直る。

 

「っ、馬鹿か、俺は!!」

 何を呆けているんだ。ジェレミアは死んだ。あいつが自分を助けに来ることはもう無い。

 だから一人で立ち上がらなければならないんだ。こんなところで惨めに、憐れっぽく、助けを求める情けない生き物に成り下がってたまるのものか。

 立ち上がるんだ。

 

「ゼロ、君は殺すにはあまりに惜しい。分かってくれ」

「分かるか!自己中心的で理解不能な思考回路しやがって!やっぱりお前はあの男の息子だ!ぶち殺してやる!!」

 これまでに無いゼロの辛辣な口調にスザクは一瞬目を見開いて手を止めた。

 その一瞬にルルーシュは仮面の左眼の部分を開いた。真っすぐにスザクの瞳を睨みつける。

 

「俺に触るな、この大馬鹿野郎!!!」

 

 スザクはルルーシュの瞳に睨まれて全身を固まらせて、俯き、顔を上げた。緑色の瞳の淵は赤く染まっていた。

「ああ、分かった」

 スザクはルルーシュからあっさりと手を離し、立ち上がって距離を取った。そのまま3歩、ルルーシュから離れる。

 そこで足を止め、スザクは瞬きを繰り返した。え、と言葉を漏らしてと周囲を見回す。ゼロの拘束を解いていることに気づいて驚きに目を見開く。瞳の淵は色を無くし、元の澄んだ翠眼に戻っていた。

「え、僕は。なんで、」

 ルルーシュは荒い呼吸を無理やり治めながら立ち上がり、未だ困惑しているスザクを背に逃げようとした。

 しかし上空から銃声が響き、足元に銃弾がぶち当たった。上空を見上げると木々に紛れてオレンジが見え隠れしている。

「ゼ、ゼロ、待て!」

「喧しい!もうお前の相手なんてしてる暇は無いんだ!」

「そういう訳にはいかない!あのオレンジから逃げたかったら僕と、」

「あんな理性ゼロなオレンジ野郎がお前に拘束されたからといって攻撃を止める訳が無いだろうが!二人まとめて銃殺されるのがオチだ!いい加減に憶測で喋るのを止めろ、このナイト・オブ・馬鹿!!」

「ナ、ナイト、オブ・馬鹿って………え、僕そんなに馬鹿?」

「自分の胸に両手を当てて考えろ!!そして二度と手を離すな!!手が使えず餓死してミイラ化して5000年後くらいに発見されて当時の歴史を知るための貴重な資料として博物館に展示されるまで絶対に離すんじゃないぞ!!離したら死ぬと思え!!」

「いやそれ離さなくても死ぬんじゃないかな!?」

「安心しろ、日本を解放した暁には貴様が死んだ日を『馬鹿の日』として祝日にしてやる!全国で馬鹿を称える馬鹿祭りを開催してやる!!枢木神社を馬鹿神社に改名して未来永劫称えてやるからそのまま大人しく死ね!!」

「どこに安心要素があるんだよ!ていうかゼロ、え、素の性格ってこんな感じなの?なんだか想像してたより割とテンション高いボケ気質で意外、ってうわっ」

 スザクは身を引いてジークフリートから放たれた銃弾を躱した。

 上空を見上げると、ジークフリートは回転しながら銃弾を周囲にまき散らしている。スザクは銃弾を避けながらゼロを拘束しようと近寄るが、触ろうとする度に無意識の内に手を引いてしまう。

 これならばスザクに捕まる危険は無い。ジークフリートも、どうやらルルーシュの場所が分かっているわけでは無いようだった。爆発した無頼を中心とした周囲一帯に銃弾を見境なくぶっぱなしながら、探るように上空を旋回している。

 今なら逃げ切ることも可能だろう。しかし接触できないとはいえスザクはこちらから目を離そうとしない。

 逃げたとしてもスザクは一定の距離を保ちながらルルーシュについて来るに違いない。黒の騎士団と合流する所までついて来てブリタニア軍に連絡されると面倒だ。

 かといって人類卒業間近の身体能力を持つスザクを自分の脚力でまけるとは全く思えない。

 黒の騎士団から応援を呼ぶにしても、通信機などは全て先ほど無頼と一緒に爆発した。

 

 足踏みをするルルーシュに、スザクも何故かゼロに触れない自身に狼狽えていた。

 ブリタニア軍に連絡を取ればすぐにでもコーネリア軍から応援がかけつけるだろう。そうすれば、ゼロを捕獲することはできる。

 しかしそうするとゼロはコーネリアの手に渡ってしまう。そうなればゼロは間違いなく殺される。裁判さえ待たず、拘束された時点で抹殺されるかもしれない。それでは困る。だから自分がゼロを捕まえないといけないというのに、何故か自分はゼロを触れない。

 

 オレンジ、ルルーシュ、スザクの三つ巴が持続したのは、しかしたったの数秒だった。ルルーシュはスザクの背後に、碧の髪をした女性がふらりと現れるのが見えた。

全く戦場に似合わない、神秘的な美女。C.C.だ。

 C.C.はスザクの背後をとり、細い指先でふわりと背中を撫でた。

「悪いな、しかしこいつを捕らえられると困るんだ」

 C.C.がスザクに触れた瞬間、スザクはその場に膝をついた。そのまま頭を抱えて喉を裂くような声で呻いている。尋常じゃない様子に思わず近寄る。

「お、おい、スザク?」

「構っている暇は無いぞ。さっさと逃げろ」

「っ、こいつは無事なんだろうな」

「命に別状は無いさ。さっさと行け」

「お前も逃げるんだろう?」

 ルルーシュはC.C.へ手を伸ばした。

 上空では未だKGFが旋回している。弾切れを起こす様子は無い。このままここにいるのは自殺行為だ。

 しかし伸ばしたルルーシュの手をC.C.は握り返さなかった。

「私はいい、それより、」

 C.C.は眼を見開き、咄嗟にルルーシュを両手で突き飛ばした。ルルーシュは背後に飛んで地面に転がった。

 すぐに上体を起こす。C.C.は倒れていた。

「C.C.っ、おい」

 体を抱き起こすと、胸元に穴が開いている。穴からは止めどなく血が溢れ続けており、黄色い脂肪とピンク色の肉が皮膚から曝け出されていた。咄嗟に両手で傷口を押さえつける。手袋がすぐに真っ赤に染まった。

 スザクを見ると未だに地面に蹲っている。明らかな怪我は無い。

 ルルーシュはC.C.を背中に担ぎ、その場を後にした。

 

 

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