楽園爆破の犯人たちへ 破   作:XP-79

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13. つまり、友達の数でシュナイゼルはロイドに負けているということさ

 ナリタ戦線の数日後、黒の騎士団の元へとキョウトから使者が届いた。ルルーシュは数名の黒の騎士団員と共にキョウトの本部へと向かうこととなった。

 

 枯山水の寂しげな風情のある庭園の中央に足を進める。桐原が一人立っていた。周囲には誰もいない。監視カメラも予め切ってある。

 黒の騎士団幹部は手近な家屋の縁側に控えているがこちらの顔は見えない。

 ルルーシュは桐原に近寄って仮面を取った。凛々しい容姿に桐原は息を吐く。

「まさか、5年前の種が芽吹くとはのう」

「予想外でしたか?」

「いや。……いつかはこんな日がくるとは思っておったよ」

 5年前よりさらに老いた桐原の顔には深い皺が刻まれている。だが生気は溢れ、瞳は剣呑に光っていた。

 こちらの事情を知っているのならば話が早い。ルルーシュは仮面を脇に抱え、品定めをする桐原の眼に微笑をもって答えた。

「……ゼロがおぬしであるというのならば、ブリタニアへの憎悪にも得心が行く。しかしお主は一体どこを目指しておるのだ」

「無論、全てのエリアの解放。そしてシャルル皇帝の退位を」

「それが成った時、おぬしはどうする?」

 言外に栄達を求めているのか問うているのだろう。ゼロが皇族であると知っている桐原は、ルルーシュがブリタニア皇帝の座を望む可能性を危惧しているのかもしれない。針先のような視線に見据えられ、ルルーシュは静かに首を振った。

「ゼロは記号です。民衆から必要とされなくなれば消え去るのみ。ブリタニアの打倒が叶えば私はただの一市民として在野に下りましょう」

「おぬしはそれで良いのか?」

「ええ。私が望むのはこれ以上ブリタニアに搾取されない、安穏とした生活ですから」

 それは嘘でも本当でも無かった。自分の戦っている理由はナナリーの身の安全の確保と復讐のためだ。しかし戦争が終わった後の自分の望みは自分自身でさえ分からなかった。安穏とした生活を望んでいるのかさえ分からない。

 だがそれは今考えて意味のあることではないとルルーシュは思考を逸らした。

 桐原はルルーシュの答えを反芻するように目を閉じる。暫くの後、桐原は高らかに杖を鳴らした。

「あい分かった。ゼロ、情報の隠蔽や拠点探し、資金についてはわしらも協力しよう」

「感謝します桐原公」

「礼は要らん。結果を持って応えよ」

「承知しました。勿論、そのつもりですよ」

 深々と頭を下げる。キョウトの協力が得られれば作戦の質も規模も大きく変わる。これでコーネリアが率いる新体制の総督府とも渡り合える地盤が出来た。

 ルルーシュは仮面を被り直した。そのまま踵を返そうとするルルーシュを、しかし桐原が呼び止めた。

「ゼロよ、一つ聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

「神根島という島を知っておるか?」

 神根島。聞き覚えのある島だった。ブリタニアの軍事施設がある式根島の近くにある小さな無人島の筈だ。

 しかしそれ以上の情報は無かった。何しろ観光地だったという訳でも無い、何も産業の無い島についての情報はそう多くは無い。

「知っています。確か日本がブリタニアに占拠される前から無人島だったと記憶しておりますが」

「うむ。以前は枢木家が所有していた島じゃ。何のエネルギー資源も無い遺跡ばかりの島なのじゃが、日本を占領してからブリタニア軍が頻繁に出入りしているようでな。もしや軍事拠点でも作るつもりなのやもしれんと危惧をしておる。警戒を怠るでないぞ」

 ルルーシュは首を傾げた。神根島は軍事拠点にするにはあまりに小さい島だ。それに近くには既に軍事拠点としての設備を備えてある式根島がある。神根島を開発する利益はブリタニアには無い。

 しかしキョウト六家の当主たる桐原の情報が間違っているとも思えない。日本式に深くお辞儀を返す。

「分かりました。貴重な情報、感謝致します桐原公」

 桐原は仮面を被るルルーシュを見下ろしてその数奇な人生を思った。皇子として育てられた少女が、男も逃げ出す過酷な道を行くとは。

 しかし桐原にはルルーシュが女のようには見えなかった。かといって、男だと断ずることができる程に逞しくも無い。

 ただ美しい。枢木ゲンブが狂ったのも納得がいくほどに。まるで日本刀の切っ先のように。

「修羅の道を行くか、女子の身で」

 ルルーシュは仮面の下で嗤った。

「それが我が運命ならば」

 

 

 

 桐原との会談を終え、ルルーシュは黒の騎士団幹部の下へと戻った。

 扇、カレン、南、玉城が畳の上に座っており、その後ろには藤堂が置物のように正座している。ルルーシュは真っすぐに藤堂の下へと歩み寄った。

「藤堂、覚悟は決まったか」

 日本解放戦線が崩壊して片瀬少将が死亡した後、藤堂はキョウト六家に身を寄せていた。

 四聖剣は藤堂の後ろに静かに佇んでいる。藤堂は静かに口を開いた。

「俺は片瀬少将を主君と定めていた。片瀬少将が亡くなられた今、最早俺は……」

「戦線に戻る気は無いと?」

「主君のいない武人に何ができよう」

 鼻で笑う。外見通り愚直な男だ。

「甘えるな」

 突き放すようなゼロの声に空気が張り詰める。四聖剣などは抜刀も辞さない目つきでゼロを睨みつけた。

 しかし藤堂の後ろから出ようともしない彼らなど恐れる気にすらなれない。顔色も変えずただ押し黙る藤堂を見る。

「お前は奇跡の責任を取らなくてはならない。主君がいなくとも、お前の責任に変わりは無い」

「責任だと?」

「そうだ。エリア11の抵抗運動が他のエリアに比べて格段に激しいのは、日本が余力を残したまま降伏したからだ」

「それは枢木首相が自殺して早期に日本が降伏したからだろう」

「そうだ。しかしそれだけではない。お前は厳島の奇跡という夢を日本国民に見せた。その夢の続きを見せないままに終わることは許されない。軍人として、奇跡の名を持つものとして」

「……私のせいだと言うのかっ」

 膝の上で手が白くなる程に藤堂は拳を握り締めていた。

 

 その様子に、藤堂はやはり軍人にしかなれないとルルーシュは評価を下した。愚直な気質は軍人として優れているのだろうが、政治家の器ではない。この程度の煽り、嘲笑でもって返す程度の腹芸もできないようであれば先が思いやられる。

 しかしこの場においては藤堂の愚直さはルルーシュにとって有利に働いた。手に取る様に藤堂の思考が分かる。

 あとは少し肩を押す程度で藤堂と四聖剣は掌の中に転がり込んでくるだろう。

 

「人々は奇跡という幻想を抱いている。だからこそリフレインが横行しているのだろう?」

 藤堂は歯噛みをして俯く。懊悩する藤堂を一瞥し、頭上から託宣のように告げる。

「足掻け藤堂。貴様にはその責任がある。最後までみっともなく足掻いて、そして死んでゆけ。奇跡の名がズタボロになるその最後の一瞬まで」

 ゼロの言葉に藤堂はゆっくりと眼を閉じ、厳島を思った。

 

 地獄のような戦場だった。唯一ブリタニアに泥を付けた戦場だと華々しく語られるが、実際には泥と砂が混じった暗赤色の海岸にへばりつくようにして戦った、辛苦の日々だった。奇跡には種がある。努力と覚悟、そして幸運という種だ。

 そしてブリタニアとの戦力差は今や努力と覚悟、そして多少の幸運程度で埋めることは出来ない程に広がっていると、優れた軍人である藤堂は察してしまっていた。それでも戦ってきたのは片瀬少将のためであり、勝利のためではなかった。

 その片瀬少将も死に、戦う意味は最早無きに等しい。

 しかしそれでもなおゼロは戦えと言うのか。

 たった一度起こした奇跡の責任のために。最早奇跡は起こせないと分かっていても立ち上がり、戦うべきだと。倒れ伏してズタボロになるまで。

 

 それが責任だと、奇跡の男と呼ばれているゼロは事も無いように言う。奇跡はそんなに軽いものではないと、藤堂を嘲笑でもするような口調に変な笑みが込み上がってきた。

 もしかするとまだやれるのではないかという、馬鹿馬鹿しい期待だ。

「……そうして初めて日本人は敗戦を受け入れられると?」

「民衆のためにも、それが必要だ。最も私はただの夢にしておくつもりはない。私は奇跡を起こす男だ。藤堂、全ての責任を捨てて一人幸福の内に死ぬか、それとも足掻いて修羅の道を行くか。早く決めろ。何も待ってはくれない。時代も、時勢も。お前を信じながら死んでゆく民衆も。———黒の騎士団に来い」

 ゼロはひらりと藤堂へ手を差し出した。

「私はお前の責任は背負えない。自分の責任は結局、自分で背負うしかないのだから。しかし貴公の道筋を照らす程度のことはできよう。さあ、どうする」

 藤堂は一瞬目を瞑り煩悶の表情を浮かべた。抱え込んでいた諦観がゼロの言葉一つで揺らいでしまう。

 この手を取ればまた厳島のような地獄に、いや、もっと酷い地獄へと放り込まれることになるのだろう。重い不安がある。しかし背後から注がれる四聖剣の視線の方が重い。そして奇跡という二つ名の方がさらに重い。

 藤堂はゆっくりと眼を開き、差し出された華奢な手を躊躇いながら握り返した。案外細い指だと思うも、握り返す掌は力強かった。

「———私はお前に従うわけではない。ゼロのやり方が気に食わないと思えば反論もするし、離脱することもあるかもしれん。それでもいいのか」

「それでいい。イエスマンが欲しいのなら他を当たっているさ。藤堂、そして四聖剣。君達を歓迎しよう」

 手を解き、ゼロは藤堂に背を向けて扇に向き直った。

 扇は額に汗をかいて挙動不審に体を揺すっていた。

「扇、キョウト六家との協力は取り付けた。今後KMF整備部門の統括はラクシャータ・チャウラ―に任せることにする。すぐにラクシャータを迎える準備を、」

「あ、ああ。ゼロ……」

「何だ」

 扇は視線をゼロの黒い仮面に向けて揺れる瞳で見つめた。

 黒い仮面の奥は全く見えない。瞳の色さえ分からない謎の男に扇は急に寒気を覚えた。

 ついさっきまではこうではなかった。正体不明だが、自分達と同じく日本を取り戻すために四苦八苦している仲間だと心から信じていた。しかし唐突にそうではないのではないかという思考が扇の頭の中に浮かび上がった。

 その理由は明らかだ。おずおずとゼロに喋りかける。

「その……本当なのか、お前は日本人じゃないって」

「そうだ。俺は日本人じゃない」

「そうか……」

「……そもそもゼロは単なるアイコンに過ぎない。この仮面を被ってこの服を着ている限り俺は無国籍であり、どの国にも所属しない。全ての存在に対して平等かつ公平に接する。全ての弱者の味方であり全ての強者の敵となる。ゼロとはそういうものだ」

「ああ、そうだな。そうだよな」

 何度も聞いたゼロの定義だ。自身に言い聞かせるように扇は何度も首を縦に振った。

「時間が無い。行くぞ」

 先を歩くゼロの後ろをカレンと玉城、南は迷いなく立ち上がってついて行った。藤堂は足早に去るゼロの背中へ鋭い表情を浮かべて後を追う。

 扇は一人取り残され、真っすぐにゼロを追う味方達に唇を噛んだ。

 なんで皆そんなに迷いが無いんだ。ゼロは日本人じゃないのに。

 扇は先へと歩くゼロの背中を揺れる瞳で見やり、戸惑いながらも立ち上がった。

「————信じていいんだよな、ゼロ。俺たちは、お前を」

 小さく呟いた言葉に答える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 神根島の程近くにある新島まで観光客用の航空機で向かい、観光に来ていたブリタニア貴族からクルーザーを徴用したルルーシュは、トウキョウから僅か3時間足らずで神根島に到着した。

 神根島は緑に恵まれた豊かな島だった。水も豊富で、動物も多い。人の手が入っていない森は深く、足を踏み入れるにも躊躇われる程に雄大だった。 

 ルルーシュは浜辺から森を見上げて手元の地図に眼を落した。隣からはC.C.が地図を覗き見ている。

「お前は船も運転できるんだな」

「KMFに習熟すれば大抵の乗り物は楽に運転できるようになる。例外は戦闘機ぐらいのものさ」

「便利なものだ。私も練習するかな、KMF」

「練習するというなら真面目にやれよ」

「気分が乗ればな」

 乗ってきたクルーザーは浜辺に停めてある。ルルーシュとC.C.は砂浜に立っていた。

 二人ともゼロの衣装や拘束着ではなく、ごくごく一般的な高校生らしい服装をしている。万が一人がいた場合、休みを利用して無人島へ遊びに来た高校生のカップルを装うためだった。神根島はブリタニア軍が頻繁に出入りしているという話だが、民間人の立ち入りが禁じられているわけでは無い。

 遺跡の場所は事前に調べてある。ルルーシュは真っすぐに遺跡へと足を踏み出した。C.C.は欠伸を噛み殺しながらルルーシュの後を付いて行く。

「しかし折角の休暇をこんな辺鄙な場所で過ごすことになるとは」

「いいだろう。言ってみれば無人島でのバカンスだ」

「ものは言いようか」

「あれから調査を続けているが未だにギアス教団の位置が分からない。ブリタニア皇帝が興味を持つ遺跡ならば、ギアスに関連する遺跡の可能性も否定できない。……ついて来たくなかったんなら家で待っていても良かったんだぞ」

「つれないな。私が守るって言っただろう?」

「ついでに家計も守ってくれると助かるんだが」

「しょうがないじゃないか。ピザが美味いのが悪い」

 軽口を叩きながら歩く。遺跡の位置は浜辺からそう離れてはいない。森の中を歩いて進む。

 湿った空気を吸い込みながら暫く歩くと苔むした扉が見えた。大人2人が腕を広げたぐらいの幅があり、大昔はさぞ迫力のある扉だったのだろう。今ではあちこちが罅割れているものの重々しく閉ざされている。

「あれか」

「らしいな。ギアスに関する遺跡は世界中にあるが、これはその中でもかなり大規模な部類に入る」

 近づくと予想していたよりも巨大な遺跡が姿を現した。日本の遺跡にしては西洋風な造りをしており、パルテノン神殿のように石柱が立ち並んでいる。しかし碌に手入れされていないせいか今にも倒壊しそうなほどに風化していた。

 ルルーシュは扉へと足を動かそうとしたものの、しかし人の声が聞こえて咄嗟に近くの岩場に身を潜めた。C.C.もルルーシュの隣に身体を滑り込ませる。

 来た方向とは逆側から足音が近づいてきた。数が多い。観光客だろうか。

 耳を澄ませると幼げで無邪気な声と、穏やかで柔らかい声が鳥の鳴き声に交じって聞こえて来た。聞こえて来た声にルルーシュは眼を瞠った。聞き覚えのある声だ。

 

「———ガウェインは既に遺跡の中でスタンバイしてます。あとはちょっとした調整ぐらいですかね。あ、余計な人は中に入れないで下さいよ。生体反応が入ると情報解析が上手く行かないんで」

「分かっているよ……それにしても君の趣味がまさかこんなところで役立つとはね。この遺跡の調査が上手く行けば他の遺跡でもドルイドシステムが使えそうだ」

「そういえば他にも数か所遺跡があってぜーんぶ天領にされてるんでしたよねえ。まるで遺跡のために戦争しているみたいじゃあないですか。いつから皇帝陛下はオカルティズムに目覚めたんです?」

「私も詳しいことは知らないんだ。しかし少なくとも、各国への侵攻計画は遺跡のあるポイントに沿って行われている。そう考えると皇帝の座に収まった頃からオカルティズムに目覚めたと考えるのが妥当なのだろうね。皇帝になって激烈なまでに他国への侵略を行うようになったのも、現在私に政治の一切を任せて姿を晦ませているのも、全てが、もしかすると———」

「ごめんなさい殿下。口が過ぎました。僕、これ以上は聞かないようにします」

 ロイドは自身の両耳を両手で塞いだ。シュナイゼルは顔に貼り付いているような笑みを浮かべた。

「賢明な判断だと思うよ、ロイド。知らない方が良い事が今の世界には多すぎる」

「賢明とは違います。僕は臆病で面倒くさがりなんですよ」

「それを賢明と呼ぶんだよ。人は余計なことに関わらず、今日を生きることだけに一生懸命になった方がずっと幸せになれる」

「殿下の捻くれた人生観はどーでもいいんです。僕は政治に興味が無いだけですから」

 それより、とロイドは両耳から手を離した。

「ドルイドシステムはまだ未完成品。ちゃんと情報解析ができるかどうか」

「君が納期を守れないなんて珍しい」

「納期はちゃーんと守りましたよ。でも最も重要なパーツが無いんです。デヴァイサーというパーツが足りない。ドルイドシステム自体は8年も前に原型が出来てるんですからとっくに完成してます。ただドルイドシステムの機能をフル活用するためには、大量の情報を精確に処理できる、それ自体がスパコンみたいな人間がいないと無理なんです」

「私にも不可能かい?」

「……確かにシュナイゼル殿下なら使えるかもしれないですね。何なら殿下に合わせてハドロン砲も調整しましょうか?まだ開発したばっかりなんで暴発する可能性もありますけど、それも御愛嬌ってことで」

「………いや、止めておくよ。私は戦場に出るタイプの将ではない」

「まあ殿下が出撃したら真っ先に撃墜されちゃうでしょうからね。情報解析能力ならともかく、殿下はデヴァイサーとしての才能はからっきしで、身体能力も素晴らしく底辺ですし」

 あはははは、と笑うロイドにシュナイゼルは深々と溜息を吐いた。

「どうして君の副官は今日来ていないんだい」

「ランスロットの調整が大変なんですよ。ほんとなら僕だって殿下のお守りをするよりランスロットを弄りたいのに。ガウェインを使いたいって殿下が我儘を言うから仕方なく来たんですからね」

「私はツッコミ属性を持たないんだよ。君の無礼を咎める人間がいないと会話がスムーズに行かないじゃないか」

「殿下、無礼だと思うから無礼になるんです。だったら無礼だと思わなければいいんですよお」

「君のその開き直りは素晴らしい能力だと思うよ」

「ありがとうございまーす」

 二人は会話を続けながら遺跡へと向かって行く。

 ルルーシュは岩場の陰に身体を沈めたまま、聞こえてきた会話に瞠目した。

「おいルルーシュ」

「喋るな」

 胸が鳴る。距離があまりにも遠い。それに二人の周辺には警備兵が何人も立っている。

 駆け寄って目を見て、俺の奴隷になれ、と言うにしても、その前に周辺の警備兵に射殺されかねない。あの警備兵はただの雑兵ではない。シュナイゼルの近衛兵だ。ブリタニアでも優秀な兵ばかりが集められているシュナイゼルの近衛兵は、シュナイゼルに近寄ろうとすれば口を開く間も与えず射殺しかねない。

 二人はそのまま遺跡の中へと入って行った。数名の警備兵はそのままその場に残る。

 

 ルルーシュは息を吸い込み、静かに立ち上がった。そのまま両手を上げてゆっくりと警備兵の前に出る。

 突如として現れた華奢な少年の姿を認め、警備兵はライフルの銃口を向けた。

「っ、何者、」

「俺に従え」

 その場にいた全員の瞳の淵が赤く染まるのを見届け、ルルーシュはC.C.に合図を送った。草むらから出てきたC.C.と共に遺跡の中へと忍び込む。

 

 

 遺跡の中は外から見たよりもさらに広い。天井が高いせいか空気は肌を刺すように冷たい。

 シュナイゼルはさらに遺跡の奥に向かったのか姿が見えなかった。他の警備兵もシュナイゼルについて行ったらしく姿はない。

 その場にいたのは遺跡の中心に鎮座するKMFと、それを整備しているロイドだけだった。

 そのKMFは初めて見る機体だった。サザーランドよりも1.5倍は大きい。背中には6枚の翼を背負っており、フロートシステムが完備されている。

 まず間違いなくブリタニアの最新鋭KMFだろう。ロイドが直々に調整していることからも、いかに特派が力を入れて製造した一品であるかが分かる。何よりフロートシステムだ。サザーランドより一回り大きい巨体を浮かせるというぶっとんだ技術を駆使しているKMFは、いくら超大国ブリタニアにもそう多くはないに違いない。

「欲しいな」

 そのKMFを仰ぎ見ていると思わず欲望が口から洩れた。C.C.がせせら笑う。

「ほう、おねだりでもするか?」

「あのKMF狂いがそんなことで自分のKMFを手放す訳が無いだろう」

「ではギアスをかけるか」

「こちらを向けばな。C.C.、お前は周囲を見張っていろ」

「分かった」

 周囲を見回す。ロイド以外は誰もいない。

 あまりに警備が薄いのは何か理由でもあるのか。もしやこの遺跡は警備でさえ立ち入りを制限せねばならない程の機密なのか。しかしならばなぜこう易々と自分は潜入できたのだろうか。

 ルルーシュは足音を鳴らしながらロイドに近寄った。機体の整備に夢中になっているらしく、ロイドは足音が聞こえているだろうに振り向く様子も無い。

「———久しぶりだな、ロイド」

「んー?警備なら外で待っててってシュナイゼル殿下に言われたでしょ?ここは機密でいっぱいだから、許可なく入るのは、」

「警備じゃない。……KMF狂いなところは変わらないな」

 不遜な口振をようやく不振に思ったロイドは振り返り、その存在を目の当たりにして驚きで目を見開いた。

 

 記憶よりもずっと身長が伸びているし、可愛らしかった容姿は凛々しく様変わりしている。しかしかの皇子の面影は強く残っていた。

「………ル、ルルーシュ殿下?」

「久しぶりだな、ロイド」

「え?生きてたの?」

「ああ。なんとかな」

 ロイドはKMFから離れてぽかんと口を開いた。

 約5年ぶりの再会だ。ドルイドシステムの原型を作った彼が日本で死亡したと聞いたときにはそれなりにショックを受けた。だがあまりに堂々と姿を現したルルーシュに、死亡したという情報は自分の勘違いだったのかとさえ思ってしまう。

 ルルーシュは混乱しているロイドを気にもせずKMFに近寄った。

「え、え?どうしてここに?」

「訳ありさ。お前こそどうしてここにいる」

「え、えーと、シュナイゼル殿下のお守りだよ。ドルイドシステムがこの遺跡調査に必要らしくて」

「そうか」

 呆然としているロイドの隣をすり抜けてルルーシュはKMFを見上げた。かなり大型のKMFとはいえ、ドルイドシステムという超高速演算機を搭載していると考えるとそう巨体ではない。

「このKMFにドルイドシステムを乗せているのか。よく小型化したものだな。どうせお前のことだから小型化のために解析能力を犠牲にしたりはしていないんだろう?」

 心底感心して嘆息を漏らすと、ロイドは目の前の皇子が本当は死んでいる筈だとか、ここにいたらマズい人だということを一端脇に置き、ぱあ、と顔を明るくした。

「そう!もう、ドルイドシステムは小型化が一番大変だったんだよ。セシル君の協力のおかげで体積が80%減してね、ようやくKMFに積み込み可能なサイズになったんだ。しかもただの情報収集だけじゃなくて完全自律的に周囲の環境パターンを解析するように調整したんだ。さらにハドロン砲を装着することで単なる指揮官機としてだけじゃなくて広範囲の敵に対しての攻撃力を持つエース機としての役割も付加させたんだよ。フロートシステムも中空にホバリングできるようにして指揮官機として運用することを考慮に入れた仕様になってるんだ。小型の指揮官専用艦とさえ言えるスペックは情報解析能力と防御機能だけなら現在開発中のシュナイゼル殿下専用艦アヴァロンでさえ遙かに凌駕するんだよ~」

 流れるような説明にルルーシュは一つ一つ頷きながら目を細める。

 

 ブリタニアでも有数のKMFだという予想は間違いなかった。それどころかこれはロイドの趣味全開の、デヴァイサーのことなど全く考えないモンスター機体だ。

 欲しいな。ルルーシュは口元に笑みを浮かべながらロイドを振り返った。

 

「指揮官機ということは、これにはシュナイゼルが乗る予定なのか?」

「いんや。あの人デヴァイサーとしての能力はカスだから。ていうかブリタニアの皇族で戦場に出れるレベルにあるのはコーネリア殿下だけだし、コーネリア殿下程度のスペックじゃあこのガウェインは絶対に操縦出来ないからあげられないし」

「コーネリア程度だと?」

「うん。単なる操縦技術の問題じゃないんだ。僕かシュナイゼル殿下並みの情報解析能力を持ってないとこれは使えない。僕は使いこなせない人にKMFあげたくないし。だからこれは僕の趣味の機体なんだよね」

「そうか」

 黒く塗装されたガウェインを見上げる。

 ロイドに駆け引きは通用しない。ならばとルルーシュは勝負に出ることにした。

「これが欲しい。くれないか?」

 ロイドはひくりと頬を引き攣らせた。

「……冗談が上手になったね、ルルーシュ殿下」

「そう呼ばれるのも久しぶりだ」

「これまでどうしてたの?ていうかあのロリコン辺境伯はどこに行ったの?とうとう捕まった?」

「死んだ」

 そういえば、ロイドはジェレミアの同級生だったと思い出した。

 士官学校卒業後もそれなりに親交があったと聞く。ならば、あれからどうなったのか知る程度の権利はあるように思えた。

 ルルーシュの言葉にロイドは表情を無くし、何を言われたのか分からないと首を傾げた。

「死んだよ。俺を守って」

「嘘」

「本当だ」

「あんな、体が頑丈なのが取り柄みたいな脳筋が?」

「そうだ。死んだ。あいつは。ブリタニアから俺を守って、死んでいったよ」

「———そっか」

 あーあ、とロイドは俯いた。

「そっかあ、死んじゃったんだあ」

 鼻をならし、口をへの字に曲げる。

 

 予想外の反応だった。人のことなんて何とも思っていないマッドサイエンティストかと思っていたが、少なくとも知人の死を悼むことはできたのか。

 もしかすると知人でなく友人だったのかもしれない。

 

「死んじゃったんだ、そっか。うん、まあ、おかしいことではないよねえ」

「……そうだな」

「でも嫌だなあ。こういうの。調子が狂っちゃうよ」

 ロイドはぶんぶんと顔を横に振った。口をへの字のまま引き絞り、眉間に強く皺を寄せている。

 湿った息を吐いて、ロイドはう゛ぅと唸り声を上げた。

「殿下を護って死んだの?」

「ああ。……騎士として見事な最期だった」

「死ぬときに見事だったとかどうでもいいよ。あいつは好きでルルーシュ殿下の騎士になったんだから。そのために全部賭けて、全部無くして、その果てに死んだんだから。殿下を護って死んだっていうなら、どれだけ無様に死のうがどうでもいいことだよ。それであいつは満足だったんだろうからさ、それでいいんだよ」

「………俺には、あいつが満足して死んだのか分からない」

「他人のことなんて分かる訳ないでしょ。でも満足して死んだって思った方が生き残った側は楽だよ」

「俺は楽になりたい訳じゃない」

 ルルーシュが叩きつける様に言い放つと、そっか、とロイドは顔をもたげた。

「………僕、ここでは誰とも会ってないし、何も見てないから」

「ありがとう」

「あとまあ、サービスなんだけど」

 ロイドはKMFのキーをルルーシュに向かって放り投げた。弧を描いて飛んできたキーをルルーシュは手を伸ばしてキャッチした。

「僕、あの馬鹿と違って貧弱だからね。拳銃とか嫌いだから持ってないし。強奪されたら抵抗できないから」

「分かった。ではこれは強奪させてもらおう」

「……あ、でもデータ取ったら送ってくれない?誰も乗れないからドルイドシステムのデータが全く無くて」

「悪いが、それは断る。敵に塩は送らん」

 ロイドは唇を尖らせた。5年前と変わらない無邪気な仕草に苦笑が零れる。

 しかし5年前とお互いの立場は全く違う。一緒にドルイドシステムを弄って遊んだ頃に戻ることは不可能であり、お互いにそのことはよく理解していた。

 とはいえ名残惜しい。

「そんなにデータが欲しいのならこっちに来ればいい。歓迎するぞ?」

 微笑を浮かべて言った言葉にロイドは頬を引き攣らせた。

「……なーんとなく、殿下が今何をしているのか予想がついたんだけどさ。ゼから始まってロで終わるようなことしてるんじゃない?」

「さあ?」

 誤魔化すように首を傾げたルルーシュに、ロイドは寂し気に笑った。

「僕はここに残るよ。あんまりにも残してきたものが多いから」

「そうか。残念だ」

「発進スイッチは操縦桿の右にある。フロートシステムの発進は液晶画面から操作してね」

「分かった。じゃあな」

「うん。またね」

 ルルーシュはC.C.呼び寄せてガウェインに乗り込んだ。

 珍しい複座式のコックピットに頬が引き攣る。成り行きでとんでもないものを強奪してしまったものだ。

 勝手に前方の操縦席に身を沈めたC.C.はカメラの向こうで手を振っているロイドを見やった。

「おいルルーシュ、あいつにギアスをかけなくていいのか」

「ああ……ガウェインの礼だよ」

「お前はやっぱり甘いな」

「まさか。そこまでする理由が無いというだけだ」

 コックピット一面に情報が展開される。その情報に合わせてルルーシュは操縦桿を握った。

 

 確かに、今回に限っては自分の対応は甘いのかもしれない。だがジェレミアが死んだことを悲しんでくれる人間はもうそう多くはないのだ。その数少ない人間であるロイドにギアスをかけることはしたく無かった。

 発進スイッチを押す。フロートシステムが起動し、機体が宙に浮く。エンジンが駆ける轟音が遺跡中に響く。

 そのままルルーシュとC.C.を乗せたガウェインは、真っすぐに空へと飛んで行った。

 

 

 

 遺跡の奥から戻ってきたシュナイゼルは、ガウェインが破壊した遺跡の扉と立ちすくむロイドを見て、ガウェインが奪われたとすぐに察した。

 しかしそれにしてはロイドには怪我があるようにも見えない。近寄ると、ロイドはぐすぐすと鼻を鳴らしていた。

「ロイド、どうした」

「分かんないよ」

 眼を擦りながら、あーあ、とロイドは声を漏らした。

「殿下なんかには、一生分かんないよ」

 シュナイゼルは寂し気に俯くロイドの顔を覗き見た。ロイドとはもう長い付き合いだが、こうしてこの男が感情を露にしているところは初めて見た。

 

 涙は生理的に眼球を守るために流される時と、感情が揺さぶられた時に流れるものがある。このロイドは明らかに後者の理由で涙を流している。それは分かる。シュナイゼルには、しかし何故感情のために涙が流れるのか上手く理解できなかった。

 涙を流して何かが変わるわけではない。落涙とは少量の水分と塩分を失う行為でしかない。なのに何故、人はわざわざ涙を流すのだろう。

 理解できないことが寂しいわけではない。ただ疑問だった。

 人間には感情がある。感情のために生きている人間さえいる。感情とは欲であり、悲嘆であり、歓喜であり、愛でもある。

 感情のために人は文明を発達させた。しかし十分に文明が成熟した今は、感情が無い方が人間はずっと理知的に生きていけるとシュナイゼルは思う。余計な欲を持たず、より理知的に、平坦な心持でいれば争いは起こらない。その方がより多くの人々が幸せになれるだろう。だが大多数の人間は自分と意見を異にすることもシュナイゼルは察していた。

 何故か。

 それは感情は平和より、人命より尊いものだと多くの人が見なしているからではないだろうか。

 そして思う。では感情が無い人間が、感情のある人間を相手に完璧に統治を行うことは、果たして可能であるのだろうか。

 シュナイゼルは到って理性的に思った。

 自分は感情を取り戻すべきではないか、と。

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

「……すっごいわねえ、コレ。フロートシステムはセシルも一枚噛んでるわね。それに、なによこれ。ドルイドシステム……誰が使えんのよこんなぶっ飛びシステム。あとこのハドロン砲。あいつの趣味が盛り込まれまくりじゃない。ゼロ、これどうやってあのプリン伯爵からぶん捕ってきたのよ」

「秘密だ。それよりこのフロートシステムを黒の騎士団が使っているKMFに転用できるか?」

「現物があるんだから余裕よ。すぐにでも解析にかかるわ」

 ラクシャータは黒の騎士団の格納庫にしまわれたガウェインを前に、腕を組んでふふんと笑った。キセルからは煙が伸びている。

「ワンオフ機に拘るあいつより、アタシの方が早くフロートユニットを大量生産できるわよぉ」

「それは何よりだ。ドルイドシステムの方はどうだ」

「どうだってどういうこと?」

「ロイドはドルイドシステムを利用することで戦場の指揮をよりスムーズに行うことを可能にした、と言っていた」

「ま、普通の人間じゃその程度が限界でしょうね。ドルイドシステムのスペックをフルに使うとなれば人間の限界を振り切るレベルの情報処理能力が必要よ。そんなの、」

「俺にはできる」

 ゼロはぽかんと口をあけたラクシャータに向き直った。ラクシャータの口からキセルが落ちる。

「……できるの?本気で?」

「ここまで輸送する途中でドルイドシステムを弄ってみたが、99.4%は稼働可能だった。慣れれば99%代後半まで使えるだろう」

 ラクシャータは口角を引き攣らせる。

 一拍の後、高笑いを上げた。

 格納庫にいる騎士団員が驚いて振り返ったが、気にせずラクシャータは腹を抱えて笑い続ける。

「あんた、ほんっと面白いわねえ!インドから中国越えてわざわざやってきた甲斐があるってものよ!」

 暫く腹を抱えて笑い、ようやく収まってからにたりと頬を歪ませるように笑った。ロイドに似た笑い方だとルルーシュは思った。

 立場は違えどKMF狂いという点では二人はよく似ている。言えば怒るだろうが。

「いいわ。やってやろうじゃない。ドルイドシステムをフルに活用したぶっ飛んだ機能、作ってやろうじゃないの」

「頼んだぞ」

「ただし一つ条件があるわ」

「何だ」

「名前よ」

 キセルを拾ってラクシャータは手の中でくるくると回す。

「名前が気に食わないのよぉ。円卓の騎士の名前をそのまま使うのも気に食わないし、太陽の騎士の名前を冠している癖にカラーリングが真っ黒っていうあいつの捻くれたセンスをアタシのKMFに持ち込むのも気に食わないわ」

「……そうか。なら名前は好きに変えていい」

 予想外の要請にルルーシュは肩を竦めた。ラクシャータは鼻を鳴らしてKMFを見上げる。

「そうさせて貰うわ。実はもう候補があるのよね~」

「あ、あの!!」

 ラクシャータの声を遮るように声が上がった。だれかと振り返ると、同じ格納庫で紅蓮弐式を調整していたカレンが手を上げていた。ゼロの視線を受けてカレンは顔を真っ赤に染めた。

「私が、その、名前を付けてもいいですか!!」

「名前を?何故」

 首を傾げるゼロにカレンはええと、と眼を左右に走らせながらもじもじと指先を弄る。

「いえ、その、ゼ、ゼロの機体に、その、ぐ、紅蓮とセットみたいな、名前をですね……」

 ごにょごにょと口ごもるカレンにルルーシュはふむ、と顎に手をやった。

 紅蓮の名前は既にエリア11でよく知られている。ゼロの搭乗する機体が紅蓮に対応するような名前であれば、さらに黒の騎士団の名が高まるかもしれない。

「そうだな、それもいいかもしれん」

「は、はい!だから、その、」

「紅蓮と対応する名前と言えば鉢特摩(はどま)、いや、魔訶鉢特摩(まかはどま)か?」

「………ゼロ、何ですかそれは」

 す、と真顔に戻ったカレンに、ルルーシュは首を傾げた。

「何とは。そもそも紅蓮は仏教における八寒地獄の一つ、鉢特摩地獄の別名である紅蓮地獄の名称のことだろう。ああ、紅色という意味で対応するのならば白色に関連する名前になるのか。紅白と言うしな。ならば胡粉色(ごふんいろ)か。コンプリメンタリー配色として考えるのならば山葵色(わさびいろ)というのもありか」

「いえ、無いと思いますゼロ」

 カレンは真顔のまま真向からゼロの言葉を否定した。ここまでゼロの意見に真っ向から反対したのは初めてかもしれない。だが後悔は全く無い。むしろよくやったと自分を褒めたい。

 危うくぶっとんだ名前を与えられそうになったガウェインを哀れみの目つきで見上げた。黒にカラーリングを施された機体はゼロに相応しく禍々しい印象があり、巨体も相まって畏怖さえ感じる程の威圧感を発している。

 こんな機体に胡粉色と名付けるゼロのセンスとは。カレンは重病人を前にした医者のように首を振った。

 ゼロは頭は良いし、カリスマ性もあるし、スタイルも良い。天はこの人に二物どころか何物も与えている。しかしネーミングセンスだけは授けてくれなかったらしい。

「あーだめだめ。ゼロはこういうセンスはからっきしみたいね。黒の騎士団っていう名前もちょっとアレかと思ったけど、今の聞いてるとまだマシだったんだねえ」

 笑い声を立てながら、ラクシャータはキセルをくるくると回す。

「こいつの名前は蜃気楼よ。蜃気楼みたいに実態の無い、絶対的な防御力を持つKMFを作ってあげるわ」

「ああ。頼んだぞラクシャータ」

「……蜃気楼……うん。いいです。紅蓮とは関係ない名前だけど、山葵色とか名付けられるよりずっといいです。すいませんゼロ、失礼しました」

 ひきつった笑いを浮かべ、カレンは紅蓮弐式の調整に戻った。

 

 紅蓮の横には扇の無頼が立っている。扇は無頼の前で昼食を食べていた。膝にお弁当を乗せている。

「あれ、扇さん。手作りのお弁当ですか?」

「あ、そ、そうなんだ」

「……もしかして、彼女でもできたんですか」

 カレンの言葉に扇は喉を詰まらせた。慌てて横に置いてあった水筒を手に取って扇に手渡す。

 水を喉に押し込んで、扇は大きく息を吸った。

「は、はあっ、カ、カレン、は、な、なんでそんな、」

「だって扇さん、自分でお弁当作るようなタイプじゃないでしょ。だったら彼女かなって」

「あ、ああ。ええと。彼女というか、その……」

 ごにょごにょと口ごもる扇に、あーあ、とカレンは息を吐いた。

 扇は隠し事が下手だ。これは彼女だろう。扇の隣に座ってぶらぶらと足を揺らす。

 

 別に彼氏が欲しいわけではない。学校に気になる男子がいるわけでもない。

 ではゼロをそういう対象として見ているのかと問われると、それもちょっと違うような気がする。ゼロのことは好きだが、性愛というより敬愛に近い。それに組織に私情を持ち込むのはいけないと分かってもいる。

 年頃の乙女としてこんな色恋沙汰の無い灰色の青春もどうかと思う。しかし戦時中なのだからしょうがないと自分に言い聞かせるしかない。

 戦争が終わって、平和になってから考えればいいや。それに今はまだ早い気がするし。気になる男の人も別にいないし。

 気になる人、といえば。

 頭にルルーシュの顔がぽん、と頭に浮かんだ。精密に作り込まれた人形のようだと最初は思った。しかし生徒会で一緒に過ごしているとその印象は大きく覆された。

 確かにぶっとんで綺麗な人だ。綺麗なだけじゃなくて仕事も凄くできるし、頭もすごく良い。でも近寄りがたい訳ではなく、生徒会ではよく笑うし、皮肉めいた言動も多く意外に口が悪い。生徒会に慣れないカレンをよく気遣ってくれて、飄々としているが根っこは優しい人なんだろうと分かる。

 女だと知っているけど。でも、そんなの気にならないぐらい綺麗で。それにいつも男子の制服を着ているから、女には見えなくて。それに揶揄うような口調をするけど、とっても優しくて。

 

 くわ、とカレンは眼を見開いた。

「何を考えてるのよあたしは!!」

「か、カレン?」

 いきなり上がった大声に扇はびくっと肩を震わせたが、カレンは扇を気にする様子も無い。

「開けちゃいけない扉がオープンしそうだったわ!閉じるの!二度と開けちゃだめよカレン!!戻って来れなくなるわ!!」

「どうしたんだカレン」

「確かに美人よ!!イケメンよ!!絶世の美女よ!!でも違うの!!彼女はオスカルルーシュなんだから!!最後はアンドレと結ばれる運命にあるのよ!!」

「何を言っているんだカレン」

「どうせ最後はずっと傍にいた優しい人と幸せに結ばれるっていうテンプレ的な展開になるんだから!!あたしはロザリーにはならない!!」

「悪いカレン、俺はベルサイユのばらを読んだことがないんだ…」

 おろおろとする扇に、散々大声を上げて少し冷静になったカレンはぐっと親指を立てた。

「気にしないで扇さん、ちょっと新しい扉が開きかけていただけだから。輻射波動で粉々にしてやったからもう大丈夫」

「それは大丈夫なのか?」

「ええ。オールオッケーよ。万事ノープロブレム。そうよ、これもブリタニアが悪いの。あんな才色兼備な超絶美人を育んだブリタニアという国が悪いのよ」

「カレン。俺はブリタニアという国が好きじゃない。でもそれは八つ当たりだと思う」

「あんな美人で気が利いて料理も上手な女性がいなければあたしは道を外れることは無かった。そんな女性を生んだのはブリタニアよ。だからブリタニアが悪い。理論は破綻はしてないわ。それでオッケー。あたしは悪くない。ルルーシュも悪くない。悪いのはブリタニアオンリーよ。分かった?」

「……う、うん」

 扇は意味が分からないながらも首肯した。そうしなければカレンにヘッドロックでも決められそうな予感がしていた。

 

 その時、南が扇とカレンの元へと駆けてきた。南の必死の形相にカレンも首を傾げた。

「南さん?どうしたの?」

「お、扇さん、紅月!あれ、あれ!!」

 南は扇の腕を掴み、無理やりに立たせようとした。

弁当を守るために扇はその場に踏ん張る。

「ど、どうしたんだ南」

「テレビを見てください!枢木スザクが!」

 珍しく慌てている南の様子に、扇は戸惑いながらも弁当を脇に避難させて立ち上がった。そのまま南に連れられて格納庫に付属しているモニターへと向かう。

 モニターはテレビを映していた。カレンも南と扇の後を追い、一緒にモニターへと向かう。

 モニターの近くには沢山の人が群がっており、驚く事にその中にはゼロも居た。ゼロを含め、全員がテレビ画面に釘付けになっている。異様な様子に扇とカレンもテレビへと視線を向けた。

 

 総督府のどこかだろう。ブリタニアの紋章が描かれた垂れ幕の前に、兵士とは思えない柔らかい顔立ちをした枢木スザクが立っている。スザクは身の置き所が無い様子で何度も眼を瞬き、額から汗を流していた。

 そしてスザクの前には、お人形が着るようなピンク色のドレスを着たユーフェミア副総督が立っていた。

 ユーフェミアはマイクを持ち、柔らかな声で高らかに宣言した。

 

『皆さん、お集りありがとうございます。私は本日、私の騎士を皆さんに紹介するためにこの機会を設けさせて頂きました。

 皇族にとり騎士は自らの剣であり、寄り添い、支え合う大事なパートナーです。心から信頼できる人でないと、選任騎士には任命できません。そんな人は稀なもので、生涯選任騎士を持たない皇族も珍しくはありません。

 しかし私はここ、エリア11で幸運にも心から信頼できる騎士を見つけました。彼と支え合うことで、私はこのエリア11に住まう全ての人々の生活を守ることができると確信しています。

 私はここに、神聖ブリタニア帝国第3皇女として、ここにいる枢木スザクを我が騎士とすることを宣言します!!』

 

「あんの、大馬鹿野郎が」

 ゼロが零した言葉は、騒めく騎士団員の中では誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

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