楽園爆破の犯人たちへ 破   作:XP-79

14 / 22
慈愛のありか
14. ユフィは純真で、無垢で、ただそれだけだった


 

 

 

 スザクが屋上に向かうと、既に到着していたルルーシュはスザクを視界に認めるなり無言のままに近寄った。

 そのままルルーシュは腹を殴ろうと拳を勢いよく突きだした。

 しかし拳が腹に当たる前に、スザクの身体はルルーシュに触れることを拒絶するように勝手に避けてしまい、バランスを崩したルルーシュは足を縺れさせてその場に転げた。

「だ、大丈夫?」

「煩い馬鹿!」

 立ち上がり、これ見よがしに舌打ちするルルーシュの顔面は稀にみる程に凶悪だった。美人が怒ると怖いという言葉は本当だとスザクは心底理解した。壮麗な顔が左右に吊り上がり、元から女性とは思えない程に鋭い眼光がさらに剣呑に光っている。

 スザクは命の危機を感じ、仁王立ちするルルーシュの前に正座した。額から汗が零れる。やらかしてしまった自覚がある分に恐ろしい。頭上から地を這うような底冷えのする声が落ちて来た。

「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、想像以上の馬鹿だなお前は。お手とお座りを覚えられるポメラニアンの方がずっと頭がいい」

「……や、やっぱり駄目だった?」

 おそるおそる顔色を窺う。言われずともルルーシュが何で怒っているのかは分かる。

 ルルーシュは片方の眉を跳ね上げた。

「ほう、駄目だと思ってはいたのか」

「う、うん……ユフィと出会ってからまだ2か月ちょっと位しか経っていないから、選任騎士になるなんて早急過ぎるかと思いはしたんだ。それに僕はイレブンで、式典で賛同してくれた貴族はロイドさんだけだったし。それに政治の勉強なんてしていないから、副総督の補佐の仕事なんて想像もつかないし……」

「………そこまで分かっていてなんで騎士になったんだ!!」

 今度は顔面を狙って蹴りが飛んできた。体を逸らして避けると、バランスを崩したルルーシュが転げそうになったので今度こそは受け止めようと両手を広げた。

 しかしルルーシュの身体に接触する前に何故か両手がすっと下がってしまい、彼女はそのままコンクリートの床に転がった。

「だ、大丈夫ルルーシュ!?ごめん、受け止めようとしたんだけど腕が勝手に下がっちゃって」

「っ、いい。気にするな」

 顔面を凶悪に歪ませたまま、ルルーシュは舌打ちをしたその場に大の字に寝っ転がった。

 先ほどまでの怒気は少し発散されたのか、表情は怒りよりも呆れに近かった。それはそれでスザクは悲しい気持ちになった。

「それで、なんでお前はそれだけヤバいと分かっていて選任騎士を引き受けたんだ。士官学校どころか高校すら……いや、中学校すらまともに通っていなかったお前が、政治能力や指揮能力は当然として、他にも教養やら外国語能力やら人脈やらが求められる選任騎士になったところでまともに評価される訳が無いと分かっているだろう。いくら馬鹿なお前でも」

「結構辛辣だよね、ルルーシュって」

「『スザクならできるさ。頑張れよ』とでも優しく言って欲しかったのか?はっ、言って欲しいなら言ってやるぞ?極上の笑顔付きでな」

「遠慮しておく」

 渋い顔で首を振るスザクにルルーシュは初めて笑みを零した。

「プライドの高さは変わらないようで何よりだ」

「プライドが高いなんてルルーシュに言われたくないよ。君の方がよっぽどプライド高い」

「実力に裏打ちされたプライドは矜持だ。俺は矜持が高いだけさ。――――話を戻すが、碌に指揮官としての経験も無い、小学校中退の17歳を選任騎士になど、ナンバーズだとか以上に異例の抜擢だぞ。なんでそんなことになったんだ」

 スザクはどこから話していいのか悩みながらルルーシュの隣に座り込んだ。

 太陽はちょうど正中の位置に佇んでいる。休憩時間が終わるまであと20分はある。スザクは大きく息を吐いた。

「ユフィとこの数か月、一緒にいることが多かったんだ」

「何故だ。お前は特派に所属する騎士だろう」

「ユフィが僕のことを気に入ってくれたみたいで。度々お茶に誘われたり、色々特派の便宜を図ってくれたりしたんだ。これは前にも話したけど、学校もユフィのおかげで通学できるようになったんだよ」

「それでお前はお茶に誘われるたびについて行ったと」

「うん。ユフィは、その、優しい人で。話しているとすごく楽しいんだ。一緒にいると胸が暖かくなるような感じがして……いけないっていうことは、分かっていたんだけどね」

 スザクは頬を緩めて俯いた。その顔を見てルルーシュは一つの可能性に思い当たった。

 

 世間で囁かれる下世話な噂だと思っていたが、そう的外れでもなかったのか。

 ユフィは心優しく度量が広い。そして思い込みが激しいスザクを振り回してしまう程のエネルギーがある。容姿も整っていて可愛らしい。それに生真面目だが破天荒なところもあるスザクは、ユフィの型破りな振舞いにも難なくついていけるだろう。二人の相性は確かに良いのかもしれない。

 しかしルルーシュは眉を深く顰めた。選任騎士はお友達でも恋人でもないんだ。

 緩んだ顔でユフィのことを話すスザクは、どう見てもただユフィという可愛い少女に恋をしているだけの少年だった。

 

「ユフィとお茶を飲んでいる間によく話したんだけど、彼女はどうしたらイレブンがブリタニア人と同じように暮らせるのか真剣に悩んでくれていたんだ。ユフィはゼロみたいな過激な方法じゃない、もっと優しい方法でエリア11を変えようとしてくれているんだって知って……嬉しかったんだ」

 ルルーシュはスザクの緩んだ頬に拳を叩き込んでやりたくなったが、どうせ避けられると分かっていたのでなんとか耐えた。

「それで騎士の話が振られてすぐにOKしたと?」

「いや……流石に動揺したよ。それでどうして僕にばっかりこんなに優遇してくれるのか、他の選任騎士候補はどうしたんですかって聞いてみたんだ。そしたら」

「そうしたら?」

 先を促すと、スザクは少しの間言い淀み、気まずげに目を逸らした。

「ユフィが選任騎士候補の人たちにイレブンの保護政策について話すと、皆嫌そうに顔を顰めたらしくて……ユフィの、ナンバーズ保護政策を推進するっていう目標を一緒に支えてくれる選任騎士候候補の人は誰もいなかったんだ。それで僕に騎士になって欲しいと思ったらしい」

「なんだそのふざけた騎士選別方法は。ほとんど消去法じゃないか。お前もだが相当ユフィもぶっとんでいるな」

 ルルーシュのストレートな非難とあからさまな舌打ちにスザクは一瞬苛立ちが湧いたが、しかしそのまま地面に沈んだ。

 分かっている。間違っているのは自分で、ルルーシュは正しい。

 どうしてあんなに短慮にユーフェミアの選任騎士になることを了承してしまったのか。たった数日前のことだというのに、既に後悔が湧いてくる。

「分かってるよ……騎士叙任式で、ロイドさん以外に誰も拍手しようとしてくれなかったんだ。正式な式典でさえそれだ。それどころかユフィを中傷するような人さえいた。相手が僕じゃなかったら、貴族だったら、せめて大人のブリタニア人だったらきっと反対されなかった。ユフィのために根回しをしたり、政治の補佐をしたりすることだってできた。僕は……僕じゃあ、ユフィの騎士には相応しくない」

「気づくのが遅い」

「僕もそう思う」

 項垂れる。

 本気で落ち込んでいるらしいスザクにルルーシュは体を起こして地面に座り、日本人らしい童顔を覗き込んだ。

 正直、かなり呆れている。しかしもうこうなってしまったからにはこれ以上の叱責に意味は無いだろう。

 ルルーシュがここで何を言おうとも、一度正式な式典を開いて選任騎士になってしまった以上、スザクはユフィの選任騎士をそうそう簡単に辞めることはできない。それこそ主君が死ぬか、もしくは皇位継承権を失うような大事でなければ不可能なことだ。

「うじうじするな。もうお前は選任騎士になったんだぞ。これからどうするかを考えるんだ」

「うん」

「人脈無し、政治能力・指揮能力共に無し、身分無しのお前が戦闘以外できることは限られる。その中でユフィのための最善策を考えるんだ。その馬鹿な脳みそをフル回転させて考えろ。選任騎士は馬鹿みたいに戦場で戦えば済むような簡単なものじゃないんだからな」

「ルルーシュ、励ましてくれてるのか貶してるのか分かんないんだけど。もうちょっと優しくしてくれない?そろそろ泣きそうだよ、僕」

「泣きたいんならさっさと泣け。ハンカチぐらいは貸してやる」

「……ジェレミアさんがいたらフォローに回ってくれるのに……そういえばジェレミアさんってどうしたの?姿が見えないけど、一緒に暮らしてるんだよね?」

 そういえばアッシュフォード学園に転入してから暫く経つというのに、ジェレミアの話がルルーシュの口から上ったことが無い。ナナリーが中等部にいることは知っているし、シスコンのルルーシュがナナリーのことを話題にすることは多いが、ジェレミアについては全くだった。

 ルルーシュは口を噤み、無言のままスザクから顔を背けた。

「――――今日、学校が終わったらナナリーに会いに来い。会いたがっていたんだ」

「え……うん。お邪魔してもいいかな」

「勿論だ」

 スザクに顔を見せないまま、ルルーシュは立ち上がり教室へと戻った。

 

 

■ ■ ■

 

 

 ナナリーは筋張っている、力強い手を撫でた。指の形を一つ一つ丁寧になぞる。もっと小さかったけれど、以前、同じように力強い手を握ったような記憶がある。

 その人に思い当たり、ナナリーは思わず彼の名前を口にした。

「……もしかして、スザクさん?」

「当たり。そうだよナナリー。久しぶり」

 ナナリーは瞬間、ぽかんとした顔をして、両手でしっかりとスザクの手を握り締めた。細くて白い指に握り締められてスザクは懐かしさに頬を緩めた。5年前に手を握ったときも、ナナリーの指は儚げながらもしっかりと芯があった。

「ス、スザクさん、スザクさん!よかった、ご無事だったんですね!」

「うん。久しぶりだね、ナナリー。元気そうでよかった」

「はい、はい!スザクさんも、元気そうでよかったです!本当に、よかった、よかった……っ」

 両目からぽろぽろと落ちた涙がスザクの手に水溜まりを作る。変わらず健気なナナリーにスザクは笑みを浮かべて、閉ざされたままの眼に溢れる涙を拭った。

「僕は大丈夫だから。ナナリー、あんまり泣くと眼が溶けちゃうよ」

「はい、はいっ。心配してたんです。ずっと、ブリタニアで騎士になったと聞いて、心配だったんです。スザクさん、お仕事は大変ですか?ナリタで出陣したとテレビで報道していましたが、お怪我はありませんか?今日はお仕事はお休みなんですか?」

「ナナリー、スザクが困っているだろう」

 ルルーシュが苦笑しながらナナリーの肩に手をやった。

「時間はあるんだから、焦らなくても大丈夫だよ」

「は、はいお兄様。ごめんなさい、嬉しくて。私、またスザクさんに会えるなんて、」

 ぐずぐずと鼻を鳴らして涙を拭うナナリーは、5年前より手足が伸びたもののまだ子供らしさを色濃く残していた。桜色の頬に長いアッシュブロンドの髪が合わさって、桜の花のように可憐で可愛らしい風貌のまま成長している。スザクはゆっくりと傷一つないナナリーの手を撫でた。

「僕もまた会えて嬉しいよナナリー。ところでジェレミアさんはどこに?」

「ジェレミアさんは今ヨーロッパでお仕事をなさっているんです。お兄様と一緒にKMFの開発のお仕事をしているんですけど、転勤になってしまって」

「……え?ルルーシュを置いて?」

 スザクは首を傾げた。

 

 ジェレミアの忠義が凄まじかったことは、選任騎士となった今なら嫌になる程に分かる。皇位継承権も無い皇子のために、辺境伯の地位も財産も経歴も捨てて日本までついて行くなんて相当な忠誠だ。いっそ狂っていると言ってもいい。

 そんな男がルルーシュの傍を離れたりするだろうか。ルルーシュとナナリーは未だに皇族だと知られれば命を狙われる状況だというのに。

 

 眉を顰めたままルルーシュを振り向くと、彼女は軽く首を横に振った。ナナリーの前では言えないのか。スザクは浮かんだ疑問を口の中に戻した。

「スザク、夕食はまだだろう?食べて帰ったらどうだ」

「え、で、でも」

「そうしましょうスザクさん!お兄様の料理は美味しいんですよ!」

「そうだな。久しぶりに和食を作ろうか。咲世子さんに食材があるか聞いてくるよ」

「い、いいの?」 

「当然だ。友達だろう」

 ルルーシュがそう言うと、スザクははにかみながら俯いた。

 俯いたスザクの耳元に近寄り、囁く。

「夕食後に話がある」

 

 

 夕食後にスザクはルルーシュの部屋に向かった。

 つまり年頃の女の子、それも凄まじいレベルの美少女、の部屋に入るということになる。しかし全く緊張はしていないし、変な期待も湧いてこなかった。

 なにせルルーシュだ。性別が女であることを知ったが、彼女の性格は子供の時から変わらず横柄でプライドが高く、根本から捻くれ曲がっている。むしろ5年前より粗雑になった気がする。特に自分の扱いが。

 扉をノックすると「入っていいぞ」と声がかかる。

 部屋に入るとルルーシュは端末を弄っていた。ナナリーが言っていた、KMF開発の仕事についてなのだろう。

「お邪魔します」

「ああ。悪いな。仕事は大丈夫か?」

「うん。話って何?」

「まあ座れ」

 ルルーシュはベッドを指さす。

 年頃の女性の部屋のベッドに座るのは流石にどうなのか、と躊躇するも、部屋の内装はあまりに殺風景で女性らしくなく、さらにルルーシュの恰好は男子生徒の制服のままであり、まあいいかとスザクはベッドに腰を下ろした。

「それ、KMFの仕事なの?」

「ああ。まあ今はほとんど部下に任せてばかりなんだけどな。もう俺も退職しようかと思っている」

「そうなの?もったいない」

「コーネリアがエリア11に来たから。あまり目立つ行動は取りたくないんだよ」

 端末を畳んで、ルルーシュはスザクに向かい合った。

「俺の話より、質問がありそうな顔だな?」

「……うん。3つ」

「答えられる範囲で答えよう」

「まず、ジェレミアさんってどうしたの?ルルーシュとナナリーを置いてヨーロッパに行くなんて選任騎士として考えられない。それも最近テロ騒ぎがすごいのに、こんな状況で君を放っておくなんて、あの人がするとは思えない。……怪我でもしたの?それとも病気とか?」

 ルルーシュはゆっくりと眼を閉じた。表情を見られたくないというようにスザクから顔を背ける。指先はぎゅうっと丸まり、強張り過ぎて白く変色していた。

「死んだ。ブリタニアから俺を守って」

 スザクは言葉を無くした。ルルーシュは気にしていないかのように、淡々と言葉を続けた。

「ナナリーには、仕事の関係でヨーロッパに転勤することになったと言ってある。仕事先や学校には重傷を負って病院に入院していることにしておいた。戸籍が無くて死亡届が出せないから」

「……そうだったんだ」

「誰にも言わないでくれ」

 常にない小さな声にスザクは首を縦に振るしかなかった。

 

 土蔵で暮らしていた頃、ルルーシュの心の支えはナナリーとジェレミアだった。あの頃のルルーシュはナナリーを守ることに自分の価値を見出し、ジェレミアに守られることで安心感を得ているようだった。そして今でもあんまり変わらないんじゃないかと思う。だとすると、ジェレミアが死んでしまったことはルルーシュにとってあまりに大きなことだ。

 

 復讐を考えず、普通に学校に通っていることが不思議なほどに。

 

 脳がちりちりとするような感覚がした。何かがひっかかる。そのひっかかりが何かをスザクは十分に気づいていながら、無理やりに自分に言い聞かせた。

 まさか。ルルーシュはか弱い女の子だ。そんなこと、ある筈がない。

 喉を鳴らして、スザクはその可能性を脳の奥底に閉じ込めた。

「分かった。言わないよ。……その、ジェレミアさんはどうして」

「シンジュク事変を覚えているか?」

「うん。僕も出撃したから」

「その時、俺もシンジュクにいたんだ。テロとブリタニア軍の戦いに巻き込まれて、偶然ブリタニアの兵士の中に俺がブリタニアの皇族だと知っている者がいた。俺は殺されかけたが、ジェレミアが俺を庇った。俺は生き残り、ジェレミアは死んだ」

 淡々とした口調は事実のみを丁寧に切り取っているようで、酷く冷たかった。スザクは身震いした。

 これは学校で過ごしているルルーシュじゃない。ジェレミアの主人としての、皇族としてのルルーシュだ。そしてルルーシュは怒っていた。とても。多分、自分の予想以上に。

 ルルーシュは一度深く息を吐いて首を振るった。擡げた顔はいつものルルーシュの顔をしていた。生徒会副会長としての、ただの学生としてのルルーシュの顔だ。

 あまりに見事な切り替えにスザクはもう一度身震いした。ルルーシュが皇族だと知ってはいるけれど、その本質的な意味を自分は全く理解していなかったのかもしれない。

「2つ目の質問は何だ?」

「あ、うん。ええと、ナナリーはルルーシュをお兄様って呼んでたけど。どうして?」

「ああ。ナナリーには俺が女だと言っていないんだ」

 さらりと答えたルルーシュにスザクは首を捻った。

「どうして?」

「ずっとナナリーは俺を男だと思っていたから。実は女だなんて言ったら驚くだろう?」

「そりゃあ驚くだろうけど……でもずっと黙っていられることでもないだろう?早めに言った方がいいんじゃないかな」

「———分かってるさ」

 口を噤んだルルーシュにスザクはそれ以上追及することを止めた。

 ルルーシュが言えないということは、それなりに理由があるんだろう。それにこれは家族の問題だ。友人とはいえ、家族ではない自分がこれ以上口を挟む問題ではないように思った。

「じゃあ、最後の質問なんだけど」

「何だ」

「……ルルーシュが女の子っていうのは信じてるよ。体育の着替えも、トイレも、女子のをつかってるし。でもどうして『皇子』だったんだ?皇族が性別を偽装だなんて、ほぼ不可能じゃないのかな」

 ルルーシュが女性と知ってからずっと疑問に思っていたことだった。身分の高い貴族や皇族は、服の着脱から体を洗うことまで人の手を借りて行っている。いくら子供であったとはいえ、皇族のルルーシュが性別を偽ることができるとは思えない。それこそ、何か超能力でもなければ不可能なことだ。

 ルルーシュは首を振った。

「それは俺も分からない。俺自身でさえ自分が女だと知ったのは日本に来てからだ。それまで自分は男だと信じていたからな。もちろんジェレミアも俺を男だと思っていた」

「あ、そうなの?」

「そうだ。マリアンヌ……俺の母親が関与しているのだとは思うが、はっきりとしたことは言えない」

「そうなんだ……」

 腕を組んで椅子に身体を任せているルルーシュの仕草は明らかに男のものだった。それに未だにルルーシュは自分を「俺」と言う。男として育てられて、12歳まで自身を男だと思い込んでいたため今更容易に直せないのかもしれない。

「じゃあ俺の方の話だ」

「いいよ、何?」

 

「お前はユフィと日本、どちらの方が大事なんだ?」

 

 何でもないことのような軽い口調だった。もしかすると、答えやすいように意図的に軽くしていたのかもしれない。

 菫色の瞳に睨まれる。負けまいとスザクは睨み返した。

「どういうこと?」

「文字通りだ。ユフィはブリタニアの皇族、日本はブリタニアに占領された国。両方大事にすることなんてできる筈がない。そして選任騎士には主君以上に大事なものがあってはならない。お前に、ユフィのためなら日本を見捨てる覚悟があるのかと聞いているんだ」

「ユフィは日本のことを大事にしてくれている。だから、ユフィも日本も、どっちも大事にできる筈だ」

「本気でそう思ってるのか?」

「勿論」

 スザクの言葉にルルーシュは呆れたとばかりに肩を竦めた。

 スザクはまた馬鹿だと言われるのかと思ったが、しかしルルーシュはそれ以上何も言うことは無く、スザクの真っ直ぐな瞳を眩し気に見やった。

「そうか。分かった」

「うん。話はこれで終わりかな」

「そうだな。泊っていくか?」

「ありがとう…でも、今日は帰るよ。テロが活発だから。できる限りユフィの傍にいたい」

「ああ。帰りは気を付けろよ。もう暗いからな」

「僕は大丈夫だよ」

「だろうな。お前を襲うような奴の方が不運か」

 苦笑したルルーシュは、そのままスザクを玄関まで送った。

 外は既に薄暗い。スザクは玄関に立ち、「じゃあ、また学校で」とルルーシュに言葉をかけて玄関扉を開けようとした。

 ルルーシュは思わずといったように言葉を零した。

「―――――いつか、ユフィと日本、どちらかを裏切らなければならない時が来るだろう。どちらも大事にすると言うのなら………その矛盾は、いつかお前を殺すぞ」

 スザクは扉のノブを握ったまま眼を閉じた。ユフィと日本。両方を守ることは矛盾しないように思われた。

 しかしルルーシュから見ればそうではないのかもしれない。ユフィがいつか、日本の敵になる時が来るというのだろうか。

 スザクはゆっくりとルルーシュを振り返り、ただの学生の顔をして笑みを浮かべた。覚悟が無いというゼロの言葉が脳内に反響した。

「来週は学園祭だよね。ピザ祭りだっけ」

 ルルーシュは憐れなものを見る様に眼を細め、しかしすぐに笑みを浮かべた。スザクのぎこちない笑みとは反対の、生徒会で談笑している時と同じ柔らかい笑みだった。

「ああそうだ。ちゃんと来いよ?出席日数だって危ないんだからな、お前は」

「うん。行くよ。あんまり準備の手伝いができなかったら当日はちゃんと働くさ」

 スザクがそう言うと、ルルーシュは懐からテープレコーダーを取り出した。

「行くっていったな?言質は取ったぞ。来なかったら副会長権限で美術週間の裸体モデルに任命してやるからな」

「ちょっと待って、どうしてそんなに必死になるんだよ。何かあるの?物理的な爆発力のある何かがあるの?」

「来週になったら分かる。ランスロットでアクロバティカの練習をしおけよ」

「アクロバティカって何」

「ネットで調べろ。悪いが俺は忙しいんだ。これからトマトと小麦とKMF前腕部ユニットの発注をしなきゃならないからな」

「ちょっと待って前腕部ユニットって何。本当にどんなお祭りなの」

「来週のお楽しみだ。アッシュフォードの祭りは楽しいぞ。多分。ちなみに前回の男女逆転祭りの後、俺は3か月間悪夢に魘され続けた」

「待って僕やっぱり当日腹痛で来れなくなるかもしれない気がしてきた。その時はルルーシュが代わりにやってくれないかな」

「分かった。じゃあ裸体モデルコースを希望するんだな」

「いや選任騎士としてそれもちょっと」

「大丈夫だ。学園内では皇帝よりもミレイ会長の方が偉いらしいから。よしじゃあなスザク」

 そのままスザクはルルーシュに家を追い出され、どんな内容なのか分からないまま学園祭を迎えることとなった。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 学園祭当日。

 ルルーシュは電話で各部活に指示を出しながら校内を歩いていた。ピザの無料配布を散々に宣伝したからか、校内は一般参加者で溢れかえっており、ぼんやりしていると人の波に押し流されそうになる。

 波の色は黒と茶色と金が交じった、街中ではあまり見慣れない色合いをしていた。今の所はお祭り騒ぎのテンションのおかげか、学園祭に多くのイレブンが参加していることへの不満は聞かない。人種関係なく、お祭り騒ぎとあらば人々を一気に飲み込むアッシュフォード学園という箱庭にルルーシュは苦笑した。

「ミレイの方があの男なんかよりよっぽど皇帝に向いているな」

 小声の呟きは電話の向こうには聞こえなかった。代わりに、シャーリーの焦った声が雑多な声に紛れて電話を震わせる。

『ちょっとルル、バスケ部の機材ってどうするの?あとサッカー部からも終わった機材をどうすればいいのかって質問が来たんだけど、どこに置いておけばいいか分かる?』

「ああ、悪いシャーリー。バスケ部とサッカー部の機材は体育館裏にまとめて置いておいてくれ。2年生のマネージャーに手順は教えてあるからそう指示するだけでいい。ピザの方はどうなった?」

『スザク君のスタンバイは完了したからあとは予定の時間を待つだけ。そういえばカレンちゃんって今どこ?』

「カレンはお化け屋敷スタッフとして働いている。でももうすぐ終わる筈だ」

『分かった。じゃあバスケ部とサッカー部に指示出したらカレンちゃんとピザの方に行っておくね』

「頼む。俺は他の雑務を終わらせておくよ」

『でももう仕事も落ち着いてきたし。ルルはナナちゃんと一緒に学園祭回ってきたら?ルルってばずーっと働き詰めじゃない』

 時計を見る。世界一のピザ作りイベント開始まであと30分は時間がある。

 こんな人込みの中を車椅子で移動するのはあまりに危険で、またテレビクルーがそこら中に入り込んでいるためにナナリーはクラブハウスに籠っていた。

 しかし自分が一緒にいれば人込みも、テレビの方もなんとかなるだろう。いざとなればギアスを使えば良い。

「じゃあそうさせて貰おうかな」

『そうしてきなよ。来年は受験で学園祭を楽しんでいられないかもしれないんだからね!』

「それは問題ないさ」

『もう、学年上位にそう言われるとなんだかムカつく!』

「悪いな」

『でも来年も上位をキープできるとは限らないんだからね!ナナちゃんによろしく!』

「ああ。また後で」

 ルルーシュは電話を切り、ナナリーがいるクラブハウスへ向かおうと足を動かした。

 しかしすぐに足を止める。視界の端に映った、新緑色の髪をした制服を着た女子生徒に顔が引き攣った。イレブンとブリタニア人が交じる人込みとはいえ緑色の髪は非常に珍しく、目立つ。

 焦りで顔を引き攣らせながら、ルルーシュはふらふらとあっちへこっちへと歩く姿を見失わないように人込みを掻き分けながら早足で近寄った。腕を伸ばして細い肩を掴み、小声で叫ぶ。

「C.C.!お前ここで何をしている!」

「ああルルーシュか。世界一のピザはまだか」

 振り返ったC.C.はアッシュフォード学園の制服に身を包んでタコ焼きとジュースを持っていた。全力で祭りを満喫している様子のC.C.に頬が引き攣る。

「まだ焼き始めてさえいない。焼けたら持って行くからクラブハウスで待っていろと言っただろう」

「お前は嘘つきだからな。それにあんな狭いところにいたら暇でしょうがないんだ。それも外からこんなに賑やかな音がするというのに。天岩戸に閉じ込められた気分だったぞ」

「雪になったり記号になったり神になったり忙しない女だ……おい、その制服は」

「クローゼットの奥にあった。お前のサイズだからやはりちょっとでかいな」

 着てはいないが、一応女生徒として在籍しているために女子の制服もルルーシュは持っている。2年近くクローゼットの肥しになっていたそれをC.C.は引っ張り出してきたらしい。

 しかしルルーシュとC.C.では身長が10cm違うためにどう見ても丈が余っていて、その分目立つ。髪の色も相まりC.C.は雑多な人込みの中でも異様に目を惹いた。

「カレンもいるんだぞ。バレたらどうする」

「お前とは無関係を装うさ」

「学生服をどこから調達しているのか聞かれたらどう説明するんだ」

「……ゼロの趣味で着せられたと言えばいいんじゃないか?若い女を好む性癖はそう珍しくもあるまい。むしろカレンからの好感度は上がるかもしれんぞ」

「俺の手作りピザは二度と食べたくないようだなC.C.。あとお前の部屋にある私物も全部捨てていいんだな。この前届いたチーズ君人形は燃えるゴミの日に生ごみと一緒に捨てておいてやろう」

「なんだかとてもクラブハウスに戻りたくなってきたな。歩き疲れたのかもしれない。ピザが出来たら持って来てくれルルーシュ」

 潔い程の切り替えの早さは神経を苛立たせるが、話が早い所は嫌いではない。C.C.の肩から手を離す。

「ピザはちゃんと持って行くから、そのまま大人しくしておけよ。くれぐれも人目の多い所には行くな。欲しいものがあったら携帯で連絡しろ。あともしナナリーに何かあったら、」

 

「………もしかして、ルルーシュ?」

 

 恐る恐るといった様子で話しかけてきた声に肌が粟立った。聞き間違いかとも思うが、テレビ越しに聞いた時と変わらない優し気な声はつい先日も聞いたばかりだった。

 徐に振り返る。彼女は雑多な人込みの中、淡く発光しているようにさえ見えた。サングラスに帽子を被っているが豊かなピンク色の髪はあまりに珍しい。

「やっぱり、ルルーシュ!」

 心臓が止まる程に驚いた。しかし驚く前に背後のC.C.に視線だけを送る。C.C.も彼女の正体に気づいたようで、一度頷いて身を翻した。元々たった一人でブリタニアから逃げ隠れしていた女だ。人目を避けての移動はそこらの軍人より遙かに上手い。

 C.C.の姿が人込みに消えたことを確認し、ルルーシュは目の前の女性をまじまじと見つめた。

 白い手足はほっそりと伸びている。自分より頭1つ分は小さいが、平均的な女性よりずっと長身だ。長い手足が作る仕草は全てが優雅で、歩くだけで踊っているように見えた。サングラスと服装でなんとか誤魔化そうとしているようだが、その程度で彼女の生来の優美さを隠すことは全く不可能であるようだった。

「………久しぶりだな、ユフィ」

 ユーフェミア・リ・ブリタニアは顔を紅潮させ、感極まったように大きく頷いた。

「うん!久しぶりね、ルルーシュ!」

 駆け寄ってきたユフィの手を取る。周囲を見回すと護衛らしき数名がユフィを取り囲んでいた。護衛は皇女が親し気に名前を呼んだ少年を訝し気に睨んでいた。彼らの眼を見返す。

「護衛ご苦労。だが、これからは俺に従って貰おうか」

 護衛全員の瞳の淵が赤く染まる。ギアスがかかったことを確認し、ルルーシュはユフィの耳元に口を寄せた。

「ユフィ、今日はどうしたんだ?」

「スザクが今日は学園祭だって言っていたから会いに来たかったの。でもまさかルルーシュもここに通っていたなんて思わなかったわ!」

「……そうか。ここは人目も多い。少し違うところへ行こう」

「ええ。ねえルルーシュ、ナナリーも無事なのよね?」

「今は一緒にアッシュフォードに匿われているよ。無事さ」

「よかった。……でも驚いちゃった。ルルーシュがこんな近くにいてスザクとクラスメートだなんて。それに……まさか女の子だったなんて!」

 驚きでぱかりと口が開いた。ユフィは呆気にとられたルルーシュの手を握る。

 一目で女だと気づかれたのは初めてだった。それも皇子だったと知っているユフィが気づくとは、予想すらしていなかった。

 ユフィはルルーシュと繋いだ手をぶんぶんと振って爛漫たる笑顔を浮かべた。

「それもこんなに綺麗になってるだなんて、驚いちゃった!」

 暫く唖然として、ルルーシュは思わず噴き出した。そうだ。ユフィはこういう子だった。

 ぽけっとしているのかと思えば観察眼が鋭くて、意図せず人の心を突いてくる。どれだけ警戒していても心の隙間にするっと入り込んでしまう。天性の人たらしだった。

「君は……変わらないな、ユフィ」

「そんなことないわ。私、もう大人になったのよ?」

「そうかな?」

「そうよ」

 ふふ、と笑うユフィの手を引いて、ルルーシュは人波に逆らい階段上の広場まで連れて行った。

 

 わあああ、と階段の下で声が上がり、何かと見るとリヴァルがピザの生地をイベント会場の真ん中に引きずり出していた。装備をすべて外し、貧相な外見となったガニメデが滑らかな動きでピザ生地の方へと歩いていく。

 ピザのイベントに人が集中しているおかげで広場の人影は少なかった。ベンチにユフィを座らせて、周囲に見られないよう自分の陰で彼女を隠す。

 ルルーシュに疑惑の目を向けながらユフィを取り囲む護衛に、ユフィは諦め混じりに言い放った。

「皆さん。この人は大丈夫ですからちょっと離れていて下さい」

「しかしユーフェミア様、このような場所で、」

「俺からもお願いします。全員離れていてくれませんか?それと、ここで聞こえたことは他言しないで頂きたい」

 ルルーシュがそう言うなり、全員が口を閉じて表情を無くし、ユフィとルルーシュに距離を取った。そのまま二人に背を向けて周囲を見張るように立つ。ユフィはきょとんとした顔でルルーシュを見上げた。

「いつもはもっと融通が利かないの。ルルーシュが言ってくれたからかしら」

「まさか。いつもユフィがお転婆だから諦めたんじゃないかな」

「もう、ルルーシュったら」

「ユフィ、スザクに会いたいんだろうが今は人も多いし危ない。ピザのイベントが終わるまではスザクも動けないから、イベントが終わり次第電話であいつをここに呼ぶよ。暫くここで待っていてくれ」

「ありがとうルルーシュ」

 ユフィはベンチの隣をぽんぽんと叩いた。

「ねえ、ルルーシュも座りましょ。お祭りでみんなこっちなんて見てないわ」

「でも、」

「隣に座ったらカップルみたいで目立たないって思わない?」

 見上げてくる顔は昔よりも大人びていて、年ごろの女性に成長していた。しかし優し気な印象は変わらない。

 もう皇族でなくなった自分に対して変わらない態度を取るユフィに相好が崩れる。しょうがないと肩を竦めてルルーシュはユフィの隣に腰を下ろした。

「こうしているとデートみたいね」

「女同士で?」

「いいじゃない。でもナナリーに怒られちゃいそう。抜け駆けしないで下さいって」

「ナナリーが?」

「ええ。覚えてる?ナナリーと私、どっちをお嫁にするのか今夜決めて欲しいって我儘を言ったの。ルルーシュ、すごく困っちゃって」

「ああ……」

 

 その日のことはもう何年も前だというのに未だによく覚えていた。ナナリーとユーフェミアはいつも仲が良かったのに、あの日だけは二人とも泣きそうな顔で一日中喧嘩をしていた。

 あの頃はまだルルーシュも子供で、上手く二人を宥めることができずに結局二人を大泣きさせてしまい、マリアンヌに大声で笑われた。警護をしていたジェレミアが泣きわめく皇女2人を宥めようとしたのか、近親婚になるので二人ともルルーシュと結婚するのは不可能だと馬鹿正直に言ってしまい、呆然とした二人の泣き声はさらにボリュームアップした。マリアンヌはさらに笑った。

 

「覚えているよ。次の日は二人とも目を真っ赤にしていたな」

「そうだったわね。でもね、ルルーシュと結婚できないって知って本当に悲しかったのよ。私、本当にルルーシュが好きだったのに」

「……そうか」

 あの頃の自分が知ったらさぞ喜んだだろう。

 自分も本当にユーフェミアが好きだった。多分、初恋だった。

 ユフィはあの頃から優しくて、柔らかくて、温かくて、とっても可愛い女の子だった。何より全てに恵まれていたユーフェミアは、あの頃自分が求めていた全てを持っていた。羨望に近い恋だった。

 自分もユフィと結婚できないと知って少なからずショックを受けたことは墓の中まで持って行く秘密の一つだ。

 ユフィと手が重なる。横を見るとユフィと目が合った。竜胆のような可憐な色をした瞳が労わる様に瞬いていた。

「ルルーシュ、あのね。私、またあなたと、ナナリーと一緒にいたいの。アリエスの離宮に二人がいた頃に戻りたい」

 ユフィの手は熱い。しかしルルーシュの手は冷え切っていた。一緒にいたいという言葉が本心だと分かっているからこそルルーシュは言葉に詰まった。

 ユフィは優しい。だからこそ残酷だ。

 生まれた時から何もかもに恵まれてきたユフィと、この5年間、何もかもを奪われ続けてきたルルーシュではあまりに心情が違い過ぎた。

 5年前とユフィは変わらない。しかしルルーシュは酷く変わってしまった。無邪気にアリエスの離宮で安穏と過ごしてた日々に戻るには、今のルルーシュはあまりに多くを失い過ぎてしまった。

「時は戻らないんだユフィ。もう俺達は―――俺は、あの頃には戻れない」

「でもまた仲良くすることはできるわ。そうでしょう?」

「これで君に会うのは最後だ。もし俺とナナリーがブリタニアに見つかってしまうと、分かるだろう?」

 ユフィから顔を背ける。もう、とユフィは頬を膨らませながらも微笑んだ。ルルーシュの手を温める様に握り締める。

「もう一度が無理なら、これから始めましょう。そのためなら私、頑張れる。だってまだルルーシュのこと大好きなんだもの」

「え、」

 ルルーシュは思わず、微笑んだユフィの顔を振り返ってまじまじと見つめてしまった。

 途端にユフィが噴き出す。

「うふふ、驚いてる、ルルーシュ」

「お、驚かないわけがないだろう。てっきりお前はスザクと、その、」

「……ス、スザクが言ったの?」

 途端に恥ずかし気に頬を染めるユフィに藪蛇だったかと首を振った。

「いや、そうじゃないかと思ったまでさ」

「ええと。まあ、好きよ。うん。私、スザクが好きなの。本当に。大好きよ、」

 ユフィは勢い付けてルルーシュに抱き着いた。ユフィの体重でよろけるもなんとか意地で耐えた。ぴっとりとくっついた体の半分が暖かい。

「でもね、ルルーシュのことも大好きよ。お姉様としてね。――――ルルーシュ、とっても綺麗になったわ。5年前よりずーっと。スザクがルルーシュのことを好きになっちゃわないか心配になるぐらい、とっても綺麗よ」

「……お前の方がずっと綺麗だよ、ユフィ」

 もう忘れかけていた初恋が、お姉様という言葉で完膚なきまでに破れたことを察してルルーシュは苦笑いを零した。悪い気分ではなかった。ただ少し寂しかった。初恋が破れたことではなく、純真にユフィを好きでいられた自分がもういないことを突き付けられたことが寂しかった。

 近くにあるピンク色の髪を撫でる。

「本当に、綺麗だ。綺麗なままだよ。昔からずっと、ユフィは綺麗だ」

 指先で長い髪を梳く。そのまま肩にもたれかかった頭を撫でて、小さく微笑んだ。真正面からルルーシュの微笑みを見たユフィは頬を赤らめて、ぼうっとした目でルルーシュを見上げた。

「ルルーシュはやっぱりルルーシュね。女の子に勘違いさせるのが上手いんだ」

「え?」

「だってわたしスザクが好きで、それにルルーシュは女の子で、それでも勘違いしそうになっちゃったもの。もう。こんなことじゃいけないのに」

 両頬をパンと張って、ユフィはすっくと立ちあがった。

 

 その時風が吹いてユフィの帽子が飛んだ。帽子はそのまま風に煽られて、ピザのイベント会場へと飛んで行った。そのままふわりと帽子がガニメデの足元に着地する。

 タイミングが悪かった。突然飛んできた帽子の持ち主は誰だと、周囲の視線がこちらへと向かう。

「……ユーフェミア様?」

 最初に気づいたのは、ピザイベントのため会場の整備をしていたニーナだった。

熱狂的なユフィのファンであるニーナはユフィに気づくなり、顔を真っ赤に染めてぶんぶんとユフィに向かって手を振った。

「ユ、ユーフェミア様!ユーフェミア様だわ!!」

 ニーナの様子にその場にいた人々もユーフェミア副総督がいることに気づいて声を上げ、視線をユフィへと向ける。

「え、ユーフェミア様?」

「ユーフェミア様だって?」

「ほ、本当だ、ユーフェミア副総督だ!!」

「みんな、あっちにユーフェミア皇女殿下がいらっしゃるぞ!!」

「ユーフェミア様、ファンなんです!サインください!」

「なんてお美しい!」

「きゃあ、本当にユーフェミア様だわ!!」

「どうして学園祭に!?」

「枢木スザクに会いに来たんですか!?」

「やっぱりあのイレブンと恋人なんですね!」

「おい、カメラあっちに向けろ!ユーフェミア様だ!」

 ユフィへとカメラが向けられ始めたのを察知し、ルルーシュは直ぐに身を翻した。

「ユフィ、悪い」

「ええ、行ってルルーシュ。ナナリーによろしくね」

 ルルーシュへ向けて小さく手を振って悪戯っぽく微笑み、ユフィはサングラスを取って大きく手を振った。おお、と会場のあちこちから声が上がる。

「やっぱりユーフェミア様だ!」

「ユフィ、どうして!?」

 ガニメデに搭乗していたスザクはあわててユフィの周囲に眼を走らせた。護衛は数名しかおらず、この場の混乱からユフィを連れて逃げ出せるとは思えない。

 突然現れた皇族にブリタニア人は色めき立ち、近寄ろうと殺到している。

 そして普段目にする機会のない皇族の出現に多くのイレブンが顔を顰めたのをスザクははっきりと見た。

 

 スザクは一瞬躊躇い、ガニメデの手で綺麗に広がったピザ生地を見る。生徒会の皆がどれだけ苦労して学園祭の準備をしたのか知っている。自分は仕事を理由にして碌に準備を手伝わず、その代わりにとこの役割を引き受けた。そしてミレイがいる生徒会の学園祭はこれが最後で、このピザイベントがみんなにとってどれだけ大切か分からない程に馬鹿じゃない。

 しかし騎士である自分には、絶対に揺らいではならない優先順位というものがある。

 

 眼を強く閉じ、スザクはピザの生地を放り投げた。

 突然宙に投げ出されたピザの生地に、あ、と一瞬その場にいる全ての人の眼が取られる。

 その一瞬にスザクはガニメデを走らせ、人々に取り囲まれようとしているユーフェミアをガニメデの掌に乗せた。できるだけ衝撃が無いようお椀のようにした掌をゆっくりと持ち上げる。

「ユーフェミア皇女殿下、ご無事ですか」

「ええ、大丈夫よ。ありがとうスザク」

 ガニメデのメインカメラに向かってユフィは手を振った。カメラで見る限り怪我は無いようだった。

「スザク、暫くこのまま私を持ち上げていてね。みんなに言いたいことがあるの」

「言いたいこと?」

「シュナイゼルお兄様に認めて貰ったから発表しようと思って。あなたもきっと喜んでくれるわ」

 ユフィは微笑み、ぱ、と立ち上がった。不安定なガニメデの掌の上だというのによろけることなく器用に立つ。

 凛とした立ち姿に、その場にいたカメラがユーフェミアを映そうと上を向いた。

「あの、すみません。そのカメラ映像を全エリアに中継して頂けますか?」

 皇族から直々に声をかけられたメディアスタッフは慌てながら上司に確認を取った。皇族直々の御下命とあり、即座にそのカメラの映像がエリア11全てのテレビにライブ中継される。

 それまで学生達が楽し気に騒いでいた学園祭の光景を映していたテレビ全てが、ユーフェミアの麗しい顔で埋まる。

 人目から必死で逃げて物陰に身を隠したルルーシュも、多くの人と同じように堂々とした立ち姿でカメラに映るユーフェミアを仰ぎ見た。

 ユフィは大きく息を吸い、真っすぐにカメラを見つめた。

「この場にいるメディア関係者の皆さん、ブリタニア人の皆さん、そして日本人の皆さん!私は神聖ブリタニア帝国エリア11副総督、ユーフェミア・リ・ブリタニアです!!今日、私から皆さんにお伝えしたいことがあります!!」

 ユフィの声は執政者らしくよく響く。スザクは血の気が引く思いがした。

 

 嫌な予感がする。皇族直々の宣言は何があろうと絶対に取り消すことができない。それもこの映像はエリア11全土にライブ中継されている。

 もし下手なことでも言おうものなら、ユフィは取り返しがつかないまでに失墜することになるだろう。

 ここでスザクがユフィの言葉を遮らなかったのは、ユフィが「シュナイゼルに認めて貰った」と言った一言のためだ。政治手腕の確かなシュナイゼルが認めたのならばと、スザクは不安を押し殺して口を閉じた。

 

 ユフィの高らかな声がエリア11に響き渡った。

「私、ユーフェミア・リ・ブリタニアは富士山周辺に、行政特区日本を設立することを宣言致します!!!」

 

「馬鹿な!!」

 ルルーシュの悲鳴は誰にも届かなかった。それ以上の大きなどよめきがエリア11全土に響き渡ったからだ。

「行政特区日本?」

「なんだよそれ」

「お飾り皇女が何をするかと思えば」

「どうせコーネリア様の足を引っ張るだけだろ」

「もしかして、ユーフェミアはイレブンの味方をしてくれるのか?」

「今更日本とか何を言ってるんだか」

 どよめきに耳を貸さず、ユフィはガニメデの上で声を張り上げ続ける。

 ユフィを誰も止めることはできない。何故ならば、ユフィは皇族だからだ。皇族という特権階級にある者を遮る権利があるのは、同じ皇族と、腹心の部下と認められている選任騎士だけだ。

 そしてスザクはただ茫然としたままユフィの言葉を脳内で反芻することしかできなかった。

「……行政特区、日本って」

「この行政特区日本では、イレブンは日本人という名前を取り戻すことになります。イレブンへの規制、ならびにブリタニア人の特権は特区日本には存在しません。ブリタニア人にもイレブンにも平等な世界なのです!!」

 どよめきはさらに大きくなる。歓声と舌打ちがあちこちで響き渡り、お祭り騒ぎの中で混じり合っていたイレブンとブリタニアは真っ二つに分かれてしまった。

「やっぱり枢木スザクが好きだからイレブンに甘いのね」

「やった!!とうとう日本が返ってくるんだ!」

「ユーフェミア様は慈愛の皇女だ!俺達イレブンに権利を与えてくれるなんて!」

「ふん。ただの色ボケ皇女じゃないの。あんなのが副総督だなんて最悪だわ」

「行政特区日本って俺達が払ってる税金で作るのか?」

「富士山のサクラダイト開発のために来たブリタニアの企業はどうなるんだよ」

「イレブンと平等の権利だなんて危険過ぎるだろ!富士山周辺に住んでるブリタニア人は出て行けってのか!?」

「富士山まで引っ越さないといけないのね……新幹線代も無いのに、意味ないわ」

「……それでも、どうせブリタニアに支配されたままなんじゃないか……」

 ざわめきの中、ユフィはカメラに向かって手を伸ばした。

「聞こえていますか、ゼロ!」

 ゼロの名前に周囲は一瞬にして押し黙る。

 皇族が、クロヴィスを殺害したゼロに声をかけている。今度は何を言い出すのかとエリア11に住む全ての人々が固唾を飲んでユフィを待った。

 その名前のみで民衆を静寂にさせるゼロという存在にユーフェミアは胸を高鳴らせた。ここまで多くの人々の心を掴むゼロが協力してくれれば、行政特区日本は必ず成功する。

「ゼロ、私と一緒にブリタニアの中に新しい未来を創りましょう!」

「……何を言っているんだ、ユフィ」

 スザクは思わず呟いた。

 

 ユフィは優しい。だからユフィが望む行政特区日本が設立されれば、行政特区の中でイレブンは日本人に戻ることができるのだろう。範囲を徐々に広めていけば日本人を全員行政特区の中に居住させることも可能かもしれない。

 そうすれば日本人は日本人と名乗ることが許され、差別は無くなる。確かにそれはスザクがずっと望んでいた、誰も犠牲になることなく日本が返ってくる方法だ。

 しかしスザクは心からユフィの言葉を信じることができなかった。こんなに簡単に日本とは戻るものなのだろうか。

 形は違えど、ゼロも自分も命懸けで日本を手に入れようとしていた。ゼロはブリタニアから日本を奪い返す修羅の道を行き、自分はブリタニアが変わるまでを待つ、無様な忍耐の道を行った。

 きっとどちらも正しい。そしてどちらも間違っている。

 しかしユフィの方法は、正しいと間違っているとかいう問題以前に、どこか違う。ざわざわとした違和感がある。なんというか、軽いのだ。表面だけ綺麗に取り繕っている壊れた玩具のように、がしゃがしゃとした陳腐な手触りがする。

 自分は日本を取り戻すために必死だった。手の豆が破けて血塗れになる程訓練をして、戦場では吐く程に人を殺した。ブリタニアへの憎悪を叫びながら銃を握る子供の頭蓋がライフルで吹っ飛ばされた光景を見た時なんて、3日3晩吐き続けた。

 それでも戦ったんだ。誰にも死んで欲しくなかったから。ゼロには覚悟が無いと言われたけれど、でも本気だった。必死だったんだ。ブリタニア人にも日本人にも、誰にも死んで欲しくなかったから、戦場に立ち続けたんだ。

 日本、ただそのために。

 なのに、日本とはこんな言葉一つで返って来る安いものだっただろうか。

「……シュナイゼル殿下にお聞きしないと、あの人は何のつもりでユフィに認めるだなんて言ったんだ」

 あの聡明なシュナイゼルがこの違和感に気づいていない筈がない。自分はユフィの選任騎士にはなったが特派にも所属している。ロイドを頼れば選任騎士という立場になった今ならシュナイゼルへの謁見も叶うかもしれない。

 しかしスザクが考えるべきはそれだけではなかった。

「ルルーシュにも話を聞かないと……シュナイゼル殿下だけにお伺いすると、エル家に都合の良い話に誘導されるかもしれない。それに予算や計画の立案をユフィは誰に頼んだんだろう。僕を騎士にしたせいで、ユフィの味方をしてくれる貴族はもういないのにっ」

 スザクの両手は小刻みに震えていた。

 あまりに責任が重い。ルルーシュの言った通りだった。皇族の選任騎士になるには、自分はあまりに足りなさ過ぎる。

 もし自分が教養あるブリタニアの貴族ならば、行政特区日本成功のために駆けずり回ることができただろう。しかし特派以外に人脈の無いただのイレブンである自分には駆けずり回る場所さえ無い。

 選任騎士という立場の重みと、自身の能力の無さに寒気がする。

 しかしもう泣き言は言っていられなかった。そんな地点はとうの昔に走り過ぎてしまったのだ。スザクは唇を噛みしめた。

 

 

 

 

 ルルーシュは冷え切った瞳でテレビを見据えていた。

 物寂しい物陰にぽつんと立つ少女に眼を向ける者はいない。この場にある全ての眼はユフィに向いている。

 ルルーシュの顔はユフィと話していた時の、妹を前にした優しい兄の顔ではなかった。彫刻のように微動だにしない仮面のような顔をしていた。

「……お前程度の奴に何が分かるって言うんだよ」

 吐き捨てるように呟く。

 すると、喉の奥から段々と引き攣りが昇ってきた。痙攣するような痛みが走り胸元を掻き毟る。それが笑いだと気づくまで暫くの時間を要した。激情が胸の奥で逆巻いて沸騰する。

 彼我の差に笑いが止まらなかった。

 ユフィは全くの善意でゼロに言葉をかけたのだろう。善意で頭上高くから、地べたで足掻いているゼロを憐れんでひらりと手を差し出したのだ。

 そんなに必死になって奪おうとしなくても、欲しいのなら上げますよ。だからもう争う事は止めましょう、と。

 

 ふざけるな。

 ならばこの感情はどこへ行くんだ。これまで成し遂げたことは、何も意味が無かったと言うのか。

 

「お前は俺から全てを奪うんだな。俺の過去、意志、覚悟――――復讐、それさえ、」

 ルルーシュは口元に小さく嘲笑を残したまま、綺麗に笑うユフィを睨みつけ、テレビに背を向けた。

 最早ユフィは敵だった。それもこれまでで最も手ごわい敵だろう。ならば戦うために準備をしなければならない。

 自分の大事なものを守ることができるのは、結局自分だけなのだから。

 

 

 

「もう何でもいいよ。平和なら」

 疲れ切ったイレブンの零した言葉は、スザクにも、ルルーシュにも聞こえなかった。

 

 

 

 

 

 

 

.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。