楽園爆破の犯人たちへ 破   作:XP-79

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15. この頃のシュナイゼルの方が今よりまだマシかもしれない

 シャーリーはルルーシュを探していた。

 ガニメデがピザ生地を放り投げたせいでピザイベントは滅茶苦茶になり、またユーフェミアが突然行政特区日本を発表したために学園中が大混乱に陥っている。

 ユーフェミアは護衛のスザクと共に政庁へと帰ったが、学園内の混乱が治まる様子は全くなかった。

 ミレイが先頭に立って各部署に指示を飛ばしているものの、いきなり泣き出すイレブンや、日本だなんてと暴れるブリタニア人もいて収拾がつかない。過熱する報道陣は生徒の顔がカメラに映っていることを気にもしない。

 こんな状況を収束できる能力を有する人物をシャーリーは一人しか思い浮かばなかった。

「ルル、どこ?」

 錯乱して叫ぶ人も多く、シャーリーは息切れを起こしながらも人込みを掻き分けて走った。ルルーシュは良くも悪くも目立つ容姿をしているために探しやすく、こういう時は助かる。

 広場にはいないようだ。もしかすると休憩でもしているのかと、シャーリーは比較的人の少ない校舎へと向かった。

 校舎裏を覗く。ルルーシュがひっそりと立っていた。何やら電話に向かって話している。

「———すぐにテレビクルーを撤退させろ。そうだ。全員だ……どうせ近々総督府で正式な発表がある。それより、」

「どうしたの?」

 ぱ、とルルーシュは振り返ってシャーリーの姿を認めるなり、すぐさま電話を切って服に突っ込んだ。

「シャーリー、どうした」

「どうしたじゃないよ。もう学園中すっごい混乱してて、どうすればいいのかミレイ会長も分かんないみたいなの。怪我人も出てるって」

「警備はどうなっている?」

「動員してるけど、でも騒ぎが多すぎて足りないの」

「分かった。俺は放送部に連絡して学園内に放送をかける。生徒を校舎内に避難させるよ。シャーリーは先生に連絡して生徒を誘導させてくれ」

「うん」

 ルルーシュは電話を取り出し、早口で話しながら生徒会ブースに向かって歩きだした。

 その後をついて行きながらシャーリーはミレイと教師陣に連絡を取る。人込みを掻き分けながら進むために足は自然と遅くなる。

 ルルーシュが電話を切るなり校内に放送がかかり始めた。

『こちらアッシュフォード学園生徒会です。こちらアッシュフォード学園生徒会です。学園内にて多数の混乱が起こっております。生徒は校舎内に避難してください。繰り返します。生徒は校舎内に避難してください。校内でこれ以上の暴言・暴力行為が見られるようでしたら警察に通報させて頂きます。繰り返します。これ以上の暴言・暴力行為が……』

「取り合えずはこれで収まるだろう。こうなったら学園祭どころじゃないな」

「やっぱり学園祭中止かあ」

 ミレイの最後の学園祭だったというのに、とんだ結末になってしまった。生徒会ブースに向かう足取りが重い。

「あーあ、ユーフェミア様もこんなところで発表しなくてもよかったのに」

「総督府に弁償してもらうしかないな。どうせミレイ会長のことだから学園祭のやり直しとか言ってまたお祭り企画を作るだろ。その費用を総督府からせいぜいふんだくってやるさ」

「ルル悪い顔してるー」

「相手は総督府だからな。5年分の生徒会予算位はぶん捕れると踏んでいる」

 ふふんと鼻を鳴らし、ルルーシュは腕を組んだ。シャーリーも手を叩く。

「いいかもね!次はルルが生徒会長だろうし、予算があれば来年の学園祭はさらに派手にできるんじゃないかな。今年はルルの保護者代わりの、ジェレミアさんだっけ。来られなかったんでしょ?来年はもっと頑張らなきゃね!」

 そう言うとルルーシュは黙って頬を吊り上げた。

 

 本国に両親がいるルルーシュとナナリーは、保護者代わりのジェレミアという男性と一緒にクラブハウスに住んでいるとシャーリーは聞いていた。しかしジェレミアはシンジュク事変に巻き込まれて病院に入院しており、残念ながら学園祭には来られなかったらしい。

 

「シャーリーのご両親は学園祭に来たんだろう?無事か確認した方がいいんじゃないか?」

「今年はお父さんもお母さんも来てないから大丈夫。お父さんがナリタでのテロのせいで両足を骨折しちゃって、お母さんもその付き添いで病院にいるんだ」

 ルルーシュは眼を見開いた。小さく肩を強張らせる。

「……その、大丈夫なのか?」

「手術は成功したから、リハビリをちゃんとすればまた歩けるようになるって」

「そうか。やっぱり土砂崩れのせいで、」

「ううん。職場のみんなを逃がすために誘導してたら、階段から転げ落ちちゃったんだって。それで両足ともぽっきり」

 あはは、とシャーリーは苦笑いを零した。

「職場の人に抱えられて避難したから大事にはならなかったんだけど、全治2か月だって。うちのお父さん優しいんだけどこういうとき恰好つかないのよね」

「命に別状が無くてよかったじゃないか。避難の誘導をしたんだろう?シャーリーのお父さんは勇敢なんだな」

 率直な称賛にシャーリーは少し照れながら頭を掻いた。

 

 今となっては恥ずかしいが、小さい頃は父のお嫁さんになることが将来の夢だった。父は容姿も能力も平凡だが、性格は穏やかで優しく、温和を絵にかいたような人だ。シャーリーはこれまで一度も父に怒られたことは無かった。

 父がいない家庭というものが想像できないくらいに、シャーリーは父が大好きだった。

 だからこそ本国に暮らしている両親と離れ、唯一の保護者であるジェレミアが入院してしまっているルルーシュのことが心配でならない。いくらしっかりしていると言ってもルルーシュだって自分と同じ17歳だ。介護が必要なナナリーもいるし、ルルーシュの負担はかなり大きいだろう。

 

 早くにジェレミアさんが帰って来てくれるといいんだけど、と思いながらシャーリーはおずおずとルルーシュに聞いた。

「ルル、その、ジェレミアさんの容体はどうなの?」

「……思ったよりも悪い状態らしい。本国に帰ることになるかもしれないそうだ」

「……そっか」

 地面に目を落す。

テロリズムが活性化してから本国に帰る学生も多くなっている。

 ルルーシュももしかしたら、と思うと、シャーリーの両肩が重く沈んだ。

「ねえ」

「なんだ?」

「そしたらその、ルルとナナちゃんも一緒に本国に帰る……なんてことは、ないよね?」

 先を歩くルルーシュの顔を覗きこむ。小さい笑みを浮かべ、ルルーシュは首を振るった。

「ナナリーは学校卒業まではここにいるさ。俺は……正直、分からない」

「分からないって」

「もしかしたら帰らないといけなくなるかもしれない」

「でもそれって、ナナちゃんを置いていくってこと?」

「そうなる」

 普段ナナリーを溺愛しているルルーシュの言葉とは思えない程にはっきりとした口調だった。

 覗き見た横顔は寂しそうで、しかし仮面のように冷たかった。シャーリーは日本の能面という仮面を思い出した。

 ルルーシュの表情は、あの楽しいのか悲しいのか判別し難い不気味な表情をした仮面を顔の上に貼り付けているようだった。

「でも、咲世子さんもいるし、みんなもいる。大丈夫さ」

 自身を納得させるように呟いて、ルルーシュは先へと歩いて行った。

 ルルーシュの背中を見る。シャーリーは父が病室で喋ったことを思い返していた。

 

 ナリタで軍事行動があることを知らせてくれたのは、自分と同じ位の年齢に見えた紫色の瞳を持つ美少年だったと父は言った。

 紫色の瞳を持つ少年なんてそう多くはいない。まさかと思い父にルルーシュの写真を見せたら、この人物で間違いないと断言した。

 他人の空似と考えるには、あまりに無理があった。こんなに優れた容姿を持つ人間がそんなに沢山いてたまるものか。

 ルルーシュに聞きたいことはいくつもある。しかしどうしてもシャーリーは踏ん切りがつかなかった。ただ脳内で疑問を繰り返す。

 

 ルル、ナリタで何をしていたの?

 どうしてナリタで軍事活動があることを知ってたの?

 さっきユーフェミア様と親し気に話しているところを見たけど、どうしてルルがユーフェミア様と知り合いなの?

 どうして最近ずっと学校に来てないの?

 最近……より正確に言うのなら、シンジュクゲットーでテロ騒ぎがあった頃から。つまり、ゼロが現れた頃から。ちょうどそのころからルルーシュは学校に来る日がとても少なくなった。

 ねえ、ルル。どうして最近、とっても辛そうな眼をしているの?

 表情はいつもと変わらないようにしているけれど、瞳はとても寂しそうで、でも煮えたぎっているようで、怖い。まるで爆発寸前の爆弾を抱えて生きているようにさえ見える。

 皆気づいていないみたいだけど、でも自分はずっとルルーシュを見ているから分かってしまった。

 最近のルルはなんだか、泣きながら怒ってるみたい。大好きな人が死んじゃったみたいな、そんな感じがする。

 どうしたのか聞きたいけれど、でも聞いて欲しいようには見えない。

 シャーリーは小さくなっていく背中に声をかけられず、ただ小走りにその後を追った。

「ルル………あなたが誰であっても、あたしの気持ちは変わらないから」

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 

 

 学園祭の日の夜。スザクはひっそりとクラブハウスに顔を出した。

 ルルーシュは不機嫌な顔をしながらもスザクを出迎え、そのまま自室に通した。スザクはベッドに座り、ルルーシュもその隣に腰を下ろした。

 スザクは項垂れたまま絞り出すように声を出した。

「ルルーシュ、ごめん。学園祭が台無しになってしまった。ピザも放り投げちゃって……」

「いいんだよ。気にするな……とは言えないな。流石に。被害総額に加えて迷惑料、きっちり総督府に請求書を送りつけておくからな」

「ユーフェミア皇女殿下の勝手な行動による損害だからちゃんと支払われると思うよ。僕からも言っておく」

「ふんだくってやるからな。覚悟しておけ」

 鼻を鳴らして胸を反り返らせるルルーシュはいつもと変わらない様子で、スザクは胸を撫で下ろした。

 

 スザクとユーフェミアのせいで学園祭は滅茶苦茶になったというのに、スザクは後始末の手伝いさえしなかった。激昂してもおかしくないというのに、こうしていつもと同じような態度を取ってくれるのだから、ルルーシュは甘い。

 

「それで。お前が今日ここに来た理由はなんとなく分かっているが、一応聞いてやろう。どうした」

「……ルルーシュ」

 スザクは目を伏せ、嬉しそうに微笑むユフィの顔を脳裏に描いた。

「行政特区日本って……どうやったら成功すると思う?」

「その言い方だと失敗すると思っているようだな、お前は」

「……分からない。でも、なんだか単純に成功するとは言い切れないと思う。リスクがあまりに大きすぎるし、具体的な見通しが無いから」

「ユフィから前以て相談は無かったのか」

「無かった。シュナイゼル殿下に計画書を読んで貰って賛同を得ていたらしいけど、僕は全然」

「随分と信頼し合っている騎士と皇女様だな。感動し過ぎて涙が出るよ」

 せせら笑ってルルーシュは机に置いてある端末の前に座った。慣れた手つきで起動する。

「それで、俺にこれからどうしたらいいのか聞きたいと」

「うん。ユフィの名前に傷が付かない方法で行政特区日本を成功させたいんだ。計画書はこれ」

 USBをルルーシュに渡す。端末にファイルを開き、ルルーシュは行政特区立案を凄まじい速度で流し始めた。本当に読んでいるとは信じられない速度だが、ルルーシュの目は確かに上下に素晴らしい速さで動いている。

「話して構わん、続けろ」

「……シュナイゼル殿下が賛同してくれたってことは、行政特区日本は悲惨な失敗にはならないと思う。……そう、信じたい。でも僕にシュナイゼル殿下の思惑が全く分からないんだ。もしかすると殿下が行政特区日本に賛同したのは、ブリタニア人と日本人の権利を同等にするっていうユフィの目標とは違う思惑があるからじゃないかとさえ思う」

「どうして?シュナイゼルは穏健な統治をすることで有名だろう。あいつもユフィと同じくナンバーズの権利向上を考えていてもおかしくはないんじゃないのか?」

「シュナイゼル殿下は確かに穏健統治をなさるけど、でもナンバーズとブリタニア人の権利を同等にすることはできない。皇帝陛下が弱肉強食っていう差別を推進している以上、所詮宰相でしかないシュナイゼル殿下は差別を否定する言動をとることは許されないから。だからユフィの考えた行政特区日本が本当に日本人とブリタニア人の権利を同等にするような政策なら、皇帝陛下の意志に背くとしてシュナイゼル殿下は止める筈なんだ。なのに殿下は賛同した。なら、」

「そうだろうな。お前の言う通りシュナイゼルの思惑は別にある……予想はついているがな」

「何なの?」

「―――俺の口から聞くより、直接本人に尋ねてみるといい。皇族の選任騎士ともなれば謁見する許可も下りるだろう。良い機会だ。あいつの本性を知ってこい」

 ルルーシュは計画書を流し読みながら鼻で笑った。

「もう遅いかもしれないがな。他に俺に聞きたいことは?」

「……行政特区日本の、そもそもの問題が多すぎる」

 スザクは膝の上で拳を握り締めた。

「ユフィの計画書通りに進めるとすると、費用も、専門家も、伝手も足りない。そもそも貴族の協力者が少な過ぎるんだ。コーネリア殿下の部下を借りれば行政特区日本の形はできるかもしれないけど、彼らは揃ってナンバーズへの差別意識が強い。ユフィの理想通りに行くとは思えない。僕はユフィの騎士だから、行政特区日本の責任者の筈なのに、何をしていいのか分からない」

「そうだろうな……お前がここで何をすればいいのか分かるような奴だったら、こんな事態にはなっていないだろうよ」

 ルルーシュは計画書を読み終えてファイルを閉じた。

 即座に凄まじい速さで端末を叩き始める。さらに横にもう一つ端末を並べて同時に操作し始める。

 画面に文字が流れる。強い負荷をかけられた端末は唸り声を上げた。

「―――ナリタで助けられた借りは、これでチャラだ」

 ルルーシュが口の中で呟いた言葉は、画面に流れる情報量に眩暈を起こしているスザクには聞こえなかった。

 目を上下左右に機敏に動かしながら、ルルーシュは機械的な動作で喋り始めた。

「内務局のアルナ・ポットマン、財務局のファーラー・ラッセル、労働局のコナー・ハート、保健福祉局のカイル・エウレット。彼らは有力な主義者だ。引き抜いて行政特区日本の具体的な機構を作らせろ。他にもユーフェミアから直接声をかけられれば行政特区日本へ参加する可能性のある官僚は何人もいる。リストを作るからユフィに言って一人残らず引き抜け。行政特区日本の機構の原案はこれから俺が作る。あと行政特区内での独自の法令もこれから俺が作るから、明日の朝すぐにユフィに許可を取って、そのままテレビで発表しろ。もちろんネットにも掲載するんだ。具体的な法令を定めておけばイレブンも主義者も行政特区日本への警戒心が薄まる」

「でもイレブンでインターネットを常に見られる環境にある人なんて少ないよ。テレビだと繰り返し放映しないと法令の具体的な内容まで理解できないだろうし」

「内容を小冊子にまとめてイレブンの各家庭に配布しろ。役所でも無料配布するんだ。問題はサクラダイトに関わる企業の方だ。サクラダイトの採掘に関わるブリタニア企業を撤退させ、日本人労働者のみでサクラダイト採掘を担う新たな企業を作るのは現実的に不可能だ。採掘のための重機も、専門家も、何もかもが足りない。サクラダイト企業に日本人雇用者を雇う制限をかける方が現実的で早い。これからサクラダイト関連企業の雇用に関して制限をかける法案を作るから、すぐにユフィに提出して成立させろ」

「……それって、結局ブリタニア人に日本人が雇われてるって状況だよね」

「今はそれが限界だ。日本人のみでサクラダイトの採掘から精製、運搬まではできないからな。スザク、何をぼうっとしているんだ。さっさとメモを取れ」

「え?」

「……あのなあスザク、いいか。少し厳しいことを言うぞ」

 ルルーシュは振り返り、指先を突き刺すようにスザクへと向けた。

「誰に協力を求めないといけないのか、どの法案を提出するのか、どの企業へ交渉しに行かないといけないのか、メモを取らずにお前は一発で覚えられるのか?それともお前が何をすべきか、俺は一つ一つ懇切丁寧に説明しながらリストでも作ってやらないといけないのか?甘えるなよ。俺が今やっていることはな、本当は選任騎士のお前がやらないといけないことなんだ。そして行政特区日本に関して俺がお前を助けるのは今回が最初で最後だ。明日からはお前とユフィが行政特区日本を作っていかないといけないんだぞ」

 ここまでルルーシュに詰責されるのは初めてで、スザクは体を強張らせた。

 唇を噛みしめて俯く。教師に叱られた子供のような反応しか返せない自分が情けなくてしょうがない。頭上からはルルーシュのよく響く声が叩きつけられるように落ちてくる。

「何一つ出来ず、俺に縋って。俺に全部任せて。それでもユフィの選任騎士か、お前は。ユフィを守れるのは選任騎士のお前だけなんだぞ。いい加減にしっかりしろ、この、馬鹿が!」

「……うん」

 スザクは小さく頷いた。

 

 ユフィはルルーシュの妹だ。しかしルルーシュは表立ってユフィを自分の妹だと言うことはできない。妹が大好きなルルーシュからしてみれば、ユフィの騎士がこんなに頼りないなんて許せないことだろう。

 それでもこうして助けてくれるのだから、やはりルルーシュは甘い。

 

「ごめん、ルルーシュ」

「全く……いい加減に、頑張れよ」

「うん。勉強する。頑張るよ」

 手を握り締める。

 ルルーシュの手を借りるのはこれを最後にしないといけない。彼女の手はナナリーだけでいっぱいなのだから。

 

 

 

 

■ ■ ■

 

 

 

 まさかこんなにあっさりと謁見が許可されるとは思わず、スザクはシュナイゼルの私室へ入った瞬間から体が強張ってしょうがなかった。

 総督府に備えられている客室は、今はシュナイゼルの私室だった。質素に整えられた部屋は物が少なく、ソファとテーブルと本棚以外に家具らしい家具は無い。皇族とは思えない簡素な部屋の中央で、シュナイゼルはソファに座っていた。そしてその対面にはロイドが座っている。

 部屋に入った時点で立ち竦んでしまったスザクへとシュナイゼルは声をかけた。

「式典以外で会うのはこれが初めてかな、枢木卿」

「はい。御拝謁叶い光栄であります、殿下」

「あ、そう言えばスザク君殿下に会うの初めてだったっけ。まああんまり緊張しないでこっちおいでよ」

 ほらこっち、と手を振るロイドに従い、スザクはシュナイゼルの顔色を伺いながら近寄る。

 シュナイゼルを前にしたスザクは汗が止まらなかった。

 シュナイゼルはソファにゆったりと腰掛け、副官のカノンを背後に立たせている。ローテーブルからは湯気を上げる紅茶が置かれていた。

 

 その表情は怒っているわけではない。むしろ穏やかに微笑んでいる。しかしそれでも明らかに分かる程にシュナイゼルは只者では無かった。彼が纏っている空気は、これまで出会ったことのある貴族や皇族とは比べ物にならない程に密度が濃い。

 近寄ると、シュナイゼルはまるで陶器人形のように美しい男だとスザクは思った。金色の髪に薄いロイヤルパープルといういかにもな白人らしい優男の風貌をしており、仕草の一つ一つが優雅だ。しかし同じような気品を持つユフィは無邪気で親しみが持てるのに対し、シュナイゼルは一目で分かる程に近寄りがたい存在だった。

 ユフィやコーネリアより、恐らくシュナイゼルはルルーシュに近い。人間を駒のように認識し、透明な壁を周囲に張り巡らせているような、隔絶した人だ。

 

「どうしたんだい枢木卿。私に会いたいとは珍しい」

「ご歓談中とは知らず失礼致しました」

「いいんだよスザク君。この人割と暇だから。あと僕に並ぶ変人だからね。そんなに気を張らなくても大丈夫だよ」

「ごくたまに、どうして私は君を特派のトップにしたのか分からなくなる時があるよ。今がその時だ」

 軽口を叩きながらシュナイゼルは紅茶をすすった。

 確かにロイドの変人という評価は当たっているのだろう。ここまで部下に揶揄われて軽口一つで済ませる皇族なんてこの人の他にはいまい。

 それほどロイドに心を許しているのか。それとも皇族として敬われることへの拘りが無いのか。後者だろうとスザクは思った。

「まあとにかく、遅まきながらユフィの選任騎士着任おめでとう。まさか特派から皇族の選任騎士が出るなんて思ってもみなかったよ。嬉しいことだ」

「あ、ありがとうございます」

「座るといい。カノン、枢木卿の紅茶も」

「はい」

「いえ、自分は」

「立ったままだと疲れるだろう?エリア11に滞在する間はコーネリアがこの部屋を貸してくれているんだけどね。中々良いソファだよ」

 断ることもできず、ぎこちない動作でスザクはロイドの隣に座ろうとした。しかしシュナイゼルは笑顔で自分の隣の空いているスペースを叩く。

 スザクは顔色を無くしながらも、おずおずとシュナイゼルの隣へと座った。

「もっと早くに君と話してみたかったんだけど、仕事が忙しくてね。こうして君が訪ねて来てくれて嬉しいよ」

「この前暇つぶしにしたネットチェスで世界一になってましたよね」

「特派のKMF開発費用を減らしてパンダの保護活動費に充てようかと考えているんだけど、」

「ごめんなさい気のせいでした」

 どうしてシュナイゼル殿下を前にしてロイドはこうも飄々としているのだろうとスザクは顔を引き攣らせた。

 しかしすぐに答えは出た。変人だからだ。天才と馬鹿は紙一重というが、ロイドはその紙を取り払って生まれたマーブル模様のような男だ。きっと天才成分と馬鹿の成分が綺麗に混じり合っているのだろう。

 押し黙ったロイドを一瞥し、シュナイゼルはスザクへと向き直った。

「それで枢木卿、どうしたんだい?」

「その。シュナイゼル殿下にお聞きしたいことがありまして」

「ああ、行政特区日本のことかな。それとも、」

 シュナイゼルはロイドへ軽口を飛ばした時のまま、優し気な微笑みを浮かべていた。カップを置く。

 

「ルルーシュとナナリーのことかな?」

 

 時が止まったかと思った。背筋が震える。紅茶カップを持つ手が強張った。

 呼吸が荒くなるのを感じながらも、スザクは動揺を表に出さないよう手を握り締めた。にこにこと笑みを崩さないシュナイゼルの顔を見やる。

「何のことでしょう?」

「二人を助けるためにジェレミア卿を日本へ送り込んだのは私だからね。もしかしたら、とは思っていたんだよ」

「仰っていることの意味が分かりません。確かに、畏れ多くもルルーシュ殿下とナナリー皇女殿下は自分の友人でした。しかしお二人とも5年も前に御逝去なされたでしょう」

「今はアッシュフォードに庇護されて暮らしているようだね。5年も経っているから、私ももしかしたら本当に死んだのかと思ったよ」

 でも、とシュナイゼルは微笑む。

 そこでようやくスザクはシュナイゼルの表情が入室時から全く変わらないことに気づいた。ロイドと軽口を交わしていた時も、死んだ筈の姉妹のことを話している今も、同じ表情のまま変わらない。

 

 この人には感情というものが無いのか。

 

「特派の騎士である君の動向は目立つからね。驚いたよ、まさか名前も変えないでエリア11で暮らしているだなんて。とはいえ巧妙に居場所を隠していたから、君がいないとルルーシュの居場所は分からなかっただろう。

 ありがとう。君のおかげでルルーシュとナナリーは皇族に戻れるよ」

 

 胸が痛い。許されることならば、スザクはこの場で死んでしまいたかった。

 全身が震える。涙も出ない。

 脳裏にルルーシュとナナリーの姿が思い浮かんだ。ナンバーズと遠巻きにされる自分に、ルルーシュはやはり優しかった。ナナリーも5年も前からずっと自分を心配してくれていた。

 5年前、彼女達は薄汚い土蔵に押し込められて身を寄せるようにして暮らしていた。ブリタニア人であるというだけの理由で暴言を吐かれて、酷い暴行も受けていた。

 あれから5年経ってようやく静かに暮らせるようになったのに。

 今度は自分のせいで、あの二人はまた酷い目に遭ってしまうのか。

 

「……私は、何をすればいいのでしょうか。お願いします、どうかあの二人はあのまま静かに暮らさせてあげてください。ジェレミアさんが死んでしまったんです。もう、これ以上酷い事は……」

「話が早くて助かる。君は聡明だね、枢木卿」

 吐き気がするような悍ましい皮肉に、スザクは思わずシュナイゼルを睨みつけた。

 殺意さえ籠っている眼光に、しかしシュナイゼルは眉一つ動かさない。軽やかな仕草で紅茶を口に含む。

「行政特区日本に、ユフィは黒の騎士団を取り込もうとしているだろう?」

「……ええ」

「ユフィに協力してあげてくれ。私も妹が可愛いんだ。黒の騎士団がいればユフィも安全だろう?」

 拍子抜けするような要請だった。しかしそれだけである筈が無い。

「言われずともユーフェミア皇女殿下の騎士として、行政特区日本の成功のため誠心誠意尽くすつもりであります」

「成功?……まだ気づいていないのかな。行政特区日本は必ず失敗するよ」

 シュナイゼルの言葉にスザクは全身から力を落とした。

 嬉しそうに、シュナイゼルに認めて貰えたのだと言ったユフィ。シュナイゼルがそう言ったならと、疑問に思いながらも反対しなかった自分。あまりに滑稽だった。

 

 自分もユフィも、もしかするとルルーシュも、この男の掌で踊る駒だったのか。

 

「何故」

「資金、状況、政治的判断、諸々の理由があるけど……君に話してもしょうがない事だ。ただ君は黒の騎士団を行政特区日本に参加させてくれればいいんだよ」

 徐々に怒気が這い上がってくる。同時に、脱力した全身にふつふつと力が湧いた。スザクは唇を噛んだ。

 

 失敗すると分かっていてこの男は行政特区日本を支持した。その理由は何だ。

 イレブンへの懐柔策か。何のために。理由が無い。

 それとも政策の失敗を理由にユフィを皇位継承争いから脱退させるためか。しかしそんなことをしなくても現時点でシュナイゼルが圧勝している。

 シュナイゼルは黒の騎士団を行政特区に組み込むことを望んでいる。

 行政特区日本を思いついた時点でユフィなら必ず黒の騎士団と和解しようとするだろう。そしてそのまま黒の騎士団が行政特区に参加すれば。

 あ、とスザクは口を覆った。世界で唯一ブリタニアに泥を付け続けているテロリスト組織、黒の騎士団は小さな行政特区に幽閉されることになる。

 そうなればブリタニアの脅威はこの世界から無くなる。

 つまり結局は黒の騎士団を潰すためだったのだ。ユフィも日本も、この人の頭の中には無かった。スザクは唇を噛みしめた。

 ナンバーズの救済というユフィの意志や、日本という国への願いが込められた行政特区日本を、しかしこの人はただの罠としか考えていなかった。

 

「……日本なんて、どうでもいいんですね。あなたは」

「もう日本じゃない。エリア11さ」

 その言葉を聞いてスザクの顔から表情が消えた。

 さて、とシュナイゼルは時計を見る。

「そろそろ次の仕事があるんだ。申し訳ないけどそろそろお暇させて貰うよ」

「いえ、お時間を取って頂きありがとうございました。――――殿下、私はあなたのことを誤解していたかもしれません」

「おや、嫌われてしまったかな?」

「いえ」

 スザクはその場に跪いた。シュナイゼルの足元へ深々と頭を垂れる。

「あなたはシャルル皇帝を超える、史上最高の皇帝になられるでしょう。これからも、是非あなたに仕えさせて頂きたい」

「……君はユフィの騎士だろう?」

「私は特派の騎士でもあります。それに行政特区日本が成立すれば、ユーフェミア皇女殿下の身の安全は黒の騎士団が守ってくれる。そうでしょう?」

 持ち上がったスザクの顔の中心で、碧瞳が爛々と輝いていた。

 

 シュナイゼルは変わらない微笑みを浮かべたまま、ロイドとカノンを連れてその場を後にした。

 部屋から出ると同時に、ロイドはあーあ、と溜息を零した。

「ちょっと脅かしすぎじゃないですか?嫌われちゃいましたよ、完全に」

「そうだね。しかし悪くない眼だ。私を利用しようとする気概も中々いい」

「利用?」

 首を傾げるロイドにシュナイゼルは苦笑した。

「彼は日本も、ユフィも、ルルーシュもナナリーも守りたいと考えている。現状で取り得る策の中で最も現実的なのはシャルルが死んで、穏健派の私が皇帝になることだ。しかし私が皇帝になったところで結局は現状維持。日本は解放されない」

「ま、そうでしょうね。あなたの性格じゃあ、なんとか国としてブリタニアが機能している以上無理に改善しようとはしないでしょうし」

「しかし私が皇帝になれば、まず間違いなくオデュッセウス兄上を旗頭にした内乱が勃発するだろう。そこで他の皇族を処罰する口実ができる。ここでは暗殺なんて日常茶飯事なのだから、適当に証拠を作って皇族を引きずり下ろすことは不可能ではない。そして粗方の皇族を失墜させた所で私が死ねば、次の皇帝はユフィか、ルルーシュだ」

 ロイドは顔を顰めてシュナイゼルの顔を覗いた。

 成功するとは思えない、あんまりにも雑な筋書きだった。

「本気で彼がそう思っていると?考えが雑過ぎません?」

「ただの予想だよ。ただのね。陳腐な台本だし、現実味は無いに等しい。そもそも私が気づいている時点で策としては失敗だ。でも彼ならそう考える可能性があるっていうだけさ」

 真っすぐで優しい気性を持つスザクは、しかし中々の激情家だ。その可能性がロイドには否定できなかった。

 そしてロイドはすぐに、その次の可能性に思い至った。

「殿下がスザク君にあんな挑発するような事を言ったのって、ユーフェミア皇女殿下の選任騎士になった後もスザク君を特派に所属させ続けるためですか?あなたが皇帝になるためには特派は手柄を上げ続ける必要がある。そのためならスザク君は行政特区日本を抜け出してでも特派に所属し続けるかもしれない」

「それに特派にいれば私を暗殺する機会もあるだろう、ぐらいは考えているかもしれないね。彼はあまり頭が良くないようだけれど行動力は人一倍あるから。特派で頑張り続けてくれるんじゃないかな」

 シュナイゼルは肩を竦めた。

「ナイト・オブ・ラウンズは強敵だからね。駒は一つでも多い方がいい」

「……随分とスザク君の腕を買ってるんですね。彼なら勝てると?」

「それは君の腕にかかっていることだよ」

 ロイドは頬を歪めるように笑った。

 ロイドはシュナイゼルが嫌いではない。人間的に破綻していようとも、感情が乏しかろうと、それは些細なことだ。シュナイゼルの価値はその行動にある。

 理論のみで動くこの人間への興味は未だ尽きない。

 シュナイゼルはスザクもロイドも気にすることなく、ただ前に向かって歩き出した。

「私も必死なんだよ。とはいえ、私の敵は黒の騎士団じゃない。――――皇帝陛下、ただお一人だ」

 

 

 

 

 

 

 シュナイゼルの部屋を出たスザクは足早にユフィの執務室へと向かった。

 ドアをノックすると、ユフィの柔らかい声が返ってくる。扉を開ける。

「失礼します」

「スザク、お疲れ様。まだ休憩時間なのにどうしたの?」

 ユフィは書類を見つめていた顔を上げた。疲労で顔を白くしながらもにっこりと微笑む。

 机の上には書類が山を作っていた。全て行政特区日本を成功させるための書類だ。スザクは拳を握り締めた。

 行政特区日本は失敗する。シュナイゼルの言葉が反響する。

 項垂れそうになる頭に力を入れて、スザクは無理やりに明るい笑みを浮かべた。

「ユフィを手伝いたくて戻って来たんだ。やることならまだ沢山あるんだろう?」

「ええ!特区日本への申請が20万人を超えたんです!仕事なら沢山!」

 激務の所為か、ユフィは少し痩せた頬を持ち上げる様に笑みを深くした。

「あなたという日本人の代表がいるおかげでみんな行政特区日本を信じられるんです。あなたのおかげです、スザク」

 手放しの賛辞が胸に痛い。押しつぶされそうだ。

 自分はあまりに愚かで、何にも気づかなかった。そんな賛辞を向けられる権利なんてある筈も無い。

 ユフィを見る。きょとんとしたユフィの素顔がスザクは愛おしかった。

 無知かもしれない。向こう見ずかもしれない。自分と同じ位、下手をすれば自分よりもユフィは馬鹿かもしれない。

 それでもユフィは真っすぐで、健気で、優しい。ここまで優しさを持てる人は、きっとそうはいない。

 

 彼女ならばもしブリタニア皇帝になったとしても、心優しいままでいてくれるだろう。

 ユフィとゼロが手を組めば勝てないものなんて無い。

 

 スザクはユフィの手をとった。

「ユフィ、成功させよう。君となら、それに黒の騎士団もいれば、きっとできるさ」

「はい!」

 爛漫な笑顔に、スザクは静かに目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

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