ルルーシュは瓦礫の陰に隠れながらオレンジから距離を取ろうと逃げていた。
だがユフィに撃たれた傷もまだ癒えておらず、まともに歩くことすら困難な体だ。瓦礫の隅に体をおし込めて、見つからないようにと祈るのが精々でしかなかった。
しかし目の前に巨大な影が落ちる。見上げるとランスロットが立ち塞がっていた。
明らかにルルーシュの姿をカメラの中心に据えており、見逃してくれそうな雰囲気ではない。
カレンはどうしたのかと視線を走らせると、紅蓮の機体が猛然としてこちらに向かっている姿が見えた。
紅蓮可飛式とランスロット・エアキャヴァルリーの機体性能に大きな差は無く、また操縦者の技量は双方ともルルーシュの測定能力を振り切る勢いで優れているに違いなかったが、一つの戦闘中に一時的に一方が有利になる瞬間は必ず存在する。
カレンの技量であればスザクが優位に立つという不愉快極まりない状況へ、一時的、という文句をつけることは十分可能であっただろうが、ゼロというカレンの弱点を的確かつ俊敏に突いたスザクへ追いつくことは叶わなかったらしい。
この絶望的な状況にあって、しかしルルーシュはそれほどに命の危機を感じていなかった。スザクはゼロを撃たないという確信があったのだ。
それは信頼感というよりも、ユフィを皇帝にするというスザクの思惑は、ゼロという史上稀にみる優秀な奇兵が存在しなければ成り立たない計算であったからだった。
ルルーシュはゆっくりと立ち上がった。ランスロット相手に生身の人間が全力で走って逃げたところで意味は無い。
外部通信をONにしたランスロットからスザクの声が放たれる。
「ゼロ、話を聞いてくれ!」
「………聞かざるを得ないな。生身でランスロットに勝てるとは流石に思えん」
「ゼロ!!くそ、枢木スザク!!」
紅蓮がランスロットに輻射波動砲弾を向ける。
同時にランスロットはヴァリスを起動してゼロへと向けた。至近距離で発光するヴァリスに肌が焼かれる感触へルルーシュは眉を顰めた。
「紅蓮、動いたらゼロを撃つ」
スザクがそう言い放つと、カレンは歯噛みをして紅蓮の動きを止めるしかなかった。
生身の人間にライフルより遙かに高威力のヴァリスを放てば死体も残らない。
どうするか、とカレンは悩むが、動きを止めた紅蓮の横を掠めるように突っ込んできたジークフリートが悩む余裕さえ奪い去った。ジークフリートは真っすぐにゼロへと向かっていた。
カレンは反射的に輻射波動砲弾の向きをジークフリートへと変え、撃った。
球体のど真ん中に命中する。ジークフリートは火花を飛び散らせながら、熟し過ぎたオレンジが大木から見放されたように、地面に叩きつけられた。その反動で地面が揺れて爆風が吹き荒れる。
ルルーシュは腕で体を庇いながらジークフリートへと目を向けた。
ガチャン、と鉄が軋む音を立ててジークフリートの側面がふるりと震える。みかんの皮がむけるようにジークフリートの一部が地べたに落ちた。その内部に空洞がぽかりと開いており、その空間がコックピットであるようだった。
ガシャンガシャンと足を踏み出すたびに金属音を鳴らしながら、操縦者らしき男が姿を現した。男はゼロの名を、軽蔑や侮蔑といった影色の音を練りこんで声高に発していた。
「ゼロ、ゼロ!ゼエエェェロオオォオ!!」
「……ゼロ、君あいつに何したの?」
「こっちが聞きたい」
耳が割れそうになるような絶叫だ。怨嗟の塊のような声は鼓膜を焼くような熱を持ち、それを発している男の喉さえ焦がしているに違いなかった。
男は明らかに自分を非難していると察知していながら、ルルーシュは男を嫌悪することができなかった。嫌悪の念を浮かばせるには、男の声は悲痛に過ぎた。
男は嘔吐するようにゼロ、ゼロと喚きながら拳銃を片手によたよたとゼロへと向かう。
ルルーシュは武器を持っていなかったが、男に怯える理由は無かった。ジークフリート対蜃気楼のKMF同士で戦っていた時と比べれば余裕さえあった。
相手が人であればギアスという異能を持つルルーシュが怯える必要は無い。男がこちらに顔を向けた瞬間、ギアスで服従させれば終わりなのだから。いや、もう殺した方が良いかもしれない。明らかに精神に異常をきたしている男をギアスで服従させたとして、その精神が正常なものへと変質するとはとても思えなかった。
ルルーシュは仮面の瞳を覆う部分をスライドさせようと指を鳴らした。男はふらつきながらもゼロを視界に収め、同時に銃口をゼロの頭蓋に向ける。
ルルーシュは銃口を向けられても男にギアスをかけようとはしなかった。
銃口は真っすぐに眉間へと向けられているのに、危機感は針一本分も覚えなかった。
それどころか復讐のことも、今が戦争中だということも、自分がゼロであるということさえ忘れた。世界中から全ての音が消失し、ゼロがただのルルーシュに戻るための時間を与えたように思えた。
男の顔を見た瞬間にただのルルーシュは打ち震えた。
「―――嘘だ、」
ジークフリートのデヴァイサーはあまりに奇天烈な姿をしていた。
左眼の周りに、アクセサリーにしては奇抜すぎるオレンジ色の仮面をつけている。背中からはジークフリートと繋がっているらしいコードがいくつも生えており、ばちばちと火花を散らしていた。歩くたびに残っていたコードが千切れて地面に落ちる。
あんな球体の機体をどうやって操縦しているのかと思っていたが、生体に直接繋いで操縦していたのか。
しかしどうやって。疑問に思うと同時に答えが分かった。男の左足と左手からばちばちと火花が散っている。
パイロットスーツを着ているせいで初見では分からなかったが、男の身体は機械で換装されていた。所謂、サイボーグというものだろう。
しかしルルーシュが全ての思考を止めたことはそれが原因ではなかった。
男が銃口をルルーシュに向けていることさえ忘れて、ルルーシュは夢遊病者のようにふらふらと男へと向かって歩き始めた。しかしルルーシュは夢を見ていたのではなかった。
深く耽溺し、溺死しかけていた復讐という名の夢から、彼女は覚醒しようとしていた。
ゼロへ銃口を向ける男に焦ったカレンが紅蓮で襲い掛かろうと機体を動かす。
それに気づいたスザクが紅蓮の前に立ち塞がった。
「紅蓮のパイロット、あの人を攻撃しちゃだめだ!」
「あんたに言われる筋合いなんて!」
「ルルーシュのためだ……彼は僕が止めるから、頼むよ!」
「、はあ?」
ルルーシュという言葉に一瞬遅れたカレンを置いて、スザクはすぐさまコックピットから飛び降りた。
地面に着地するなり、騎士の先達に向かって駆け出す。
ルルーシュは銃口を向けたままの男に向かって手を伸ばした。
見間違えようも無かった。言葉が出ない。喉奥から搾り出すように、ルルーシュは彼の名前を呟いた。
「―――ジェレミア」
その男はジェレミアだった。青色の髪にオレンジ色の瞳をした、自分の唯一の騎士だ。
しかし瞳はたった1つだけになってしまっていた。その瞳に黒い仮面を被ったゼロの姿が映る。
ジェレミアはゼロに向かって引き金を引いた。
乾いた銃声が鳴り、銃弾がゼロの仮面の正中に命中する。仮面が二つに割れて地面に落ちた。
仮面の下からジェレミアがよく知る女性の顔が現れた。
ルルーシュは茫然とした顔で、はらはらと涙を落としていた。
その顔を目の当たりにして、ジェレミアはちぎれ飛んでいた知性の欠片が震えるのを感じた。
「………る、る?」
これは誰だ。
ジェレミアは以前の明瞭な思考とは程遠い、壊滅的な思考力を叱咤し無理やり活動させて目の前の事態を理解しようと試みた。あまりにも無茶な試算だったが、ジェレミアの精神力は千々に千切れた思考力をそれなりの塊にまとめることを可能とした。
それはルルーシュの騎士として暮らした時とは比較にならない程に愚鈍な代物だったが、ルルーシュをルルーシュとして認識するには十分だった。
これはゼロとある。そしてゼロはルルーシュを殺した憎き敵であらせられる。
しかしルルーシュかと。ルルーシュ様に?生きておられた。
あなたがたの中のあるものが、死人の復活などないと言っているのは、どうしたことか。
死んだとはV.V.の発言に
V.V.信頼度は?視覚情報(高感度カメラ+赤外線センサー)
さてあなたがたは、先には自分の罪科と罪とによって死んでいた者であって、
ゼロに殺されたのでは。
# 偽物 r/o(ロロ・ランペルージ)
ルルーシュ様
Assessent:可能性は否定できず
P=0.03(<0.05)
ルルーシュ様。
ルルーシュ様
憎悪で歪んだジェレミアの顔が溶け落ちた。手から銃を取り落として右眼を大きく見開く。
ジェレミアは全ての身体の動きを止め、ただルルーシュの顔をじっと眺めた。何度も何度も瞬きをして、嘘ではないかとじっとルルーシュの形を探る。アメシストを埋め込んだような瞳、艶やかな花弁を思わせる目元、揺らぎなく真っすぐに整えられた鼻梁。記憶と違うのはチアノーゼでも起こしているかのように青白い肌ぐらいだ。
間違いないと確信し、呆然としたままジェレミアは呟いた。
「………るるーしゅ、さま」
「ジェレミア」
ルルーシュは大股でジェレミアに近寄った。呆然としたまま緩慢に歩いていた速度が加速度的に速くなる。傷を受けていることさえ忘れてルルーシュは駆けた。鼓動が耳に痛いほどに高鳴っていた。
未だ意識は清明でないものの、ジェレミアは速度を上げながら駆けて来るルルーシュを反射的に抱き締めようと両腕を広げた。それは何よりも優先されるべき責務であるとジェレミアは理解するに至っていた。
ルルーシュは驚愕と歓喜とが共鳴し、何か他の感情へと変質してゆくのをまざまざと感じながら、破裂しそうな心臓の任せるがままにジェレミアへと駆け寄った。
そしてジェレミアの腕の中に飛び込み、
顎先めがけて全力で拳を振り上げた。
スザクは後に、あの貧弱なルルーシュがあそこまで見事なアッパーを放てるとは思わなかったと語った。
クリーンヒットしたアッパーによりジェレミアはそのまま倒れて背中を強かに打ち付けた。
相手がルルーシュでなければ避けることも耐えることも可能であっただろうが、彼は目に涙を浮かべながら自身へ怒気を向けるルルーシュの攻撃を避けることはできなかった。また全くの無防備なところへ顎先をぶん殴られたのだから、たとえルルーシュが非力であっても目は回す。
地面に仰向けに倒れたジェレミアへ追い打ちをかけるようにルルーシュは馬乗りになり、胸倉を掴んでがくがくと揺さぶった。
どう見ても様子のおかしいジェレミアの脳をこれ以上刺激するのは、とスザクは咄嗟にルルーシュを止めようとした。しかしルルーシュに触れようとすると、彼女に触れることを拒絶するように腕が動かなくなってしまう。
結果、頭を前後にがくがくと揺さぶられるジェレミアの横で、スザクはカバディでもしているかのように左右に動きながらおろおろとすることしかできなかった。
「おっっっっまえ!!ふざけるな!!ふざけるなよ!!俺の復讐の意味は!?ふっっざけるなよ貴様ああぁぁああ!!!」
「ちょ、え、ゼロってルルーシュだったの?いやそれよりルルーシュ落ち着いて、とりあえず落ち着いて!きっと訳があったんだよ!!多分きっと本人にはどうしようもない理由があったんだよ!あと僕に驚く暇をくれない!?」
「知るか!勝手に驚いていろ馬鹿スザク!!それよりジェレミア、おま、おま、お前、ゼ、ゼロが俺だってすぐに気づけよ!!!普通気づくだろうが!!!ユーフェミアが気づいたんだぞ!?お前は気づけよ!!俺はお前がオレンジに乗ってるって全く気付かなかったけどお前はゼロが俺だって気づく義務があるだろうが!!とりあえず俺とさっきお前が肉ミンチにしやがったC.C.に土下座して謝って土の味を知れ!!」
「理不尽過ぎる!!」
子供時代に立ち返ったようにぎゃあぎゃあと喚く二人を前に、ジェレミアはルルーシュにされるがままがっくんがっくん頭を揺らしていた。
「ピー……情報解析作業部に障害が認められました。解析中……解析中……データに物理的衝撃が加わりました。SDカードを再度入れ直してください。現在データ修復中……現在データ修復中……」
「ほらルルーシュが乱暴に扱ったせいだよ?いい加減止めて早くSDカード入れ直して!」
「おい待てこいつそんな家電製品みたいな作りなのか、見た目ほとんどターミ〇ーターな癖に!」
「シュワル〇ェネッガーはこんな奇抜なオレンジ仮面なんてつけてないだろ!ほらなんとかしてよルルーシュ!」
「ちっ、おいジェレミア、しっかりしろ!どこだSDカードは!」
「修復作業完了中です……電源を止めないでください……作業完了しました。再起動を行います。再起動を行います……」
ジェレミアはウンウンと唸りを上げながら再起動を開始したようだった。
ルルーシュは怒気なのか何なのかよく分からない感情を少しでも安定させようと息を吐き、ジェレミアの頭を膝に乗せた。
ルルーシュは本心から怒っているわけではなかった。ただ卓越した軍事的・政治的能力と比較すると、ルルーシュの精神は年齢相応に未熟であり、あまりにも驚愕に過ぎる事実を消化するためには怒りという精神的な揺らぎが必要であっただけだった。
ジェレミアの頭部は人間のそれと同じ程度の重さだった。髪の質感も、皮膚の弾力も人間のそれと同じだ。精巧に作られた人工皮膚なのかもしれないが、目で見て手で触った限りでは分からない。
そのまま首、鎖骨、肩、腕とその存在を確かめるように触れる。左腕に触れると金属的な硬さがあり、服をめくると左半身は赤鈍色の金属で構築されていた。
どこまで改造されているのか見た目だけでは判断できない。内臓まで機械で置換されているのかもしれない。
しかしそれはもう、今はどうでもよかった。じわじわと実感が胸の泉から湧いて来る。
ジェレミアが生きていた。それだけで十分だった。長い間強張っていた手先から温かみが広がって来る。
生きていた。よかった。
しゃくり上げる。ぐずぐずと鼻を鳴らして、ルルーシュは眼を擦った。
喜びを暴力で表現するのを止めたらしいルルーシュからスザクは離れた。
スザクもルルーシュがゼロだと知って、心臓が打ち震える程に驚いていた。冷汗が額から止まらない。彼女には聞きたいことが山ほどあるし、話さなければならないことが沢山ある。
だが今、二人にとって自分の存在は邪魔であるという自覚もあった。犬も食わないなんとやらだ。関わるだけ損である。
スザクはルルーシュのために、そして自分の心の安全のために、約6年前には無かった空気を読む能力を駆使して2人から気づかれないように距離を取った。
「――――る、ルルーシュ様」
「起きたかジェレミア」
「はい。再起動終了、とありました」
「うん。そうか。よかった」
「いずこにあれ?私の知識外と、何をしているかと、」
「………ジェレミア、すまない。ゆっくりでいいから、もう一度頼む」
「嘘だと知っていて、泣きたいのと。あなたはどうしてあちらへ行くのと言わせて頂きたい」
「………………っ、うん、うん」
今だにぼんやりとした顔でジェレミアはゆっくりと起き上がった。眠気眼のせいか、顔の造りに合わない幼い表情をしていた。
意思疎通ができないことに若干の寂しさを覚えながら、ルルーシュは起き上がったジェレミアを見上げた。外見は以前とそう変わらない。奇妙な仮面がついている程度だ。
地面に座り、ジェレミアはルルーシュと相対した。未だに信じられないのか、ジェレミアは常ならばありえない無遠慮さでじろじろとルルーシュを眺め回した。
眺めるだけでは飽き足らず、存在を確かめるようにジェレミアはルルーシュの腕を摩り、肩を撫でて、とうとうルルーシュを抱き締めた。体格差もあり腕の中にすっぽりと納まる。
どうして早く帰って来なかったんだと文句を言おうとしたのに、言葉は音になる前に口の中で踊ってしまった。
代わりに力いっぱい抱き着いた。
小さい頃にそうしたように、年上の保護者であり、騎士である男の胸元に額をこすりつける。心音の代わりに機械の駆動音がした。だが変わらず温かい。涙が出る。ずっとこうしていたい。
ジェレミアの胸元に縋りついて息を吐くと、これまで肺に蓄積されていた悲哀と怒気が吐気と共に意図せずして流れ出てしまった。それは復讐心とも呼称されるべき、現在におけるルルーシュの気質を大きく占めていた大群だった。
その大群こそが、ルルーシュにユフィの手を取らせなかった元凶でもあった。
そしてルルーシュを形成していた冷たく燃え盛る炎のような感情が一斉に消え去り、ぽっかりと空いた隙間には安堵や期待といった、ユフィの大部分を形成する陽性な気質と似たものが凄まじい勢いで芽生え始めた。
元々ルルーシュは冷静且つ苛烈であっても、決して冷酷ではなかった。ジェレミアの生を確認し、復讐という夢から覚めて、ルルーシュはようやく本来の自分に立ち返ったのかもしれなかった。
自分の位置を確認するようにルルーシュはジェレミアの腕の中で身じろぎし、金属で覆われている背中を引っ掻く。落ち着かない猫を諫めるような仕草でジェレミアは眼下にある旋毛に薄い唇を落とした。
そしてくすぐったいと涙と微笑を混じらせながらルルーシュが身を捩った瞬間、
「ルルーシュから離れなさいよこの変態ロリコン野郎!!!」
カレンのブラジリアンキックが見事にジェレミアの側頭部にクリーンヒットした。
ジェレミアは吹き飛んで3回地面にバウンドし、鈍音と共に瓦礫の山に衝突し、ぱたりと地べたに落ちた。
「じぇ、ジェレミアあああああ!!」
ルルーシュの悲鳴を聞きながら、スザクはあ、デジャヴ、と独りごちた。
「お、おま、カレン、何をするんだ!」
「何って、女子高生にいきなり抱き着く変態を処刑してやったのよ!ルルーシュ、あんた油断し過ぎ!!ああいう変態は最初っから強く撃退しておかないと図に乗るわよ!」
「強くと言っても限度があるだろ!過剰防衛の域だぞ!?おいジェレミア大丈夫か!?」
ジェレミアに駆け寄る。
瓦礫に頭を強打したらしく、ジェレミアはくわんくわんと頭を振っていた。
「ジェレミア、頭は痛くないか。大丈夫か!?」
「さっきまで馬乗りになって頭がっくんがっくんしてた人が言うセリフじゃないよね」
「黙れスザク!ジェレミアなんとか言ってくれ、どうしよう、医者に、いやメカニックか?」
「……西暦2801年、太陽系第三惑星地球からアルデバラン系第二惑星テオリアに政治的統一の中枢を遷し、銀河連邦の成立を宣言した人類は、同年を宇宙歴一年と改元し、銀河系の深奥部と辺境部に向かって飽くなき膨張を開始した……」
「俺は皇帝になるつもりはないし同母姉はいないぞジェレミア!?」
銀河の果てまで向かいそうなジェレミアに、おろおろとしながらルルーシュは頭を撫で摩った。
その後ろではカレンとスザクがこそこそと話していた。
「カレン、君の所のメカニックに連絡した方がいいんじゃないかな……君のせいなんだし、」
「何言ってるのよ。女子高生にいきなり抱き着くあんな筋肉ムキムキアラサー野郎、ロリコンの変態に決まってるじゃない!変態を成敗して何が悪いのよ!」
「いや、ええと、でもさ。同意の上だった訳だし、」
「貧弱もやしのルルーシュがあんないかにも傲慢そうなブリタニア軍人に力尽くで抱き着かれて拒否できる訳ないじゃない!どう見ても痴漢の現行犯だったわよ!」
カレンの言葉にスザクは顎に手をやり、ジェレミアの頭を抱え込んでいるルルーシュを見やりながら考えた。
華奢な17歳の美少女に抱き着く、アラサーのごついブリタニア男。
うん、と頷く。確かに、2人の関係を知らなければ通報していたかもしれない。
「確かにアウ……せ、セウト……?」
「アウトでしょ!」
「いやでも、今のルルーシュはゼロの恰好してるから………」
「………ああ……うん」
スザクの反論はおずおずとした口調ながらも完璧であり、カレンは渋々ながらも頷くしかなかった。
いくら容姿が整っていても、肌にぴっちりと密着する黒一色のゼロの衣装は全ての視線を持って行く。
恰好だけならばルルーシュも十分不審者だ。
それより、とスザクは隣に立つクラスメートを見て息を吐いた。ルルーシュがゼロだったこともショックだが、カレンが紅蓮のパイロットだったこともショックだ。こんなに身近にテロリストがいて気づかないなんて、どこまで自分は腑抜けていたのかと情けなくなってくる。
そして同時に、テロリストでありながらスザクを自室に上げるような真似をするルルーシュの甘さにも溜息を吐いた。幼馴染の自分への甘さが今になってじわじわと沁み込んできた。
「………カレン、君が紅蓮のパイロットだったんだね」
「そうよ」
「ブリタニア人なのにどうして、」
「違うわ、私は日本人とブリタニア人のハーフよ。それに」
カレンは瞳をルルーシュに向けたまま、ふふんと鼻を鳴らした。
「あたしは、ゼロの騎士なんだもの」
「……そう、」
純粋な忠誠心と敬愛が青い瞳に浮かんでいるのを見て、スザクはルルーシュの卓抜したカリスマ性を思い知った。凡人とは一線を画する器があると察知していたものの、ここまで純粋な忠誠心を抱かれるに値する存在だと目の当たりにすると言葉を失う。
そしてふと思う。ゼロがルルーシュであるのならば、ユフィが皇帝になることへ黒の騎士団の賛同が得られるのではないか。
浮かんできた発想は自分が知る天邪鬼だが優しい性根を持つルルーシュの姿に補強され、スザクの中で大きく膨らんだ。
スザクは地面に落ちている割れた仮面を一撫でした後にルルーシュを見た。
ルルーシュはジェレミアの頭を膝にのせてゆっくりと撫でていた。
ジェレミアは暫くうとうととしていたが、徐に起き上がった。ジークフリートから出てきたときより顔色が悪く、虚ろな顔をしていた。
「ジェレミア?」
「治療のため、帰還します」
「どこへ」
「ギアス教団へ。未だ思考明瞭ならず。メンテナンス必要かと。意識清明になるまで帰還できず」
そのままジェレミアはルルーシュを振り返りもせずジークフリートに向かって歩き始めた。
あまりに唐突な宣言にルルーシュはジェレミアを止めようと腕を伸ばしたが、誰かに腕を掴まれた。
苛立ち交じりの視線を向けると、それはC.C.だった。
C.C.の怪我は修復途中であり、細胞が分裂する音さえ聞こえそうな勢いでミンチになった頭蓋を再生していた。しかしひび割れた頭蓋骨の隙間からは未だに脳が空気に晒されており、銃弾で打ち抜かれた足からは骨が見えていた。頭蓋の端に引っかかっている髪は血でぐちゃぐちゃに固まっており、赤くない場所を探す方が困難なほどに全身に血液を浴びている。
しかし生者が生涯経験し得ない激痛を浴びながらもC.C.は欠片も表情を歪めることなく、細腕で傷一つないゼロの仮面をしっかりと抱えていた。
「蜃気楼から予備の仮面を持ってきた。黒の騎士団の援軍が来るぞ。さっさとかぶれ」
「C.C.待ってくれ、ジェレミアが、」
「………あの男は今ギアスキャンセラーの調整を受けている。調整が終わるまであいつの意識は戻ってこない。ここで引き留めても、あれは前の知るジェレミアではないだろう」
「でも俺の名前を呼んだんだ!だから意識は戻っている筈だ!」
C.C.はジークフリートに戻っていくジェレミアに眼を細めた。
「それはあの男の凄まじい精神力によるものだ。いつまでもは続かん――――ギアス教団で完璧に調整が成されるまで待つんだ」
「いやだ!」
C.C.を振り払い、ルルーシュはジークフリートに向かって走った。
ジークフリートが軋む音を立てながら発光する。
上空へと浮かび上がるジークフリートに掴みかかろうとしたルルーシュをカレンが止めた。
「待ってルルーシュ、危ないわ!それに今あなたがいなくなったら日本はどうなるのよ!」
「知ったことかそんなこと、ジェレミア、ジェレミア!」
カレンはカッと頭に血が上り、ルルーシュの頬を張った。
ルルーシュは地面に倒れ伏した。
地べたに倒れたルルーシュの胸倉を掴んで、カレンは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「そんなことって、何よ!一体何人があんたの命令で死んだと思ってんの!?一体何人が、あんたの命令のために命を賭けてると思ってんのよ!!みんなまだ死ぬ気で戦ってんのよ!?ここであんたがいなくなるなんて許される訳ないじゃない!!あなた、ゼロでしょう!?ゼロなんだから、責任をちゃんと果たしなさいよ!!」
カレンの言葉にルルーシュは息を吐いて、唇を引き絞った。
理性で考えるのならば、カレンの言う事は正しい。
日本の命運がかかっているこの戦争からゼロが逃げ出すことは絶対に許されない。
ゼロのせいで何人もの人間が死んだ。それでもゼロが英雄と呼ばれるのは、ゼロの行動の原動力が弱者の救済であり、確実な結果を出してきたからだ。
だからゼロは何があろうとも、より多くの弱者のため、公のために行動し、結果を示し続けなければならない。そうでなければそもそもゼロという殺戮者の存在は許されるものではない。
しかしルルーシュの行動の原動力はいつだってナナリーや、ジェレミアや、ささやかな生活のためだった。それだけで十分だったのだ。3人で穏やかな生活を営むこと以上の望みをルルーシュが抱いたことは一度も無かった。
そのためだけにゼロになった。しかし今やゼロという概念はルルーシュの手から離れていた。
ゼロはより多くの大衆のものであり、そしてゼロの仮面を脱いで自分のために走り出すには、あまりにルルーシュは責任感が強く、誇り高過ぎた。
ルルーシュはエンジン音を唸らせるジークフリートに眼を向けたまま歯を食いしばった。
ジェレミアがあそこにいる。あそこにいるのに。
ジークフリートは上空に飛び上がり、こちらを暫く見下ろし、さらに高高度へと飛び立っていった。
その間ルルーシュはジェレミアに追いつく方法を幾通りも算出することができた。しかし足を動かすことはできなかった。
富士山の麓で行われた行政特区日本の開会式で、何人ものイレブンが死んだ。その血の色をルルーシュはよく覚えていた。その後に湧き起こった歓声も耳の奥に染み込んで離れなくなっている。
ジェレミアの復讐のため、そしてナナリーのために始めた戦いが、本人の意思を取り残して今や違う意味を持っていた。
俯き、C.C.に渡されたゼロの仮面を抱き締める。眼を一度強く瞑り、開く。
そうだ。自分はゼロだ。
そしてまだこの場でやることは残っていた。
「ルルーシュ、」
「………スザクか」
ゆっくりと立ち上がる。腕にあるゼロの仮面を抱えたまま、ルルーシュは素の顔でスザクと対峙した。
スザクはゼロの衣装を身に纏ったルルーシュを前に唇を震わせ、眼を閉じて信じられないと顔を振った。だが次の瞬間には険しい顔でルルーシュを睨んでいる。
剣の切っ先のような眼光に、ルルーシュはうっそりと嗤った。
「そうか、ユフィはゼロが君だって知っていたのか………だから君と戦うなって」
「――――そうかな?お優しい皇女様が、俺とお前が殺し合うのを良しとしなかったためにそう言ったのだとは限らんだろう。俺を殺そうとした罪悪感でそう口にしただけなのかもしれんぞ」
露悪的な口調にスザクは眉根を顰めた。
ルルーシュに騙されるなと自分に言い聞かせる。
ルルーシュは嘘吐きなんだ。他人に対してだけでなく、自分自身に対しても悪辣な嘘を吐く生来の演技者だ。
「ユフィは君を撃つようなことはしない」
「お前も見ただろう。確かにユーフェミアは俺を殺そうとした。それは事実だ」
「君が何かしたんだろう」
確信めいた視線にルルーシュは笑みを深めた。
そうだ。選任騎士とはそうでなくてはならない。
主君よりも主君のことを思いやり、誰よりも主君のことを知っていなくては。
紆余曲折あったものの、確かにスザクは選任騎士に相応しい男へと成長しているようだった。場違いながら、ルルーシュは幼馴染の成長を喜んだ。
しかしルルーシュが顔に浮かびあがらせたのは、喜んでいるというより嘲りを全面に出した悪辣な笑みだった。
「ふん。まあ、お前に誤魔化してもしょうがあるまい。そうだとも。ほんの少し薬剤を飲ませるだけでああも予想通りに動いてくれるとは思わなかったよ。全く、皇族という生き物は単純で助かる」
ブリタニアの騎士であるスザクにギアスなどという常識を覆す異能を知られては困る。
無理のある誤魔化しだろうが、ユーフェミアが自分の意志でゼロを撃っていないという確信を持っているスザクへ与える理由としては十分だろうとルルーシュは踏んでいた。
ルルーシュの言葉にカレンはぎょ、と一瞬目を剥いたが、すぐに息を吐いて気持ちを静めた。
数人の民間人が行政特区日本の騒動の中で死んだ。銃撃を受け、死体が弾け飛んだ光景はカレンの脳裏に未だ強く残っている。しかしそれが必要な犠牲だったのだと言われると、カレンは歯を食いしばりながらも首肯するしかなかった。
銃を手に持つ黒の騎士団団員やブリタニアの軍人ならともかく、一般人が犠牲になることへの嫌悪感は確かにある。そうなるようルルーシュが計算し、ユーフェミアに自分を撃たせたとあれば、あの騒動が起こった責任の一端がゼロにあることはカレンも認めなければならなかった。
だが全責任ではない、ともカレンは思った。そもそも撃ったのはブリタニアだ。ブリタニアが民間人へ銃口を向けなければ何も起こりはしなかった。
そして何より死んだ日本人の数より、ゼロによりこれから救われる日本人の方が遙かに多い。
人の命を数で計ることは許されない。しかし数で計らなければならない立場は確かに存在する。
その矛盾を呑み合わせなければ、日本解放などとどの口で言えるだろうか。日本を解放するために少ないとは言えない犠牲が必要であることなど、はなから承知であったはずだ。
ゼロの所業を卑劣だと責める権利があるとすれば、それは銃を手にしたことの無い潔白な民間人のみにある。
少なくとも自分にはルルーシュを責める権利は無いとカレンは目を瞑った。
スザクは泣きそうに顔を歪めたまま、その視界の中心にルルーシュを据えた。
自分は何もルルーシュのことに気づいていなかったのだ。そのことが悔しくて仕方がなかった。
「やっぱり、君が……ユフィは君の妹だろう。どうしてそんな、酷い事を」
「綺麗事で世界が動くものか。歴史を見ろ。世界を動かした事象は悪事と善行で分類することはできない。可能な事と、不可能な事しかこの世界には存在し得ないのだ。俺は日本を取り戻すことができる。できると確信したのならば、やらないという選択肢は俺には無い。可能性を目の前にぶら下げられながら見過ごす愚行を犯してたまるものか。そうだ。俺はユフィを操り俺を撃たせ、民間人数名を死に追いやった。そうして結果的に日本は戻ってくる。それも最小限の犠牲で!」
「それは間違っている方法だ!」
「では何が正しい方法だ!言ってみろスザク!それともお前は行政特区日本が正しいと本気で思っていたのか!?皇帝の一言で取り消される危険性のある、たった一人の気まぐれで台無しになる可能性のある政策など根本から間違っている!枢木スザク、お前の正義はどこにある!お前が考える正しい方法とはなんだ!自分で何も考えず、何も成し得る事無く、何もかもを他者に委ねるような男に、俺を非難する資格は無い!!」
「――――僕は、」
スザクは歯の根を震わせて首を振った。
「僕は、誰にも死んでほしくないんだ。ブリタニア人にも、日本人にも、誰にも死んでほしくないんだ。それだけなのに」
「人は死ぬ。人がこの世界にある限り、それは免れない」
「でも戦争で死ななくてもいいはずだ。戦争なんて無益なものの中で死ぬために生まれた人なんて、いるはずがない」
「ああそうだとも。戦争は愚行だ。しかし戦争をしなければ虫けらのように殺されるとなれば、最後まであがく手段として戦争を選んだことを非難する権利は誰も持たない。少なくともブリタニアに所属するお前には、日本人を虫けらのように殺そうとしているお前たちには、俺達を非難する権利は無い。俺たちに戦争をするなと言うのならば、ブリタニアが日本から兵を引いて、申し訳なかった、これから日本は自由です、と言えば済む話だったんだ!」
「でも事態はそう単純じゃない。僕はその中で取れる手段を……ああ、そうか。君たちにとってそれこそが……」
「―――俺は自分が絶対的に正しいなどとは言わん。俺がとった手段よりもより良い方法があったという可能性さえ、俺は否定しない。だが実際に行動したのは俺だけであり、ここまで成し得たのは俺だけだ。その事実の前で、お前の言葉は詭弁以上の意味を持ちはしないんだ」
「……事実として、僕は何も成し得なかった。確固とした未来の展望も無かった。そしてあまつさえ僕は日本より、ユフィを取った……そうだね。僕は君が正しいとは思わない。でも――――僕には君を責める資格は無いのか」
スザクはぶんぶんと頭を振り、まっすぐにルルーシュを見た。
子供の頃と随分と瞳の色が変わったとルルーシュは思った。ただ純粋に明るかった碧からどこか仄暗い色がさす翡翠色になり、随分と深みが増した。
今の方がずっと好きな色だ。
「でも……ルルーシュ、ゼロとしての善悪はともかく、ルルーシュが嘘を吐いていたことは疑いようもない。そのことは、僕にも君を責める資格がある筈だ。君は嘘を吐いた。僕とユフィ、そしてナナリーに」
「嘘を吐いた?どんな嘘を吐いたと言うのだ。俺が、」
あからさまに露悪的な口調で話しながらも、ルルーシュはスザクの罵倒を待った。
ゼロとしてならともかく、ルルーシュとしてスザクに不誠実であったことは確かだった。友達だと嘯きながら、自分はスザクに何も言っておらず、あまつさえスザクの好きな人を陥れた。
元より復讐というルルーシュ個人の私情から始めた戦争だ。ゼロの罪業はともかくとして、ルルーシュの身勝手さは糾弾されて当然だとすら思っていた。
真っ直ぐなスザクが自分をどう悪し様に罵ろうと、それは妥当な評価だとルルーシュは薄ら笑いで受け入れようと心に決めた。
スザクは耐えられないと、睨んでいた眼を潤ませた。
「―――大丈夫だっていう、嘘だよ」
スザクはルルーシュに近寄った。カレンとC.C.がルルーシュを庇うように立ち塞がる。
しかしスザクは一歩一歩、ゆっくりとルルーシュへと向かって歩いた。
「いつも君は大丈夫だっていう顔をしていた。自分は平気だって。でも大丈夫じゃないじゃないか。ジェレミアさんが死んだと思って、世界に復讐しようとするぐらい追い詰められていたのに」
ルルーシュはカレンとC.C.を押しのけた。
心配そうな顔をするカレンに微笑む。スザクの口調は罵倒とは程遠く、自嘲の色さえ帯びていた。
ルルーシュがスザクの心情を察するにはそれで充分だった。ルルーシュはスザクにゆっくりと近寄った。
「スザク」
「気づかなかった……いや、気づいていたのに、見ない振りをしていたんだ。君が一人でこんな馬鹿なことをするぐらい居場所を無くしているって。世界に弾き出されたと思い込むぐらいに、追い詰められていたって……」
「スザク、」
「僕は君に同情なんてしないし、君が正しいなんて絶対に思わない。それどころか君は間違っているって今でも思う。僕は君の味方にはなれない。でも、」
スザクはルルーシュに向かって腕を伸ばそうとした。しかしそれは叶わなかった。まるで腕が拒否するように微動だにしない。
どうして自分はルルーシュに触れられないんだろう。訳が分からず両手を見る。
「………どうした、スザク」
「君に謝りたいんだ。それなのに君に触れられないんだ。君のことを許せない訳でも、嫌いな訳でもないのに」
「―――いいんだスザク。いいんだよ」
先ほどまでの口調とは別人のように、ルルーシュは労りのこもった声を出した。
スザクはその声に泣きそうに顔を歪めた。
ルルーシュは女の子なんだ。ユフィとほとんど同い年の、華奢でか弱い女の子なのだ。なのにどうして自分は彼女を助けるどころか、その手を取ることさえできないのだろう。
自分の意志通りにならない腕がもどかしくてしょうがなかった。唇を震わせてスザクは嗚咽した。
「僕は君の友達なのに、なんにも気づかなかったんだ。ごめん、ルルーシュ」
「………いいんだスザク。友達なのに、俺だってなんにも話さなかった。おあいこだから。日本は俺が取り戻すから――――もういいんだよ、スザク」
日本が戻る。スザクはその言葉を聞いて、そのまま蹲って涙を流した。
日本を取り戻すためスザクがブリタニアに渡ってから既に6年近くが経過していた。何度も死ぬ思いをしながら戦い、売国奴と罵られた孤独な日々だった。そしてその歳月の結果、自分は何も成し得る事無くこの日を迎えるのか。
この6年間で自分が得たものは、地位と権力と経験と、新しくできた友人や上司、そして再会できた友人と、ユフィという主君だった。
それで満足できるかと問われれば、うんとスザクは頷くことができた。だから後悔は無い。ただ茫洋とした寂寥感と無力感、そしてようやく終わったという微かな安堵がスザクの心中を溢れるように満たしていて、涙が途切れることは無かった。
幼馴染がこんなふうに悲愴に泣いているところを見るのは初めてで、ルルーシュは戸惑いながら栗色の髪を指先で弄んだ。くるくるとした髪は癖が強くて、ナナリーに似ていた。
「………ユフィを皇帝にする、か。まあ、考えておくよ」
ルルーシュがそう言うと、スザクは泣き声交じりに、うん、と応えた。
後にこの日本解放戦争はブラック・リベリオンと呼称されることになる。
日本の国土で行われた戦争として史上最大規模であったこの戦争は、1日足らずで終結を迎えた。
ブリタニア側の最大戦力と目されていたユーフェミア副総督の選任騎士、枢木スザクは戦争の最中、黒の騎士団エースの紅月カレン及びゼロと対決して敗北を喫することとなった。この敗北が後の結果に大きく影響を及ぼした。
枢木スザク敗北の後、紅月カレンに対する防波堤を無くした総督府は3時間足らずで黒の騎士団に制圧されてしまった。
エリア11総督コーネリア・リ・ブリタニアは親衛隊が殲滅され、選任騎士であったギルフォードが藤堂率いる四聖剣に捕縛された後も、自身でKMFに乗り込み抵抗を続けた。しかし多勢に無勢であり、コーネリアも総督府にて捕縛されることとなった。
捕縛された後、コーネリアは敗北の将として帰国するぐらいなら自害を望むと声高に訴えた。しかしゼロと対面するとそれまでと人が変わったように素直に敗北を受け入れ、ブリタニア本国へ帰国することを了承した。
彼女が持つ濃いロイヤルパープルの瞳は、敗北を受け入れることに耐えられず号泣したのか、赤く染まっていたとの噂がある。
枢木スザクはコーネリアと共にブリタニア本国に戻ることを黙して受け入れた。あれほど望んでいた日本の土を踏むことなく、枢木スザクはブリタニア本国へと帰国した。
その日、エリア11と呼ばれた植民地は永遠に姿を消し、合衆国日本が生まれた。