「お疲れ、オスカルルーシュ!」
「その呼び方はいい加減止めろ」
生徒会室に入るなり肩を叩いてきたリヴァルの頭を叩き返すと、すぱあんと良い音が鳴った。
生徒会室は昨日のシンジュクゲットーでの騒乱を気にもせず、和やかだ。学園という箱庭の中で生きる学生達にとってテロや戦争は生活より遠い所にあるものであり、TV越しの殺傷騒ぎは噂の種にしかならない。
勿論クロヴィスの暗殺が未だ伏せられていることも一因であろうが。
昨日、トウキョウに配属されていたブリタニア軍はたった1日で崩壊寸前まで叩きのめされた。クロヴィスの死亡を発表すれば必ずテロリズムが活性化することを考えると、クロヴィスの死が報道されるまで早くとも今夜までは待つだろう。それまでは少なくとも平穏な時間が確約されている。
時刻はもうすぐ放課後にさしかかる時間帯であり、部活動の声はまだ聞こえてこない。
学校というより高級ホテルのような内装をしている生徒会室には、副会長のルルーシュと、リヴァル、ニーナが次の学園祭の予算のために詰めていた。シャーリーは水泳部のために遅れることは聞いているが、ミレイに関しては不明だ。
「リヴァル、会長はどうした」
「あー、確か料理部に相談があるとか言ってたぜ」
「次の学園祭の準備に関わりがあるのかも……」
「……次は何の祭りを企画しているのか聞いたか?」
「聞いてねえけど、多分近いうちにやるんだろ」
うんうん、とリヴァルとニーナは揃って首を縦に振る。
学園祭をやるのは良いが、その予算を組むのは主にルルーシュの役目だ。今度はどんな破天荒な祭りを思いつくのかと考えると頭が痛くなる。
ミレイの趣味は学園祭だ。ミレイあるところに祭りあり。類まれな発想力とカリスマ性は学生とは思えない程に優れているのだろうが、その方向性が間違っている気がしなくもない。
自分の席に座って各部活の報告書を纏めながら、ルルーシュは在校生の資料に目を通した。
ブリタニアの中でも有数の名家であるシュタットフェルト家の令嬢、カレン・シュタットフェルトが気の弱そうな目をして写真の向こうからこちらを見ている。
赤みの強い髪は肩に触れる程度で切り揃えられ、肌は健康的に黄色を帯びている。一見すると線が細い印象を受けるが、首回りや腕を眺めると公爵家の令嬢にしてはやけにしっかりと筋力がある。
雰囲気は随分と違うが容姿は昨夜遭遇したテロリストと相違ない。体が弱いという理由を建前に学校を休み、テロ活動に時間を割いているのだろう。
時間を見てギアスで詳細を聞くかと思考するルルーシュの横で、リヴァルは未決済の書類を前に現実逃避をしているようだった。椅子の上で胡坐をかいて書類を適当に眺めている。
「そういえばこの前の男女逆転祭りだったよな、オスカルルーシュっていう呼び名が定着したのって」
「嫌なことを思い出させるな……」
これまでの学園祭でワースト3に入る結果となった祭りを思い出し、ルルーシュは胃痛と吐気で机に手をついた。
男が女装して女が男装するという趣旨の祭りで、女である筈のルルーシュは女装をする羽目になった。ミレイ曰く、「だっていつも男装だからそのままだと面白くないじゃない!」らしい。
別にドレスを着るのは良かったのだ。抵抗が無いわけでは無いが、そういうイベントなのだと思えば祭りのテンションでドレスを着たまま校内を歩くのも吝かではない。問題は周囲の反応だった。
男女逆転祭りは警察沙汰寸前の騒ぎを引き起こすという惨事に終わった。
その惨事の結果、つけられた綽名がオスカルルーシュである。
「凄かったよね、ルルーシュの人気」
「学生どころか一般参加者、果ては先生からも告白されて、押し付けられたプレゼントで生徒会室が埋まるっていう、もう恐怖体験っつっても過言じゃない事態になってたよな」
「笑うなリヴァル。初対面の中年男にでかいダイヤの指輪を押し付けられる恐怖がおまえに分かるか?ただの教師としか思っていなかった男に公衆の面前でプロポーズされる気持ちが分かるか?」
リヴァルは天井を仰ぎ、眉根を顰めて口を手で覆った。
「………キモイ」
「惨事だったわよね」
「あの一件で俺は決めたんだ。二度とドレスは着ないと」
手に持っていた書類をルルーシュは握りつぶした。思い出しても鳥肌が立つ。
女生徒に告白されるのも、男子生徒に告白されるのも慣れているから別に良い。丁重にお断りすれば済む話だ。
しかし一般参加で来場した成人男性にぐいぐい迫られると眩暈や吐き気で動けなくなってしまう。咄嗟の所でミレイとジェレミアが助けに来てくれていなければどうなっていたか、考えたくも無い。
「いやでもさあ、ここエリア11だし。ジャパンコミック読んでる奴多いし。男装の麗人が身近にいればオスカルって呼んじまうのもしょうがなくね?」
「だからその呼び方は止めろ。惨事を思い出して吐き気がする」
「だったら男装止めればいいじゃん」
「スカートは嫌いなんだ。寒いし歩き辛い」
「下にジャージでも着れば」
「恰好悪いだろう」
「カッコつけ……」
書類でリヴァルの頭をすぱんと叩き、ルルーシュは席を立った。手には分厚い書類を持っている。
「会長を探してくる。サインが無いと決算ができない」
「ミレイちゃんならまだ調理室にいると思うわ。学園祭についての相談なら長くかかるだろうし」
「分かった。ありがとうニーナ」
紙をひらひらとはためかせながらルルーシュは生徒会室を出た。
生徒会室から廊下に出て高等部棟に向かう。2年生の教室は2階にある。カレンは帰宅部であり、そろそろHRも終わって下駄箱に向かう頃だ。
2階の廊下に差し掛かり窓から下を見下ろすと、赤毛の大人し気な少女が見えた。眼を気弱そうに塞ぎがちにしており、背を丸めて人目につかないよう小股で歩いている。
昨日は短慮で勝気な少女にしか見えなかったが、今は髪型を少し変えているだけだというのに深窓の令嬢のように見えた。
随分と分厚い猫を被っているらしい。隠密活動も求められるテロリストとしては見事な変装だ。
ルルーシュは急いで一階に降りて外に出た。部活動の声が遠くからさかんに聞こえてくるが、周囲にはカレン以外の生徒はいない。
穏やかな笑顔を作りながらカレンに近づく。
「こんにちは」
「……?こんにちは」
いきなり声をかけられておずおずと振り返るカレンに、不審に思われない範囲で近寄る。
こうして見るとカレンは美少女に分類される容貌をしていた。はっきりとした目鼻立ちとアジア人のようなバター色の肌が見事に合わさり、エキゾチックな風貌に昇華されている。伏せがちな青い瞳は顔を上げればきっと大きく見えるだろう。
カレンがまごう事なき令嬢と人に思わせることができているのは、演技よりもこの整った容姿が最大の理由なのかもしれない。
「カレンさんだよね。ちょっといいかな。話したいことがあって」
「ええと、何?」
カレンはこてんと首を傾げた。眼には警戒の色が滲んでいる。
ルルーシュは穏やかな笑顔を保ったままカレンの眼を覗き込んだ。
「俺の質問に答えろ」
ぽかんと首を傾げていたカレンは、しかし瞬時に眼の淵を赤く燃え上がらせた。
「———何?」
気弱そうな態度が一変し、鼻をつんと尖らせた、いかにも気の強そうな少女が顔を出した。これでもかと眉根を顰めて胸を張り、大きな目を威嚇するように見開いている。
見ようによっては相手を小馬鹿にしているような態度とも言える。傲慢な貴族らしい気性が態度の端から見え隠れしていた。
ルルーシュもクラスメイトを気遣う副生徒会長の仮面を放り投げて腕を組む。
「おまえは昨日シンジュクにいたテロリストのメンバーか」
「そうよ。私は扇グループの一員、紅月カレンよ」
「なぜテロに参加する。君はシュタットフェルト家の令嬢だろう」
「ふん。ブリタニア人は何も分かっちゃいないのね」
カレンは鼻で笑って肩を竦めた。
「日本人が不当にブリタニアに虐げられてるのを見過ごせないのよ。当然でしょ。それに私は日本人とブリタニア人のハーフだから尚更だわ。お兄ちゃんもブリタニア軍に殺されちゃった。復讐しないと気が済まないの」
「———そうか」
日本人の血が入っているから、という理由はルルーシュにとり全く理解できないものだったが、実兄を殺されたという理由は納得するのに十分なものだった。
「グループは何人いる。どこが本拠地だ」
「メンバーは今のところ23人。本拠地はツキシマよ。奪ったKMFや資金なんかも全部そこに置いてあるわ」
「リーダーの扇はどんな人物だ」
「お兄ちゃんの友達で、いい人よ。皆を纏めてくれる優しい人」
「決断力はあるのか?実績は?」
「………決断力はあんまり無いわ。作戦を計画することもできないし、指揮能力も無いわね。ピンチの時は私がどうするのか決めてることが多いし。お兄ちゃんが生きてる時はお兄ちゃんがリーダーで、日本人を保護したり食料なんかを奪取したりする作戦が出来ていたんだけど……扇さんがリーダーになってからちゃんとした成果は無いわ」
直属の部下であるのにここまで低い評価だとは。よくもまあこれまで生き残ったものだと感心してしまう。
扇グループと名乗っている割に扇の能力はそう高くはないらしい。
ならば付け入る隙も多いか。揺さぶりをかけて、丸ごと自分の傘下に加えることも容易だろう。
「そうか、分かった。もういいぞ」
そう言った瞬間に眼の淵の色が元の濃い青色に戻り、カレンは首を傾げた。眠気を覚ますように目を擦っている。
気の強そうな容姿が戻り、元の気の弱い令嬢が顔を出した。
「………あの、何か御用?」
「君があまり学校に来れていないと聞いたから心配になったんだ。俺は副生徒会長のルルーシュ。同じクラスだし、何か力になれることがあれば教えて欲しい」
「え、はい。ありがとう」
同じクラスだと聞いて、確かにカレンは男の顔に見覚えがあると気づいた。
これまでほとんど不登校であったカレンでさえ覚えている程に男は記憶によく残る顔立ちをしていた。優れた容姿に同じクラスの女子が騒いでいたことを覚えている。
確かにこうして真正面から眺めると、男の顔は背筋が凍る程に整っていた。そのせいか人間であれば必ず存在する筈の瑕疵が感じられず、暖かみが無い。確かに美しいがあまり長く眺めていたくは無い容姿だとカレンは思った。
「ああそれと、」
「え?」
「今日この場で話したことは忘れて貰おうか」
「……ええと、どういうこと?」
結局力になってくれる気なのか、それとも実は全くそんな気は無いのか。
男の意図が分からずきょとんとしたカレンにルルーシュは眼を見開き、すぐに微笑んだ。
「いや、気にしないでくれ。これからもよろしく」
「よろしくルルーシュ。じゃあ私はこれで」
握手をしてカレンはその場を離れた。
生徒会室へ戻るルルーシュが、「回数制限でもあるのか」と呟いた言葉はカレンには聞こえなかった。
■ ■ ■
陽気な学校生活は外の世界から閉ざされており、昨日の出来事をまるで嘘だったかのように思わせてくれた。
しかし夜になると、ルルーシュは一人減った生活を否が応でも自覚するしかなかった。
存在するだけで騒がしい男がいなくなると、食卓は不自然なまでに静かになる。
ルルーシュはできる限り普段通りに振る舞いながら、肉を一口サイズに切って雛鳥のように開けられた口へと放り込んだ。あむあむと咀嚼する頬にソースがついていて笑いながら指で拭う。ナナリーは恥ずかしそうに頬を赤らめながら頬をナプキンで擦った。
「それにしてもいきなりE.U.の分社に移転になるなんて、ジェレミアさんも大変ですね」
「事業が順調で人手が足りなくなったせいだから、いいことではあるんだよ」
「心配です。E.U.では言葉が通じるんでしょうか」
「ブリタニア軍にいた頃はE.U.に派遣されていたこともあるから大丈夫さ」
ナナリーに食べさせることに夢中で自分はほとんど食べていないが、元々食が細いこともありルルーシュは気にせずナナリーの皿に盛りつけられている肉を小さく切っていた。
普段と変わらないルルーシュの様子にナナリーは寂しくなった。いつも自分達を護ってくれているジェレミアがいなくなって、この兄は何とも思わないのだろうか。
大きな仕事だから少なくとも数か月は帰って来ないと聞いている。その間自分達2人で過ごすなど想像するだけで心細い。
血は繋がっていないけれど、自分達兄妹とずっと一緒にいるジェレミアのことを家族のように思っているナナリーは多分の意趣も含めてルルーシュに問いかけた。
「お兄様はジェレミアさんがいなくなって寂しくないんですか?」
「寂しいよ。でもしょうがないからね」
微笑んでナナリーの髪を撫でる。
言い出す機会を逃し続けたせいでナナリーは未だにルルーシュを男だと思っており、姉ではなく兄と呼ぶ。ナナリーはぷんと頬を膨らませた。
「確かにお兄様はお仕事で会うこともありますものね」
「まさか。仕事が忙しいから俺もあんまり会いに行くことができないし、寂しいのはナナリーと一緒だよ」
「本当ですか?」
「本当さ」
はい、とまたナナリーの口の中に肉を入れる。
ナイフを握る拳は微かに震え、血管が浮き出る程に握り締められていた。
学校に行っている間は忘れることができた、ジェレミアがいないという現実はあまりに重かった。
ジェレミアの腕は昨晩の内に燃やした。
人肉が焼ける臭いはもう嗅ぎ慣れている。しかし生前知り合いだった人間の腕が焼けて炭となり、熾火の中で真珠のような白い骨が涙のようにぽつぽつと落ちているのを拾った時は、悲しみなのか怒りなのかよく分からない渦巻きが胸の中をぐるぐるとかき回した。
吐き出しようも無い波に揉まれてルルーシュは涙と汗を噴き出しながら、骨を空箱に詰めて地面に穴を掘った。
汗と涙で顔をぐしゃぐしゃにして爪に泥を混じらせたまま、ルルーシュは端末からジェレミアの長期療養を申請した。偶然テロに巻き込まれて一命は取り留めたものの、暫く仕事をすることは不可能だと部下には説明しており、今は郊外の病院に入院していることにしてある。
平時であればこんな嘘がまかり通る訳は無いが、シンジュク事変の最中であったことが幸いした。ブリタニア軍とテロリストの紛争に巻き込まれて重傷を負ったブリタニア人は少なく無い。身元不明のまま救急搬送されたブリタニア人も多く、その中に戸籍の無い成人男性を1人捻じ込むことは容易かった。
正式な戸籍の無いジェレミアの死亡診断書は作れない。機を見て退職させて、本国へ帰ったとするしかない。
歯を食いしばる。
嘘ばっかりだ。しかし嘘を吐くしかないのだ。
ルルーシュはナナリーにも嘘を吐いていた。
ナナリーに余計な心配をかけないためにジェレミアはE.U.に転勤したと伝えている。しかしいつかは真実を言わなければならない。
だがどうやってナナリーに告げればいいのか分からない。そんな余裕も、無い。
5年前もそうだった。日本に捨てられたことをどうやってナナリーに告げればいいのか分からず、結局ナナリーが自分で気づくまでルルーシュはナナリーに嘘を吐いていた。
それが間違っていると、真実を言うべきだと知っていて、しかしルルーシュはその切り出し方は知らなかった。
何しろルルーシュもその手でジェレミアの墓を掘っていながらジェレミアの死を受け止め切れていないのだから。
5年前日本に捨てられて、さらに自分が女であると知ったときと同じように、また自分はナナリーを騙している。まだ自分が受け止め切れていないからと理由をつけて先伸ばしにしているだけだ。
このままではいけない。ナナリーには、ナナリーにだけは真実を伝えないと。
ナナリーにだけは嘘を吐いてはいけないんだ。
ルルーシュは強張る指を開いてナイフを置いた。
傍に座るナナリーに向き直って躊躇いながらも口を開く。
「ナナリー」
「…?はい、」
「その、聞いて欲しいことがある。驚くかもしれないけど」
「ええ。なんでしょう」
ナナリーは眼を閉じたままルルーシュを見上げた。
5年前よりもずっと可愛らしくなった。しかし純粋無垢な性根は全く変わらない。ナナリーはきっと何を言っても、荒唐無稽だと笑いはしないだろう。
ルルーシュは息を詰め、大きく吐き出した。
「……ジェレミアのことなんだが、あいつは……」
『———番組の途中ですが、緊急ニュースをお伝えします』
ルルーシュは言葉の途中で口を噤んで画面を見やった。
生真面目そうなキャスターが巨大なクロヴィスの写真をバックに緊張で紅潮した顔で喋っている。
『昨夜のシンジュク事変で、神聖ブリタニア帝国第3皇子であられますクロヴィス・ラ・ブリタニア殿下が御逝去なされました』
画面いっぱいに背中に薔薇でも背負っていそうなクロヴィスの華やかな顔が映し出された。
ナナリーが息を呑み、信じられないとばかりに体を震わせる。ルルーシュはその隣で興味なさげにテレビから視線を逸らした。
報道は思っていたより早いが、予測範囲内だ。恐らくは後任の総督が早々に決まったのだろう。
「お、お兄様、クロヴィスお兄様が、」
「ああナナリー。酷い事だ」
「あんなに、あんなに優しいお兄様が、どうして」
震えるナナリーを宥めるように背中を撫でる。
優しいか。ルルーシュは眼を伏せた。
確かにクロヴィスは自分達には優しかった。幼いナナリーがクロヴィスの死に衝撃を受けるのも当然だろう。
しかしルルーシュの心情は冷え切っていた。凍った湖面のように何も感じない。
殺したことへの後悔や反省が無いだけではなく、実兄を殺してあるべき動揺が無い。あるいは復讐を志してからルルーシュの情動も死に絶えたのかもしれなかった。たとえ死んではいなくとも、鈍くはなっているだろう。
しかしそんなルルーシュも次にテレビから報じられた発現には驚愕した。
『犯人として現在、名誉ブリタニア人である枢木スザク准尉が総督府に拘留されております。総督代理に就任なされましたキューエル・ソレイシィ卿は、枢木スザク准尉がクロヴィス殿下を手にかけた可能性は非常に高いとコメントしており————』
「スザクさんが!?」
「馬鹿な!」
テレビには粛々とした面持ちで手錠をかけられているスザクが映っていた。沈んだ顔をしてはいるが顔色は悪くない。理解が出来ないと視線を周囲に走らせている姿は迷子の子犬のようだ。
ルルーシュは爪を噛んだ。想定外だ。
スザクは特派に所属する騎士としてシュナイゼルの庇護下にある。後見人であるノート・マクスウェルからは息子のように扱われ、名誉ブリタニア人であってもその立ち位置は堅い筈だ。
スザクをクロヴィス殺害の犯人に仕立て上げるなど、シュナイゼルに真っ向から喧嘩を売るようなものだ。ブリタニアで最も権勢のあるシュナイゼル、もといエル家に喧嘩を売る馬鹿はそうそういない。
それをキューエル、純血派が?名誉ブリタニア人であるスザクに敵対はしていても、シュナイゼルが背後にいることが分かっていて手を出す道理は無い。
「お兄様、スザクさんが、スザクさんが!何かの間違いです!スザクさんはクロヴィスお兄様を殺すような人ではありません!」
「分かっているよナナリー。何かの間違いだ。すぐに分かるさ」
「そうですよね、裁判ですぐに無罪になりますよね」
震えるナナリーを抱き締める。柔らかい髪に指を絡めた。
「すぐに釈放されるさ。あいつが暗殺なんて器用な真似ができる筈が無いだろう」
ナナリーの髪を撫でながら、ルルーシュは扇グループへの連絡、そして枢木スザク救出のための算段を脳内で即座に打ち立て始めた。
これ以上奪われてたまるものかと歯軋りしながら、ルルーシュの思考は目まぐるしく回転した。
■ ■ ■
イレブン1人を運ぶだけだというのに、随分と物々しい警備だとスザクは呆れていた。
見回す限りでKMFは20台、その先頭には純潔派のリーダーであるキューエル卿が指揮を執っている。スザクは手足を拘束されて舞台のような形をしているトラックの上に掲げられていた。まるで看板にでもなった気分だった。
夜中だというのに道の左右にはブリタニア人が詰めかけており、口々にクロヴィスを殺害したスザクを罵っている。中には涙を浮かべてスザクに石を投げる熱心な帝国臣民もいた。
分かりやす過ぎるプロバガンダにスザクは傷つくことを通り越して、呆れていた。
「……判断、早すぎじゃないかな」
スザクは他人事のようにぼやいた。
頬に石がぶち当たり、地味に痛い。
何しろスザクは正当な騎士だ。それもシュナイゼルの部下として15歳の頃から働き、士官学校を経ることなく実力で騎士の座を勝ち取った、名実共に騎士として認められている世にも珍しい名誉ブリタニア人だ。
そんな自分をこんな扱いで裁判所まで護送しようというのだから、クロヴィスを殺害したという歴とした証拠が無ければおかしい。だというのにキューエルから尋問された時には明らかな証拠は提示されなかった。
証拠も無いというのにシュナイゼルの部下である自分を公然と犯人扱いして、何のつもりだろうか。
今度は石が額にぶち当たる。顔を集中的に狙うのは止めて欲しいとスザクは切実に思った。
自分がルルーシュやシュナイゼルのような絶世の美男だとは全く思っていないが、顔に傷ができるとこれまで以上に人々から遠巻きにされることは目に見えている。
ただでさえイレブンの騎士という肩書のせいでブリタニア人からも名誉ブリタニア人からも嫌われているのに、これで顔も怖いとなってしまうと評判が悪くなることこの上無い。
とはいえクロヴィスを殺したと判決されてしまうと銃殺刑まっしぐらなため、評判など今は気にしている場合ではないと分かってはいる。だが今はもう現実逃避でもしなければやっていけない。
何しろスザクはまだ裁判も受けていないのだ。判決どころか裁判所に未だ一歩も踏み入れていないというのにこの調子では、開廷されれば一方的に弾劾されるだけだということは予想がつく。
ナンバーズがブリタニア人を傷つけた場合の裁判は、一方的にナンバーズの人権を剥奪するブリタニア人向けのショーだ。自分の場合は相手が皇族であり、ショーどころかリンチになるかもしれない。
最早こうなればスザクは上司であるシュナイゼルに望みを託すしか無かった。人柄も良く、公明正大なシュナイゼルであればスザクの無罪を主張してくれるだろう。
しかしシュナイゼルがスザクの裁判に間に合うかは解らない。シュナイゼルはE.U.におり、クロヴィス殺害の報は流石に聞いているだろうが、その犯人がスザクとされていることまでは知らないかもしれない。知っていたとして、短時間でスザクの無罪を裁判で主張するだけの証拠を集められるだろうか。
スザクは天を仰いだ。もう自分にできることは無いと気づいていた。歯がゆいが、これが自分の行く末だというのならば受け入れるしかない。
クロヴィスを殺害などしていないが、これまで殺してきた敵兵の罪のために処刑されるというのならばスザクは逃れることはできなかった。
長く続くブリタニア人の観客のど真ん中をキューエル率いるブリタニア軍が進んでいく。まるで凱旋パレードのような華やかさだ。もしキューエルがクロヴィスの派手好きさを慮ってこんな趣向を凝らしたと言うのなら、その忠誠は確かに素晴らしい。
しかし整然と行進していた全ての車は橋の途中で突如として足を止めてしまった。
何だと前を見る。クロヴィスの護送車と同じ装飾を施された車がこちらに向かって来ていた。
皇族の護送車を装うというあまりに不遜で堂々とした登場にスザクは唖然と口を開いた。不敬なんてものではない。ここまであからさまにブリタニアに喧嘩を売る馬鹿はテロリストにもそうはいない。
車の前面に垂らされていたブリタニアの国章が燃え上がり、その中に佇む一人の男を露にした。
奇妙な恰好をした男だ。黒いマントをはためかせて尖った仮面を被っている。街中にいれば間違いなく不審者として通報されるだろう。指先は手袋で覆われ、さらに足先までを覆うズボンのせいで肌色が全く分からない。年齢も人種も不明。だがスーツのような形状をした服と高い身長から恐らくは男性だろうと推測された。
「だ、誰だ!」
あまりに不審な人物に先頭を進んでいたキューエルが叫び声を上げる。
ヒステリーの気のあるキューエルは、残念ながら総督代理としての器は無いようだった。総督代理の職務によるストレスのせいで、最近はありとあらゆることへ神経質になっている。
大役である枢木スザクの護送の途中ともなれば、尚更イレギュラーへの苛立ちも強い。
「私か?」
ボイスチェンジャーでも使っているのか男の声は機械で加工されて冷たい印象を与えた。しかし脳の奥底まで痺れるような迫力ある声はキューエルを黙らせるのに十分なだけの迫力があった。その声はシャルルにも似た、為政者特有の重量を感じる声だった。
男は演技のような大げさな動作で両腕を夜空に掲げた。
「私はゼロ。全ての弱者の庇護者であり、ブリタニアへの反旗を翻す先達である!!」