「反旗を翻すだと……我がブリタニアへなんたる不遜な、薄汚いテロリストが!」
キューエルが拳をKMFに叩き付けた。神経質な気質を表すような細い金髪がはらはらと揺れる。
周囲のブリタニア軍は困惑しながらも銃口をゼロに向けていた。キューエルの合図があればいつでもゼロの身体には無数の穴が開き、血飛沫が飛び散ることになる。
しかしゼロは片手を上げてキューエルを制した。周囲を敵に囲まれているとは思えない態度に思わずキューエルはたじろいだ。何かの罠か、仕掛けでもあるのか。息を荒くしながらキューエルはゼロを見上げた。
変声機のせいか、冷然とした声が周囲に轟く。
「私はテロリストではない。虐げられている全ての人々の代表として、ここで声を上げるためにやってきたのだ」
「虐げられているだと?はっ、誰のことだか」
「自覚が無いのか。貴様らがナンバーズと呼ぶ、この地に住まう人々のことだ」
「ナンバーズはブリタニアのおかげで劣等種族から脱却できるのだ!感謝されこそすれ、虐げられているなどとは被害者面甚だしい!」
「そうか。劣等種族と呼ぶか。では劣等とは何だ?劣っているとは何なのだ?」
奇妙な形状をした黒い仮面の向こうで、ゼロは静かにキューエルを見据えた。
表情も無く、年齢も人種も分からない。恐らくは男だろうということしか分からない。キューエルはその仮面の中で喋っているのはもしや人ではないのではと錯覚した。
一瞬の錯覚であったが、それはキューエルに恐慌を齎すのに十分な時間だった。
「っ、あ、あんな男の口車に乗るものか、撃て!撃つんだ!」
「これを見ても撃てと言えるのか?」
ゼロが高く手を上げた瞬間、護送車の外装が剥がれ落ちた。
衆目の中、半球状の巨大な物体が露となった。金属光沢のある球体は数か所がボルトで固定されており、何かの工業製品のようにも見えた。
しかしキューエルにはそれが何なのかを即座に理解することができた。
テロリストに毒ガスを強奪されたことがきっかけで起こったシンジュク事変。その陣頭指揮を執ったのはキューエルだった。
あれは、テロリストに強奪された毒ガスの運搬装置だ。
「あの男……っ」
キューエルは慌てて手元の液晶画面を見下ろした。一般人を示す白色に、味方のKMFを示す青色が橋に沿うように何十と光っている。
裁判所へと至るこの橋には一般人だけでなく、トウキョウに残った数少ないKMF、それに精鋭のブリタニア兵が集結している。只でさえシンジュク事変により戦力が激減している今、さらなる戦力損失を重ねる訳にはいかない。
これ以上の戦力低下は総督不在であるエリア11全体でのテロ活動を活性化する恐れがある。
「くそ、撃つな!撃つなよ!」
両手を振り回しながらKMFの上でキューエルは大声で騒いだ。みっともないと自覚している。しかし今ここで余計な兵を消耗することだけはできなかった。
それは偏にブリタニアのためであり、近いうちに総督に就任するコーネリアのためでもあった。
錯綜する総督代理の命令に混乱するブリタニアの兵を尻目に一人、ゼロは報道陣から照らされるライトを浴びて堂々と立っていた。
マントを羽織り誤魔化しているようだが、よく見ればゼロは大柄とは言えない。むしろ細身で、身長はやや高めだが見上げる程の大男という訳でも無い。
しかし実物よりもゼロは遙かに巨大に見えた。ブリタニアの前に立ち塞がる巨大な壁のようだった。それはゼロの身に纏う為政者の風格と、物怖じしない態度が実物よりゼロを大きく見せかけているためだった。
テロリストだというのにあまりに不遜な態度、堂々とした物腰に、熱心なブリタニア臣民も男を非難する言葉を忘れた。
「諸君らよ、まずはここに宣言する。私は全ての人々に公平に、自分の正義を口にする権利と、銃撃を恐れず、暴力を恐れず生活し、家族を愛する権利を主張するためにここに来た!これは全ての人々に公平に与えられるべき権利だ!ブリタニア人も、ヨーロッパ人も、中国人も、勿論日本人も、分け隔てなくこの権利は保障されるべきであり、そのために全ての国は存在する!!つまり、この権利を害するブリタニアという国の正義を私は認めない!」
「テレビを止めろ!」
キューエルの叫びに警備兵達はカメラを担いだ報道陣を抑えにかかった。
しかし報道陣は組み付いて地面に押さえつけようとする兵士に真っ向から抗った。兵士達を跳ねのけ、地べたに縫い付けられながらもカメラをゼロに向ける。
寸前まで静まり返っていた報道陣はにわかに殺気立ち、一心不乱にゼロの姿をカメラに収めようとトラックに押し寄せていた。
国営テレビ局に所属する彼らが魅入られたようにゼロにカメラを向けるのは、ここまで大々的なテロリストの演説が珍しいという理由だけでは無かった。
ゼロは人を惹きつける。まるで全身から光り輝く神意と呼称されるべき圧を発しているようで、目を惹かずにはいられない。
何より声だ。耳に心地よい緩急と高低を付けた声は、叫んでいる風でもないのに地鳴りのようにわんわんとよく響く。脳をひっ掴んで揺さぶる声は聴衆をそのままゼロの追従者へと変貌させる。
天性のカリスマと呼ぶべきゼロの才をこの場にいる全員が肌で感じ取っていた。熱心なブリタニア臣民でさえ今やゼロの言葉に耳を傾けている。
カメラを手に持つ人々は、この光景は何が何でも他者に見せなければ気が済まないと必死になっていた。
もっと他の人間にこの奇妙な男を知って欲しい。そして彼らがどう思うか知りたい。それは自分の感動を他人と共有したいという、損得の無い純粋な好奇心からなる情動だった。
「離せ軍人野郎め!」
「報道を続ける奴らはテロの支援をしているとみなすぞ!」
「こっちは総督代理のキューエル卿から正式な権利を得ているテレビ局だぞ!」
「状況が変わったんだ!テロの演説なんぞ流すな!」
「馬鹿野郎!止めるな!死んでも止めるな!」
カメラマン達を押し留めるブリタニア兵の隙間から、一人の男が警備兵どころかKMFさえ押し退けんばかりの勢いで躍り出た。男はKMFに踏みつぶされることさえ厭わない勢いで軍人達の隙間を走り、トラックの真正面へと身を投げ出す。
ブリタニア人らしい彫りの深い顔と後頭部で括った長い金髪を翻して、ディートハルトはゼロを抉る様にカメラ越しに臨んでいた。
「ここでカメラを止める奴は報道屋なんてやめちまえ!全員死んでも止めるなよ!」
ディートハルトは笑いが止まらなかった。
つまらないブリタニアを賛辞するばかりの仕事に近年は嫌気がさしていた。同じような内容を同じような編集で垂れ流す、死ぬまで続く錯覚さえするルーティーンワークは時間どころか生気さえ奪っていく。現場でカメラを担ぐ立場から離れたのも久しい。
これも役職が上がり、血気盛んとは言えない年齢になってしまったせいかと半ば諦めてさえいた。
それがどうだろう。重いカメラを担いでいきなり走り出したせいで胸が弾けんばかりに踊っている。しかし視界は痛い程に鮮明で、ゼロの声は脳を揺さぶるばかりに大きく聞こえた。世界が輝いて見えるようだった。
そうだ、これだ。これが欲しくて自分は報道屋になったんじゃないか。
それがなんで自分はこんな所にいるんだ。こんなつまらない仕事をするために生まれてきた訳じゃないだろうに。
背筋を震わせる感動と興奮は快感となって全身を駆け巡る。この感動を全世界に伝えたい。そうすればきっと、世界は変わる。
どうして忘れていたんだ。この仕事は命をかける価値がある仕事なんだ。
ゼロは警備兵を掻き分けて駆け寄ってきたディートハルトの持つカメラに視線を向けた。ディートハルトは冷徹な視線に背筋をびくりと震わせるも、カメラを持つ手だけは根性で微塵たりとも揺らがせなかった。
同時にエリア11全土のテレビにゼロの仮面が映る。
世界がゼロという存在を知った瞬間だった。
「諸君らよ、差別なく、他者を貴ぶ心を持ち合わせる全ての人よ!私は銃を持たず、暴力を以て他者を蔑む意思を持たない者を害するつもりは全く無い!私の敵はブリタニアという国であり、ブリタニア軍人であり、ブリタニア人ではない!
私の敵は人種という些細な事柄を喚きたてるブリタニアという悪だ!いくら暴力を振るっても、殺しても、蔑んでも、自分に返ってくることは許されないという、強者の思考という名の巨大な悪だ!
そんな悪を、私は許さない!」
ゼロは大きく息を吸った。ほんの少し首を横へと向ける。スザクはゼロが自分を向いたように思った。しかし黒い仮面のせいでゼロの瞳が本当はどこを向いていたのかは分からない。それどころか表情の読めないゼロが一体本当は何を考えているのかスザクには皆目見当がつかなかった。
ゼロはすぐに前を向き、眩いカメラと民衆の視線を真正面から受け止めた。
「クロヴィス・ラ・ブリタニアを殺害したのは私だ!!」
一瞬エリア11全土が静寂に陥った。直接に、あるいはテレビ越しに、エリア11に住む人々の視線は驚愕と共にゼロへ向いた。
そして静寂に続いて、爆発のような悲鳴と怒号、そして歓声が湧き起こった。
「な、はあ?」
「ゼロ、ゼロ……まさにカオスだ!」
「あの男が?」
「クロヴィス殿下を殺したって、テロリストが!?」
「何なんだあの男は!!」
「撃て、もういい撃ち殺せ!」
「馬鹿止めろ!毒ガスが!」
「あんな化け物を生かしておく訳にはいかない!」
「早く逃げましょう!」
騒ぎが騒ぎを呼び、最早収集が付かない騒ぎと成り果てている。
その中心でゼロが片手を上げた。
瞬時に周囲が静まる。ブリタニア兵でさえ恐怖と共に口を閉じた。
次は何を言うのかとゼロに注目が集まる。
しかしゼロが口を開く前にその周囲に人影が現れた。黒を基調とした服装に身を包んだ男女がゼロの後ろに立ち並ぶ。その数は多くは無い。この場にいるブリタニア兵よりも少ない程だ。
しかし揃いの服装に、顔を隠した威圧感はこれまでの散逸的なテロ活動を繰り返すテロリストとは違う異様な雰囲気を発していた。
「我々は、黒の騎士団!巨悪を討つために悪を成す、弱者を踏みにじる全ての強者の敵であり、全ての弱者の味方である!!」
ゼロの宣言と同時に、スザクを縛っていた手錠が破裂するように千切られた。突如として解放されたスザクがよろめきながら床に手をつく。
見上げると、ゼロの隣に立っていた女が手に銃を構えていた。手錠を撃ったのか。
何が起こっているのか未だに思考が追いついていないスザクの両脇を、黒の騎士団を名乗った団員達が担いでゼロの元へと引きずって行く。
「ま、待って、貴方たちは、」
「説明は後だ枢木スザク」
有無を言わせない口調で黒の騎士団はスザクをトラックへと運ぶ。
抵抗しようにも武器は無く、あの毒ガスが本物なのだとすれば周囲の人間も危うい。スザクは大人しく黒の騎士団に連行されることとなった。
目の前でむざむざと攫われて行くスザクの姿にキューエルは頭を抱えて金切り声を上げながらゼロを指さした。
この機に枢木スザクを、シュナイゼルを陥れる薄汚いナンバーズを始末してやろうと思っていたのになんたることか。
「貴様ら、ゴミ共め、只では済まんぞっ、殺してやる!ゼロ、殺してやる!」
「結構だ!殺される程度の覚悟も無しに私は人を殺しはしない!撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ!ブリタニアも、私達も、そこに一切の違いは無い!私達は覚悟を持って立ち上がった!覚悟が無いのは貴様らの方だ!」
ゼロは両手を振り上げた。同時に毒ガスが入っている球体が割れる。白煙が割れ目から流れ始め、瞬時に周囲の足元を覆い尽くした。夜風は強い。足を覆うまでだった煙は瞬く間に巻き上がる。
周囲は一瞬で恐慌状態に陥った。
民衆は悲鳴を上げて地面に伏せる。ブリタニアのKMFは市民を護るために煙をばらまくトラックへと駆け寄った。
だがその瞬間に突如として全てのKMFが動きを止めた。
「よし、戦意表明としては十分だ。全軍撤退!」
「はい、ゼロ!」
煙に紛れて黒の騎士団は姿を消す。
しかし元々数ではブリタニアが圧倒的に勝っているのだ。キューエルは無線を引っ掴み周囲に展開していたKMFに向かって叫んだ。
「テロリスト共が枢木スザクを連れて逃亡した!すぐに追いかけろ!数はそう多くはない、早くしろ!」
『し、しかしキューエル卿、』
「なんだ!早く言え!」
『な、KMFが動かないんです!走行機能どころか、銃撃も撃てません、これでは』
「ちっ、1台くらい動かなくても構わん。他のKMFを全て、」
『いえ、全て動かないのです!先ほどまで普通に動かせたのに』
「何だと!動作不良か、修理は!?」
『搭乗員レベルの技術では無理です、システムが根本から動かなくなっていて』
「どういうことだ!早く修理しろ!」
『すぐには無理です!現在システムの不備を確認しており、少なくとも再起動するまで数時間は』
キューエルは無線を液晶画面に叩き付けた。両の拳をKMFに叩き付ける。
「何故だ、何故KMFが動かないんだ!」
蜃気楼のように姿を消す黒の騎士団を網膜に焼き付けながら、キューエルは歯を食いしばり自身が搭乗しているサザーランドの操縦桿を握り締めた。
しかしつんのめる様にバランスが崩れて足が止まる。液晶画面は真っ赤に点滅して警報を耳が痛くなる程に鳴らしていた。何故だ。機体のシステムを確認する。どこも破壊されていない。だというのに動かない。
「っくそ、くそ、くっそおおおお!!」
何度も画面を殴る。しかしKMFは反応せず、耳を劈くような警報だけが鳴り響く。
キューエルはゼロの姿が白煙の向こうに消えてゆくのをただ眺めるしかなかった。
残ったのは毒ガスと言っていた、その実は吸い込んでも何も起こらない煙が入っていた張りぼて。枢木が張り付けられていた車。立往生したままのKMF。
そして怯えてはいるが、誰一人として犠牲者の出なかったブリタニアの一般市民のみだった。
ルルーシュは仮面の下でふ、と微笑んだ。
「今後もアッシュフォードKMF開発部を御贔屓に」
■ ■ ■
スザクは黒の騎士団の支部の1つらしい、廃虚のような建物に案内さた。
キューエルに尋問された傷は黒の騎士団により手当され、飲まされた鎮痛剤のおかげか痛みも無い。服装は拘束服のままだったが、素足は危ないからと渡された靴を履いている。捕虜にしては待遇が良い。
床に落ちている瓦礫を蹴りながらスザクはゼロを待っていた。
スザクはどこか夢見心地だった。あまりに多くのことが起こり過ぎて情報を整理しきれていない。
しかしこれは昨日今日のことだけではない。5年前から目まぐるしく変化し続ける周囲の環境を、スザクは受け止め切れていない。
薄汚れた地べたに座り込む。
眼を瞑ると、5年前のことが俄かに脳裏に蘇った。
ブリタニア本国へと向かう船の中で、ルルーシュから渡されたノート・マクスウェルへの手紙をブリタニア兵に見られたことが始まりだった。
船内はまるで奴隷船のようだったし、実質そうだったのだろう。あちこちが様々な体液で汚されていて、清潔な場所を探す方が困難な程に酷い場所だった。
その時自分は船の縁に蹲る、小汚い痩せた子供だった。そんな子供が華麗な装飾の施された手紙を握り締めていれば嫌でも目立つ。
すぐにブリタニア兵に見とがめられ、どこで盗んだのかと問い詰められた。正直に自分は日本の首相である枢木ゲンブの息子であり、皇族のルルーシュの友達であることを話した。
そのブリタニア兵は劣悪と評判のあるエリア所属のブリタニア末端兵士にしては正直者だったらしく、スザクは本国に辿り着くなりいくつかの手続きと質問をさせられた。
意味も分からず質問に答え、慣れないローマ字で自身の名前を何度も書類に書いた。一体自分に何が起こっているのか、これからどうなるのか、聞いても誰も答えてくれない環境の中でスザクはただ周囲に従った。
生来勝気で俺ルールを突き進むスザクであるが、慣れないブリタニア語で会話をする屈強な軍人達を相手に反抗するには、あまりに気力も体力も摩耗していた。
何より誰も知り合いがおらず、頼れる人間もいないことがスザクの気勢を削いでいた。
何が正しいのかも分からない状況の中、スザクは周囲に促されるままにノート・マクスウェルの元へと向かうこととなった。
ルルーシュの部下だったノートはブリタニア人とは思えない程に実直で道徳を重んじる、所謂良い人だった。真面目過ぎるきらいもあるが、それもまた巌のような外見も相まって美徳として人の眼には映る。
ルルーシュからシュナイゼルに上司を変えていたノートだったが、3年もの間庶民出身でありながら目をかけてくれていたルルーシュへ多大なる恩義を感じていたらしく、ルルーシュの友達というだけのスザクの後見人となり親身に世話を焼いた。
しかしいくら貴族の後見があるとはいえ、名誉ブリタニア人が士官学校に入校できる筈も無い。スザクは未成年の志願兵としてブリタニア軍に入隊した。
それからは怒涛の日々だった。E.U.で初陣を済ませ、戦功が認められて名誉ブリタニア人としては異例の騎士に任命された。騎士としての身体能力検査で新型KMFのランスロットへの適正が高いと指摘され、スザク本人の意思はそっちのけでいつの間にか特派への所属が決定された。
確かに後見人であるノートがシュナイゼルの直属の部下であることもあり、スザクも自動的にシュナイゼルの部下ではあった。だが流れるような所属の変遷と昇進は性急過ぎて未だに実感が湧いていない。
そもそもその時スザクはまだ中学生に相当する年齢だった。卓越する能力とは相反して、スザクの精神は年齢相応のものでしか無い。年齢には不相応に強い意思と潔癖な性質を持ってはいたが、ブリタニアという巨大国家の中心部で身を処す術を知る程の老獪さは全くもって持ち合わせていなかったのだ。
そのままE.U.で言われるがままに戦い、ひと段落したところで今度はエリア11へ戦場を移すようにと命令された。
新型KMFのランスロットは確かに他のKMFとは比較にならない程の機体性能を持っているが、新型過ぎてデータが全くない。データ収集も兼ねてテロが活発なエリア11の対テロ部隊に配属されることとなったらしい。
らしい、というのも、下される命令にはスザクの意思など無く、他人事のようだったからだ。
最初に所属していたのはフクオカの部隊で、大凡を鎮圧し終えてからトウキョウの対テロ部隊へと移動した。
移動してすぐにテロ騒ぎが勃発して総督のクロヴィスから要請を受けて出動したものの、自分が出動している時間帯にクロヴィスは暗殺されてしまった。
そして何故か自分が犯人呼ばわりされて裁判を受けることとなった。
そして何故かその途中で黒の騎士団と名乗るテロ集団に誘拐され、今に至る。
スザクは溜息を吐いた。
「なんでこんな所にいるんだ、僕は」
「それは俺が君に協力を願いたかったからだ、枢木スザク」
足音で気づいてはいたが、機械で無機質に変質している声で突如として話しかけられるとスザクでさえ驚く。
振り返ると長く黒いマントと黒い仮面という奇怪な恰好をした男が立っていた。
しかし眼を惹く黒一色の衣装に騙されるが、男は非常に華奢だった。だが小柄という訳では無い。むしろゼロはスザクより身長が高い。
「……ゼロ」
「そうだ。初めまして枢木スザク。会えて光栄だ」
「それはどうも」
スザクは立ち上がりゼロと向き直った。
見る限りゼロは戦闘能力は高そうには見えない。あまりに骨格が細く、パイロットスーツの上からでもほとんど肉がついていないことが分かる。部屋の周りに黒の騎士団を配置しているかもしれないが、この男を人質にとれば逃げ出すことは可能だろう。
だが理由は不明とはいえ、ゼロはスザクを助けたのだ。あのままではスザクは間違いなく裁判で有罪判決を受けて死刑になっていた。
「安心しろ。危害を加えるつもりは無い」
「……まあ、あのまま放っておかれれば死んでいたから。感謝はしているよ」
「感謝はいらない。ただ事実を言っただけだ。俺がクロヴィスを殺したとな」
スザクは複雑な心境で目を落とした。
ゼロのおかげで自分は助かったのだろうが、そもそもがゼロのせいで死刑になりかけたのだ。男の言う通り感謝するのは筋違いだ。むしろこの男のせいで自分は冤罪を被せられたのだと怒ってもいいのかもしれない。
しかし怒りを感じるには男の態度はあまりに潔かった。クロヴィスの暗殺をはっきりと認め、堂々とブリタニアと敵対することを宣言したゼロへ怒気を露にするなど、大抵の物事へあっけらかんとしているスザクには不可能だった。
それよりもスザクにはゼロがテロリストであるという事への驚きが勝った。E.U.でもフクオカでも、テロは聞こえの良い大義名分を一方的に捲し上げて罪のない一般人を殺す奴らばかりだった。そのくせ追い詰められれば言い訳がましく泣き喚く。
どうやっても目の前の男と、これまで相対したテロリストと重ならない。
「どうして、」
「どうしてだと?君は日本人であるというのにそんなことを聞くのか。一体どれだけの日本人がクロヴィスに殺され、理由なき差別により飢えていたと思っている。一方的に強者から搾取されることを是とする弱者がいるものか」
当然と語るゼロに、しかしスザクは同意できなかった。
殺されたから殺し返すなんて、それはいつまでも続く殺戮の道だ。どこかで恨みを終結させなければいつまでも続くばかりではないか。
それは正しくないことだ。拳を握り締める。
「っ、でもクロヴィス殿下を殺害なんてしたら日本人への弾圧はもっと強まるばかりだ。これまでは名誉ブリタニア人になればちゃんと自由を保障されていたけど、おまえがクロヴィス殿下を殺害したせいで日本人は名誉ブリタニア人になれなくなるかもしれない」
「自由とは生来誰もが持っているものだ!ブリタニア人にならなければ与えられない自由など、そもそもが間違っている!」
ゼロの声はよく響く。
野外でさえ轟く程だった声量は密封された空間においては兵器にすらなり得た。
スザクはこの声こそがゼロの最大の武器なのではないかと感じた。他者を威圧し、従わせる声。強制力と魅力を備えた声が紡ぐ理論は仮令間違っていたとしても、正しいように錯覚させてしまう程の威力がある。
瞬間息を詰めたが、スザクはすぐに己を取り戻した。
こいつはテロリストだ。何を言おうと、人を殺して自分の思い通りにしようとしている間違った奴だ。
「でもそのために人を殺すなんて間違っている」
「先に殺したのはブリタニアだ」
「だからって殺していい理由にはならないだろう!」
「では黙って殺されろと!?ただ黙って、伏して、奴隷のように従い続けて無残に死ねと!?」
「違う!」
「違わない!戦うか、もしくは奴隷となるか、この2つの道しか日本には開かれていない!」
「奴隷じゃない、名誉ブリタニア人だ!」
「実質的にどう違うんだ!」
「僕は、僕はブリタニアの騎士で、実力で立場を手に入れた。ブリタニアは実力主義の国で、名誉ブリタニア人でも実力を示せばちゃんと生活できるようになっているんだ!」
「では実力を示せないものはどうなる!只人は死んでも良いと言うのか!?お前のように優れた能力を持たない人間はブリタニアに這いつくばって靴の泥を舐めながら生きろとでも言うつもりか!」
スザクは眼を伏して歯を食いしばった。
ゼロの言う事は決して間違ってはいない。
5年前、ブリタニア本国に向かう船の中で日本人の男達がブリタニアの兵士達から時間つぶしと称して暴行を受けていた光景をまだ覚えている。ボールのように蹴り飛ばされ、戯れにナイフで刺されて、死ぬまで殴られた者もいた。
死体は海に投げ捨てられ、船の通り道のようにぷかぷかと上下に揺れていた。
だが男はまだ良かった。女性は、特に見目の良い女性は。思い出すだけでも吐き気がする。
それは船の中だけでは無かった。本国に帰ってからも続いた。いや、もっと酷かった。
しかし。首を振る。
それでも人殺しは間違っているんだ。日本人を殺すことも、ブリタニア人を殺すことも、間違っているんだ。
「それで、戦うのか。そして殺すのか!日本人も、ブリタニア人も、沢山の人が無意味に死んでいくだけじゃないか!」
「勝てば無意味では無い!!」
ゼロは拳で壁を殴りつけた。スザクは背筋を震わせた。
「勝てば日本は解放される!勝てば日本人は、日本人と名乗ることができる!結果的に勝ちさえすれば、その過程でいくら人が死のうとも、日本人全員死ぬよりマシだ!」
まさか。勝てるわけが無い。
スザクは咄嗟にそう思い、突発的に胸奥から笑いがこみ上げて来た。きっとゼロは知らないのだ。
ブリタニア軍の兵士の数も、所有しているKMFの数も、こんな島国にいるゼロには想像もできないだろう。エリア11は小さい領土でしかなく、派遣されている兵士の数や重火器の量も本土と比較すると米粒1粒にさえならない。
ましてや軍師としての才能が無いクロヴィスの指揮で戦うブリタニア軍など、本当のブリタニアの強さとは程遠い。
スザクは首を振った。
「勝てないよ」
「それはやってみないと分かるまい」
「分かるさ、ブリタニアには勝てない。だから僕はブリタニアの兵士になったんだ」
「ほう……何故?」
言ってしまってもいいのだろうか。スザクは少し逡巡し、だが話そうと決意した。
話したいと感じた理由は分からない。もしかするとゼロに反論したかったのかもしれない。
あまりにゼロが堂々としていて、人殺しという間違った方法をさも正しいように喋るから。それは間違っていると否定しなければならなかった。
「———僕は日本の首相の息子で、知名度も高い。だから僕が立派なブリタニアの騎士だと証明することができれば、きっとブリタニア人は日本人を見る目を変える。僕が、日本人は野蛮なんかじゃないと証明すれば、日本には平和が訪れる!」
「それが証明されるまで何年かかるんだ。そしてブリタニア人が態度を改めるまで何年かかるんだ」
「でもテロで死ぬよりマシだ!」
「結局死ぬさ。戦争の最中に銃で撃たれて死ぬか、じわじわと飢え死にするかの違いでしかない」
「違う、そんなに長くはかからない。シュナイゼル殿下が皇帝になりさえすれば差別は無くなる。シュナイゼル殿下は公平な方だ。あの方が皇帝になりさえすれば戦争は無くなるし、ナンバーズへの差別も無くなる!シャルル皇帝は高齢だから、あの方が帝位に就くまでそう長くかかりはしない!」
「何年だ」
「え?」
呆れたと言わんばかりの様子でゼロは頭を振った。
「それが実現するまで、何年かかる。それまでに何人死ぬ。そしてシュナイゼルが皇帝になれば平和になるという保証はどこにある」
「保証は無い。でも、君が勝つという保証も無い」
「————ああそうだな、確かに、俺は確実に勝てるとは言えない」
しかし。ゼロは仮面越しにスザクの瞳を真っすぐに睨みつけた。
「自分の手で掴んだ自由と権利は、餌のように投げ渡されるものとは価値が違う。いつまた奪われるのかと恐れながら暮らす自由など自由とは呼ばない」
スザクはゼロを睨み返し、眼を伏せた。
ゼロは間違っている。シュナイゼルが皇帝になりさえすれば全て上手くいくのだ。ブリタニア人と日本人は平等に扱われ、世界は平和になる筈だ。
だから自分はシュナイゼルの下で働いて騎士になった。後悔は無いし、自分が間違っているとも思わない。
それなのに間違っている筈のテロリストの言葉がどうしてこうも胸に突き刺さるのだろう。
「話が逸れた。枢木スザク、本題に入ろう」
「……ああ」
ゼロは拳を解いてマントで体を覆った。
「枢木スザク、君は日本の首相の息子であり、今や世界で最も知られている日本人だ。君に黒の騎士団の総司令として協力を願いたい」
「協力……」
「そうだ。君に日本の旗頭となって貰いたい」
「そんなの、君が」
「私はこの叛逆を日本だけに留めるつもりは無い。いずれ世界を巻き込み、ブリタニアへと反乱を起こす。そのためには私は明確なバックグラウンドを持ってはいけない存在なのだ」
バックグラウンドが無ければ出世もできないブリタニアの敵には、バックグラウンドが在ってはいけないとは。
スザクは先ほどとは質の違う笑いがこみ上げてきそうだった。この男はどこまでも規格外だ。
破天荒な理論で、破天荒なことばかり言う。
確かにこの男の部下として働くと心底楽しいかもしれない。
しかしスザクは首を横に振った。
「断るよ。僕は黒の騎士団には入らない」
「……何故?」
「ブリタニアに勝てると思えないからだ」
スザクはブリタニアの常識外れの強さを知っている。
世界の3分の1を占める超巨大大国神聖ブリタニア帝国を率いているのはシャルル皇帝という希代のカリスマだ。さらにシュナイゼルを筆頭として皇族には際立って有能な人物が多く、付け入る隙は無い。
ブリタニアは誰にも倒せない。スザクはそう確信していた。
だからスザクはシャルルが死ぬのを待っているのだ。シャルルが死んで穏健派のシュナイゼルが皇帝になるか、同じく穏健派であるオデュッセウスが皇帝になりシュナイゼルが宰相になれば最小限の犠牲で世界は平和になる。
そのためにこの5年間戦ってきた。
今更、戦火を起こして全てを焼き尽くさんとするゼロに賛同できる筈も無かった。
「僕はシャルル皇帝が死ぬのを待つよ。その方が犠牲者が少ないと、信じている」
「……そうか」
「僕は軍に帰る。助けてくれた礼に見聞きしたことは喋らない。信じてはもらないかもしれないけど」
「いや、」
ゼロはほんの少しだけ俯いた。
「信じているさ、枢木スザク。道は違えど君の、日本を救わんとする信念もな」
スザクはぐ、と息を呑み。眼を閉じた。
日本人からは散々に裏切り者と罵られているスザクの、日本を救いたいという本心を信じると言ってくれた人物は初めてだった。
ゼロは間違っている。でも、日本人を助けようとしてることはきっと本当だ。
この男が敵であることが残念でならなかった。
青空の下に戻り、政庁へと向かうスザクの後姿をゼロは見送った。その傍ではカレンが拳銃を片手に構えている。
「よろしいのですか?」
「ああ。日本の首相の息子だ。まだ利用価値はある」
スザクに背を向けて、ゼロはカレンの肩に手を置いた。基地へと戻り今後の作戦を練らなくてはならない。
次に来る総督は恐らくコーネリアだ。クロヴィスとは格が違う。準備はいくらしてもし過ぎることは無い。
「次の総督が来るまでに地盤を整えなければならん。忙しくなるぞ」
「はい」
「まずはキョウト六家と交渉する。カレン、君もついてこい」
「承知致しました!」
敬礼し、カレンはゼロの影に寄り添うように暗がりへと向かって行った。
スザクはゼロに背を向けて外に向かった。誰も追って来ず、誰もスザクを阻もうとしなかった。
外に出ると荒れ果てた市街が一面に開けていた。やはりここはゲットーだったらしい。だが人気は無く、家から出ず息を殺して暮らしているのだろうと思われた。
青天の下でスザクは遠くに見える政庁を目指して足を動かした。途中でゴミを漁っている日本人を何人か見かけたが、幸運なことに誰もスザクとは気づかなかった。もし売国奴の枢木スザクと知られれば暴行騒ぎになっていたかもしれない。
日本人が住む地区の道はコンクリートが割れていて、ゴミがそこらに落ちている。道とは思えない程に荒れ果てた地面に足をとられる。
しかしそれでもスザクは、僅かに見える標を目指して一人歩き続けた。